メリーと蓮子の諏訪旅行・1
がたん、ごとん…
神亀の元号になって今や移動手段としての利用自体が珍しくなった「電車」を利用して、
私たちは一路、例の噂の土地「諏訪」を目指している。
目の前の私の相方、宇佐美蓮子はローカル線の絶え間ない振動に先ほどからうつらうつらしていた。
「ちょっと蓮子ぉ、折角の電車なのよ?それも『ろぉかる線』なのよ?もっとこの風情を楽しめないの?」
「…ふぁ?」
「ほらほら、何気に今すごい高いところ走ってるのよ?ねぇ~」
「んぅ~、あと五分~」
ダメだこりゃ。
私はこの素晴らしい景色を蓮子と共有することを止め、自分一人で独り占めすることにした。
「ろぉかる線」は緑の連峰を登り渡る。眼下には信州の素晴らしい景観…
即ち、雄大な山々の合間を縫って緑の田畑に点在する都市の景観。私はそれを満喫する。
訳なく山を切り開くでも、必要以上に発展を控えるでもなく、人と山が見事に調和したその都市に私は見惚れる。
「美しいわ~、東京も京都も悪くないけど、やっぱりこう言うのが素敵だと思わない、蓮子?」
「んふ~」
「…もぉ」
陽光高らかに、緑なお煌びやか。暖かい風が半開きの窓から私の頬を撫でる。
…本当は、蓮子みたく眠るのも悪くない、と思っているわ。
私たちは、あるオカルト現象の調査の名目でこの幽霊サークル「秘封倶楽部」の活動中なのだ。
端的に言って、その現象とは「神隠し」である。
まぁ、それ自体は私たちにとっては特に珍しい事ではない.しかし今回はその現象の対象が変わり種。
一つは「湖」
一つは「ご神体」
一つは「現人神の女子高生」
「諏訪」というキーワードで密接に結びついたこれらの対象に起こった、同時多発神隠し。
これが私たち「秘封倶楽部」の出張調査の対象なのだ。私はこの長閑な風景に秘められたオカルトに心が躍る。
「でも、湖が消えたっていうのはどういう事なのかしらね…普通に考えても、人間の仕業じゃないわ。いえ、それとも人間の仕業かしら?」
「メリー、昨日あれだけカフェで考えて、結局『行ってみないと分からない』って結論に落ち着いたじゃない。ふぁ…」
蓮子が覚めやらぬ頭でそう答える。そんなことは重々承知だ。
蓮子はぐう、と伸びをする。
「に、しても遠いわね~、信州は。ヒロシゲで東京まで出て、それからず~っとこの電車…」
「あら、蓮子のお気には召さなかったのかしら?」
「最高よ。こんなに気分良くうたた寝できたの久しぶりだわ~」
卯酉東海道線、ヒロシゲのカレイドスクリーンは、絢爛豪華な映像で私たちの視覚をバーチャルに刺激する。
リアルを超越したバーチャル富士はヒロシゲの名物だ。
しかし、富士に魅入られた広重はついぞこの信州の美しさに気付く事は無かった。
見せようとする美しさと、あるがままが美しい物は別なのだ。
蓮子がひとり言ちる。
「とはいえ、そろそろお尻が痛いわね…あとどれくらいなのかしら…」
『上諏訪~、上諏訪~』
私たち以外の乗客が全くと言ってよいほど居ない電車で、車掌さんのやる気無いアナウンスが響く。
電車はいつの間にやら山を下り、そして山々に抱かれた都市の中枢を滑走していた。
「…着いたわね、メリー」
「着いちゃった…ちょっと残念」
陽光がやや傾く時刻。私たちは『諏訪』の地を踏む。
神亀の遷都により、かつては新幹線を通すか否かを争ったこの土地も、今や陸の孤島となって独自の発展を遂げていた。
「あっ、見てみて蓮子、あれが有名な『足湯』ね」
「うわー、いかにも異文明って感じ…行くわよメリー」
この駅舎の中の足湯は何気に歴史が深く、何と100年の歴史があるそうだ。(足湯内の三次元透過インタフェースより)
ヒノキの香りと余りにもミスマッチなその青色の情報端末は、ある意味私たちの時代の象徴だ。
荷物を手の届く範囲において、靴は靴箱へ。
そっと脚を湯につけると、最初は熱かったが徐々に心地良くなってきた。
「ふわ~、落ち着くわ~」
「あっつ、あっつい!」
蓮子は慌てて脚を突っ込んで、さっそく諏訪の洗礼を受けていた。
不躾な闖入者には、まず地霊が熱で以って手荒い歓迎をしてくれるようだ。
ふと眼を向けた壁には、洒落た檜の小板でこんな文句が書かれている。
『諏訪ぬくみずは あつきこそ 猛き御風は つよきこそ もとむるものこそ 御世にはあるらむ』
不思議な言葉ね。意味が分からないわ。
俳句でもないし、短歌でもない…わよね?たんに語呂がいい単語並べただけにも思えるし…
「あちち…と、ところでこれは天然なのかしらね?メリー」
「ん~?天然って、水?それとも檜?」
「どっちも」
前世期、世界を席巻した資源問題は、私たちの世代には無縁だ。
リアルを超越したバーチャルは、私たちから本物と偽物の境界を取り払った。
視覚はカレイドスクリーン、味覚は安全な合成食物、音楽は小さな箱で持ち運べる。
触角は意識没入型ネットワークで再現可能だし、嗅覚も同様だ。
そうして、本物が必要とされる状況というのは減った。
代替不可能な事象は、今や宇宙と幻想の中のみだ。
別に、私はそれを否定も肯定もしない。
本物か偽物か、なんて昔から絶えず移り変わってきたものだし。そんな風に時代に左右されるものに拘る時代は、とうの昔に過ぎ去った。
真偽の境界はより事象の深くに潜んでいるということに、今の時代は誰もが気付いている。
「って、ちょっと聞いてる?メリー」
「もちろん…どちらも正確に私たちの五感を刺激していますわ。」
「何その口調きもちわるっ」
「傷つきますわ~」
そんな風にじゃれてる内に、あっという間に30分は経ってしまった。
私の背中にはほんのり汗が浮かんでいる。
「と、ところで蓮子、この後の予定はもちろんあるのよね?」
「ええ、とりあえず件の湖を見に行くわよ」
じりじりと熱が私を苛む。
妙に余裕ある蓮子が悔しくて、私は勝手に我慢大会を始めることにした。
ていうか、さっき貴方あっついあっつい言ってたじゃない。
何で急に余裕そうなのよっ?
「そ、その後は?」
「とりあえず宿に向かって、計画でも立てましょ?夜には花火大会があるって。というか、顔赤いわよメリー、上がったら?」
「ま、まだまだ大丈夫ですわっ」
「そう?…まぁいいけど…」
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十数分後
「ふにゃ…不覚だわ、まさかのぼせて鼻血でリタイアなんてっ…」
「何やってるのよもう……っぷ」
「う…わ、笑ったわね…?」
ハンカチで鼻を押さえつつ湖へ向かう。あまり格好の良い物ではない
我慢大会は私の辛勝だ。蓮子はそもそも我慢してないし。
「蓮子、おんぶ~」
「荷物持ってあげてるだけ感謝しなさいよ~」
線路から垂直に伸びた「湖岸通り」と名付けられた道を、私と蓮子は進む。
車という前近代的な乗り物がほとんど使われなくなった現代において、道路のアスファルトはひび割れたまま放置されている。
その道路からは草花が生え、在りし日の諏訪はその姿を取り戻しつつあるようだ。
しばらく歩くと、心地よい風が眼前から吹き抜けるのを感じた。
くらくらする頭を前へ向けると、そこには雄大な湖が広がっている。
ってあれ?
「……」
「……」
「なによ、湖あるじゃん」
「なんだ、湖あるじゃない」
「……」
「……」
時は過ぎて夜。
私たちは手持無沙汰に湖の廻りをうろつくのを止め、一路、夕食を採ることにした。
信州と言ったら、やっぱり麺類よねぇ。この際旅行の主旨をこっちに変えてみてはどうかしら?
「ダメよ。まだ謎は残ってるわ」
「冗談よ~蓮子。それに私は本当に湖が神隠しにあった、とは初めから思ってないし」
蓮子は味噌、私は塩。
一昔前は、こんなラーメン屋一つとっても女二人じゃ入りづらい雰囲気だったらしいわね。
「ずずっ…丑三つ時にでも『境界』を探しましょう?多分、何か見つかるわ。」
「ずずっ…そうね。此処まで来てこんな出鼻で諦められないわ…」
蓮子が今回の神隠しにこだわるのは、単純に今回の神隠しが珍しいから、だけじゃない。
一週間前、蓮子と「そこそこ」仲の良い友達が失踪した。
まぁ、失踪なんて大げさなことじゃなくて、単に連絡が付かないだけかもしれないけど。
確か、男の子、だったかしら。
……
「なんかこう、胸がきりきり言うわね…風邪かしら…?」
「風邪にそんな症状ないわよ…」
蓮子は苦笑する。…こっちの気も知らないでっ!
私はささやかな反撃に打って出る。
「味玉いただくわ~」
「あっ、こらっ!」
まだまだ夜は浅い。
そして私たちの「諏訪旅行」は、いよいよ深まる夜をもって、ようやく始まるのだ。
今のところはどんな展開になるのかまだ定かではないのでなんとも言えませんが、
諏訪旅行というぐらいなので、諏訪の色んな景色をおりまぜてくれると嬉しいなぁ。
駅のホームの足湯をしっているという事は、実際に諏訪にはいったのかな?
蓮メリ要素にも期待しております。
続き待ってます!
秘封いいですね!次回作に期待して待ってます!