「あ~あ、ルナチャイルドちゃんとちゅっちゅしてえなぁ……」
この時ほど自身が兎である事を後悔した瞬間は無い。
いったい何が悲しくていい歳こいたオッサンの独り言なぞ聞かにゃあならんのか。
いっその事この耳を千切り捨てて地上に逐電し、普通の女子高生として第二の人生を歩み始めてやろうか。
「失礼します」
ここは月の都の中央、月夜見の宮殿。
いささか潔癖に過ぎる主の意向を反映した、殺風景な執務室の前に私は居る。
「その声は……玉兎を束ねるリーダー(笑)! 玉兎を束ねるリーダー(笑)じゃないか!」
何笑ってんだ殺すぞ。
名前も外見も描写されなかったキャラは東方キャラじゃないってのかよ、ええ?
自分だって元ネタの情報すら碌に無い空気以下の存在のクセによぉ!
「とりあえず中に入らせてもらいますよ」
「ああちょっと待て。三分間だけ待ってくれ。今はマズイ」
「四十秒も待ってられません」
扉を開いたことを後悔するまでにさほど時間はかからなかった。
とりあえずオッサン、パンツ穿け。
「あああああああああ見られたあああああああああせつないよおおおおおおおおお」
ええい鬱陶しい! ギャーギャー喚くな!
お前はいつぞやの吸血幼女か! うー☆とか言い出したらそのグングニルを撃ち抜いてやるからな!
「ぐすん……つっくん泣いちゃうもん。あとお前が女子高生ってのは無理があると思う。主に年齢的な意味で」
余計なお世話だバーロー岬。
っていうか何で知ってやがりますか貴様。月の支配者はさとり妖怪である可能性が素粒子レベルで存在する……?
「どうでもいいからその閉じた第三の脚を仕舞ってください。さもないと精密射撃を加えますよ?」
「精みつ……咥える……やはりウサギは変態か……」
右手の親指を立て、人差し指を伸ばす。
するとアラ不思議、今までむずがっていたつっくんは大人しくパンツを穿いてくれましたとさ。
めでたし、めでたし。
「何を勘違いしているのだ? 私は『露出できるのは前だけだ』などと言った覚えはないぞ?」
「ほほう、月夜見様は使い古された座薬ネタを御所望とみえる」
「あいや待った。考え直す時間が必要だ。我が麗しきチョコレート・スターフィッシュは投げ捨てるものではない」
ホンマ月夜見様のナルちゃんっぷりは、衛星軌道上を駆け巡るでぇ。
「いくつか御耳に入れたい事があって参りました。よい話と悪い話、どちらを先にいたしますか?」
「無駄に勿体つけて見せるのは、お前たち玉兎の悪い癖だな。う~む、ど・っ・ち・に・し・よ・う・か・なっと……」
オマエの悪い癖は優柔不断なところだな。
「……よし、よい話からにしよう。こういう時はよい話からと相場が決まっているからな」
「太陽にお住まいの姉上様より、書状が届いております」
「ほう、姉上から……痛てっ! いちいち投げんなよ、バーカ!」
見つめるラビッツ・アイ。
俊夫さん瞳をよろしくね。
「姉上は下らん事ですぐ手紙を書くから困る。読まされる方の身にもなって欲しいものだ、まったく……」
額から流れる血を拭おうともせずに、月夜見様は手紙を開く。
なんだかんだいって嬉しそうじゃねえか。もしかして:シスコン?
「げぇっ! 姉ちゃんまた引きこもるつもりかよ!?」
「はあ、またですか?」
「読んでみろってホレ! ああもう、メンタル弱すぎなんだよなあ……」
喉元に突き刺さらんが如く飛来する書状を、二本の指で受け止める。
このまま投げ返してやるのもまた一興だが、とりあえず手紙の内容が気になったのでやめておく。
『私の可愛いヤタガラスの分霊が、地上で勝手に使われてるみたいなの……死にたい』
ワタシ兎だけど、太陽神のクセにメンへラなひとってどうかと思う。
つーかまた不正な神降ろしかよ。月の使者は何やってんだよ。綿月の妹の方、てめェーだよてめェー。
ヘラヘラしながら兎しごいてんじゃねェー。
ああそれと、姉の方は別に……。
「おまっ、何言ってんだよ! 姉は大事だろ姉は! あああ姉ちゃん繊細で可愛いよぉ~!」
げげっ、こいつマジモンの姉萌えかよ! それも実の姉に萌えるって、一体どういう神経してやがるんだ!?
「何をおっしゃるウサギさん。近親相姦は古来より万国津々浦々の神々にとって、いわば嗜みの様なものではないか」
「でもそれ、誇らしげに言っていいことじゃありませんよね?」
「姉萌えが許されるのは、実の姉が居る者だけだ!」
無茶言うな! リアル姉持ちの約九割は『姉萌えとかマジ勘弁』と言ってるんだぞ!
(平成二十三年度 玉兎ネット調べ)
「ああもう辛抱たまらん! ルナ姉、好きだァー! 結婚してくれ!」
何でそこで騒霊ヴァイオリニストが出て来るんだよ! お前の姉ちゃんはどうした!
「姉上にはメルランを、愚弟にはリリカを任せることとする」
前者はまあ適切な処方と言えるかもしれんが、後者はちょっと可哀相過ぎるだろ。主にリリカが。
「全てはルナ姉と軽井沢でテニスをするために。三女は犠牲になったのだ……」
「勝手に犠牲にしちゃ駄目ですって。全国のリリカファンを敵に回すことになりますよ?」
彼奴等はいずれも精鋭揃いと聞く。この不心得者のケツにYAMAHAのショルキーがブチこまれるのもそう遠い話ではないだろう。
「どうせブチこまれるならルナ姉のストラディヴァリウスがいいなあ。悶絶する私を汚物を見るような目で見下すルナ姉……最高のショーだと思わんかね?」
「その様子を見て誰が喜ぶんですか。ルナサファンならルナサだけ見て満足するでしょうけど」
ケツにヴァイオリンぶっ挿してのたうつオッサンなんざ誰も見たく無いだろう。それ見て興奮するって、どういう種類のルナシューターなんだよ。
「ともあれ、このまま黙って見過ごすわけにもいかんだろう。すぐに地上に降りる準備をせよ」
「ヤタガラスを無断使用してる輩を捕まえて、生まれてきたことを後悔させてやるんですね」
「いや、それはよっちゃん&とよねえに任せておけばいい。私の目的はただ一つ、ルナチャやルナ姉と弾幕ごっこをすることだ」
おいコラ、ちょっと待てオッサン。
どのツラ下げて弾幕ごっことか口にしてんだよ。
「御言葉ですが月夜見様、例の遊びは少女にのみ行うことが許されたものです。あなたが行うにあたっては、その……色々と問題が」
「笑止! ならば貴様はあの八意××が少女だとでも言うつもりか!? 私がアウトならどう考えたってアイツもアウトだろう! 私より年上なのだぞ、あやつは!」
「あれはまあ一応、少なくとも外見的には少女と言えない事もなかったりするのかなーなんて思ったりなんかしちゃったりして……っていうか問題はむしろ別のところにあります」
歯切れの悪さを誤魔化すように月夜見様の股間を指差す。
おい手で押さえんな。腰を引くな。クネクネすんな気持ち悪い。撃たねえから安心しろって。
「月夜見様は一応男性神ということになっておりますので……どうしても参加したいとおっしゃるのなら、どこぞの雲入道よろしく弾幕そのものになるしかありませんよ」
「ふむ、一理あるな。確かに私のようなナイスミドルがいきなり目の前に現れたら、ルナチャもルナ姉も胸キュン。しまくって弾幕どころではないだろう」
「その自信が何処から来るのか甚だ疑問ではありますが……ここは一つ、依姫あたりに頼んでストライカーにでもしてもらってはどうでしょう?」
綿月依姫feat.月夜見。東方界隈で行われてきた不毛な最強議論も、これでようやく一つの結論に辿り着くことができそうだ。
「要するに外見をなんとかすればいいのだろう? それなら私にいい考えがある。ちょっと待っておれ……」
そう言うと月夜見様は、蹲踞の姿勢で何事かを念じ始めた。
ぶっちゃけ、キモイ。
「マジカルミラクルんんんんん~、ムーンナイトルッキングプァウワァー、ウェエイクアァーップッ!」
台詞も酷けりゃ声もひでえ。これならまだ石臼を挽いた時の音でも聞いてた方がマシだ。
「破アアアアアァァーッ!」
月夜見様の衣服が千切れ飛び、その体が光に包まれる。
咄嗟に位相をずらして回避できたからよかったものの、あと少し遅かったら私の顔面にヤツの下着が直撃していただろう。
「ふ~っ、ふ~っ……どうだリーダー、この姿なら問題あるまい?」
光がおさまった時、厳ついオッサンの姿は無く、そこには一人の美少女メイドが居た。
ただし、声だけは元のオッサンのままである。
「聞きたい事は山ほどあるのですが……何ゆえ支配者であるあなたがメイド姿に?」
「その辺の事情は私にも分からん。なんせこの術を私に授けたのは、何を隠そうあの八意××なのだからな」
ホント碌な事しねえな、あの賢者。
蓬莱の薬の一件が可愛く思えてしまうわ。
「あやつは常日頃から申しておった。『銀髪にはミニスカメイド服。それが私のマイジャスティス』と」
こんな所で例の伏線を回収してしまったが大丈夫だろうか? いや、確かに一作品程度の話にはなりそうなくらいややこしい事になってはいるのだが。
「まあ東方は基本的にボイス無しですし、見た目もやや被り気味ですがよしとしましょう。能力はどうします?」
「そうさなぁ……最強で無敵な私に相応しく『戦闘中に寿司を注文する程度の能力』というのはどうだ?」
「なんかソレ、妖精あたりに一撃でやられそうな能力ですね」
「ルナチャに殺られるのならそれも悪くない。むしろ本望だよ」
さいですか。
「さて、これで心置きなく弾幕ごっこに勤しめるというものだ。直ちに出陣の仕度を……」
「ああ待ってください月夜見様。まだ悪い方の知らせが残っております」
「なんだ、折角気分がノッてきたところだというのに。さっさと話せ」
ランニング状態で足を止めるとは、随分器用なメイドだな。
ああ待った、自分でも何を言ってるのかよくわからなくなってきた。
「嫦娥が脱走しました」
「どうしてそれを早く言わないんだよ!?」
嫦娥とは、月の都で幽閉されている蓬莱人である。
八意××が作った蓬莱の薬を飲んだため罪人として扱われている彼女だが、その暮らしぶりは囚人のそれとは程遠い。
一言で言えばセレブニート。そう、真・蓬莱ニートとでも呼ぶべき存在だ。
ちなみに、彼女の名前を我々の言葉で表記すると××になるのだが、地上の皆様が八意××と混同するといけないので、ここではあえて嫦娥と表記することをご了承願いたい。
「いい話から聞きたいと仰ったのは、月夜見様ではありませんか」
「そんな事言ってる場合か! まったくあの痴れ者め、どこまで私の手を煩わせるつもりだ……!」
嫦娥の身体には寿命をもたらす『穢れ』が生じているため、普段は月夜見様が用意した屋敷に隔離されている。
だが悠久の時を持て余した彼女は、時々屋敷を抜け出して騒動を起こし、右往左往する月の民を眺めることで退屈をしのいでいるのだ。
まったくもって迷惑極まりない話である。
「事ここに至っては仕方あるまい。地上行きはとりやめだ」
「月の都の威厳を損なわずに済みましたね。不幸中の幸いというやつでしょうか」
「何か言ったか? ……まあいい。時にリーダーよ、ヤツの居場所は掴めておるのか?」
月の兎を侮ってもらっては困りますな、月夜見様。
私のレーダーは既に、ターゲットの波長を捉えておるのですよ。カッカッカ。
「すぐ近く。この宮殿の中に侵入されたようですね……月夜見様、そのナイフは?」
「異変解決はメイドの仕事と、妖々夢の発表以来相場が決まっておろう?」
ミニスカメイド服に投げナイフ。キャラ被りが言い訳不可能なレベルまで達してしまったようです。
「もう君たちには任せておけん! 私自らあのクソタワケを退治してくれるわ! ついて参れ、リーダー!」
任せておけないのかついて行けばいいのかどっちなんだよ……ああ、行っちゃった。
まあ、我々玉兎としても嫦娥に対しては色々と思うところがあるからな。
ここはひとつ、嫦娥の罪を償わされ続けている多くの餅つき兎に代わって、ヤツの罪でも数えてやるとするか!
「出たな道中雑魚妖精! メイド秘技をくらえ!」
「うわーっ! 侵入者だぁーっ!」
滅多矢鱈にナイフを投げまくる極悪メイドと、悲鳴を上げながら哀れにも蹴散らされていく玉兎たち。
目を背けたくなるような光景がそこにはあった。
「何やってんですかアンタは!? 攻撃する相手が違うでしょうが! ええい、これでもくらって落ち着きなさい!」
「ぬおおおおおおっ!? は、挿入ってくるううううううっ!?」
まさか、玉兎奥義『パイルバンカー』の封印を解く日が来ようとは。
あえて技の詳細は伏すけれど、とりあえず手ェ洗いたいな。切実に。
「ううっ……どうして……? パワーアップアイテムの助けなしでは、ボス戦が辛くなるだけだというのに……」
「あなたみたいな馬鹿な大人がいるから、世にゲーム脳なんて言葉が蔓延るんですよ」
まあ、とっくの昔に幻想入りしたみたいだけどな。合掌。
「しっかし、効いたぞ今のは。本当に女の子になってしまった気分だよ」
「本当も何も、今のあなたは……まさか!?」
お前……男の娘……だったのか?
「それ、人生で最も言いたくないセリフの一つだよな。少なくとも私は御免だ」
「月夜見様はルナチャイルドとルナサ一筋……二筋? ですものね。じゃあもしも二人が男の娘だったら?」
「よせ! そんな事想像したくも……あれ? いや、うーむ……」
やべっ、変な方向に目覚めさせてしまったか?
まあいいや。オッサンのくせにそんな格好してる時点で、もはやノーマルでも何でもないもんな。
「と、とにかくだ! 月の都の平和を守るためにも、こんな所でピチュってはいられんのだよ! この月夜見はなあ!」
「ああん? 月夜見だぁ~? それにしちゃな~んかえらくけったいな格好してるわね~」
このプレッシャー……邪気が来たか!
「まあいいわ。退屈しのぎの玩具にするには、うってつけの獲物みたいだからね~」
「嫦娥……!」
相変わらず気だるそうな笑みを浮かべながら、月の都の厄介者、嫦娥が姿を現した。
「……で? 何なのそのカッコ。趣味とか言ったら泣かすわよ」
「その余裕がいつまでもつか見物だな、嫦娥よ。これは貴様に地獄の苦しみを味あわせるため、賢者八意が残した究極の変身フォームなのだよ!」
嘘を言うなっ! どう考えても趣味の産物そのものだろう! 八意××の!
「八意……クッソ忌々しい名前を思い出させてくれるじゃないの。覚悟は出来てるんでしょうね? ええ?」
「まあ待て。待て待てって。ここは一つ、この世で最も無駄なゲームであるスペルカード戦で勝負と洒落込もうじゃないか。どうだ?」
月夜見様……あんたまだ諦めてなかったのかよ。
つーか相手は嫦娥なんだけど、本当にそれでいいのかね?
「上等じゃん」
「ああ、やるんだ……」
まあ、お互い相手を滅ぼすとか出来ない立場だもんね。ていうか、それが出来たらとっくにどっちかがやってるだろうし。
「いつぞやの映像記録は見せてもらったわ。楽しそうでイイわよね、アレ。いっぺんやってみたいと思ってたのよ」
朗らかな口調とは裏腹に、嫦娥の微笑みは邪悪さを増していく。
「特に、あの巫女さんの弾幕とかね。あれ素敵だと思わない?」
巫女っていうと、あの紅白の目出度そうな地上人か。
何だろう。何だかすごーく嫌な予感がしてきたんですけど。
「じゃあ私からいくわよ! 穢符『糞巫女テクニック』!」
宣言と同時に、嫦娥は漆黒の弾幕を展開する。
彼女が放っているものは……何てこった、穢れそのものじゃないか!
「なんという莫迦な真似を! こんな事をしたら、月の都が汚染されてしまうぞ!」
「何ヌルい事言ってんのよ。これが地上の流儀ってやつでしょ? そぉら、踊りなさいっ!」
月夜見様は間一髪で回避し続けているのだが、避けられた後の弾幕が……!
「リーダー……が、防御(ガード)頼む……」
「言われなくとも!」
こんなくだらない遊び如きで、月の都を汚させるわけにはいかない。
今こそ、私の力を存分に発揮すべき時!
「本空間に於ける総ての波長に介入する……調律開始!」
誰かが言った。すべては波で出来ていると。
例え穢れであろうとも例外ではない。私の能力で波長をずらして消し去ってしまえば、それはもはや何の被害ももたらすことは出来なくなるのだ。
厨二? ご都合? 笑わば笑え。玉兎のリーダーは伊達じゃない!
「小賢しい真似してくれるじゃない。でも勝負に介入するのは無しにしてよ?」
「まあ、勝負なら仕方ないですよね」
「えっ? ちょっ、危なくなったら助けてくれるんじゃないのか?」
女々しいですよ、月夜見様!
いや、この場に限っては雄々しいと言うべきなのか?
「ええい、もういい! 嫦娥! 貴様の蛮行、断じて許すわけにはいかぬ!」
「許さなかったらどうすんのよ、ええ? 泣いて許しを請う? 戦略的に土下座っちゃう!?」
「見せてやろうというのだよ! 古の昔から月の都に伝わる、最強の剣術というものをな!」
月夜見様の手に握られたナイフから一筋の光が伸び、幅広の剣を形作った。
それを八双に構えた月夜見様は、嫦娥に向けて突撃しながら宣言する!
「行くぞ嫦娥! 符ロム『ムーンライト』!」
押し寄せる穢れの弾幕をものともせずに、光の剣を携えたメイド姿の男の娘は嫦娥との距離を詰めていく。
しかしアンタら、符が付きゃ何でもいいって訳でもなかろうに。
「グレイズしているというの……!? ハッ、面白い! 格ゲ……いや、弾幕アクションがお望みというわけね!」
何故言い直した。
繰り返す、何故言い直したのだ。
「あんたの恥ずかしいカラダに穢れをブチこみつつ、黄泉の国への引導を渡してやるわ!」
「ルナヴァアアアアアアアアアスッ!」
なるほど、確かに符ロムだ。
閃光の中を双つの影が交差し、そして……!
「……がはぁっ!?」
――先に膝を着いたのは、月夜見様だった。
「醜態ね。月の支配者どの」
月夜見様に背を向けたまま、嫦娥は依然として二本の足で立っていた。
その口元に笑みを貼り付けたままで。
「でも……この感覚、久しく忘れていたような気がするわ……」
彼女の身体は、月夜見様のムーンライトによって一文字に貫かれていた。
胸元から溢れる光を愛おしそうに抱きしめた彼女は、そのまま前のめりに倒れ、そして一切の動きをやめた。
「月夜見様、御見事です! さあ、何かカッコいい決め台詞を!」
「えっ? あ、ああ……そうさなあ……」
のろのろと立ち上がった月夜見様は、嫦娥の方へと振り向いて最後の言葉を言い放つ。
「その命、神主に返すがよい」
こんなもん返されたって困るだろうなあ。
ただでさえ放置されたままなんだし、私たち。
「来る日も来る日も桃ばっか……すももももももももももも……」
「まあよいではないか。ほら、酒でも飲めば少しは味が変わるかもしれんぞ?」
「その酒だって桃じゃないのよ、もう……」
あれから数日後。
再び囚われの身となった嫦娥の屋敷を、月夜見様と私は訪問している。
『出でよ、ファイナルスパーク!』
「あれ、どう見ても餅よね」
「餅だな」
「餅ですね」
壁一面に映し出されているのは、数年前に行われた月の使者と侵略者の交戦記録である。
ノーカット無修正版でお届けしておりますので悪しからず。
「こら兎、あんたのツマミ少しよこしなさいよ」
「駄目です。あなたは少なくとも向こう百年間、桃しか食べちゃいけない約束でしょうが」
「そうだぞ嫦娥。敗軍の将は潔く、だ……」
『紅白の巫女が寿命を迎えるまで、嫦娥は桃以外の物を口に入れてはならない』
これが月の都を危機に陥れた嫦娥に対し、我々が与えた罰である。
悪質な模倣犯であり、また死ぬことの出来ない彼女にとっては、非常に難儀な内容となっているようだ。
ちなみに、今回の罪まで餅つき兎に償わせようとする動きがあったのだが、私が全力で阻止させてもらった。
ウサギの政治力、ナメんなよ。
「ていうか、何だってあんたらと酒盛りしなきゃならないのよ~」
「仕方あるまい。戦いの後は酒を酌み交わす、これが地上の流儀とやらなのだからな」
恒例行事みたいに言われてるその宴会も、毎回やってる訳じゃなさそうだけどね。
「いやあ、それにしても普通の酒は美味いなあ! どうだ嫦娥、血管から注入(たべ)るのなら特別に許可してやらんでもないぞ?」
「いくら私が不死身の美少女とはいえ、急性アルコール中毒でポックリ逝くのだけは御免だわ!」
なんだかんだ言っても仲良さそうだな、お前ら。
まあこれからも永い付き合いになりそうだし、ギスギスしているよりはマシかな。
「そういえば月夜見様、お体の方はもうよろしいのですか?」
「何を言っておるか。鍛えに鍛えたこの体、あの程度の穢れでどうにかなるようなヤワなものではないわ!」
そいつは重畳……コラ、オッサン。微妙にだらしないボディを誇示するのはやめなさい。
「アンタさあ、もうずっとあのメイド姿でいればいいんじゃないの? 結構可愛かったわよ。癪だけど」
「残念な事に、あの姿を維持できるのは一日にせいぜい二十三時間程度なのだよ……」
「ジューブンじゃね?」
残り一時間の破壊力が増すので、それだけはどうか勘弁願えないだろうか。
「大体だな、あの姿を晒すのは弾幕ごっこの時だけと心に決めておるのだよ。地上で私を待っているであろうルナチャと、ルナ姉と、それと……」
「月夜見様?」
月夜見様の視線は、壁面に映し出された映像に釘付けとなっている。
今映っているのは、依姫が降ろした『天照大御神』……に、こんがり焼かれたフライドヴァンパイア!?
おいおいちょっと待て、まさか!?
「……永遠に紅い幼き『月』、レミリア御姉様の為にもな」
犠牲者がふえたよ! やったねつっくん!
「ああもう、可愛すぎるにも程があろう!? そんな風に煙なんか出されたら、私はもう……もう!」
映像に縋り付いて何をしようというのかね? オッサンよ。
それはただの光です。波です。幻想ですってば。
「つっくん、もっこり!」
うわっ、この馬鹿とうとうヤりやがった!
何をヤったのか具体的に描写出来ないのが非常に残念ではあるが、とにかくヤりやがった!
「おお、見よ皆の者! 私のムーンライトにレミリア御姉様が映り込んでおるぞ!」
最悪だ。
月の都の歴史に、最悪の1ページが追加されてしまった。
この場に居合わせてしまった事を心の底から後悔している。
「そう浮かない顔すんなってウサ公。こういう時は……これでしょ?」
そう言って嫦娥が机の下から取り出したのは、『100t』の文字が書かれた巨大なハンマーであった。
最悪の歴史を打ち砕くのにこれ以上適した得物はあるまい。
あえて言おう、GJであると!
「ね~えつっくん、こっちむいて~?」
「何用だ嫦娥、私は今有頂天に至ろうと……」
身体ごと振り返った月夜見様のムーンライトに向かって、嫦娥は容赦なくハンマーを振り下ろした。
月の都は、今日も平和です。
この時ほど自身が兎である事を後悔した瞬間は無い。
いったい何が悲しくていい歳こいたオッサンの独り言なぞ聞かにゃあならんのか。
いっその事この耳を千切り捨てて地上に逐電し、普通の女子高生として第二の人生を歩み始めてやろうか。
「失礼します」
ここは月の都の中央、月夜見の宮殿。
いささか潔癖に過ぎる主の意向を反映した、殺風景な執務室の前に私は居る。
「その声は……玉兎を束ねるリーダー(笑)! 玉兎を束ねるリーダー(笑)じゃないか!」
何笑ってんだ殺すぞ。
名前も外見も描写されなかったキャラは東方キャラじゃないってのかよ、ええ?
自分だって元ネタの情報すら碌に無い空気以下の存在のクセによぉ!
「とりあえず中に入らせてもらいますよ」
「ああちょっと待て。三分間だけ待ってくれ。今はマズイ」
「四十秒も待ってられません」
扉を開いたことを後悔するまでにさほど時間はかからなかった。
とりあえずオッサン、パンツ穿け。
「あああああああああ見られたあああああああああせつないよおおおおおおおおお」
ええい鬱陶しい! ギャーギャー喚くな!
お前はいつぞやの吸血幼女か! うー☆とか言い出したらそのグングニルを撃ち抜いてやるからな!
「ぐすん……つっくん泣いちゃうもん。あとお前が女子高生ってのは無理があると思う。主に年齢的な意味で」
余計なお世話だバーロー岬。
っていうか何で知ってやがりますか貴様。月の支配者はさとり妖怪である可能性が素粒子レベルで存在する……?
「どうでもいいからその閉じた第三の脚を仕舞ってください。さもないと精密射撃を加えますよ?」
「精みつ……咥える……やはりウサギは変態か……」
右手の親指を立て、人差し指を伸ばす。
するとアラ不思議、今までむずがっていたつっくんは大人しくパンツを穿いてくれましたとさ。
めでたし、めでたし。
「何を勘違いしているのだ? 私は『露出できるのは前だけだ』などと言った覚えはないぞ?」
「ほほう、月夜見様は使い古された座薬ネタを御所望とみえる」
「あいや待った。考え直す時間が必要だ。我が麗しきチョコレート・スターフィッシュは投げ捨てるものではない」
ホンマ月夜見様のナルちゃんっぷりは、衛星軌道上を駆け巡るでぇ。
「いくつか御耳に入れたい事があって参りました。よい話と悪い話、どちらを先にいたしますか?」
「無駄に勿体つけて見せるのは、お前たち玉兎の悪い癖だな。う~む、ど・っ・ち・に・し・よ・う・か・なっと……」
オマエの悪い癖は優柔不断なところだな。
「……よし、よい話からにしよう。こういう時はよい話からと相場が決まっているからな」
「太陽にお住まいの姉上様より、書状が届いております」
「ほう、姉上から……痛てっ! いちいち投げんなよ、バーカ!」
見つめるラビッツ・アイ。
俊夫さん瞳をよろしくね。
「姉上は下らん事ですぐ手紙を書くから困る。読まされる方の身にもなって欲しいものだ、まったく……」
額から流れる血を拭おうともせずに、月夜見様は手紙を開く。
なんだかんだいって嬉しそうじゃねえか。もしかして:シスコン?
「げぇっ! 姉ちゃんまた引きこもるつもりかよ!?」
「はあ、またですか?」
「読んでみろってホレ! ああもう、メンタル弱すぎなんだよなあ……」
喉元に突き刺さらんが如く飛来する書状を、二本の指で受け止める。
このまま投げ返してやるのもまた一興だが、とりあえず手紙の内容が気になったのでやめておく。
『私の可愛いヤタガラスの分霊が、地上で勝手に使われてるみたいなの……死にたい』
ワタシ兎だけど、太陽神のクセにメンへラなひとってどうかと思う。
つーかまた不正な神降ろしかよ。月の使者は何やってんだよ。綿月の妹の方、てめェーだよてめェー。
ヘラヘラしながら兎しごいてんじゃねェー。
ああそれと、姉の方は別に……。
「おまっ、何言ってんだよ! 姉は大事だろ姉は! あああ姉ちゃん繊細で可愛いよぉ~!」
げげっ、こいつマジモンの姉萌えかよ! それも実の姉に萌えるって、一体どういう神経してやがるんだ!?
「何をおっしゃるウサギさん。近親相姦は古来より万国津々浦々の神々にとって、いわば嗜みの様なものではないか」
「でもそれ、誇らしげに言っていいことじゃありませんよね?」
「姉萌えが許されるのは、実の姉が居る者だけだ!」
無茶言うな! リアル姉持ちの約九割は『姉萌えとかマジ勘弁』と言ってるんだぞ!
(平成二十三年度 玉兎ネット調べ)
「ああもう辛抱たまらん! ルナ姉、好きだァー! 結婚してくれ!」
何でそこで騒霊ヴァイオリニストが出て来るんだよ! お前の姉ちゃんはどうした!
「姉上にはメルランを、愚弟にはリリカを任せることとする」
前者はまあ適切な処方と言えるかもしれんが、後者はちょっと可哀相過ぎるだろ。主にリリカが。
「全てはルナ姉と軽井沢でテニスをするために。三女は犠牲になったのだ……」
「勝手に犠牲にしちゃ駄目ですって。全国のリリカファンを敵に回すことになりますよ?」
彼奴等はいずれも精鋭揃いと聞く。この不心得者のケツにYAMAHAのショルキーがブチこまれるのもそう遠い話ではないだろう。
「どうせブチこまれるならルナ姉のストラディヴァリウスがいいなあ。悶絶する私を汚物を見るような目で見下すルナ姉……最高のショーだと思わんかね?」
「その様子を見て誰が喜ぶんですか。ルナサファンならルナサだけ見て満足するでしょうけど」
ケツにヴァイオリンぶっ挿してのたうつオッサンなんざ誰も見たく無いだろう。それ見て興奮するって、どういう種類のルナシューターなんだよ。
「ともあれ、このまま黙って見過ごすわけにもいかんだろう。すぐに地上に降りる準備をせよ」
「ヤタガラスを無断使用してる輩を捕まえて、生まれてきたことを後悔させてやるんですね」
「いや、それはよっちゃん&とよねえに任せておけばいい。私の目的はただ一つ、ルナチャやルナ姉と弾幕ごっこをすることだ」
おいコラ、ちょっと待てオッサン。
どのツラ下げて弾幕ごっことか口にしてんだよ。
「御言葉ですが月夜見様、例の遊びは少女にのみ行うことが許されたものです。あなたが行うにあたっては、その……色々と問題が」
「笑止! ならば貴様はあの八意××が少女だとでも言うつもりか!? 私がアウトならどう考えたってアイツもアウトだろう! 私より年上なのだぞ、あやつは!」
「あれはまあ一応、少なくとも外見的には少女と言えない事もなかったりするのかなーなんて思ったりなんかしちゃったりして……っていうか問題はむしろ別のところにあります」
歯切れの悪さを誤魔化すように月夜見様の股間を指差す。
おい手で押さえんな。腰を引くな。クネクネすんな気持ち悪い。撃たねえから安心しろって。
「月夜見様は一応男性神ということになっておりますので……どうしても参加したいとおっしゃるのなら、どこぞの雲入道よろしく弾幕そのものになるしかありませんよ」
「ふむ、一理あるな。確かに私のようなナイスミドルがいきなり目の前に現れたら、ルナチャもルナ姉も胸キュン。しまくって弾幕どころではないだろう」
「その自信が何処から来るのか甚だ疑問ではありますが……ここは一つ、依姫あたりに頼んでストライカーにでもしてもらってはどうでしょう?」
綿月依姫feat.月夜見。東方界隈で行われてきた不毛な最強議論も、これでようやく一つの結論に辿り着くことができそうだ。
「要するに外見をなんとかすればいいのだろう? それなら私にいい考えがある。ちょっと待っておれ……」
そう言うと月夜見様は、蹲踞の姿勢で何事かを念じ始めた。
ぶっちゃけ、キモイ。
「マジカルミラクルんんんんん~、ムーンナイトルッキングプァウワァー、ウェエイクアァーップッ!」
台詞も酷けりゃ声もひでえ。これならまだ石臼を挽いた時の音でも聞いてた方がマシだ。
「破アアアアアァァーッ!」
月夜見様の衣服が千切れ飛び、その体が光に包まれる。
咄嗟に位相をずらして回避できたからよかったものの、あと少し遅かったら私の顔面にヤツの下着が直撃していただろう。
「ふ~っ、ふ~っ……どうだリーダー、この姿なら問題あるまい?」
光がおさまった時、厳ついオッサンの姿は無く、そこには一人の美少女メイドが居た。
ただし、声だけは元のオッサンのままである。
「聞きたい事は山ほどあるのですが……何ゆえ支配者であるあなたがメイド姿に?」
「その辺の事情は私にも分からん。なんせこの術を私に授けたのは、何を隠そうあの八意××なのだからな」
ホント碌な事しねえな、あの賢者。
蓬莱の薬の一件が可愛く思えてしまうわ。
「あやつは常日頃から申しておった。『銀髪にはミニスカメイド服。それが私のマイジャスティス』と」
こんな所で例の伏線を回収してしまったが大丈夫だろうか? いや、確かに一作品程度の話にはなりそうなくらいややこしい事になってはいるのだが。
「まあ東方は基本的にボイス無しですし、見た目もやや被り気味ですがよしとしましょう。能力はどうします?」
「そうさなぁ……最強で無敵な私に相応しく『戦闘中に寿司を注文する程度の能力』というのはどうだ?」
「なんかソレ、妖精あたりに一撃でやられそうな能力ですね」
「ルナチャに殺られるのならそれも悪くない。むしろ本望だよ」
さいですか。
「さて、これで心置きなく弾幕ごっこに勤しめるというものだ。直ちに出陣の仕度を……」
「ああ待ってください月夜見様。まだ悪い方の知らせが残っております」
「なんだ、折角気分がノッてきたところだというのに。さっさと話せ」
ランニング状態で足を止めるとは、随分器用なメイドだな。
ああ待った、自分でも何を言ってるのかよくわからなくなってきた。
「嫦娥が脱走しました」
「どうしてそれを早く言わないんだよ!?」
嫦娥とは、月の都で幽閉されている蓬莱人である。
八意××が作った蓬莱の薬を飲んだため罪人として扱われている彼女だが、その暮らしぶりは囚人のそれとは程遠い。
一言で言えばセレブニート。そう、真・蓬莱ニートとでも呼ぶべき存在だ。
ちなみに、彼女の名前を我々の言葉で表記すると××になるのだが、地上の皆様が八意××と混同するといけないので、ここではあえて嫦娥と表記することをご了承願いたい。
「いい話から聞きたいと仰ったのは、月夜見様ではありませんか」
「そんな事言ってる場合か! まったくあの痴れ者め、どこまで私の手を煩わせるつもりだ……!」
嫦娥の身体には寿命をもたらす『穢れ』が生じているため、普段は月夜見様が用意した屋敷に隔離されている。
だが悠久の時を持て余した彼女は、時々屋敷を抜け出して騒動を起こし、右往左往する月の民を眺めることで退屈をしのいでいるのだ。
まったくもって迷惑極まりない話である。
「事ここに至っては仕方あるまい。地上行きはとりやめだ」
「月の都の威厳を損なわずに済みましたね。不幸中の幸いというやつでしょうか」
「何か言ったか? ……まあいい。時にリーダーよ、ヤツの居場所は掴めておるのか?」
月の兎を侮ってもらっては困りますな、月夜見様。
私のレーダーは既に、ターゲットの波長を捉えておるのですよ。カッカッカ。
「すぐ近く。この宮殿の中に侵入されたようですね……月夜見様、そのナイフは?」
「異変解決はメイドの仕事と、妖々夢の発表以来相場が決まっておろう?」
ミニスカメイド服に投げナイフ。キャラ被りが言い訳不可能なレベルまで達してしまったようです。
「もう君たちには任せておけん! 私自らあのクソタワケを退治してくれるわ! ついて参れ、リーダー!」
任せておけないのかついて行けばいいのかどっちなんだよ……ああ、行っちゃった。
まあ、我々玉兎としても嫦娥に対しては色々と思うところがあるからな。
ここはひとつ、嫦娥の罪を償わされ続けている多くの餅つき兎に代わって、ヤツの罪でも数えてやるとするか!
「出たな道中雑魚妖精! メイド秘技をくらえ!」
「うわーっ! 侵入者だぁーっ!」
滅多矢鱈にナイフを投げまくる極悪メイドと、悲鳴を上げながら哀れにも蹴散らされていく玉兎たち。
目を背けたくなるような光景がそこにはあった。
「何やってんですかアンタは!? 攻撃する相手が違うでしょうが! ええい、これでもくらって落ち着きなさい!」
「ぬおおおおおおっ!? は、挿入ってくるううううううっ!?」
まさか、玉兎奥義『パイルバンカー』の封印を解く日が来ようとは。
あえて技の詳細は伏すけれど、とりあえず手ェ洗いたいな。切実に。
「ううっ……どうして……? パワーアップアイテムの助けなしでは、ボス戦が辛くなるだけだというのに……」
「あなたみたいな馬鹿な大人がいるから、世にゲーム脳なんて言葉が蔓延るんですよ」
まあ、とっくの昔に幻想入りしたみたいだけどな。合掌。
「しっかし、効いたぞ今のは。本当に女の子になってしまった気分だよ」
「本当も何も、今のあなたは……まさか!?」
お前……男の娘……だったのか?
「それ、人生で最も言いたくないセリフの一つだよな。少なくとも私は御免だ」
「月夜見様はルナチャイルドとルナサ一筋……二筋? ですものね。じゃあもしも二人が男の娘だったら?」
「よせ! そんな事想像したくも……あれ? いや、うーむ……」
やべっ、変な方向に目覚めさせてしまったか?
まあいいや。オッサンのくせにそんな格好してる時点で、もはやノーマルでも何でもないもんな。
「と、とにかくだ! 月の都の平和を守るためにも、こんな所でピチュってはいられんのだよ! この月夜見はなあ!」
「ああん? 月夜見だぁ~? それにしちゃな~んかえらくけったいな格好してるわね~」
このプレッシャー……邪気が来たか!
「まあいいわ。退屈しのぎの玩具にするには、うってつけの獲物みたいだからね~」
「嫦娥……!」
相変わらず気だるそうな笑みを浮かべながら、月の都の厄介者、嫦娥が姿を現した。
「……で? 何なのそのカッコ。趣味とか言ったら泣かすわよ」
「その余裕がいつまでもつか見物だな、嫦娥よ。これは貴様に地獄の苦しみを味あわせるため、賢者八意が残した究極の変身フォームなのだよ!」
嘘を言うなっ! どう考えても趣味の産物そのものだろう! 八意××の!
「八意……クッソ忌々しい名前を思い出させてくれるじゃないの。覚悟は出来てるんでしょうね? ええ?」
「まあ待て。待て待てって。ここは一つ、この世で最も無駄なゲームであるスペルカード戦で勝負と洒落込もうじゃないか。どうだ?」
月夜見様……あんたまだ諦めてなかったのかよ。
つーか相手は嫦娥なんだけど、本当にそれでいいのかね?
「上等じゃん」
「ああ、やるんだ……」
まあ、お互い相手を滅ぼすとか出来ない立場だもんね。ていうか、それが出来たらとっくにどっちかがやってるだろうし。
「いつぞやの映像記録は見せてもらったわ。楽しそうでイイわよね、アレ。いっぺんやってみたいと思ってたのよ」
朗らかな口調とは裏腹に、嫦娥の微笑みは邪悪さを増していく。
「特に、あの巫女さんの弾幕とかね。あれ素敵だと思わない?」
巫女っていうと、あの紅白の目出度そうな地上人か。
何だろう。何だかすごーく嫌な予感がしてきたんですけど。
「じゃあ私からいくわよ! 穢符『糞巫女テクニック』!」
宣言と同時に、嫦娥は漆黒の弾幕を展開する。
彼女が放っているものは……何てこった、穢れそのものじゃないか!
「なんという莫迦な真似を! こんな事をしたら、月の都が汚染されてしまうぞ!」
「何ヌルい事言ってんのよ。これが地上の流儀ってやつでしょ? そぉら、踊りなさいっ!」
月夜見様は間一髪で回避し続けているのだが、避けられた後の弾幕が……!
「リーダー……が、防御(ガード)頼む……」
「言われなくとも!」
こんなくだらない遊び如きで、月の都を汚させるわけにはいかない。
今こそ、私の力を存分に発揮すべき時!
「本空間に於ける総ての波長に介入する……調律開始!」
誰かが言った。すべては波で出来ていると。
例え穢れであろうとも例外ではない。私の能力で波長をずらして消し去ってしまえば、それはもはや何の被害ももたらすことは出来なくなるのだ。
厨二? ご都合? 笑わば笑え。玉兎のリーダーは伊達じゃない!
「小賢しい真似してくれるじゃない。でも勝負に介入するのは無しにしてよ?」
「まあ、勝負なら仕方ないですよね」
「えっ? ちょっ、危なくなったら助けてくれるんじゃないのか?」
女々しいですよ、月夜見様!
いや、この場に限っては雄々しいと言うべきなのか?
「ええい、もういい! 嫦娥! 貴様の蛮行、断じて許すわけにはいかぬ!」
「許さなかったらどうすんのよ、ええ? 泣いて許しを請う? 戦略的に土下座っちゃう!?」
「見せてやろうというのだよ! 古の昔から月の都に伝わる、最強の剣術というものをな!」
月夜見様の手に握られたナイフから一筋の光が伸び、幅広の剣を形作った。
それを八双に構えた月夜見様は、嫦娥に向けて突撃しながら宣言する!
「行くぞ嫦娥! 符ロム『ムーンライト』!」
押し寄せる穢れの弾幕をものともせずに、光の剣を携えたメイド姿の男の娘は嫦娥との距離を詰めていく。
しかしアンタら、符が付きゃ何でもいいって訳でもなかろうに。
「グレイズしているというの……!? ハッ、面白い! 格ゲ……いや、弾幕アクションがお望みというわけね!」
何故言い直した。
繰り返す、何故言い直したのだ。
「あんたの恥ずかしいカラダに穢れをブチこみつつ、黄泉の国への引導を渡してやるわ!」
「ルナヴァアアアアアアアアアスッ!」
なるほど、確かに符ロムだ。
閃光の中を双つの影が交差し、そして……!
「……がはぁっ!?」
――先に膝を着いたのは、月夜見様だった。
「醜態ね。月の支配者どの」
月夜見様に背を向けたまま、嫦娥は依然として二本の足で立っていた。
その口元に笑みを貼り付けたままで。
「でも……この感覚、久しく忘れていたような気がするわ……」
彼女の身体は、月夜見様のムーンライトによって一文字に貫かれていた。
胸元から溢れる光を愛おしそうに抱きしめた彼女は、そのまま前のめりに倒れ、そして一切の動きをやめた。
「月夜見様、御見事です! さあ、何かカッコいい決め台詞を!」
「えっ? あ、ああ……そうさなあ……」
のろのろと立ち上がった月夜見様は、嫦娥の方へと振り向いて最後の言葉を言い放つ。
「その命、神主に返すがよい」
こんなもん返されたって困るだろうなあ。
ただでさえ放置されたままなんだし、私たち。
「来る日も来る日も桃ばっか……すももももももももももも……」
「まあよいではないか。ほら、酒でも飲めば少しは味が変わるかもしれんぞ?」
「その酒だって桃じゃないのよ、もう……」
あれから数日後。
再び囚われの身となった嫦娥の屋敷を、月夜見様と私は訪問している。
『出でよ、ファイナルスパーク!』
「あれ、どう見ても餅よね」
「餅だな」
「餅ですね」
壁一面に映し出されているのは、数年前に行われた月の使者と侵略者の交戦記録である。
ノーカット無修正版でお届けしておりますので悪しからず。
「こら兎、あんたのツマミ少しよこしなさいよ」
「駄目です。あなたは少なくとも向こう百年間、桃しか食べちゃいけない約束でしょうが」
「そうだぞ嫦娥。敗軍の将は潔く、だ……」
『紅白の巫女が寿命を迎えるまで、嫦娥は桃以外の物を口に入れてはならない』
これが月の都を危機に陥れた嫦娥に対し、我々が与えた罰である。
悪質な模倣犯であり、また死ぬことの出来ない彼女にとっては、非常に難儀な内容となっているようだ。
ちなみに、今回の罪まで餅つき兎に償わせようとする動きがあったのだが、私が全力で阻止させてもらった。
ウサギの政治力、ナメんなよ。
「ていうか、何だってあんたらと酒盛りしなきゃならないのよ~」
「仕方あるまい。戦いの後は酒を酌み交わす、これが地上の流儀とやらなのだからな」
恒例行事みたいに言われてるその宴会も、毎回やってる訳じゃなさそうだけどね。
「いやあ、それにしても普通の酒は美味いなあ! どうだ嫦娥、血管から注入(たべ)るのなら特別に許可してやらんでもないぞ?」
「いくら私が不死身の美少女とはいえ、急性アルコール中毒でポックリ逝くのだけは御免だわ!」
なんだかんだ言っても仲良さそうだな、お前ら。
まあこれからも永い付き合いになりそうだし、ギスギスしているよりはマシかな。
「そういえば月夜見様、お体の方はもうよろしいのですか?」
「何を言っておるか。鍛えに鍛えたこの体、あの程度の穢れでどうにかなるようなヤワなものではないわ!」
そいつは重畳……コラ、オッサン。微妙にだらしないボディを誇示するのはやめなさい。
「アンタさあ、もうずっとあのメイド姿でいればいいんじゃないの? 結構可愛かったわよ。癪だけど」
「残念な事に、あの姿を維持できるのは一日にせいぜい二十三時間程度なのだよ……」
「ジューブンじゃね?」
残り一時間の破壊力が増すので、それだけはどうか勘弁願えないだろうか。
「大体だな、あの姿を晒すのは弾幕ごっこの時だけと心に決めておるのだよ。地上で私を待っているであろうルナチャと、ルナ姉と、それと……」
「月夜見様?」
月夜見様の視線は、壁面に映し出された映像に釘付けとなっている。
今映っているのは、依姫が降ろした『天照大御神』……に、こんがり焼かれたフライドヴァンパイア!?
おいおいちょっと待て、まさか!?
「……永遠に紅い幼き『月』、レミリア御姉様の為にもな」
犠牲者がふえたよ! やったねつっくん!
「ああもう、可愛すぎるにも程があろう!? そんな風に煙なんか出されたら、私はもう……もう!」
映像に縋り付いて何をしようというのかね? オッサンよ。
それはただの光です。波です。幻想ですってば。
「つっくん、もっこり!」
うわっ、この馬鹿とうとうヤりやがった!
何をヤったのか具体的に描写出来ないのが非常に残念ではあるが、とにかくヤりやがった!
「おお、見よ皆の者! 私のムーンライトにレミリア御姉様が映り込んでおるぞ!」
最悪だ。
月の都の歴史に、最悪の1ページが追加されてしまった。
この場に居合わせてしまった事を心の底から後悔している。
「そう浮かない顔すんなってウサ公。こういう時は……これでしょ?」
そう言って嫦娥が机の下から取り出したのは、『100t』の文字が書かれた巨大なハンマーであった。
最悪の歴史を打ち砕くのにこれ以上適した得物はあるまい。
あえて言おう、GJであると!
「ね~えつっくん、こっちむいて~?」
「何用だ嫦娥、私は今有頂天に至ろうと……」
身体ごと振り返った月夜見様のムーンライトに向かって、嫦娥は容赦なくハンマーを振り下ろした。
月の都は、今日も平和です。
こんな上司だとよっちゃん苦労してるだろうなー
おもしろかったです
リアル鬼ごっこネタはほんのりわろた
御大将でダブルパンチだわー
しかし、月は平和だなぁ。
内容は・・・うーんこのテンションは好きだが好みが分かれるところか
点は前に入れたのでフリーレス。
よっちゃんのセリフにチラっと存在が示唆されてるだけのモブですらないキャラを書くとは・・・
ん?地上に降りて女子高生だって?うどんげ居るから二番煎じなんだよなぁ
悲劇以外のなにものでもないwww
アスファルト タイヤを切りつけながら
暗闇 走り抜ける
アスファルト タイヤを切りつけながら
暗闇 走り抜ける
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