Coolier - 新生・東方創想話

損な性分

2011/04/18 00:06:13
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 悪魔の棲む館、紅魔館。
 魑魅魍魎が跋扈する魔境・妖怪の山の麓に建つ、紅色に染まった洋館である。
 赤は血の色、警戒色。
 少々目にきついカラーリングは、寄りつく人妖を威嚇し遠ざける、住人の気性の表れなのかもしれない。

「ん……ん~っ」

 なればこそ、彼女がこの館には不釣り合いだと評されるのも、またやむなしといったところだろう。
 目を閉じ両手の指を組み、門前で軽く伸びをするのは、紅魔館の顔・紅美鈴。
 悪魔が棲むと言われるこの館で、目立って暢気な性格をした、中華風の出で立ちの門番である。
 緑のチャイナドレスを翻し、がらがらと門を開けて内側へ入った。

「さてさて、本日のお仕事終了っと」

 かつり、かつりと響く足音。
 庭園の石畳を歩く美鈴が、意気揚々と向かう先は、紅魔館の正面玄関。
 先ほども本人が呟いていたが、この日のシフトはこれで終わりらしい。
 いくらタフな妖怪といえども、24時間不眠不休で仕事ができるわけではないのだ(365日の間に休日があるかどうかは謎だが)。
 るんたったった、ふんたった。でたらめな鼻歌を口ずさみながら、館のドアを開け放つ。
 赤絨毯を踏みしめて、キャンドルに照らされた室内へと入った。
 紅魔館は日光侵入お断りの屋敷だ。窓一つないこの館は、照明を消せば、星明かりすら届かぬ暗闇へと変わる。

(ちょっと小腹が空いたから、適当に何か作ろうかしら)

 ふと、そんなことを思いつき、針路を台所へと取った。
 米があったら炒飯でも作ろうか。手間もかからないし、それくらいが一番いいだろう。
 そんなことを思案しながら、かつりかつりと廊下を進む。

「――あら、今上がりだったの」

 ちょうどその時だ。
 前方斜め下辺りから、耳に馴染んだ声が聞こえてきたのは。

「おや、これはお嬢様。珍しいところで会いますね」

 視線を下方へと落とし、声の主へと言葉を返す。
 どこか幼い印象を与える、薄桃色のドレスに身を包むのは、これまた幼い容姿の少女。
 さりとて妖怪の外見年齢は、実年齢とは一致しない。
 深紅の双眸をぎらつかせるのは、齢500を超える大妖魔だ。

「元よりここは私の家だからね。どこに居ようが私の勝手、ということさ」

 ふふん、と笑い告げるのは、永遠に紅い幼き月。
 血の色の名を姓に持つ、自称串刺し公の後継者。
 レミリア・スカーレット――誇り高き吸血鬼にして、守護すべき館の主がそこにいた。



 時刻は深夜を回っていた。
 夕食の時間は当に過ぎているし、美鈴もそれは食べている。
 故に館の炊事を一手に担う、銀髪のメイド長の姿はそこになく。

「さすがに咲夜のようにはいかないか」
「いやはや、面目ない」

 半ばからかうように笑う吸血鬼と、苦笑する門番の姿のみが台所にあった。
 キッチンテーブルへと適当に椅子を並べ、座る――雑とすら形容してもいいお茶の席を見れば、メイドはきっと嘆くだろう。
 もっともそれも、主たるレミリア自らが許可したとあれば、多少は大人しくなるかもしれないが。

「まぁ、たまにくらいは目をつぶるさ。2人きりの茶会なんて、そうそうあるものじゃないからね」

 くつくつと笑いながら、白いティーカップをソーサーに置く。
 この日、レミリアの紅茶を淹れたのは美鈴だ。
 当然、普段その手の仕事をしない彼女が、主の期待に沿えるだけの味を出せるはずもなかったのだが、
 この場に居合わせた偶然性に免じて、お咎めなしということにしてくれたようだった。

「本当、何年ぶりですかね。咲夜さんがメイド長になってからは、初めてなんじゃないでしょうか」

 対面するようにして席に着いた美鈴の手には、日本茶を注ぐための湯飲みが1つ。
 中は半透明の液体で満たされ、そこに柑橘系の果肉のスライスが浮いている。
 美鈴の故郷――の更にお隣の国で生まれた、柚子茶と呼ばれる飲み物だ。
 我らがメイド長・十六夜咲夜が、「咲夜の用意してくる変なお茶は嫌いだ」と、
 度々突っぱねられ続けてきた末に、今度こそはと気合いを込めて、先日香霖堂から仕入れてきた渾身のチョイスである。
 (ちなみにレミリアからはまたしても、「果物っぽすぎて茶を飲んでる気がしない」と顰蹙を食らった)。
 くるくる、と小さじで柚子をかき混ぜて、頃合いになったところで、口に運ぶ。

「……うん、美味しい」

 柑橘特有の甘酸っぱい味覚が、じんわりと口内を満たしていく。
 レモネードの味を、色濃く大人しくしたような感触だ。
 紅茶を好む家主にとっては、確かに甘ったるく感じられるかもしれないが、少なくとも美鈴にとっては、悪くない。

「やれやれ、クレームをつけた客の前で、よくもまぁそんな幸せそうな顔ができたもんだ」
「いやだから、反省してますってば」
「冗談よ」

 そんなやりとりから始まったのは、とりとめのないよもやま話。
 鮮やかな紅の長髪を揺らす、中華系の長身の美女と。
 10に至るか否かといった、幼く小柄な見た目の娘。
 ともすれば親と子にすら見える両者が、しかし実際には全く逆の上下関係のもと、ああだこうだと言葉を交わす。
 何もかもがちぐはぐな、一見奇妙なツーショット。

「この前咲夜が、人里に買い出しに行った時の話だそうだけど……」
「おとといパチュリー様に頼まれて、荷物運びのお手伝いをしていたんですけどね……」

 先ほど彼女ら自身が言った通り、紅美鈴とレミリア・スカーレットが、2人きりで顔を合わせるのは、稀だ。
 それはお互いの立場が理由でもあるし、レミリアお付のメイド長が現れたからでもある。
 だからといって、場の空気が気まずくなるかと問われると、そうでもなく。
 天狗の漫画を貸し借りし合うくらいには、2人の主従関係は良好であった。



 そんな雑談がどれほど続いた頃だったか。

「……そうそう。そういえば以前に、竜宮の使いなるものと弾幕勝負になったことがありまして」

 不意に美鈴が、そんなことを切り出した。

「ああ、なんだっけ、幻想郷の天気を狂わせた奴だっけか?」
「いや、博麗神社を地震で壊した犯人だったような……まぁそれはどっちでもいいんですけども」

 実際にはどちらも外れである。
 雷雲よりの使者・永江衣玖――彼女は当時の異変においては、地震が起きることを知らせるという形で関わっていた。
 もっともその時のあれやそれには、美鈴はさっぱり関わっていなかったので、
 それこそ今の話においては、心底どうでもいい事実ではあるのだが。
 ともかく美鈴が言うには、その竜宮の使いの微妙に癪に障る物言いにムッときた彼女が、
 珍しくムキになって弾幕勝負を挑み、敗北してやっぱり癪に障る台詞を吐かれて終わった、とのこと。

「私が本気で、この館の門を閉め切ろうとしてると思ってるのか……ねぇ」
「でもまぁ、あいつに言われなくとも、前々から気にはなってたんですよ。この際だから言わせてもらいますけど」

 永江衣玖の言うことは、ある程度的を射ていたと言えよう。
 元よりこの悪魔の館において、美鈴の戦闘能力のランクは、ぶっちゃけあんまり高くない。
 武術しか取り柄のない木っ端妖怪では、図書館の魔術師には到底かなわないだろうし、
 時を止めるメイド長にすらも、とてもじゃないが勝てないだろう。
 つまるところ、本来彼女が守らなければならないほどに脆弱な存在は、この紅魔館にはいないのだ。
 それどころかこの家主は、強者たる己に挑んでくる者達がいるという状況を、半ば面白がっているようにも見える。
 ならば門番たる紅美鈴は、何のために存在しているのか。
 それで思い悩み苦悶するほど、彼女のメンタルは弱くなかったが、兼ねてからの素朴な疑問ではあった。
 ……もちろん、全く不必要な存在だと言われてしまえば、当然ショックではあるが。

「そこのところ、どうなんですか? 私はちゃんとお役に立てているんですか?」
「いやでも、お前も役に立ってはいるのよ? 私だって、館に忍び込むネズミ全部の相手をするほど暇じゃないんだしさ」
「篩なんですか、私は」

 要するに、私が追い払える程度の相手はあしらって、私を倒せるだけの相手と戦う――その尺度のために私はいるのかと。

「そうとも言うわね。それ以外にも、また色々理由はあるんだけども」

 相も変わらずマイペースな、ともすれば自分本位な物言いで、レミリアが美鈴に返す。
 ついでにティーカップを手に取ると、軽く一口紅茶を含んだ。

「こんな話があるわ」

 音もなく、静かに。
 優雅な仕種で、カップをソーサーへと戻す。
 自らを貴族と称するレミリアだが、なるほど確かに、その細かな挙動には、その名に違わぬ品性がある。

「その昔、外の世界のあるところに、起業を志す1人の若い女がいた……」

 彼女は会社を立ち上げるため、融資をしてくれる企業を探し、日々営業を続けていた。
 しかし努力は実を結ばず、どこへ行っても門前払い。
 何故誰も話を取り合ってくれないのか、自分の何がいけなかったのか――彼女は失敗の原因を分析し始めた。
 そしてある時、彼女はある結論に至る。
 彼女は宝石店に向かうと、ありったけの宝石を買い漁り身につけ、その上で再び営業に臨んだ。
 すると受付の者達は、慌てて上司に連絡を取り、あっさり商談の席へと彼女を通したそうだ。

「おかげで彼女は金を手にして、見事自分の会社を立ち上げることに成功したそうよ」
「えーっと……それとこれとに、どういう関係が?」

 困ったように頭をぽりぽりと掻きながら、美鈴が尋ねた。
 腕っ節と身体捌きには自身のある彼女だが、その一方で、残念ながら、その手の教養の理解には疎い。
 貴族の語る起業家のたとえ話は、野良妖怪には少々難解すぎたようだ。

「……お前にももう少し学があれば、ちょっとはマシになるんだけどねぇ」

 むぅ、と不満げに唸りながら、ジト目で従者を睨むレミリア。
 一方の美鈴はそんな主に、あはは、と居心地悪そうな苦笑で返した。

「まぁいいわ、もう少し分かりやすく話してあげる。要するに門番というものは、力ある者のステータスなのよ」
「ステータス……ですか?」

 そこまで言い終えたところで、レミリアは一度姿勢を直した。
 椅子に預けた身をずらし、両肘をテーブルについて、両手の指を組む。
 楽な態勢を取ったところで、再び主は口を開く。

「美鈴は1人の人間が、従者を連れて歩いているのを見た時、その人間に対してどんな感想を抱く?」
「そうですね……偉い人なのかな、といったところでしょうか」
「そう、人を従えている人は偉いのよ」

 絡めた指を再び解き、右の人差し指で美鈴を指し、言う。
 それがレミリア・スカーレットの語る核心だった。

「若き起業家は宝石を纏い、自らを軽んじた者達に対して、自分を金持ちに見せようとした。
 お前も知っての通り、人間にとっての金は、そのまま力に直結する……
 それが知力であれ腕力であれ、大金を手にするには、相応の力が必要となるわけだからね」
「なるほど。大金を稼いだ者は、稼げるだけの力がある者……
 取引相手は、能力がある者が味方につくのなら、自分にとって利益になりうる、と判断したわけですね」
「正解」

 力とはすなわち説得力だ。
 どこの馬の骨とも知れぬ者が、儲け話を持ってきたから金をよこせ、と言ったところで、誰も信用するはずもない。
 どれほどの正論を吐こうとも、実績が伴っていなければ、机上の空論としか受け取られないだろう。
 しかしそれと同じ台詞を、力ある高給取りの口から聞かされれば、論理はたちまち説得力を帯びる。
 起業家は金持ちとして振舞うことで、その説得力を装おうとしたのだ。

「従者もその宝石と一緒。
 他者を従えられる者は、その者を屈服させられるだけの力を持った者なのだと、周囲にアピールすることができる。
 私は強いんだ、偉いんだと、周囲に知らしめることができる。外からでも人目につきやすい門番なら、なおさらね」
「つまり私は、お嬢様の偉大さを喧伝するための看板、ということですか」
「馬鹿どもを畏れさせるには、それで十分に有用なのさ」

 宝石に踊らされた使用人のような、と。
 そこまで言い終えたところで、話にひと段落がついたのだろうか。
 吸血鬼は肘をテーブルから離すと、カップを手に取り紅茶を飲んだ。
 門番もそれに合わせるようにして、湯飲みの柚子茶を口に含む。
 つまるところ、やはり門番・紅美鈴の役目は、館の弱者を守るために、門を閉め切ることではなく。
 門前で活躍することで、それをも従える強者の力を、外部に印象付けることだったということか。
 それではまるで、活劇漫画や小説に出てくる、引き立て役の噛ませ犬だ。
 といっても、それで困ることもないしまぁいいか――素直にそう思っていたあたり、やはり美鈴は美鈴だった。

「やれやれ、相変わらず我らがお嬢様は、カリスマ第一主義でいらっしゃる」

 とはいえ調子に乗らせたままでは、いささか癪に障るので、ちょっとばかりの皮肉を垂れる。
 どうせ無礼講の席なのだ。無礼だとか不敬罪だとか、そういうことは置いておくことにした。

「ええ、お前様のおっしゃる通りよ」

 しかし。
 ふっ、と微笑。
 あっけらかんと返ってきたのは、意外なほどに上機嫌な肯定だった。

「力とは恐れるべきものであり、畏れるべきものでもある……
 畏怖とはすなわち自衛の手段。強いと分かっている者を、わざわざ襲おうとする奴はそうそういないわ。
 力を誇示するということは、すなわち己を守ることに繋がる」

 なるほど、そういう考え方もあるのか。
 柚子茶を一口飲み込んで、机に湯飲みを置きながら思う。

「力は秘するものではない。外へと示すものなのよ」

 強い力を目の当たりにした者が、そこに抱く念は2つに1つ――それは人も妖怪も変わらない。
 その力をもって、弱き自分を虐げるのではないかという、恐怖。
 自分もあの者のように、強く在ることができたらという、畏敬。
 恐れは敵対者を逃走へと向かわせ。
 畏れは人を魅了し下僕へと貶める。
 そうなれば刃向かう者は1人もいない。レミリアをおびやかそうとする者は、軒並みその視界から消え失せる。
 力が秩序をなす妖怪社会においては、なるほど確かに、ある種理にかなった自衛の法かもしれない。

「……身の丈に合わない自慢話は、かえって自分を愚かに見せますよ?」
「ほう――お前は、私の身の丈が足りないというのか?」

 瞬間。
 ぞわり、と。
 ここしばらくの間忘れていた、懐かしい不快感が身を揺さぶる。
 全身の肌が泡立った。筋肉が委縮し、汗が流れた。
 そうだ。この感触だ。
 妖魔の本能に突き刺さるのは、眼前の存在が放つ気迫。
 吸血鬼と対峙した者全てが、例外なく満遍なく味わわされる、純然にして冷徹なる殺意。
 雄弁なるレミリア・スカーレットが紡ぐ万の言葉よりも、遥かに強大な説得力を有した王者のオーラだ。
 鮮血の紅眼に睨まれた者は、否応なしに悟らされる。
 この存在が口にする、大言壮語の数々には、その実誇張などまるでないのだと。
 その言の葉一枚一枚の全てが、圧倒的説得力の上に成り立った、紛れもない真実であるのだと。
 幻想最強の一角と謳われ、幻想の理すらも捻じ曲げた、生まれついての絶対王者。
 人を、アヤカシを、運命さえもその手に統べる、
 恐れと畏れを纏いし最強の血統――それが眼前で犬歯を光らせ、不敵に笑う少女の本質なのだ。

「いえ、滅相もない。少し戯れが過ぎたようです」

 申し訳ありません、と謝罪した。
 同時に内心で、危なかった、と冷や汗を流す。
 無粋と力押しを嫌うレミリアは、滅多に自らの力を振るうことはしない。
 そのせいもあって半ば忘れかけていたのだが、どうにか機嫌を損ねる前に、思い出すことができたらしい。
 自分が何者に仕えていたのかを。
 他ならぬ紅美鈴もまた、レミリア・スカーレットの力に中てられ、魅入らされた者の1人なのだということを。

「まぁいいわ。短期は損気、強者の名折れ……安直な怒りは嘲笑の的だもの」

 くすくすと含み笑いのように微笑しながら、吸血鬼は真紅の瞳を細める。
 同時にその身に纏った気迫も、たちまち赤色の室内へと霧散した。
 そうして普通に振舞っていれば、外見相応のおませな子供なのに――率直な感想は、しかし絶対に口にしないと決めた。
 そんなことを口走りでもすれば、今度こそあの世逝きかもしれない。



「大体ね、分からないのはむしろ、美鈴の方よ」

 言いながらレミリアが下ろしたカップは、すっかり空になっていた。
 どうやら今の一口で、1杯目の紅茶を飲みほしたらしい。

「それだけの力を持ちながら、何故それを誇ろうとしない?
 お前くらいの木っ端妖怪でも、煩わしい人間どもを追い払うくらいはできるはずでしょう?」

 訳が分からないといった風に、主の眉根がしかめられている。
 言うなれば紅美鈴は、レミリアの下に仕えていながら、その主とはまるきり真逆の性質を有していた女だった。
 よっぽど争いが嫌いなのだろうか。
 たとえ侵入者が現れても、平謝りすればそのまま帰す。
 それどころか通行人相手に、暢気にも世間話を持ちかけたりする。
 およそ排他的な輩の多い紅魔館において、人妖内外隔てなく、馴れ馴れしく接するこの女は、異質だ。
 そんなことだから稗田の物書きにも、平和的な妖怪、なんて嘗められ方をするのだろうに。

「いやまぁ私も、少し前まではそうだったんですよ?
 ただお嬢様のお力を見せられたら、私なんかのちっぽけな力を自慢したって、駄目じゃん?大したことないじゃん?ってなわけでして」
「それは喜んでいいのか、微妙なところね……」

 今度はレミリアが苦笑いをする番だった。
 呆れたというか、気まずいというか。
 なんか悪いことしちまったかなぁ、と。
 軽く肩を落とし、がっくりと脱力したような笑みで、美鈴を見やる。
 自分が信用し顔役を任せた相手が、自分のせいで自信喪失していた――なんてことを聞かされれば、誰だっていい思いはしない。

「……といってもまぁ、そんなのは理由の1つでしかないんですけどね」

 言いながら、軽くまぶたを閉じ、柚子茶をすする美鈴。
 どうやら彼女も彼女で、最後の一口を飲み終えたらしい。
 ことん、と空の湯飲みをテーブルに置くと、ゆっくりと青い双眸を開いた。

「幻想郷に来て、人喰いを禁じられて、スペルカードルールに触れて……私達と人間達との関わり方は、大きく形を変えました。
 もちろん、未だ私達への恐怖は、一部に残ってはいるけれど……それでも、人と人同士のように、触れ合える望みができました」

 幻想郷を幻想郷として保つのは、薄氷のごとく繊細な均衡。
 人妖の人口割合に動きがあれば、結界も里も崩壊してしまうという。
 故に人と妖怪は、互いに殺し合うことをやめた。
 相互不可侵となった両者だが、しかしそうしたことによって、時折互いに交流する姿が見られるようになった。
 互いを危険から遠ざけるための秩序が、互いを隣人として近づけるようになったのだ。

「独りぼっちは寂しいですから」

 ふっ――と。
 美鈴の緩んだ口元が、柔らかな微笑の形を成す。

「他人を打ちのめし、退ける力のない私は……他人を受け入れ、笑い合う方が楽しいんですよ」

 裏表も、屈託もなく。
 真っすぐな気持ちのいい笑顔で、彼女は眼前の主に言った。

「………」

 孤高とは孤独の同義語だ。
 敵を遠ざけるための傲岸な態度は、味方になりうる者すら遠ざける。
 もちろん咲夜や美鈴のように、彼女に忠誠を誓った者もいるし、紅白の巫女や七曜の魔法使いのような、彼女に構ってくる例外もいる。
 しかし、それはあくまで少数派だ。
 紅魔館の従者達を除けば、レミリア・スカーレットに、友人と呼べる者はそうはいなかった。
 通りすがりの人妖達と、和気あいあいと言葉を交わす、紅美鈴とは対照的に。

「……お前が守りたいのは我が身ではなく、心か」

 ふ、とレミリアにも笑みが浮かんだ。
 吸血鬼の強靭な精神力は、孤独の暗闇の中でも耐えられる。
 しかしこの門番の心は、その重みには耐えられないのだろう。
 他者に襲われる恐怖よりも、他者に嫌われる恐怖が勝るから。
 誰からも領域を侵されないことよりも、誰かと領域を共有することを望むから。
 きっと、だからこそ美鈴は彼女と違って、誰かにすり寄りたがるのだ。
 人当たりのいい笑顔を浮かべて、誰かれ構わず愛想を振りまいて、人の輪の中に入りたがるのだ。

「損な性分ね。私には面倒で煩わしくて、とても真似できそうにない」

 人の良さは悪徳にもなる。
 友愛に徹しようとする態度は、時に悪人に利用され、不利益を被ることにも繋がる。
 レミリアにとっては孤独よりも、そうしたリスクの方が不愉快だ。

「でも私には、お嬢様のような生き方の方が、よっぽど難しそうに見えますけどね」
「結局は十人十色ということ……とやかく論じるものでもなし、ということか」

 くつくつと笑いながら、美鈴に返した。
 そうだ。結局はそこに落ち着くのだ。
 強さも性格も違う両者なのだから、物事を理解し実践する尺度も当然違う。
 武術に優れてこそいるものの、この門番妖怪は、とりたて強い力を持っているというわけでもない。
 レミリアの生き方を真似したところで、幻想郷に数多はびこる、より強力な連中に取って食われるのが関の山だろう。
 それこそ彼女自身が言うところの、真似できそうにない損な性分、ということだ。
 きっと美鈴にとっては、彼女自身の選んだ道の方が、無理もなく幸せなのだろう。
 であれば、これ以上の論議は無粋でしかなかった。

「でもだからといって、悪魔の館の門番としては、厳格さが足りないことには変わりなし……
 お前にも炊事洗濯のスキルがあったら、メイドに配置転換することもできたんだけどねぇ」
「たはは……面目ありません」
「まぁいいわ。……それじゃあ」

 くい、と持ち上がるのは白いカップ。

「おかわり、もらえるかしら?」

 悪魔には似合わぬ柔和な笑みで、空になった陶磁器を手に、レミリアが美鈴へと尋ねる。

「……もちろん、喜んで。眠くなるまでお付き合いします」

 笑顔と共に頷くと、美鈴は再び席を立った。
 主の命を受け、白いティーカップを受け取り、内側へ紅茶を注いでいく。
 自身も柚子茶を淹れ直し、カップをそれぞれの手元へと戻す。
 再び自分の席へとつけば、またとりとめもない談笑が始まる。
 まだまだ夜は始まったばかり。
 幻想最強種と謳われた吸血鬼と、その門を守る木っ端妖怪。
 奇妙な2人の組み合わせの、たった2人きりのお茶会は、当分終わることはなさそうだ。
こちらでのSS投下は初めてになります。
先日キャラソートをやってみたところ、美鈴が1位、レミリアが2位となったので、この組み合わせで何か書いてみようかな、と。
この2人は主従関係にありながら、人付き合いのし方とか、色々と正反対な部分が多いんですよね。
全く似ない者同士の差異を、楽しんでいただければ何よりです。

起業家うんぬんの話は、実際にテレビで見たことのある実話だったりします。
といっても、誰だったか忘れてしまったので、実名は伏せておいたのですが。
これと似たような故事もあったのだけども、そっちも名前を忘れちゃったので不採用。
ししおー
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コメント



0.1630簡易評価
6.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。スタンスの違いがこの2人らしいなぁと感じました。
11.90奇声を発する程度の能力削除
この二人は相性がやっぱ良いと改めて思いました
15.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
16.100愚迂多良童子削除
美鈴はだれとでも仲良くなれるんだな。
26.100名前が無い程度の能力削除
この二人の組み合わせ大好きです。
27.100名前が無い程度の能力削除
良い主従って感じがして良かったです^^♪
36.80名前が無い程度の能力削除
カリスマあるレミリアと飄々とした美鈴の組み合わせはなんかよいですね