[はじめに]
・長大になってしまったので連載モノの体裁を取らせていただきます。
・不定期更新予定。
・できるだけ原作設定準拠で進めておりますが、まれに筆者の独自設定・解釈が描写されていることがあります。あらかじめご注意下さい。
・基本的にはバトルモノです。
以上の点をご了承頂いた上、ぜひ読んでいってください。
前回 J-2 G-3
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【 H-2 】
「いくよー!蠢符!『ナイトバグトルネード』!!」
「なんのっ!秘術『グレイソーマタージ』!!」
早苗とリグルの二人は、白玉楼前上空で激しく弾幕を交わし合っていた。
二人の魔力光が冥界の夜空を彩り、月にも星にも負けないほどに煌く。紋様打って綺羅めくその弾たちは、まるで花火のように壮観に、見る者を圧倒する弾の海を成していた。
決闘方式不問のこの場において、二人はどちらともなく、示し合わせたかのように“弾幕勝負”をしていた。
幻想郷で生まれた、偉大で、下らない、お遊び。
遊びであるが故に、彼我の身体能力の差を大きく問わない、平等な決闘方法。それが如何に優秀なシステムであるかは、戦っている二人を見れば自ずとわかった。
空を舞う二人は子供のように無邪気に笑い、楽しんでいる。“決闘”という名目なのに、観戦する二人にも、思わず笑みが零れるほどに。
「おーおー派手にやってるなー」
「そうね。二人してあんなにはしゃいじゃって」
魔理沙と雛は、二人並んでチームメイトの戦いを眺めていた。
魔理沙としては、別組として戦って良かったのだが、早苗たちが戦い出すや否や、すぐそばの岩に腰掛けて観戦を決め込んだ雛に毒気を抜かれ、魔理沙も大人しく空を舞う二人を眺めることにした。
「なぁ、せっかく観戦してるんだし、どっちが勝つか賭けないか?」
「それって意味あるの?どっちも自分のチームの人に賭けるんじゃないかしら」
「それなら票は二つに別れるから賭けになるな」
「選択肢は無いのね。……困ったわ。ベットもフォールも出来ないのなら、あの子が負けないことを祈るしか、やることないわねぇ」
その通り、と言わんばかりに魔理沙はケラケラと笑った。
空ではまた花火の如く弾幕が広がり、人は舞踏の如く舞っている。
夜の闇に浮かぶ弾は、ただただ美しかった。
「やるね、早苗~!巫女のニセモノのくせに!」
「だからーそもそも私は厳密には巫女じゃないんですって!確かに霊夢さんと格好が似てますけど、違うんですっ」
弾火を交わす彼女たち自身も、緊張感も無く楽しんでいるようである。互いの放つスペルを避け合いながら軽口を叩き合う。
今幻想郷各地で繰り広げられている戦いの中で、それは最も平和的なものだった。
血が流れるようなこともなければ、何かを壊すこともない。
“誰か”の目指した――戦いのカタチ。
「楽しいんだけど……そろそろ終わりにするね!」
リグルは展開していた弾幕を区切り、新しいスペルカードを宣誓する。
「隠蟲――『永夜蟄居』!!これでラストにさせてもらうよっ!」
リグルを起点に弧を描くように、弾たちが飛び出し、彼女の周囲を囲ってゆく。
それらは円陣を組み、一拍置いた後に“弾幕”となって早苗へと殺到していった。規則性のある配置から、流れるように弾が舞う。法則が存在する以上、避けられないでもない。
問題は――数。
決め技と自負しているだけあって、その弾数は半端な量ではない。
さながら押し寄せる蟲の大軍のような勢いで、弾たちは夜空を埋めていく。
「むむっ!これはヤバイです!私も切り札、行きますよ!」
相手の弾をなんとか掻い潜りながら、早苗も新しいスペルカードを切る。
「準備……『サモンタケミナカタ』」
早苗の周囲を取り囲むように、弾幕が広がってゆく。
よく見るとそれは、いくつかの弾が並び、五芒星を象っていた。顕される星の形がいくつも重なるようにして、早苗の周りを取り囲んでいる。
「――はっ!!」
早苗が一喝するとともに、星を形成していた弾たちはその正体を失くす。
五芒星の各辺が、バラバラに分解され、それぞれに棒状の弾の塊として拡散すると、そのままに敵目がけて運動を始める。
その速度は速いほうではない――が、ズッシリと降り注ぐ弾幕は、リグルの放った弾の一つや二つでは止まる様子は見られない。
相手の放った弾幕を押し潰すようにして、早苗のスペルは押し進む。
「ちょ……えぇ―――――っ!!!」
リグルの弾幕をすり潰し、突破し、早苗の弾幕は一気呵成に目標へと侵攻してゆく。
迫り来る弾を前に、リグルも一応は回避行動を取って最後の足掻きを見せてはいたが、所詮焼け石に水に過ぎない。
あっけなく被弾し、戦闘空域から弾き出されるようにして地面ギリギリまで降下していってしまった。
これで、“スペルカードルール”としては決着だ。
「くぁ―――っ!負けたかぁぁぁぁ――――――っ!」
リグルは被弾したにもかかわらずピンピンとしていた。
それも当然、今回は純粋な“弾幕ごっこ”だったのだから。
見た目の派手さを問う“弾幕”に、殺傷能力はほとんど無い。
「もう~ダメですよーもう少し頑張ってくれないと。あくまで今のは“準備”なんですから」
勝者の早苗もなぜか不満そうに文句を言いながら地上に降り立つ。「準備なら弾撃つなよー」と、リグルが文句をつけ返していた。
「――賭けは私の勝ちだな」
「そうね。負けちゃったわ」
雛は戦いの終わりを見取ると、岩から腰を上げ、リグルの方へと向かっていった。
「ダメよーリグル。私はあなたが勝つ方に賭けさせられたんだから。おかげで私も負けちゃったじゃない」
「知らないよっ!人が真剣に戦ってる横で何話してるのかと思ったら……」
「……賭けとか言い出したの魔理沙さんでしょ?」
「むやみに人を疑うのは良くないぜ」
まぁ確かに私の提案だが、とすぐに付け加え、ケラケラと笑う。
――外の世界で、立派なギャンブラーになれそうですね。女の子なのに。
早苗は溜め息を吐かずにはいられなかった。
そんな早苗の嘆息には聞く耳を持たず、魔理沙は準備運動のように肩を大きく回した。
「さて――早苗たちは終わったし……次は私たちの番だな」
今ここにいるのは四人――二対二の構図である。
すでにそれぞれのチームの一人ずつは戦い、その勝負は決した。となれば、残った者同士で戦うのは自然な流れだろう。
だが、そう考えていた魔理沙の目の前に、早苗がずいっと体を割り込ませた。
「魔理沙さんは今日は大人しくしてて下さい。雛さんとも私がやります」
魔理沙の前へと割って入り、挙句、彼女はそのまま二戦目をやる気でいた。
「オマエ……今やったじゃないか。人の出番取るなよ」
「さっきも言いましたけど、魔理沙さんは昨日のダメージもありますから、今日は極力大人しくしてて下さい。また何無茶するかわかりません」
そんな二人のやり取りをリグルは横目で眺め、
「へぇー、魔理沙がそんなにやられたってのも珍しいね」
思ったことをそのまま口にする。
巫女と一緒になって異変解決する変人魔法使いが、弾幕勝負で簡単に負けるとは思っていなかったのだ。
仮に弾幕勝負じゃなくても、この白黒の魔力値はそこそこ高い。
ガチンコでやってもそこら辺の妖怪とは渡り合えると思えたが――どうやら、昨日魔理沙が戦った相手というのは“そこら辺の妖怪”のレベルでは済まなかったようだ。
「それがですね、聞いて下さいよ。魔理沙さんてば――あいたっ」
「人の醜態を無闇に晒すのは下品だぜ」
リグルの方を向き、昨日のことを伝えようとした早苗の頭を、箒の柄で軽く小突く。
ただでさえ自分の負けた話なんて触れて回られたく無い上に、昨日のは特にみっともなかった。なにせ帰りは立てなくておんぶだ。どうにか口止めせねば、と彼女の中で後ろ暗い算段がよぎる。
そこで不意に、ここまで何も言わなかった雛が口を開いた。
「あ、私の負けでいいわよ?」
「……は?」
魔理沙と早苗には、一瞬、何の話かさえ分からなかった。
話の流れも少しおかしいし、その中身も魔理沙たちにはすんなり理解できない。
あまりに唐突に、目の前の一柱は自分から負けを認めてしまっていた。
雛は柔らかな佇まいのまま、黙って二人を見ている。どうやら、本気のようだった。
「………いやいやいや、リグルには勝ってるんだぜ?オマエまで負けを認めたら誰が私たちを止めるんだよ」
私たち行っちゃうぜ?と魔理沙はなぜか相手の立場になって尋ねていた。
止められるのを振り切って進むのは慣れていたが、“はい、どうぞ”と道を開けられるのは初めてである。彼女も混乱していたのだろう。
「そ、そうですよ。二人とも、ここにいるってことは拠点の防衛をしてるんじゃないんですか?無抵抗で私たち通しちゃマズいでしょ」
早苗も慌てて魔理沙と調子を合わせる。
彼女も戦って勝った上で進む気満々でいたため、雛の申し出を素直に受け止めることは出来ずにいた。
結局、彼女たちは順番を取り合うのを止め、二人で敵の説得をしていた。
「いいじゃん、雛が進んでいいって言ってるんだから、進ませてもらえば」
味方の発言を受け入れたのか、リグルの声は妙に冷静だった。
「そうそう。いいじゃない。――それに、私の負けはもう決まってるわ」
そこで再び雛は微笑み、狐に摘まれた挙句に大慌てな、二人の人間の子供たちに向けて言った。
「だって、さっき賭けに負けちゃったもの」
これには流石にリグルも吹き出していた。
早苗はまだポカンとした顔をしている。
魔理沙は――早苗より早く、リグルよりも遅く、スイッチがようやく入ったように吹き出して、大笑いしていた。
「――ぶ、はははははははっ!!いやぁー……参った!それなら仕方ないな。ここは通してもらうぜ」
「えぇ、どうぞ」
「どう?実は結構変な神様でしょ。私も同じチームになって初めて知ったんだけどね」
「まったくだぜ」
「????」
魔理沙とリグルがケラケラと笑い合い、雛はそんな二人を微笑ましく見ていて、早苗だけが取り残されたように、まだ頭にハテナマークを浮かべている。
「さて、許可も頂いたようだから、行くぜ早苗。白玉楼に」
「え、あ、う、は、はい」
結局最後まで今ひとつ訳が分からないまま、早苗は魔理沙に引きずられるようにして空へと浮かび上がる。
「じゃーな、二人とも」
「行ってらっしゃい」
「頑張ってねー。早苗もまたねー」
見送る二人は自陣を突破されたにもかかわらず、楽しげに手を振って敵チームを送り出していた。
まだ早苗はその様子が疑問に思えて仕方なかったが、自分の名前を呼んで挨拶してくれている以上、無視するのも無礼なので、
「は、はい!リグルさんも今度守矢神社に遊びに来て下さいね!」
そう言って手を振返していた。
「さて、行くぜ。中にいる紫を探しに行こう」
箒に跨がり、少し先を行く魔理沙は、すでに今夜の目的へと頭を切替えていた。
――こんなのでいいのかなぁ?
早苗だけはついに、首を傾げることから離れられなかった。
※
やはり魔理沙たちと同じタイミング。白玉楼を挟んで反対側。
アリスと慧音の戦いも――――
「――これでお終いね。まだやる……とは、まさか言わないでしょう?」
目の前で片膝を立ててしゃがみ込む慧音に、突き刺すようにして尋ねる。
速さも抑揚も無い声。
彼女がこの声で命じれば、慧音を取り囲んでいる人形たちの“軍隊”は、眼前の半獣を容赦無く叩き伏せるのだろう。
それを解りやすく示しているかのように、人形たちは皆、慧音の方を向いている。
すでに彼女は銃口を向けられ、包囲されているも同じなのだ。
「あぁ…………降参だ」
慧音は呟くようにそう宣言し、分かり易いように両手を上げてみせる。
降伏の意を確認すると、アリスは「ふぅ」と一息吐き、魔導書に再び封をした。
魔力の供給を絶ち、レギオンたちを撤退させる。
周りをパタパタと飛び回る上海人形にも“お疲れ様”と一声かけ、それがわかったかのように、人形も頷いてみせていた。
アリスは――人形も含めて――まったくの無傷だった。
対する慧音の体には無数の傷が刻まれており、乱れた息をどうにか整えようと肩を上下させている様子も窺える。
そう、結果はアリスの完勝。
傷ひとつ貰うことなく、アリスは満月の半獣を下していた。
実質戦闘時間は、正味五分と言ったところ。
そんな圧倒的速さで、圧倒的実力差を見せつけ、アリスはそこに立っていた。
「強いのはわかっていたが……まさかこれ程とは…………」
慧音は地に膝をつきながら、目の前の人形使いを改めて観察した。
柔らかくウェーブがかった、透き通るような金髪をかき上げている。琥珀のような金の瞳で、少女は彼女を見ていた。
「……慧音と最後に戦ったのは肝試しの時よね。あの時は魔理沙が一緒だったから、あいつに任せっきりだっただけ。“強いのはわかっていた”なんて言っても、みんな私より魔理沙の方が印象あるハズよ」
実を言えば、確かにその通りだった。
アリスが幻想郷に来て弾を交えたのは、霊夢・魔理沙・咲夜相手を除けば、永夜異変の時が初めてである。贋物の月を掲げた犯人である永遠亭の面々以外にも、道中出会って弾幕を交わした者もいた。
慧音もその一人だ。
そして永遠亭の者も含め、アリスたちと弾幕ごっこをした面々の多くの記憶に強く残っているのは、黒い魔法使いの方であるだろう。
高い攻撃力とスピードを併せ持つピーキーな性能で戦場を駆け抜けていた魔理沙の印象は強くても、それをサポートするようにして戦っていたアリスの方を強く印象づけている者は少ない。
実際に戦ってみた上で、慧音には――そして観戦していた小町にも――その理由はわかっていた。
「まさか今までずっと手を抜いていたとはな……」
「不満だったかしら?」
「いいや。文句を言えるような実力差でないことはよくわかった。とりあえず今日は本気で挑んでくれたようだし、気にはしないさ」
――まぁあれが“全力”とも思えんがね。
慧音は地についていた手を離し、今度は膝に手を当てながらどうにか立ち上がった。
よっぽど力を使ったのか、立ち上がる足に最初のような力強さは感じられない。
「まぁ悪いけど、初見の相手にいきなり手の内は見せられないからね。あの日はほとんど魔理沙にやらせられて助かったわ」
「用心深いんだねぇ。……でもいいのかい?私は初対戦だし、お前さんの実力も見てしまったよ?」
ここで小町が口を挟んだ。急に声を上げた死神の方を見やり、アリスは何も言わない。
確かに、ここまでアリスの戦いぶりを、次の対戦相手になるであろう小町にはしっかりと見られていた。仕方の無いこととは言え、良いことではない。
アリスと小町は、ここまで戦ったことは無い。
お互いに接点が無かったこともあるが、おかげで互いの実力は未知数の部分が大きい。
だが、ここでアリスが戦った姿を見せつけてしまったせいで、小町には情報が与えられてしまっている。
力を温存しておくことを勝負の重要なファクターとして設定するのならば、すでに軽いハンデがついてしまっているとも言えた。
そのことに、アリスが気づいていないはずも無い。
「――言ったはずよ。“初見の相手に手の内は見せるもんじゃない”って」
「それを見てしまったよ?」
「わかってないわね」
アリスはニヤリと底意地の悪い笑みを見せる。
本人は全力で否定するだろうが、この笑顔は、昨日彼女自身に向けられた永琳の笑顔とよく似ていた。
「慧音と戦って見せた程度のことなら、手の内なんて大層なほどのことはしてないわ。なんせ全力で戦うのって、嫌いでね」
アリスの言葉の真偽を、小町は量りかねた。
満月時のハクタクを相手にあそこまで圧倒しておいて、まだ本気ではない。普通に考えればただのブラフであろう。
いくらなんでもそれは大きく出過ぎている。いくらなんでも、それは無い。
無い、はずだが――――
アリスの纏っている雰囲気は、すでに“並み”ではない。
持っている存在感だけなら上級の妖怪クラスである。言い放った本人は、口角を上げただけの笑みのまま、自信ありげに佇んでいる。
“やるならどうぞ、かかって来い”と言わんばかりのオーラを醸し出していた。
渾身のハッタリか。絶対的な自信の表れか。
だが、小町には、実はどちらでも良くて――――
「ははははははっ!!!面白い子だ!真相がどうあれ、その心臓の強さは好きだよ」
小町は鎌を担いだまま、自分の膝をバンバンと叩いて楽しそうにそう言った。
涙を浮かべるまで笑い転げている小町を見て、アリスは思わず、眉間に皺を寄せる。
「――で、結局やるの?やらないの?」
微妙に関係の無いところでゲラゲラと笑い転げている相手を見て若干イライラし始めていた。
彼女は理知的で論理的で、頭の回転も速いが、なんと言っても基本的には短気であった。
「ん?あぁ~……惜しいねぇ。そこはもっと憮然としてなきゃ。また少し弱そうに見えちゃうよ?」
「――弱いかどうか、試してみたいわけねっ!」
完全にイライラを通り越して頭にきた。結局いつもの彼女だった。
すでに立場は逆転し、今となってはアリスの方から食って掛かりそうな構図となってしまっている。
やられたはずの慧音もそんなアリスが妙に微笑ましく、本人に聞こえないようにクスクスと笑いをかみ締めていた。
「あーあーごめんごめん!私の負けでいいよ!降参!な?」
小町は両手を上げてバンザイのポーズを見せていた。世間一般で言うところの“参った”のジェスチャーである。
顔はまだ半分笑ったままになってしまったため、どう見ても巫戯けているようにしか見えないが、降参の意ではあるようだ。
「……それは新手の宣戦布告?」
「いやいや、降参」
「降参がどうのは別に私があなたをブチのめしたい気分なんだけど、それはどうすればいいのかしら?」
「うーん、致し方ないね。諦めるといいよ!」
二人のやり取りを見ていた慧音が思わず吹き出す。すでに場は緊張感の欠片すらなく、完全にグダグダ。
「――ッ!……ふふふ、そう。そんなにやられたいのね…………」
アリスの笑顔は完全に引きつっていた。こめかみにも青筋が走っているのがよくわかる。
さっきとはまた違う笑顔。
笑っている表情だけでこれだけ多彩な彼女の表情筋は褒められてもいい。
そこに、楽しそうに笑っていた慧音が仲裁に入った。
「まぁまぁ」
そう言いながら声を挟む彼女にもすでに、敵味方の無い気安さが漂っている。
「……真面目な話。私たちの負けでいい。元々二人掛りで一人を止めるなんて真似もしたくなかったしな」
慧音の声にアリスも少し正気に戻った。きっと今また小町と話をしても、青筋立たせるのだろうが。
「あなたたちはそれでいいの?仮にも門番みたいなもんなんでしょ?」
「そんな大層なものじゃないさ。現にこのチームの人間はほとんど出払ってしまっているしな」
「――紫は?」
「彼女はいるみたいだがな。私たちは夜になってからほとんど外だから、どこで何やってるかまでは知らないよ」
「そう……」
「八雲紫に用があるのだろう。――行くといい。夜にも限りはある」
慧音は穏やかな声でそう言った。どうも本気で敵の足止めをする気はないようだ。自軍の大将がやられた時点でチームの負け、というルールにもかかわらず。
「――ありがとう。お言葉に甘えるとするわ」
そう言ってアリスも礼を述べ、フワリと宙に浮かび上がった。
すでに距離感を弄られているようなことはない。彼女は白玉楼を目指すようにして斜めに空へと飛び上がり――――
「あーちょっと魔法使いサン?」
不意に、ここまで黙っていた小町から声が掛かった。
まだ根に持っているようで、アリスは少し不機嫌な顔で振り返る。
「お前さん、こいこいかオイチョカブは知ってるかい?なんならマージャンでもいいけど」
「……ルールくらいは」
それが何か、と言わんばかりのジトーとした目で小町を見ていた。
そんなことなど気にせずに、死神は楽しそうな声を上げ、
「じゃあ今度やろう。ポーカーフェイスの上手いアンタなら、いーい勝負になりそうだ」
相変わらず、ずっと保っていたバンザイのポーズのまま、小町はすでに楽しみだと言わんばかりの無邪気な顔でいた。
そんな彼女の毒気の無さに――アリスもつられたのだろう、いっぺんに棘を抜かれてしまった。
わずかに間を開け、彼女も可愛らしい笑みを作って返事を返す。
「ポーカーかブラックジャックならいいわよ?」
「そっちは専門外だなぁ。まぁ次に会ったときにでも教えてくれればいいよ。その時に、今回の決着もつけようじゃないかね」
「あら?それこそいい度胸ね。強いわよ?私」
「あたいだってなかなかのもんさ。楽しみだなぁ。他にも出来るヤツ呼んでチンチロとか、ちょっと大勝負でもいいし…………」
まだ立っていない賭場に思いを馳せ、小町はバンザイポーズで虚空を眺める。
そんな彼女の頭の上に、手が降ってきた。
平手のままのそれは彼女のくせっ毛頭をがっしりと掴み、その手の主は冷ややかな視線のままに、小町の後ろに立っている。
「私の前で賭け事の相談は見過ごせないな」
慧音がニヤニヤしながら、二人を諌めていた。
※
冥界・白玉楼。
自称二百由旬もの広大な庭をもつ、冥界の管理者が住む大きな屋敷。
庭の二百由旬は実際に誰かが計測した記録があるわけではないため、あくまで“自称”。
だが、広大であることを表す単位としてならば、それは確かに当てはまっていた。
魔理沙の案内で白玉楼の塀を乗り越え、敷地内に入ってもまだ、肝心の屋敷は遠くにある。
「広いお庭……これはメンテナンスが大変ですね」
魔理沙と早苗はその庭を飛びながら白玉楼の屋敷を目指していた。
庭に植わっている樹の多くは桜。夏も終わりを迎えつつあるこの時期、桜の樹は緑を散らしつつあり、秋が近いことを知らせている。四季の巡りはあの世もこの世も変わらない。
「まぁ二百由旬あるってのたまってるくらいだからな。妖夢ひとりじゃ日が暮れても終わらないぜ」
二百由旬がどのくらいかはわからんけどな、と魔理沙は笑っていた。
「確か仏教系の単位でしたよね。一由旬が七キロメートル強だったように覚えてますから……二百由旬だと、千五百キロにもなるんですけど…………」
「……見栄っ張りもここまで来ると重症だぜ。人が単位を知らないと思って、適当言いやがって…………」
「ま、まぁ、とにかく広いってことが言いたいんじゃないですか?」
そんな他愛のない話をしている内に、自称・二百由旬の庭を抜け、二人は屋敷の前まで辿り着いていた。
白玉楼――和風の造りの木造平屋。
広大な庭に釣り合うほど、大きなお屋敷である。
竹林にある永遠亭と似た造りの建造物であったが、周囲を竹に囲まれ、昼夜を問わずに薄暗い永遠亭と比較すると、白玉楼はよりオープンな雰囲気があった。
昨晩の神社と比べても、それは瞭然。空から近づく彼女たちと白玉楼の間に遮蔽物は一切無い。ぽっかりと浮かぶ月は顕界と変わらず、淡く輝き、屋敷と桜と、二人の少女を照らしていた。
「お庭に負けず劣らず、おっきなお屋敷ですねぇ」
「そうなんだよなぁ……探す側としては困ったサイズだ」
二人は屋敷の傍までくると、静かに着地した。
地に降り立ち、屋敷と立ち位置を合わせてみても、やはりこれは大きな屋敷だと再確認しただけだった。
高さこそないが、横に広い。降り立って左右を見渡しても、ひたすらに縁側が続いている。
「さてどうするか――――ぶっ!?」
言いながら屋敷へと踏み込もうとする魔理沙の眼前が、急に暗くなった。喋っている途中の口まで押さえられ、間抜けな声が漏れる。
――なんか昨日もそんなことあったな。
などと頭の片隅で思い出していたが……今回も原因はすぐわかった。ちなみに昨日とは全然違う。
急に現れたなにかが顔に張り付いたのだ。そんな、極めて物理的な理由。
「なんだなんだ?」
何とは無しに顔にくっついてるナニカに手を伸ばす。
触ってみると結構質量があった。布の触り心地も確認できる。おそらく良い布。
適当なところを摘み、目の前にぶら下げて――それがなんなのか、彼女にはひと目でわかった。
「―――――――シャンハイ?」
可愛らしい人形。
摘まみ上げられながら、クリクリとしたビー玉のような瞳で魔理沙を見つめ返している。
よく見たことのあるそれは、もう持ち主まで一発でわかる。個性的な、可愛らしい人形。
「御機嫌よう。まだ比較的無事みたいで良かったわね」
その声に、魔理沙と早苗は顔を上げた。
なぜか屋根を越えるようにして降ってくる声は、凛とよく通る声で彼女たちへと向けられている。
その声が笑っているであろうことは、顔を上げる前から魔理沙にはわかっていた。
「はっ、こちらこそだぜ。昨日山で見なかったから、もう死んでるのかと思ってたのに」
人形を摘みながら、野良魔法使いは挨拶を返す。
別のチームへと分かたれた、一日ぶりの、まださして懐かしくもない、知己に。
さすがの魔理沙もここで会うとは思っていなかった、自称・都会派魔法使いの彼女の声に。
「アリスさんっ!」
「早苗も一緒なのね。こんばんは。なんか変な組み合わせね」
「こんばんは。よく言われます。アリスさんはどうしてここに?」
出会うタイミングこそ予想外であったが、なぜ彼女がここにいるのか、ということ自体は、魔理沙は疑問には思わなかった。
うっすらと、しかし確信を持って、彼女が自分たちと同じ理由でここにいるということがわかっていた。
そしてそれは、アリスも同じ。
「――紫にちょっと聞きたいことがあってね。あなたたちもでしょ?」
「あぁ。そんなトコだな。残念ながらおまえと戦ってる暇は無いわけさ」
「それはお互い様よ。やってもいいんだけど、面倒の方が大きいからね」
言葉の端々に棘を孕む二人の会話は、にもかかわらず、楽しげだった。面と向かって言えば必ず否定されるだろうが、彼女たちはやはり、気の合う友人同士なのだろう。
そんな二人の間に立ち、早苗は、パンっと手を合わせた。
「じゃあアリスさんも一緒に行きましょう!」
ね?と言って小首を傾げる。名案であると言わんばかりの彼女の笑顔。
そして、
わずかに黙り、早苗を見る二人。
「「あ―――…………………………………………」」
アリスも魔理沙も返事らしい返事は返さず、二人して口から空気を漏らしながら、とりあえず早苗の方を見ているだけだった。
「え?あ、あれ?な、なんですかこの空気?」
目的は同じだし、一緒に行きましょうよ~、と諦めずに言っていたが、相変わらず返事は無い。
二人とも目的が同じである以上、一緒に行くこと自体やぶさかではなかったのだが――改めてそう他人に言われると、なんだか気恥ずかしいものがあった。
一応理屈として、“敵同士なんだけどいいのか?”なんてことも用意はできたが、それを言ってはお終いである。互いを敵同士と認識するのなら、一緒に行くのどうのの前に、紫への道を賭けて戦わなければならなくなるだろう。
それは彼女たちにとって非常に不毛で、なにより億劫だった。
そうして彼女たちは、口を開けないでいる。
お互い意地の張り合いでは退く気の無い二人だけに、完全に膠着状態であった。
もちろん、自分の発言のせいでこうなってしまったということを、早苗はわかっていない。
そうして妙な膠着状態に入っていた彼女たちへと、割り込む四人目の声。
それが全てを融解させた。
「ステキな提案じゃない。旅は道連れ、世は儚し」
近寄ってきた気配は無し。声がどこから聞こえるかも定かではない。
しかし――声の主だけは確定していた。
相変わらずの人を食ったような、全てを見透かしているかのような、幻想郷で一番胡散くさい声。
一気に空気が張り詰める。
ピンッと張ったそんな空気を文字通り切り裂き、空間のスキマから、人の上半身がにゅっと現れる。
「はぁ~い」
今回の主犯、境界を操る妖怪――八雲紫。
口には微笑。言葉は飄逸。しかして、その存在感は圧倒的。
どこにでもいて、どこにもいない彼女は、今確かに魔理沙たち三人の前に、いた。
こうして面と向かうのが初めての早苗は、静かに生唾を飲み下す。
「――相変わらずダルそうでなによりね。盗み聞きも健在なようだし」
最初に口を開いたのはアリスであった。
突然の出現に慌てはしたが、以前から多少付き合いのある魔理沙とアリスの二人は、突然現れた紫を前にしても比較的早々と平静に戻れていた。
「盗み聞きもなにも、こんな軒先で話されちゃねぇ。千五百キロ先まで聞こえちゃうわよ?」
「そっから聞いてたのか……ならその時点で声かけろよ」
「あらあら、なんのことやら」
自らのスキマの淵に肘を掛け、微笑みながらに飄々と返す。
こうなってはもう真偽を問う意味は無い。
空間の亀裂から半身を現す彼女は、曲者揃いの幻想郷の中でも飛び抜けての賢人であり、同時に、同じくらい変人でもあった。
その眼は全てを見通しているようで、なにも見てはおらず、
その言葉は正鵠を射ているようで、かなり適当だったりする。
特にアリスは、そんな彼女が苦手だった。合わないと言い切ってもいい。
何を考えているか解らない相手はそもそも苦手だったが、紫はその中でも格別だ。言葉、視線、表情、佇まいに至るまで、全て得体が知れなさ過ぎる。
その点を加味すれば、“苦手”と言うよりはもはや“恐怖”に近いのかもしれない。
そんな相手を前に、アリスは慎重に切り出し方を頭の中で模索していた。
「あ、あの紫さんっ!!」
のだが――――
「私たち、あなたに聞きたいことがあって来ました!!」
呆気なく、早苗が本題を切り出してしまっていた。
しかもド直球で。
隣にいる魔理沙も、うんうん、と頷いている。
いや、いくら紫のことよく知らなくても、いきなり直球は無いでしょ…………しかも魔理沙頷いてるし、あんたは紫の性格知ってるじゃない。コイツはそんな素直に話振って答えてくれるほどイイ妖怪じゃ――――
半ば呆れるアリスを尻目に、紫が微笑む。
「いいわよ♪なんでも答えてあげるわ」
「答えるのっ!?」
いやいや、あなたに限って、さすがにそれは無いでしょ、紫。
「あら、失礼ね。聞かれたことに答えないなんて意地悪しないわ」
「こいつ……いけしゃあしゃあと…………」
「あなたは妙に勘繰るからダメなのよ。この巫女さん見習ってもう少し素直に聞いたらどうかしら?」
紫はクスクスと笑いながらそんなことをのたまっていた。
アリスは再認識した。
――――やっぱり、コイツは嫌いだ。
「紫のクセに、たまには太っ腹だな」
「今回の催しの総責任者ですからね。参加者の疑問にはもれなくお答えしますわ」
などと言いながら、紫と魔理沙はキャイキャイやっている。
アリスの私見だが、この胡散臭い妖怪は、なぜか妙に人間に好かれている……ような気がする。
霊夢や魔理沙あたりが特殊な気もするが、どうしてこんな胡散臭い妖怪とまっとうに会話してられるのか、その神経がアリスにはわからなかった。
――そこら辺の妖怪たちは怖くなくてもいいから、せめてこの妙な妖怪だけはいっぱしに怖がってもバチは当たらないと思うんだけど。
「とりあえず、上がってはどう?庭で立ち話もなんでしょう」
紫は自分の家のような気軽さで座敷を勧めていた。
あくまでここは白玉楼、彼女は今回間借りさせてもらっているだけなのだが、そんな事は瑣末なことであるらしい。
じゃあお邪魔するぜ、などと言いながら魔理沙も気安く上がりこもうとしているし、早苗もいそいそとその後についてゆく。
アリスだけが動き出しが遅れ、呆然としていた。
「あなたもいらっしゃいな。聞きたいこと、あるんでしょう?」
紫は薄く笑いながら、突っ立っているままのアリスに声をかける。魔理沙と早苗はすでに屋敷の中へと足を運んでいた。
アリスは溜息をひとつ――深呼吸だったのかもしれない。
大きく息を吐き、吸う。
そして紫を真っ直ぐに見据えながら――――
「……当然。聞きたいことは山ほどあるんだから。ダメと言われても上がらせてもらうわ」
紫はそんなアリスを見つめ返しつつ、小さく笑っていた。
それは先程までの笑みとは、また別の意味を持っているかのように。
「えぇ、どうぞ。奥の部屋でお待ちしていますわ」
クスクスとした笑いと共に、スキマは閉じ、紫の姿は影も形も無くなった。
その場に誰もいなくなったことを確認し、アリスは再び溜息を吐き――そして大きく息を吸い込んだ。
胸に抱える魔導書を握る手に力がこもる。心をニュートラルに戻すとともに、自らに喝を入れる。
彼女の戦いは、これから始まるのだから。
to be next resource ...
・長大になってしまったので連載モノの体裁を取らせていただきます。
・不定期更新予定。
・できるだけ原作設定準拠で進めておりますが、まれに筆者の独自設定・解釈が描写されていることがあります。あらかじめご注意下さい。
・基本的にはバトルモノです。
以上の点をご了承頂いた上、ぜひ読んでいってください。
前回 J-2 G-3
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【 H-2 】
「いくよー!蠢符!『ナイトバグトルネード』!!」
「なんのっ!秘術『グレイソーマタージ』!!」
早苗とリグルの二人は、白玉楼前上空で激しく弾幕を交わし合っていた。
二人の魔力光が冥界の夜空を彩り、月にも星にも負けないほどに煌く。紋様打って綺羅めくその弾たちは、まるで花火のように壮観に、見る者を圧倒する弾の海を成していた。
決闘方式不問のこの場において、二人はどちらともなく、示し合わせたかのように“弾幕勝負”をしていた。
幻想郷で生まれた、偉大で、下らない、お遊び。
遊びであるが故に、彼我の身体能力の差を大きく問わない、平等な決闘方法。それが如何に優秀なシステムであるかは、戦っている二人を見れば自ずとわかった。
空を舞う二人は子供のように無邪気に笑い、楽しんでいる。“決闘”という名目なのに、観戦する二人にも、思わず笑みが零れるほどに。
「おーおー派手にやってるなー」
「そうね。二人してあんなにはしゃいじゃって」
魔理沙と雛は、二人並んでチームメイトの戦いを眺めていた。
魔理沙としては、別組として戦って良かったのだが、早苗たちが戦い出すや否や、すぐそばの岩に腰掛けて観戦を決め込んだ雛に毒気を抜かれ、魔理沙も大人しく空を舞う二人を眺めることにした。
「なぁ、せっかく観戦してるんだし、どっちが勝つか賭けないか?」
「それって意味あるの?どっちも自分のチームの人に賭けるんじゃないかしら」
「それなら票は二つに別れるから賭けになるな」
「選択肢は無いのね。……困ったわ。ベットもフォールも出来ないのなら、あの子が負けないことを祈るしか、やることないわねぇ」
その通り、と言わんばかりに魔理沙はケラケラと笑った。
空ではまた花火の如く弾幕が広がり、人は舞踏の如く舞っている。
夜の闇に浮かぶ弾は、ただただ美しかった。
「やるね、早苗~!巫女のニセモノのくせに!」
「だからーそもそも私は厳密には巫女じゃないんですって!確かに霊夢さんと格好が似てますけど、違うんですっ」
弾火を交わす彼女たち自身も、緊張感も無く楽しんでいるようである。互いの放つスペルを避け合いながら軽口を叩き合う。
今幻想郷各地で繰り広げられている戦いの中で、それは最も平和的なものだった。
血が流れるようなこともなければ、何かを壊すこともない。
“誰か”の目指した――戦いのカタチ。
「楽しいんだけど……そろそろ終わりにするね!」
リグルは展開していた弾幕を区切り、新しいスペルカードを宣誓する。
「隠蟲――『永夜蟄居』!!これでラストにさせてもらうよっ!」
リグルを起点に弧を描くように、弾たちが飛び出し、彼女の周囲を囲ってゆく。
それらは円陣を組み、一拍置いた後に“弾幕”となって早苗へと殺到していった。規則性のある配置から、流れるように弾が舞う。法則が存在する以上、避けられないでもない。
問題は――数。
決め技と自負しているだけあって、その弾数は半端な量ではない。
さながら押し寄せる蟲の大軍のような勢いで、弾たちは夜空を埋めていく。
「むむっ!これはヤバイです!私も切り札、行きますよ!」
相手の弾をなんとか掻い潜りながら、早苗も新しいスペルカードを切る。
「準備……『サモンタケミナカタ』」
早苗の周囲を取り囲むように、弾幕が広がってゆく。
よく見るとそれは、いくつかの弾が並び、五芒星を象っていた。顕される星の形がいくつも重なるようにして、早苗の周りを取り囲んでいる。
「――はっ!!」
早苗が一喝するとともに、星を形成していた弾たちはその正体を失くす。
五芒星の各辺が、バラバラに分解され、それぞれに棒状の弾の塊として拡散すると、そのままに敵目がけて運動を始める。
その速度は速いほうではない――が、ズッシリと降り注ぐ弾幕は、リグルの放った弾の一つや二つでは止まる様子は見られない。
相手の放った弾幕を押し潰すようにして、早苗のスペルは押し進む。
「ちょ……えぇ―――――っ!!!」
リグルの弾幕をすり潰し、突破し、早苗の弾幕は一気呵成に目標へと侵攻してゆく。
迫り来る弾を前に、リグルも一応は回避行動を取って最後の足掻きを見せてはいたが、所詮焼け石に水に過ぎない。
あっけなく被弾し、戦闘空域から弾き出されるようにして地面ギリギリまで降下していってしまった。
これで、“スペルカードルール”としては決着だ。
「くぁ―――っ!負けたかぁぁぁぁ――――――っ!」
リグルは被弾したにもかかわらずピンピンとしていた。
それも当然、今回は純粋な“弾幕ごっこ”だったのだから。
見た目の派手さを問う“弾幕”に、殺傷能力はほとんど無い。
「もう~ダメですよーもう少し頑張ってくれないと。あくまで今のは“準備”なんですから」
勝者の早苗もなぜか不満そうに文句を言いながら地上に降り立つ。「準備なら弾撃つなよー」と、リグルが文句をつけ返していた。
「――賭けは私の勝ちだな」
「そうね。負けちゃったわ」
雛は戦いの終わりを見取ると、岩から腰を上げ、リグルの方へと向かっていった。
「ダメよーリグル。私はあなたが勝つ方に賭けさせられたんだから。おかげで私も負けちゃったじゃない」
「知らないよっ!人が真剣に戦ってる横で何話してるのかと思ったら……」
「……賭けとか言い出したの魔理沙さんでしょ?」
「むやみに人を疑うのは良くないぜ」
まぁ確かに私の提案だが、とすぐに付け加え、ケラケラと笑う。
――外の世界で、立派なギャンブラーになれそうですね。女の子なのに。
早苗は溜め息を吐かずにはいられなかった。
そんな早苗の嘆息には聞く耳を持たず、魔理沙は準備運動のように肩を大きく回した。
「さて――早苗たちは終わったし……次は私たちの番だな」
今ここにいるのは四人――二対二の構図である。
すでにそれぞれのチームの一人ずつは戦い、その勝負は決した。となれば、残った者同士で戦うのは自然な流れだろう。
だが、そう考えていた魔理沙の目の前に、早苗がずいっと体を割り込ませた。
「魔理沙さんは今日は大人しくしてて下さい。雛さんとも私がやります」
魔理沙の前へと割って入り、挙句、彼女はそのまま二戦目をやる気でいた。
「オマエ……今やったじゃないか。人の出番取るなよ」
「さっきも言いましたけど、魔理沙さんは昨日のダメージもありますから、今日は極力大人しくしてて下さい。また何無茶するかわかりません」
そんな二人のやり取りをリグルは横目で眺め、
「へぇー、魔理沙がそんなにやられたってのも珍しいね」
思ったことをそのまま口にする。
巫女と一緒になって異変解決する変人魔法使いが、弾幕勝負で簡単に負けるとは思っていなかったのだ。
仮に弾幕勝負じゃなくても、この白黒の魔力値はそこそこ高い。
ガチンコでやってもそこら辺の妖怪とは渡り合えると思えたが――どうやら、昨日魔理沙が戦った相手というのは“そこら辺の妖怪”のレベルでは済まなかったようだ。
「それがですね、聞いて下さいよ。魔理沙さんてば――あいたっ」
「人の醜態を無闇に晒すのは下品だぜ」
リグルの方を向き、昨日のことを伝えようとした早苗の頭を、箒の柄で軽く小突く。
ただでさえ自分の負けた話なんて触れて回られたく無い上に、昨日のは特にみっともなかった。なにせ帰りは立てなくておんぶだ。どうにか口止めせねば、と彼女の中で後ろ暗い算段がよぎる。
そこで不意に、ここまで何も言わなかった雛が口を開いた。
「あ、私の負けでいいわよ?」
「……は?」
魔理沙と早苗には、一瞬、何の話かさえ分からなかった。
話の流れも少しおかしいし、その中身も魔理沙たちにはすんなり理解できない。
あまりに唐突に、目の前の一柱は自分から負けを認めてしまっていた。
雛は柔らかな佇まいのまま、黙って二人を見ている。どうやら、本気のようだった。
「………いやいやいや、リグルには勝ってるんだぜ?オマエまで負けを認めたら誰が私たちを止めるんだよ」
私たち行っちゃうぜ?と魔理沙はなぜか相手の立場になって尋ねていた。
止められるのを振り切って進むのは慣れていたが、“はい、どうぞ”と道を開けられるのは初めてである。彼女も混乱していたのだろう。
「そ、そうですよ。二人とも、ここにいるってことは拠点の防衛をしてるんじゃないんですか?無抵抗で私たち通しちゃマズいでしょ」
早苗も慌てて魔理沙と調子を合わせる。
彼女も戦って勝った上で進む気満々でいたため、雛の申し出を素直に受け止めることは出来ずにいた。
結局、彼女たちは順番を取り合うのを止め、二人で敵の説得をしていた。
「いいじゃん、雛が進んでいいって言ってるんだから、進ませてもらえば」
味方の発言を受け入れたのか、リグルの声は妙に冷静だった。
「そうそう。いいじゃない。――それに、私の負けはもう決まってるわ」
そこで再び雛は微笑み、狐に摘まれた挙句に大慌てな、二人の人間の子供たちに向けて言った。
「だって、さっき賭けに負けちゃったもの」
これには流石にリグルも吹き出していた。
早苗はまだポカンとした顔をしている。
魔理沙は――早苗より早く、リグルよりも遅く、スイッチがようやく入ったように吹き出して、大笑いしていた。
「――ぶ、はははははははっ!!いやぁー……参った!それなら仕方ないな。ここは通してもらうぜ」
「えぇ、どうぞ」
「どう?実は結構変な神様でしょ。私も同じチームになって初めて知ったんだけどね」
「まったくだぜ」
「????」
魔理沙とリグルがケラケラと笑い合い、雛はそんな二人を微笑ましく見ていて、早苗だけが取り残されたように、まだ頭にハテナマークを浮かべている。
「さて、許可も頂いたようだから、行くぜ早苗。白玉楼に」
「え、あ、う、は、はい」
結局最後まで今ひとつ訳が分からないまま、早苗は魔理沙に引きずられるようにして空へと浮かび上がる。
「じゃーな、二人とも」
「行ってらっしゃい」
「頑張ってねー。早苗もまたねー」
見送る二人は自陣を突破されたにもかかわらず、楽しげに手を振って敵チームを送り出していた。
まだ早苗はその様子が疑問に思えて仕方なかったが、自分の名前を呼んで挨拶してくれている以上、無視するのも無礼なので、
「は、はい!リグルさんも今度守矢神社に遊びに来て下さいね!」
そう言って手を振返していた。
「さて、行くぜ。中にいる紫を探しに行こう」
箒に跨がり、少し先を行く魔理沙は、すでに今夜の目的へと頭を切替えていた。
――こんなのでいいのかなぁ?
早苗だけはついに、首を傾げることから離れられなかった。
※
やはり魔理沙たちと同じタイミング。白玉楼を挟んで反対側。
アリスと慧音の戦いも――――
「――これでお終いね。まだやる……とは、まさか言わないでしょう?」
目の前で片膝を立ててしゃがみ込む慧音に、突き刺すようにして尋ねる。
速さも抑揚も無い声。
彼女がこの声で命じれば、慧音を取り囲んでいる人形たちの“軍隊”は、眼前の半獣を容赦無く叩き伏せるのだろう。
それを解りやすく示しているかのように、人形たちは皆、慧音の方を向いている。
すでに彼女は銃口を向けられ、包囲されているも同じなのだ。
「あぁ…………降参だ」
慧音は呟くようにそう宣言し、分かり易いように両手を上げてみせる。
降伏の意を確認すると、アリスは「ふぅ」と一息吐き、魔導書に再び封をした。
魔力の供給を絶ち、レギオンたちを撤退させる。
周りをパタパタと飛び回る上海人形にも“お疲れ様”と一声かけ、それがわかったかのように、人形も頷いてみせていた。
アリスは――人形も含めて――まったくの無傷だった。
対する慧音の体には無数の傷が刻まれており、乱れた息をどうにか整えようと肩を上下させている様子も窺える。
そう、結果はアリスの完勝。
傷ひとつ貰うことなく、アリスは満月の半獣を下していた。
実質戦闘時間は、正味五分と言ったところ。
そんな圧倒的速さで、圧倒的実力差を見せつけ、アリスはそこに立っていた。
「強いのはわかっていたが……まさかこれ程とは…………」
慧音は地に膝をつきながら、目の前の人形使いを改めて観察した。
柔らかくウェーブがかった、透き通るような金髪をかき上げている。琥珀のような金の瞳で、少女は彼女を見ていた。
「……慧音と最後に戦ったのは肝試しの時よね。あの時は魔理沙が一緒だったから、あいつに任せっきりだっただけ。“強いのはわかっていた”なんて言っても、みんな私より魔理沙の方が印象あるハズよ」
実を言えば、確かにその通りだった。
アリスが幻想郷に来て弾を交えたのは、霊夢・魔理沙・咲夜相手を除けば、永夜異変の時が初めてである。贋物の月を掲げた犯人である永遠亭の面々以外にも、道中出会って弾幕を交わした者もいた。
慧音もその一人だ。
そして永遠亭の者も含め、アリスたちと弾幕ごっこをした面々の多くの記憶に強く残っているのは、黒い魔法使いの方であるだろう。
高い攻撃力とスピードを併せ持つピーキーな性能で戦場を駆け抜けていた魔理沙の印象は強くても、それをサポートするようにして戦っていたアリスの方を強く印象づけている者は少ない。
実際に戦ってみた上で、慧音には――そして観戦していた小町にも――その理由はわかっていた。
「まさか今までずっと手を抜いていたとはな……」
「不満だったかしら?」
「いいや。文句を言えるような実力差でないことはよくわかった。とりあえず今日は本気で挑んでくれたようだし、気にはしないさ」
――まぁあれが“全力”とも思えんがね。
慧音は地についていた手を離し、今度は膝に手を当てながらどうにか立ち上がった。
よっぽど力を使ったのか、立ち上がる足に最初のような力強さは感じられない。
「まぁ悪いけど、初見の相手にいきなり手の内は見せられないからね。あの日はほとんど魔理沙にやらせられて助かったわ」
「用心深いんだねぇ。……でもいいのかい?私は初対戦だし、お前さんの実力も見てしまったよ?」
ここで小町が口を挟んだ。急に声を上げた死神の方を見やり、アリスは何も言わない。
確かに、ここまでアリスの戦いぶりを、次の対戦相手になるであろう小町にはしっかりと見られていた。仕方の無いこととは言え、良いことではない。
アリスと小町は、ここまで戦ったことは無い。
お互いに接点が無かったこともあるが、おかげで互いの実力は未知数の部分が大きい。
だが、ここでアリスが戦った姿を見せつけてしまったせいで、小町には情報が与えられてしまっている。
力を温存しておくことを勝負の重要なファクターとして設定するのならば、すでに軽いハンデがついてしまっているとも言えた。
そのことに、アリスが気づいていないはずも無い。
「――言ったはずよ。“初見の相手に手の内は見せるもんじゃない”って」
「それを見てしまったよ?」
「わかってないわね」
アリスはニヤリと底意地の悪い笑みを見せる。
本人は全力で否定するだろうが、この笑顔は、昨日彼女自身に向けられた永琳の笑顔とよく似ていた。
「慧音と戦って見せた程度のことなら、手の内なんて大層なほどのことはしてないわ。なんせ全力で戦うのって、嫌いでね」
アリスの言葉の真偽を、小町は量りかねた。
満月時のハクタクを相手にあそこまで圧倒しておいて、まだ本気ではない。普通に考えればただのブラフであろう。
いくらなんでもそれは大きく出過ぎている。いくらなんでも、それは無い。
無い、はずだが――――
アリスの纏っている雰囲気は、すでに“並み”ではない。
持っている存在感だけなら上級の妖怪クラスである。言い放った本人は、口角を上げただけの笑みのまま、自信ありげに佇んでいる。
“やるならどうぞ、かかって来い”と言わんばかりのオーラを醸し出していた。
渾身のハッタリか。絶対的な自信の表れか。
だが、小町には、実はどちらでも良くて――――
「ははははははっ!!!面白い子だ!真相がどうあれ、その心臓の強さは好きだよ」
小町は鎌を担いだまま、自分の膝をバンバンと叩いて楽しそうにそう言った。
涙を浮かべるまで笑い転げている小町を見て、アリスは思わず、眉間に皺を寄せる。
「――で、結局やるの?やらないの?」
微妙に関係の無いところでゲラゲラと笑い転げている相手を見て若干イライラし始めていた。
彼女は理知的で論理的で、頭の回転も速いが、なんと言っても基本的には短気であった。
「ん?あぁ~……惜しいねぇ。そこはもっと憮然としてなきゃ。また少し弱そうに見えちゃうよ?」
「――弱いかどうか、試してみたいわけねっ!」
完全にイライラを通り越して頭にきた。結局いつもの彼女だった。
すでに立場は逆転し、今となってはアリスの方から食って掛かりそうな構図となってしまっている。
やられたはずの慧音もそんなアリスが妙に微笑ましく、本人に聞こえないようにクスクスと笑いをかみ締めていた。
「あーあーごめんごめん!私の負けでいいよ!降参!な?」
小町は両手を上げてバンザイのポーズを見せていた。世間一般で言うところの“参った”のジェスチャーである。
顔はまだ半分笑ったままになってしまったため、どう見ても巫戯けているようにしか見えないが、降参の意ではあるようだ。
「……それは新手の宣戦布告?」
「いやいや、降参」
「降参がどうのは別に私があなたをブチのめしたい気分なんだけど、それはどうすればいいのかしら?」
「うーん、致し方ないね。諦めるといいよ!」
二人のやり取りを見ていた慧音が思わず吹き出す。すでに場は緊張感の欠片すらなく、完全にグダグダ。
「――ッ!……ふふふ、そう。そんなにやられたいのね…………」
アリスの笑顔は完全に引きつっていた。こめかみにも青筋が走っているのがよくわかる。
さっきとはまた違う笑顔。
笑っている表情だけでこれだけ多彩な彼女の表情筋は褒められてもいい。
そこに、楽しそうに笑っていた慧音が仲裁に入った。
「まぁまぁ」
そう言いながら声を挟む彼女にもすでに、敵味方の無い気安さが漂っている。
「……真面目な話。私たちの負けでいい。元々二人掛りで一人を止めるなんて真似もしたくなかったしな」
慧音の声にアリスも少し正気に戻った。きっと今また小町と話をしても、青筋立たせるのだろうが。
「あなたたちはそれでいいの?仮にも門番みたいなもんなんでしょ?」
「そんな大層なものじゃないさ。現にこのチームの人間はほとんど出払ってしまっているしな」
「――紫は?」
「彼女はいるみたいだがな。私たちは夜になってからほとんど外だから、どこで何やってるかまでは知らないよ」
「そう……」
「八雲紫に用があるのだろう。――行くといい。夜にも限りはある」
慧音は穏やかな声でそう言った。どうも本気で敵の足止めをする気はないようだ。自軍の大将がやられた時点でチームの負け、というルールにもかかわらず。
「――ありがとう。お言葉に甘えるとするわ」
そう言ってアリスも礼を述べ、フワリと宙に浮かび上がった。
すでに距離感を弄られているようなことはない。彼女は白玉楼を目指すようにして斜めに空へと飛び上がり――――
「あーちょっと魔法使いサン?」
不意に、ここまで黙っていた小町から声が掛かった。
まだ根に持っているようで、アリスは少し不機嫌な顔で振り返る。
「お前さん、こいこいかオイチョカブは知ってるかい?なんならマージャンでもいいけど」
「……ルールくらいは」
それが何か、と言わんばかりのジトーとした目で小町を見ていた。
そんなことなど気にせずに、死神は楽しそうな声を上げ、
「じゃあ今度やろう。ポーカーフェイスの上手いアンタなら、いーい勝負になりそうだ」
相変わらず、ずっと保っていたバンザイのポーズのまま、小町はすでに楽しみだと言わんばかりの無邪気な顔でいた。
そんな彼女の毒気の無さに――アリスもつられたのだろう、いっぺんに棘を抜かれてしまった。
わずかに間を開け、彼女も可愛らしい笑みを作って返事を返す。
「ポーカーかブラックジャックならいいわよ?」
「そっちは専門外だなぁ。まぁ次に会ったときにでも教えてくれればいいよ。その時に、今回の決着もつけようじゃないかね」
「あら?それこそいい度胸ね。強いわよ?私」
「あたいだってなかなかのもんさ。楽しみだなぁ。他にも出来るヤツ呼んでチンチロとか、ちょっと大勝負でもいいし…………」
まだ立っていない賭場に思いを馳せ、小町はバンザイポーズで虚空を眺める。
そんな彼女の頭の上に、手が降ってきた。
平手のままのそれは彼女のくせっ毛頭をがっしりと掴み、その手の主は冷ややかな視線のままに、小町の後ろに立っている。
「私の前で賭け事の相談は見過ごせないな」
慧音がニヤニヤしながら、二人を諌めていた。
※
冥界・白玉楼。
自称二百由旬もの広大な庭をもつ、冥界の管理者が住む大きな屋敷。
庭の二百由旬は実際に誰かが計測した記録があるわけではないため、あくまで“自称”。
だが、広大であることを表す単位としてならば、それは確かに当てはまっていた。
魔理沙の案内で白玉楼の塀を乗り越え、敷地内に入ってもまだ、肝心の屋敷は遠くにある。
「広いお庭……これはメンテナンスが大変ですね」
魔理沙と早苗はその庭を飛びながら白玉楼の屋敷を目指していた。
庭に植わっている樹の多くは桜。夏も終わりを迎えつつあるこの時期、桜の樹は緑を散らしつつあり、秋が近いことを知らせている。四季の巡りはあの世もこの世も変わらない。
「まぁ二百由旬あるってのたまってるくらいだからな。妖夢ひとりじゃ日が暮れても終わらないぜ」
二百由旬がどのくらいかはわからんけどな、と魔理沙は笑っていた。
「確か仏教系の単位でしたよね。一由旬が七キロメートル強だったように覚えてますから……二百由旬だと、千五百キロにもなるんですけど…………」
「……見栄っ張りもここまで来ると重症だぜ。人が単位を知らないと思って、適当言いやがって…………」
「ま、まぁ、とにかく広いってことが言いたいんじゃないですか?」
そんな他愛のない話をしている内に、自称・二百由旬の庭を抜け、二人は屋敷の前まで辿り着いていた。
白玉楼――和風の造りの木造平屋。
広大な庭に釣り合うほど、大きなお屋敷である。
竹林にある永遠亭と似た造りの建造物であったが、周囲を竹に囲まれ、昼夜を問わずに薄暗い永遠亭と比較すると、白玉楼はよりオープンな雰囲気があった。
昨晩の神社と比べても、それは瞭然。空から近づく彼女たちと白玉楼の間に遮蔽物は一切無い。ぽっかりと浮かぶ月は顕界と変わらず、淡く輝き、屋敷と桜と、二人の少女を照らしていた。
「お庭に負けず劣らず、おっきなお屋敷ですねぇ」
「そうなんだよなぁ……探す側としては困ったサイズだ」
二人は屋敷の傍までくると、静かに着地した。
地に降り立ち、屋敷と立ち位置を合わせてみても、やはりこれは大きな屋敷だと再確認しただけだった。
高さこそないが、横に広い。降り立って左右を見渡しても、ひたすらに縁側が続いている。
「さてどうするか――――ぶっ!?」
言いながら屋敷へと踏み込もうとする魔理沙の眼前が、急に暗くなった。喋っている途中の口まで押さえられ、間抜けな声が漏れる。
――なんか昨日もそんなことあったな。
などと頭の片隅で思い出していたが……今回も原因はすぐわかった。ちなみに昨日とは全然違う。
急に現れたなにかが顔に張り付いたのだ。そんな、極めて物理的な理由。
「なんだなんだ?」
何とは無しに顔にくっついてるナニカに手を伸ばす。
触ってみると結構質量があった。布の触り心地も確認できる。おそらく良い布。
適当なところを摘み、目の前にぶら下げて――それがなんなのか、彼女にはひと目でわかった。
「―――――――シャンハイ?」
可愛らしい人形。
摘まみ上げられながら、クリクリとしたビー玉のような瞳で魔理沙を見つめ返している。
よく見たことのあるそれは、もう持ち主まで一発でわかる。個性的な、可愛らしい人形。
「御機嫌よう。まだ比較的無事みたいで良かったわね」
その声に、魔理沙と早苗は顔を上げた。
なぜか屋根を越えるようにして降ってくる声は、凛とよく通る声で彼女たちへと向けられている。
その声が笑っているであろうことは、顔を上げる前から魔理沙にはわかっていた。
「はっ、こちらこそだぜ。昨日山で見なかったから、もう死んでるのかと思ってたのに」
人形を摘みながら、野良魔法使いは挨拶を返す。
別のチームへと分かたれた、一日ぶりの、まださして懐かしくもない、知己に。
さすがの魔理沙もここで会うとは思っていなかった、自称・都会派魔法使いの彼女の声に。
「アリスさんっ!」
「早苗も一緒なのね。こんばんは。なんか変な組み合わせね」
「こんばんは。よく言われます。アリスさんはどうしてここに?」
出会うタイミングこそ予想外であったが、なぜ彼女がここにいるのか、ということ自体は、魔理沙は疑問には思わなかった。
うっすらと、しかし確信を持って、彼女が自分たちと同じ理由でここにいるということがわかっていた。
そしてそれは、アリスも同じ。
「――紫にちょっと聞きたいことがあってね。あなたたちもでしょ?」
「あぁ。そんなトコだな。残念ながらおまえと戦ってる暇は無いわけさ」
「それはお互い様よ。やってもいいんだけど、面倒の方が大きいからね」
言葉の端々に棘を孕む二人の会話は、にもかかわらず、楽しげだった。面と向かって言えば必ず否定されるだろうが、彼女たちはやはり、気の合う友人同士なのだろう。
そんな二人の間に立ち、早苗は、パンっと手を合わせた。
「じゃあアリスさんも一緒に行きましょう!」
ね?と言って小首を傾げる。名案であると言わんばかりの彼女の笑顔。
そして、
わずかに黙り、早苗を見る二人。
「「あ―――…………………………………………」」
アリスも魔理沙も返事らしい返事は返さず、二人して口から空気を漏らしながら、とりあえず早苗の方を見ているだけだった。
「え?あ、あれ?な、なんですかこの空気?」
目的は同じだし、一緒に行きましょうよ~、と諦めずに言っていたが、相変わらず返事は無い。
二人とも目的が同じである以上、一緒に行くこと自体やぶさかではなかったのだが――改めてそう他人に言われると、なんだか気恥ずかしいものがあった。
一応理屈として、“敵同士なんだけどいいのか?”なんてことも用意はできたが、それを言ってはお終いである。互いを敵同士と認識するのなら、一緒に行くのどうのの前に、紫への道を賭けて戦わなければならなくなるだろう。
それは彼女たちにとって非常に不毛で、なにより億劫だった。
そうして彼女たちは、口を開けないでいる。
お互い意地の張り合いでは退く気の無い二人だけに、完全に膠着状態であった。
もちろん、自分の発言のせいでこうなってしまったということを、早苗はわかっていない。
そうして妙な膠着状態に入っていた彼女たちへと、割り込む四人目の声。
それが全てを融解させた。
「ステキな提案じゃない。旅は道連れ、世は儚し」
近寄ってきた気配は無し。声がどこから聞こえるかも定かではない。
しかし――声の主だけは確定していた。
相変わらずの人を食ったような、全てを見透かしているかのような、幻想郷で一番胡散くさい声。
一気に空気が張り詰める。
ピンッと張ったそんな空気を文字通り切り裂き、空間のスキマから、人の上半身がにゅっと現れる。
「はぁ~い」
今回の主犯、境界を操る妖怪――八雲紫。
口には微笑。言葉は飄逸。しかして、その存在感は圧倒的。
どこにでもいて、どこにもいない彼女は、今確かに魔理沙たち三人の前に、いた。
こうして面と向かうのが初めての早苗は、静かに生唾を飲み下す。
「――相変わらずダルそうでなによりね。盗み聞きも健在なようだし」
最初に口を開いたのはアリスであった。
突然の出現に慌てはしたが、以前から多少付き合いのある魔理沙とアリスの二人は、突然現れた紫を前にしても比較的早々と平静に戻れていた。
「盗み聞きもなにも、こんな軒先で話されちゃねぇ。千五百キロ先まで聞こえちゃうわよ?」
「そっから聞いてたのか……ならその時点で声かけろよ」
「あらあら、なんのことやら」
自らのスキマの淵に肘を掛け、微笑みながらに飄々と返す。
こうなってはもう真偽を問う意味は無い。
空間の亀裂から半身を現す彼女は、曲者揃いの幻想郷の中でも飛び抜けての賢人であり、同時に、同じくらい変人でもあった。
その眼は全てを見通しているようで、なにも見てはおらず、
その言葉は正鵠を射ているようで、かなり適当だったりする。
特にアリスは、そんな彼女が苦手だった。合わないと言い切ってもいい。
何を考えているか解らない相手はそもそも苦手だったが、紫はその中でも格別だ。言葉、視線、表情、佇まいに至るまで、全て得体が知れなさ過ぎる。
その点を加味すれば、“苦手”と言うよりはもはや“恐怖”に近いのかもしれない。
そんな相手を前に、アリスは慎重に切り出し方を頭の中で模索していた。
「あ、あの紫さんっ!!」
のだが――――
「私たち、あなたに聞きたいことがあって来ました!!」
呆気なく、早苗が本題を切り出してしまっていた。
しかもド直球で。
隣にいる魔理沙も、うんうん、と頷いている。
いや、いくら紫のことよく知らなくても、いきなり直球は無いでしょ…………しかも魔理沙頷いてるし、あんたは紫の性格知ってるじゃない。コイツはそんな素直に話振って答えてくれるほどイイ妖怪じゃ――――
半ば呆れるアリスを尻目に、紫が微笑む。
「いいわよ♪なんでも答えてあげるわ」
「答えるのっ!?」
いやいや、あなたに限って、さすがにそれは無いでしょ、紫。
「あら、失礼ね。聞かれたことに答えないなんて意地悪しないわ」
「こいつ……いけしゃあしゃあと…………」
「あなたは妙に勘繰るからダメなのよ。この巫女さん見習ってもう少し素直に聞いたらどうかしら?」
紫はクスクスと笑いながらそんなことをのたまっていた。
アリスは再認識した。
――――やっぱり、コイツは嫌いだ。
「紫のクセに、たまには太っ腹だな」
「今回の催しの総責任者ですからね。参加者の疑問にはもれなくお答えしますわ」
などと言いながら、紫と魔理沙はキャイキャイやっている。
アリスの私見だが、この胡散臭い妖怪は、なぜか妙に人間に好かれている……ような気がする。
霊夢や魔理沙あたりが特殊な気もするが、どうしてこんな胡散臭い妖怪とまっとうに会話してられるのか、その神経がアリスにはわからなかった。
――そこら辺の妖怪たちは怖くなくてもいいから、せめてこの妙な妖怪だけはいっぱしに怖がってもバチは当たらないと思うんだけど。
「とりあえず、上がってはどう?庭で立ち話もなんでしょう」
紫は自分の家のような気軽さで座敷を勧めていた。
あくまでここは白玉楼、彼女は今回間借りさせてもらっているだけなのだが、そんな事は瑣末なことであるらしい。
じゃあお邪魔するぜ、などと言いながら魔理沙も気安く上がりこもうとしているし、早苗もいそいそとその後についてゆく。
アリスだけが動き出しが遅れ、呆然としていた。
「あなたもいらっしゃいな。聞きたいこと、あるんでしょう?」
紫は薄く笑いながら、突っ立っているままのアリスに声をかける。魔理沙と早苗はすでに屋敷の中へと足を運んでいた。
アリスは溜息をひとつ――深呼吸だったのかもしれない。
大きく息を吐き、吸う。
そして紫を真っ直ぐに見据えながら――――
「……当然。聞きたいことは山ほどあるんだから。ダメと言われても上がらせてもらうわ」
紫はそんなアリスを見つめ返しつつ、小さく笑っていた。
それは先程までの笑みとは、また別の意味を持っているかのように。
「えぇ、どうぞ。奥の部屋でお待ちしていますわ」
クスクスとした笑いと共に、スキマは閉じ、紫の姿は影も形も無くなった。
その場に誰もいなくなったことを確認し、アリスは再び溜息を吐き――そして大きく息を吸い込んだ。
胸に抱える魔導書を握る手に力がこもる。心をニュートラルに戻すとともに、自らに喝を入れる。
彼女の戦いは、これから始まるのだから。
to be next resource ...
不戦組は3日目で出番ありますか。
続き楽しみですわ~。
不戦組も三日目でちゃんと出てきます。
戦闘シーンあるかどうかはキャラ次第……とだけ。
楽しみです。
次回はゆかりんがよく喋ります。