Coolier - 新生・東方創想話

直球少女

2011/04/17 01:31:07
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「ねぇ・・・キスしない?」
目の前の小さな少女が、いきなりそんなことを言ってきた。
真意のわからない僕は、何も言えない。
すると、彼女はじっと僕の方をみて、
「あははは、うそうそ。あんたってば変な顔してるよ」
そう言って、舌をぺろりと出すのだった。
この少女はチルノと言うらしい。
彼女とよく遊んでいる湖の畔に僕たちは座っていた。
「・・・今日は、もう帰るね」
言いたいことだけ言って、チルノはさっさと帰ってしまった。
大体いつもこんな感じなのだが、今日は何か少し引っかかるものがあった。
「キス・・・か」
僕は、もやもやしたものを払うように頭を振り、湖を後にした。


チルノと初めて会ったのは、まだ暑さの残る季節だった。
その日、僕は釣りに出かけた。いつもは、近くの池で釣るのだが、たまには遠くに行くのも良いと思った。
妖怪が出る夕方を避ければ、湖までの道はそう危険は無い。
一時間ほどかけて湖に着いた。良さそうなところを見つけて、釣りの準備に取りかかる。
湖で釣りをするのは、初めてなので何が釣れるかわくわくしていた。
そして、釣りを始めて二時間・・・。
「つっ・・・釣れない」
一向に魚がかかる気配がしない。そもそもここに魚は居るのだろうか?
一時間かけて来たのにボウズのままでは帰れない・・・。
僕は、少しうなだれた。
「わっ!!」
突如、後ろから大きな声が聞こえた。
僕は驚いて湖に滑り落ちてしまう。
思ったよりも、水深が深くて、溺れそうになる。
必死に水を掻いていると、僕が座っていた辺りから笑い声が聞こえてきた。
「あっははははは! 人間、驚きすぎ!」
ずぶ濡れになりながら、なんとか岸に上がると、僕の半分ほどの背丈しかない少女が、得意げな顔で立っていた。
彼女の背中には、変わった形の羽のようなものが生えていて、それを見て妖精だということがわかった。
愛らしいくりくりとした目が、したり顔と相まって小物っぽさを増していた。
僕は、無言で近づいて、頭の上にげんこつを見舞った。
「いたっ!」
頭をさする少女。キッとこちらを睨んで、僕を指さした。
「何すんのよぉ!!」
次の瞬間、僕の足が動かなくなった。
足を見てみると、腰から下が氷漬けにされている。
まだ寒い季節では無いから良かったが、それでも冷たい。
「ちょっと、何するんだはこっちだよ! 冷たいから、早く解いてくれ!」
すると、少し迷う仕草を見せ、さっきまでの痛がり方が嘘のように、にんまりと笑った。
「いいけど・・・おにぎりちょうだい」
そう言って、勝手に道具入れの中を探って、握り飯を一つ見つける。
もう一つあるから、それで助かるなら安いものだと自分を納得させる。
しかし・・・まさか、こんな時期に氷の妖精がいるとは思わなかった。
下手をすれば、このまま全身を氷漬けにされていたかもしれない。
目の前でおにぎりを頬張っている間抜けな妖精に、そこまでの敵意が無かったのが幸いだ。
「それで・・・そろそろこの氷を解いてくれない?」
僕は、まだ食べている妖精に向かって催促した。
「うーん・・・そのうち解けるよ」
そう言って、またおにぎりを頬張る。
「ちょっと!? それじゃあ凍傷になっちゃうよ!」
僕が何回かお願いをしたら、ようやく氷を解いてくれた。
「もう・・・うるさい人間だなぁ」
体が自由になって、ほっと一息ついた。そして、彼女の隣に座る。
本当は、すぐに逃げてもよかったのだが、敵意が無さそうだし、今の一件でお腹が減ってきてしまった。
「うーん・・・いまいちだったかな。あたいが作った方がおいしいかも」
・・・妖精がおにぎりを作るというのは激しく違和感があるな。その前に、人から飯を掠めておいてよく言えるものだ。
「あたいは、チルノって言うの。あんたは?」
名前を名乗られたら、人妖関係なく名乗るのが一応の礼儀だ。
(中には他人の名前を悪用する者がいるが)
僕も名乗った。
「ふーん・・・魚、ぜんぜん釣れてないね」
痛いところを突かれた。僕は、ちょっと前に来たばかりだと嘘をついた。
「うそだぁ! あたいはさっきから、ずっと見てたもん」
ずっとイタズラする機会を探していたらしい。暇な妖精だ。・・・そういえば、
「チルノはどうして、こんな季節にいるの? 他の妖精は?」
そう言った途端、チルノの顔は曇って俯いてしまった。しまった、しちゃいけない質問だった。
慌ててフォローしようとすると、チルノが言った。
「あたいが遠くに遊びに行って、帰ってきたらみんないなくなってた」
季節に取り残された少女は、それからずっと一人で暇つぶしをしていたらしい。
僕の髪や服はまだ濡れていたけど、そんなことも忘れて、この子が不憫に思えてきた。
だから、僕は言った。
「じゃあ・・・明日もここに来るよ」
そう言うとチルノは驚いた顔でこっちを見て、ちょっと笑って、得意げな顔をした。
「なによ、このかわいいチルノちゃんと遊びたいの?」
一瞬浮かべた笑顔に魅了された僕は、生意気なことを言う彼女に乗ることにした。
「うん。チルノちゃんと遊びたい」
そう言ったら、チルノはすっくと立ち上がり、こちらに顔を向けずに、湖の方に飛んでいった。
と思ったら、少し引き返して、
「明日はもっと早く来いよーーー!!」
と言って、帰っていった。
まだ、日は沈んでいなかったが、服が濡れているので大人しく帰ることにした。
なんだかんだで、ボウズだったが、不思議と悔しくは無かった。


それからと言うもの、結構な頻度で湖に足を運んだ。
行ったところで、僕は妖精と違って飛ぶことが出来ないので、遊ぶことは限られていた。
でも、追いかけっこでも、飛び回るチルノに罠を仕掛けたりして対等以上に渡り合った。
チルノは悔しがったけど、おにぎりをあげたら、笑顔になった。


そんなある日、ちょっとした事件があった。
その日は、ちょっと用事があって、湖に行くのが遅れてしまった。
いつも明確に行く時間を決めていたわけでは無かったけど、僕は急いで湖に向かった。
湖が見えてきたところで、草むらからがさがさと音が聞こえてきた。
そっちの方には、確かちっちゃい池があったなと思い出し、蛇かもしれないと少し警戒した。
すると、
「きゃあぁぁぁあああ!!」
甲高い悲鳴と共に、何かが飛び出してきた。
草むらから少し距離を取っていたのだが、それ、ものすごい速さでこちらに向かってきた。
ぐいっと、僕の服の裾が飛んできたものに引っ張られる。
そのまま、それは僕の後ろに回り込んだ。
「ちっ、チルノ!?」
後ろを向くと、僕の服を必死で引っ張り怯えた様子のチルノがいた。
僕は、チルノが飛び出してきた草むらを再び見た。
かなり大きな蛙が草むらから姿を現した。
チルノがさらに強く裾を引っ張る。
僕と蛙は、無言で向き合った。
沈黙の時間が続く。
やがて・・・諦めたのか、蛙はのそのそと草むらに消えていった。
蛙が消えてもチルノは裾を引っ張っている。
「蛙はもう行ったよ?」
そう言うと、ようやくチルノは裾を放した。
半ベソをかいているチルノから詳しく話を聞いた。
なんでも、僕が遅かったから退屈しのぎに蛙を凍らせていたら、あの大蛙から追いかけられたそうだ。
もう少し早く来ていたら・・・僕は、とりあえず謝った。
でもチルノは首を横に振った。
「・・・助けてくれたからいい」
それから、いつも通り二人でおにぎりを食べて遊んだ。
チルノは心なしかご機嫌で、いつも以上に元気だった。



それにしても・・・今日のチルノは少しおかしかった。
今までのことを振り返っている間も、今日のあの言葉が頭の中から離れない。
「キス・・・か」
どんな感触なんだろう?
・・・僕とチルノが・・・。ダメだダメだ!
もう一度、頭を振り家路を急ぐことにした。
チルノ・・・明日、もう一度聞いてみよう。真意を問いただすんだ・・・。



「・・・それで、やっぱりその人間はキスしてこなかった?」
湖の中央。池の上で、二人の妖精が浮いたまま話をしている。
「うん・・・」
片方の少女は、少し落ち込んだ様子で答える。
それを聞いて、もう片方の少女が、はきはきと言う。
「ほらね、チルノちゃん。やっぱり、人間に遊ばれてるだけなんだよ。だからさ、みんなと遊ぼう?」
チルノは、何も言わない。少女は、諭すように言葉を続けた。
「一人で寂しかっただろうけど、私たちも帰ってきたんだし、人間なんて危ないよ? この間だって、妖精が連れてかれたんだって」
そう、チルノの仲間の妖精が、ようやく帰ってきたのだ。
また、みんなと遊ぶことが出来る。
ただ・・・、
「明日、もう一度あいつに会ってくる」
「・・・ちゃんとさよならするんだよ? つらいかもしれないけど、妖精と人間が仲良くなんて出来ないんだから」
それは、チルノにもわかっていた。
「うん、わかった・・・」
だから・・・これが、きっと一番良い方法なんだ、と自分に言い聞かせるチルノだった。



「・・・」
チルノがいない・・・。
結局、あの後、帰ってからもなかなか寝付けず、朝早くから湖へとやってきたのだ。
しかし、今日に限ってチルノはいなかった。
よくよく考えてみると、チルノに出会ってからというもの、湖に来ればいつでもチルノが待っていた。
最初のうちは、たまには僕が待つのもいいかなと思っていたが、もう結構な時間が経っている。
もう、釣りの道具も持って来ていないので、やることもない。
もうすぐ本格的に冬になる。厚着をしてきたけど、それでも少し寒い。
でも・・・、なんだかチルノに無性に会いたい。その思いが、僕に帰ることを躊躇させる。

それから、どれくらい経ったのだろうか。
日が沈み始めてしまった。
・・・さすがに、これ以上待つことは出来ない。
僕は、ようやく重い腰を持ち上げた。
何か、チルノにあったのだろうか?
いや、一日くらい来なかったくらいでそんなことは無いか。
とにかく、明日も・・・…思考がそこまで及んだ時、かすかな音に気が付いた。
それは、すすり泣きのような声。
もしかして・・・辺りを見回す。
傾く陽光の中、その特徴的な羽が逆光を浴びて、黄金に輝く。
「チルノ・・・遅かったね」
僕からは、彼女の顔がよく見えない。でも、彼女が泣いていることはわかった。
だから、なるべく優しい声で言った。
「でも、別に怒ってないよ。…それより、来てくれてよかった」
「なん・・・でよ・・・」
「えっ?」
いきなり彼女が僕に飛びかかってきた。
そのままの勢いで、僕は草むらに倒れた。倒れた僕の上にチルノが馬乗りになっている。
何がなんだかわからない僕は、とりあえず、彼女の言葉を待つことにした。
チルノは、僕の胸に顔を埋める。
そして、震える声で言葉を発する。
「あんたが・・・来なければ・・・来てもすぐ帰れば・・・言わなくてすんだのに・・・・・・ばかぁ・・・」
そう言ったきり、黙ってしまった。僕は、ますます訳が分からなくなった。
チルノは、そのうち震えだして、嗚咽をもらし始めた。
僕の上で泣くチルノ・・・。
こんなに小さな体を一生懸命震わせて、たぶん・・・僕のために泣くチルノ・・・。
気が付くと、僕の手は彼女の柔らかな髪の上に置かれていた。
氷の妖精にふさわしい、氷のような色の髪。
でも、冷たいイメージとは裏腹に、とても柔らかくて触っている僕の手を内側から包んでくれる。
二度、三度、何度も彼女の頭を撫でる。
チルノの悲しみが解けますように・・・そう願って、ゆっくりと暖かさが伝わるように・・・。
そうして、震えが止まった。
僕は、手をそっと降ろす。
チルノが顔を上げる。
いつもの笑顔とは違う真剣な表情。
静かに、僕だけに聞こえる声で彼女の唇がゆっくり動く。
「・・・キス、して・・・」
僕は、少し考えて、彼女の頭を両手で引き寄せる。
ドキドキして、彼女の顔もまともに見えないけど・・・唇が触れた感触だけが伝わってきた。
ひんやり冷たい・・・かき氷みたいなキスの味。
唇は、すぐに離れていった。ふっと、微かに残る甘い女の子の匂い。
「チルノ・・・」
ふっと、僕の上からチルノの重さが消えた。
起きあがると、チルノは空中に浮いていた。
「今日で・・・あんたともお別れだよ・・・」
いつだって、チルノは僕を突然驚かせる。
そうやって、僕のことをからかっているのかもしれない。
「今回は騙されないよ、チルノ」
「ううん・・・これは、うそじゃない。みんなが帰ってきたんだ」
「あっ・・・」
チルノが僕と遊んだ理由・・・。チルノは、もう一人じゃなくなったんだ・・・。
「そもそも人間となかよくなったのがわるかったわ、ちょうどいい暇つぶしのつもりだったのに・・・」
「そんな・・・」
わざとそうしているのか、僕にはチルノの顔が逆光で見えない。
「でも、すっきりした。・・・もう、あんたの顔も見たくない。だから・・・ばいばい」
僕に背を向けて、チルノは湖の方に飛んでいこうとする。
本当に・・・いつもいつも勝手なチルノ・・・。
勝手にイタズラして、勝手におにぎりを食べて、勝手に遊んで蛙に追いかけられて、勝手に・・・人の心に居座って。
それで・・・勝手に僕の前からいなくなるなんて・・・!
僕は、本当に頭に来た。チルノは、勝手すぎる。
だったら・・・、
「チルノーーーーーー!!!」
僕から、遠くに行こうとしているチルノに叫ぶ。
腹の底から、力の限り叫ぶ!
チルノの方なんて、もう見ない。
今ここで、僕の考えを全て吐き出すんだ。
「僕は、チルノと出会えて、悪かったなんて思わない! 僕は、まだ全然すっきりしてないんだからな!! 何度だって、ここに来てやる! いつまでだって、君を待ち続けてやるっ!!!」
急に、すごい勢いで涙が出てきた。
あと一言なのに・・・これだけは絶対に言わないといけないんだ・・・!
「チル、ノっ、チルノ、好きだーーーーー!!!!!」


「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・」
・・・まだ息が荒い。
日は、すっかり沈んでしまった。
周りには・・・誰もいない。
湖は、相変わらず生物の気配が無く、辺りは不気味な程、静まり返っていた。
チルノは・・・そのまま行ってしまった。
キスの感触だってまだ残っているのに・・・。
「でも・・・」
僕は決めた。いつまでだって、彼女を待ってやるんだ。
そう思うだけで、凍えるような寒さでも、僕の心は不思議と温かくなるのだった。






Ex.
「えぇ~、本当にぃ~? またうそじゃないの~?」
それは、ホラ話でも嘘でも方便でも無い、紛れもない事実。
早く、みんなに見せたい。自慢してやりたい。
いつもこの時間には来ているんだ。いつもの、あの場所に。
こういうところは、ちゃんとしているのに、普段はぼーっとしていて、いかにもイタズラしてくださいってオーラを出している。
ううん、本当はイタズラして怒られたいだけなのかも。
だって、そうやって怒られても、ちゃんと仲直りして・・・笑いながら二人でおにぎりを食べるのが楽しいんだもん。
「あっ、もしかしてあれ?」
「うっそぉー! 本当に待ってるよ?」
「だから、あたいが言ったとおりだったでしょ?」
胸を張ってそう言っても、まだ信じてくれない。
本当かなぁ?なんて。
・・・実力の違いをみせるしないみたい。
あいつのすぐ近くまで来たところで、後ろから付いてきた子たちはそっと草むらに隠れた。
これでいつも通り、あいつからはあたししか見えないはずだ。
あたいは、あいつの名前を呼ぶ。
そうすると、あいつは立ち上がって、あたいに手を振る。
すーっと、湖面をすべってあいつの前に浮かぶ。
そして・・・いつものように目をつむる。
あたいが溶けちゃいそうな、熱い唇。でも・・・大好き。
「きゃあああーーーっ!!」
付いてきた妖精たちが一斉に悲鳴をあげる。
あいつは、あたいを見て目をぱちくりさせている。
だから・・・勝手なあたいはもう一度キスをしてこう言うんだ。
「あたいったら、最強ね!」
今回は、直球で行こうと思いました。
そう思って書いていたら、結果的にチルノの名言で終わるほどの直球に。
補足をしておくと、チルノは他の妖精から、好き合っている人間はキスをしようと言えば、すぐにキスをするというデマを教えてもらいました。
でも、キスをしてもらえなかった。
二回目は、ちゃんとキスをしたけど、やっぱり自分から言ったのでは違うかなと思って別れることを決めたのでした。
mezashi
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コメント



0.210簡易評価
3.60名前が無い程度の能力削除
この作者さんが一番悔しいと思った事は、一発ネタしか書けない人に長々とアドバイス紛いを受けた事だと思う
10.無評価mezashi削除
この作品とは直接関係はありませんが、これの次の投稿(消しました)があまりに酷く、不愉快な思いをさせてしまったようなので、この場を借りて謝罪します。頭を冷やして反省します。
それから、批評コメントありがとうございました。そのお叱りを胸に、何とか作品に昇華できたらと思います。
11.90名前が無い程度の能力削除
後書きの補足は、ある日の妖精達の会話風に後書き内で書いたらよかったかも。
rateの高い方々もよく用いる手法のようですし。
13.100ロドルフ削除
これは・・・良いSSだ!