湖の畔は、思ったよりも冷え込んでいた。
水面に糸を垂らしながら、アリス・マーガトロイドは目を凝らした。何度やっても結果は同じである。思ったとおり、湖面は霧が掛かっており、対岸は見えなかった。
座り込む椅子をぎちりと鳴らして、形のよい尻を直す。当たりがくる気配は一向になかった。
「釣れない」
呟きと一緒に出てきた吐息は、春だというのにうっすらと白かった。宙を舞い、溶けるようにして消えていく。
アリスは竿らしきものを持たず、指から直接、糸を垂らしていた。
手釣りという、この釣りを試してみようと思ったのは、ほんの気まぐれだった。人形を操る上で、多少の訓練になるかも知れないと考えたことも一理ある。仕掛けも適当、時刻も適当ではあったが、それでも一尾や二尾は釣れるだろうとアリスは踏んでいた。
或いは、予想に反して入れ食い状態となってしまい、処理に困るかもしれない。そうなった場合、保存のために燻製にするのが良いだろう。同じ森の黒白にでも、たまにはお裾分けをしてやるのも悪くない。アリスは即席の釣り道具一式を片手に、意気揚々と自宅を後にした。
「全然、釣れない」
それがこのざまである。
まさしく、取らぬ狸の皮算用。
釣りをはじめて、そろそろ二時間。糸を垂らし続けているのも、なんだか億劫になってきた。
「まったく、釣れない」
最早、何度目かになるその言葉を聞く者はいない。通り過ぎる人影もなく、湖畔は静けさに包まれている。それどころか、魚影のひとつも見当たらなかった。
試しに糸を引き上げてみるが、餌はしっかりと付いたままである。つつかれた形跡すら見当たらない。
あまりの手応えのなさに、恨めしく思うことさえ馬鹿らしくなってくる。物憂げな白い溜め息が、また溶けていった。
「釣れますか?」
遠慮がちな、しかし若干の含みを持たせた声が掛かってきた。
振り返ると、だいぶ距離を置いたところに、一人の少女が立っている。ふたつの瞳が小馬鹿にするように細められており、それとは別の瞳がひとつ、探るようにくりくりと覗いていた。
一目で、どこのどいつだか分かった。
「……あなたなら、いちいち聞く必要もないのでは?」
「この距離では、聞く必要がありますので」
「では、そのふたつの瞳で見て頂戴。見てのとおりですよ」
「ボウズでしたか、これは失礼しました」
分かっていたくせに。
口元を可笑しそうに抑える少女――古明地さとりを、アリスは軽く睨みつけた。普段から地底に引きこもっている彼女を、こんな場所で見かけるのは珍しかった。
「たまに散歩に来るのです。この湖は、人間などもほとんど通りませんので」
「まだ私はなにも言っていませんよ」
「察しはつきますから」
「いい性格していますね」
「生まれつきです」
さとりは、暖かそうなダッフルコートを羽織っていた。
これも妖怪としては珍しく、あまり身体は丈夫ではないのかも知れない。若しくは、灼熱地獄が近いこともあって暑さには慣れているが、逆に寒さには慣れていないとも考えられる。勿論、ただのファッションという可能性もあるが。
「慌しい兎でも見かけましたか?」
「いいえ、暖かそうなのを着ているなと思っただけです」
「暖かいですよ。この辺りは春先でも寒いですから」
丸みのある顎が、若干ばかりコートの縁に埋もれている。
どうやらそのダッフルコートは、さとりには少々大き過ぎるようだった。その華奢な身体が、着膨れしているかのように一回りほど大きく見えた。
もこもこ。
改めてさとりの姿を見た、アリスの感想だった。
「……暇なら見ていきます?」
立ち去る気配がないので、人形に予備の椅子を持って来させた。
「どうせボウズですけど」
「では、御言葉に甘えて」
さとりは臆することもなく椅子を受け取り、座る。先程と変わらず、アリスとはだいぶ距離を置いていた。
「どうせボウズでしょうけど」
そう言って、さとりは囁くように笑った。上品ながらも癪に障る笑いだったが、軽く聞き流して、再び釣りへと興じる。
だが、ギャラリーが増えたからと言って劇的な変化が起こるはずもない。水面に垂らした糸は、ぴくりとも反応しなかった。
通る影はひとつもなく、時間は過ぎていく。
眺めている内に、また自然と口が開いた。
「さっきの言葉ですけれど」
「はい」
「不思議の国のアリス、ですか」
「童話は時々読むんです」
さとりの表情は、静かで柔らかい。
「ペットたちに読み聞かせることがありますから」
小柄なさとりの周りに、犬猫諸々の動物が集まっている光景が、アリスの脳裏に浮かぶ。
もこもこが、さらにもこもこに。
「……なにか?」
「いえ、別に」
ゆったりとかぶりを振って、その光景を追い払った。
「他には、なにか読まれるので?」
「読み物なら、色々と。やらなければいけないことも、今の地底ではそれほどありません。時間が空いた時には、いつも読書をしています。本を読むというのは、いいものです。字面を見つめ、読み取るというのがとても面白い」
「どこぞの魔女とも似ていますね。もっとも、あちらは読書こそが本業なんでしょうけど」
「あなたと同じく、人間の魔法使いに与していた輩ですか。その節は、大変お世話になりました」
他人事のような口振りで、さとりは軽く頭を下げた。
怨霊調査のために地底へと人間二人を送り込んだことも、今となっては随分と前のことである。あの頃は冬であり、肌を刺す寒さも厳しいものだった。そんな時に住まいへと乗り込まれ、好き放題に暴れられたというのに、さとりの物腰は恭しいほど柔らかい。そのことが、かえって気まずさを感じさせた。
当たりでも来ないかと目をやるが、垂らされた糸は少しも動かない。
「あなたの本も読ませてもらいました」
「それは、どうも」
「人形に関して逐一と書かれており、読み応えがありました。内容は、あまり理解はできませんでしたが」
なんと答えてよいか分からず、アリスは黙って聞いていた。
「理解できないと言えば、八雲紫の著書も到底理解の及ばないものでした。真意を読み取ろうとも思ったのですが、徒労に終わりましたよ」
「あれは理解を試みることこそ、馬鹿らしいかと」
「もっと早く、そこに至るべきでした。馬鹿馬鹿しいと」
「下手に恐れを抱く必要もないでしょう。それこそ、あのスキマしか得をしません」
「違いない」
言って、さとりは静かに笑った。つられるように、アリスもかすかに微笑む。強張ったものではあったが、釣りをしていて釣られるとは如何なものか。
湖面も糸も、揺れることはない。
「恐れを抱くと言えば」
「妖怪の特権ですね」
「そんな妖怪や怨霊をも怯ませるのが、私です」
アリスとさとりの距離は、なおも離れたままだった。
みっつめの瞳が、こちらを窺うように覗いている。紫水晶のようなふたつの瞳は、探るように細められていた。
「私にかかれば、誰もが丸裸になります。深々と頭を下げ、その実はしたり顔で舌を出しても、私の前ではなんの意味ありません」
「そのとおり、なんでしょうね」
「顔は微笑んでいても、心では疎ましがっている。そんなことは、掃き捨てるくらいに見てきたつもりです」
「器用な輩も居たものですね。幻想郷では貴重かも知れません」
「さて、ここでひとつ」
ぴっと指を立てて、さとりは悪戯っぽく言った。
「私は本当に、この距離でもあなたの心は見えていないのでしょうか」
「つまり本当は見えていると?」
「そうだったら、どうします?」
「迷惑な話です」
「正直ですね」
「もしそうだとするなら、今の私が考えていることも分かりますから」
「お望みなら、当ててみましょうか」
「読むまでもないでしょう」
アリスは、垂らしていた糸を手繰り寄せる。
なにも掛かってはいないのを見て、嘆息とともにかぶりを振った。
「釣れない釣れないと、嘆いているばかりですから」
「私はてっきり、私が早く立ち去ればいいのにと思っているのかと」
「少しはありますけどね、こんな状況を見られたくはありませんし。だけど、そうしてあなたが居なくなると、今度は話し相手すら居なくなってしまう。一人で静かに興じるのも悪くありませんが、これだけなにも釣れないとなると、そんな玄人ぶった真似をするのも馬鹿らしい」
「器用ですね。一度にそれだけを考えるなんて」
「都会派ですから」
再び、水面へと仕掛けを投じる。
取りとめもない話だったが、それはそれで気を紛らわせられた。一向に当たりの来ない釣り糸を相手にするよりは、よっぽど話し甲斐がある。それが例え、心の読めるさとり妖怪が相手でも。
何気ない会話なら、忌避することもあまりなかった。
「あなたも書いてみたら?」
「藪から棒に。なにを?」
「いや、本」
鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔を、さとりは浮かべた。
「読むのでしょう、本。それなら、その読む時間を使って、いっそなにかを書いてみるのもいいかも知れませんよ」
意外と楽しいですし、とアリスは付け加えた。
なんてことはない。話の流れで思いついた、気ままな提案だった。
「私が本を、ですか?」
だが、さとりの反応は予想以上のものだった。困惑したように目線を泳がせ、声も若干上擦ったものとなる。
どうやら、自分で本を書くということは、アリスに言われるまで思いもしなかったらしい。落ち着きのなくなったその様子は、この少女には似つかわしくないものであり、それがまた愛嬌らしさを感じさせた。
どぎまぎする、もこもこ。
多くのペットを世話する少女が、小動物のように忙しなくしていた。
「いえ、そもそも私は読むだけです。文章など、それこそ事務的なものくらいしか、書いたこともありませんし。なにを書くかということも、思いつきません。そんな私が、本を出すなど」
「旧地獄のこととか、地霊殿のこととか。ペットなんかもいいかも知れないわね。書けそうなことは色々あると思うのだけれど」
「見る人など、居ないような」
「私の本を見たって言ったのは、まだあなたで二人目ですよ。一人目は稗田の九代目」
淹れた紅茶を満足げに飲む、少女の姿が脳裏に浮かぶ。
彼女も自分の本について、あまり理解はできないと躊躇なく言ってのけていたことを、アリスは思い出していた。
「あの子なら、あなたが本を書いたと知れば真っ先に読むはずです。旧地獄にしろ地霊殿にしろ、古い文献からでしか分からないと、言っていましたから」
「人里の、稗田家の当主ですか」
「好奇心に関しては中々貪欲ですよ」
さとりの交友関係がそれほど広くないことは、容易に想像がついた。会ったことのない人物を思い描いているのか、眉根を寄せている。
人里など、縁遠い場所だったのだろう。その顔は、多少の渋みを滲ませていた。
「それに地底の話題などは、今が旬とも言えます。今年の春は、桜とともに別のものが舞っていますし」
「神霊ですか。しかし既に、何人かが動きはじめたとも聞いています。解決されるのも時間の問題でしょう。それに怨霊と神霊とでは、性質もまったく異なります。私などでは、たぶん畑が違うかと」
「だから、あなたは地底に関して書けばいいんです。勿論、それ以外のことについて書くのもいいですし、書くものはあなたが自由に決めればいい。そこに関係を見出すのは読者の勝手でもあり、自由でもあります」
「……なんだか」
そこで、さとりは細く息をつく。白く色づいた吐息は、流れるように消えていった。
ふたつの瞳は、ようやく得心したといった様相で細められている。
「あなたが私に、書け書けと迫っているようにも思えてきたのですが」
「気付きましたか」
アリスは、にべもなく言った。
「どうやら本当に、私の心は読んではいなかったようですね」
「はぐらかさないでください。何故、私に本を書けと?」
「いや、軽い気持ちなんですよ」
垂らす糸へと目を向ける。かすかに揺れたような気がしたが、魚影のひとつも見当たらなかった。
自ずと、肩をすくめていた。
「軽く、読んでみたいなと思っただけです」
「……私の本を、ですか」
「ええ、あなたの本」
ふたつの瞳は、またも困惑したように揺れている。
紫水晶のような輝きは、ぎょろりと目をむく第三の瞳などより、よっぽど綺麗だなとアリスは思った。
「私の本を読んだ人が、果たしてどんな本を書いてくれるのか。やっぱり、気になりましたので」
「……それだけ、ですか」
「ええ、それだけよ」
遠くでなにかの影が、飛びながら過ぎ去っていった。恐らく妖精だろう、或いは今話題の神霊だったのかも知れない。どちらにしろ、雑多なものには変わりなかった。気に留めるのも馬鹿らしかった。
アリスはしばらく釣り糸をじっと見つめていたが、疲れを感じて目元を軽く揉んだ。
湖畔はなおも冷え込んでいる。
「やはり、藪から棒です」
振り返ると、さとりは呆れたような顔をしていた。
しかし口元だけは、ほんの少し綻んでいるようにも見えた。
「あなたは、もっと他者の様子を窺うのは上手いと思っていたのですが」
「さとり妖怪には負けます」
「意外と、ずけずけと図々しいところもあるのですね」
「人間諸々には負けます」
「でも」
袖で口元を押さえて、さとりはほのかに笑い声をあげていた。
ダッフルコートの袖口に、小さなその手が半ばほどまで隠れている。やはり大き過ぎるようだったが、それが逆にとても似合っていると、アリスは思った。
「少し、書いてみようかなと思いましたよ、本。どんなものにするかも、決めてはいませんが」
「楽しみに待っています」
「それは本音かしら?」
「さあ、どうでしょう?」
互いに、かすかに微笑み、それから少々大きな声で笑い合った。
視界の端には、垂らし続ける糸が見えている。わずかに揺れているようにも見えたが、どうせ先程と同じく気のせいなのだろう。陽が傾いてきたのか、自分の影が湖面へすうっと伸びている。釣り糸を小突くかのように、影は小刻みに動いていた。
糸が、力強く引き込まれた。
咄嗟に、踏み締めるようにして足の底へと力を入れる。たたらを踏んでしまうことは避けたが、糸を引き込もうとする力は思いの外、強かった。自分の影と思っていた魚影は、黒々とした流線型をしている。驚いた顔で見つめている、そこの古明地さとりほどなら、呑み込めそうなほどに巨大だった。
魚影が一際大きくうねり、水飛沫があがる。
大物だと喜ぶ余裕もなかった。
「ちょっと、こっち、来て」
途切れ途切れに、なんとかそれだけを言った。
片手だけでは御し切れないと判断し、もう片方の手からも糸をすべて伸ばしたのは正解だったが、結果として両手が塞がってしまったのは痛恨事だった。暴れ狂う魚影の力強さは、並大抵のものではない。お世辞にも腕力に自信があるとは言えないアリスにとって、こうした根比べは分の悪いものだった。
このままではジリ貧、下手をすれば湖へと引きずり込まれてしまう。
「あんた、使えるわよね、色々」
「……ですが、それだと」
「いいから来なさい!」
意を決したように、さとりは駆け寄ってきた。こちらの瞳を、そっと覗き込んでくる。
大事の前の小事。
致し方ないと、アリスは強く頷いた。
歯を食いしばりながら、腰を据えるようにして一気に引っ張る。一際、大きな水飛沫があがる。
それをも覆い隠すほどの水柱が、炸裂音とともに昇った。
「あいたっ」
引き込む力が瞬く間になくなり、後ろへと勢いよく転ぶ。したたかに打った頭をさすりながら、傍らへと寄って来た、さとりを見た。
水柱が昇った際、彼女は湖に向かって何かを投じていた。
湖は、既に元の静かな状態へ戻ろうとしている。ぱらぱらと、にわか雨のように水飛沫が降ってきていた。
「今の、だけど」
「あなたの人形を爆発させるものです」
「えっと、その……あんた、意外と過激ね」
「咄嗟のことでしたので、驚かせてすみません」
「いやそれは、まあ非常事態だったし」
ダイナマイト漁という単語が、アリスの脳裏に浮かんだ。背筋を流れた冷や汗のことは、ひとまず頭の隅に追いやっておく。
湖面へと近付くと、巨大な魚が腹を上にして浮かんでいた。幸い、他に巻き込まれた魚はいないようである。或いは、この巨大魚が粗方、他の魚を食い尽してしまったのかも知れない。そう思わせるほどに、大きな魚だった。
「新聞で、湖に巨大魚が発生していると見たことあるけど」
「かなり前の記事ではありませんか、それ」
「まだ生き残りがいたとは」
巨大魚の口は独特の形状をしている。たぶんハスだなと、アリスは思った。
使役していた糸をすべて手繰り寄せ、巨大魚を引き上げる。骨の折れる作業だったが、幾つかの糸で人形にも運ばせたので、釣れた時よりは楽なものだった。
吊るして、さとりの背と比べてみる。並ぶほど巨大であったその事実に、アリスは改めて嘆息した。
「どうしようかしら、これ」
まさか本当に、処理に困るとは思いもしなかった。
燻製や日干しなど、保存する方法はいくらでもある。かと言って、これだけの魚を保存するともなれば、かなりの手間が掛かりそうだった。おまけに、この分だと数日間は同じ魚が、食卓に並び続けることとなる。誰かにでもお裾分けするのが賢明だろうと、アリスは考えていた。
ふと、目を横にやる。
「……なにか?」
訝しむような表情で、さとりは首を傾げた。その距離は、互いに座って話し込んでいた時よりもずっと近い。胸元のひとつ目は、なおもこちらをきょろきょろと窺っていた。
分かっているくせに。
「だから、なにがです? と言うか、あなたはいいのですか。私がこんなに近寄っていても」
「まあ非常事態だったし」
「今は、その事態も治まっています」
「話の流れでしょう。気にしない気にしない」
「やはり図々しいですね。いつのまにか、敬語も引っ込めていますし」
さとりは疲れたような溜め息をつき、湖の対岸へと視線を移す。
こちらへと向き直るのに、それほど時間は要さなかった。
「……地霊殿には、私のペットたちも居ます。それほどの巨大な魚でも、すぐになくなるでしょう。幸い、あの子たちには好き嫌いなど、あまりありませんし」
「それはいいわね。これだけの大きな獲物、どうしようかと途方に暮れていたもの」
「ですから、そうですね、その」
口元をもごもごとさせて、さとりは言い淀んでいる。次の言葉を、泥の中から必死に模索しているようにも見える。
もこもこが、もごもご。
さとりの頬が、一気に赤く染まった。
「うちに、きませんか」
たどたどしい言い方だった。
よし、とアリスはそれだけを呟いた。
巨大魚を支えるのに費やしていた糸を、ある程度まで人形を操るものに代える。それだけで、かなり動きやすくなった。釣り道具やら椅子やらも、人形たちに片付けさせる。
「では、御言葉に甘えて」
二人で並びその場を後にした。湖畔は寒かったが、季節はもう春である。
程なくして、暖かな風が髪を梳いた。
「……それと」
「ええ」
「これは、あくまでお願いなのですが」
そこで、さとりの言葉は止まってしまった。若干俯きながら、大きめのダッフルコートの、大きめなボタンを手で弄っている。
またも言い淀んでしまったその先を、くみ取るのは容易かった。
「僭越ながら、手伝わせてもらうわ」
癖っ毛の強い、短めの髪を軽く撫でる。薄紫のその髪は、猫の毛のように柔らかかった。
もこもこは、もふもふしていた。
「本の執筆」
「……はい」
さとりは、はにかみながら言った。
「よろしくお願いします」
二人は並んで歩いている。お互いの距離は、心を読むどころか、表情を読み取れそうなほどに近い。
まあいいかと、アリスは思った。
水面に糸を垂らしながら、アリス・マーガトロイドは目を凝らした。何度やっても結果は同じである。思ったとおり、湖面は霧が掛かっており、対岸は見えなかった。
座り込む椅子をぎちりと鳴らして、形のよい尻を直す。当たりがくる気配は一向になかった。
「釣れない」
呟きと一緒に出てきた吐息は、春だというのにうっすらと白かった。宙を舞い、溶けるようにして消えていく。
アリスは竿らしきものを持たず、指から直接、糸を垂らしていた。
手釣りという、この釣りを試してみようと思ったのは、ほんの気まぐれだった。人形を操る上で、多少の訓練になるかも知れないと考えたことも一理ある。仕掛けも適当、時刻も適当ではあったが、それでも一尾や二尾は釣れるだろうとアリスは踏んでいた。
或いは、予想に反して入れ食い状態となってしまい、処理に困るかもしれない。そうなった場合、保存のために燻製にするのが良いだろう。同じ森の黒白にでも、たまにはお裾分けをしてやるのも悪くない。アリスは即席の釣り道具一式を片手に、意気揚々と自宅を後にした。
「全然、釣れない」
それがこのざまである。
まさしく、取らぬ狸の皮算用。
釣りをはじめて、そろそろ二時間。糸を垂らし続けているのも、なんだか億劫になってきた。
「まったく、釣れない」
最早、何度目かになるその言葉を聞く者はいない。通り過ぎる人影もなく、湖畔は静けさに包まれている。それどころか、魚影のひとつも見当たらなかった。
試しに糸を引き上げてみるが、餌はしっかりと付いたままである。つつかれた形跡すら見当たらない。
あまりの手応えのなさに、恨めしく思うことさえ馬鹿らしくなってくる。物憂げな白い溜め息が、また溶けていった。
「釣れますか?」
遠慮がちな、しかし若干の含みを持たせた声が掛かってきた。
振り返ると、だいぶ距離を置いたところに、一人の少女が立っている。ふたつの瞳が小馬鹿にするように細められており、それとは別の瞳がひとつ、探るようにくりくりと覗いていた。
一目で、どこのどいつだか分かった。
「……あなたなら、いちいち聞く必要もないのでは?」
「この距離では、聞く必要がありますので」
「では、そのふたつの瞳で見て頂戴。見てのとおりですよ」
「ボウズでしたか、これは失礼しました」
分かっていたくせに。
口元を可笑しそうに抑える少女――古明地さとりを、アリスは軽く睨みつけた。普段から地底に引きこもっている彼女を、こんな場所で見かけるのは珍しかった。
「たまに散歩に来るのです。この湖は、人間などもほとんど通りませんので」
「まだ私はなにも言っていませんよ」
「察しはつきますから」
「いい性格していますね」
「生まれつきです」
さとりは、暖かそうなダッフルコートを羽織っていた。
これも妖怪としては珍しく、あまり身体は丈夫ではないのかも知れない。若しくは、灼熱地獄が近いこともあって暑さには慣れているが、逆に寒さには慣れていないとも考えられる。勿論、ただのファッションという可能性もあるが。
「慌しい兎でも見かけましたか?」
「いいえ、暖かそうなのを着ているなと思っただけです」
「暖かいですよ。この辺りは春先でも寒いですから」
丸みのある顎が、若干ばかりコートの縁に埋もれている。
どうやらそのダッフルコートは、さとりには少々大き過ぎるようだった。その華奢な身体が、着膨れしているかのように一回りほど大きく見えた。
もこもこ。
改めてさとりの姿を見た、アリスの感想だった。
「……暇なら見ていきます?」
立ち去る気配がないので、人形に予備の椅子を持って来させた。
「どうせボウズですけど」
「では、御言葉に甘えて」
さとりは臆することもなく椅子を受け取り、座る。先程と変わらず、アリスとはだいぶ距離を置いていた。
「どうせボウズでしょうけど」
そう言って、さとりは囁くように笑った。上品ながらも癪に障る笑いだったが、軽く聞き流して、再び釣りへと興じる。
だが、ギャラリーが増えたからと言って劇的な変化が起こるはずもない。水面に垂らした糸は、ぴくりとも反応しなかった。
通る影はひとつもなく、時間は過ぎていく。
眺めている内に、また自然と口が開いた。
「さっきの言葉ですけれど」
「はい」
「不思議の国のアリス、ですか」
「童話は時々読むんです」
さとりの表情は、静かで柔らかい。
「ペットたちに読み聞かせることがありますから」
小柄なさとりの周りに、犬猫諸々の動物が集まっている光景が、アリスの脳裏に浮かぶ。
もこもこが、さらにもこもこに。
「……なにか?」
「いえ、別に」
ゆったりとかぶりを振って、その光景を追い払った。
「他には、なにか読まれるので?」
「読み物なら、色々と。やらなければいけないことも、今の地底ではそれほどありません。時間が空いた時には、いつも読書をしています。本を読むというのは、いいものです。字面を見つめ、読み取るというのがとても面白い」
「どこぞの魔女とも似ていますね。もっとも、あちらは読書こそが本業なんでしょうけど」
「あなたと同じく、人間の魔法使いに与していた輩ですか。その節は、大変お世話になりました」
他人事のような口振りで、さとりは軽く頭を下げた。
怨霊調査のために地底へと人間二人を送り込んだことも、今となっては随分と前のことである。あの頃は冬であり、肌を刺す寒さも厳しいものだった。そんな時に住まいへと乗り込まれ、好き放題に暴れられたというのに、さとりの物腰は恭しいほど柔らかい。そのことが、かえって気まずさを感じさせた。
当たりでも来ないかと目をやるが、垂らされた糸は少しも動かない。
「あなたの本も読ませてもらいました」
「それは、どうも」
「人形に関して逐一と書かれており、読み応えがありました。内容は、あまり理解はできませんでしたが」
なんと答えてよいか分からず、アリスは黙って聞いていた。
「理解できないと言えば、八雲紫の著書も到底理解の及ばないものでした。真意を読み取ろうとも思ったのですが、徒労に終わりましたよ」
「あれは理解を試みることこそ、馬鹿らしいかと」
「もっと早く、そこに至るべきでした。馬鹿馬鹿しいと」
「下手に恐れを抱く必要もないでしょう。それこそ、あのスキマしか得をしません」
「違いない」
言って、さとりは静かに笑った。つられるように、アリスもかすかに微笑む。強張ったものではあったが、釣りをしていて釣られるとは如何なものか。
湖面も糸も、揺れることはない。
「恐れを抱くと言えば」
「妖怪の特権ですね」
「そんな妖怪や怨霊をも怯ませるのが、私です」
アリスとさとりの距離は、なおも離れたままだった。
みっつめの瞳が、こちらを窺うように覗いている。紫水晶のようなふたつの瞳は、探るように細められていた。
「私にかかれば、誰もが丸裸になります。深々と頭を下げ、その実はしたり顔で舌を出しても、私の前ではなんの意味ありません」
「そのとおり、なんでしょうね」
「顔は微笑んでいても、心では疎ましがっている。そんなことは、掃き捨てるくらいに見てきたつもりです」
「器用な輩も居たものですね。幻想郷では貴重かも知れません」
「さて、ここでひとつ」
ぴっと指を立てて、さとりは悪戯っぽく言った。
「私は本当に、この距離でもあなたの心は見えていないのでしょうか」
「つまり本当は見えていると?」
「そうだったら、どうします?」
「迷惑な話です」
「正直ですね」
「もしそうだとするなら、今の私が考えていることも分かりますから」
「お望みなら、当ててみましょうか」
「読むまでもないでしょう」
アリスは、垂らしていた糸を手繰り寄せる。
なにも掛かってはいないのを見て、嘆息とともにかぶりを振った。
「釣れない釣れないと、嘆いているばかりですから」
「私はてっきり、私が早く立ち去ればいいのにと思っているのかと」
「少しはありますけどね、こんな状況を見られたくはありませんし。だけど、そうしてあなたが居なくなると、今度は話し相手すら居なくなってしまう。一人で静かに興じるのも悪くありませんが、これだけなにも釣れないとなると、そんな玄人ぶった真似をするのも馬鹿らしい」
「器用ですね。一度にそれだけを考えるなんて」
「都会派ですから」
再び、水面へと仕掛けを投じる。
取りとめもない話だったが、それはそれで気を紛らわせられた。一向に当たりの来ない釣り糸を相手にするよりは、よっぽど話し甲斐がある。それが例え、心の読めるさとり妖怪が相手でも。
何気ない会話なら、忌避することもあまりなかった。
「あなたも書いてみたら?」
「藪から棒に。なにを?」
「いや、本」
鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔を、さとりは浮かべた。
「読むのでしょう、本。それなら、その読む時間を使って、いっそなにかを書いてみるのもいいかも知れませんよ」
意外と楽しいですし、とアリスは付け加えた。
なんてことはない。話の流れで思いついた、気ままな提案だった。
「私が本を、ですか?」
だが、さとりの反応は予想以上のものだった。困惑したように目線を泳がせ、声も若干上擦ったものとなる。
どうやら、自分で本を書くということは、アリスに言われるまで思いもしなかったらしい。落ち着きのなくなったその様子は、この少女には似つかわしくないものであり、それがまた愛嬌らしさを感じさせた。
どぎまぎする、もこもこ。
多くのペットを世話する少女が、小動物のように忙しなくしていた。
「いえ、そもそも私は読むだけです。文章など、それこそ事務的なものくらいしか、書いたこともありませんし。なにを書くかということも、思いつきません。そんな私が、本を出すなど」
「旧地獄のこととか、地霊殿のこととか。ペットなんかもいいかも知れないわね。書けそうなことは色々あると思うのだけれど」
「見る人など、居ないような」
「私の本を見たって言ったのは、まだあなたで二人目ですよ。一人目は稗田の九代目」
淹れた紅茶を満足げに飲む、少女の姿が脳裏に浮かぶ。
彼女も自分の本について、あまり理解はできないと躊躇なく言ってのけていたことを、アリスは思い出していた。
「あの子なら、あなたが本を書いたと知れば真っ先に読むはずです。旧地獄にしろ地霊殿にしろ、古い文献からでしか分からないと、言っていましたから」
「人里の、稗田家の当主ですか」
「好奇心に関しては中々貪欲ですよ」
さとりの交友関係がそれほど広くないことは、容易に想像がついた。会ったことのない人物を思い描いているのか、眉根を寄せている。
人里など、縁遠い場所だったのだろう。その顔は、多少の渋みを滲ませていた。
「それに地底の話題などは、今が旬とも言えます。今年の春は、桜とともに別のものが舞っていますし」
「神霊ですか。しかし既に、何人かが動きはじめたとも聞いています。解決されるのも時間の問題でしょう。それに怨霊と神霊とでは、性質もまったく異なります。私などでは、たぶん畑が違うかと」
「だから、あなたは地底に関して書けばいいんです。勿論、それ以外のことについて書くのもいいですし、書くものはあなたが自由に決めればいい。そこに関係を見出すのは読者の勝手でもあり、自由でもあります」
「……なんだか」
そこで、さとりは細く息をつく。白く色づいた吐息は、流れるように消えていった。
ふたつの瞳は、ようやく得心したといった様相で細められている。
「あなたが私に、書け書けと迫っているようにも思えてきたのですが」
「気付きましたか」
アリスは、にべもなく言った。
「どうやら本当に、私の心は読んではいなかったようですね」
「はぐらかさないでください。何故、私に本を書けと?」
「いや、軽い気持ちなんですよ」
垂らす糸へと目を向ける。かすかに揺れたような気がしたが、魚影のひとつも見当たらなかった。
自ずと、肩をすくめていた。
「軽く、読んでみたいなと思っただけです」
「……私の本を、ですか」
「ええ、あなたの本」
ふたつの瞳は、またも困惑したように揺れている。
紫水晶のような輝きは、ぎょろりと目をむく第三の瞳などより、よっぽど綺麗だなとアリスは思った。
「私の本を読んだ人が、果たしてどんな本を書いてくれるのか。やっぱり、気になりましたので」
「……それだけ、ですか」
「ええ、それだけよ」
遠くでなにかの影が、飛びながら過ぎ去っていった。恐らく妖精だろう、或いは今話題の神霊だったのかも知れない。どちらにしろ、雑多なものには変わりなかった。気に留めるのも馬鹿らしかった。
アリスはしばらく釣り糸をじっと見つめていたが、疲れを感じて目元を軽く揉んだ。
湖畔はなおも冷え込んでいる。
「やはり、藪から棒です」
振り返ると、さとりは呆れたような顔をしていた。
しかし口元だけは、ほんの少し綻んでいるようにも見えた。
「あなたは、もっと他者の様子を窺うのは上手いと思っていたのですが」
「さとり妖怪には負けます」
「意外と、ずけずけと図々しいところもあるのですね」
「人間諸々には負けます」
「でも」
袖で口元を押さえて、さとりはほのかに笑い声をあげていた。
ダッフルコートの袖口に、小さなその手が半ばほどまで隠れている。やはり大き過ぎるようだったが、それが逆にとても似合っていると、アリスは思った。
「少し、書いてみようかなと思いましたよ、本。どんなものにするかも、決めてはいませんが」
「楽しみに待っています」
「それは本音かしら?」
「さあ、どうでしょう?」
互いに、かすかに微笑み、それから少々大きな声で笑い合った。
視界の端には、垂らし続ける糸が見えている。わずかに揺れているようにも見えたが、どうせ先程と同じく気のせいなのだろう。陽が傾いてきたのか、自分の影が湖面へすうっと伸びている。釣り糸を小突くかのように、影は小刻みに動いていた。
糸が、力強く引き込まれた。
咄嗟に、踏み締めるようにして足の底へと力を入れる。たたらを踏んでしまうことは避けたが、糸を引き込もうとする力は思いの外、強かった。自分の影と思っていた魚影は、黒々とした流線型をしている。驚いた顔で見つめている、そこの古明地さとりほどなら、呑み込めそうなほどに巨大だった。
魚影が一際大きくうねり、水飛沫があがる。
大物だと喜ぶ余裕もなかった。
「ちょっと、こっち、来て」
途切れ途切れに、なんとかそれだけを言った。
片手だけでは御し切れないと判断し、もう片方の手からも糸をすべて伸ばしたのは正解だったが、結果として両手が塞がってしまったのは痛恨事だった。暴れ狂う魚影の力強さは、並大抵のものではない。お世辞にも腕力に自信があるとは言えないアリスにとって、こうした根比べは分の悪いものだった。
このままではジリ貧、下手をすれば湖へと引きずり込まれてしまう。
「あんた、使えるわよね、色々」
「……ですが、それだと」
「いいから来なさい!」
意を決したように、さとりは駆け寄ってきた。こちらの瞳を、そっと覗き込んでくる。
大事の前の小事。
致し方ないと、アリスは強く頷いた。
歯を食いしばりながら、腰を据えるようにして一気に引っ張る。一際、大きな水飛沫があがる。
それをも覆い隠すほどの水柱が、炸裂音とともに昇った。
「あいたっ」
引き込む力が瞬く間になくなり、後ろへと勢いよく転ぶ。したたかに打った頭をさすりながら、傍らへと寄って来た、さとりを見た。
水柱が昇った際、彼女は湖に向かって何かを投じていた。
湖は、既に元の静かな状態へ戻ろうとしている。ぱらぱらと、にわか雨のように水飛沫が降ってきていた。
「今の、だけど」
「あなたの人形を爆発させるものです」
「えっと、その……あんた、意外と過激ね」
「咄嗟のことでしたので、驚かせてすみません」
「いやそれは、まあ非常事態だったし」
ダイナマイト漁という単語が、アリスの脳裏に浮かんだ。背筋を流れた冷や汗のことは、ひとまず頭の隅に追いやっておく。
湖面へと近付くと、巨大な魚が腹を上にして浮かんでいた。幸い、他に巻き込まれた魚はいないようである。或いは、この巨大魚が粗方、他の魚を食い尽してしまったのかも知れない。そう思わせるほどに、大きな魚だった。
「新聞で、湖に巨大魚が発生していると見たことあるけど」
「かなり前の記事ではありませんか、それ」
「まだ生き残りがいたとは」
巨大魚の口は独特の形状をしている。たぶんハスだなと、アリスは思った。
使役していた糸をすべて手繰り寄せ、巨大魚を引き上げる。骨の折れる作業だったが、幾つかの糸で人形にも運ばせたので、釣れた時よりは楽なものだった。
吊るして、さとりの背と比べてみる。並ぶほど巨大であったその事実に、アリスは改めて嘆息した。
「どうしようかしら、これ」
まさか本当に、処理に困るとは思いもしなかった。
燻製や日干しなど、保存する方法はいくらでもある。かと言って、これだけの魚を保存するともなれば、かなりの手間が掛かりそうだった。おまけに、この分だと数日間は同じ魚が、食卓に並び続けることとなる。誰かにでもお裾分けするのが賢明だろうと、アリスは考えていた。
ふと、目を横にやる。
「……なにか?」
訝しむような表情で、さとりは首を傾げた。その距離は、互いに座って話し込んでいた時よりもずっと近い。胸元のひとつ目は、なおもこちらをきょろきょろと窺っていた。
分かっているくせに。
「だから、なにがです? と言うか、あなたはいいのですか。私がこんなに近寄っていても」
「まあ非常事態だったし」
「今は、その事態も治まっています」
「話の流れでしょう。気にしない気にしない」
「やはり図々しいですね。いつのまにか、敬語も引っ込めていますし」
さとりは疲れたような溜め息をつき、湖の対岸へと視線を移す。
こちらへと向き直るのに、それほど時間は要さなかった。
「……地霊殿には、私のペットたちも居ます。それほどの巨大な魚でも、すぐになくなるでしょう。幸い、あの子たちには好き嫌いなど、あまりありませんし」
「それはいいわね。これだけの大きな獲物、どうしようかと途方に暮れていたもの」
「ですから、そうですね、その」
口元をもごもごとさせて、さとりは言い淀んでいる。次の言葉を、泥の中から必死に模索しているようにも見える。
もこもこが、もごもご。
さとりの頬が、一気に赤く染まった。
「うちに、きませんか」
たどたどしい言い方だった。
よし、とアリスはそれだけを呟いた。
巨大魚を支えるのに費やしていた糸を、ある程度まで人形を操るものに代える。それだけで、かなり動きやすくなった。釣り道具やら椅子やらも、人形たちに片付けさせる。
「では、御言葉に甘えて」
二人で並びその場を後にした。湖畔は寒かったが、季節はもう春である。
程なくして、暖かな風が髪を梳いた。
「……それと」
「ええ」
「これは、あくまでお願いなのですが」
そこで、さとりの言葉は止まってしまった。若干俯きながら、大きめのダッフルコートの、大きめなボタンを手で弄っている。
またも言い淀んでしまったその先を、くみ取るのは容易かった。
「僭越ながら、手伝わせてもらうわ」
癖っ毛の強い、短めの髪を軽く撫でる。薄紫のその髪は、猫の毛のように柔らかかった。
もこもこは、もふもふしていた。
「本の執筆」
「……はい」
さとりは、はにかみながら言った。
「よろしくお願いします」
二人は並んで歩いている。お互いの距離は、心を読むどころか、表情を読み取れそうなほどに近い。
まあいいかと、アリスは思った。
あんまり絡みを見ない二人でしたが面白かったです。
二人の会話がとても良い雰囲気を出していて面白かったです。
作者様とは良い酒が飲めそうです。
もこもこと暖かいお話。
うぐ〜が口癖の女の子のダッフルコートが思い浮かびました。
作品自体も釣りをしている雰囲気が上手く演出されさとりが現れてからの何気ない会話、さとりの心の移り変わりや
さとりを前にしてもアリスがさとりをからかう雰囲気がよかったです。
あとウサギが出てくる童話はアリスが幻想郷で書いたのか!
とても楽しく読ましていただきました。
もこもこ
ダッフルコートを着たさとりんもアリスも素敵。
いい雰囲気の二人でした。
そしてアリさと。絡みがほとんどない、SSもない二人の話は貴重です。
さとりの読心を警戒して遠ざけないアリスは珍しい。
だんだんに距離が縮まっていくのが良かったです。
さとりさんの執筆する本。グリマリの流れを組んで、幻想郷のトラウマ図鑑みたいなのはどうでしょうか。
素晴らしい
さとりちゃんと呼びたくなる
実に
なかなか上品な会話だったと思います。
地霊殿おそるべし。
聞き心地の良い軽妙な会話。時間の経過を感じさせる静かな雰囲気。
そして最後はほんのりと甘い。実に良い。
楽しませていただきました。
しかし竿を使わずに手だけとは、このアリスにならマグロも釣れるんじゃないかと思いました。
マグロ漁船アリス・・・・・・アリだな。
珍しい組み合わせなのに意外と会話が続くなぁと思いました。
各キャラクターの内面に対する、作者様の読みの深さが垣間見えますね。
あとがきの作者さんの主張は熱くとも、作品は整然としており書き手としてのスキルの高さを感じます。
面白かったです
もこもこ