今朝起きた直後には、またいつもと変わらぬ退屈な日常が訪れるものだと思っていた。
しかし私が気づかないうちに、運命の歯車は軋み、崩れ始めていたのだ。
それは私を起こしに来た従者の口から唐突に告げられた。
「フランドール様のお葬式は如何様になさいますか?」
嫌に改まった表情でこんな事を言われたのだ。
「咲夜、今の言葉、あいつが聞いたらお前殺されるよ」
面白い冗談だと一度は笑い飛ばした。
「お嬢様、フランドール様のお葬式は挙げられますか?」
しかしここで私の笑いはぴたりと止まる。
咲夜は同じような冗談を何度も言うような下らない真似はしない。そしてフランドールの葬式などと二度も口にした。それはつまり、そういうことだ。
「何があった」
私が先ほどまでとは打って変わり、紅魔館当主として問うと、咲夜は何故か驚いたような表情になり、次に僅かながら眉をひそめ、またいつものように落ち着き払った態度で答えた。
「昨夜、お嬢様がお眠りになられた後、事故があったのです。フランドール様が独自に行っていた魔法の実験で失敗なされたようで、私たちが駆けつけた頃にはもう……手遅れでした」
「吸血鬼がちょっとやそっとの魔法で死ぬかしら?」
「ただの魔法ではありません。どうやら擬似太陽を生み出すものだったようです」
なるほど、手のひらサイズの太陽を生み出す魔法があると、前にパチェから聞いたことがある。光に憧れた妹は、空に浮かぶ太陽がダメならと、自らが創った日に焼かれて蒸発してしまったのね。
「良いわ、弔ってあげましょう。哀れな我が妹を、ね」
フランドールが死んだ。それが私にとってどのような意味を持つのか。それは私にもわからない。
庭の隅、館の陰に隠れるようにひっそりと作られた墓を見つめる。
墓標にはフランドール・スカーレットの名が刻まれており、ここの下には空っぽの棺が埋まっているのだ。
遺体が無いのだからしょうがない。あの子は肉体を遺さず逝ってしまったらしいから。
空の棺などただの箱に過ぎないだろう。しかしこれは棺としてここに埋められている。虚しいものだわ。
実の妹がいなくなったというのに、私の心はどこまでも落ち着いていた。あまりにも無感動。
これまでの思い出に浸るでもなく、ただ淡々と事実を受け入れている。彼女は私にとって何だったのだろうか。
私の実の妹であり、唯一の肉親だった存在? そんな事はわかっている。
私が言っているのはそんな形式的なものではなく、もっと本質的なものだ。
最後に妹の姿を見たのは半年以上も前だった。そのまままさか永遠の別になるとは思いもせず、あえて運命を弄ることもしなかった。
いつの間にこんなにも時間が経っていたのだろうか。全く気付かなかった。自分でも驚く程に無関心だった。
この世で唯一の肉親が、私のたった一人の妹が、スカーレットの片割れが……いなくなってしまった。
それなのに私はいつも通り起き、食べ、飲み、遊び、眠る。全く変わらない日常。私の生活には何一つとして変化が無いのだ。
まるで赤の他人じゃないか。私たちは本当に……姉妹だったのか?
今の私にはそれを問える相手も、意味も無い。ただそれだけがつまらなかった。
妹は本当に死んだのだろうか。どうにも実感が湧かない。
もし生きているのなら、私の能力で妹の運命を探れば見つけられる筈だ。その者の過去と未来を紡ぐ、枝分かれした運命の糸の一端が。
しかし実際に彼女の運命を辿ってみると、それは見事にぷっつりと途絶えていた。運命の消失、即ち死だ。
どうやらフランドールの死は紛れもない事実らしい。吸血鬼といえど死は呆気無く訪れるものだと教えられた。
さらに久しぶりに能力を使ってみて、不可思議なことが起こっているのに気づいてしまった。
私の運命も見えなくなっている。
糸は確かに張られている。しかし一寸先の未来さえ、闇に覆われていて見ることが出来ない。
いや、私だけじゃない。紅魔館全体の運命に、歪みが生じている。
急に背筋に悪寒が走った。恐怖と形容すべきなのだろうか、そんな感情が湧いてきて、私はこれ以上能力を使うことが出来ない。
運命を蝕む闇など初めて見た。その正体は何なのか――何故か理解してはいけないような気がする。
テラスで一人、月を眺めてワインを煽りつつ、延々と思考に耽る。
誰よりも近しい者であった筈の私が、誰よりもフランドールに関して無知だった。
あの子の顔が思い出せない。あの子の声が思い出せない。あの子の好きな物が何だったのか思い出せない。
いや、思い出せないのではなく、初めから知らなかったのか。
そんな事を考えながらも、罪悪感なんてものは微塵も感じない。何故ならこれは単なる考察に過ぎないからだ。
「ねぇ、咲夜」
「お呼びでしょうか」
私がぽそりとその名を呟けば、一秒と待たず現れ、返事をくれる。私の大切な従者。
私にとっては血の繋がった妹よりも、咲夜や友人のパチェに門番の美鈴……どころか、他愛無い妖精メイド一匹を失う方が悲しいかもしれない。
情が有るのか無いのか、自分でもよくわからないものだ。
あぁ、それにしても……。
「今夜は」
「はい?」
何故月がこんなにも欠けているのか。つい先日に満月を迎えたばかりではなかったか。ふと、そんな疑問が浮かんだ。
妹には無関心のくせに、こんな些細なことを気にする自分に思わず苦笑する。
「いいわ。何でもない」
どうせ気のせいだ。仮にそうでなかったとして、大した問題でもない。またどこかの誰かが異変を起こしたのだろう。
私は何を思うでもなく、月に重ねるようにして紅いワインの入ったグラスを掲げた。すると月も紅く染まるのだ。
月を私色に染め上げてやった。酒と優越感に酔いしれる。
ゆっくりと手をおろし、口に運んでいく。その時、グラスに私以外の顔が映りこんだ気がした。
「あっ」
ビクっとしてグラスを手放してしまう。幸いすぐに咲夜が対処してくれたようで、次の瞬間にはグラスはテーブルの上に置かれており、割れてもいなければワインの一滴さえこぼれはしなかった。
それよりも今のは誰だ。気配を感じなかった。慌てて辺りを見渡し、グラスを再度覗き込む。が、異常は無い。
「どうかなさいましたか?」
「い、いや、何でもない」
見間違いか。恥ずかしいところを見せてしまった。
「もう寝るわ。片付けておいて」
「かしこまりました」
いたたまれなくなった私はワインを残したままそそくさとテラスを後にし、自室へと向かった。
一つ目の曲がり角を過ぎる頃には、もう先ほどの事など頭には無い。細かい事にいちいち囚われていては長い生を送ることなど出来ないのだ。
ところで知っているだろうか。紅魔館の廊下には、途中鏡を設置している箇所がいくつかある。これは妖精メイドたちに、自分の働く姿を見せることで個々の意識向上をはかってのものらしい。
咲夜には悪いが、とても効果があるようには思えない。妖精が鏡を見たとして、ふざけておもちゃにしたり、お洒落に時間を割いて余計に仕事が滞るだけだろう。
この前も実際その現場を発見し、怒った咲夜と妖精メイドが鬼ごっこなどして愉快なものだった。
まぁ、鏡に映らない私としては少々面白くない気持ちもあるのだが。
そんなことを思い出しながら、また一枚の鏡の前を通り過ぎようとした時、視界の端に虹色の羽が見えた気がした。
「誰だ!?」
慌てて立ち止まり、鏡を確認する。しかしそこには自分の姿以外、何も映ってなどいない。
釈然としないながらも、私はまた自室へと足を向けた。
「っ!!」
今、自分の姿以外、特に何も変わったものは映らなかった。そう、“自分の姿”が映っていたのだ。そんな筈は無い。
再度鏡を覗き込む。しかし今度は本当に何も映らなかった。
「また、気のせいか?」
いや、そう決め付けるのは早計というものだ。もしかすると侵入者かもしれない。
あれだけ派手な羽なら見つけるのは容易いだろう。何せ暗闇でもはっきりわかる程の、虹色に輝く水晶のような、羽……ん?
虹色の羽。どこかで見覚えがあるような。しかし私の知っている中でそんな奴はいただろうか。
あんな歪な形の羽、忘れる筈は……いや、いる。
「あぁ、そう、そうだわ。フランドール、私の妹じゃない」
何故すぐにわからなかった。真っ先に浮かぶべきだろう。それとも死んだものだからと頭が勝手に選択肢から除外していたか。
いやしかし、忘れていた。本当に思い出せなかった。いったいどういうことだ。
「ハッ、フランドール」
悩むのは後だ。まずはこの現象についてはっきりさせねば。
つまり、「これは幻覚か、現実か」だ。私自身に問題があるのか、他者による悪趣味な嫌がらせか。これがわからなければ対策の立てようもない。
妹は本当に死んだのだろうか? 再び首をもたげる疑問。
私は急いであの墓へ向かった。何の迷いも無く、運命に導かれるまま。
月の光を浴びて佇む墓標は、吸血鬼である私からしても不気味なものだった。
しかし躊躇なくその墓を掘り返す。道具など使わず、己の爪で土を吹き飛ばせば、あっという間に棺が見えた。
「はぁ、はぁ」
気配を感じる。棺の中に、何かがいる。謎のプレッシャーに知らず呼吸が荒くなる。
それでも確かめなければならない。震える手で、おそるおそる蓋に手をかける。
「はぁ、はぁ……くっ」
ぐっと力を込め、一思いに開け放つ。すると――
「お嬢様? お嬢様! しっかりして下さい、お嬢様!!」
聞きなれた声に呼ばれ、体を激しく揺すられる感覚に目を覚ます。すぐ傍に咲夜の焦った顔があり、まわりには美鈴やパチュリー、妖精メイドたちまでいた。
どうやらいつの間にか眠っていたらしい。空が明るくなりかけていた。
それにしてもこの光景には見覚えがある。先日行ったフランドールの葬式。あの時は棺に向けられていた視線が、今は私に向けられている。
「ひっ」
理解した瞬間、思わず声が出た。フランドールの為に用意された筈の棺に、自分が横たわっていたのだから。
危ないところだった。もし皆の発見が遅れていれば、日光に焼かれ私まで妹のように消滅していたかもしれない。
「何故このような所に?」
そう尋ねてきた咲夜に、私は答えることが出来なかった。自分でも覚えていないのだ。
私はここに何をしに来た? 私はいったい何を見た。
思い出そうとすると激しい頭痛が襲って来る。本能が思考を拒絶しているかのようだ。それでも構わず記憶の糸を辿る。
ワイン、鏡、墓、棺……蓋を開けた瞬間、現れた二本の腕が私の肩を掴み、棺の中へ引きずり込み…………。
「お嬢様!?」
「レミィ!」
「お嬢様!」
私を呼ぶ声が遠ざかっていく。あぁ、どうやらまた現実とおさらばみたいだ。
ごめんなさい皆。面倒かける、わね。
「ごきげんよう」
「……」
目の前に私がいる。あぁ、わかった。これは夢だわ。
「また我ながら馬鹿馬鹿しい夢を見たものね」
「あら、どうして?」
「どうしてって、夢の中でまでわざわざ自分と会話するなんて」
「自分? あぁ、あなた私をレミリアだと思ってるのね」
「えっ」
「私はフランドール。フランドール・スカーレット。あなたの妹よ」
「違う、違うわ!」
何を言っているんだこいつは。紫がかった髪に、蝙蝠の翼。服装だって声だって、どう見ても私じゃない。
フランドールなら髪は……髪は……あれ? 思い出せない。
「頭を抱える必要なんて無いじゃない。どうして私がフランドールであることを否定するの? どうして私をレミリアにしようとするの?」
「だっておかしいじゃない!」
「根拠は?」
「ぅ、ぐ」
「も~、わがままなんだから。あ、それじゃあこれならどうかしら?」
姿は全く一緒なのに、中身は全く違う。こいつは確かに私じゃない。
「私がレミリアで、あなたがフランドールっていうのは」
こいつは私じゃない。私もこいつじゃない。そしてこいつがレミリアだというのなら、残った私がフランドールということになる。
あぁ、なんてこと。確かに考えたことが無いわけではない。私は本当にレミリアなのか。本当は、自分がレミリアだと思い込んでいるフランドールなのではないか。
「違う。落ち着け、私」
馬鹿な。それは皆の対応からしてありえないことじゃないか。
いや、待てよ。しかしもし私たち姉妹がとてもよく似ていて、皆がどちらか一方の姿しか知らなかったとすれば、その違いに誰が気付く?
私だけではなく、皆までフランドールをレミリアだと思い込んでいたなら、それなら私は……私は……!
「大丈夫ですか!?」
突然目の前に咲夜が現れた。回りを見てみれば、ここは私のベッドの上だった。
墓からここまで運んでおいてくれたのだろう。そして咲夜も付きっきりで見ていてくれたに違いない。この子はそういう奴だ。
そして私はどうやら悲鳴を上げていたらしい。悪魔が悪夢にうなされる。なんて滑稽なのかしら。しかしそれを一笑に付すだけの余裕が無い。
悲鳴。そう、このレミリア・スカーレットともあろう者が悲鳴を上げたのだ。なんと情けない。やり場の無い怒りと抗うことの出来ない恐怖に体の震えが止まらない。
いや、それともやはり私はレミリアではないのか。
「咲夜、私はレミリアか? それともフランドールなのか? どっちなんだ!?」
私は体裁も考えず咲夜の胸に縋った。
顔も声も思い出せない。だから自分とどこまで似ていたのかもわからない。
焦燥に駆られ半狂乱に陥った私を、しかし咲夜は静かに、優しく抱き締めてくれた。
「落ち着いて下さい。いったい何があったのですか」
温もりに促されるまま、私は鏡に映った人影と記憶の混濁、そして今見た夢の内容を話した。
咲夜は話が終わるまで一言も喋らず、時折真剣な顔で頷いては、そっと髪を撫でてくれた。
「お嬢様、私たちはちゃんとフランドール様のお姿を知っておりますよ。間違えたりなどしません。あなたはこの世で唯一の、私たちのレミリアお嬢様です」
この言葉に私がどれほど救われたことか。
私の存在はちゃんと認められているのだ。とても嬉しかった。
自分はフランドールのことを何もわかっていなかったくせに、なんて薄情な奴だと思うかもしれないが、それでもこの喜びは抑えられない。
ありがとう。素直にそう思った。
それからしばらくは平穏に過ごした。妙な人影を見たり、妹の記憶に悩まされることも無い。フランドールのいた部屋も封鎖した。
私の生活から、ただでさえ少なかった妹に関するものを切り離していく。まるで妹など初めからいなかったかのように。
はっきり言って、逃げたのだ。もう嫌なことは考えたくない、スカーレットは私一人だ。そう思い込みたくて。
あんな事になるまでは。
ある日、私が咲夜の部屋を訪ねようとすると、中から話し声が聞こえ、下手なタイミングで入って邪魔するのも悪いからと、私は何の気なしにそっと扉に耳をあてた。
「近頃お嬢様の気がひどく乱れています。表面上は平静を装ってますが、内では常に昂っていて落ち着く様子がありません」
「レミィったら全く地下に来なくなったわね。警戒しているのかしら。おかげで話をするには私の方から行かないといけなくなったわ」
どうやらパチェと美鈴が来ているようだ。
「初めは驚きましたが、やはりお嬢様は何も覚えていらっしゃらないみたいね」
「パチュリー様、妹様はいったい何を」
「それは私にもわからない。調べてみたけど、呪いのようなものは感じられなかったわ。レミィ自身の心の問題じゃないかしら。まぁ最近の様子を見ると、原因は別にあるんじゃないかって気もするけど」
「妹様を亡くされたのです。自覚は無くとも心は悲しんでいるのでしょう。とにかく、あのことはくれぐれもお嬢様には」
「わかってるわ」
「もちろんです」
「結構です。メイドたちにも改めて伝えておきましょう」
どうやら話は終わったらしい。出てくる気配がする。
その前に私は用件も忘れ、慌ててその場から立ち去った。
咲夜たちは私に何かを隠しているようだ。しかしいったい何を。
誰でも秘密の一つや二つあるのは当たり前だ。そんなことをいちいち聞き出そうなんて思わない。
ただ、気にはなる。だって私だけが知らないなんて。
皆は知っている。私以外の皆が。あぁ、私だけが、のけ者だなんて。
「ごきげんよう」
「……」
目の前には金髪の少女が立っていた。
「誰だお前は」
「クスッ、わからないの?」
「わからないから訊いている」
「もう、ひどいなぁ。フランドールだよ、フランドール・スカーレット!」
こいつが私の妹……そうだ、思い出した。金髪に赤い服、虹色の羽を持つ少女。間違いない。
しかし私にはそれを思い出したからといって、私には何の感動も無かった。今はそれどころではない。
「どうしたの? 浮かない顔して」
「皆が私に隠し事をするのよ。どんなことだって話して欲しいのに。信用されてないのかしら」
「違うって! 皆お姉様のこと大好きだよ!」
「そうかしら。でもね、知らないのは私だけみたいなの。私の館なのに、私だけが仲間外れ。ホント滑稽よね」
口にするとさらに落ち込んできた。いつの間にこんなに弱くなったのだろう。そんな私を妹は優しく抱きしめてくれた。まるであの時の咲夜のように。
「大丈夫。たとえ他の誰が敵になっても、お姉様には私がついてるから」
「そんな。私はお前の存在を無かったことにしようとしたのよ?」
「姉妹ならそれぐらい許し合えるよ。ね、だからお姉様も強く生きて。もし辛くなって、耐えられなくって、死にたくなったら」
「死にたくなったら?」
「私も一緒に死んであげるから!」
「って、あなたもう死んでるじゃない」
「あ、そうだったー」
妹とのちょっとズレた会話は、とても楽しかった。久しぶりに心から笑った気がする。
まさかフランドールに慰められる日が来ようとは、夢にも思わなかった。
……夢? あぁ、そうか。これは夢だったのか。なんだ、せっかく仲良くなれたのに、残念だ。
それでも、たとえ夢の中ででも、この世で「一緒に死にたい」と願える相手なんて、果たして何人いるものだろうか。
彼女の言葉が嬉しかった。愛していると言われたも同然なのだから。
私も愛しているわ、フランドール。あなたの望みを知った今、もう迷わない。
さぁ、これからは一緒に行きましょう。あなたがいれば何とかなる気がする。
妹の手を取り、私は暗闇の奥に見える光に向かって歩きだす。あそこに行けば、何かが変わる気がするのだ。
と、その時。
「お姉様、危ない!」
突如複数の人影が現れ、私とフランドールを引き離した。
呆然としている私の目の前で、妹は胸を抉られ、羽をむしられ、炎で焼かれていく。
誰だ、お前たちは。何だ、お前らは。やめろ、私の妹に手を出すな。やめろ、やめろ……。
「やめろぉー!!」
「やめろぉ!」
自分の声に目が覚めた。しかし私にはそれをじっくり認識している暇すら無いようだ。
何故なら目の前には、何者かが構える銀のナイフが迫っていたのだから。
反射的に体を捻り飛び退くと、今度は後ろから別の人影に羽交い絞めにされ、さらに新たな刺客が魔法で形成した炎の玉を撃ってくる。
立場上このような状況には慣れていた。刺客など返り討ちにしてやる。頭を切り替え、冷静にこの事態に対処する。
肘打ちで後ろの奴をぶっ飛ばし、蝙蝠化して火炎を避ける。人型に戻ると同時に、お返しとばかりに魔力の玉を先の魔法使いにぶつける。
そして好奇とばかりに背後に忍び寄っていたナイフの奴も、振り向きざまに首を掴んで締め上げてやった。
「どうにも時期が悪かったな。今の私は機嫌が悪い。生かしてはおかないわよ」
いったい何なんだこいつらは。命を狙われたのは久しぶりだ。
……命を狙われた? まさか、フランドールはこいつらに殺されたのか?
さっき見た夢は、私の能力が見せた事実だったのだろうか。
大いにあり得る。元々予知夢を見ることも多かった能力だ。過去を覗くような形で発現してもおかしくはない。
だとすればこいつらは決して許すわけにはいかない! ただ殺すんじゃあない。苦しめてなぶり殺しにしなくては。何せ私の大切な妹を亡き者にしてくれたのだからな。
それにしてもさっきから妙に耳鳴りがする。頭が痛い。何かが私の中で響いている。
これは、声? しかもどこかで聞いたことがあるような……誰か、確かとても大切なものだったような気がする、この声は……。
――お姉様!!
「お嬢様!!」
ハッとして手を放す。私が掴んでいたのは咲夜の首だった。
解放された彼女は体裁もかえりみず、時間も止めずにひどく咳き込み、嗚咽さえ漏らしていた。
どういうことだ。フランドールを殺したのは咲夜? そして今度は私? 私を裏切ったの?――などと一瞬でも頭をよぎった思考を即座に否定する。
もし私を殺すつもりなら、機会はいくらでもあった。それこそ、咲夜が慰めてくれたあの時など、弱りきった私は絶好の獲物だったではないか。
冷静になれ。まず辺りの状況を確認する。
目に入ったのは、パチェと美鈴。どうやら重態のようだ、ぐったりと倒れたまま動かない。そして他にも多くの妖精メイドが気絶し、そこかしこに散っていた。
さらに館自体も壁に無数の穴があき、所々崩れていた。
惨状。まさに惨状だ。まるで嵐にみまわれたかのような。
そして理解する。嵐は、私だ。
ようやくわかった。フランドールのことだが、ほんの少しだけ。
元々、妹は自ら地下に閉じ篭っていた。それが妹の望みならと、私は勝手にさせてやっていたのだ。
なんて思い違いも甚だしい。させてやっていた? 馬鹿な。
閉じ篭らざるを得なかったのだ。己を蝕む狂気に抗う術を見つけられず、まわりを傷つけないように。
そして私は、独りで闘っていた彼女に、差し伸べられる手を差し伸べなかった。
だからあれはあの人間に「495年も閉じ込められていた」などと言ったのだろう。当時、その話を聞いた時には「妙な因縁をつけられたものだ」と思ったが、なるほど妹の言葉は正しかった。
外に出してやろうとしなかった。それはつまり、閉じ込めていたのと同じじゃないか。
もし妖怪にも魂があるのなら、間違いなく私はフランドールの亡霊に取り憑かれているだろう。
死んだ妹の魂は私に取り憑き、未だその狂気を蠢かせている。それだけの恨みはあって当然だ。
さぁ、ならば今度は私の番じゃないか。行かなければ、あの地下室へ。
「お嬢様、本当にこれで良かったのですか」
かつてフランドールがいた部屋の前で、咲夜やパチェに美鈴を始め、多くの妖精メイドが詰めかけている。
そのほとんどが体の至るところに包帯を巻き、治療のあとがある。それでも目には恨み憎しみの感情など全く無く、ただ涙だけが浮かんでいた。
「えぇ、幻覚に囚われて皆を傷つけてしまった私は主失格だわ。しばらくここで頭を冷やすことにするよ」
「万一に備えて、内側からの開け方を教えておくわ」
パチェは私の耳元でそっと、扉の封印を解除する呪文を教えてくれた。
「ありがとう。でも必要無いわ。私はきっちり三年間、この部屋で過ごす。その間に必ず決着をつけておくから。だからそれまで館のことはあなたたちに任せておくわね」
そう、これは私が望んだこと。あの子に対する贖罪であり、責任だから。
私は皆に背を向けて部屋の中へと歩みを進める。一歩踏み出す毎に感じる。狂気が私を包み込んでいくのを。
正直、怖い。しかしこの空間は落ち着きも与えてくれた。誰も傷つけなくて済むという、安堵。
フランドールはここで孤独ゆえに狂気の芽をさらに悪化させてしまった。けれど私には咲夜が、皆がいる。大丈夫、私は妹とは違う。きっと耐えられる。
だから皆、お願い。忘れないで。
……お願い。私を忘れないで。
扉は固く閉ざされた。
ここはどこかしら。どうして私はこんなところにいるの?
「ねぇ、出して、ちょっと。ここから出しなさい」
いくら叫んで扉を叩いても誰も来ない。
「この私が開けろと言ってるのよ? 何で開けないのよ。ねぇ、出してよ。助けて。ねぇ、早くここを開けて、咲夜ぁ!」
あれ、咲夜って?
「ねぇ、咲夜って誰か、あなた知ってる?」
私は部屋の奥にいる少女に尋ねた。
?
何だか怖い…
それだけにお嬢様の無関心っぷりが切ねぇな…