妖怪の山、肝試し大会。
守矢神社主導で開催されたそのイベントに、文とはたては二人揃って出席していた。
とはいえ、一般参加者でも仕掛け人でもない、裏方での参加である。
神社からの依頼で、イベントの様子を記録する役目を任されたのだ。
直接取材を行う鴉天狗は稀なので、面識のある二人に白羽の矢が立ったのだろう。
「……文ー、そっちはどんな感じ?」
「……たぶん、そっちと同じ感じ」
信仰獲得活動の一環として計画、開催された本大会。
暇潰しを求める暇人にも、恐怖心を食う妖怪にも嬉しいイベントと謳っていたのだが、
実際はというとなんとも微妙な展開が続いている。なにせ、単なる肝試しでしかないのだ。
バッと出てうらめしやー、とかで怖がるような奴はもはや絶滅危惧種である。
「着眼点だけは良い気がしたけど」
「ちょっとインパクトに欠けてるねー」
一部の仕掛け役は、巧みに参加者を驚かせて美味しく恐怖心を頂いているようだが、
そんな凄まじい驚かし方ができるのはほんの一握りでしかない。
参加者の殆どは、騒がしい夜の散歩を楽しむだけに終わっていると言っていいだろう。
二羽の鴉は物陰に潜み、そんな肝試しの様子を淡々とカメラに収め続けていた。
今回は依頼者の意向により共著が決まっているので、特に衝突の必要も無い。
逆に、互いの撮影成果や観察レポートについて積極的に情報交換する必要がある。
「飽きてきたなぁ……」
「私も。まさかここまでツマらないとは」
予想外の魅力の無さに、揃って溜め息を吐く。
だが、一度引き受けた仕事を放り出すわけにもいかない。
なので、時折こうして合流しては、途中経過の確認という名の暇潰しに興じていた。
一人で黙々とやっていると、色々と虚しくなってしまうからだ。
「……あーやぁー、楽しいことないのー」
「変な声出さない。次の組、いつ来るか分からないわよ」
ヒソヒソと言葉を交わしつつ、二人はそれぞれのカメラを構える。
参加者が驚かされている様子を撮影するためだ。
ここで、はたてが何かを思い付いたらしく、微かに身体を揺らした。
「なに? どうしたの?」
「ねぇ文。カメラ、取り替えっこしてみない?」
「何を言い出すかと思えば……」
「実はちょっと興味あったのよねー、そのタイプ」
言うが早いか、自分のカメラを文に向かって差し出すはたて。
文は一瞬だけ何かを言いかけたが、はたての笑顔を前に口を噤む。
「文はこっちのカメラに興味ない?」
「いや、そりゃまぁ。無いといったら嘘になるけど」
愛機を手放すことに少しだけ躊躇したものの、文もそっと自分のカメラを差し出した。
「やたっ。ピントは……こう?」
「そう。えっと……コレで望遠……ここがシャッターかしら」
「そっちのボタンで設定出来るよー。っと、あれ?」
「フラッシュはそこ。あと、一枚毎にフィルム巻いてね」
小声で互いのカメラについてレクチャーしあう。
なかなかに楽しい時間らしく、静かながらも和気藹々とした雰囲気が漂っていた。
「あ。来てるっ」
「げっ、シャッターッ、シャッター!」
油断しているうちに、次の組が二人のそばを通り過ぎようとしていた。
脅かし役が出てくるのを見計らって、シャッターを切る。
あんまり驚いていない参加者と、悲しそうな驚かし役。実にもの悲しい画である。
「……こんなんばっかだ……」
「……見てる方が辛いわよね……」
すごすごと茂みに帰っていく脅かし役を見送っていると、他人事ながら泣きそうになった。
そんな悲しい気持ちを誤魔化すように、交換したカメラを弄って気分を引っ張りあげる。
この時、文とはたては揃って「一人じゃなくて良かった」と心の中で繰り返していた。
…………。
「とにかく、見解は一緒ってことね。大コケでしたっと」
「主催側も結構、肌でヒシヒシ感じてるっぽいよね」
「あぁ……見るからにヘコんでたものね、早苗さん……」
山頂の湖畔で一休みしながら、文とはたてはそんな会話を交わす。
肝試し大会はつい先ほど、本当に何事もなく終わりを迎えていた。
面倒事はもちろん、肝を試す出来事すら殆ど起こらずじまいだ。
もはや何の為の大会だったのか、疑問しか残らない結果である。
「ま、この結果を受けて次の賑やかしに生かしてくれるでしょう」
「だといいけど……今回の記事はちょっと辛口になりそうだなー」
記事の方向性はあっさりと決まったので、あとは写真の用意だ。
神社の風祝曰く「修学旅行とかのあとで皆が自分で選んで買うアレ」とかで、
とにかく参加者たちの写真を片っ端から現像して、まとめて神社に届ければ良いらしい。
「さてと。それじゃあ今日は解散かしら」
「そーね。現像が済んだらまとめて確認しましょ」
後の作業日をさっさと取り決めつつ、疲れたように顔を見合わせる。
そして揃って苦笑を漏らすと、タイミングを計ったように同時にバイバイと手を振った。
「お疲れさま、はたて」
「うん。文もお疲れー」
この残念なお仕事は、もうちょっとだけ続くのだ。
延々と愚痴を言い合うのも馬鹿馬鹿しいし、そもそも開催中に語り尽くした。
うだうだやらずに、さっさと済ませてしまった方がスッキリするというものだ。
§
「はたてー! はたてー!」
後日、文がはたて宅に突撃するように転がり込んできた。
作業疲れで寝坊していたはたては、あまりの騒々しさに顔をしかめながら起き上がる。
「うっさいなぁ……どしたの……」
欠伸を噛み殺しながら、非常識な来訪者を睨み付けた。
だが寝ぼけ眼では迫力が足りなかったのか、文は微塵も気にせずにはたての傍に座る。
「ちょっと見てもらいたいものがあってお邪魔したんだけど……あ。それとおはよう」
「うん、おはよう。聞いててあげるから勝手に喋ってていいわよ……ふわぁぁ」
はたても慣れたもので、気にしない文を気にすることなく布団に潜り直した。
しかしその行動は、文の手によって掛け布団を吹っ飛ばされたことで無残にも中断させられた。
「おはよう。見て見て、はたてー」
「甘いわね……布団がなくても惰眠は貪れるのよー……」
寒そうに縮こまって起きようとしないはたて。
文は不貞腐れたように口を尖らせると、ぐっと黙り込んでしまった。
静かになった室内。
面倒臭いからこのまま寝てしまえとばかりに、はたては身じろぎ一つしない。
「……う……?」
両脚に圧迫感を覚えて目を開くはたて。
顔を上げると、両脚に跨って足首を押さえつけている文の姿。
そんな文の背中を見て、はたては嫌な予感をひしひしと感じた。
「あや……さん……?」
文は何も答えず、自らの翼から羽根を一枚だけそっと抜き取った。
そこで、はたての予感は確信へと変わる。明らかに手遅れである。
「……ひぁッ! ちょ、あッ、やッ……ぃやあぁぁ!」
「ねぇ、目ぇ醒めた? ねぇ醒めた? ねぇ?」
「や、止めっ、や……やめー……ッ!」
がっちり押さえたはたての素足を優しく撫で続ける文。
耐えかねたはたてが苦し紛れに文の翼を思いっきり引っ張るまで、
そんな騒がしいじゃれ合いが続いたのだった。
…………。
「で、ちょっと妙な感じで」
「……ふーん……」
ひとしきり騒いで完全に眠気が飛んだはたて。
寝間着のままノンビリするはたて相手に、文はやっと本題に入っていた。
彼女の言う見せたいものとは、持参した数枚の写真と、そのネガである。
「ほら、これ。どう思う?」
「どうもこうも。不思議ねー」
写真を受け取りつつ、はたてはどこかつっけんどんな返事をする。
文は真剣な表情を作って、自らもその写真に視線を落とした。
写真には、二羽の鴉天狗が写り込んでいる。文とはたてである。
仲良く身を潜めて、何やら話し合っている様子を捉えたものだった。
そこから察するに、恐らくは先の肝試しで撮られたものだろう。
それだけであれば、ただの写真である。
しかし、これは見るからにおかしいと判断できる代物であった。
モヤのようなものが一緒に写っており、全体的に歪んでしまっているのだ。
更に言うのであれば、写真の中には二台のカメラがしっかりと写っている。
文の手にははたてのカメラが、はたての手には文のカメラが握られていた。
大会中、暇潰しでカメラ交換していた時に撮られた写真ということだ。
だというのに、この写真は文のカメラに収められていたのである。
そこで、文はふと思ったのだろう。
これはいわゆる『心霊写真』というやつなのではないか、と。
「ほら、継ぎ接ぎなんてしてないし。紛れも無く私のカメラの写真なの」
「そうなの……不思議ねー」
ネガを広げて見せる文に、はたてはまたも気のない返事をする。
大した反応が返ってこないのを見て、文もどことなく不機嫌になってきた。
「……ちゃんと聞いてよ」
少しだけ落ち込んだ声色で、ボソリとそう呟く文。
はたては改めて写真を見ると、こちらは声色を変えずに淡々と答えた。
「聞いてるよ。あと見てるよ」
「じゃあ何か言って、はたての考えとか」
「不思議ねー。肝試しの最中だったし、こういうこともあるのかも?」
文の言う心霊写真説に適当に同調して、さっさと写真を返してしまう。
押し付けられるように戻ってきた写真を胸に抱いて、文は探るように尋ねた。
「もしかして、さっきくすぐったの怒ってるの?」
「あ、いや……別に。珍しい事じゃないじゃん」
「そうよね、あいこよね。羽、かなり痛かったし」
「自業自得でしょー。起こすにしてもやり方がさ」
「もういい時間よ? ねぼすけなはたてが良くない」
「私の生活リズムは私が決めるからご心配なく」
「心配はしてないけど。せめて人が来たら起きましょうよ」
「え、だって文だし……なに、今日はやけに絡むわね」
「別に。はたてこそ、今日は妙にノリ悪いじゃない」
「あー、そんなこと無……いや、あるけど……」
「…………」
「…………」
「ごめん」
「えっ?」
「今日は帰るね。心霊写真の記事も書かないとだし」
「あ、うん……気を付けて……」
写真とネガを手早く纏めると、文はさっさと出て行ってしまった。
取り残されたはたては、少しの間そのままぼぅっとしていたが、
やがてのそのそと立ち上がって、文が出て行った戸から一歩外に踏み出す。
そうして空を見上げてみたが、当然の如く文の姿など影も形もなかった。
「文……ごめん」
不意に『ほら、寝間着!』と自分を指差す文がパッと脳裏に浮かんで、
はたては浮かない表情のままゆっくりと部屋の中へ戻っていった。
§
翌日、どうやら件の記事が書かれた『文々。新聞』が早くも発行されたらしい。
やっぱりちゃんと謝りに行こう、そう思っていた矢先にそれを見つけたのだ。
出先で新聞を拾ったはたては、少しだけ読み進めて複雑な表情を浮かべた。
もうここまで来たら黙っておくべきか。
カメラを交換した時、からかい半分で念写しておいたお遊び写真。
元々、単なる悪戯のつもりで、文の反応を見て面白がるだけの筈だった。
それが、わざと惚けて焦らしているうちに、いつの間にかあんな言い合いだ。
話がズレたことにすら突っ込み損ね、すっかり言い出しにくくなってしまった。
自らの過ちが詰まった記事も見るに堪えず、早々に読むのを止めてしまう。
どう顔を合わせたものかと、溜め息をつきつつ、新聞をポイしようとしたその時だ。
「あ、すみません! はたてさーん!」
「んー? あ……えっと、小傘だっけ」
「はい! お願いがあってきました!」
いつか取材した化傘が声を掛けてきた。
はたては半分うわの空ながらも、何となく邪険にできず、用件に耳を傾けることにする。
瞳を輝かせながら勢い込んで話す小傘に気圧されつつ、話を聞くこと少し。
どうにも小傘の言う用件というものが、上手く理解できない。
しばらく首を傾げていたはたてだったが、急に思い出したように顔色を変えた。
きょとんとする小傘を放置し、握りっぱなしだった新聞を改めて開く。
「……あ、あんにゃろう……いつから……!」
新聞記事の最後は、次のように締め括られていた。
『姫海棠 はたて氏は、このような心霊写真を捏造できる変わった能力を持つ鴉天狗だ。
友人を驚かせたいイタズラ好きな方は、一度彼女を訪ねてみては如何だろうか。(射命丸 文)』
グチを言い合ってるのがいかにも仕事中って感じで