Coolier - 新生・東方創想話

忘暇異変録 ~for the girls of leisure

2011/05/04 02:43:04
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[はじめに]
   ・長大になってしまったので連載モノの体裁を取らせていただきます。
   ・不定期更新予定。
   ・できるだけ原作設定準拠で進めておりますが、まれに筆者の独自設定・解釈が描写されていることがあります。あらかじめご注意下さい。
   ・基本的にはバトルモノです。

   以上の点をご了承頂いた上、ぜひ読んでいってください。

    
    前回  L-3 I-3 L-4 K-3
















  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――













   【 L-5 】



「さて、さしあたって聞かれたことはこれで全部解決かしらね。まだ何か?」
 紫はそう言って、目の前の三人の少女を見渡す。ここまでを語りきった彼女だったが、その表情に疲れの色などは見えない。むしろ相変わらずに余裕を孕んだ顔のままだった。
 彼女のその言葉に、搾り出すようなアリスの声が返る。

「……結局、チーム対抗戦だなんだと言っておきながら……ただの茶番だったわけね」
 わざと棘のついた言葉を選び、彼女は同時に突き刺すような視線を送る。一瞬で推敲した言葉たちだったが、それらにほとんど効果が無いことも、同じくらい一瞬でわかっていた。
 案の定、彼女の顔色は変わらない。

「まぁそう言わないの。こうして“ゲーム”の体裁を整えた方が、これだけの人数を動かすのに都合が良かったのよ。なんせ、みんな“暇”そうでしたからね」
 クスクスと微笑む。
 全てを見通しているかのようなその瞳は歪められ、“だから、あなたも参加したのでしょう?”と言っている気がした。もちろん、アリスは何も返さない。

 そうして沈黙が訪れる。

 三者は三様として口を閉ざし、耳鳴りが聞こえてきそうなほどの重い無音が部屋を支配する。
 その静寂が心地良いかのように、紫だけが絶えぬ微笑みを浮かべていた。

「夜ももうお終いかしらね」
 返事が来ないことなど承知の上、紫は手慰みにしていた扇子を閉じると、不意に壁に目を向けた。
 窓の無いこの部屋からでは外の様子を窺い知ることはできない。それでも紫には夜空が見えているかのように、はっきりとした口調と視線で、部屋の壁面を眺めていた。
 そんな彼女の横顔を目に留め、「――ふぅ」と、区切りを入れるためだけの溜め息が響く。


「……そろそろ失礼するわ。確かに、今のところ私が訊きたいことはあらかた尋ねきったしね」
 そう言ってアリスが腰を上げた。

「じゃ、じゃあ私たちもお暇しましょう。結界の謎も一応は解けましたし」
 彼女が口火を切ったことで、追従するように早苗も立ち上がる。機を窺っていた節もあったのだろう。彼女の動き出しは早かった。
「魔理沙さん、行きましょう」
 両脇で立ち上がっている二人を尻目に、魔理沙だけは声も上げず、依然として座布団に根を張らせたままでいた。そんな彼女に、一緒に来た早苗は何度か呼び掛ける。
 腕を組み、じっと畳を見つめる魔理沙は、何も言わない。


 アリスは黙って魔理沙の頭を見下ろす。
 紫は黙って魔理沙の顔を眺めている。

「――――なぁ、」
 おもむろに、彼女は口を開いた。


「最後にひとつだけいいか?」
 誰も声を上げない。
 彼女の言葉は、普段よりも確かに力を持っていて、そこにいる全員に耳を傾けさせるに足るものだった。

「どうぞ。なんなりと」
 そう答える紫の面持ちさえ、ここまでよりも真面目なものに見える。
 魔理沙の言葉がそうさせたのか、面白がって意図的に合わせにいっているのかは、わからない。


「この“異変” ――発端のオマエの目的は何だ?それはどこにある?」
 紫はすぐには答えない。ただ彼女の言葉を真っ直ぐに受け止めているだけ。


「そ、それなら、さっき言ってくれたヤツじゃないですか?“やりたい放題、存分にその力を振るってもらうため” ――でしたっけ。要はみんなで暇潰ししましょう、っていう騒ぎがしたかったってことじゃないんですか?」
「いやまぁそうなんだが……なんていうか、こいつにはこのバカ騒ぎを起こした“メリット”みたいなものがあるはずなんだ。そうじゃなきゃここまで大掛かりなことはしない。準備からしてメンドくさそうだし」
「え、えぇまぁ……大変な手間がかかっていることは私にもわかりましたけど……」
「だろ?コイツは、この異変を使って、なにか遂げたい“目的”があるはずなんだ。――ここまで“異変”を起こしたヤツらが、だいたいみんなそうだったように」
 魔理沙は顔を上げている。
 早苗との問答の間も、視線は真っ直ぐに紫へと合わせたまま。
 まだ少女のあどけなさに溢れるその金の瞳は、彼女の発した言葉と同じくらい力が込められている。瞳の深い琥珀色は、燃えているような色にも見えた。
 紫はしばらく言葉を返さず、そして目を逸らすこともなく、魔理沙の瞳をその力ごと受け止めている。

 暫時、時が流れる。
 永遠にも思える長い沈黙を破れるかのように、紫は不意に瞳を閉じ――そして口を開いた。

「これだから、あなたは……いや、あなたたち“人間”は面白いわ。妖怪なんて目じゃないくらい、奇怪な生き物」
 まったく厄介ね、と零しながら、紫はそれでもどこか楽しそうな調子で始めた。


「いつもの“異変”と一緒だと思うのなら、いつもと同じく、私を撃ち破って答えに至ればいい」
 ――でも――
「面白いあなたに免じて……その問い、答えましょう」


 紫は眦を下げて微笑む。
 その笑顔には邪まなものは一切感じられず、本心を見せないこの妖怪をして、こうも無邪気に楽しそうな顔を見せたのは、今が初めてのような気さえした。

 魔理沙は何も返事をしない。アリスも立ったままに黙って耳を傾けている。
 早苗だけが、緊張した顔でゴクリ、と喉を鳴らした。


「まず、さっき言ってもらった目的。それ自体もあながちただの手段にすぎない、とは言い切れないわ。この混沌は私の目的でもあり――同時に手段でもあるのよ」
「場を混乱させたいだけ、ってこと?結局はただの愉快犯かしら」
 アリスが立ったまま紫に問い掛ける。
 口にして彼女も、そんなわけがないことなど百も承知だった。

「もちろん、“まさか”ね。ただ騒ぎに騒ぎたいなら、いつものように神社で宴会でもしてるわ。――ではなぜこんな手間をかけたのか。祭りでもレクリエーションでも退屈は凌げるはず。――ではなぜこんな手間をかけたのか」

 まぁ、もう答えは出ているようなものね、と紫は笑う。
 明確な答えを提示されていない今、三人はまだ核心までは辿り着けていない。

「そう、答えは明白。つまり、この戦闘行為こそが必要だったから。今回招聘した“暇人たち”に、殺し合いに近い直接戦闘をしてもらいたかったから。――そのために、私はこの大掛かりな結界を作成し、博麗の巫女と地獄の裁判長に話をつけ、大々的にこのイベントをプロデュースした」
 ニヤリと微笑む紫は饒舌に語る。
 どこか無邪気に、どこか興奮した子どものように。

「さっきも言ったでしょう。今の幻想郷には暇人ばかり。誰も彼もこの平和な日常に、過剰な力を持て余している。この長閑な日々も悪くはないけども――――」
 紫はおもむろに手にした扇子を開く。


「このままでは、今の幻想郷は崩壊するわ」


 開く扇子を口許へもってゆく。
 表情の半分を隠す扇子は、その瞳だけは隠さない。
 どこか物憂げな、何かを睨むような、鈍く光る半眼は目の前の三人の少女に向けられているようで、そうでもないようにも見える。

 予想外の言葉に息を呑む魔理沙たちなど気にせず、そのこころを説いてゆく。


「今の妖怪たちは自らの本質を見失いつつあるわ。日々の安穏を享受し、自身の持つ力を忘れてしまっている。人間ひとり襲って食えない妖怪なんて、最近じゃ珍しくも無い。まぁそうする必要が無くなってきている、っていうのが理由でもあるわね。別に人間を食べなくても、食べ物に困るなんてことはほとんど無いわけだし」

 妖怪は人間を襲う――それは種族としての本能的な意義ですらある。
 食事のため。悪戯のため。恐怖を植えつけるため。
 その目的は様々であるが、妖怪という“幻想”は、その多くが人間の恐怖心から産まれた以上、彼らの恐怖を煽ることが宿命づけられているようなものである。そのために、妖怪たちには人間を超えた力が備わっているのだ。
 だが、その力が今の幻想郷で振るわれることは、そう滅多には、無い。


「吸血鬼は人には噛みつかないし、亡霊は人を取り殺すことはしない、魔女が呪いをかけることもないし、天狗が人を攫うことも、それ以外の妖怪が夜道で人を襲うことさえほとんど無い。人間にとって、実に平和な世界になったものだわ。日々の危険が目に見えて減ったのだもの。――いや、減ったどころの話じゃないわね。妖怪と共存している人間ですら、珍しくないのだから」

 昨今、人間の里で妖怪を見ることなんて珍妙なことでもなんでもない。
 元々、妖怪に襲われる危険を鑑み、力の弱い“人間”がまとまって生活することを目的として作られたのが人間の里であるのに、今ではそこに妖怪がいても気にする人間の方が稀有だ。
 今でも原則、里では妖怪が暮らせるようにはなっていないが、そこに居を構えられないというだけで、人間の日々の生活に妖怪たちは溶け込んでいた。人間相手に商いをする妖怪もいるし、妖怪を相手に商いをする人間さえいる。


「こうした流れは、なにもここ数年でできたものではもちろんないわ。随分前から――数百年の時をかけて、この状況が出来た。ま、その当時から妖怪たちがそう望んでいたのだから、今のこの平和は完成型であると言えるんでしょうね」
 数百年昔から妖怪として幻想郷に暮らしていた彼女は、なぜか妙に他人事のように話している。
 つまりこれが、彼女のスタンスだった。
 こうして数百年――人間、妖怪、どちらにも付かず。第三者として。


「今も生きてるのが多いけど、まぁ先人たちの努力を無駄とは言わないわ。そうして人間との共存を選んだことを悪いとも言わない。……でも、妖怪たちはそうして徐々に力を失っていってしまったというのも、また事実よ。人を襲うことを忘れ、異種族を襲うことを忘れた妖怪たちは、共存への代償に自らの牙を腐らせていった。――惜しくも、今一歩馬鹿ね。どうして自分たちが“幻想”となったか、そのことを忘れているとしか思えないわ」
 変わらずのなんとも言えない眼の色をしている。が、そこに微かに悲しみのような色も滲んでいる気がした。

「外の世界では、もはや妖怪なんて“幻想”に過ぎないわ。だぁれもその存在を信じていない。それは外の人間にとって、妖怪は恐怖の対象じゃなくなったから。闇という闇を塗りつぶすことができる外の人間たちには、暗がりに住む妖怪たちなど、怖れたりはしない。人の畏怖を萃められなくなった妖怪は幻想の生き物となり――そして外の世界には住めなくなった」
 間断なく続く紫の言葉を、早苗だけは心の中で頷いていた。
 確かに、外の世界では“妖怪”など誰も信じていない。もはや御伽噺の中だけのイキモノなのだ。
 吸血鬼、鬼、天狗、妖狐……神話や伝承の中を生きるそれらを気に留め、生きている人間など、外には一人もいない。


「このままでは、確実に幻想郷でも同じことが起こる。妖怪は人と暮らすために力を衰えさせてゆき、人は力を蓄えてゆく。人間が妖怪の力を超えることは、そう遠い未来の話ではないかもしれない。そうなると、妖怪たちは幻想郷の中ですら“幻想”となり得るわ。――幻想郷からも、妖怪たちは消えてしまうかもしれないのよ」
 重々しく開かれる口は、なにか苦いものを吐き出すかのようで、半分隠れた顔も歪んでみえる。


「ここまで言っておいてなんだけど、私も、今の幻想郷のバランスは気に入っているわ。でも、妖怪たちは力を失い過ぎた。人間たちとの共存にかけた時間と同じくらいの時を経て、ゆっくりと忘れ去られてゆく未来に向かっている」
 そして、はっきりと顔を上げ――まるで決意のようなその言葉を、口にする。


「私がこの世界を気に入っている限り、そんな結末は迎えさせないわ」


 語気に力が込もる。
 自らが幻想郷の管理者であるような不遜な口ぶりを、少女たちは咎めることはしなかった。
 紫は確かに、今の幻想郷では古株の妖怪であり――そして本心から幻想郷を愛しているであろうことを、なんとはなしに、三人ともわかっていた。


「何も、今から人間を襲いだせ、なんて言わないわ。それじゃあ意味が無い。でもせめて、妖怪としての力の使い方だけでも忘れないでもらいたい。だから今回の“異変”を起こしたのよ。出来うる限り殺伐とした状況での“幻想”としての力の振るい方を、再び認識できるように」
「それでスペルカードルールを否定するようなルール構成がしてあるのね」
「その通り。わかってるとは思うけど、否定まではしていないわ。これはこれで優秀なルールだしね。――でも、優秀であるが故に、このルールの流行は、妖怪たちの力を減衰を加速させたわ。人間が妖怪に勝てる要素を、意図的にまた増やしてしまった」

 スペルカードルールの優秀性は、前述した通り、総じて力の弱い人間たちが妖怪たちと張り合えるところにある。
 その点でこの決闘方式は実に非凡だと言えよう。

 だが、それが妖怪たちの力の減退を促したことも、事実である。

 それぞれが持つ特殊な力を発揮させつつ、スペルカードを構成するということは難しく、各々の力を十全に発散させているとは言い難い。
 結局妖怪たちは、その力を著しく抑えて戦わなければならなくなった。それもごっこ遊びの延長でしかないため仕方のないことではあるが、スペルカードルールの爆発的な流行は決闘の新しい主流を作り、力の有無をスペルカードの出来で計っている風潮すらある。

 こうして妖怪たちは、自らの力の使い方を、ゆっくりと忘れてゆく。


「……そろそろ限界が来ていたのよ。力を振るうことがなかった妖怪たちは、この日々を楽しいと感じつつも、どこか退屈に思ってしまっていた。――ここが分水嶺。ここで全てを受け入れてしまったら、もうこの流れを変えることはできなかったわ。ゆるやかに全てを受け入れたことでしょう。今だからこそ、“暇人たち”を見過ごすわけにはいかないの」
「ちょ、ちょっと待って下さい!今の話を聞くと、私たち人間ってあんまり関係無いみたいなんですけど…………」
 早苗が咄嗟に声を上げる。話の流れを絶つように発した声は、思わず上ずってしまっていた。


「あら、自分とは縁が無い話だと?」
「そりゃ……そうですよ。私これでも人間ですもの……」
「現人神様ともあろう方が、なかなか謙虚じゃない」

 ふふふ、と紫が含んだ笑みを零す。
 その笑みの意味がわからず、早苗はきょとんと怯えたような顔をしていた。


「あなたも――あなたの神様も。妖怪と同じく“幻想”の生き物じゃない。理由はなんであれ、外の世界で暮らすことが難しくて幻想郷に来たんでしょう?それだけ見れば、吸血鬼あたりと変わらないわ」
 なっ、と言葉に詰まるが、結局早苗は何も言えなかった。
 自分が人間としては非凡な、奇跡の力を持っていることは、彼女自身が一番よくわかっている。
 もちろん、その力が外の世界で認められるものではなかったということも。


「“暇人たち”は種族を問わない。幻想郷の中ですら、“幻想”となり得る力を持った存在はみぃんな“暇”なのよ。……まぁもっとも、“普通の”人間代表も、ひとりだけ呼んでいるけどもね」
 それが誰とは言わない。だから誰だかわからない。
 アリスだけは、それが誰を指しているかわかっている。


「まぁそれは置いておいて。わかってもらえたかしら?私の異変の目的。私は私の幻想郷を守る。そのために、私は私にできることをする――それだけですわ」


 パチン、という音が、無音の部屋に響く。
 扇子を閉じた紫の表情は、いつになく真面目なものだった。















   【 G-5 】



 ――いくらなんでも、これは悲惨だなぁ…………

 それが美鈴の率直な感想だった。
 そんな感想がこぼれるほど、目の前に広がる光景はあまりに凄惨で、悲惨で、無残だ。

 日焼けなどしていなかった美しい緑の畳はほとんど全滅。捲れ上がり、焦げつき、ひどいものは真っ二つで原型など留めていない。
 壁面は穴だらけ。職人の腕を感じさせる見事な襖戸は、もはや木と紙の塊でしかない。
 日本家屋にしては異様に高い天井は、ポッカリと空いた大穴で吹き抜けにされているだけではなく、無数の傷跡が刻まれてしまっている。
 最初は後片づけの心配をしていた美鈴だったが、ここまで来ればもうそんなことも言っていられない。これならもはや、この部屋近隣のみ建て替えの方が早い。

「気にしなくていいわよ。どうせ私の部屋じゃないし」
「そうそ。無駄に広いこの屋敷の、所詮一部屋さ。全部燃えても私は一向に構わんしね」
「なぁに、全部燃えたら私の寝床に招待してやるさ。まぁ川の底なんだけどねぇ~。キュウリくらい出してあげるよ」

 事ここに至っても、野次馬の三人は完全に他人事だった。
“人でなしっ!”なんてツッコむわけにもいかない。
“魔女だもの”、“河童だしね”なんて不毛な反論が返ってくるだけだ。
 唯一いる人間は、この惨状を楽しんですらいる。説き伏せるなんて芸当は神仏でも無理だろう。


 美鈴は思わず深々と溜め息を吐いて、さっき別れた仲間を想った。
 最常識人の彼女なら――まぁこの三人の向こうは張れないかもしれないが――最低でも美鈴の嘆息に同意を示してくれただろう。

 ――衣玖さんは大丈夫かな。ひとりで帰らせちゃった……あんまり思い詰めてないといいけど…………。

 などと空想いに耽る一間すら、この部屋の内では許されなかった。


 レミリアたちの放った流れ弾が彼女の方に向かって飛来する。それは見物のために張った魔法障壁に阻まれ、短い炸裂音と光を産み、弾けて散った。
 目の端で捉えた流れ弾に美鈴は咄嗟に反応していたが、間に合ったかどうか。魔法使いが有り合わせの魔力で作ったと言ったこの防壁は、きちんとそれなりのクオリティを維持しており、美鈴は胸を撫で下ろしながら構えを解く。

 自身の安全を確認し、自らの主の方を見やった。

 あれから随分長い時間を戦っているが、依然として彼女たちのテンションは下降の兆しを見せようとしなかった。
 始まったときそのままのペースで、一進一退、このままこの広間を瓦礫の山にしそうな勢いである。

 この弾雨の中を、彼女たちは、子供のように無邪気に――まるで何かから解放されたかのように――広い部屋の中を所狭しと舞い踊っていた。


 幽香は中空に浮かび、弾幕を放つ。
 四季の彩りのような華やかな弾幕が、見目麗しく散り放たれる。
 残念ながら、それを美しいと思えるのは幽香と外野だけだ。対峙した者からすれば、その美しさを感じる余裕など皆無だろう。
 なにせ弾数が膨大すぎた。
 回避に移ろうにも、その隙間すら見出すことが難しい量である。地に足をつけ、それを見上げるレミリアとて一瞬怯んだような気配を覗かせる。

 だが、それは本当に一瞬だけだった。

 一番足の早い弾が届く前に、彼女は身を捩り、力を溜める。
 スタンスを広く取り、背中が見えるかと思うほどに上半身を捻り込んだ。床を踏み締める両の足にぐぐぐっと力がこもる。
 空に浮かぶ敵を見据える瞳に、紅い光が迸る。


「――夜王『ドラキュラクレイドル』」


 呟いた声を置き去りにし、レミリアは目にも止まらぬ速度で飛び上がった。
 回転の力をかけ、自身を魔力で装甲した彼女は、まさにそのまま、弾丸のようになっていた。
 降り注ぐ無量の弾など意に介さずに弾き飛ばし、一直線に幽香へと襲いかかってゆく。

 真紅の弾丸となったレミリアの切り返しに、幽香も瞬間、目を見張るが――彼女のそれもやはり、刹那の逡巡に過ぎなかった。

 ほとんど脊髄反射と言える速度で反応し、持っていた傘で防ぐようにいなすと、どうにか直撃を避けてみせる。
 ガリガリガリッ、という嫌な音を耳に残し、文字通り全身全霊の攻撃は方向を逸らしてゆく。
 彼女の魔力で強化された傘は、ここまでの戦いで酷使されたこともあり、レミリアの体に触れた側をズタズタにされてしまっていた。


 幽香はチッと小さく舌打ちを零し、瞬く間に通り過ぎていったレミリアを目で追い――またも息を飲む。


 飛び上がっていった彼女はすでに回転を止め、今度は幽香よりも上、もはや天井と同じほどの高さにいた。
 だが、天井に頭をぶつけるようなことはない。

 なぜなら、そこにだけは天井がなかったから。

 自らが開けた大穴に浮かび、すでに斜にかかった月を背に、レミリアの体には多量の魔力が満ちてゆく。
 紅く渦巻く魔力の流れは、ギャラリーの六人からも目視することができるほどであり、それを見ていたパチュリーがぼそりと呟いた。

「あ、これは流石にやばいかも」

「は?」「ん?」「げっ!」
 などと短い感嘆が上がり出す頃には、レミリアは自らの力を放つ段階に入ってしまっている。


「紅符――――」

 スペルが宣誓され――――


「『スカーレットマイスタ』」

 世界は、紅に染まる。


 ガガガガガガガガガガガガガガガガ――――――――――――ッ!!


「お……おおおおおおおお!?」
「わわわわわわわわわわわ!?」
「む、ムチャクチャすぎですよ―――っ!!」

 四方も八方も定めず、上も下も問わず、近くも遠くも無い。
 全てを埋め尽くすように、紅色の弾が空間を蹂躙する。
 射程内に味方がいる、とか、ここが屋内だ、とかいうことはレミリアの頭からは抜け落ちていた。
 その瞳に映るのは、ひとりの妖怪だけだ。
 彼女を打ち倒す、ただそれだけのために張った弾幕に過ぎない。他の結果がどうなろうと、彼女の知ったことではない。


 全範囲に広がる弾は無数。
 大小問わず、その弾に込められた威力はまさに必殺。
 そんな弾が恐ろしい速度をもって吹き飛んでゆく。もはや局地的な災害に近い。
 多少の指向性もあるようではあったが、それも気持ち程度だ。群れをなして飛ぶ弾の間にもはぐれた弾が飛んでいて隙間を埋めているのだから、もはや避けさせる気など無い。
 いくらなんでも、元の弾幕ごっこ用のスペルだった時よりも明らかにその威力が上がりすぎている。

 壁も畳も天井も、容赦なく流れ弾が襲う。
 いくつかの弾はそのまま部屋の外まで抜けていっていく始末である。
 パチュリーの防壁にも弾は間断なく当たり続ける。
「あんまり続くようだと巻き込まれるわね、コレ」
 抑揚無く魔女がそう零していたのを聞いて、美鈴は悲鳴を上げることしかできなかった。

 この弾幕が終わるためには、一刻も早く幽香に白旗を上げてもらうか、もしくはさっさと戦闘不能になってもらうしかない。

 美鈴は半ば祈るような気持ちで幽香を探した。
 ここまでを見る限り、彼女は魔法障壁を張るようなタイプではない。この弾幕を相手に、その身ひとつで曝されているだけなはずである。そうなると、いくら彼女でもこの局地災害のような弾幕の中では長くは保つまい。


 美鈴の考えたとおり、幽香はさっきまでと変わらない無防備さで、この弾幕の渦中にいた。

 さすがの彼女も今回ばかりは笑みを消し、どうにかといった様子でひたすら回避に回っていた。
 紙一重で躱す度、その動きについていき損ねたスカートの端がチチッと音を立てて擦り切れる。
 彼女の動きはけっして速いものではなかったが、この弾雨の中でもその軌道と要諦を鋭く見抜き、紙一重と言えども回避し続ける姿は、もはや流石という以上の賞賛を送らねばならないだろう。

 彼女はひたすら弾幕を避けていた。
 まるで何かを待っているかのように。


 幽香は、僅かな弾の切れ目を見つけると、不意にその足を止める。

 そう、彼女は待っていた。
 これから放つ特大のスペルのための魔力の充填を。
 そしてそれを撃てるだけのほんの僅かな隙を。

「名前は借りるわ。ちょっとネーミングセンスは趣味じゃないけど」

 傘の先をレミリアへと突き上げる。
 彼女が見つけた弾幕の隙は一瞬。すでにそこを埋めんと新たに弾が飛び込んできている。
 だが、その紅弾が彼女の許へと届く前に、彼女はスペルを宣誓する。
 元々は彼女の――魔砲を。


「恋符――――」
 ブゥゥゥゥゥゥン―――――


「『マスタースパーク』」

 ―――――――カッ!!


 傘の先に萃められた魔力が弾ける。視界が全て光に覆われてゆく。
 極大のレーザーが、進行方向上の全てを白光で呑みこんだ。

 放たれた光の筋は、レミリアの腕を焼き切った時のそれとはすでに比較にならない。術者自身よりも何倍も大きい光線となり、その直線方向への全てを消し飛ばしてゆく。
 光に遅れて轟音が響き、その過剰な魔力の余波で永遠亭が鳴動するようだった。直接的な影響は無かったにもかかわらず、その余波はパチュリーの張る防壁をも破壊しそうな勢いである。
 ギャラリーたちからも驚嘆とも悲鳴とも取れない声が聞こえる。


 幽香の眼前まで迫っていた弾はもちろん、その後を続く弾たちももれなく光に消えてゆく。
 そして、その先にいるレミリアも――――


「お嬢様ぁぁぁ――――――っ!!」


 バキバキバキッ、という音を立て、天井も削れてゆく。
 レミリアがいた天井の穴は、この魔砲でまたその半径を広げられる。

 幽香の必殺の一撃は、その眼前の全てを呑みこむと、徐々にその光の筋を細くしていき――すぐに消えた。

 その照射時間こそ長くはなかったが、その破壊力は圧倒的であった。月がまだ昇りきっていたのなら、そのまま月まで突き抜けたかもしれない。
 光と音が引き、その衝撃も収まる。
 崩れかけまで追い込まれた天井は、まだどうにかその形を保っていたが、力尽きるようにその一部が崩落している。


 ガランと開けられたその穴の中に、レミリアの姿は浮かんでいない。
 いつの間にか、部屋の中には紅色の弾はひとつも飛んでいなかった。


「お……嬢さま…………」
 美鈴は茫然とその穴を見つめるしかできなかった。
 夜明けが近づいているのだろう。ぽっかりと空いた穴から見える空は、どことなく、その色を薄めているように見えた。
 美鈴のいる位置からは、月は見えない。

「あらら、吹き飛んじゃったかしら」
 すぐ隣にいる魔法使いは、そう呟くだけだった。
 障壁に回す魔力を薄くし、興味の無さそうな顔で乱れた衣服を整えているばかりである。心配する素振りなど、どこかに忘れてきてしまったようでさえある。

 美鈴はさすがに、パチュリーの方を見咎めずにはいられなかった。
“いくら今は敵同士だっていったってそれはあんまりじゃ……”そう言おうとしていた。
 幽香は黙ってレミリアのいたはずの場所を見つめているだけ。


「おっ」


 不意に妹紅が声を上げた。美鈴はその声にまた振り向く。
 振り返った先の穴。
 そこには相変わらずの星が浮かび――よく見ると、一羽の蝙蝠が羽ばたいていた。

 その蝙蝠を中心に、どこからか続々と蝙蝠が萃まってくる。
 二羽、三羽――もっと。
 すでに黒山の塊となり、蝙蝠の形を確認できないほどに萃まっている。
 そして蝙蝠の形を失くしたそれは、モゴモゴと蠢き、次第に別の形を取ってゆく。


「まったく……満月の吸血鬼は楽しい生き物ね」
 幽香が溜め息のように声を漏らした。
 呆れるというよりは、笑っているようだった。

 塊のようだっただけのそれは、人の形へと姿を変えてゆき――――


「あーもう。服がボロボロになっちゃったじゃない」


 レミリアは所々焼け焦げたようになったスカートを忌々しげに摘まんでボヤいていた。
 さっきまでと同じく、空を背に悠々と浮かんでいる。


「っていうか、何それ。よりにもよってあの黒白の技をパクったの?」
「逆よ逆。あの子が私のスペルを無断拝借してるの。――まぁいいんだけどね。別にこの程度、技でもなんでもないし」
 二人は何気ない様子で言葉を交わしていた。
 鬼気迫るほどの戦いの残滓は、すでにどこにも見られない。

「お嬢さま……ご無事でなによりです」
「んあ?無事じゃないわよ。服が。早く帰って着替えてサッパリしたいわね」
 やっぱり咲夜いないとメンドくさいわねぇ、と零しながら、レミリアはゆっくりと床へと下り立った。
 確かに服は破れたりしているようだったが、本人にダメージがある様子は無い。五体満足で愚痴を言う余力もある。至って無事そうであった。

「ふむ。あの蝙蝠からの変身過程って、そう言えば詳しく知らないわね。レミィ、また今度バラバラになってよ」
「ヤぁよ。メンドくさい。あんなに本があるんだから、探せばあるわよ。きっと」
 魔法使いと吸血鬼による、本気なのか冗談なのか判断のつかない会話が交わされる。
 ――この友人関係は、やっぱりよくわからないわ…………。
 美鈴はそんなことを思いながら、あの時パチュリーに詰め寄らなくて良かったと、心底で思っていた。


「ふぅ――服もこんなになっちゃったし、そろそろ帰りましょうかね。もう夜も明けちゃいそうだわ」
 レミリアは空を見上げて、そんなことを呟いた。

「あら、逃げるの?」
 幽香が楽しそうにそう問いかける。

「本気?ジョーク?」
「もちろん冗談よ。どうやってもこんなの茶番にしかならないっていうのはわかってるしね」
 幽香はクスクスと微笑みながらそう返す。
 紫の仕組んだ異変の中だということを、彼女たちは二人とも理解していた。
 その中で“死闘”とは、本当の意味では存在しえないということもわかっていた。


「――――?」
「知らないほうが楽しいかもしれないわよ。終わったら教えてあげるわ」
 不思議そうな美鈴の表情を拾い、パチュリーが声をかけた。図書館の魔女もこの異変の大まかな正体まで至っているようである。


「ま、それなりに楽しめたわ。危うく退屈な夜になるとこだったから、なおさら」
「私も面白かったわ。できればまた日を改めたいくらい」
「もちろん歓迎するわ。今度紅魔館にいらっしゃいな。その時はメイドもいるだろうから、お茶くらい出すわよ」
「あら、それも素敵ね」
 レミリアと幽香は――二人が茶番と切って捨てたこの戦いを経て――どこかお互いを認めたかのようだった。
 弾火を交えた二人だからこそわかる、何かがあったのかもしれない。
 まだどちらが幻想郷最強なのかの決着はついていなかったが、とりあえず今はまたその口論に火がつくこともないだろう。
 とりあえずではあるだろうが、二人とも満足はしていたのだから。


「さ、帰るわよ。ここの家主が帰ってきてブーブー言われちゃ堪んないわ」
「壊してる意識はあったんだな。全壊させても良かったのに」
 妹紅が伸びをしながら笑って返す。


 またひとつ、夜が明けようとしていた。













   to be next resource ...
せからしかー。GW?なにそれおいしいの?

一週間も空きました。週2,3ペースなんて無かったんや。
ひとまず、ゆかり語りはこれで一段落。ついでにvsゆうかりんを消化した今回でした。
本当ならお山の面々も一組くらい突っ込む予定だったんですが……。せからしかー。

やっとこさ二日目の終わりまでが見えてきました。
遅くなるのはアレとしても、クオリティをこれ以上下げては敵わんので、頑張りたいとは思っています。本当です。
次はもっと早く上げられますように……。かしこ。
ケンロク
[email protected]
http://gurasan.kurofuku.com/
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コメント



0.490簡易評価
6.80愚迂多良童子削除
本来、妖怪対人間っていう構図を守るために考案されたスペカが逆に自らの首を絞めることになろうとは。
なんとも皮肉だなあ。結局は人間によって妖怪は駆逐される運命なのやも。

幽霊の正体見たり枯れ尾花。でもやっぱり幽霊にビビるのが人間ってもんで。
現代に適応した、というか現代の環境だからこそ生まれた妖怪とかまだまだいると思いたい。
8.無評価ケンロク削除
駆逐される運命……とまではいかなくても、もう少し殺伐さが滲んでもいい気がしたんですよね。幻想郷。
いや、キャッキャウフフしてくれるのも大歓迎ですけどもw

以前に『宇宙世紀は妖怪の夢を見るのか?』っていう作品を読んだことがあります。すげぇお気に入りです。
人工衛星が付喪神になる、っていうお話でした。
いつの世になっても、きっと妖怪はそこら辺にも普通にいてくれるハズです。
……っていうか、こういうこと書いていいのかなぁw