Coolier - 新生・東方創想話

森の中で夜

2011/05/02 06:35:41
最終更新
サイズ
11.81KB
ページ数
1
閲覧数
830
評価数
4/21
POINT
1130
Rate
10.50

分類タグ

ある熱帯夜の事。
真っ暗で獣の息遣いの聞こえる森の奥。えんえんと泣く声がする。
声から幼い女の子だと分かる。日のある内に入り込んで迷ってしまったのだろう。
幻想郷で妖怪による被害が少なくなって久しいが、対して獣による被害は減っていない。
このまま彼女が鳴き声を上げ続けるのなら、半時もせず声を上げられなくなってしまうだろう。
既にすぐ近くまで数種類の獣が寄ってきている。互いを牽制し合い、“獲物”の奪い合いを始めているのだ。
動物の唸り声がそこかしこから聞こえ、それが少女の泣き声を止めずにいる。
不意に唸り声が止んだ。
そして少女の前方の茂みが動く。唸り合いに勝った山犬が最初の一口を頂こうと近づいて来たのだ。
少女もそれを察したのだろう。彼女の瞳には恐怖と悲しみと、それ以上の諦めが浮かんでいた。
誰もが目を背けるような晩賛が始まるのだろう。
だが、その予感は脆くも崩れ去る事となる。

それは山犬がもう一つ茂みを越えれば、と言う所まで近づいた時現れた。
山犬の前方、少女が寄りかかっている大木の後ろ側から、ゆっくりと近づいてくる。
その容姿は座り込んで泣いている“獲物”と、大差ない年頃の少女だった。しかし決定的に違う部分が二つある。
一つは妖力を広範囲に発散している事。
これは人を喰らう妖怪が、威嚇行為として良く行うものだ。ただの人間には感知できず、それでいて獣には察知できるという、人を食う上でシンプル且つ最も優れた方法だ。
効果は抜群。今も少女を囲んでいた獣たちは、喰い損ねた獲物に未練も残さず立ち去っている。
そしてもう一つは、翼も無いのに飛んでいる事だ。
音を立てずにライバルを追い払い近づく。
そうして少女の目の前に飛んだまま現れた。少女は獣の唸り声も気配も消えた安心を噛みしめる間もなく、不安そうな顔でその異形を見る。
不安を湛えたその顔を見た妖怪は、数秒たってようやく口を開いた。



「貴方は食べても良い人類?」
間の抜けた質問。
食べられると思っていたのだ。そこにこの質問である。
少女は眼を丸めてポカンとしたまま固まってしまった。
その様子を見た妖怪は不思議そうな顔で首を捻った。
自分の言葉が通じていないのか、と思った様だ。何度か頷いた後、再度口を開く。
「あの~貴方は、私に、食べられても、問題無い人ですか?」
少女と自分とを交互に指差しながらゆっくり喋る。子供でも話の通じるように、優しい声色で。
少女はその間抜けな質問にやはりポカンしたが、その内容を理解すると同時に首を激しく横に振った。
そうして口を開けて何かを喋ろうとするが、上手く動かない。
それを見て妖怪はまた口を開く。
「大丈夫、ゆっくり息を吸って…そう、じゃ吐いて…も一度吸って…はい、どうぞ」
丁寧に深呼吸をさせて、妖怪は『喋っていいよ』と言う様に手を差し出す。
少女は身を縮めながらも、おずおずと喋り出した。
「あの…えっとね…るかが食べられちゃうと、おとーさんとおかーさんがね、泣いちゃうしね、妹のめんどうを見る人がいなくて困っちゃうし、それにね!食べられると痛いらしいし、いなくなっちゃうらしいの…だからね、だからねぇ…うぅ」
また泣きそうになる。
妖怪はその様子を見て、眼を瞑りうーんと唸る。
そうして少し経って、
「つまり、貴方の事は食べちゃダメ、ってことかな?」
と訊いた。
少女は両手を口元に当ててゆっくりと頷いた。
成程、どうやら彼女は食べてはいけない様だ。合点が言った様子で頷く妖怪は、盛大に溜息を吐くと残念な様子で少女に背を向けた。
(まだ今日は何も食べて無いなぁ……仕方ない、今日は帰って寝るかなぁ)
等と考えて飛び立とうとする妖怪の背に声が飛んだ。
「あ、あのぅ…」



「いや悪いね、遠慮しないで頂くよぅ」
そう言って妖怪――ルーミアは大きめのおにぎりにかぶりついた。
(もしおなかが減ってるんだったら、これ食べる?)
少女がそう言って差し出した包みに入っていたものだった。
大きな球形の、適度に塩の効いたおにぎり。二つ入っていた内の一つをルーミアはぺロリと平らげた。
「うん、美味しいね。ではもう一つ!」
そう言ってもう一つに手を付ける。その様子を見て、先程まで不安に押し潰されてしまいそうだった少女の顔に、ようやく微かな笑みが浮かんだ。
「?何、可笑しそうに。ほっぺに米でも付いてる?」
「ううん、違うの。わたしとお歳は変らなさそうなのに、あっという間に食べ終えちゃうんだもん。るかはお口がちっちゃいから、もっとも~っと時間がかかっちゃうの」
口元を押さえて少女――るかがクスクスと笑う。
ルーミアはふーん、と言って食べる作業に戻る。それをるかがみて微笑む。
奇妙な絵の完成だった。



「ふぅ、御馳走様。美味しかったよ」
「ん~ん、おそまつさま。つくったのはおかーさんなんだけどね」
るかが舌を出して笑う。釣られてルーミアも笑い、そして佇まいを整えた。
「それじゃ約束通り。一緒に此処に居てあげるよ」
そして少女の左隣に腰掛けた。

少しばかり時を遡る。
項垂れて立ち去ろうとしたルーミア。
その背に少女はおにぎりを差し出した後、こう続けたのだ。
(食べてもいいけどそのかわりに、少しでいいからるかとお話して?)
その眼は潤み、差し出す手は震えていた。
確かに獣の気配や唸り声は恐ろしかっただろうし、死の危険さえ感じただろう。
しかしるかにとってはそれ以上に、それよりも前から、暗くなった直後から感じていた一人ぼっちの孤独の方が恐ろしかったのだ。
ルーミアはあっさりと了承してくれた。その時の少女の心はどれ程の喜びに満ちていたのか。

「でねでね、妹はね、すっごく可愛いの。ふにゃ~って笑うんだよ!」
るかは流れ出るように言葉を重ねる。それまでの恐怖の分、今の状況が嬉しいのだろう。
一人ではなく、しかも(見た目は)同年代の少女だ。
それでも在り続ける恐怖を誤魔化すように喋る事を続けている。出来るだけ楽しそうに身振り手振りを加えながら。
内容も取り留めのない話だ。
父のくれた絵物語が面白かった事、母のくれた首飾りがとても気に入った事、友人が男勝りで何時も守ってくれる事。
恐らくそれは彼女の日常をただ並べているだけなのだろう。だがそう言う事こそ、己を奮い立たせる一番の術である事を無意識の内に知っているのだろう。
そしてルーミアもそれを止めようとはしない。見つけた時の恐怖に引き攣った顔よりも、今の笑顔の方が可愛らしい。そんな理由で。

「……ルーミアってホントにすごいんだねぇ」
「何さ急に。私の何処が凄いのさ」
「だってさ、ルーミアがここに来てから、ヤマイヌとかの動物が近寄らなくなったもん」
るかの言う通り、今彼女達の周りには獣の一匹も居ない。
「あ~そういう…ま、そりゃそうさ。どんなに強くたって、唯の動物が妖怪である所の私に勝てるわけはないもの。そりゃ、偶に弱い妖怪も居るけど、そう言うのはそもそも人を襲ったりしない奴らだからねぇ」
「ん~ん、それだけじゃなくて…その」
不安そうに一息切ってキョロキョロと周りを見渡し、続ける。
「その、ね?妖怪もよって来ないから、すごいなぁって」
急にるかは不安を顔に浮かべた。
成程。
るかは人食い妖怪は他にもいるだろう事、そしてそれがルーミアより強いかもしれない事を知っているのだろう。
そしてこの質問は不安の裏返し、つまり『他の妖怪が来ても追い払えるよね?』という遠回しな質問なのだ。
その事を理解したルーミアは言う。
「大丈夫だよ。夜に私に喧嘩売る様なのはそう居ないから」
「どうして?」
「そうだねぇ…。うん、口で説明するよりこっちの方が早いか」
言い終わるなりルーミアはるかの方を両手で押さえた。
そして、
「わっうわぁっ!」
るかは悲鳴を上げた。

傍で見ていればルーミアを中心に闇の球体が出来た事がわかっただろう。その闇は少女二人をすっぽりと包みこんで、その姿を隠してしまった。
「と、まぁこんな感じで」
闇の中からルーミアの声がすると同時に、ゆっくりと闇が払われていく。
すっかり闇の消えた後に残ったのは涙目で震える少女と、ニッコリ笑顔の妖怪だけだ。
「私は闇を操れるから、夜に戦おうと思うのは少ないのさ。闇に紛れる敵何てわざわざ夜に狙う理由もないでしょ?」
ウインクを飛ばす。
「け、けど。もっともっと強い妖怪が、例えば幽香とかが襲って来たら?」
「あははっ!それこそ心配無用ってヤツだよ。そこまで強い奴ならこんな森の奥まで来ないし、私みたいな妖怪とやり合う位なら博麗神社辺りに行くさ。大丈夫、ここら辺って事なら私にちょっかい出すのは居ないよ」
るかの頭に手をやって撫でる。
その行為には何の意味も無いだろう。彼女はそうしたいからそうしただけだ。
けれど人撫で毎に、るかの警戒心や恐怖心は払拭されていくようだ。
「えへへぇ。そっか、ルーミアはホントにホントに、ホンット~にすごいんだぁ!」
言ってルーミアに抱きついてきた。
彼女の心に消えずにあった“妖怪”への恐怖心が、ルーミアだけには適応され無くなったのかもしれない。



そうして何分、何時間喋っただろうか。
月は下り出して大分経つ。当然時計など無いし、月を見て時間を図る様な真似はるかには出来ない。
しかし日をまたいでる事は間違いなさそうだと、るかは空腹を訴える音で察する。その上、彼女は遭難していたのだ。闇の中での恐怖も重なって、体力的に限界が近づいていた。
眠たげに眼を擦る様子にルーミアが気付いた。
「るか?眠いの?」
そう言えばさっきから会話が減っていたし、言葉が微妙に聞き取り辛くなっていた。
現に今も、『むー』とか『うー』とか言う返事しか帰って来ない。
「だいじょぶ…だいじょぶ。だからもっと、おはなししよぅ…?」
そう言ってる間にも瞼が降りてきている。何か喋ろうとしているのだろうが、言葉として出てくるモノは一つも無い。
(うぅん…こういう時は、…どうしたものかなぁ?)

もう、だめだ。
あたしはもう起きてられないよ…。
けど、起きてないと。
だってルーミアには『お話して』っておねがいしたんだもん。
ねちゃったらもうおしまいだもん。
ルーミアはいなくなって、知らない妖怪か動物に食べられちゃうもん。
ああ、けど、ねむい、げんかい。
そうだ。せめて、せめて。

「ねぇ、ルーミア?」
「何?どうしたの?」
「あのね…もうるかね、起きてられないくらいねむいの。だからね」

「もしるかが他のだれかに食べられそうになったら。ルーミアがさきに食べちゃっていいよ」
ルーミアはるかを見る。
「だって……誰かに食べられちゃうくらいなら…ルーミアに…食べ…」
瞼は完全に閉じ、ゆっくりが体は倒れた。そしてルーミアの方に頭を乗っけると、すーすー、と寝息を立て始めた。
ルーミアはじっとしたまま動かない。
虫と鳥の鳴き声、草木のすれる音。月明かりで出来た木陰、生温かい風。
その夜にあったのはそれだけだった。



そうして。
るかが起きた時、そこは村外れの小屋の中だった。
雀の鳴き声が耳を叩き、日の光が眼に眩しかった。
獣の気配のするあの森深くではない事に気付いて、彼女は飛び出した。
そうして少し歩くとすぐに村人に見つかり、自宅へと連れられた。
泣いて抱き寄せる両親、無邪気に笑う妹。
無事でよかった、と周りの大人達。
奇妙だった。昨日の夜の出来事と、今の自分の状態が繋がらない。
そうして、森に行った事以外はよく解らなくなってしまって、
「夢……?」
本当にあった事なのか、解らなくなってしまったのだった。

そして、あの夜の出来事が本当にあったと知るのは数日後、天狗の配る新聞によってだった。



『妖怪ルーミア、またもや子供を救う!?』
新聞の一面にでかでかと載せられた記事の見出しはそう書かれていた。
「ん~おかしいなぁ。そんなつもりはなかったんだけどな」
あばら家――彼女の家の中でそう言って、ルーミアは新聞を畳んで放り投げた。
彼女の顔には不満がありありと浮かんでいた。
当り前だ。妖怪は怖がられてナンボなのだ。なのに天狗の新聞をからは、迷った子供を救った正義の妖怪、としか読み取れないのだ。
おまけに一枚の写真も載っていた。そこにはルーミアがあの村はずれの小屋にるかを運び込んでいる様子が映っていた。
何処からどう見ても人里に子供を返す妖怪、ないし恥ずかしいからこっそり人目に付かない様に善行をする妖怪の図だった。
「心外だなぁ。後で天狗に抗議に行かないと」
そう言うと彼女はゴロリと横になった。

そう、彼女は救うつもりなんて本当に無かった。
ならば何故彼女はるかを食べなかったのだろうか?答えは簡単。
ただ、『他に食べようとする誰か』が現れなかったからだ。
あの後――るかが眠った後、ルーミアはひたすら待った。るかを食べようとする何者かが現れるのを。るかを食べても良い条件が満たされるのを。
しかし、期待に反してそんな何者かは現れなかった。当然である。ルーミア自身が言っていた通り、『あの場所』で『ルーミア』に喧嘩を売る者なんていないのだ。
その上ルーミアは“獲物”を側に置いたままジッとしているのだ。罠だと思われても仕方があるまい。
襲おうとするモノどころか、近くに寄ろうとするモノすら居なかった。
ルーミアは自分の思惑を外し、結果的に番人としての役目を果たしてしまった。
その内、日が昇り朝になってしまった。
それまでジッと待っていたルーミアだったが、朝になった事で今回は諦めが付いた。
続きは明日と言う事で、ひと眠りしたくなった彼女は、別の誰かが勝手にるかを食べない様にと都合の良い場所を捜した。自分の家に入れるには大きすぎる。だが置いておくには心もとない。
そうして村外れの小屋へと連れて行ったのだ。
そう、ルーミアは彼女を救った訳でも何でもなく、
ただ彼女を『貯蔵』したのだった。
更に悪いのは、同様に『貯蔵』した事が三回あり、そしてその全てが今回と同様の解決を見ているということだった。

(全く飛んだ災難だ。徹夜して食いっぱぐれた挙句イメージダウンの記事を載せられるなんて。もっと妖怪らしい事で記事になりたいなぁ)
そう思いながら眠る。
彼女は思うのだ。いつか強力な妖怪になりたい、その為に一杯食べないといけない。獣も魚も、そして人も。
けれど、彼女が人を食べる日は、子供たちの見せるあの笑顔を、もう一度見たいという期待から出される言葉を変えない限り、やって来ないだろう。
そして、また迷い込んだ子供を見つけても、きっと彼女はこう語りかけるだろう。
即ち――

「貴方は食べても良い人類?」
と。
え~お久しぶりです。
この数カ月色々ありました。
何も書けなくなったり、地震被害にあったり。
そうしている内に、何かしたい事があったらしておこうと思って久しぶりに書いて見ました。
正直リハビリ状態です。

これからも思いついたら書きたいとは思ってます。
なので、どうぞこれからも宜しくお願いいたします。

ではお付き合い有難う御座いました。
楽しんで頂けたのであれば幸いです。
涅槃太郎
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.780簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
ルーミアは無意識で優しい子
15.90名前が無い程度の能力削除
落語のようなお話ですね。楽しませていただきました。
16.80名前が無い程度の能力削除
これは意外となかなか上手い
18.90名前が無い程度の能力削除
獣と妖怪の差がはっきりと現れていますね。でも妖怪だけど陽気で脳天気、そのお陰でこのルーミアはルーミアなのでしょう