妖夢は悩んでいた。
近頃幽々子の命令のハードルが上がってきている気がする。
とりあえず今は、命令「ちりめんじゃこの目玉が気持ち悪いから全部取って」を実行中だ。
身は残さず食べたいから目玉だけをくりぬくようにとのオプション付き。
神経をすり減らしながら白楼剣の先端を使って米粒ほどもない目玉をくりぬいていく。
昔はこうではなかったように思う。
命令といえば「庭の手入れをして」とか「お茶をいれてきて」とか、庭師兼従者として当たり前の内容ばかりだったはずだ。
それが何だか訳の分からない命令が出てくるようになったのは…そう、確か西行妖の封印を解こうとした時ぐらいから。
ろくでもない巫女が冥界にまで乗り込んできて、色々と荒らしていった時だ。
ろくでもない連中からろくでもない影響を受けてしまったのだろうか。
…でもよくよく考えてみれば、「春を集めて来なさい」という命令も結構グレーゾーンだ。
やはりこれは幽々子の本来の、
「あ…」
ろくでもない事を考えていたら手元が狂ってちりめんじゃこの頭を斬り落としてしまった。南無。
妖夢は周りを見渡して幽々子がいないのを確認し、切り離されたちりめんじゃこの頭と胴を口に含んだ。
おいしい。
細かい作業で強張っていた妖夢の顔が緩んだ…その時。
「妖夢~妖夢~」
幽々子の声が聞こえて、妖夢はたった一匹のちりめんじゃこの為に咳き込んだ。
幽々子が台所に入ってくる。
「いた。妖夢、こんな所で何をしているの?」
「何って、ちりめんじゃこの目玉を取っているんです」
「あら、まだやっていたの?」
ムカッ
「それより妖夢、大変よ」
「何ですか」
「急にドミノ倒しがしたくなったわ。急いで人里へ降りて買ってきて」
「はぁ…ドミノですか…」
なぜ突然ドミノが出てきたのか、それのどこが大変なのか、聞きたい事は色々ある。
ただ妖夢はこういう時に何も聞かない事にしている。
無駄だからだ。
「分かりました」
これだけで済むのだから、済ませておいた方が良いに決まっている。
余分な事を聞けば、余分な仕事が増えかねない。
妖夢は人里へ向かった。
だがここは幻想郷。名前がカタカナの商品はかなり品薄だ。
妖夢は香霖堂やら霧雨道具店やら幻想郷中の店を探し回ってありったけのドミノを買い占めたが、白玉楼へ帰る頃にはすっかり暗くなって、何だったら軽く雨まで降り始めていた。
「幽々子様、ただいま戻りました」
疲労困憊のずぶ濡れ妖夢が、ぬっと幽々子の前に姿を現した。
幽霊らしい登場の仕方だが幽々子には特に驚く様子も無い。
「ああ、どこへ行っていたの妖夢。お腹がすいたわ」
ムカムカッ
「どこへって…幽々子様がドミノを買って来いって仰るから雨の中買って来たんですよ!はい、どうぞ!後はお好きに遊んでいて下さい!!」
妖夢が大きな袋いっぱいに詰め込んだドミノをドサっと床に置いた。
だが幽々子がここに来て驚く。
「えっ…」
「え…?」
「妖夢、私が何て頼んだか覚えてる?」
「え…?」
「私『ドミノ倒しがしたい』って言ったわよね」
「え…?」
「私はドミノ倒しがしたいのよ」
「え…?」
「別にドミノ並べがしたい訳じゃないのよ」
「え…?」
「妖夢」
「はい」
「明日までに全部並べておいて」
「……え…?」
明日まで?今日は後数刻だ。簡単に全部と言うが、一体いくつのドミノがこの袋に入っていると思っているのか。
妖夢は自分の中から魂が抜けていくような感覚を憶えた。
振り返って半霊を見てみると三次元に8の次を描くような不可解な動き。何かを言いたそうなのだが。
「でもその前に晩御飯が食べたいわ」
「はぁ…」
「じゃこご飯ね」
「はぁ…」
「でも気持ち悪いのはやぁよ」
「はぁ…」
「すごくお腹がすいたから早くね」
「はぁ…分かりました…」
やはり言いたいことを飲み込んで、妖夢は台所へ戻る。従者とはそういうものだと自らに言い聞かせて。
台所には作業中のちりめんじゃこが残っていた。
目玉の残っているのが笊にいっぱい。
目玉の取り除かれているのが小皿に一盛り。
…頑張った方だろう。じゃこご飯に使う程度なら何とかなるはずだ。
妖夢はご飯だけを炊き始めた。
かまどの火を見ながら、竹筒を片手にボーっと考える。
そもそも幽々子は、目玉なんか怖がるタマだろうか…。平気で人間を死に誘うのに…。
ドミノはどこに並べようか…。
仕え始めてもう何年も経っているが、今までは目玉付きのも食べていた気がする…。
ドミノとは並べる過程も楽しみの一つなんではなかろうか…。
先代は目玉取りなんてしていたのだろうか…。
里ですれ違った人達は、袋いっぱいのドミノを見てどう思っただろう…。みんな二度見だった…。
いくら考えても考えはまとまらない。妖夢の考えようとしている事象の答えは、頭ではなく心の中にあるのだから当然だ。
メラメラと燃えさかる炎が、狂おしいほど美しく妖夢の瞳に映っていた。
ご飯が炊けたので目玉の無いちりめんじゃこを添えて幽々子の部屋に持っていくと、あまりの空腹に耐えかねてますアピールの幽々子が卓の上にへたばって、ただお箸だけをしゃぶっていた。
「幽々子様…何をなさっているんですか…?」
「妖夢~遅いわよ~。お腹がすいて死ぬかと思ったわ~」
「死にはしないでしょう。色んな意味で」
「いいから早くごはん~」
はいはい、とじゃこご飯を幽々子の目の前に置いた。
するとまた幽々子が驚く。
「えっ…」
「え…?」
「これだけ…?」
ムカムカムカッ
「もっとたくさん食べたいわ。ちりめんじゃこ」
「目玉の付いてるやつならたくさんありますが」
「嫌よ!嫌!だってみんな恨めしそうにこっちを見るんだもの!」
「所詮この世は弱肉強食です!ちりめんじゃこには諦めてもらって下さい!」
「でもそんなこと言って、妖夢も生まれ変わってちりめんじゃこになったら私のことを恨めしそうに見るんでしょう!?」
「見ませんから!私は幽々子様を恨みませんから!だから目玉ごと丸呑みにして下さい!」
「丸呑み?噛んじゃダメ?」
「噛んでもいいですから…」
「でもでも、ちりめん妖夢がそうでも他のちりめんじゃこが私を恨まないとは限らないでしょ。だからやっぱり目玉は取って!」
「どっちにしても、短時間でそんなにたくさんの目玉は取れませんよぉ…」
「え~っ、昼間から時間は結構あったはずよ」
ムカムカムカムカッ
「幽々子様がドミノを買って来いと言うからかき集めていたんです!!」
「でも私はじゃこご飯もお腹いっぱい食べたいしドミノも倒したいのよ!!」
ダメだ…幽々子の辞書には「情状酌量」の文字は無いらしい。
できるかできないかじゃない。欲しいのだ。
「はぁ、無いものは仕方ないわね」
お?
そうそう、その諦めの心意気が大事。
「じゃあ今日は塩ご飯で我慢するから、明日の朝食にはヤマメの塩焼きが食べたいわ」
何だ交換条件か…。
「ヤマメですか…そんなの蓄えてませんが」
「じゃあ買ってきて」
「明日の朝食なんて無理ですよ。もう人里のお店は閉まってるし、朝食に間に合う時間には開かないし…」
「じゃあ釣ってきて」
「簡単に言いますけど、ヤマメって結構な渓流じゃないといないんですよ?山の奥深くまで…」
「じゃあ行ってきて」
「いえですから山の奥深くまで行かなきゃ釣れないんですよ?それを明日の朝食には…」
「妖夢」
「はい」
「お願い」
「はい…」
考えようによってはちりめんじゃこの目玉取りからは解放されたということだ。
明日早く起きて山に…って、明日までにドミノを並べないといけないんだった。
何だ、ただの徹夜か。
妖夢はドミノの袋を手に取った。
半霊の光を頼りにドミノを一枚一枚並べて行く。根気のいる作業だ。
何故こんなにトンデモ命令が飛び出すようになったのだろう。
もしかして自分が悪いのではないか。
自分が幽々子の言う事を全てハイハイと聞いているから、幽々子の命令が際限なくレベルアップしているのではないか。
とは言え、「無理です」と言って聞く相手ではない。
…一回ぐらい反逆を起こさなければならないのではないか。
刃向かって勝てる相手ではないが、その覚悟を見せるだけでも意味があるかも知れない。
とは言え、持てる力の全てを使わなければ一矢報いることもできないだろう。
不意打ちの桜花閃々に幽々子が驚いて結界を張ったところを、桜の花が舞って視界を遮っている間に踵を返して未来永劫斬を斬り込む。
この時半霊を幽々子の目の前に残しておいて、幽明求聞持聡明の法で半人に化けさせ、本物だと思って幽々子が見ている隙に背後から迷津慈航斬…
これなら行けるかも知れない。でも霊力が保つだろうか。いずれにせよやれるだけやるしかないのだが。
今度無茶な命令をされたら反逆を起こそう。
妖夢の心拍数が上がった。半霊の光が幽かに強い。
真夜中。
ドミノ並べも程ほどにしておいて、そろそろ渓流釣りに出かけなければ。
全部は並んでいないが、倒して楽しめるだけの量にはなっているはずだ。問題ないだろう。
妖夢が釣りの支度を始めたその時。
「妖夢~妖夢~」
…来た!!
妖夢は楼観剣に手をかけた。もうこれ以上命令の追加は受け付けない。
勝つ事が目的ではない。幽々子に覚悟の程を見せるのだ。負けになど臆するな。
己を鼓舞し、幽々子の下へ。
幽々子は縁側に座って庭を眺めていた。
時は春。桜でも見ていたのだろうか。
妖夢が声をかける。
「お呼びですか」
「来たわね。隣に座りなさい」
「??…はい」
幽々子と並んで縁側に腰をかけた妖夢が見たのは、確かに桜だった。
しかしただの桜ではない。満月の蒼白い光を浴びた薄紅色の花びらが漆黒の闇に映えて幻色に光っている。
或いは誇り、或いは散り、或いは堕つる。万枚の命が舞を見せんと風を呼ぶ。
呼ばれた風はおどけて笑い、命の舞に命を吹き込む。
妖夢は言葉を失い、幽々子への反逆も忘れた。
「綺麗でしょう」
「はい…」
「これを見せたかったのよ」
「そうですか…」
「いつかこういう景色を見ながら妖夢とお酒が飲みたいわ」
「ではお酒をお持ちしましょうか」
「いいから座って見てなさい」
「は?はい」
「もうじき月が雲に隠れてしまうわ。それまではこの景色を心に刻みなさい」
「はい…」
「妖夢」
「はい」
「良い大人になるのよ」
「…はい?」
「美しい物をたくさん見て、素敵な人とたくさん出会って、良い大人になりなさい。私は大人になった妖夢とお酒が飲みたくて仕方ないの」
「…」
「そうしたら私が、世界の美しさを教えてあげるわ。毎晩夜が明けるまでお話しましょう」
「…」
「でもあんまり待てないから早くね」
「…はい…」
満月に雲がかかり始めた。宴の終わりを察したのか風も凪ぎ、桜の花達が動きを止める。
「もうこのくらいで終わりみたいね。妖夢、お酒を持ってきて」
「はい」
妖夢は小走りで蔵へ向かった。
まったく幽々子は無茶な命令ばかりする。
ちりめんじゃこの目玉をくりぬけだの、ドミノを全部並べろだの、ヤマメを釣って来いだの、早く大人になれだの。
できる事とできない事があるというのを、いつか分からせなければなるまい。
でも反逆は、また今度でいっか。
「幽々子様、お酒をお持ちしました」
「妖夢」
「はい」
「熱いわ」
「熱燗ですから」
「私は冷たいお酒が飲みたいの」
「そんなすぐには冷ませませんよ」
「霧の湖まで行って氷の妖精を捕まえてきて」
「えっ…」
「ヤマメも食べたいから忘れないでね」
「ええええええええええ」
妖夢の苦悩は続く。
了
近頃幽々子の命令のハードルが上がってきている気がする。
とりあえず今は、命令「ちりめんじゃこの目玉が気持ち悪いから全部取って」を実行中だ。
身は残さず食べたいから目玉だけをくりぬくようにとのオプション付き。
神経をすり減らしながら白楼剣の先端を使って米粒ほどもない目玉をくりぬいていく。
昔はこうではなかったように思う。
命令といえば「庭の手入れをして」とか「お茶をいれてきて」とか、庭師兼従者として当たり前の内容ばかりだったはずだ。
それが何だか訳の分からない命令が出てくるようになったのは…そう、確か西行妖の封印を解こうとした時ぐらいから。
ろくでもない巫女が冥界にまで乗り込んできて、色々と荒らしていった時だ。
ろくでもない連中からろくでもない影響を受けてしまったのだろうか。
…でもよくよく考えてみれば、「春を集めて来なさい」という命令も結構グレーゾーンだ。
やはりこれは幽々子の本来の、
「あ…」
ろくでもない事を考えていたら手元が狂ってちりめんじゃこの頭を斬り落としてしまった。南無。
妖夢は周りを見渡して幽々子がいないのを確認し、切り離されたちりめんじゃこの頭と胴を口に含んだ。
おいしい。
細かい作業で強張っていた妖夢の顔が緩んだ…その時。
「妖夢~妖夢~」
幽々子の声が聞こえて、妖夢はたった一匹のちりめんじゃこの為に咳き込んだ。
幽々子が台所に入ってくる。
「いた。妖夢、こんな所で何をしているの?」
「何って、ちりめんじゃこの目玉を取っているんです」
「あら、まだやっていたの?」
ムカッ
「それより妖夢、大変よ」
「何ですか」
「急にドミノ倒しがしたくなったわ。急いで人里へ降りて買ってきて」
「はぁ…ドミノですか…」
なぜ突然ドミノが出てきたのか、それのどこが大変なのか、聞きたい事は色々ある。
ただ妖夢はこういう時に何も聞かない事にしている。
無駄だからだ。
「分かりました」
これだけで済むのだから、済ませておいた方が良いに決まっている。
余分な事を聞けば、余分な仕事が増えかねない。
妖夢は人里へ向かった。
だがここは幻想郷。名前がカタカナの商品はかなり品薄だ。
妖夢は香霖堂やら霧雨道具店やら幻想郷中の店を探し回ってありったけのドミノを買い占めたが、白玉楼へ帰る頃にはすっかり暗くなって、何だったら軽く雨まで降り始めていた。
「幽々子様、ただいま戻りました」
疲労困憊のずぶ濡れ妖夢が、ぬっと幽々子の前に姿を現した。
幽霊らしい登場の仕方だが幽々子には特に驚く様子も無い。
「ああ、どこへ行っていたの妖夢。お腹がすいたわ」
ムカムカッ
「どこへって…幽々子様がドミノを買って来いって仰るから雨の中買って来たんですよ!はい、どうぞ!後はお好きに遊んでいて下さい!!」
妖夢が大きな袋いっぱいに詰め込んだドミノをドサっと床に置いた。
だが幽々子がここに来て驚く。
「えっ…」
「え…?」
「妖夢、私が何て頼んだか覚えてる?」
「え…?」
「私『ドミノ倒しがしたい』って言ったわよね」
「え…?」
「私はドミノ倒しがしたいのよ」
「え…?」
「別にドミノ並べがしたい訳じゃないのよ」
「え…?」
「妖夢」
「はい」
「明日までに全部並べておいて」
「……え…?」
明日まで?今日は後数刻だ。簡単に全部と言うが、一体いくつのドミノがこの袋に入っていると思っているのか。
妖夢は自分の中から魂が抜けていくような感覚を憶えた。
振り返って半霊を見てみると三次元に8の次を描くような不可解な動き。何かを言いたそうなのだが。
「でもその前に晩御飯が食べたいわ」
「はぁ…」
「じゃこご飯ね」
「はぁ…」
「でも気持ち悪いのはやぁよ」
「はぁ…」
「すごくお腹がすいたから早くね」
「はぁ…分かりました…」
やはり言いたいことを飲み込んで、妖夢は台所へ戻る。従者とはそういうものだと自らに言い聞かせて。
台所には作業中のちりめんじゃこが残っていた。
目玉の残っているのが笊にいっぱい。
目玉の取り除かれているのが小皿に一盛り。
…頑張った方だろう。じゃこご飯に使う程度なら何とかなるはずだ。
妖夢はご飯だけを炊き始めた。
かまどの火を見ながら、竹筒を片手にボーっと考える。
そもそも幽々子は、目玉なんか怖がるタマだろうか…。平気で人間を死に誘うのに…。
ドミノはどこに並べようか…。
仕え始めてもう何年も経っているが、今までは目玉付きのも食べていた気がする…。
ドミノとは並べる過程も楽しみの一つなんではなかろうか…。
先代は目玉取りなんてしていたのだろうか…。
里ですれ違った人達は、袋いっぱいのドミノを見てどう思っただろう…。みんな二度見だった…。
いくら考えても考えはまとまらない。妖夢の考えようとしている事象の答えは、頭ではなく心の中にあるのだから当然だ。
メラメラと燃えさかる炎が、狂おしいほど美しく妖夢の瞳に映っていた。
ご飯が炊けたので目玉の無いちりめんじゃこを添えて幽々子の部屋に持っていくと、あまりの空腹に耐えかねてますアピールの幽々子が卓の上にへたばって、ただお箸だけをしゃぶっていた。
「幽々子様…何をなさっているんですか…?」
「妖夢~遅いわよ~。お腹がすいて死ぬかと思ったわ~」
「死にはしないでしょう。色んな意味で」
「いいから早くごはん~」
はいはい、とじゃこご飯を幽々子の目の前に置いた。
するとまた幽々子が驚く。
「えっ…」
「え…?」
「これだけ…?」
ムカムカムカッ
「もっとたくさん食べたいわ。ちりめんじゃこ」
「目玉の付いてるやつならたくさんありますが」
「嫌よ!嫌!だってみんな恨めしそうにこっちを見るんだもの!」
「所詮この世は弱肉強食です!ちりめんじゃこには諦めてもらって下さい!」
「でもそんなこと言って、妖夢も生まれ変わってちりめんじゃこになったら私のことを恨めしそうに見るんでしょう!?」
「見ませんから!私は幽々子様を恨みませんから!だから目玉ごと丸呑みにして下さい!」
「丸呑み?噛んじゃダメ?」
「噛んでもいいですから…」
「でもでも、ちりめん妖夢がそうでも他のちりめんじゃこが私を恨まないとは限らないでしょ。だからやっぱり目玉は取って!」
「どっちにしても、短時間でそんなにたくさんの目玉は取れませんよぉ…」
「え~っ、昼間から時間は結構あったはずよ」
ムカムカムカムカッ
「幽々子様がドミノを買って来いと言うからかき集めていたんです!!」
「でも私はじゃこご飯もお腹いっぱい食べたいしドミノも倒したいのよ!!」
ダメだ…幽々子の辞書には「情状酌量」の文字は無いらしい。
できるかできないかじゃない。欲しいのだ。
「はぁ、無いものは仕方ないわね」
お?
そうそう、その諦めの心意気が大事。
「じゃあ今日は塩ご飯で我慢するから、明日の朝食にはヤマメの塩焼きが食べたいわ」
何だ交換条件か…。
「ヤマメですか…そんなの蓄えてませんが」
「じゃあ買ってきて」
「明日の朝食なんて無理ですよ。もう人里のお店は閉まってるし、朝食に間に合う時間には開かないし…」
「じゃあ釣ってきて」
「簡単に言いますけど、ヤマメって結構な渓流じゃないといないんですよ?山の奥深くまで…」
「じゃあ行ってきて」
「いえですから山の奥深くまで行かなきゃ釣れないんですよ?それを明日の朝食には…」
「妖夢」
「はい」
「お願い」
「はい…」
考えようによってはちりめんじゃこの目玉取りからは解放されたということだ。
明日早く起きて山に…って、明日までにドミノを並べないといけないんだった。
何だ、ただの徹夜か。
妖夢はドミノの袋を手に取った。
半霊の光を頼りにドミノを一枚一枚並べて行く。根気のいる作業だ。
何故こんなにトンデモ命令が飛び出すようになったのだろう。
もしかして自分が悪いのではないか。
自分が幽々子の言う事を全てハイハイと聞いているから、幽々子の命令が際限なくレベルアップしているのではないか。
とは言え、「無理です」と言って聞く相手ではない。
…一回ぐらい反逆を起こさなければならないのではないか。
刃向かって勝てる相手ではないが、その覚悟を見せるだけでも意味があるかも知れない。
とは言え、持てる力の全てを使わなければ一矢報いることもできないだろう。
不意打ちの桜花閃々に幽々子が驚いて結界を張ったところを、桜の花が舞って視界を遮っている間に踵を返して未来永劫斬を斬り込む。
この時半霊を幽々子の目の前に残しておいて、幽明求聞持聡明の法で半人に化けさせ、本物だと思って幽々子が見ている隙に背後から迷津慈航斬…
これなら行けるかも知れない。でも霊力が保つだろうか。いずれにせよやれるだけやるしかないのだが。
今度無茶な命令をされたら反逆を起こそう。
妖夢の心拍数が上がった。半霊の光が幽かに強い。
真夜中。
ドミノ並べも程ほどにしておいて、そろそろ渓流釣りに出かけなければ。
全部は並んでいないが、倒して楽しめるだけの量にはなっているはずだ。問題ないだろう。
妖夢が釣りの支度を始めたその時。
「妖夢~妖夢~」
…来た!!
妖夢は楼観剣に手をかけた。もうこれ以上命令の追加は受け付けない。
勝つ事が目的ではない。幽々子に覚悟の程を見せるのだ。負けになど臆するな。
己を鼓舞し、幽々子の下へ。
幽々子は縁側に座って庭を眺めていた。
時は春。桜でも見ていたのだろうか。
妖夢が声をかける。
「お呼びですか」
「来たわね。隣に座りなさい」
「??…はい」
幽々子と並んで縁側に腰をかけた妖夢が見たのは、確かに桜だった。
しかしただの桜ではない。満月の蒼白い光を浴びた薄紅色の花びらが漆黒の闇に映えて幻色に光っている。
或いは誇り、或いは散り、或いは堕つる。万枚の命が舞を見せんと風を呼ぶ。
呼ばれた風はおどけて笑い、命の舞に命を吹き込む。
妖夢は言葉を失い、幽々子への反逆も忘れた。
「綺麗でしょう」
「はい…」
「これを見せたかったのよ」
「そうですか…」
「いつかこういう景色を見ながら妖夢とお酒が飲みたいわ」
「ではお酒をお持ちしましょうか」
「いいから座って見てなさい」
「は?はい」
「もうじき月が雲に隠れてしまうわ。それまではこの景色を心に刻みなさい」
「はい…」
「妖夢」
「はい」
「良い大人になるのよ」
「…はい?」
「美しい物をたくさん見て、素敵な人とたくさん出会って、良い大人になりなさい。私は大人になった妖夢とお酒が飲みたくて仕方ないの」
「…」
「そうしたら私が、世界の美しさを教えてあげるわ。毎晩夜が明けるまでお話しましょう」
「…」
「でもあんまり待てないから早くね」
「…はい…」
満月に雲がかかり始めた。宴の終わりを察したのか風も凪ぎ、桜の花達が動きを止める。
「もうこのくらいで終わりみたいね。妖夢、お酒を持ってきて」
「はい」
妖夢は小走りで蔵へ向かった。
まったく幽々子は無茶な命令ばかりする。
ちりめんじゃこの目玉をくりぬけだの、ドミノを全部並べろだの、ヤマメを釣って来いだの、早く大人になれだの。
できる事とできない事があるというのを、いつか分からせなければなるまい。
でも反逆は、また今度でいっか。
「幽々子様、お酒をお持ちしました」
「妖夢」
「はい」
「熱いわ」
「熱燗ですから」
「私は冷たいお酒が飲みたいの」
「そんなすぐには冷ませませんよ」
「霧の湖まで行って氷の妖精を捕まえてきて」
「えっ…」
「ヤマメも食べたいから忘れないでね」
「ええええええええええ」
妖夢の苦悩は続く。
了
苦労人だよ妖夢……
斬っても…いいんだよ……?
カタルシスが、ほしかった……。
切っちゃえばいいんじゃないかな
前作からのインターバルの間に起きた出来事を考えるとね。
再会を祝して甘茶でカッポレだ。
それでは物語の感想を。
憎みきれないロクデナシとはいえ、作者様の世界における幽々子の過去を知る自分は
どうしても彼女に甘くなっちゃうんですよね。妖夢よ、もうしばらく耐えておくれ、先に光が見える保障はないけど。
ドミノを一枚一枚並べる君は不憫だが輝いている。はっきり言って萌えるのだ。
どうしても耐え切れなくなった時は芋虫だ。亡霊嬢にはおそらく芋虫が最も効くはず。
投稿間隔が空いた理由は承知致しました。
これで便りが無いのは良い知らせ、という余裕を持つことが出来ます。
次作、気長にお待ちしていますよ。
斬っちゃえ斬っちゃえ
戦わずして負かされたことに早く気付くんだ!;ww
そしてそれに気付いた時、また一つ大人の階段を上るだろう