― 5 ―
寝返りを打つと腹の中の骨が軋んだ。
雀の鳴き声が聞こえ、今が朝であることを知った。
障子の向こうから差し込む眩しい光から、今日の天気が晴天となるのであろうことを理解した。
爪で手首を切ると血が零れ、自分が生きていることを教えてくれた。
生きてる意味なんて無いのに。
でも、あの夜、私は確かに思ってしまった。
「死にたくない」と。
「ぅ、うう……、うぅ」
嗚咽が止まらない。
自分はなんて下らない存在なんだろう。
死んだ方がマシだ。
なのに、死にたくないなんて思ってしまったんだ。
ただひたすら薄っぺらい感情を抱いていただけだったんだ。
「飛び降り自殺をしたい」なんて言葉。
それはただの虚言。
ただの見栄。
それが私の依り所。
もしも死が救いだとしたら、
ならば、私には死ぬ価値なんて絶対に無い。
幾度も幾度も手首を切りつけ、その度に血が流れた。
自分の生を確かめた。
だからといって私がこれからできることもなにも無い。
涙が止まらない。
「……替えのシーツがそう何枚もあるわけではありません。これ以上の自傷行為は止めてください」
いつの間に早苗が入ってきたのか、まるで気づけなかった。
畳に目を落とす。静かな歩み寄りの足音。
「傷の具合はいかがですか? 今日はまだ、少し顔色が良さそうですね」
下手な嘘。
ここ、守矢神社に保護をされて何日が経過したかなんて分からないけど、その時間の中で私が俯かない時間は一瞬だって無かった。
だから当然、そんな慰めを投げかけられても私の気分が晴れるわけもない。
ただ、精神がどれほど低調でも身体は勝手に回復していくもので、あの日に受けたダメージはある程度は消えていた。
……それとも、もしかして私は、今もただ沈んでいるポーズをとっているだけで、本当はまるで真剣に悩んでなんていないのだろうか。
“現実に打ちひしがれた状況に思い悩む自分”に酔っているだけなのだろうか。
あぁ、私はどこまでクズな生き物なんだ。
「少し、お伝えするのに心苦しいニュースがあります」
気落ちした声で早苗は言葉を紡いだ。
「八坂様と天魔様の会談が行われました。結果としては八坂様が非を認めたことにより一連の事件は決着、ということとなります」
腹の中が鈍く痛んだ。
「あちらもあちらで随分のリスクを背負った上での行動だったらしいですから……、この度は、これ以上のことは互いに音便に済ませたいとのことです。もちろん今回はこちらが妥協した形となりますので今後はまた我々が産業革命を進めていくことに――、はたてさん、大丈夫、ではないですよね」
頷く気は起きない。
早苗はどうせ沈んだ顔をしているんだろう。
自分たちが勝手をした代償としてテロを起こされ、そして自分の仕える神が外交判断によりそれを許したんだ。
八坂様がこんなにあっさりと相手の蛮行をお許しになるなんて、どうして。……早苗の心情としてはそんなところかな。
倫理的には納得し難いこの結果。
でも、今後の守矢のこの郷での活動を考えていく上では、ここで引いておくことは選択肢としては確かに選ばれる可能性もあるもの。
それがベストな選択なのかどうかは私には分からない。大局を見た政治的判断ってヤツ? まぁ、見据えてる次元が違うってのは確かな訳で。
世の中なんてどうせきっとそんなものなんでしょ。
いかに立ち回るか。
それを第一に考えることが正義と呼ばれるらしい。
「あなたのお気持ちは分かるつもりです。正直に言って私も今回の成り行きは納得がいきません」
思い込みの激しい奴だなぁ。
この程度の結末、私はもう飲み込んでるっての。
早苗もこれを機に現実を学べば良いんじゃないかな。
「はたてさん。私はこの事件の是非をもっと多くの方に考えて頂くべきではないかと思います。その為にはどうかあなたの力を――」
「そういうの、いらないから」
やけに大きく息を吸う音が聞こえた。
それ程までにショックなの、早苗。
でもごめんね。
蝋で固めた羽で何度も飛ぶほどの蛮勇なんて、私は持ち合わせていないんだ。
「やるのならアンタ一人でやって。私は、もういい」
「……理由を伺っても宜しいですか?」
「私が飛んでも飛ばなくても地球は回る。じゃあ、飛ぶ必要は無いでしょ」
「そんなことはありません。あなたが真実を記した記事を郷の皆さんが読めば世間の流れは確実に変わります」
「無理よ。ガセ情報として処理されるのが関の山」
「例えそうだとしても、それは確かな一石です。波紋の発生は止められない。そしてその波紋は無視ができるものではない」
「やらないって言ってるでしょ」
「はたてさん。これはあなたにしかできないことなんです。私が主張しても誰も耳を貸しません。けれどはたてさんなら写真を用いての記事を書けます。それは“真実”という最強の武器なんですよ」
そう言って早苗が差し伸べた手には私の写真機が握られていた。
あの日にべっとりと付着した筈の血は既に流されており、薄い光を反射してディスプレイがキラキラと輝いていて。
「やらないって言ってるでしょう!」
私はそれを奪って力の限りに壁へと投げつける。
ガシャン、と音がした。
壁にはひびが入り、写真機は内部の機構がバラバラに飛び出していた。
割れたディスプレイはもう光を帯びていなかった。
それでも胸の痛みは収まらなかった。
「やらないって、言ってるでしょう」
乱れた呼吸も涙もまるで落ち着いてくれない。
もう自分の身体すら制御できなくて、思わず天を仰ぐも涙で滲んだ視界の先には暗い天井があるだけで。
肋骨がズキリと痛み、膝をつく。
諦めているでしょう、私は。
なのにどうしてまだ涙なんてものが出る。
まるでコントロールができない。
いったいなんなんだ。もう。
もう。
「早苗。詮の無いことは行うな」
障子を開けて現れた八坂様の目には疲労の色が少しだけ浮かんでいた。
そんな目で、私を見下す。
「ソイツは使えない。活用する機会があるかもと連れ帰って来たけど無駄な保険だったわね」
「か、神奈子様!」
「事実でしょう。特に力も無い鴉天狗が、その上やる気も無いんじゃ関わるだけ時間の無駄だわ」
八坂様の言ってることは正しい。
早苗は何やら反論をしようとしているようだが、それは益の無い徒労だ。
だって私はもう何もする気が無いのだから。
唯一の長所である念写能力もたった今投げて壊してしまった。
私に価値なんて無い。
「……出てくわ」
ここに居る意味だって無い。
「世話になったわね。じゃ」
「ま、待って――!」
振り向くことなく私は飛んだ。
ふたりがどんな顔をしているのかを確かめるのが怖かったから。
……こんなに腐りきっても、まだ私は他者の目を気にするのか。
本当に愚かしい。
勢い強く風を蹴る。
一息で空へ上る。
なんの感慨も湧かない。
虚空という言葉の意味を私はこの時ようやく理解できた。
空とはこんなに虚しいものなんだ。
吹く風が冷たい。
その中で私はひとり、何をするでもなく、ただ浮かんでいた。
そこに近付いて来たのは椛だった。
「傷はもう大丈夫なんですか?」
そして私の横に浮かび、そんなことを言い出す。
「……まぁまぁってところよ」
「そうですか」
椛の態度があまりにいつも通りだったからだろうか。
私はなんの警戒も無しに答えを返してしまった。
「少し、話をしましょう」
凛とした声がやけに響いて聞こえた。
「あの爆発を起こしたのは誰か、ということは分かっています?」
山の頂上の岩の上に腰掛ける。
轟々と吹く風が髪を散らす。
眼下には郷の朝が一望できた。
「文でしょ。風の刃の一閃でエネルギーパイプを斬った。……忘れるわけがないじゃない」
「良かった。ショックのあまり記憶を封じたとなれば、話は進まなくなりますから」
少しだけ気落ちしている自分がいることに驚く。
やはり、こんな状況になっても私は、文が悪事に手を染めていない方が嬉しいのか。実はあの言葉は嘘で本意は……なんて展開を望んでいるというのか。
でもそんな淡いドラマチックなんてそうそう現れてくれないことは知ってる。
それが現実ってヤツだ。
「では、あなたが見た結界の抜け穴の写真を撮ったのは誰か、知っていますか?」
あ?
いや、そんなの、分かるわけないじゃん。
「答えは先程と同じく、文さんです」
え?
それは、ちょっとおかしいでしょう。あの写真の中で文はペンと手帳で両手を埋めていたハズだ。
それにあの写真は若干ブレてたし、文の写真特有の活きた感じをまるで感じられなかった。
「正確には私が文さんの指示で撮ったんですけどね」
ほらやっぱり。そんなだったら「写真を撮ったのは文」だなんて言うなっての。
文だったらきっと、あんな場面でも活力の満ちた仕事現場として見事な一枚を撮ってくれる筈だから。
「……そう。文さんは結局撮れなかったんです。“自分が取引の場から抜けるのは目立つから椛が撮って”なんて言い訳で逃げたんですよ。あの方の写真機に触れたのは、長い付き合いの中であの時一度だけです」
見れば椛は憂いた目で山の向こうを見ていた。
「私と文さんがあの計画に参加するよう指示を受けた理由は今も分かりません。私たちも元はこれといって外との交流の必要性を感じていませんでしたしね」
そして朝日に目を向けようとして、そっと目を瞑る。
「こんなことはおかしい、と言い出したのは文さんの方でした。郷の生活基盤が郷で生活している者に秘密にされた状態で運営されている。ジャーナリスト魂が疼いたんでしょう」
夢見がちな少女を眩しく思っているような、そんな表情。
「しかしあの方は冷静でした。秘密裏に行われていることに対して心を燃やしても、その内容が糾弾されるべきかどうかは別問題として捉えていた。そして至ってしまったんです。“幻想郷は外の世界との交易無しに成り立たない世界である”という答えに」
瞼を開くも太陽に向ける目は細く、泣きそうになってるんじゃないかと邪推したくなる雰囲気で言葉を続けて。
「なにはともあれ状況証拠を有しておくべきである、という考えは持っていた、けれど、……結局自分の手で撮ることができなかったんです。あの方もね、カッコつけたり冷ややかな態度をとったりしてますが、本当は色々と悩んだりしてるんですよ」
岩肌から腰を上げフワリと浮かぶ。
そして前にちょっとだけ進んで、私に背中を向けたまま
「だから私は文さんのことが嫌いなんです」
ポツリと、椛は言った。
「でもはたてさん。あなたなら文さんの心情を理解できると、私は思う」
流れるようにクルリとこちらを振り返り、言葉を続けて、
「我々の仲間になってください」
静かに頭を下げた。
「いつかは我々の行いを白日の下に晒さなければならない時が来ます。隠し通しておくべきものではないから。その時のために、メディアリテラシーのある仲間を蓄えておきたいのです。はたてさん、あなたのその記者魂をいつか爆発させるために、今は堪え忍ぶ時なんです」
どいつもこいつも、いったいなんなんだ。
なんだって私にこうも期待をする?
そりゃあ近年は確かに勢いで名を売ったと思うけれど、それは本当に勢いだけのもので、私の実力じゃないことは確かなことなのに。
「……文さんを支えてあげてください」
何かを言おうとした。
けれど、椛の表情があまりに真剣で、私は声を出せなかった。
その様子をどう受け取ったのかは分からないけれど、椛は再度頭を下げただけでそれ以上は何も言わず、特別速くも遅くもないスピードで飛んでいった。
椛の姿を追うと、そこには朝の幻想郷の景色が。
霧の立ちこめる山が朝日に照らされて橙色に染まり、沢はキラキラと光を反射して、眠りにつこうとしている妖怪やこれから働こうとしている人間の姿が遠目にも確かに見えて。
――それらの全てが知られざる仕組みの上に成り立っている。
――でも、こんな平和な様相は、その仕組みがあるからこそ成り立っているんだ。
これからもう一仕事しようと機械を担いだ河童が同胞と談笑をしていた。
私はそれを見て泣いていた。
もう何も分からなかった。
もう何も見たくなかった。
私が引きこもりに戻るにはそれで十分だった。
― 4 ―
何日か振りに浴びたシャワーにはなんの感慨も浮かばなかった。
軽く体を拭き、裸のまま部屋を練り歩き、そしてそのままポスンとベッドに倒れ込む。
窓からの光は二枚のカーテンにより完璧に遮断済み。
誰も私を見ることなんてないし、私が誰かを見ることもない。
ひとりの世界は楽だ。
知りたくもない情報が入ってこないから。
ただ、ひとりでいるとどうしても目は内面に向きがちで、機知の事実は今日も脳内で氾濫する。文は今何をしているのか。椛は何故あの日私にあんなことを言ったのか。早苗はまだヘコんでいるんだろうか。そういや、もうとっくににとりは退院しているんだろうな。それから――
起き上がり、冷蔵庫から水を取り出す。
妙に喉が乾いていたから。
「はぁ」
ため息を一つ。
ごちゃごちゃ考えごとをしてしまうこの頭を誰か蹴り飛ばしてくれないか。
どうして私ってこんなにメンドクサくできてるんだ。
痛みも何も感じることなく、スッと消えれたら良いのに。
あぁ。もう。
爪を手首に押し当てようとした、その時、
「はたてさん! 早苗です! こいしさんを見ませんでしたか!?」
唐突にドアの向こうからけたたましい声が響いた。
――こいし?
この何日間か、誰も私を訪ねて来なかったけど、もしドアをノックする奴が現れたとしたら絶対に居留守を決め込んでやろうと考えていた。
けど、不覚にも、私は動いてしまった。
「こいしが、どうかしたの?」
言葉を発した後に自分で驚く。
ねぇ、私。もう疲れ果てた筈じゃん。なのに、なんでトラブルに首を突っ込もうとしてるわけ?
汚れた天井を見上げるのが癪で、勢いよく上半身を起こした。
埃がうっすらと浮かんだ気がした。
「昨日までうちの客間でずっと寝ていたのですが今朝になって姿を消したんですよ! はたてさん、正直に言って下さい! あなたがこいしさんを匿ってるんですか!?」
言いがかりも甚だしい。
私はもうずっとドアを閉め切っているんだ。
誰かの声を聞く気なんて無い。
こいしもきっとそうなるんだろうと思っていた。
信じていたものが崩れさったことで、アイツもまた全てをシャットアウトするものだと思っていた。
もう、意識が戻らないんじゃないかとすら思っていた。
そんなアイツが、いったいどこに行くことができる?
「……誰かに連れ去られた線が濃厚なわけ?」
「いえ。こちらで保管していたこいしさんの洋服が全て無くなっていました。こいしさんはおそらく、ご自分の意志で出て行かれたのです」
いったいどこに向かうというんだろう。
どこに行ったってそこは現実なのに。
逃げ場なんて無いんだよ、こいし。
あるとすればそれはきっと自分の家くらい。自分だけが存在する空間。素晴らしきかな引きこもりライフ。
いや、今のアイツにとっては自分の家だって心が静まらない場所か。
嫌な予感がした。
アイツは私とは違う。
自分の好きな奴らの為に自分のトラウマを真っ向からぶち破るような、そんな立派な心を持っている。
私には引きこもるという選択肢しか無かったが、こいしには、
そうだ。
こいしなら、真っ向から戦いを挑むことだって選択肢として有り得る。
その時に、アイツが相手に選ぶのは誰だ?
そんなの決まっている。
アイツを意識不明重体にまで追いやる程のショックを与えたのはアイツの姉の思惑。
最愛の姉の裏切り。とは言えない状況だと私は思う。
文の言っていた通り、こいしのヤツが地上をフラフラせずに地霊殿の主の妹としてもっとしっかりしていれば今回の話は事前にアイツの耳に入っていた筈だから。
そんな自分の不甲斐無さに向き合う意味もあるだろう。
アイツはきっと、自分の家に向かった。
確信があった。
それと共に、嫌な予感も。
「早苗。ちょっと地底まで付き合って」
気が付いた時には、私はいつもの服に着替え終えていた。
此処、地霊殿に辿り着くまでは単調な道のりではなかった。
守矢の核融合エネルギー利用施設で大規模な爆発が起きた。そうして今日、守矢の風祝が新聞記者を連れて踏み込んできた。
そんな状況で良い顔をする者がこの地底にいるはずもない。
数え切れない弾幕をくぐり抜けた。
早苗はともかくとして、私はもう満身創痍一歩手前。
しかし、そんな疲れも痛みも、既に意識の外に吹き飛んでいた。
地霊殿のエントランスには争いの跡が炎となって爛々と残り、その中心で、こいしは黒焦げになって倒れていた。
「そんな、どうして!?」
早苗が上げた悲鳴を、空は苦々しい表情で受け止めている。
彼女の制御棒はいまだ熱く照り輝いていた。
その横で古明地さとりが目を瞑っている。
首には、手で締められたような跡が、真っ赤な色で残っていた。
こいしが錯乱状態でさとりに詰め寄り、手を掛けようとした。
空がそれを止めようとして、砲撃を放った。
きっとそんなところだろう。
手遅れだったか。
「姫海棠さん、正解です」
ゴミを捨てるような声でさとりは言った。
正解をあててしまったことに対して私は陰鬱な感情を持たざるを得ない。
……できれば、こいしにはもっとカッコいい生き様を見せて欲しかった。
姉に問いつめ、その結果乱暴を振るおうとするなんて。
落胆の感情が確かに胸の中に湧き出て、
「最低だわ。私って」
心情をそのまま声に出す。
自分自身がここまでクズなのに他者には理想的な振る舞いを望むか。
いったい何様のつもりだ。
こいしは確かに偉いヤツだ。私なんかじゃ考えられないくらい強い心を持ってる。
でも、アイツだってひとりの女の子であることには変わらない。
むしろアイツは妖怪の中では異常と言えるくらい心の機微に敏感なヤツなんだから。
こうなるのも仕方無いことなのに。
それを、私は。
「気遣いは不要です。こいしならばこの程度の火傷は二、三日で完治してしまうでしょうから」
こちらの心を読んでの冷静な言葉に、
「なんで貴方はそんなに落ち着いていられるんですか! それでも本当にこいしさんの家族ですか……!」
ブチ切れたのは、早苗だった。
ボロボロと涙を流しながらさとりの顔を真正面から睨む。
風が炎を揺らめかせていた。
次の瞬間には、早苗はさとりに首を掴まれて床にその身を押しあてられていた。
「ア、あッ!?」
痛みと驚愕が乾いた音となって喉から漏れる。
それを見るさとりの目はまさに闇のようで。
「私はこいしの姉です。私がこいしのことを心配しない、なんてわけがないでしょう?」
当たり前のように呟いたその言葉にどれほどの想いを込めているのか、私にはまるで見当がつかない。
声も表情も冷たく感じられるのに、しかしその身体は確かに爆発寸前の如き震えを呈していて。
怒っているのか。泣いているのか。苦しんでいるのか。
私には全然。
「姫海棠さん。地上には腕の良い医者がいると聞きました。こいしをそこへ運んではもらえないでしょうか」
「……いいよ。そのかわり、早苗を離してあげて」
「ありがとうございます」
ゲホゲホと、命の音が鳴った。
死なずに済んだか。良かったね早苗。
そしてその後にはすすり泣く声がエントランスに響く。
……コイツ、優しい人間だなぁ。
「アンタは泣かないの、さとり?」
なんとなしに聞いてみた。
さとりはもうこちらに背を向けていたけれど、
「主とは、涙を流さないものです」
律儀に答えてくれた。
聞きたいことは沢山あるが、しかしきっともうこれ以上聞けることは無いだろう。
それに、コイツの時間をこれ以上奪うのも忍びない。
地底の管理者が涙を流せるのはひとりの時間だけの筈だから。
そんな私の思考を読んでいるであろうさとりは、静かにエントランスを出て屋敷のどこかに行ってしまった。
それを確認した後、空は大声で泣き出した。
泣いてないの、私だけじゃん。
「早苗。永遠亭に行こう。ずっと此処にいてもどうしようもない」
私は最善の選択肢を提案した。
― 3 ―
「瞳を開くのは危険だって、私言ったわよね?」
「言ってたわね」
「……別に、今更説教するわけでもないんだけどさぁ」
こいしと、そして憔悴の酷かった早苗をベッドに運んで私と鈴仙はようやく一息を吐いた。月の浮かぶ夜空を窓越しに見る。
こいしは重い火傷を負ってはいるが特別な処置は不要である、とは八意永琳の見解。
自己再生に任せる以上のことは逆に身体に負荷をかけてしまうのだとか。
てっきり私は、こいしがこの事件について暴れ出さないようにわざとダメージを回復させない、という処置をとったのかと思っていたのだけれど。
「ねぇ、あんたは今回のことについてどれだけ知っていたの?」
「うん?」
「とぼけなくてもいいよ。別に怒ってる訳じゃないから」
「何を言ってるのか分からないわね」
「あっそ」
「ええ、そうよ」
鈴仙はただ困ったような表情を浮かべるばかりだった。……永遠亭も色々あるんだろう。
視線の先には死んだように眠るこいしの姿。
薬草の苦い匂いが鼻孔をくすぐる。
月には少しだけ雲がかかっていた。
鈴仙が湯呑みを手渡してくる。受け取り、口をつけると、予想を裏切ることのない苦い味が口の中を満たした。
それきり鈴仙は遠くを見るだけで何もしようとしなかった。
苦しそうな声が聞こえた。
それはこいしの口から漏れたものだった。
うなされている。
いったいコイツは今どんな夢を見ているのだろうか。
そっと、ベッドの横に腰を置き、片方だけの手を握った。
焦げた皮膚の乾いた感触が悲しかった。
いったい、どうすれば良かったんだろう。
誰が悪かったのかなんて、たぶん誰にも分からない。
皆が皆、ベストな選択をしただけだ。
さとりは地底の管理者として、これ以上地上からの過剰な接触が行われることを断ち、地底を平穏なままに保つことを考えて今回の計画に賛同をした。
こいしは事故の原因が地底にあるという嫌疑を払拭する為に今回の事件を解決しようとした。
空はただ主を守ろうとしただけだ。主の妹を撃つのに、きっと私なんかじゃ想像もできない程に苦しんだだろう。
誰も悪くない。
ならば、こいしがこうして心にも体にも深い傷を負って悪夢にうなされているのは当然の帰結なのだろうか。
これ以外の運命は無かったのか。
守矢に警告を与えることで郷は不要なパワーバランスの崩壊を招かずに済みました。我々の生活を支える外の世界の品もこれまでと変わらず輸入されます。めでたしめでたし。
そんなわけがあるか。
少なくとも私の心にはめでたいなんて言葉とからは程遠いヤツらの顔が刻み込まれている。
名も知らぬ大勢の者は、つまりこの郷のマジョリティーにとっては穏やかな日々が続く結果となったのだろうけれど。
でも、ここで立ち止まってしまえば笑えないヤツだって確かにいるんだ。
それは本当に、私が見たヤツだけっていう極少数の者だけなのかもしれない。
でも、確かにいるんだよ。
「瞳なんて、開かなくてもいいのよ」
ポツリと鈴仙は言った。
「こうして眺める月は綺麗。その裏側に何が在るのかなんて見なくていい。知らなくていい」
その瞳はとても寂しげで。
「いいじゃない。真実に目を向けずにいたって」
そして静かに茶を啜った。
「生きていけるのなら、それでいいじゃない」
私はその意見に素直に賛同できなかった。
心の中に渦がある。
それは黒い色をした水面に生じてグルグルグルグルと無視のできない大きさへと変化していっている。
元々の水面がさして健やかなものではなかったからだろう。私はその強大化にこれといった忌避の念を覚えなかった。
グルグルグルグルと渦は深く穿っていく。
ネジが固定されていく様に似てると思う。
動きは止まらないというのに、なぜだか私はそれを静かなものと認識していた。
そして渦は底に辿り着いた。
「たぶん、その通りなんだろうね」
私の同意に鈴仙は少しだけ驚いたような顔を見せた。
「でも世の中はそんな綺麗事だけじゃ通らないよ。誰の目にも見つからないなんて絵空事。夢だよ、それは。見ようとする者が現れるのが現実」
やけに言葉はスルスルと出てくる。
鈴仙の瞳にゆらりと月の光が反射した。
「平穏を保つ為に秘匿を貫く。私はその意志を賞賛したいと思う。それは確かに正義だわ。最大多数の為を思って選択する手法としては正しいでしょう。倫理的な問題はさておきね」
それは本心からの考え。
どれだけ考えても結局、私は文がやろうとしていることが悪事であると結論づけることなんてできなかった。
多少の後ろ暗さはあってもそれは取り得るべき選択としてベストだろう。
しかし。
「……けど。見つかってはいけないものが見つかってしまうという可能性は消せない。そしてそこから生じる軋轢、問題、争い。そして、不幸」
それが今回の事件で私がどうしても無視をすることができないポイントだった。
私は文に乾布無きまでに叩きのめされ、負けた。
アイツの立ち位置こそが正しいと感じてしまった。
自分が、その正義に無闇に突っかかろうとしているだけの存在だと自覚してしまった。
だから私は。
でも。
地霊殿の連中がああして泣いているという事実。
それは無視をして良いものなのか?
いや……、良い悪いの話じゃない。
私は無視をしていない。できていない。
もう全てがどうだっていいと考えていた筈なのに、実はそんなことはなかった。
もう何も見たくないと思っていた筈なのに、私はあの時に見た映像を心に刻み込んでいた。
それはつまり。
鼓動が僅かに早くなる。
「はたて、あんた……」
文のやり方は正しい。
それでも、ちょっとの数しかいなくても、泣いてるヤツが確かにいる。
ならばどうする?
正義の味方が救うこともできない者は誰が助けてやればいい?
文が手を回せない者に誰が手を差し伸べてやれば良いのか。
その答えは、渦の末端において既に出ていた。
けれど、それを認めることがどうしてもできない。
私はそんな短絡的にできていない。
私はそんなに、強くない。
そもそも今回のことだって私が動かなければもっと平穏に済んだ筈なんだ。全てにおいて悪いのは私……。
「はたてさん。そんなに悲しそうな顔をしないでください」
気が付けば早苗が目を覚ましていた。
疲れた顔で微笑み、ベッドを降りて、
「以前も言いましたが、あなたには状況を動かせるだけの力があるのです。だから、もっと自信を持ってほしい」
私の目の前まで来てそんなことを言う。
……ねえ早苗。だからさ。
冷静になって考えてよ。
私は結局、念写っていう能力と馬鹿げた勘違いだけが取り柄の天狗だ。
今はもうそのどちらも失ってしまっている。
だからさ、過剰な期待なんてダメだよ。
私が飛んだってロクなことは起きないんだから。
「私、悲しいんです。どうしてこいしさんとさとりさんが傷つかなくてはいけなかったのか。あの姉妹はどちらも悪くない筈なのに。そう考えると、胸が痛くて、熱くて、どうしようもないんです」
それは、うん。分かるよ。
あんな理不尽を冷静に受け止められる程私たちは達観なんてできやしない。
そこまでは私も分かるんだ。
けど、
「でも私だけじゃどうしようもない。だから」
ねぇ、どうして?
「はたてさん、お願いします。あなたの力を貸してください」
早苗、どうしてアンタは、
「どうしてアンタはそうやって私なんかに期待するのよ。本当に、わけ分かんないよ」
自然と声は出てしまっていた。
でもさ。聞かずにはいられないじゃん。
もういい加減分かってんでしょ。私がどれだけメンドクサい奴か。こんなにネガネガしてる奴に頼むよりももっと前向きな奴に頼るのが普通じゃん。
私の武器である念写だってもう使えないわけなんだし。
「あなたは、そうですねぇ、確かに霊夢さんや魔理沙さんとは違います。ちょっと後ろ向きが過ぎるタチですね」
現人神はゆっくりとこちらを見て、そして言う。
「でも、そんなあなただからこそ頼みたいんです。この悪事を」
――悪事。
あぁ、なるほど……。
心中の黒い水が音も無くかき消えていくのを感じた。
「相手はこの郷の大多数の為に動いています。それに反抗をするのは悪事と言われても否定できない行為。しかし、だからと言って押し黙ることを納得ができないのは、はたてさんも一緒でしょう?」
凛々しく目が輝く。
平生は緑であるその色が、今は豊かな金色に染まっている。
視線を外すことができない。
「悪事を働く上で私はただ前向きで力が強いだけの方に頼りたくはありません。自分の行為がどれだけ多くの者を不幸にするか。それを振り返り考えられる方でなければ、その行いは本当に只の非道に陥るだけになるでしょう」
とんでもない奴だ。
たぶん、コイツは自分がどれだけ馬鹿げたことを言っているのか分かっている。
常識外れの考えを自らの意志で提示してやがる。
「はたてさん。綺麗事は言いません。私と一緒にテロリストになり、この郷の平和を維持している方達に喧嘩を売りましょう。小の為に大を攻撃しましょう」
不覚にも笑ってしまった。
ド真面目な表情でスゴいことを言うなぁ。
笑顔が過ぎ去り、そして、寂しい気持ちが去来する。
うん。ごめんね。早苗。
「私は乗らないよ。写真機を捨てた私にできることなんて無い。もっと、ちゃんと使えるヤツを探した方が良いでしょ」
冷静な私の脳が導いた答え。
でもこれ、間違ってはいないと思う。
私よりも腕の良い天狗なんて沢山いるわけだし、その中には早苗の味方をしてくれるヤツだってきっといる筈だ。欺瞞の上で踊らされているという現状に不満を持つヤツは絶対に存在する。というかそういう考えのヤツの方が多いんじゃないだろうか。どいつもこいつもカラッと笑うのが大好きな連中だろうしね。ちょっと時間をかければきっと協力者なんていっぱい見つけることができるんじゃないかと私は思
「はたてさん」
薫風が心を撫でた。
目を向けると、そこには慈しみの表情をした現人神がひとり。
そして懐から銀色の写真機を取り出して、
「私が外の世界にいた頃に使っていたケータイです。使って下さい」
っと。あぁそうだった。これは写真機じゃなくてケータイデンワって名称だ。早苗の持つこれは写真機以外の機能も色々使えると聞いた覚えがある。一緒の物と考えるのはいけないよね。
って、
――これは!
「早苗! これ、アンタの大切なものなんじゃないの!? 外の世界にいた時の、その、よく分かんないけど、色々があるんじゃないの?」
「えぇ、そうですね。家族とか、友達とか。思い出の結晶です」
「そんな大切なものをアンタは、……何を考えてるのよ!」
「いや、まあ。はたてさんが念写に使ってるケータイ型カメラって幻想郷じゃスゴくレアだと聞きまして。作るにしたって時間がかかりそうですし。だったら私のを渡した方が早いかな、って」
「早いかな、じゃないでしょう! なんでそんな大切なものを私なんかに渡そうとするのかって聞いてるの! バカじゃないの!?」
「勿論あげる訳じゃありませんよ? いつか新しいケータイ型カメラを入手されたら返してもらいますからね」
「ああもうもっと地に足の着いた話をしろよこの常識外れ! 分かってんの!? 私、写真機振り回して弾幕避けるんだよ!? 写真機は私の武器なんだよ!? それともなに? コレが壊れても良いって考えてるわけ!?」
「そんなわけないじゃないですか。はたてさん、分かりません?」
早苗はやっぱり笑顔のままで、
「私はあなたに“負けるな”と言っているのです」
堂々と言った。
ゴウ、と。
風が吹いた。
気付いた時には、私の頬は濡れていた。
「え、……え?」
意味が分からなかった。
なんで私泣いてるの?
一瞬前まで怒鳴っていた筈なのに。
なんで、こんな。
早苗の腕が私の背に回った。
温かくて、
涙はもっと流れて。
「私、昔は世の中の全てが嫌いだったんです。家族も友達も、それに、……神様も。誰を信じれば良いのか分からなくて、自分の殻に閉じこもって」
早苗の声はとても、とても優しいものだった。
「色々あって、この幻想郷に移ることが決まって、そこからは素直になれました。もう会えないんだって思うと、家族とか友達とかがスゴく大切なものなんだって分かって……うん。色々あったんです。そうして、私はまた笑えるようになったんですよ」
コイツはいったい何を言いたいんだろう。分からない。
けれど、どうして。涙が止まらない。
全然自分が分からない。
私はいったい何を。
「私は自分が浅ましいと思います。つまりは、はたてさんに過去の自分を重ねているだけなんです。あなたを助けることで過去の自分を越えられると思ってしまっているんです。……でも」
早苗は反省するように言葉を続ける。
けれど、そこにはどこまでも優しい響きが在って。
「あなたが再び飛ぶ姿を見たいという気持ちは、嘘ではありません」
そして腕を解きこちらの目を真っ直ぐに見て、再度、私に差し伸べた。
早苗の大切な思い出が集約されているケータイデンワを。
「はたてさん。さぁ」
しかし、
「悪いわね。立場上、あんた達のやろうとしてることを見過ごすわけにはいかないの」
視線は刹那たりとも外していなかった筈なのに。
「ッ!?」
ケータイデンワはいつの間にか鈴仙の手の中に収まり、クルクルと弄ばれていた。
「ちょっとした催眠術よ。それ以上不穏な話をしないって誓ってくれるならこれ以上の術はかけない。もちろんコレも返す」
申し訳なさそうに、しかし、確かに強い圧力を宿しながら鈴仙は赤い眼を輝かせる。
早苗は焦りの表情を打ち消し、鋭く鈴仙の顔を睨んだ。
私は鈴仙の手から、ケータイデンワを奪い取った。
「……ぇ、え?」
鈴仙の背後にてケータイデンワの状態をチェック。
罠を仕掛けられている、なんてことはないようだ。
「うん。特に傷も付いてない。良かったわね、早苗」
「え、あ、え? ど、どうも」
そして遅れて巻き起こった風が室内のカーテンを暴れさせる。
何が起きたのか、鈴仙も早苗も分かっていない。
実を言うと私も分かってはいない。
でもまぁ、予想はつく。
それゆえに驚いている。
たぶんこれは、“身体が勝手に動いた”ってヤツ。
気が付いた時には私は翔けていたんだ。
本当にあるんだなぁ。こういうの。
苦笑する。
ああ。
結局、こうか。こうなるのか。
なんつーか。
こういうことなんだよね。
どれだけ地べたに押し込まれたって、結局こういう心を消去することができない。
ガキなんだ。つまりは。
それでもやっぱり、恐怖の味を忘れることはできない。
こうやって本能のままに動いて、そうしてどうなる?
私になにができる?
勝算はどれ程ある?
「はたて、さん?」
早苗がかけてきたのは心配の声。
そうしてようやく自分の身体が震えていたことを知る。
心臓の音が驚くくらい大きい。
妙に見えるものが眩しく感じる。未だに目に涙が溜まっているからか。
鈴仙の姿が妖気でゆらりと揺れた気がした。
全ての動きがゆっくりに見えて。
良いのか。
また飛んでいいのか、私は。
こんな面倒な生き物なのに。
落っこちてばかりなのに。
でも、
そんな私だからこそできることが、もし本当にあるというのなら。
私は。
「はたてさん!!」
声が響いた。
一瞬で煙を散らすような、そんな声が。
そうして煙の消えた心に見えたものは眩しい光。
そう。
まるで写真機のフラッシュのような。
良いのか。
こんな私なんかがもう一度飛んでも。
早苗の顔を見た。
驚いた。
なんと早苗は、こちらを見て笑っているんだ。
さっきまでの心配の表情はどこにも見当たらない。
もう既に確信しているんだろう。
私が再び飛ぶことを。
ムカつくヤツ。
あぁもう。
分かったわよ。
驚愕するウサギの顔を真正面から見据えて、
そして、
「このくらいのスピードも出せないようじゃ、文には勝てないから」
私は宣戦した。
身体を捻ったウサギが勢いを付けて左手にエネルギーを込めて零距離から弾丸を撃ち、それを視認して私はケータイデンワのスイッチを叩いてフラッシュを放ち攻撃を無効として。
後に残るのは無音だけ。
額に汗を浮かべながら鈴仙は困ったような表情で薄く笑った。
「鈴仙。私、また飛んでみるよ。そして、真実を撮ってくる」
その苦笑めいた表情に声をかける。
ウサギの眼に憎悪の色は無い。
私を見て、そしてちらりと月に目を向け、口を開く。
「私はその強がりは感心しないわ。私たちは誰もが強くある必要なんてないのよ? もっと静かに生きれば良いじゃない。今のその判断を、きっとまたあんたは後悔する時が来る。これまでのことを考えなさいよ。ね?」
「分かってる。でもさ」
「なに?」
「過去とか未来とかよりも、私は今のこの気持ちを大切にしたい。今のこの勢いを諦めたら、きっともう私は空に出れない気がする」
「……あんたさぁ、下手をしたら明日の今頃には死んでるよ?」
「それでも良いよ」
鈴仙が左手を振りかぶる。
怒りの感情だけを込めたあまりにも不細工なテレフォンパンチ。
それを私は額で受け止めた。
「今を最高値で生きていけるんなら、それで良いよ」
私の言葉を受け、視線をぶつけ合うこと約十秒。
唐突に鈴仙の手から妖気が抜けた。
手を離し一足一刀の間を置く。
「……私じゃあんた達ふたりを止めるのは無理だからね。もっと大きな壁にぶつかるのを待つことにする」
頭をポリポリと掻くと姿に闘気は感じられなかった。
少しだけ拍子抜け。
既にその眼には諦めと、そして優しさに似た色が浮かんでいて。
「なるほどね。こいしちゃんとか早苗があんたに感化される理由が分かった気がするわ」
「え?」
「断言する。あんたはどうせまたグダグダ悩むわ。明日も昨日もどうでもいいなんて言うけれど、きっとまた後ろ向きになったり将来を思い悩んだりする」
「あ?」
「でも、今この時点でのあんたの意志は本物よ。悔しいけれど、私もちょっとカッコいいって思ってしまった。合理的な行動をしない者の意味不明なカッコ良さってやつかしら」
「ウチにはそういうタイプはいないから」と言って鈴仙は笑みを作る。
なんか私、メチャクチャ馬鹿にされてる?
って、しょうがないか。
自分でも馬鹿なことをやろうとしてるってのは分かってるよ。
でもさ。
利口に生きようとしたら、私はまたウンウン悩むだけで飛べなくなっちゃう。
私が学んだことはソレ。
だから私は命の温存なんてしない。今の閃きのままに動く。
一瞬の光を全てとするんだ。
そして鈴仙の顔を見る。
もう、ここには用は無いから。
「こいしは私たちで預かるわ。寝かせておけば治るんでしょ?」
「……点滴があった方が健康的だとは思うけれど」
「それは認める。でも、アンタたちの元に置くのは穏やかじゃない」
「はいはい分かったわよ。好きにしなさい」
「好きにするわ。早苗、お願いできるかな」
さぁ、行こうか。
「え。普通重いものを運ぶのって妖怪の仕事じゃありません?」
……。
おいコラ早苗。
鈴仙が笑いを必死で堪えてるんだけど。
どうするんだこの空気。
ったくもう。
しょうがないわね。
ケータイデンワの借りもあるわけだし?
ここは早苗の要望に応えてあげるわ。
私ってばマジ良いヤツ。
「ふふっ」
ねぇちょっと早苗さん、ドヤ顔で微笑むのやめてくれませんかね。髪の毛引っ張りますよ?
まぁ今は優先すべき行動があるから見逃してあげるけどさぁ。
ベッドから、こいしの身体を持ち上げる。
驚く程軽くて、思わず鼻の奥の方が熱くなったけれど我慢する。
こいしが目覚めた時、いったいどんな表情をするだろう。
悔しいけれどそこにハッピーエンドは存在しないと思う。
こいしのケア、ちゃんとしてあげないとな。
今は。
こいしのようなヤツをこれ以上生み出さないよう、この世に一石を投じるしかない。
どんなに小さくても、なんらかのアクションを。
心からそう思った。
文がこんな私の考えを知ったらまたきっと見下したように笑ってくるんだろうな。
もしその笑顔を驚愕の色で染めることができたなら。
心の中を一陣の風が力強く駆け抜けた。
文。
私はアンタのスポイラーだ。
アンタがどんな気持ちでいるのかは気になるけど。
いや、その気持ちが気になるからこそ、
そう。だからこそ私はアンタに勝負を挑むんだ。
その果てに見えたものこそきっと――
「まぁせいぜい死なないようにね。グッドラック」
鈴仙が爽やかに笑った。
――ま、とにかくぶっ飛んでみせるからさ。
私はその穏やかな立ち姿に中指を立てた。
「それじゃ、行こうか。早苗」
― 2 ―
「実を言うとですね?」
「ん?」
「最初は私、只あなたを利用しようとしてただけなんです。神奈子様があなたを使って状況を変えようと考えておられたからこそ、私はあなたのシーツを変えていたのですよ」
朝靄のかかる守矢神社にて、今はこいしが眠っている布団を見ながら早苗は言う。
普通さぁ、そういうことって堂々と言うものじゃなくない?
「んじゃあ今はどういうお気持ちで?」
苦笑をしながら問うと柔らかな視線が返ってきた。
「守矢の風祝としてではなく一人の人間として、あなたには勝ってほしいと思います」
はいはい、ありがと。
ヒラヒラと手を振る。
「うーん、やはり浅ましいですかねぇ」なんて言って早苗は軽く背伸びをし、庭に下りた。そんなこともないと思うけどね。
少しだけこいしを見る。
ほとんどなくなりかけている火傷の跡。
一晩寝ただけで外傷がここまで治ったというのは流石。でも、きっとコイツは当分意識を取り戻せないだろう。内面の傷はいったいどれだけ深いか。今更考えるまでもない。
ギュッと右手を固く握った。
「それじゃあ行きましょうか」
「ん」
襖を閉め、朝の空気を軽く吸い、私と早苗は飛んだ。
今日は良い天気になりそうだ。
新聞が舞う背景にはやはり青空が最も映えるというもの。
ふと目を前に向けると木々には桜の蕾がちらほらと見える。
そっか。私が引きこもってる間に世は卯月に入っていたのか。
昨晩の永遠亭からの帰り道にもきっともう蕾は在ったんだろうけれど、……ま、あの時は気が付かなくて当然だよね。
真剣に考えを巡らせなければ、私たちの行おうとしてることは只の子供の駄々と変わらないものになっちゃうだけなんだから。
「私たちの目的は結界の抜け穴を秘匿としている方々を罰することではありません。というか、そんなことは無理です」
永遠亭からの帰路にて、早苗は今後の方針を語りだした。
マジョリティーに対しテロを起こす。とは簡単に言っても、何をやるかは非常に大きな問題。
たぶん私たちにチャンスは一度しかない。一度石を投げればそれ以降は身動きなんてできなくなるだろう。
「私は、今回の事件の内容を白日の下に晒す、という行動をとるべきだと思います」
「手段は新聞?」
「そうです。はたてさんの写真を郷の皆さんに見て頂くのですよ。きっと私たちふたりがやれることはそれだけでしょう。しかし真実を知った方々が多くいるというだけで秘匿を貫くということは行えなくなります。それを黙っていられるような方はこの郷には少ないですから」
妥当だと思う。着火が私たちの役目。この郷には裏でコソコソ動くことを嫌う者が多いからね。着いた火が燃え広がるのは難しいことじゃない。不徳に対してのプレッシャーとしては十分過ぎるだろう。
というか、地下の鬼達にこの事を知らせれば妖怪の山はそれだけで行動を変えざるを得なくなる筈。
そうなると問題は、
「どうやって新聞を刷るか、ね」
写真は確かに私の手にある。早苗のケータイデンワでも問題無く念写はできたから。ならば、それをいかにして皆が手に取れるようにするか。
新聞の作成には山伏天狗の管理する印刷機が必須となる。当然、組織の建物の奥にしかない代物だ。
流石に私が今新聞を発行しようとすることを止めない天狗はいないだろう。守矢の側が手を回してくれたのか、指名手配犯の扱いは私が引きこもっている内になくなっていたようだけど、だからと言って私への警戒が解かれていると考えられる筈もない。
ぶっちゃけ、無茶苦茶ハイリスク。
いっそ念写を映した状態のディスプレイを郷中に見せて回った方が良いんじゃないかと思う。
なんて。
そういうのはちょっと思い浮かべるだけのこと。
やっぱりここは、新聞で世を動かしたい。
リスクは高い。けれどやっぱり与えるインパクトが一番大きい、最も効果の高い情報媒体は天から舞い落ちるスクープ記事だろと思うから。
ジワジワと真実を広めるのではなく、一発で大勢に知らしめる。
革命にはそういうドラマティックさが無いと誰もついて来ないでしょう?
「特攻するしかない、ですかね」
「私もそう思う。早苗が囮になって私が印刷所に行って、どうにかして刷ってくる、って感じかなぁ」
大体の方針は固まってきた。
まぁつまりは前に行くってことだ。
でもそれだけじゃあ甘い気もする。
私にできること。それは。
「ねぇ早苗、神社に戻る前にちょっと寄って行きたいところがあるんだけど、いいかな」
「はたてさん。開幕ですよ」
意識を今に戻す。ったく、ゆっくり回想くらいさせろっての。
って言ったって仕方ない、ということはもちろん分かってる。
今は、今しかできないことをやる時だから。
そりゃあ、やるよ。
眼下には春の木々、上空には青い空と白い雲、前方には天狗の部隊が一つ。
静まった空気が鼓動を早める。
……話が早いというか、隙が無いというか。
山の空気が張りつめている。もしかしたら昨日私と早苗が地底に向かった時点で警戒をされてしまっていたのかもしれない。こちらとしては速攻をキメたつもりだったのでここまでの対応をされると多少なりともヘコむ。
見えない木々の下に控えている殺気に肌が粟立つ。
いったいどれだけの敵が山中に身を潜めているのか。
妖怪の山は本気で迎撃態勢をとっている。
敵の姿は目では確認できないけれど、でも事態がいきなり最悪のケースを迎えてるってことは分かる。
つっても、引くわけがないんだけどね。
「東風谷様、そして姫海棠さん。最終警告です。そこからあと1センチでもこちらに近付いたならば、我々は攻撃を開始します」
前方の部隊から進み出て来たのは椛だった。
……ふむ。ここで文は出てこないか。
「最近よく出てくるわね、椛。昇進でもしたの?」
「そんなことはありません。私はただの駒ですよ」
「そ。文はここにはいないのかしら」
「姫海棠さんはご存知かと思いますけど、あの方は腕を振るわせても頭を使わせても優秀なのです。こういうしっかりとした争いの際には無闇に前線へ出て来ることはないですよ」
「だろうね。アイツは自分の立ち位置ってやつをよく理解してる」
「それに、私はあの方にあなたの絶命を目の当たりにしてほしくない」
表情が複雑に曇る。もしかしなくてもコイツらの方も色々あったのだろう。……八坂様が直に天魔に接触をしたのだ。何も無い筈がない。組織というのは本当に大変だ。
っつーか、
「絶命、ねぇ」
思わず笑ってしまった。
それを見て椛は怒りの感情を表情に宿す。
「はっきり言いましょうか。上の書いたシナリオは、今回の混乱の根元があなたにあるとして処刑を行い騒動を収束させる、というものです。あなたはもう死ぬのです」
「へぇ」
「本気で言っているのですよ! 私たちがこれから仕掛けるのはごっこ遊びではない、本当の弾幕戦です。一斉射撃をされればそれだけであなた達は詰みます。ですから、つまりもうあなたは……」
やっぱりコイツ真面目だね。
そして、良いヤツだ。
眩しく感じるよ。
「しかし、しかし生き延びる手はまだあります。我々の仲間になって頂ければ、社会上では死んだことになりますが、実際の命は失わずに済む。ですから姫海棠さん、どうか、お願いします」
「アンタの心遣いは嬉しいけどさー」
苦しむように白狼天狗は目を閉じた。
「ここで自分の心に嘘を吐いたら、どうせ私はその瞬間に死者になっちゃうんだよ」
私は本当にゴミみたいな生き物だ。
すぐに調子に乗って、思い通りにいかなかったらすぐに全てをシャットアウトして。
でも、そんな私にできることがあるのなら。
だったら、
「ゴメン、椛」
だったら!
「――飛ぶよ」
そして私は空を駆けた。
刹那、正面に迫り来る剛剣。大上段から降り下ろされたその一閃を私は妖力を纏った右腕で受け止める。
そして、
「あなたは、愚かだ!」
泣き叫ぶように椛は吠えた。
全力で振るった右腕が剣を粉々に吹き飛ばした。
それが開戦の合図。
下方から放たれた光はまさに嵐。
数え切れないエネルギーの槍が織りなす奔流は平生の弾幕ごっことは異なる隙間なんて存在しない滅殺の為の攻撃。仮にコレが地面に向けて撃たれたのならば山の地図を書き変える必要が生じただろう。まだ私の目の前には椛もいるってのに、容赦の無いことだ。
なんて独白を続けていられるのは、まぁ私がとっくにバリアを張り終えてるからで。
そこに椛が手刀を繰り出してくる。
右手でその一撃を受け止め、その身を引き寄せると椛の顔には驚きの表情が。いや、だってさ、流石にこれだけの砲撃を浴びたらアンタ二度と剣を握れないよ?
「はたてさん!」
背後には早苗が。オーケー。
それじゃあ、耐えようか!
そして衝撃は襲い来る。
目を開けていられない程のスパーク。衝撃。そして、妖力。まるで私たちは嵐の中に叩き込まれたヨットのよう。身体が痺れる。バリアが削られていくのを肌で感じる。想像していたよりもずっと熱い。これが、ごっこじゃない本気の妖怪の山の迎撃の弾幕か。血が沸騰しそうになる。
でも、こんなのよりも比那名居天子の緋色の砲撃の方が余程勢いがあった。
こんなのよりも霊烏路空の太陽の一撃の方が余程圧力があった!
撮影にまみれていたあの日々に出会った攻撃に比べればこのくらいは!
「余裕なんだっつうのお!」
バリアが音を立てて削られる。けれど、退かない!
奔流はまだまだ止まないけれどそれがどうした!
「姫海棠さん、あなたはもう終わりなんですよ」
轟音が鳴り響く中、密着状態の椛が静かに口を開く。
「我々はあなた達の作戦を既に把握しているのです。こうしてバカ正直に正面突破を試みようとしているおふたりは只の囮で、実はにとりを印刷所に潜り込ませるつもりなのでしょう? 光学迷彩を使えば難しいことではありませんものね」
そして奔流は過ぎ去った。
額の汗を拭い取り目を下方に向けると、そこには数え切れない数の天狗達が第二射の構えをとっていて。
「携帯電話の画像データを保管できる機器……メモリーカード、と言うのでしたっけ? まぁとにかくソレを操作できる機材がにとりの家にあるとは私も知りませんでした。もし昨晩あなたがもっと慎重に行動をしていれば、我々は見事にしてやられていたでしょう。ただ残念ながら私の千里眼は、当たり前に山中を飛んでいる者を捕捉できない程のナマクラじゃない」
いつでも砲撃を開始できる姿勢のままで天狗達は散開し、そして包囲陣形へ。
早苗を見る。焦りの表情。
でも、ここで下手に動いたら。
「結果だけを言いましょう。あなたが昨晩にとりに渡した画像データは既に我々が回収しました。そしてにとりも、今は我々が身柄を預かっています」
動きは目を見張る程に迅速。先ほどまで眼下に固まっていた天狗達は今では空のあちらこちらにてこちらを睨んでいる。
逃げ場なんてどこにも無い。
「もう一度言いましょう。あなたはもう終わりなんです、姫海棠さん。……無駄な抵抗はせずに、潔く捕まって下さい」
逃げる気なんて、毛頭無い!
「――奇跡「白昼の客星」!」
その気持ちは早苗も同じ。
滑るような動きで発生した客星が凄まじい光量で以って周囲を薙ぎ払う。
「スペルカード!? この状況で、なんのつもりですか東風谷様!」
「私たちの目的はあなた方を傷つけることではないのですから、不自然ではないでしょう?」
「何を甘いことを……!」
でもさぁ椛、実戦でもスペカって結構使えるんだよ? 普段から使い慣れてることで発生させるまでの時間が下手にガチバトル用の攻撃を放つよりも短いからさ。
つまり、
こうして隙を作るには最適なわけで!
「行くよ!」
「はい!」
「あッ!」
そして私たちは突撃をする。
突っ込むは前方の一団。おそらくはこの大量の天狗衆の中でも一番の手練れ達の集まり。新聞で見たことのある顔も見受けられる。でも止まらない。ただ駆ける。
背後から椛の叫び声が聞こえた気がしたけど、悪いね。
もうそんなことを気にしてる余裕なんて無いんだ。
スタートダッシュは盛大に!
刹那、こちらに向かって強大な嵐が音速で放たれる。バリアを張り続けていなければ今ので落とされていた。と考えた瞬間にレーザーが視界を埋め尽くす。引き続きバリアにて防御をするも前進の速度は徐々に落ちて、――マズイ、動きを押さえられたら負けだ。いや違うネガティブになるな、ここが根性を出すところ、こんなところで立ち止まっていられるか。レーザーを弾きながら力任せに飛翔。背後から早苗が弾幕を放ち牽制を行う。少しだけ勢いを弱らせたその瞬間は逃さない。更に前へ飛び込み、そして私も攻勢に出る。幾らかは落とせたのか。放たれるレーザーの本数が先ほどより明らかに少ない。これなら避けられるだろう。上方と左方から色とりどりの段幕を浴びせられたのはその時だった。私はギリギリで回避をするも早苗が首元に被弾し悲鳴が上がる。なおも襲い来る弾の壁。早苗の元に寄ってバリアを展開するしかない。早苗の装束が赤色に染まっていく。しかし目に力は残っていて、勢いを付加して全方向に星形の術法をまき散らす。けれど、全方位から放たれ続ける攻撃があっという間に星を穴だらけにして。引き続き降り続ける暴力の雨。いよいよ私はバリアの維持に苦しさを感じ始め、
少しずつ頭の中が真っ白になっていく。
まさか。
え。
まさか、こんなところで?
僅かながらも聞こえてしまった絶望の足音。
いや、そんなわけが無い。私は飛ぶって決めたんだから。
そう。決めたんだ。
ならば、諦めるな。
死んでも良いから本気で生きろ。
こんなところで膝を屈するわけがないんだ。
「早苗、大丈夫!?」
「ッ、すみません。少し、マズイものを頂いてしまいました。霊力集中が、普段の、半分もできそうにありませ、ん」
「オーケー。なら無理をせず自分の身を守ることだけを考えてて。ここは私が片付ける」
「え、そ、そんな! あなたがここで力尽きてしまえば、もう私たちの、できることは無くなってしまいます!」
「このジリ貧の状態が続いても同じでしょ。だったら、私は行くよ!」
「はたてさん!」
要塞に真正面から突っ込んでダメージを負わない、なんて流石に夢想が過ぎたか。
でも、このくらいがなんだ。
確かにここで私が霊力を消費するのは当初の作戦から大きく外れること。
それがどうしたっていうのよ。
こんなところで終わってしまうくらいなら腕の一本くらい差し出したって良い。命が欠けたって良い。
そう考えている間にも攻撃は続けられる。天から振り下ろされた強大な竜巻の一撃。普段の弾幕ごっこじゃ絶対に使われないような強大な範囲と容赦のないスピードの暴力。避けられるものじゃない。バリアで耐え忍ぶしかない。それも、そろそろ厳しい。こいしや早苗に比べれば私が持ってる妖力なんてほんの少ししかないのだから、こうしてジリジリと守勢に回っているだけでは絶対に勝てない。動かなければ至るのは死だ。竜巻を耐えきるも、再びバリアが光線を浴びる。このままじゃ。
はっきり言おう。この展開は凄まじく苦しい。新聞紙をばら撒ける可能性はたぶん10%も無いくらい。作戦はもうズタボロだ。
負け戦という単語が脳裏に浮かぶ。
でも、負けるとしても私は、全力で生きて負けたい。
つまりここで逃げるなんて選択肢は無い。
今の私なら蝋で固めた鳥の羽で飛んだ誰かさんを笑わないよ。
だってソイツ、バカと思われたり教材にされたり色々と意図せぬことになっちゃってるけどさ。
それだけ名を残したってことでしょ。
私もそうなりたいんだ。
全力で生きて、その結果早死にしたって、それを誰かに覚えてもらえていたらきっとスゴくハッピーだ。
そんな私っていうバカのことを覚えてくれるヤツが巡り巡ってこの事件の真相に興味を持ってくれたりしないかな、なんて、それは流石に妄想が過ぎるか。
けど、そのためにはもっとこんなところで立ち止まっちゃダメだ。
もっと遠くまで行かなければ。飛ばなければいけないんだ。
息を一度、鋭く吐く。
さぁ、そろそろ敵の弾幕に勢いが無くなってきた。
グダグダ思考をするのはやめよう。
飛び出す覚悟はとっくに出来ているんだから。
熱で叩いて水で冷やした日本刀の如き鋭利な集中。
数は多いが手を出せない程ではない。
足に力を入れる。
風を握るようなこの感覚。
その時、弾幕の圧力が急激に弱まった。
今だ!
光を力任せに突破し風を纏って駆け抜け、そして見据えた先には
「死になさい、はたて」
文がこちらを見下し、
そしておぞましいまでの妖気の込もった扇を振り下ろして、
――あ。
これは。
完全に虚を突かれた私へ向けて、風の刃が放たれた。
世界がやけにスローに動く。
知覚加速。
走馬燈が代表とされる、極限状態で脳の働きだけが狂ったように速くなるという現象。
ただ残念なことに、いくら状況を把握できたって身体は動かせなくて。
身体は、動かせなくて、
だから、
ここで、
こんなところで、
私は、
もう、
「サブタレイニアンローズ」
数多の薔薇が空間を占拠した。
衝突した風の刃が膨大な衝撃波を放ちながら吹き飛ぶ。
「え?」
何が起きたのか、誰にも理解ができていない。
でも彼女は確かにそこにいた。
「こい、し?」
見間違える筈もない。
青空の下、舞い散る薔薇の中心に佇むのは、規格外の力を持ったサトリ妖怪、
古明地こいし。
「あ、あんた、なんで……!?」
ここにいる筈が無い。コイツは外傷こそ回復してきてたけれど未だ意識の無い状態であることには変わりなく――、
そう考えて、唐突に気付く。
閉じられた第三の瞳。
希薄な存在感。
“無意識を操る程度の能力”
まさか、意識が無いまま、ここに来たのか。
そんなことまでできるのかコイツは!
いつのまにかこいしは私のすぐ横にいた。少しも動きを認識できない。
左手に持っているのはスペルカードだ。私が不殺を促したからだろうか。平生のコイツなら容赦なく暴虐に走る筈なのに。
純度の高い姿勢。
表情はいつもの笑顔。
けれど纏う雰囲気には隠しようもない寂しさが含まれていて、
「なんでここにいるかって? もう、はーたんは分かってないなぁ」
そして当たり前のようにいつもどおりの声で言葉を紡いだ。
「私ははーたんの友達なんだから。ピンチに駆けつけるのは当然でしょう」
当然でしょう、じゃないでしょう。
あんたズタボロになって寝てたじゃん。
そんな意識不明の身体を動かしてまで来るなんて、全然当然じゃないよ。
「……はーたんは泣き虫だなぁ」
うっさいバカ。撫でんな。バカ。
「こいしさん、大丈夫なんですか?」
「まぁまぁってところかなぁ。全力全快ってわけじゃあないけれど、ここにいる天狗さん達を飛べないようにするくらいなら十分だと思うよ」
滑るようにして早苗が話しかけてきた。
唐突なこいしの登場に天狗達は動きを止めざるをえない。その間に傷はどうにか処置したのだろう。意外と抜け目が無い。
静寂が満ちる。鋭くなった空気。緊張。
天狗達も腹が決まったか。
「そうそう、こいしちゃんから天狗の皆さんへアドバイスです。本気の弾幕はやめて、スペルカードルールに準じた弾幕を張るべきだと思うよ? じゃないとさ、」
こいしは軽い調子で口を開き、
「私、皆さんを無意識に虐殺しちゃうからね?」
強大なプレッシャーを周囲に放出した。
山の木々が音を立てて揺れ、震える。
直接浴びていない私ですら吐きそうになる程の強烈な妖力。
それを目の当たりにして蛮行を仕掛けようとする者はいない。カードを持つ者は皆一様に懐に手を伸ばした。……地霊殿の妹君を殺すことは元々避けたいと考える彼らだ。そうするのが妥当だろう。
「はたてさん。どうやらここは上手くいきそうです」
早苗が周りを見渡しながら言う。
状況を完全に理解してないだろうこいしは不思議そうな顔をしているが、空気を読んで、そして頷いて。
「乱戦になればまた事故的な被弾が生じる可能性もあります。はたてさん。行くのなら、今です」
「分かった。後は頼んだよ」
そして私は山の奥を見据える。
こいしという完全なイレギュラーが作り出してくれたこの状況は、まさに私と早苗が渇望していたものだ。
このチャンスを逃す筈が無い。
「ありがとう、こいし」
背を向けて呟いた言葉に対し、こいしがどんなリアクションをするかは気にならなかった。
「よろしくお願いします、はたてさん」
「頑張ってね、はーたん」
背中が二つの手で軽く叩かれた。
それを合図に、私は全力でスタートダッシュを切った。
目指す場所は印刷所。
ここに部隊を集中させている今なら!
と、鋭い風を感じて空気を蹴り右方へと転がりこむ。一瞬前まで私の身が在った空間を文の右脚が切り裂いた。
意表を突いての飛翔に対しここまでの反応をするか。
しかし、私がコイツを抜けたというのは事実。
遮る障害はもう無い!
「文!!」
叫んだ私を文は業火を宿した目で睨み、
「はたては私が止めます! フォローにどこか手の空いた部隊を一つ! あとは、東風谷様とこいしさんの捕縛に!」
指示報告を鋭く飛ばしながら同時に疾風を放ってくる、けど、スピードに乗った私ならそんなものには簡単に当たらないよ。
嘗めるな!
「行くわよ!」
はっきり言えば、文の速度なら確実に私は追いつかれる。
けれど、それには多少なりとも時間がかかる。
具体的には、印刷所に入る直前。そこは早苗とこいしの姿が見えなくなった所。
振り向くと見えたのは編隊を蹂躙する薔薇と星の弾幕。
ふたりとも、ありがとう。
行ってくるよ。
そして、勝ってくるから。
弾幕が煌めき続ける戦場を背後に、風を蹴って一気に飛翔をした文の姿が見えた。
飛翔に更に力を込める。
いざ、決戦へ。
嵐を纏い、ただ前へ。
さぁ、飛ぼうか! 文!
― 1 ―
豪風が山を削る。
背後から放たれる風刃を回避し身体を捻った私の隙を見逃す文じゃない。
即座に無理矢理にスピードを上げ横に付き掌を突き刺してくる。身を翻しソレを避けて弾幕を放つとそれらは全てバリアに阻まれて私はその隙に前方へブーストをかけて飛ぶが文も同時に風を蹴って追随。文の足を狙って風を撃つ。カスっただけで動きは止められない。むしろ私の攻撃の隙を突いて飛翔速度を更に大きなものとして。
目の前には山の中枢。
印刷所への入り口はもう目の前。
調子が自分の思っていた以上に良い。
もしかしたらこのまま振り切ることも可能かもしれない。
「よそ見をしたのがあなたの敗因よ!」
腰から血が噴き出した。
いつのまに斬られた? 目を離した今の一瞬で? クソッ。
続けて風の刃が後方から撃たれ続ける。進路を下方にとって回避。
そんな私の頭上を文は駆け抜けていき、
「私の勝ちね」
言って、私と印刷所への入り口の丁度真ん中の位置でこちらを睨んだ。
急ブレーキ。
先ほどまでのデッドチェイスの勢いは唐突にゼロに。
ソニックブームが発生し、私と文の髪を同時に散らした。
桜の蕾が震える。
ま、逃げても追いつかれることは分かってたよ。
それでこそ文だ。
「結局、追ってきたのはアンタだけなの」
「あなたよりもあちらのおふたりの方が私たちにとって重要だから。あなたは殺せば済むけれど、あちらは丁重に扱わなければいけない」
互いに、少しずつ息が整っていく。
「私はあなたを過小評価も過大評価もしない。ここで私の手で落とす」
「……前よりもやけに真剣な態度じゃない。私を過大に評価してるんじゃ?」
「油断させようったってそうはいかないわ。八坂神奈子や聖白連の弾幕を写真に収めたあなたのポテンシャルは高い。前回はブレていたようだけれど、今日は本調子が出ているようだと判断した。そして今は状況が状況。出し惜しみはしない」
見抜かれている。以前と同様の嘗めた姿勢であればコイツを倒すのも難しくなかったのだが。
そんなに甘いわけが無い。
そして私の力を真剣に鑑みた上で自分ひとりで対処すると言うのだ。
私に背中を見せるだけであった文が正面から私に仕掛けてくる。
腰からの出血なんて気にならない。身体が熱い。思わず大声を出しそうになる。
ずっとずっと追い続けてきた。
そして今。
「ねぇ文」
「なに」
「私のことをどう思う?」
「バカなガキ」
視線は互いに少しも逸らさない。
「ただ、そこまでバカだと羨ましいと思ってしまえるわね」
少しだけ文の声の温度が下がった。
マグマの表面を風が撫でたような。
そんな、その程度の。
「楽しいでしょ。生きるのが」
「今はね。昨日までは最悪だったケド」
「開き直れるってのは幸せなことよ」
「……椛から聞いた。アンタも、元々はこんな隠匿には反対だったんでしょ」
顔にかかった髪を小さく払って、
「アンタはどうして我慢するのよ。それでも射命丸文?」
「そうよ。というか、どうしてあなたは私の全部を分かってるように喋るのかしら。気持ち悪い」
「いやまぁ」
「私はあなたのように社会から逸脱した生き方なんてしないわ。天狗としての立場があった上で新聞記者をやっている。責任も自由も持つ。それが私」
「ふぅん」
妖気が高まっていき、
「だから私はあなたを許さない。私たちが心血を注いで作った仕組みを一時の感情だけで壊そうとするなんて、絶対に許さない」
「そう。羨ましいんじゃなかったの?」
「ガキにはオトナの気持ちは分からないものよ」
「分かりたくないし」
「でしょうね」
鼓動はもう限界かってくらいに速くなって、
「てか普通さぁ、女の子が殺し合いとかしなくない?」
「その考えには賛同するけれど、でもそれが私たちの選んだ生き方でしょう? ぶつかるというのなら、私は容赦をしないわ」
「そうだね。うん。そうだ」
吹く風は強くなって、
「さてはたて。そろそろ辞世の句は纏まったかしら」
「んー? 考えてなかったなぁ」
「そう。せっかく時間を作ってあげてたのに、残念」
「あ。今思い付いた」
「あら、どんなの?」
そして、
「愛してるわ、文」
文は扇を振り下ろした。
あの日に見た鮮やかで楽しげな写真が私の始まりだった。
私もあんな写真を撮りたいって。あんな光景を切り取りたいって。
アンタみたいになりたいって。
私は心からそう思ったんだ。
ねぇ、文。
私はアンタに憧れてたんだよ。
でも、バイバイ。
私、行くから。
そして私は飛び出した。
― 0 ―
向かい風。疾走する斬撃。圧倒的な殺傷力。それらを紙一重で避けてただただ最高速で駆け上がる!
驚愕の表情を一瞬で消して迎撃の右拳を放つ文。
スピードを落とす筈が無い!
「ッ!」
右拳に合わせて放った左拳が文を後方に吹き飛ばす。指が割れそうだ。だからなんだ。追随。続けて弾幕を展開する文に対して私は前進を止めない。隙間なんて無い。ならばバリアを張って突っ込むだけ。妖気が削られていくけれどこのくらいで減速なんてするか。弾幕を抜けて文の身体にそのまま、突撃!
「チィッ!」
私の全速を乗せた体当たりを受けた文が雲の方へと吹き飛んでいく。
いや違う。私の突撃の衝撃を利用して距離を取ったのか。上手く動きやがる。
けど、現状では私が押してる。
守りに入っているのは文でダメージを与えているのが私。
いける!
「逃がさない!」
この勢いなら!
距離を取った文に対し弾幕を放つ。放ちながらなおも前進。態勢を立て直す余裕を生む程ノロい戦闘なんて私たちには似合わない。
「そうでしょ、文!」
更に弾幕を放つ。距離を縮めて撃ったソレは文といえども逃げ切れない。逃がさない! 飲み込まれろ! 容赦はせず更に更に弾幕を展開する。無数の鎌鼬を文の飛ぶ方向に放つ。これだけの量を距離の調節をしながら相殺なんてできやしない。私の前進の勢いに対しリスクを恐れた、その冷静な判断力が仇になったんだ!
私の本気の弾幕を、食らえッ!
刹那、前方でフラッシュが瞬いた。
展開されていた弾幕はポッカリと消失して、
その奥には写真機を持った文が
「くッ!?」
左腕に衝撃。放たれたハイキックを反射でガード。一瞬動きを見失った。こちらに迫った速度を認識できなかった。
今のはラッキーだ。次に隙を見せたらその時は落とされる。
続けて繰り出される回し蹴りが一発、二発、三発、四発。ガードを続けてもこのままじゃ腕の骨が保たない。後ろに飛んで距離を作らないと、って、そう考えると思ってるんでしょ文は。甘いよ。そこで敢えて突っ込むッ。蹴りを放とうとするその一瞬に一発の弾幕を放つ。当然回避されるけれど、そうして姿勢は崩れて、私が拳を叩き込めるだけの隙が生じて、その瞬間に文は鎌鼬を起こし私の両足を切り裂く。飛び散った血。それがどうした。全力でアッパーカットを放つ。しかし身体を捻られ避けられて、その勢いを利用した回し蹴りが私の腹部に直撃した。
吹き飛ばされる。
矢のように風景が飛んでいき背中に硬い衝撃。
見れば私は印刷所のすぐそばの建物に衝突していた。確かここは天狗の組織の休憩施設?
「――う、わ」
空を見上げると、そこには膨大な風を扇に圧縮させ、こちらを見下す文の姿が。
組織の施設があっても手加減はしないつもりか。
これだけの力は、マズイ!
「はたて! あなたはこれをどう捌く!」
バリアを張ることに全集中力を注ぐ。
そして振り下ろされた扇。
発生したのは超弩級の竜巻。
――吸い寄せられる!
「こ、の、おぉおおおお!!」
振り下ろされる幾多の鋭い風がバリアを削り取っていく。
終わりの見えない螺旋の暴力。
山の木々も組織の建物も食われていく。圧倒的な破壊は少しも速度を緩めず周囲を蹂躙し続ける。
こんなの無茶苦茶だ。
でも、
「突っ込む!!」
「は!?」
最高強度でバリアを張り竜巻を突き抜けて文の身体へラリアットをブチかます。
意表を突かれた文はそれを中途半端なガードで対処するしかなくて。
「ここ!」
全方位に弾幕を展開!
その瞬間に文はフラッシュを放って、そして私の頭に踵を落とした。
山肌に激突する。
クソッ。上手く切り替えすなぁ。
「焦ったわ。まさかそこまで頭の悪い戦法で来るなんて思わなかった」
竜巻が消失して文の声が降った。
頭部が熱い。触ると手にはベッタリと血が。割れちゃったか。でも、意識はまだハッキリとしている。戦える。
「それで、次はどうする?」
目を疑った。
空を見上げると、そこには膨大な風を扇に圧縮させ、こちらを見下す文の姿が。
今の竜巻をもう一撃? この短いスパンであれだけのエネルギーを連撃だなんて、嘘でしょう!?
そして振り下ろされる扇。巻き起こる破壊の竜。全てを攫っていく風の洪水。視界の全てが絶望に喰い潰されていく。
必死でバリアを張ることにだけ注力する。
けど、これは!
「出し惜しみはしないと私は言ったわよねぇ!」
瞬間、竜巻は爆発的に圧力を増した。
バリアにヒビが入る音が聞こえた気がした。
「ヤバ――!?」
そして轟風が全てを吹き飛ばした。
木が根ごと空に吸い込まれていく。
建物のガラス窓が片っ端から割れていく。
私は紙屑のように天に投げ出された。
全身が熱い。そこかしこから血が出ている。骨も変な軋み方をしている。
意識が食い千切られそうだ。
でも、まだ!
そこに叩き込まれる幾百の弾。壁を成して迫り来るエネルギーを身体中に掠らせながらもどうにか捌ききって前を向けば文が正面から蹴りを繰り出し高下駄が私の腹に食い込んだ。
肋骨が派手な音を立てて砕けた。
勢いよく吹っ飛ばされる。
「……?」
そして文は怪訝な表情を見せる。
……ねぇ、ちょっと。
コイツ、
まさか、
「はたて、さっきからどうしてあなたは写真機を使わないの?」
もう気付いたっていうの!? 早すぎるでしょう!
コイツは、本当に!
「まさ、か」
考える時間をそう易々と与えるか!
文に向けて高速弾を五十発、完全に同じタイミングで狙い撃つ。
しかし文は瞬時に写真機を閃めかせ攻撃を打ち消し、そして流れるように弾幕を放ってくる。
ほとんど壁のようなソレに薄く存在した隙間へ瞬時に飛び込んでどうにかやり過ごすと正面から風の刃が強襲し身を捻るも斬撃は肩に赤を散らして。
「まさか、あなたは写真機を持っていない? ならば今持っているのは早苗さんか!」
気付かれたか!
振り返り後方の戦場を睨む文。
瞬時にそこまで考えが至ったのは流石だけれど、だからといって私から目を離すのはどうかと思うけどねぇ!
「ッ! くっ、小賢しいことを」
風を纏った跳び蹴りを瞬時にガードするも受け流し損ねる文。距離を取りこちらを睨む。今のダメージは軽いものではない筈。
私を無視することなんてできない筈。
だから、そう簡単にあっちを向くなよ!
「なるほど。にとりを隠密に動かす以外の策も一応は立ててきてた訳だ。少しは評価を上げてもいいわ」
けど、その顔には余裕の色が当然のように在って。
「ふむ、他にもなんらかの作戦を立てている可能性もある。私もすぐにあちらの対応に向かった方が良さそうね。だからはたて、終わりにさせてもらう」
そして扇には三度目の、圧縮された乱気流の塊が。
全身から汗が噴き出した。
頭がおかしいとしか思えない。
あの竜巻を三度って、なんのインターバルも無しにやろうとすることか?
でもこのプレッシャーは疑うまでもリアルのもの。
容赦が無いにも程ってものがあるでしょう。
これだけの無茶な妖力の使い方はいくら文でもキツい筈だ。
それでもその姿には覇気が満ちていて。
ここまでやるか。
いや、けどこれは決して狂気の沙汰ではない。短期決戦を目指すのならば、ここで押し切るのがベスト。
コイツが考えていることはまさしく私たちの作戦の内容だ。早苗を囮にして私が写真機を持って印刷所に突っ込む、と見せかけて実際はその私が囮で、写真機を持っているのが早苗。
そう、
「さようなら、はたて!」
そう考えさせるのが私たちの作戦なんだ。
轟音を振りまきながら竜巻は発生する。
私はスカートのポケットから早苗のケータイデンワを取り出し、竜巻に向けてスイッチを押す。
閃く光。
消える風。
「え?」
驚きの表情を見せるだけの文に、私は全速力で突っ込んで、そして全力の拳を腹に叩き込んだ。
「ガ、あ!?」
骨が砕け、内蔵が潰れた感触が指に残る。
血を吐き出し、体をくの字に曲げる文。
それでも空から落下しないのは流石と言ったところか。
普通の妖怪ならショック死を免れられないような、完璧に油断を突いた容赦の一欠片も無いストレートブロウ。
けど文がこのくらいで死ぬわけがない。
そんなことは私が一番知っている。
誰よりもアンタの力を知ってる私だから。
「どのくらいの力を込めれば殺さずに戦闘不能にできるか」といったことだって分かってるんだ。
「文、アンタの負けよ」
この一撃を喰らって立ち上がることはできない。
確信がある。
文はガードが固い。しかし耐久力が高いわけじゃない。
一瞬の隙さえモノにできれば、それだけで。
「アンタは視野を広く取りすぎた。私以外に意識を遣ってしまった。そうせざるを得ない立場だった」
脂汗を顔中に垂らしながら文は見上げ、睨みつけてくる。
「一方の私は、テロだなんだって言ったって結局は目の前のアンタしか見ていなかった。これが、その結果だよ」
ずっとずっとアンタを見てきたんだ。
アンタのやり方、アンタのスピード、アンタの技。目を閉じたって瞼の裏に浮かんでくるそれら。
けどアンタはそんな目で私を見てなかった。多々あるハプニングの中の一つとしか私を捉えていなかったでしょう?
だからだよ。
しっかりとピントを合わせることができたゆえに私が勝ったんだ。
気紛れに振り返り、そして見下すだけじゃ量り違えるのも当然。
アンタは確かに一介の鴉天狗としてはイレギュラーな程の力を持っている。ただ引きこもってばかりいた私とは持っているモノがまるで違う。
けどそんなの、想いを力と成すことで越えられるんだよ。
ジワリと視界が滲んだ。
文に勝てたという事実がようやく浸透していく中で、襟元を文に掴まれた。
――は?
「嘗めるなよ」
そして思いっきり顔を殴られ、吹き飛ばされる。
な、え?
血の味。血の臭い。痛い。
この、威力、
コイツ、動、え?
ウソでしょう?。
さっきの一撃をまともに受けて、なんで動けるの?
「あなたを止めることが、私の成すべきことだから」
口元の血を拭いこちらを真正面から睨む文。
意識を保つだけでもやっとの筈だ。
なのに、その眼光はむしろ鋭さを増していて。
「……私にも、何も考えずにただ出来事を新聞にしてバラ撒けば良いと考えていた頃があったわ」
その鋭い目をフッと空に向ける。
意識を私から外したわけではないだろう。迂闊に飛びかかれば打ち落とされる。
けど、それでも、何か遠くのものを見ているようで。
「あなたの“姫海棠”と同じく、私の“射命丸”も天魔様から授かった号なんだけど、私はずっと疑問だったのよね。どうして“命を写す”ではなく“命を射る”と書いてシャメイマルと呼ぶのか。どう考えたって前者の方が自然でしょう。でもカッコいいことはカッコいいし、私はこれといって質問もしなかった」
不意に苦笑を浮かべる。過去を懐かしむような苦笑だ。そんな顔で。唐突に語り始めた。
それでも隙は見つけられない。
むしろ気力が充満していっているように感じられる。
油断なんてできる筈がない。
文は少しだけ私から距離を取った。
「それを気にするようになったのは四年前に閻魔様から受けた説教が原因。新聞は新たな事件を発生させる、なんて言われてね。確かに、この小さな郷においての新聞が持つ力は大きい」
コイツが他者の言うことを素直に聞くとは考えにくいけど、
まぁ、それだけ元々その方向で思うところがあったということか。
「そういったマス・メディアの及ぼす大きな効果を捉えた考え方を“弾丸理論”と言うのよ。ま、私も調べてみて初めて知った言葉なんだけどさ」
弾丸。
「マス・メディアから放たれるメッセージとはまるで弾丸が受け手の射るようなもの、なんだって」
聞いたことの無い考え方だ。
きっと外の世界で提唱されてる理論なんだろう。
「私が本気を出せば手に入れられない情報は無い。けど、そうして手に入れたものをどう扱うか考えなければ、私はただ誰かの命を射るだけの者になる」
尚も文は身を引く。
「だからさ。私は、基本的にはこの郷のアホ達の些細な出来事くらいのニュースが一番安心できて好き。それに時折アクセントとしてスクープを入れるくらいで十分なのよ」
元々知ってはいたけど、コイツ、やっぱりマジメなヤツだ。
バカげた記事しか書かないと思ったら、そういう考えを持っていたが故に、ということだったのか。
……でも、文。それって結局、
「逃げてるだけじゃないの?」
笑みが消える。
けれど視線を空に向ける姿勢は変わらずに、
「かもしれないわね」
文はポツリと答えた。
「でもはたて。戦うことが全てじゃない。日常を続けることだって大事なことよ」
「私は、風を起こしてこそ鴉天狗だと思うわ」
「価値観が古いわね。もしくはフィクションに触れ過ぎ。今は社会の中で風量を調節する時代よ」
「ならなんであの写真を撮ったのよ! ……って、あぁ、アンタはあの写真も椛に撮らせて自分は逃げたんだっけ? てっきり私は、アンタが実は真実を皆に知らしめようとしたのだと思ってたけど」
「……そうね。正直に言うと、あの時はそう考えていた。陰でコソコソやるのは面白くなかったから」
そして文は私の目を見た。
「でもその考えは捨てたわ。ヒロイズムよりも大切なものを私は見てきた」
「ヒロイズムって、アンタねぇ。マスコミが大衆に不徳を行うことはヤバいでしょう」
「マスコミが大衆に不徳を行う、ね。それは、不幸を呼び込む情報を与える、という行為にも言えることよ。逆にそういった情報を流さないようにするのも私たちの責務」
「アンタは神様でもやってるつもり?」
「そんなわけないでしょ。私はただ、暢気なこの郷が好きなだけ」
ゆっくりと構えられる扇。
太陽の光が反射した写真機。
風の音。
「……不思議なものね。私はアンタを追って飛んでたはずが、いつの間にかアンタと正反対のところにいる」
「不思議でもなんでもないわ。私も若い頃はあなたの位置にいた。そこから色々なことを得て今に至る。それだけ」
「ならば私が勝てば、アンタの得てきたモノは間違いだったと証明できるわけだ」
「そんな簡単な話じゃないわよ」
「あっそ」
「そう」
私はケータイデンワを正面に構えた。
全身に風を纏わせる。
たっぷりの時間をかけてどうにか集中力を研ぎ澄ませ、根性で痛みを押さえつけ、
そして私たちは互いの目を見て。
「そろそろ、ケリを着けようか」
「言われずとも」
張りつめた空気は限界に至る。
巻き起こる轟風。かき乱される空。
その中心にいるのは私たちふたり。
もう互いに限界だということは分かっている。
だからこその、最後のブーストを。
全てを込めた飛翔を。
最高の勢いを。
最後の一撃を!
「しかしはたて。テンションが上がっているところで悪いんだけど、もう私の勝ちよ」
……ッ?
先程の会話中に何かを仕込んだ、という様子は見られなかった。
依然上昇し続ける文の妖気。
油断は、しない。
していない。
ならばコイツは何を以ってこんなことを言った?
「私はさっき言ったわよね? 不幸を呼び込む情報を流さないことが私たちの責務であると」
ブラフなのか、それとも。
視野を広くとる。状況確認。私たちふたりがいるのは妖怪の山の上空。眼下には無惨に散った山の木々と天狗が休憩施設として使っている建物。その少し向こうには印刷所があり、文は私がそちらに向かわないように警戒してか、印刷所と私の間に浮かんでいる。
「では、はたて」
風が文の扇に集中する。
緊張に打ち震える空。
指をケータイデンワのスイッチにかける。
さぁ、どう来る?
そして文は私に背を向け、
「これで、おしまいよ!!」
印刷所に向けて巨大な風の刃を放った。
――しまった!!
思うよりも先に身体は動く。
しかしマズい!
コイツの目的は私を潰すことじゃない。秘匿の情報の公開を阻止すること。
印刷所が破壊されれば当然新聞の発行なんてできなくなって――
「くっそぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!」
ただただ全力で追い縋る。
文の横を抜ける。
疲れを帯びたその顔は、しかし勝利を確信した笑みを浮かべていた。
刹那の出来事。
引き延ばされた時間。
その中で風の刃は当然目標へと迫っていき、
有らん限りの力で駆けるも、距離は僅かしか縮まらず、ケータイデンワの撮影の射程距離に収めることはできなくて、その間にも刃は進んで。
すべてのものがスローモーションとなる。
刃も、景色も、鼓動も。
距離は縮められない。
スタート地点にあれだけの差があれば、追いつくことなんて叶わない。
それを踏まえた上での立ち回りだったのか。
アイツが何も考えずに語り出すとは思ってはいなかった。てっきり体力を回復させる時間を得るためのものだと思っていた。その愚鈍な思考の結果がコレだ。
私は射命丸文という天狗を誰よりも理解しているつもり。だけど、完璧な理解なんてできていなかった。私だけが文に勝てると思っていたのに。ちくしょう。ちくしょう!
今も分かってはいるんだ。放たれた風の刃はアイツにしてはたいしたものじゃない。全力の状態でのモノに比べれば全然遅い。
けど、ズタボロの私には追いつけない速度ではあって。
それを理解してるからこそ文は撃ったわけで。
流石だ。
強く、狡猾で、目的の為ならば容赦なんてしない。
グダグダ悩んで沈んだり浮いたりを繰り返す私にとっての憧れ。
私はアンタに並べるだけで十分で、勝つことなんてできない。そう。心の底で私はきっと考えていた。
でもそれじゃダメなんだ。
ここで負けてしまったら何も変えられない。
私も、私を押してくれたヤツらも、笑えない。
そんなのはイヤだ。
絶対にイヤだ!
だから、今、ここで、魂を使い切っても、私は勝たなければいけない!
射命丸文を超えなくちゃいけないんだ!!
「う、わ、ぁ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
全エネルギーを放出。
妖気が光になる。
加速。
これまでに感じたことの無いスピード。
そして急速に縮まっていく風刃との距離。
命が尽きていく感覚。
それは一瞬の出来事。
最後の疾駆。
追いつける筈が無いモノに追いつき、追い越し、
「これで!!」
正面から対峙して、
「すべて!!」
私はケータイデンワのスイッチを押した。
「おしまい!!」
そして風の刃は跡形もなく消えた。
「見事だったわ」
振り向くと、すぐ目の前には文がいて、
「しかし、勝つのは私」
大きな動作で手刀を振り上げていた。
狙っているのはケータイデンワ。
でも、私にはもうバリアを張る力なんて無いから、刺し込まれる手刀に対し、身体を割り込ませるくらいが限界だった。
胸が貫かれた。
ケータイデンワには届かなかった。
少し私の血がかかっただけ。
良かった。
私の身体を貫通している文の手を左手で攫む。
意識が薄まっていく感覚。
右手に持っていたケータイデンワが滑り落ちる。
それは、文からは私の身体が邪魔で見えない。
「あ」
気付いたのは、落下したケータイデンワが真下にいた早苗にキャッチされた時だった。
「文。私たちの、勝ちよ」
血を吐き出しながらも、私は勝利を言葉にした。
早苗は風に乗って印刷所に向かう。迎撃の弾幕なんて無い。おそらくもうこいしが片付けてしまっているんだろう。想定以上にスムーズだ。ありがとう、こいし。
……早苗、泣いてたな。
それでも、一直線に目的の地へと飛んでいけるなんて、アンタ立派だよ。
涙を流せるだけの心があって、その上でベストの行動を行える考えを持ってるアンタならきっと立派な神様になれる。
その姿、ちょっとだけ、見たかったかな。
「……早苗さんとこいしちゃんならあれだけの部隊が相手でも抜けられることができる。それがスペルカードルールに基づいてなら尚のこと。あのふたりを殺すことはできないという事情を突いての作戦、か」
そういうこと。流石、頭の回転が速いね、文。
にとりを動かしたのはブラフ。早苗の暴れっぷりもブラフ。本命は結局私。と思わせておいて、別にそんなことはない。結局は画像データを印刷所に持って行ければ良いだけなんだから。ブラフと思わせておいた早苗にケータイデンワを渡せばそれで隙は突ける。
「あなたが先行したことにより、早苗さんとこいしさんに対しての部隊全体の意識が薄まった。スペルカードルールで彼女たちに負けても、結局はあなたが止められればそれでピリオドが打たれる。そうした要素もあった結果、彼女たちは抜けた。私はあなたを行動不能に追いやったけれど、それだけじゃダメだった。……そういうわけ、か」
正直言ってこいしが来てくれなきゃかなりキツい作戦だったんだけどね。
当初は、私もそれなりには手伝うけど、でもそれでも早苗にほとんどの敵の駆逐をしてもらう予定だったんだから。
ま、友情パワーで結果オーライって感じ?
漫画みたくてカッコいいじゃん。
「負けたわ。こちらの意識の隙を生じさせる二重三重のブラフ。それを形成するための命がけの行動。あなたは見事だった。悔しいけど、私ももう動けないし、中にいる連中にこいしちゃんの対処を期待するのも難しいだろうし。うん」
文に勝ったんだ。
文を出し抜いたんだ。
結果オーライでもさ、それってちゃんと結果じゃん?
やったー!! って、全力で叫びたい気分。
「はたて。あなた、私に勝ったのよ。誇っていいわよ」
だけどさー、
「いつもみたいに、馬鹿っぽく、笑いな、さいよ」
もう身体、動かないや。
「あなたが勝ったんでしょう! 花果子念報が発行されるんでしょう! ならその記事を書くのは誰なのよ! その新聞を配り回るのは誰なのよ! あなたでしょう! なんとか言え! 姫海棠はたて!!」
はは、どうしたのよ文。なんでそんな顔をするかなぁ。
記事の内容なんて早苗にもにとりにも紙に書いて渡してあるから私がいなくても大丈夫だし。っつーかそのくらい普通予想できるでしょ。なにパニクったこと言ってんの。
まぁ確かに、花果子念報最後の記事は、自分の手で幻想郷にばら撒きたかったかなぁと思いはするけど。
でもさ。
私、文に勝ったんだよ。
私の最後の新聞で文のことを取り上げてさ。
で、それを私の友達が郷中に配ってくれるんだ。
私みたいなクズにはもったいないくらいのエンディングでしょ。
「……そうよ。あなたはそうやって笑えばいいのよ」
え? なに、私今笑ってるの?
表情筋を動かせる力なんかあるわけがないのに、これが奇跡ってやつかなぁ。
サンキュー、某現人神様。
結局、最後まで私は文のことがよく分らなかったな。超然としているのか、優しいところもあるのか。
でもまぁいいや。
最後に笑ってコイツと別れられるんなら、それでいいや。
「さようなら、はたて」
バイバイ、文。
バイバイ、みんな。
そして光は消えて、
「死なせないよ、はーたん」
意識の無い世界に、声が響いた。
― 一 ―
「ん?」
目を開けると白色。
天国?
の割には随分人工的というか味気無い気がする。
いや、でも実際の天国というのは私たちのイメージと違ってこういう無機質なトコロなのかもしれないね。
穢れの無い空間、とでも言いますか。
まるで病院みたい。
「……んん?」
病、院?
起きようとするけれど身体が重く、ちょっとうまく動かせない。
というか身体が変に痛い。
シーツがクシャリと音を立てる。
窓の向こうには青空を飛ぶ鳥たちの姿が。
「気付かれましたか、姫海棠はたてさん。ここは永遠亭です」
首を反対方向に向けるとそこには鈴仙がいた。
「わっ、姫海棠さんが起きた! やったあ!」
って、にとりまでいるの?
「にとりさん大きな声は出さないで。……で、大丈夫?」
んー。まぁよく分からないっちゃ分からないんだけど、なんにせよ、
「私、生きてるんだ」
鈴仙とにとりは満足そうに頷いた。
「思ったより反応が普通ねぇ。胸部が痛かったりしないの?」
「そりゃあ痛い、ってか苦しい? けど……、って、なんで私生きてるのよ。妖力カラッポの状態で胸を貫かれた筈なんだけれど」
「そうよ。世紀の大手術だったんだから」
「……説明をお願いできるかしら」
「それだけ頭が動いてるのなら大丈夫ね。じゃあ、アンタが眠ってる内に起きたことを説明するわ」
鈴仙のデンパにまみれた説明を纏めると、つまりは私たちの企みは成功し、それと同じくして私も一命を取り留めた、ということらしい。
先にテロの結末から内容を確かめていこうか。
私からデータを受け取った早苗は、こいしの手で解放されたにとりの協力もあって至極スムーズに新聞を印刷したらしい。
なんでも施設内部の戦力はこいしの手でほとんど制圧されていたのだとか。相変わらずとんでもないモンスターっぷりである。
印刷を終えたところで天魔様が現れたらしい。
それに合わせるように八雲紫も現れたらしい。
そこでふたりが何を話したのかはにとりにも分からなかったようだ。
ただ、結果として私たちの行いは天魔様のゴーサインを得た。
そうなると当然もう妖怪の山で妨害してくるものなんていない。風を纏った早苗が幻想郷の空という空から新聞をバラ撒き、そして当然地底にも何百部と配り飛んだのだとか。……冷静に考えると早苗もかなりのモンスターだわ。
そうして郷の全ての者が真実を知った。
ただ、その後になんらかのシュプレヒコールが沸き起こった、なんてことがあったわけでもなく、「郷の皆が少しビックリした」程度のリアクションしか起こらなかったのだとか。
ま、予想通りね。
私は記事に扇動を促す内容なんて書かなかった。
文から教えてもらったことをそのまま書いたに過ぎなかったんだ。
結果として、裏でコソコソ動かれていたことに対しての文句は上がった。特に地底の鬼達の騒ぎ方は酷かったらしい。
ただ、秘匿にされていた内容及びその理由に関しては冷静な擁護の声が多数を占めていたようで。
ソコを鑑みて星熊の姐さんが鬼達を鎮めてくれたとも聞く。
結果、大多数の組織が信用を失いはしたが、パワーバランスの崩壊などは起こらず、そして郷の空気も変わらなかった。
むしろ、これまで謎だった供給の仕組みが明らかとなって安心した、なんて声が聞こえてくるくらいだとか。
当然私たちに続くテロなんて起きない。
暢気な空気はそのまま。
早苗はそれを受け、笑顔で墓場の方に飛んで行ったらしい。……イマイチ意味が分からないが、詳しいところは本人に聞こう。
なにはともあれ、笑えてるのなら良かったじゃん?
次に私の話。
死の淵にあった私を抱き留めたのはこいしだった。
印刷所を含め施設内のあらかたの戦力を制圧したこいしが施設外に目を向けたところ、胸から手を生やした私が見えて、後は永遠亭まで一直線だったのだとか。
一番気になっていたのが、なぜ敵対勢力である永遠亭が私の治療を行ってくれたのか、いう点なんだけど、それを聞くと「今回のテロが成功して郷の空気が変わるのなら、主犯であるあんたには存在価値があるから」と鈴仙は素っ気なく答えた。頬が軽く染まっていたのを私は見逃さなかった。ありがと、デンパウサギ。
ただ、私の状態は最悪だったらしい。
八意永琳の知識を持ってしても“死の瀬戸際を踏み出させないようにするのがやっと”だったとか。実際運び込まれてからの十一時間はそこからの進展がなかったと聞く。
そんな私に人工臓器を施そう、というアイデアが生じたのはにとりが永遠亭に到着してからだった。
最近入手し、そして研究が進められていたもので、ちょうど心臓に設置する物があったらしい。
当然、それは私の身体に即座に合致するものではなかった。
しかしそこは天才八意永琳。私の命が消えてしまうまでの短時間で実用レベルに調整をして、そして私の体に装着させた。
拒否反応も酷かったらしいがそこも結局はどうにかしてしまったらしい。
かくして私は幻想郷初の人工臓器装着成功例となってしまったわけである。
私だって一応妖怪の端くれ。自己修復だってできる。その要素が逆にオペを困難にさせてしまったと聞くが、結果、その機能があるが故にもうしばらくすればこの胸に埋め込まれている物は取り外される予定となっているらしい。その際にはまた大手術が待っていると鈴仙は言った。無理な時は無理でいいよ、と言ったら頬を引っ叩かれた。命を粗末にしちゃいけない、だってさ。
軽く胸を押さえる。
確固たる違和感。
外の世界から輸入された不気味な品。
でもそれが無ければ私は死ぬしかなかったんだ。
そうやって生きていくんだろう。
今回の事件の元となる結界の抜け穴からもたらされたこの技術。
それを捨ててどうなる。
目の前で笑ってるにとりの笑顔をわざわざ絶望の色に染める?
私はそこまで頭がおかしくないよ。
少しだけ自分がオトナになれた気がした。
たぶん気のせいなんだろうけどさ。
そうしてあの日から約三週間が経った今日、私はようやく意識を取り戻したのだとか。
窓の向こうを見れば、桜の木にはもうすっかり緑色が茂っていた。
ふと、その情景を写真に収めたいなと思った。
「はたてさん!」
「はーたん!!」
なんてセンチメンタルに浸っていたところに早苗とこいしがドアを開けてグボァ!?
「ちょ、コラァ! 私人工臓器着けてるのよ! それでなんでタックルしてくるかな!?」
「はたて、大声を出すのは身体に良くないから止めなさい」
「私よりもこのふたりを注意しろよこのデンパウサギ!」
「無茶言わないでよ」
胸にうずくまるふたりをツイツイと指で差す。
聞こえてきたのは啜り泣きの声。
……心配、かけちゃってたよなぁ。
三週間だし。
「ったく。革命のヒロインが情けない顔をしないの。ほら、笑いなって」
ふたりの頭を撫でてやる。
「え? 私笑ってるよ?」
「笑顔を作ることと笑うことはちがうのよ、こいし」
「む。はーたんの癖に偉そう」
「はーたんの癖にってなによ、癖にって」
「だってはーたんこの部屋の中で一番ヘタレじゃないですか」
「こいし。アンタがさとりのベッドにダイブしてる写真、バラ撒いてもいいかしら」
「なっ!? い、いつの間にそんなものを……!」
こいしのサードアイは固く閉ざされていた。
私には比較的、素に近い表情を出してくれているような気はする。
けどそれはあくまで比較的、というだけ。
わざわざ、というかたぶん無意識になんだろうけれど、作った笑顔をしてて、素直に感情を出すのを怖がっている感じが強まった気がする。
あの一連の出来事はこいしに心を開くことの恐ろしさを学ばせただけだった、なんて結果は悲しい。
ハッキリ言って、自分が世の中を変えることができたとは思っていない。
こいしが安心して心の瞳を開くことができる世界。そんなものは、私が死ぬほど頑張ったって用意できない。
私ができるのはせいぜいきっかけを与えることくらい。
水面に投げた一石を見て何を考えるか、どうするかといったことは、コイツにしか決められないことだから。
ま、友達として最大限サポートくらいはやってやるつもりだけどね。
で。
「早苗。アンタはいい加減泣きやみなさいよ。私は無事だから」
「ごめんなさい。でも、あの時私はあなたを見捨てて務めを果たそうとして。こいしさんが動かなければあなたはきっと」
「あの場面で私を助けようなんて思ったのだったら本気でぶん殴ってたわよ? アンタはちゃんと私の望みを汲んでくれた。だからほら、泣くなって」
「う、うぅ」
こいしと対照的だなぁ。早苗ってここまで感情を表に出すヤツだったっけ。幻想郷に来た当初は大人しい性格だって言われてたような。私の得た情報が間違ってたのかな。
ただ、うん。
コイツにはキツイ役回りをやらせてしまった。
それを三週間ずっと抱えていたのなら仕方ないか。
それだけじゃなく、色々と仕事も多かったと聞くしね。
あのテロの後片付けに一番奔走したのは早苗だったらしい。その結果としてこの郷は混乱なんてまるで生じていない。良い仕事をしてくれたんだろう。それに加えて、墓場? で起きた異変解決にも参加していたんだとか。
幻想郷の未来を語る上では最早欠かすことのできない守矢神社。その風祝にして現人神。
酒も満足に飲めないその身に課せられた役割は、とてつもなく大きい。
……今くらいは胸を貸してやるか。
「安心して早苗。私は生きているから。ほら、温かいっしょ?」
「はい。それに、汗の臭いが酷いですね。三週間も寝たきりだとこうなるんですねぇ」
訂正。この非常識に貸してやる胸なんてあるわけがない。
「さっさと離れろ。さもなければ頭をかち割る」
「はたてさん、ケチくさいです」
振り下ろした拳はベッドに柔らかく跳ね返された
バックステップから向けられる表情は既に笑い顔だった。
ったく。コイツも染まってきたってことかしらねぇ。
「さてはたてさん、真面目な話です。状況はどの程度把握されてますか?」
「おおまかなことはそっちのふたりに聞いた。さしあたってはもう片付いてるんでしょ?」
「そのとおりです。今後の外との交易に関するアレコレについては既に新しい既定を作り上げましたし、各勢力によるサミットも閉会しました。当然、郷の皆さんとの意思疎通も終え、方針も打ち出してあります。後は、今後の動きに対応して柔軟に、って感じですかねぇ」
「よくもまぁ三週間でそこまでできたわね」
「はたてさんの用意してくださった記事のおかげですよ。必要最低限の情報を記したおかげで誰も不安に煽られることがなかった。だから余計な事件が起きなかったのです」
「……ふぅん」
「? はたてさん?」
私の中には無視のできない違和感が在った。
人工臓器なんてものよりも、もっとずっと複雑な感じのする違和感。
……私たちの理想通りの展開を郷は辿ろうとしている。こうして秘匿の犠牲になる者がいなくなれば万々歳だ。
しかし、あまりにスムーズに事が運び過ぎている気はしてならない。
意思疎通を一本に纏めるだけでも三週間は厳しいと思う。それが、現実にはここまでの進展を見せている。
まるで誰かが先に根回しをしていたかのようなスムーズさ。
そんなことができる者がいるとしたら、
「……八雲、紫」
「え?」
「? はたてさん、どうかしました?」
「いや、なんでもない」と言って手を振る。
現状じゃ証拠は無い。
しかし気になる。
私がドロップアウトしてからの出来事ではあるが、天魔様は分かるとして、なぜあのスキマ妖怪が唐突に出てきた?
その事実は、つまり私たちの行動を見ていた、ということに他ならないのではないか?
何のために?
何かを、企んでいる?
ただ私の勘はけたたましく主張をし続ける。
八雲紫を追え、と。
心臓が少しだけ熱い。
今回の一連の出来事は、私の生きる道におけるクライマックス、ハイライトだと思っていた。
その先なんていらなかった。
全てを出し尽くして、後悔をしなければ。そうして笑えていれば、それで良かった。
革命の半ばで役割を果たして、そしてヒーロー達に意志を受け渡すくらいが関の山のだと思っていた。
ピリオドの筈だった。
けど、違う。そうじゃない。
ここはきっと道の途中なんだ。
冷静に考えてみろ。
博麗大結界に穴を開けるなんていくら天魔様とはいえ、八雲紫にバレずに行うなんて不可能。おそらくこの出来事自体、当初からあのスキマが絡んでいると見て間違いない。
私たちはきっと踊らされている。
ヤツは何かを隠している。
今回のことはきっとその一端でしかない。
まだまだ私が見ていないものは沢山ある。
それらを全て明らかにしてみせる。
ピリオドどころか始まりだ。
あぁ、熱い。
機械が埋め込まれていようがなんだろうが関係無い。
私はまた、飛んで、追い、そして光を向けるだけ。
「ねぇにとり。新しくケータイカメラを組み立てるのに期間はどれくらいかかる?」
「えっ? そうだなぁ。最近のゴタゴタのせいでパーツ流通が不安定だけど」
「けど?」
「お望みとあらば、三日で用意してあげるよ」
「マジで!? ありがとう!」
「いやいや、頑張った姫海棠さんにはプレゼントが必要だと思うからねぇ」
「愛してるにとり!」
「ひゅい!?」
「それで、鈴仙? 私の体の中のブツはいつになったら取れるわけ?」
「状態によるけれど、お師匠様は意識を取り戻してからも一ヶ月は装着を見込んでいたわね」
「長い。三日でいいわ」
「アホか」
「三日と言わず二日でもいいわよ?」
「いやだから――ってお師匠様!?」
「二日もあれば取り外しを終えて動くことができるくらいまでは仕立ててみせるわ」
なんてこともないように、ドアの前には八意永琳が立っていた。
この人、いつの間に入ってきていた?
そして、何を考えている?
「そもそも一ヶ月の装着は私がデータ取りをしたいから設定しただけで、別にあなたが動けるようになるのにそこまでかかるわけじゃないわ」
なんつー自己中な。
ただ、私の要求を素直に呑んでくれるというのなら、それなりに良い人なのだろうか。
こちらに向ける笑顔も穏やかなもの。
腕に不安はまず無い。
しかし、
「どうして私の言うことを聞いてくれるわけ? 善意ってんならありがたく受け取るけれど」
底が見えない“なにか”をこの人からは確かに感じる。
迂闊に信じるのは危険。
さぁ、どう答える?
「そんなに構えなくても結構です。取り引きの話ですよ。今回のオペは大変だったからあなたからは相応の医療費を頂きたいと思ってたの」
「げっ。おか、ね?」
「そう、お金。けどどうせあなたが支払えないことは分かっている。なので、その代わりとしてあなたから人工臓器に関するデータを一カ月に亘って取らせてもらうことでチャラにしようと思ってたの。そっちの方があなたにとっても都合が良いでしょ?」
あれ? この人やっぱり良い人なのかな?
「けど昨晩、八雲紫が私のところに来てね。色々と物資をくれた代わりにあなたの早急の復調を要求してきた。まぁ、良いものを貰いましたので、私としてはそれに応えたい、というところです」
八雲紫が!?
手早く私を踊らせようという気か、いや、それ以前に私が今日目覚めることを読んでいた、……まさか、なんらかの形でコントロールされた?
「安心なさい。誓ってあなたには触れさせていない。腑に落ちない気持ちは分かるけどね。それで、どうしますか?」
「できるのなら可能な限り早くやって」
「分かりました。……ふむ。迷いは無いようね」
当たり前だ。
あっちが嘗めた真似をしてくるってんなら真っ向から突撃するのみ。
私のことなんてせいぜい掌の上で踊らされてる小童としか思っていないんだろうけれど。
でも、
私はアンタが思っている以上には速いよ。
「準備もありますので、オペの開始は明日の辰の刻としますが宜しいですか?」
「上等。よろしく、先生」
文だったらこんな無茶はしないだろうなぁと、ふと思う。
相手はこの郷におけるまさにトップクラスの大妖怪。
次元が違うと言われてもしょうがない。
アイツは私のことを馬鹿にするんだろうな。「やっぱりあなたはガキねぇ」とか言って。勝率の低い勝負に出る時点でアイツのポリシーとは正反対だし。
でも、私は行くよ。
始まりをくれたのは、文。アンタだけれど。
私はアンタとは違う飛び方をする。
その暁にもしまた戦うことがあったとしたら、その時に勝つのは私だ。
見てなよ、文。
「……って、あれ? オペは明日なの? じゃあ今日はなにを?」
「ゆっくりと体を休めることが今日のあなたの仕事です。あとは自己判断に任せてご自由にどうぞ」
「え、ちょ、そんな感じなの? もっと注意事項とか、リハビリとかあるんじゃないの?」
「あなたは天狗でしょう? 三週間の無意識状態の内に回復も進んでいますから、神経質になるようなことは無いわよ」
「うわぁ、テキトー」
「はい。適当な判断なのです」
ゆっくりと体を休めることって言われてもねぇ。
まぁ、グダグダするのは得意だけどさ。三週間も空いちゃったし、念写で情報チェックでもするかー。って、
あ、私、今、写真機持ってない状態なんだった。
うわー。
マズイ、一気に暇になったんだけど。どうしよ。
「はたてさん、おひとりでそんな考え事なんてしなくてもいいじゃないですか。私、話したいことがいっぱいあるんですよ。主に苦労話ですけれど」
「あー、私もはーたんに話しておきたいことがあったかもー。でもその前にはーたんは私に塩キャラメルのパフェをおごるべきだと思うなっ」
「え? はたてさんがおごって下さるんですか?」
「うん、そう。はーたんは忘れてるかもだけど私は覚えてるからね? 燃え盛る工場の前で交わしたあの約束を。山の茶屋の新作パフェー」
「あ、じゃあ私もついでにゴチになっていいですかね」
「当然もーまんたいののーぷろぶれむだよ。はーたんは実はケチな天狗じゃないということを私は知っているのです」
こいつら本当にもう。こいしは相手の心を読めとは言わないからせめて空気を読んでくれ。そして早苗は風祝なんだから空気くらい普通に読めよアホ。
はぁ。
まぁ、いっか。
どうせ暇してるんだし。コイツらとパフェを食べつつ説教をしてやるのも悪くない、かな。
「ねぇウサギ。別に私は外出しても良いんでしょ?」
「お師匠様の様子を鑑みるからにはオーケーね。ところで、あんたの生を繋いだお師匠様と私への礼は無いのかしら。ちなみにお師匠様は餡子が好きで私は苺が好き」
「姫海棠さんの写真機は三日で用意してみせるけれど、もし糖分を摂取できたならその時は二日で用意できるかもしれない……! ちなみに私はチョコね」
「はいはい分かったわよ買ってくるわよ!」
ああもうこいつらは。こちとら意識を取り戻してまだ一時間なんですけど。
「私は前から言ってあるとおり生キャラメルのやつでヨロシクっ」
「私はお店の方に“東風谷スペシャルを一つ”と言えば分かって頂けると思うので、それで」
「アンタらは一緒に来いよ!!」
アホ二匹の頭をグリグリとする。「きゃー」じゃねーよ殴るぞ。
やれやれ。
……こういう時間も必要なのかなーと、なんとなく思う。
自分がずっと飛び続けていられる程強いヤツだなんて思っているわけがない。
狙う標的があるとして、でも動きようがないのなら、休んでおくのがベスト、なのかなぁ。
にしたってこのアホ達の相手をするのも疲れそうではあるけれど……。
「じゃあはーたん、一緒に行こっか。手を繋いだ方が良い?」
「はたてさん、なにちんたらしてるんですか。ほら早く」
コイツら絶対後で説教するわ。
ったく。休憩の時間まで騒がしいってのはなんだかねぇ。
ま、しゃーないか。
これが幻想郷なんだから。
またすぐに飛ぶとして、今日のところはこんな一日でいいかな。
暢気な空気にあてられて、私は軽く笑ってしまった。
誤魔化すように窓の向こうを見ると、空では見慣れた誰かさんが今日も元気に新聞をバラ撒いていた。
↓を読み終わった時はちょっとなぁ…と思ってたけど本当に良かった…
↓と合わせてかなりの量になるけど、文体の読みやすさもあってすらすら読めました。
はたてはやさぐれてるのが好きだったけど、がんばるはたてもいいなあ…
とにかく作品全体のあらゆる要素において「リアル」な感情の部分が全く感じられないことが、この作品に関しては致命的に欠落している気がします
幻想郷に生きる妖怪としての「リアル」な感情も、俺達が生きるこの世界で感じるような「リアル」な感情も、自分には全く感じられませんでした
例えばはたてが「死にたい」とよく口にしますが、その言葉に全く重みがないと言いますか、読み手を納得させるような説得力がどうにも足りてない感じです
どうしても台詞を棒読みしてるようにしか思えないと言いますか、その引き立て役となるべき作中のイベントも何処か紙芝居みたいなチープ感が漂っていて
鬼気として迫り来るような、強烈な印象を与える部分がほとんどないんですよね。ここまで感情に訴えかけるものがないと、後に残るものは当然無しかなく……
感情移入できないと途中から分かってしまった時点で、俺はこの作品を読むべきではなかったのかもしれませんが
結局のところ、作者の主張と言うものを排除して読まないとこの作品は楽しめないと言うことなのかもしれませんね
少なくとも自分にはこの作品で一体何を訴えかけたいのか、何を読ませたいのか、どんな感情を抱かせたいのかetc...諸々の点において理解ができませんでした
恐らく元ネタであろう閃光少女が大好きな自分としては、あまりの解釈の違いとあの曲の持つエモーショナルな部分の剥離さに軽い失望を覚えました
文章も読み易かったしGJです。
勢いで読み切ってしまったのでこの点数で。
こいしちゃんモグモグ
スピード感あり、緊張感ありで、この事件に参加しているような臨場感があります。
一人称を群像劇と言っていいのか分かりませんが、とにかくそういったアクションアドベンチャーとして楽しめました。
ただはたての感情に関する部分については、最初から最後まで物足りなかったです。作者様がお持ちになっているはたての解釈をもっと強く打ち出して、このお話を読ませて欲しかったです。
助長と感じられてご省略なさったのかも知れませんし、共感しやすいように薄くしたのかもしれませんが、裏目に出ているように思います。情報が少ないこのはたてには非常に共感し難く、その為かドタバタを通り越えて急ぎ足、少々の手抜きすら感じてしまいました。
この構成力を駆使した、泥臭い次回作を期待しております。
大人にはなりたくない。
そんな気持ちにさせてくれる大作でした。
的外れだろうがなんだろうが、必死にならなきゃ駄目なんだよ。
それでも自分の信じるものを貫こうとする。
はたてにも、こいしにも、早苗にも、椛にも、文にも、自分なりの葛藤があったことが感じられました。
まだ火種は消えないけど、これからどうにもならないことが起こるかもしれないけど、
今、彼女らが交わす笑顔はなによりもまぶしい、そう思いました。
この話ではたては確かに仲間はずれにされた子供って印象があるんですが
でもこうしてがんばるのは不思議と応援できて。引き込まれてたなぁ。外道な文のせいかもw
とにかく長さなど全く気にならない面白さがありました。ありがとうございました
ただ事件が大き過ぎた(そう思わせた)せいかこれだけの文量でもまだ描写が足りてない印象があります
思うところが多かったであろう神奈子、はたてに何を期待していたんでしょうか
こいしやお空までつらい目に遭わされたさとり、特に何もしなかったんでしょうか
紫・天魔は結局何を考えて早苗たちを通してしまったんでしょうか
このあたり全部読者の想像に委ねるって部分なんだとするとちょっと残念です
続編やら別視点のストーリーやらを検討されているようだったらその旨教えてほしいです
さらに細かいことで、もうお前何言ってんだってレベルの問題かもしれませんが、
自分はこの作品を「↑」から読んでしまいました。。(携帯からだと作品が並んでる事に気づきにくくて…)
ちょっと意味不明な始まり方だなぁと思いつつもなんとなく話を把握出来てしまって…
その後「↓」も読みましたがこれって単純に上下とか前後にしなかった理由はあるんでしょうか
今回特に問題は無いんですが、やっぱり作者様の意図した順に読めなかったのはちょっと勿体無い事をした気分でした
幾つか自分の思う理由を挙げてみます。
誇張された感情表現、これはあっても良いと思うのです。演劇的感性とでも申しましょうか。
ただしリアルでない其れは、舞台装置を調えて初めて生きて来るものです。この話の中ではどうしてもギミック的な不足を感じる。
自分は感情的なリアルではなくリアリティーの不足を指摘したい。
次に、姫海棠はたてはまだまだ若いキャラクターです。そういう意味ではたての一人称、これも扱いに繊細さが必要です。この辺は上の人も書いてますね。
もう一つ、幻想郷という世界そのものに対する整合性。
一匹の烏天狗でしかない姫海棠はたてが本当に妖怪の山全体を敵にして立ち回れるモノなのか?読者を納得させるだけの練りが足りない気がする。
自分は文章表現に於いては素人ですが忠告を一つ。キャラクターが熱くなろうとも、作者は冷静でなくてはいけない。これは物書きに限りません。
色色と書きましたが、即奏さんを貶める意図はありません。この先もあなたの名前を見れば読ませて貰います。ごちそうさま。
はたての一人称、確かに煮え切らなくて、読んでて気持ちいいはずのシーンで気持ちよくない、読んでてマジにならなきゃいけないシーンでなれない、熱くなりたいところで、熱くなれない
はたての目を通した世界って、なんて平面的で人工的なんだ、みたいな印象
なんだけど、これが、はたてっていう未熟な人格のフィルターなんだと思うと、あー、ありだな、と
そして、はたてが再び飛ぶことを決意するところから、ちょっとずつ平面的で人工的な感じは薄れていく
それでも、最後までこのフィルターはなくならない
うん、読み物の主人公の描き方としては、読み手の感情移入を拒絶するような感じだから、作品の足かせになってる印象はある
だが
あえてこれで長編書いちゃうところに、VSOPの狂気的なライブシーンノーカットという蛮行同様の、ふっきれた即奏さんらしさというか、やりたいことを、とことんやりました的な魅力を感じちゃうわけですよ自分は
しかし、わがままな不満点もないわけじゃなくて
風呂敷でっかく広げた割に、やけに小さく曖昧にまとまっちまったなあ
という物足りなさが、読み終わったあとに最初に感じてしまった
はたて個人の物語、としてみると、しっかり完結してるんだけど
やんちゃなカラス天狗の目を通して描かれる幻想郷の冒険活劇、としてみると
幻想郷のあり方、なんて部分にまで風呂敷が広げられてる分、ここらも投げっぱなし&適当オチにするんじゃなくて、ちゃんと最後までドラマとして魅せてほしかったなう
素敵な作品をありがとうございました。
ところで題名って東京事変のからですかね?
などの演出の見せ場のところで、もうちょっとかっこよくできれば……!
なんてことを思いつつも、しっかり楽しませて頂いたのでこの点数で。
おもしろかったです。
組織の意思って、もっと強くて硬いものだと個人的には信じてて、だから、絶対に妖怪の山サイドに勝って欲しかった、と。
はたてが動いたから紫さんや天魔さまがそれに応じて動いた結果が新聞の発行だってわかってるけど、椛さんや文さん、今まで産業に従事してきた妖怪たちが可哀相すぎて。もっと報われて欲しいなあ、でもなぁ、主人公じゃない側なんてこんなもんかなぁ……。
はたて達の行動は結果的には誰もが救われてる結果ですよ
今回の件で各勢力とサミットもあったそうですし、今後産業が進んでも話し合いで妖怪の山にも悪くないようにもできるでしょうし、これから文達だってあんな事故を起こさないですむでしょうし、火種などの懸案事項も解消されて良いことばっかですよ
天魔と八雲もゴーサインですし
天魔にあの爆発事故に至るまでに、話し合いで神社側と折り合いをつけられねぇのか、という疑問を抱く方もいるでしょうが、テロによる暴露という形で情報が拡散しうまいこと収集がつけられ、サミット的な事になったから、うまくいった。と思います
八雲の根回しなどでうまく収集でき、利用できると考えてのゴーサインでしょう
面白かったです。
そこから幻想郷のエコシステムを発想したとても興味深い作品でした。
隠されたそいつを暴かねばならんオオゴトだとみなし、はたてが燃え上がる理由。
現状への鬱屈、自殺願望、文への憧憬、こいし・早苗との出会い・・・。
いろいろなものが重なった結果なのだと思いますが、
作中で描かれる重なり合いに沿って読者のハートにも火がつくのかというと、
少なくとも自分の場合はわりとくすぶってしまいました。
ただ、くすぶったままでも読み切れる面白さがあった。
くすぶった閃光、そいつもまたアリなのか・・・?
読んでよかったです。
ただまあ、はたてが冒頭でなんであんなに死にたがっていたのか良く分からない。はたてのキャラ設定の掘り下げが足りないのが瑕ですかねえ。でも見ていてすごく「はたて頑張れ!って思ったのも事実。
文のポジショニングは損な役回りだな~と思うけど、それもまた文っぽくて良いですね。