『 第一問 1+1= 』
朝日が差し込む明るい寺子屋の中で、慧音はいつもどおり教材を配る。
歴史かと思いきや、その紙の一番上にはあまりにも単純な数式が描かれていた。
「わからないところがあれば、なんでも質問してくれていい」
その下にも、算数で言う基礎の基礎。
一の桁の足し算が続いていて、子供たちは驚くと同時に一斉に紙に視線を走らせ、一様に首を傾げた。
「先生っ! 質問!」
当然、その真意を尋ねるべく声があがる。
一人の少女がハイハイッと元気良く声を上げて、その隣に座っている赤毛の少女を驚かせるほどに。
「お空、どこがわからないのかな?」
慧音はまるで、その少女を試すように声を掛けた。
するとお空と呼ばれた黒髪の少女は、ぽんぽんっと紙の上に指をあてがった。
「えーっと、先生。この一番上のやつなんだけど」
慧音は微笑を浮かべながら指差す『1+1= 』のところに顔を近づけて。
「縦のこの棒ってやっぱりアレだよね、制御棒っ! ってこは、この『絵』は制御棒、にょいんにょいん、制御棒、ばびゅーんって、なるから……
なにこれ?」
なんだろう。
こっちが聞きたい。
◇ ◇ ◇
「というわけで、みんな今日は特別に算数の授業から始めてみよう」
畳の敷かれた寺子屋の中、慧音の声が弾むのは季節が移り変わる頃だからか。
それとも、鼻腔をくすぐる新しい畳の匂いからか。
いつものとおり挨拶を交わした直後から、慧音の様子がおかしい。そう子供たちは敏感に感じ取っていた。正座して教台についてからも、その上で指を遊ばせ続けているのだから。
二人座りの長机に並ぶ子供たちは、お互い顔を見合わせた。
「先生? どうしたの? 具合でも悪いの?」
「ああ、すまない。そういうわけではないのだが」
子供に異変を察知され、くすっ、と唇に手を触れさせながら微笑んだ。しかし自覚をしたところで、いつもより上機嫌な彼女の気が治まるわけでもない。
この場でハクタク状態になっていれば、間違いなく尻尾を左右に振っているところだろう。
犬と性質が同じであれば、だが。
しかし、そう嬉しがるのも無理はない。これは彼女が待ち望んだことなのだから。
「みんな、もうわかっているとは思うが。今日から少しの間お友達が増えることとなった。歴史の授業で教えたとは思うが、一番前にいるのが妖精という種族。その代表の二人。チルノと大妖精だ」
おお、っと喚声が上がる。
わかっていても、改めて告げられると効果があるようで、子供たちは我先にと、その二人へと挨拶の言葉を飛ばす。
すると、その声を背にした大妖精が座ったままその身を翻し、
「こんにちは、はじめまして」
素直に手を振って答える。
けれどもう一人はというと、長机に突っ伏したままほとんど反応がない。
腕を枕にしたまま目を細め、先ほど配られた紙にずっと瞳を向けているようにも見える。普段はうるさいくらいに湖の周りを飛び回っているため、人間が苦手な部類には見えないのだが。
「次は、さっき頑張って質問してくれたお空と、その友達のお燐だ。地底から特別に学びにきてくれた」
気持ちを切り替えて、その妖精のひとつ後ろ。
大きな羽を持つ黒髪の少女と、猫のような特徴をもつ少女は順番に手を振った。
「弾幕ごっこでもなんでも。みんなと一緒に遊んであげるからね」
「あはは、お空? さとりさまに歴史を勉強してこいって言われなかったかい?」
「……ん? ……うん?」
「うん、わかった。大体わかった」
すでにツーカーの仲である二人の間には、言葉すらいらないのだろう。
その友情に心を打たれながら、慧音は、若干控えめに次の場所へと視線を動かした。
そこは大妖精たちと左右対称の位置。
一人の子供と一緒におとなしく座っているのは、
「そして、地上の妖獣の橙も今日の場に参加してくれるようだ。みんな、授業が終わったら気になることでも聞いてみるといい」
温和に話を振ってみただけだというのに、橙は何故か緊張した面持ちで後ろを振り返り。ごくり、と喉を鳴らして手を上げた。
「は、はいっ! 何でも聞いていいよ!」
「橙、今じゃなくていいから」
「わかりましたっ」
猫とは思えないほど動きの硬い橙に不安を抱きながらも、そこが可愛らしいところかと自己一通り紹介を終えた慧音はこほんっと咳払いをする。
それは妖怪や妖精を両親抜きで見たことによる興奮で、騒ぎ始めた子供を静めるためのものでもあり、高ぶる自らの心音を静めるためのものでもあった。
しかし、慧音の感情は仕方のないもの。
当然であり、必然。
「これから少しだけ時間取るから、その紙に自分が正しいと思う答えを書くこと。いいかな?」
「はぁ~~いっ!」
子供と一緒に、お空が元気よく返事をして。
直後、お燐に数字の読み方を習い始める。
大妖精は素直に紙に向かって、チルノはふてくされた顔で筆を動かしていた。橙は猫の妖怪とは思えないほど背筋をぴんっと伸ばし、一言一句をできるだけ丁寧に書いているようだった。いきなり歴史では身が固くなるだろうと考え、試しにやってみたというのに、これでは逆効果かも知れない。
ちょっとだけ不自然な橙に苦笑を向けつつ、いつもとちがう教室を眺める。
そこはいつもと少し違う色が混ざった風景が広がっていて。
慧音は何気ないこの景色をどれほど待ち望んでいたことか。
人間と妖怪が積極的に接触するようになっても、子供とは接触させられない。
そんな親たちと交渉を続け、どれほどの月日が流れたことだろう。
そして、その間に、妖怪と人間との間でどれほどの血が流れ、命が奪われたことだろう。その度に話し合いは難しくなり、妖怪なんて追い出せという声が一時的に増え。
慧音すら不要と叫ばれた時さえあった。
それを乗り越えて今、彼女は実現したのだ。
ヒトの子と、妖怪が同じ学び舎で過ごす時間を、空間を創造したのだ。
歴史を創る能力を使わず、その身一つでやり遂げた。
と、彼女が感慨にふけっていたところで、一人の人間の少女が顔を上げて、目をぱちぱちさせる。
少女は見付けたのだ。
慧音のほんのわずかな変化、それが明確に示される瞬間を。
「先生? 目にゴミ入った?」
「ああ、すまない。少し寝不足でね。欠伸を噛み殺していたんだよ」
俯き、目尻を指で擦る。
ははは、と鼻を軽く啜りながら笑ってみせると、少女は安心した様子で紙に視線を戻した。
それを見てほっと胸を撫で下ろした慧音は、口を手で隠しながら。軽く口を開いて見せる。続けて、袖で目を覆う。
「さぁ、そろそろできたかな?」
一呼吸置いて袖を外せば、ほらいつもどおりの慧音がそこに。
子供たちと一部の妖怪たちを見渡して、
「は~い!」
という元気の良い返事を待つ。
それを満足そうに聞き、慧音は正座しながら右手を高く掲げた。
「よし、じゃあ一問目わかる者!」
それに従うように、上がる小さな腕たち。
その中に、少しだけ高いものがいくつか混ざり、慧音はその一つに指を差す。
「簡単すぎるかも知れないが、橙、頼めるかな?」
すると、落胆の声を、歓声が入り交じった中。
たたき壊しそうな勢いで机に手を付き、ぴっと背を伸ばした橙が叫ぶ。
ただ、そこまで力を入れすぎた場合……
「いちたしゅいちは、にゃです!」
間違いなく、噛む。
しかも言い得て妙な方向に。
すると笑いの沸点が低い子供がどう反応するか、想像には難しくない。
「に、です……」
巻き起こる爆笑の中、橙は丁寧に言い直すが、時既に遅し。
猫だから、にゃ、という典型的なミスを犯してしまい。
今にも顔から火を噴きそうである。
と、そこで。
「猫のお姉さん、気にしなくていいよ。ちゃんと数字で答える当たり立派さ」
うんうん、と謎の頷きを見せる別の猫が一人。
その仰々しい動きで子供達の視線は橙からお燐の方へと動いた。それを見計らって、お燐は隣の答案をすっと持ち上げる。
みんなに見えるようにして。
「お空、一番上の答えは?」
1+1= の横にはっきりと書いてあるもの、それは数字ですらない。
楕円と長方形の集合体。
顔と思しきところに長細い触手っぽいものが四つ生えた謎の生命体だった。
「…………熊?」
「熊っ!?」
逆に驚きである。
二つの意味で。
どうやらお空の見ている風景は常人のそれとは違うらしい。
ただ、自分とは違う者に興味を示す子供の好奇心を刺激するには十分だったようで、さきほどの橙のことなど忘れてしまったかのように、子供達が大騒ぎ。からかわれ役から解放された橙は小さく息を吐き、こっそりと目配せするお燐にぺこりと頭を下げる。
そんな中、子供達の叫び声はヒートアップし続け。
とうとうその芸術的センスを素直に褒めるわけにはいかない存在が、動きを見せる、
こほんっと咳払いを一つしてから。
「お空、今回は許すが。今度そんなイタズラ書きをしたら、頭突きだからな」
「は~いっ! って、あれ?」
と、そのときだった。
教室が一斉に静まり返る。
慧音が頭突きだと口にした瞬間に、あれだけうるさかった子供が背筋を伸ばして前を見ているのだ。
まさしくそれは、教育された自警団さながら。
そうやって口を閉ざした子供達に向け、慧音は困ったような笑顔を見せた。
「そこまで意識されるとこちらも困るんだが、さて、と。気を取り直して、今の答えが違うと思う者はいるかな? いないなら次へ――」
当然、この問題を間違える者などいるはずがない。
慧音自身もそう思って次の計算式へと進もうとする、が。
「違う」
教室の前の方から、強い否定の声が発せられる。
「1たす1は、1だよ……」
それを聞いて、発生源のすぐ横にいた大妖精が目を丸くした。いまだ机に突っ伏したまま口を腕で覆い隠す。
いつも元気いっぱいの彼女からは想像できない仕草で、声を揺らした。
「1たす2でも、1たす3でも、みんな最後は1だもん……」
「違うよ、チルノちゃん。1たす2は3だし、1たす3は4だよ」
「違わないよ! 1だよっ! 1人になるんだもん!」
大妖精の言葉すら強く否定し始めたチルノ。
その言葉の端に気になるものを見つけた慧音は、怒鳴ったことを責めることなく。チルノの前で座り込んだ。
「それは珍しい考え方だ、できれば私にも教えてくれないか?」
叱らず、怒鳴らず、視線を下げて優しい声を掛ける。
たったそれだけのことなのに、チルノは少しだけ顔を上げて、しゃくり上げながら声を零した。
「だって……春って、暖かいから、みんな、あたいに近寄ってくれなくて……、でもあたい寒くないって言っても、みんなからかって来て、ムカっていうか、胸の奥がぎゅってなって、ちょっとだけ、力使ったら、遊んでくれなくなって……」
「だから何が加わっても1、つまり1人、ということか?」
最後は頭を縦に振るだけ、そのまましくしくと鳴き始めてしまう。
寺子屋でこんな場面を体験したことがない子供達は、どうすればいいのかわからず、おろおろと手足を動かすばかり。
中には、つられて泣き出しそうな者もいる。
けれど、慧音は慌てずにゆっくりとその唇を動かした。
「チルノ、じゃあ妖精たちは冬、どんなことをして遊んでいたんだい?」
「えっと、雪の中でどれだけ雪に当たらずに空が飛べるかとか。転ばずに氷の上を走れるかとか……」
「ならきっと、チルノを嫌がったりはしないさ。でも、チルノは怖がっているようだけど」
「あたいが、怖がってる?」
胸の奥をちくり、と刺激されチルノがまた顔を上げる。少しだけ頭に来たのだろうか。眉間にうっすらとシワを作り、上目遣いに慧音を睨んでいる。
「自分の能力が嫌われる原因だと思い込んで、自分の悪さを考えない。怖がってばかりで周りが見えていないように見える」
「変なこと言わないでよね! あたいのどこが怖がりだっていうの!」
とうとう立ち上がって、自分よりも下になった慧音にびしっと指を突き付ける。それを見た慧音はふふ、と楽しそうに。
余計にチルノを怒らせるように、笑う。
「それじゃあ、怖がりでないチルノは、冷気で追い払った友達の妖精にごめんなさいを伝えることができるかな? いや、やっぱり無理か」
「はぁっ? あたいのこと誰だと思ってるの! あたいはっ!」
「さいきょーの妖精、だろう?」
「そうよ! 最強っ! だから謝ることくらいぺっぺーなんだから! ねえ、大ちゃん!」
「う、うん……そ、うだね?」
信じられない。
大妖精は慧音のやりとりに目を奪われたままだった。
弱っているとはいえ、自信家のチルノを挑発して。望むべき方向へと誘導してしまったのだから。
「ん? 大ちゃん、何ぼーっとしてるの?」
「い、いや、なんでもないよ。ほら、計算しないと!」
「おー、あたいの紙半分くらいまっしろ」
調子を取り戻したチルノは鼻歌を鳴らしながら筆を動かし始める。
豪快な、紙からはみ出るくらいの筆捌きさの中には危うさもあるが、実に彼女らしい大胆な字面だ。
字はそれを書いた者の心情を現すと言うが、それが本当なら。
もう、大丈夫。
「さて、さて、1という答えもでたが、この計算の中だけでいうなら答えは……」
そして、そのまま続けようとしたところで。
パチパチパチ……
と、思いも寄らない妨害が入った。
澄んだ拍手の音が、教室の一番後ろから聞こえてきたのだ。
「お見事、数についての問題をこう調理するとは。なかなかできないことだよ」
「お世辞が上手いようだね、藍は」
「素直に感想を口にしたまでだよ。橙の授業を観察させて貰おうと思ったら、なかなか興味深い趣向も見せて頂いた」
彼女こそが、橙が身を固くしていた理由。
保護者兼式紙の主である彼女の良いところを見せようと張り切ってしまったというわけだ。
自然な授業を体験させるには、障害になりかねないが。
彼女も八雲の者。
この世界で妖怪と人が共にあることを認める存在なのだから、そう大きな問題はないだろう、そう判断した。
「どうだろうか、今の話のお返しに私から数の概念について語らせて貰うというのは」
「……藍様、今はみんな授業中で」
「橙、私だって無理にとは言わないよ。ただ提案させて貰っているだけだからね」
そこで慧音は、子供達の反応を見ながら顎に手を当てる。
橙の知り合い、ということで子供と彼女との境界は幾分か弱まったようにも感じ取れる。不安が無いと言っては嘘になるが、慧音と違いみるからに妖怪といった雰囲気のある藍が教える立場に付くことで、子供たちに良い影響があるかもしれない。
そう結論づけた慧音は、静かに頷いて教台を空けた。
すると、それに応えて藍が壁伝いに前へと移動する。
「ふむ、それでは。今の問題の1たす1について、考えていきたいと思う」
お淑やかに、流れるような動きで正座した藍は、慧音が見つめる中で暖かみのある声で空間を包み込む。
「精神論では、1たす1は2じゃない。3倍にも4倍にもなるということもあるが、計算で使われる1というのは、あくまでも1だ。ほら、そこのキミ、キミはこの世界で1人しかいない。という意味でね。
だから1たす1は2でなければおかしいことになる」
わかっているのかわかっていないのか。
いきなり始まった1たす1の講釈に、子供達が唖然と藍を見上げる中。段々と彼女にも熱がこもり始めたのだろうか。
普段は袖に隠している手をその空中に晒して、心を声に乗せる。
「個は個、一つであるということは、存在が異なるということだ。異なるからこそ私達は個性がある。異なる価値観をぶつけ、共有し合うことができる。そう、その熱い思いこそが1たす1の真なるものだ」
ん?
と、慧音が眉を潜め、橙が俯き始める。
けれど、藍の言葉は止まらない。
主の使う暴走列車の如く。
その熱と速度は加速していく。
「そうだ1人だからこそ、他人を欲する。時には腕を、時には尻尾を、時には脚を、そして腰と胸を絡め合い。熱いひとときの瞬間を、想うモノとの一夜に胸を高鳴らせることができるのだ! そう、個だからこそ! 火照った身体を重ねることができるのだ。一夜の過ちを恐れるのではなく、利用できるだけ経験を詰み愛する数を一つ一つ積み重ねることこそが、立派な大人への近道――」
「教育的指導っ!!」
「――っ!?」
そして、その藍の暴走は、その場にいた数名にはっきりと理解させた。
さきほどの子供の統率された動きが今の一撃に依存したものだと。
それはもちろん。
今放たれた、渾身の頭突きの威力。
最強の妖獣である藍が、一撃で痙攣する姿を眺めながら、
その本当の意味の怖さをその目に収めて……
本能で察した。
――本当の意味で怒らせたら命がない、と。
それを刷り込まされた後の授業は、本当に順調すぎて。
「どうしたんだ、みんな。もうちょっと質問してくれていいんだぞ? 人間の歴史がわからないというのは、そんなに恥ずかしいことではないのだから」
そう慧音が逆に質問してしまうほど、円滑に進んでしまう。
良くも悪くもこの現象を作り出した張本人だけは理解していないようだ。
わからないから声を上げないのではなく、別な意味で萎縮してしまっていることを。
「ふむ、明日からもう少し簡単な教材を持ってきてみようか」
ちょっとだけ寂しげに帽子を揺らして、それでも慧音は――
妖怪と人間が入り交じった部屋を、幸せそうに見つめていた。
◇ ◇ ◇
そして、授業が全て終わった頃。
まったく異なる舞台が、始まろうとしていた。
それは恐らく、悲劇と呼ばれるモノで。
慧音すら、目を背けてしまうほど。
それでも彼女は事の終焉を眺めつづけなければならない。
それこそが彼女の使命なのだから。
あの言葉を告げた、慧音の――
そう、始まりはたった一言。
『授業が終わったら気になることでも聞いてみると良い』
妖怪と人間の綱渡しとなれるよう。
善意から出た、何気ない言葉だった。
しかし不確定要素が混ざり合った結果、無垢な言葉が橙の幼い心を抉り取ろうと襲い掛かってきたのだ。
「ねえねえ、橙お姉さん! 腰と胸を絡めるってどういうこと?」
「……え、えとぉ~、ほら! 相撲だよ! 相撲!」
「想うモノとの一夜って何?」
「……宴会、のことかな? あはは、ははっ」
「火照った身体で、とか一夜の過ち、とか?」
「あー、うーんと、ね? ほら、かぁ~っとなって弾幕勝負したら負けるかも知れないよー、みたいなね」
「愛する経験を積むって、何を?」
「好きなモノを続けていけば、きっとすごくなれるよってことだよね、うふふふあはははははははは……」
慧音は、泣いた。
ぶわっと口を押さえつつ、頬を若干朱色に染めながら。
……そして、すべてが終わり。
ぐったりと部屋の隅で横たわる小さな妖獣であったが、その輪郭は少しだけ大きくなって見えたという。
奇怪な経験が少女を成長させたのだろう。
そう、橙はレベルが上がった。
知力が 1 増えた
恥力が 3 増えた。
自立心が 100 増えた。
忠誠心が一時的に 5萬 減った。
「藍様、この線からこっちに近付かないでください」
「え、橙? ちょ……」
「入ったら、もう口聞きませんから」
対九尾用スペル 『300cmの固有結界』 を取得した。
朝日が差し込む明るい寺子屋の中で、慧音はいつもどおり教材を配る。
歴史かと思いきや、その紙の一番上にはあまりにも単純な数式が描かれていた。
「わからないところがあれば、なんでも質問してくれていい」
その下にも、算数で言う基礎の基礎。
一の桁の足し算が続いていて、子供たちは驚くと同時に一斉に紙に視線を走らせ、一様に首を傾げた。
「先生っ! 質問!」
当然、その真意を尋ねるべく声があがる。
一人の少女がハイハイッと元気良く声を上げて、その隣に座っている赤毛の少女を驚かせるほどに。
「お空、どこがわからないのかな?」
慧音はまるで、その少女を試すように声を掛けた。
するとお空と呼ばれた黒髪の少女は、ぽんぽんっと紙の上に指をあてがった。
「えーっと、先生。この一番上のやつなんだけど」
慧音は微笑を浮かべながら指差す『1+1= 』のところに顔を近づけて。
「縦のこの棒ってやっぱりアレだよね、制御棒っ! ってこは、この『絵』は制御棒、にょいんにょいん、制御棒、ばびゅーんって、なるから……
なにこれ?」
なんだろう。
こっちが聞きたい。
◇ ◇ ◇
「というわけで、みんな今日は特別に算数の授業から始めてみよう」
畳の敷かれた寺子屋の中、慧音の声が弾むのは季節が移り変わる頃だからか。
それとも、鼻腔をくすぐる新しい畳の匂いからか。
いつものとおり挨拶を交わした直後から、慧音の様子がおかしい。そう子供たちは敏感に感じ取っていた。正座して教台についてからも、その上で指を遊ばせ続けているのだから。
二人座りの長机に並ぶ子供たちは、お互い顔を見合わせた。
「先生? どうしたの? 具合でも悪いの?」
「ああ、すまない。そういうわけではないのだが」
子供に異変を察知され、くすっ、と唇に手を触れさせながら微笑んだ。しかし自覚をしたところで、いつもより上機嫌な彼女の気が治まるわけでもない。
この場でハクタク状態になっていれば、間違いなく尻尾を左右に振っているところだろう。
犬と性質が同じであれば、だが。
しかし、そう嬉しがるのも無理はない。これは彼女が待ち望んだことなのだから。
「みんな、もうわかっているとは思うが。今日から少しの間お友達が増えることとなった。歴史の授業で教えたとは思うが、一番前にいるのが妖精という種族。その代表の二人。チルノと大妖精だ」
おお、っと喚声が上がる。
わかっていても、改めて告げられると効果があるようで、子供たちは我先にと、その二人へと挨拶の言葉を飛ばす。
すると、その声を背にした大妖精が座ったままその身を翻し、
「こんにちは、はじめまして」
素直に手を振って答える。
けれどもう一人はというと、長机に突っ伏したままほとんど反応がない。
腕を枕にしたまま目を細め、先ほど配られた紙にずっと瞳を向けているようにも見える。普段はうるさいくらいに湖の周りを飛び回っているため、人間が苦手な部類には見えないのだが。
「次は、さっき頑張って質問してくれたお空と、その友達のお燐だ。地底から特別に学びにきてくれた」
気持ちを切り替えて、その妖精のひとつ後ろ。
大きな羽を持つ黒髪の少女と、猫のような特徴をもつ少女は順番に手を振った。
「弾幕ごっこでもなんでも。みんなと一緒に遊んであげるからね」
「あはは、お空? さとりさまに歴史を勉強してこいって言われなかったかい?」
「……ん? ……うん?」
「うん、わかった。大体わかった」
すでにツーカーの仲である二人の間には、言葉すらいらないのだろう。
その友情に心を打たれながら、慧音は、若干控えめに次の場所へと視線を動かした。
そこは大妖精たちと左右対称の位置。
一人の子供と一緒におとなしく座っているのは、
「そして、地上の妖獣の橙も今日の場に参加してくれるようだ。みんな、授業が終わったら気になることでも聞いてみるといい」
温和に話を振ってみただけだというのに、橙は何故か緊張した面持ちで後ろを振り返り。ごくり、と喉を鳴らして手を上げた。
「は、はいっ! 何でも聞いていいよ!」
「橙、今じゃなくていいから」
「わかりましたっ」
猫とは思えないほど動きの硬い橙に不安を抱きながらも、そこが可愛らしいところかと自己一通り紹介を終えた慧音はこほんっと咳払いをする。
それは妖怪や妖精を両親抜きで見たことによる興奮で、騒ぎ始めた子供を静めるためのものでもあり、高ぶる自らの心音を静めるためのものでもあった。
しかし、慧音の感情は仕方のないもの。
当然であり、必然。
「これから少しだけ時間取るから、その紙に自分が正しいと思う答えを書くこと。いいかな?」
「はぁ~~いっ!」
子供と一緒に、お空が元気よく返事をして。
直後、お燐に数字の読み方を習い始める。
大妖精は素直に紙に向かって、チルノはふてくされた顔で筆を動かしていた。橙は猫の妖怪とは思えないほど背筋をぴんっと伸ばし、一言一句をできるだけ丁寧に書いているようだった。いきなり歴史では身が固くなるだろうと考え、試しにやってみたというのに、これでは逆効果かも知れない。
ちょっとだけ不自然な橙に苦笑を向けつつ、いつもとちがう教室を眺める。
そこはいつもと少し違う色が混ざった風景が広がっていて。
慧音は何気ないこの景色をどれほど待ち望んでいたことか。
人間と妖怪が積極的に接触するようになっても、子供とは接触させられない。
そんな親たちと交渉を続け、どれほどの月日が流れたことだろう。
そして、その間に、妖怪と人間との間でどれほどの血が流れ、命が奪われたことだろう。その度に話し合いは難しくなり、妖怪なんて追い出せという声が一時的に増え。
慧音すら不要と叫ばれた時さえあった。
それを乗り越えて今、彼女は実現したのだ。
ヒトの子と、妖怪が同じ学び舎で過ごす時間を、空間を創造したのだ。
歴史を創る能力を使わず、その身一つでやり遂げた。
と、彼女が感慨にふけっていたところで、一人の人間の少女が顔を上げて、目をぱちぱちさせる。
少女は見付けたのだ。
慧音のほんのわずかな変化、それが明確に示される瞬間を。
「先生? 目にゴミ入った?」
「ああ、すまない。少し寝不足でね。欠伸を噛み殺していたんだよ」
俯き、目尻を指で擦る。
ははは、と鼻を軽く啜りながら笑ってみせると、少女は安心した様子で紙に視線を戻した。
それを見てほっと胸を撫で下ろした慧音は、口を手で隠しながら。軽く口を開いて見せる。続けて、袖で目を覆う。
「さぁ、そろそろできたかな?」
一呼吸置いて袖を外せば、ほらいつもどおりの慧音がそこに。
子供たちと一部の妖怪たちを見渡して、
「は~い!」
という元気の良い返事を待つ。
それを満足そうに聞き、慧音は正座しながら右手を高く掲げた。
「よし、じゃあ一問目わかる者!」
それに従うように、上がる小さな腕たち。
その中に、少しだけ高いものがいくつか混ざり、慧音はその一つに指を差す。
「簡単すぎるかも知れないが、橙、頼めるかな?」
すると、落胆の声を、歓声が入り交じった中。
たたき壊しそうな勢いで机に手を付き、ぴっと背を伸ばした橙が叫ぶ。
ただ、そこまで力を入れすぎた場合……
「いちたしゅいちは、にゃです!」
間違いなく、噛む。
しかも言い得て妙な方向に。
すると笑いの沸点が低い子供がどう反応するか、想像には難しくない。
「に、です……」
巻き起こる爆笑の中、橙は丁寧に言い直すが、時既に遅し。
猫だから、にゃ、という典型的なミスを犯してしまい。
今にも顔から火を噴きそうである。
と、そこで。
「猫のお姉さん、気にしなくていいよ。ちゃんと数字で答える当たり立派さ」
うんうん、と謎の頷きを見せる別の猫が一人。
その仰々しい動きで子供達の視線は橙からお燐の方へと動いた。それを見計らって、お燐は隣の答案をすっと持ち上げる。
みんなに見えるようにして。
「お空、一番上の答えは?」
1+1= の横にはっきりと書いてあるもの、それは数字ですらない。
楕円と長方形の集合体。
顔と思しきところに長細い触手っぽいものが四つ生えた謎の生命体だった。
「…………熊?」
「熊っ!?」
逆に驚きである。
二つの意味で。
どうやらお空の見ている風景は常人のそれとは違うらしい。
ただ、自分とは違う者に興味を示す子供の好奇心を刺激するには十分だったようで、さきほどの橙のことなど忘れてしまったかのように、子供達が大騒ぎ。からかわれ役から解放された橙は小さく息を吐き、こっそりと目配せするお燐にぺこりと頭を下げる。
そんな中、子供達の叫び声はヒートアップし続け。
とうとうその芸術的センスを素直に褒めるわけにはいかない存在が、動きを見せる、
こほんっと咳払いを一つしてから。
「お空、今回は許すが。今度そんなイタズラ書きをしたら、頭突きだからな」
「は~いっ! って、あれ?」
と、そのときだった。
教室が一斉に静まり返る。
慧音が頭突きだと口にした瞬間に、あれだけうるさかった子供が背筋を伸ばして前を見ているのだ。
まさしくそれは、教育された自警団さながら。
そうやって口を閉ざした子供達に向け、慧音は困ったような笑顔を見せた。
「そこまで意識されるとこちらも困るんだが、さて、と。気を取り直して、今の答えが違うと思う者はいるかな? いないなら次へ――」
当然、この問題を間違える者などいるはずがない。
慧音自身もそう思って次の計算式へと進もうとする、が。
「違う」
教室の前の方から、強い否定の声が発せられる。
「1たす1は、1だよ……」
それを聞いて、発生源のすぐ横にいた大妖精が目を丸くした。いまだ机に突っ伏したまま口を腕で覆い隠す。
いつも元気いっぱいの彼女からは想像できない仕草で、声を揺らした。
「1たす2でも、1たす3でも、みんな最後は1だもん……」
「違うよ、チルノちゃん。1たす2は3だし、1たす3は4だよ」
「違わないよ! 1だよっ! 1人になるんだもん!」
大妖精の言葉すら強く否定し始めたチルノ。
その言葉の端に気になるものを見つけた慧音は、怒鳴ったことを責めることなく。チルノの前で座り込んだ。
「それは珍しい考え方だ、できれば私にも教えてくれないか?」
叱らず、怒鳴らず、視線を下げて優しい声を掛ける。
たったそれだけのことなのに、チルノは少しだけ顔を上げて、しゃくり上げながら声を零した。
「だって……春って、暖かいから、みんな、あたいに近寄ってくれなくて……、でもあたい寒くないって言っても、みんなからかって来て、ムカっていうか、胸の奥がぎゅってなって、ちょっとだけ、力使ったら、遊んでくれなくなって……」
「だから何が加わっても1、つまり1人、ということか?」
最後は頭を縦に振るだけ、そのまましくしくと鳴き始めてしまう。
寺子屋でこんな場面を体験したことがない子供達は、どうすればいいのかわからず、おろおろと手足を動かすばかり。
中には、つられて泣き出しそうな者もいる。
けれど、慧音は慌てずにゆっくりとその唇を動かした。
「チルノ、じゃあ妖精たちは冬、どんなことをして遊んでいたんだい?」
「えっと、雪の中でどれだけ雪に当たらずに空が飛べるかとか。転ばずに氷の上を走れるかとか……」
「ならきっと、チルノを嫌がったりはしないさ。でも、チルノは怖がっているようだけど」
「あたいが、怖がってる?」
胸の奥をちくり、と刺激されチルノがまた顔を上げる。少しだけ頭に来たのだろうか。眉間にうっすらとシワを作り、上目遣いに慧音を睨んでいる。
「自分の能力が嫌われる原因だと思い込んで、自分の悪さを考えない。怖がってばかりで周りが見えていないように見える」
「変なこと言わないでよね! あたいのどこが怖がりだっていうの!」
とうとう立ち上がって、自分よりも下になった慧音にびしっと指を突き付ける。それを見た慧音はふふ、と楽しそうに。
余計にチルノを怒らせるように、笑う。
「それじゃあ、怖がりでないチルノは、冷気で追い払った友達の妖精にごめんなさいを伝えることができるかな? いや、やっぱり無理か」
「はぁっ? あたいのこと誰だと思ってるの! あたいはっ!」
「さいきょーの妖精、だろう?」
「そうよ! 最強っ! だから謝ることくらいぺっぺーなんだから! ねえ、大ちゃん!」
「う、うん……そ、うだね?」
信じられない。
大妖精は慧音のやりとりに目を奪われたままだった。
弱っているとはいえ、自信家のチルノを挑発して。望むべき方向へと誘導してしまったのだから。
「ん? 大ちゃん、何ぼーっとしてるの?」
「い、いや、なんでもないよ。ほら、計算しないと!」
「おー、あたいの紙半分くらいまっしろ」
調子を取り戻したチルノは鼻歌を鳴らしながら筆を動かし始める。
豪快な、紙からはみ出るくらいの筆捌きさの中には危うさもあるが、実に彼女らしい大胆な字面だ。
字はそれを書いた者の心情を現すと言うが、それが本当なら。
もう、大丈夫。
「さて、さて、1という答えもでたが、この計算の中だけでいうなら答えは……」
そして、そのまま続けようとしたところで。
パチパチパチ……
と、思いも寄らない妨害が入った。
澄んだ拍手の音が、教室の一番後ろから聞こえてきたのだ。
「お見事、数についての問題をこう調理するとは。なかなかできないことだよ」
「お世辞が上手いようだね、藍は」
「素直に感想を口にしたまでだよ。橙の授業を観察させて貰おうと思ったら、なかなか興味深い趣向も見せて頂いた」
彼女こそが、橙が身を固くしていた理由。
保護者兼式紙の主である彼女の良いところを見せようと張り切ってしまったというわけだ。
自然な授業を体験させるには、障害になりかねないが。
彼女も八雲の者。
この世界で妖怪と人が共にあることを認める存在なのだから、そう大きな問題はないだろう、そう判断した。
「どうだろうか、今の話のお返しに私から数の概念について語らせて貰うというのは」
「……藍様、今はみんな授業中で」
「橙、私だって無理にとは言わないよ。ただ提案させて貰っているだけだからね」
そこで慧音は、子供達の反応を見ながら顎に手を当てる。
橙の知り合い、ということで子供と彼女との境界は幾分か弱まったようにも感じ取れる。不安が無いと言っては嘘になるが、慧音と違いみるからに妖怪といった雰囲気のある藍が教える立場に付くことで、子供たちに良い影響があるかもしれない。
そう結論づけた慧音は、静かに頷いて教台を空けた。
すると、それに応えて藍が壁伝いに前へと移動する。
「ふむ、それでは。今の問題の1たす1について、考えていきたいと思う」
お淑やかに、流れるような動きで正座した藍は、慧音が見つめる中で暖かみのある声で空間を包み込む。
「精神論では、1たす1は2じゃない。3倍にも4倍にもなるということもあるが、計算で使われる1というのは、あくまでも1だ。ほら、そこのキミ、キミはこの世界で1人しかいない。という意味でね。
だから1たす1は2でなければおかしいことになる」
わかっているのかわかっていないのか。
いきなり始まった1たす1の講釈に、子供達が唖然と藍を見上げる中。段々と彼女にも熱がこもり始めたのだろうか。
普段は袖に隠している手をその空中に晒して、心を声に乗せる。
「個は個、一つであるということは、存在が異なるということだ。異なるからこそ私達は個性がある。異なる価値観をぶつけ、共有し合うことができる。そう、その熱い思いこそが1たす1の真なるものだ」
ん?
と、慧音が眉を潜め、橙が俯き始める。
けれど、藍の言葉は止まらない。
主の使う暴走列車の如く。
その熱と速度は加速していく。
「そうだ1人だからこそ、他人を欲する。時には腕を、時には尻尾を、時には脚を、そして腰と胸を絡め合い。熱いひとときの瞬間を、想うモノとの一夜に胸を高鳴らせることができるのだ! そう、個だからこそ! 火照った身体を重ねることができるのだ。一夜の過ちを恐れるのではなく、利用できるだけ経験を詰み愛する数を一つ一つ積み重ねることこそが、立派な大人への近道――」
「教育的指導っ!!」
「――っ!?」
そして、その藍の暴走は、その場にいた数名にはっきりと理解させた。
さきほどの子供の統率された動きが今の一撃に依存したものだと。
それはもちろん。
今放たれた、渾身の頭突きの威力。
最強の妖獣である藍が、一撃で痙攣する姿を眺めながら、
その本当の意味の怖さをその目に収めて……
本能で察した。
――本当の意味で怒らせたら命がない、と。
それを刷り込まされた後の授業は、本当に順調すぎて。
「どうしたんだ、みんな。もうちょっと質問してくれていいんだぞ? 人間の歴史がわからないというのは、そんなに恥ずかしいことではないのだから」
そう慧音が逆に質問してしまうほど、円滑に進んでしまう。
良くも悪くもこの現象を作り出した張本人だけは理解していないようだ。
わからないから声を上げないのではなく、別な意味で萎縮してしまっていることを。
「ふむ、明日からもう少し簡単な教材を持ってきてみようか」
ちょっとだけ寂しげに帽子を揺らして、それでも慧音は――
妖怪と人間が入り交じった部屋を、幸せそうに見つめていた。
◇ ◇ ◇
そして、授業が全て終わった頃。
まったく異なる舞台が、始まろうとしていた。
それは恐らく、悲劇と呼ばれるモノで。
慧音すら、目を背けてしまうほど。
それでも彼女は事の終焉を眺めつづけなければならない。
それこそが彼女の使命なのだから。
あの言葉を告げた、慧音の――
そう、始まりはたった一言。
『授業が終わったら気になることでも聞いてみると良い』
妖怪と人間の綱渡しとなれるよう。
善意から出た、何気ない言葉だった。
しかし不確定要素が混ざり合った結果、無垢な言葉が橙の幼い心を抉り取ろうと襲い掛かってきたのだ。
「ねえねえ、橙お姉さん! 腰と胸を絡めるってどういうこと?」
「……え、えとぉ~、ほら! 相撲だよ! 相撲!」
「想うモノとの一夜って何?」
「……宴会、のことかな? あはは、ははっ」
「火照った身体で、とか一夜の過ち、とか?」
「あー、うーんと、ね? ほら、かぁ~っとなって弾幕勝負したら負けるかも知れないよー、みたいなね」
「愛する経験を積むって、何を?」
「好きなモノを続けていけば、きっとすごくなれるよってことだよね、うふふふあはははははははは……」
慧音は、泣いた。
ぶわっと口を押さえつつ、頬を若干朱色に染めながら。
……そして、すべてが終わり。
ぐったりと部屋の隅で横たわる小さな妖獣であったが、その輪郭は少しだけ大きくなって見えたという。
奇怪な経験が少女を成長させたのだろう。
そう、橙はレベルが上がった。
知力が 1 増えた
恥力が 3 増えた。
自立心が 100 増えた。
忠誠心が一時的に 5萬 減った。
「藍様、この線からこっちに近付かないでください」
「え、橙? ちょ……」
「入ったら、もう口聞きませんから」
対九尾用スペル 『300cmの固有結界』 を取得した。
式神?
藍様…
しかし、お空の論理飛躍を解読できれば、ノーベル賞的な何かが貰えるんじゃなかろうか。
頭に、余計な二文字が付くノーベル賞だろうけど。
クマー。
でだしからはまったく予測できなかった!
種族的にそういった教育もかなり早いんだろうな。
……だと思っていた時期が私にもありました。
にしても熊とは恐れ入った。確かにそう言われれば見えなくもないw
こーゆーパターンは大好きです。
>自己一通り紹介を終えた