「咲夜。入るわよ」
コココンとリズミカルにノックを打ちつつ、私はドアを開けた。
「お嬢様。どうしたんですか」
お前がどうしたんだよ、とはツッコまなかった。
今日の咲夜はオフなので、お気に入りのジャージ姿でベッドに寝っころがりながらポテチを頬張りつつ漫画を読んでいてもそれを咎める権利は私にはないからだ。
「ちょっと話があってね」
「そうですか。あ、早くドア閉めてください」
「はいはい」
咲夜は、私以外の者に自分のオフ時の姿を見られるのを極端に嫌う。
なんでも、「日頃のイメージとのギャップが……」とかいう理由らしいが、じゃあ何故私が持つイメージの変動に対しては危機感を覚えないのかと問い質したところ、
「お嬢様は、こんなことで私の見方を変えたりしませんから」
という、よくわからない返事をよこしてきた。
まあ、咲夜がよくわからないのはいつものことなので特に気にもしていないけど。
「しかしまあ、相変わらずのくつろぎっぷりね」
「オフですから」
せめてもの抵抗にと、ちょびっと嫌味めいたことを言ってみたが、目の前のメイドだった気がする人間はポテチをパリッと頬張るだけで表情ひとつ変えやしない。
しかしそれもまたいつものことなので、私はそれ以上追及することもなく彼女の寝ころぶベッドへと歩み寄った。
「ふぅ」
とすん、とベッドに腰掛ける。
すると、咲夜もむっくりと上体を起こし、私の隣に腰掛ける形を取った。
「で、お話ってなんですか?」
咲夜はふああとあくびをしつつ、ぼさぼさの髪を手で撫でつけるような所作をした。
まあオフ時の咲夜は基本こんな感じなので、別に今更何とも思わない。
私は早速本題に切り込むことにした。
「……うん。咲夜はさ、結婚とかする気ないの?」
「はっ!?」
途端、咲夜は目を真ん丸にして私を凝視した。
「いや、そんなに驚かなくても」
「だ、だだっだってけけけっこんて、い、いやですわおじょうさまったら……」
咲夜は急にくねくねと体をよじらせ始めたかと思うと、私の肩をつんつんと人差し指でつっつき始めた。
なにこの従者気持ち悪い。
という内心の思いはおくびにも出さず、私は冷静に話を続けた。
「いやほら、里では咲夜くらいの歳で結婚している娘も少なくないみたいだし、中にはもう子供がいる子だっているそうよ」
「自分は自分、他人は他人だぜ、レミリア」
「真面目に聞け」
「きゃん」
とりあえず調子に乗りかけた咲夜にチョップをかましておく。
こういうところのケジメは肝心だと思う。
すると咲夜はおでこを押さえながら、幾分か真面目な声で言った。
「……そりゃまあ、私だって女ですし、そういうことに憧れの気持ちがないわけじゃないですけど」
「あら、そうなの?」
少し意外に思えた。
咲夜は本当に、そういう方面には無頓着なように見えていたから。
しかし咲夜は、なぜか諦めたような表情になって首を横に振った。
「でも実際問題、難しいと思いますわ」
「? なんで? 咲夜ほどの器量なら引く手あまただと思うけど」
「それはそうなんですけど」
否定しないのかよ。
心の中でツッコみつつ、私は話の続きを待った。
「現実的に考えて、この館に住みたいと思うような奇特な殿方には、まずお目に掛かれないかと」
「……え?」
咲夜の言っている言葉の意味が分からず、思わず私は首を傾げた。
すると、咲夜は補足するように続けた。
「だってほら、結婚するからには、当然一緒に暮らす事になるでしょうし、そうなったら……」
「いやいや、咲夜」
話が変な方向に逸れていきそうだったので、私はここらで軌道修正を試みることにした。
「それなら何も、この館で暮らさなくてもいいでしょう。普通に二人で里で暮らせば……」
「はあ。まあ通勤手当を出してもらえるのなら、それもなくはないですが」
「幻想郷中を飛び回れるメイドに交通費もへったくれもあるか」
どうにも話のポイントがずれている。
私はこめかみを押さえつつ、視線を床に落とした。
「あのねぇ、咲夜。私が言っているのはそういうことじゃなくて……」
「嫌ですよ」
「えっ」
そのきっぱりとした口調に驚き、私は思わず顔を上げた。
いつもの、いや、いつも以上に真剣な表情をした咲夜が、そこにいた。
「私は、何があっても、この館を出て行きたくはないです。……たとえ、結婚しても。たとえ、子供が生まれても」
「……咲夜……」
―――本当は、分かってた。
咲夜なら、きっとこう言うだろうな、って。
……でも。
「あのね、咲夜」
「はい」
「私は今まで、一度だって……あなたの運命を操ったことはないの」
「そうなんですか」
「うん」
再び視線を床に落とし、私は話を続ける。
なるべく、声のトーンを下げないようにしながら。
「……でも、でもそれは、意識的にはそうしなかったというだけで……ひょっとしたら無意識のうちに、私は咲夜の運命を操っていたのかもしれない」
「…………」
「意図せざるうちに、知らず知らずのうちに……咲夜が私の従者になるように。あるいは、ずっと従者でいるように」
「…………」
「いつまでもこの館にいるように。……ずっと、私の傍にいるように」
「…………」
「咲夜がそう思うように、そう望むように―――私は咲夜の運命を操っていたのかもしれない。……だからね、咲夜」
そこでもう一度、私は咲夜を真正面から見つめた。
まっすぐな瞳の中に映る、不安げな表情を浮かべた自分。
「もしかしたら、あなたには、もっと違う運命が待っていたのかもしれない」
「…………」
「たとえばそう、普通に結婚して、普通に子供を生んで、普通に年老いて……。そんな、そんな普通の人間としての運命が―――」
「お嬢様」
私の言葉を、咲夜はずばっとぶった切った。
「ポッキー食べます?」
いつの間に手に持っていたのか、咲夜はそれを一本突き出してきた。
「……あのねぇ咲夜、私は……って、ちょ、やめっ、やめなさい。食べるから。食べるからっ」
にこにこ笑いながら私のほっぺをポッキーでぷにぷにつっついてくる咲夜。
私は鬱陶しげにそれを奪い取ると、二口で咀嚼した。
「……まったく、もう。真面目に聞いて頂戴。私はあなたのことを思って―――」
「お嬢様」
また容赦なくぶったぎってきた。
こいつはもう、本当に……。
呆れ混じりのため息をつきながら、私は言った。
「……なに? 咲夜」
「ご無礼を承知で、一言だけ、言わせてもらってもいいでしょうか」
「? 何を?」
「どうでもいいです」
「はい?」
思わずピクッと、私は自分の口角が吊り上がるのを感じた。
「……今、何て? ……咲夜」
「どうでもいいです」
機械音声のように、同じ言葉を繰り返す咲夜。
「……咲夜、それはどういう……」
「だって」
咲夜は口にくわえたポッキーをポキッと半分に折ると、実に晴れやかな笑顔で言った。
「私は今、最高に幸せですから」
そう言って、残り半分も口に放り込む。
「こうやって、オフの日の昼下がりに、お嬢様と二人、ベッドに腰掛けてポッキーを頬張る。これ以上の幸せを、咲夜は知りませんわ」
「…………」
多分、今の私はすごく間抜けな顔をしているのだと思う。
咲夜は、ポッキーをぽりぽりと頬張りながら、続ける。
「だから、今の私の運命が、お嬢様に操られたものであったにせよ、そうじゃなかったにせよ、別にどうだっていいんです」
「…………」
「これ以上に幸せな運命なんて、きっと私には、ありませんから」
「…………」
ふとした気まぐれで、「もしかしたら」の可能性を考え始めた私が、馬鹿だったのか。
あるいは、目の前で美味しそうにポッキーを頬張っているこの従者が、馬鹿なのか。
……多分、どっちもなんだろう。
「あ、そ」
もはや考えることすら面倒くさくなった私は、その一言だけを呟き、ぼぅっと天井を見上げた。
片や、私を無為な葛藤に陥らせていた当の本人―――隣に座る従者―――は、実に嬉しそうに、「えい、えい」とか言いながら、またも私のほっぺにポッキーを突き刺している。
「…………」
私は無言でそれを奪い取ると、今度は一口で咀嚼した。
そして、不貞腐れたように言ってやった。
「……後悔しても、知らないわよ」
「ええ。望むところですわ」
満面の笑みでそう言われては、もう何も返す言葉が見つからない。
私がやれやれと息を吐きつつベッドから降りると、楽しげな声が背中越しに掛けられた。
「お嬢様、お嬢様」
「なによ」
「ポッキーゲームしましょう。ポッキーゲーム」
そう言って、口にくわえたそれを得意気に突き出してくる咲夜。
「…………」
「きゃんっ」
そんなふざけた従者に対し、再びチョップをお見舞いする私。
「ううぅ……ひどいですわお嬢様っ。せっかくの器量良しが台無しにっ」
「はいはい、それはわるうござんしたねー」
確かに、これ以上に幸せな運命なんて、私は知らない。
了
コココンとリズミカルにノックを打ちつつ、私はドアを開けた。
「お嬢様。どうしたんですか」
お前がどうしたんだよ、とはツッコまなかった。
今日の咲夜はオフなので、お気に入りのジャージ姿でベッドに寝っころがりながらポテチを頬張りつつ漫画を読んでいてもそれを咎める権利は私にはないからだ。
「ちょっと話があってね」
「そうですか。あ、早くドア閉めてください」
「はいはい」
咲夜は、私以外の者に自分のオフ時の姿を見られるのを極端に嫌う。
なんでも、「日頃のイメージとのギャップが……」とかいう理由らしいが、じゃあ何故私が持つイメージの変動に対しては危機感を覚えないのかと問い質したところ、
「お嬢様は、こんなことで私の見方を変えたりしませんから」
という、よくわからない返事をよこしてきた。
まあ、咲夜がよくわからないのはいつものことなので特に気にもしていないけど。
「しかしまあ、相変わらずのくつろぎっぷりね」
「オフですから」
せめてもの抵抗にと、ちょびっと嫌味めいたことを言ってみたが、目の前のメイドだった気がする人間はポテチをパリッと頬張るだけで表情ひとつ変えやしない。
しかしそれもまたいつものことなので、私はそれ以上追及することもなく彼女の寝ころぶベッドへと歩み寄った。
「ふぅ」
とすん、とベッドに腰掛ける。
すると、咲夜もむっくりと上体を起こし、私の隣に腰掛ける形を取った。
「で、お話ってなんですか?」
咲夜はふああとあくびをしつつ、ぼさぼさの髪を手で撫でつけるような所作をした。
まあオフ時の咲夜は基本こんな感じなので、別に今更何とも思わない。
私は早速本題に切り込むことにした。
「……うん。咲夜はさ、結婚とかする気ないの?」
「はっ!?」
途端、咲夜は目を真ん丸にして私を凝視した。
「いや、そんなに驚かなくても」
「だ、だだっだってけけけっこんて、い、いやですわおじょうさまったら……」
咲夜は急にくねくねと体をよじらせ始めたかと思うと、私の肩をつんつんと人差し指でつっつき始めた。
なにこの従者気持ち悪い。
という内心の思いはおくびにも出さず、私は冷静に話を続けた。
「いやほら、里では咲夜くらいの歳で結婚している娘も少なくないみたいだし、中にはもう子供がいる子だっているそうよ」
「自分は自分、他人は他人だぜ、レミリア」
「真面目に聞け」
「きゃん」
とりあえず調子に乗りかけた咲夜にチョップをかましておく。
こういうところのケジメは肝心だと思う。
すると咲夜はおでこを押さえながら、幾分か真面目な声で言った。
「……そりゃまあ、私だって女ですし、そういうことに憧れの気持ちがないわけじゃないですけど」
「あら、そうなの?」
少し意外に思えた。
咲夜は本当に、そういう方面には無頓着なように見えていたから。
しかし咲夜は、なぜか諦めたような表情になって首を横に振った。
「でも実際問題、難しいと思いますわ」
「? なんで? 咲夜ほどの器量なら引く手あまただと思うけど」
「それはそうなんですけど」
否定しないのかよ。
心の中でツッコみつつ、私は話の続きを待った。
「現実的に考えて、この館に住みたいと思うような奇特な殿方には、まずお目に掛かれないかと」
「……え?」
咲夜の言っている言葉の意味が分からず、思わず私は首を傾げた。
すると、咲夜は補足するように続けた。
「だってほら、結婚するからには、当然一緒に暮らす事になるでしょうし、そうなったら……」
「いやいや、咲夜」
話が変な方向に逸れていきそうだったので、私はここらで軌道修正を試みることにした。
「それなら何も、この館で暮らさなくてもいいでしょう。普通に二人で里で暮らせば……」
「はあ。まあ通勤手当を出してもらえるのなら、それもなくはないですが」
「幻想郷中を飛び回れるメイドに交通費もへったくれもあるか」
どうにも話のポイントがずれている。
私はこめかみを押さえつつ、視線を床に落とした。
「あのねぇ、咲夜。私が言っているのはそういうことじゃなくて……」
「嫌ですよ」
「えっ」
そのきっぱりとした口調に驚き、私は思わず顔を上げた。
いつもの、いや、いつも以上に真剣な表情をした咲夜が、そこにいた。
「私は、何があっても、この館を出て行きたくはないです。……たとえ、結婚しても。たとえ、子供が生まれても」
「……咲夜……」
―――本当は、分かってた。
咲夜なら、きっとこう言うだろうな、って。
……でも。
「あのね、咲夜」
「はい」
「私は今まで、一度だって……あなたの運命を操ったことはないの」
「そうなんですか」
「うん」
再び視線を床に落とし、私は話を続ける。
なるべく、声のトーンを下げないようにしながら。
「……でも、でもそれは、意識的にはそうしなかったというだけで……ひょっとしたら無意識のうちに、私は咲夜の運命を操っていたのかもしれない」
「…………」
「意図せざるうちに、知らず知らずのうちに……咲夜が私の従者になるように。あるいは、ずっと従者でいるように」
「…………」
「いつまでもこの館にいるように。……ずっと、私の傍にいるように」
「…………」
「咲夜がそう思うように、そう望むように―――私は咲夜の運命を操っていたのかもしれない。……だからね、咲夜」
そこでもう一度、私は咲夜を真正面から見つめた。
まっすぐな瞳の中に映る、不安げな表情を浮かべた自分。
「もしかしたら、あなたには、もっと違う運命が待っていたのかもしれない」
「…………」
「たとえばそう、普通に結婚して、普通に子供を生んで、普通に年老いて……。そんな、そんな普通の人間としての運命が―――」
「お嬢様」
私の言葉を、咲夜はずばっとぶった切った。
「ポッキー食べます?」
いつの間に手に持っていたのか、咲夜はそれを一本突き出してきた。
「……あのねぇ咲夜、私は……って、ちょ、やめっ、やめなさい。食べるから。食べるからっ」
にこにこ笑いながら私のほっぺをポッキーでぷにぷにつっついてくる咲夜。
私は鬱陶しげにそれを奪い取ると、二口で咀嚼した。
「……まったく、もう。真面目に聞いて頂戴。私はあなたのことを思って―――」
「お嬢様」
また容赦なくぶったぎってきた。
こいつはもう、本当に……。
呆れ混じりのため息をつきながら、私は言った。
「……なに? 咲夜」
「ご無礼を承知で、一言だけ、言わせてもらってもいいでしょうか」
「? 何を?」
「どうでもいいです」
「はい?」
思わずピクッと、私は自分の口角が吊り上がるのを感じた。
「……今、何て? ……咲夜」
「どうでもいいです」
機械音声のように、同じ言葉を繰り返す咲夜。
「……咲夜、それはどういう……」
「だって」
咲夜は口にくわえたポッキーをポキッと半分に折ると、実に晴れやかな笑顔で言った。
「私は今、最高に幸せですから」
そう言って、残り半分も口に放り込む。
「こうやって、オフの日の昼下がりに、お嬢様と二人、ベッドに腰掛けてポッキーを頬張る。これ以上の幸せを、咲夜は知りませんわ」
「…………」
多分、今の私はすごく間抜けな顔をしているのだと思う。
咲夜は、ポッキーをぽりぽりと頬張りながら、続ける。
「だから、今の私の運命が、お嬢様に操られたものであったにせよ、そうじゃなかったにせよ、別にどうだっていいんです」
「…………」
「これ以上に幸せな運命なんて、きっと私には、ありませんから」
「…………」
ふとした気まぐれで、「もしかしたら」の可能性を考え始めた私が、馬鹿だったのか。
あるいは、目の前で美味しそうにポッキーを頬張っているこの従者が、馬鹿なのか。
……多分、どっちもなんだろう。
「あ、そ」
もはや考えることすら面倒くさくなった私は、その一言だけを呟き、ぼぅっと天井を見上げた。
片や、私を無為な葛藤に陥らせていた当の本人―――隣に座る従者―――は、実に嬉しそうに、「えい、えい」とか言いながら、またも私のほっぺにポッキーを突き刺している。
「…………」
私は無言でそれを奪い取ると、今度は一口で咀嚼した。
そして、不貞腐れたように言ってやった。
「……後悔しても、知らないわよ」
「ええ。望むところですわ」
満面の笑みでそう言われては、もう何も返す言葉が見つからない。
私がやれやれと息を吐きつつベッドから降りると、楽しげな声が背中越しに掛けられた。
「お嬢様、お嬢様」
「なによ」
「ポッキーゲームしましょう。ポッキーゲーム」
そう言って、口にくわえたそれを得意気に突き出してくる咲夜。
「…………」
「きゃんっ」
そんなふざけた従者に対し、再びチョップをお見舞いする私。
「ううぅ……ひどいですわお嬢様っ。せっかくの器量良しが台無しにっ」
「はいはい、それはわるうござんしたねー」
確かに、これ以上に幸せな運命なんて、私は知らない。
了
同性だからって?
幻想郷に常識はつうようしねぇ
「咲夜はさ、“私と”結婚とかする気ないの?」
に見えてしまったw
いや~、主従って本当に良いものですね。
レミ咲(咲レミ)万歳。
100点持っていきやがれ、最高だよ。
ちょっぴり変わったレミ咲の雰囲気で笑えるながらも、感動できます。
プラチナあたりがいいんじゃないか?
この一言が、今あるこの二人の想いを表しているのだと思うな
結構シリアスな場面でも、ジャージ姿だと思うとクスッとしてしまいますね。
この2人には末永く幸せでいて欲しいものです。
ご馳走様でした。
一緒にいて幸せなんだなあと。
重い展開にしないで、2人の在り方や幸せを読者に伝えるのはすごいことだと思います。
いいお話をありがとうございました。