「それならTRPGで勝負よ!」
輝夜が分厚い紙束と筆記用具、それにサイコロの類を妹紅に突きつけて謎の宣言をした。
「いや、何がそれならなんだよ。TRPGが何だか知らんが、殺り合う気が無いなら帰れ」
迷いの竹林にある家(と言ってもテントだが)に突然現れて
訳の分からないことを言い出した輝夜に、妹紅は冷たい視線を送る。
「ちょっとくらい私の暇潰しに付き合ってくれても良いじゃない。どうせあなたも暇なんだろうし」
「暇でもお前の相手なんかしない。薬師にでも兎にでも相手してもらえ」
輝夜は頬を膨らまして不平を訴えるが、取り付く島も無い。
「みんな例月祭の準備で忙しいのよ。
ねえ、いいじゃないちょっとくらい減るもんじゃないしー。ねーねー」
輝夜はねーねーを連呼しながら地面をゴロゴロと転がる。
妹紅は転がる輝夜を蹴り飛ばそうと、あるいは踏み潰そうとするが、いずれも空を切る。
それもそのはず、輝夜は一見して無防備に地面を転がってるように見えるが、
永遠の時をゴロゴロして過ごしてきた輝夜のゴロゴロは回避行動の一つの極致にまで昇華されている。
まったく隙がない。妹紅の蹴りが当たる可能性は皆無だった。
妹紅の蹴りが地面を抉り、その上を輝夜が転がって慣らすという無意味な行為が何度も繰り返された後、
ついに妹紅が折れる。
「分かったよ、一時間くらいなら付き合ってやるから、転がるのを止めろ」
「やった! 話せば分かるって本当だったのね! 言った本人はアレだったけど!」
輝夜は満面の笑みで火鼠の皮を取り出すと、泥で汚れた服を拭った。
※※※
「そもそも、TRPGって何なのさ」
妹紅は簡素な折り畳み式の机を取り出して輝夜が持ってきた一式を広げると、地面にあぐらをかく。
「物の本によると、親が用意したゲームを子がクリアできるかどうかという形式の決闘方法らしいわ
ゲームは親と子の対話形式で進めていくとか」
火鼠の皮を地面に敷いて正座した輝夜は、妹紅の家にあった漬物を勝手に摘まみながら説明をする。
「それって、クリア不可能なゲームを用意すれば絶対に親の勝ちにならないか?
それと、勝手に他人の家の物を食うな」
「それは美学に反するわ。クリア可能かつ、歯応えも有って面白いゲームを用意できるかが親の腕の見せ所よ。
そこはスペルカード戦に似てるわね。それと、この漬物は歯応えが無くて不味いわ。貴方の腕が知れるわね。」
妹紅は無言で拳を飛ばすが、輝夜は上体を反らして回避する。
「チッ。で、お前はどんなゲームを用意したんだ」
「幻想郷を舞台にしたゲームを作ってみたわ。
プレイヤーは幻想郷にやってきた外の世界の住人となって様々な活躍をするのよ」
「どうすれば勝敗が決まるんだ?」
「貴方の勝利条件はボスキャラの『蓬莱山輝夜』を倒すことね。
リアリティを重視してかなり難しいゲームになったから、特別にコンテニューは何回してもいいわ。
逆に、貴方がクリアを諦めたら私の勝ち」
「上等だ。始めよう」
※※※
「まずは貴方の分身となるキャラクターを作るキャラメイクね」
輝夜は紙束から「キャラクターシート」と書かれた紙を取り出して鉛筆で空欄を埋めていく。
「名前は藤原妹紅と。種族はこの中の何が良いかしら?」
輝夜は紙束から「種族一覧」と書かれた紙を取り出して妹紅に見せる。
「妖精、人間、妖怪、月人……色々有るな。どういう特徴が有るんだ?」
「妖精は脆く、非力で、不器用で、学習能力がなく、稗田阿求に会うと酷い目に会うわね」
「そんな種族、誰が選ぶんだよ」
「特殊な趣味の人かしら。次は人間ね。人間は平均的な能力を持つわ」
「万能型と言うやつか」
「いえ、どの能力も平均的にしょぼいわ」
「また酷い話だな」
「次は妖怪。非常に高い生命力と身体能力が特徴ね。特殊な能力を持つ者もいるわ。
弱点がいくつかあるけど、実際は有って無きが如し」
「それって、普通は妖怪選ぶだろ」
「いえ、月人の方がもっと凄いわ。全ての能力が妖怪よりも圧倒的に上回っている。
一人で幻想郷全てを素粒子分解することすら夢じゃないわ」
「ふと思ったんだが」
「何かしら?」
「普通は種族ごとに一長一短にするものじゃないのか? これじゃ種族ごとに格差が有り過ぎだろ」
「私もそう思ったのだけど、リアリティを重視することにしたわ。
月人と互角に戦う人間とか不自然過ぎるもの」
「もういいよ。人間で沢山だ」
「種族は人間と。性別は女で年齢は……実年齢だとアレだから十二としておきましょう、外見年齢的に」
「アレって、お前の方が年上だろ」
「何のことかしら。職業は……無職と」
「待て、四六時中遊び呆けてるお前にだけは無職呼ばわりされたくない」
「私は姫だから遊ぶのが仕事みたいなものよ。たまに働く気になっても永琳が止めるし。
次に貴方の能力値を決めるわ。サイコロを振って頂戴」
妹紅はキャラクターシートの指示に従ってサイコロを振り、
筋力、生命力、体格、知性、精神力、敏捷性、外見などの様々な能力の値を決めていく。
「振り終わったが、どういう結果になったんだ?」
「うーん、貴方のキャラクターは筋力や生命力や体格は極端に優れているけど、
知性や外見はボロボロね。言ってみれば筋肉バカ」
「筋肉バカの十二歳の少女って何なんだよ……」
妹紅は、暑苦しい笑顔を浮かべながらポーズを決める筋骨隆々の自分を想像して顔をしかめる。
「能力値と職業からスキルを配布してと……
とにかくキャラクターは完成したわ。早速ゲームを始めましょう」
※※※
「貴方は外の世界の人間です。少女とは思えないマッスルボディーを持つ貴方は
ある日マッチョを苦にして衝動的に自殺がしたくなって山奥に向かいますが、
そこで八雲紫に目を付けられて、妖怪の餌として幻想郷に引きずり込まれます」
シナリオが始まり、輝夜が投げやりなプロローグを語りだす。
丁寧語で喋っているのはゲームマスターの役割を演じているからなのだろう。
「幻想郷での初期位置を決めます。サイコロを振って下さい」
「はいはいと……うわ、無縁塚か。いきなり危険な場所に出たな」
「貴方は目覚めると、周りを木々に囲まれた行き止まりのような場所にいました。
周囲は暗く夜のようです。どうします?」
「長居は危険だから、早く立ち去りたいな」
「貴方はその場所から伸びる小さな道を通って立ち去ることにしました。
貴方がしばらく道を歩いていると前方からガサガサと音がします。どうしますか?」
「とりあえず脇に隠れて様子を窺う」
「『隠れ身』スキルの成功判定を行います。サイコロを振って下さい」
妹紅はサイコロを振るが、体格の大きさが足を引っ張って成功率は低い。
結果は失敗だった。
「失敗ですね。人並外れたナイスバルクな体を持つ貴方は
全身を隠しきれずに前方から来る妖怪に見つかってしまいました。
妖怪は黒い服を着て頭にリボンを巻いた金髪の幼い少女という容姿をしていて、
『貴方は食べても良い人類?』と問いかけを発しています。どうしますか?」
「まずは弱い妖怪を倒して経験を積むのか。戦ってみよう」
「貴方は幼い少女に夜道で襲い掛かることにしました。
武器は無いので素手で攻撃判定を行います。サイコロを振って下さい」
妹紅はサイコロを振って命中判定とダメージ判定を行う。
攻撃は命中。ダメージの出目もかなり良い。
「十ポイントのダメージか。私のキャラクターの耐久力が二十なのを考えると
相当なダメージを与えたんじゃないか?」
「この妖怪の耐久力は五百です。貴方の攻撃は大したダメージを与えられませんでしたが、
妖怪は気分を害したようで反撃を行ってきます。妖怪の攻撃。
攻撃判定の結果命中、ダメージ三十。貴方は死にました」
「いや、ちょっと待て。おかしいだろ」
「不正は無かったわ」
「最初の敵に瞬殺されるってどういうことなんだよ!」
妹紅はサイコロを輝夜に向かって投げつけるが、輝夜はそれを無造作にキャッチする。
「やめてよね。本気で戦ったら人間が妖怪に勝てるわけないでしょう」
「雑魚妖怪くらいなら素手でもどうにかなる」
「そんなことができるのは貴方くらいよ。だからあなたは脳筋なのよ。
戦う以外にも話し合うなり色々手段は有るでしょう?」
「筋力とか体格とかあっても無駄みたいだし、キャラクター作り直したいんだが」
「駄目。キャラクターとの出会いも一期一会よ。さあ、コンテニューしましょう」
※※※
そしてシナリオが再開される。
初期位置はまたしても無縁塚。前回と同じように再思の道を辿り、またしても妖怪と遭遇する。
「妖怪に発見されました。どうしますか?」
「話し合ってみる」
「『話術』スキルで成功判定を行います。サイコロを振って下さい」
妹紅はサイコロを振るが、知力の低さが足を引っ張って成功率は非常に低い。
当然のごとく失敗する。
「失敗ですね。『そーなのかー』と貴方の言葉は聞き流されました
妖怪の攻撃。命中。二十八ダメージ。貴方は死にました」
「おい、話し合っても駄目だったじゃないか」
「話し合いは戦闘以外の解決手段の例よ。他に何か方法が無いか想像力を働かせてみなさい」
※※※
「妖怪に発見されました。どうしますか?」
既に五人の「藤原妹紅」が妖怪の餌食になっていた。
「戦っても逃げても話し合っても駄目ならどうすればいいんだ…………
そうか、山奥に向かう途中で幻想郷に来たということは、携帯食糧の一つも持ってるだろうし、
それを渡して、そっちに気を取られている隙に逃げてしまえばいいのか」
「貴方は荷物から食料を取り出すと妖怪に差し出しました。
妖怪は外の世界の食料の不思議な味に目を輝かせています。貴方はその隙に逃げることに成功しました。
おめでとう。経験値が五、幻想値が一だけ増えました」
「経験値は分かるけど、その幻想値って何なんだ?」
「どれだけ外の世界の常識を捨てているかと言うパラメーターね。
幻想値が高いと常識に囚われない行動ができる反面、奇抜な言動を突発的に行ってしまう危険性もあるわ」
「常識に囚われないと非常識は違うと思うぞ……」
※※※
「道を歩いていると、鬱蒼と生い茂った森の前に出ました。どうしますか?」
「道を引き返してもさっきの妖怪に食われるだけだし、行くしか無いだろ」
「森の中はじめじめとしていて、茸の胞子が飛び交っています。
茸の胞子には毒性と幻覚作用が有るようです。どうしますか?」
「とにかく手早く森を抜けてしまうしかないな。森の出口を探す」
「『探索』スキルで判定を行います。サイコロ振って下さい」
妹紅はサイコロを振るが、茸の胞子の幻覚作用で成功率が大幅に下がっている。
例によって失敗した。
「失敗ですね。貴方は完全に迷子になってしまいました。
出口が見つかるかどうか再度『探索』スキルで判定を行います。サイコロを振って下さい」
妹紅はサイコロを振る。だが、失敗。
次の判定も失敗。次の次の判定も失敗。
失敗に次ぐ失敗。失敗。失敗。失敗。
「当ても無く歩き回った貴方は食料も尽き、飢え死にしてしまいそうです。
そこで食べられそうな茸の群生地を見つけました。どうしますか?」
「食うしか無いだろ」
「猛毒の茸でした。貴方は死にました」
※※※
「なんだこのゲーム」
「永琳が面白さはリアリティから生まれると言ってたから、リアリティを重視してみたわ」
「無縁塚辺りが初期位置だったらほぼクリア不可じゃないか」
「実際、そこに来た外来人が生き残るケースは殆ど無いわね。
幻想郷で生き残れるかどうかは初期位置が最も重要よ」
「どうしてこう、無縁塚にばっかり飛ばされるんだ?」
「簡単な話よ。出現位置を判定する時は重心を弄ったサイコロを渡して、
貴方が無縁塚に来るように仕向けているんだもの」
妹紅は呪符から火球を放つが、輝夜はそれを火鼠の皮で受け止める。
「こんなゲームやってられるか! もう一時間は過ぎただろう? 私の負けで良いから、とっとと帰れ」
「私の能力を忘れたのかしら? 私の能力をもってすれば須臾を永遠にできる。
私達の体感時間が一時間を超えていても、まだ現実時間では一秒も経っていないわ」
「お前、暇潰しが目的だって言ってたよな! 暇な時間を延ばしてどうする!」
※※※
「たしかに難易度が高すぎたかもしれないわね。なら、頼りになる仲間を付けましょう」
「霊夢や魔理沙が仲間になるのか?」
「松永久秀、斉藤道三、藤堂高虎の三人から仲間を選んで頂戴
個人的なお勧めは松永久秀ね。火薬を使った攻撃が強い上に、蜘蛛を撃破するのが得意よ」
「嫌だよ、そんなすぐ裏切りそうな仲間は……というか、どういう人選だよ」
「個人的に好きな殿方を選んでみたわ」
「お前、男の趣味悪いな」
「乱世をしたたかに生きる梟雄の魅力が分からないなんて……そういう貴方はどんなタイプが好みなのよ」
「それは勿論、お父……もとい、藤原不比等だな。
政治にも風流にも通じ、人格も高潔な、名前通りの比類無き傑物だ」
「職人に払う報酬をケチって悪巧みが失敗した馬鹿のどこが良いんだか。このファザコン」
妹紅は無言で立ち上がると輝夜の顔面に前蹴りを放つ。
これまでのどの攻撃よりも遥かに鋭い一撃を輝夜は顔面に直撃を受けて派手に倒れる。
「こうなったら、絶対にお前のクソゲーをクリアしてやるからな!」
「その意気よ、妹紅」
輝夜は火鼠の皮で鼻血を拭きながら何事も無かったかのように立ち上がった。
※※※
それから「妹紅」の戦いが始まった。
外来人には過酷な幻想郷で数多の「妹紅」が散っていった。
餓死し、病死し、発狂し、妖怪に捕食される。
その一方で「妹紅」は着実に強くなっていく。
経験から生き残る術を学び、人里で生きる糧を得て、
魔法使いから魔法を学び、門番から武術を学ぶ。
ゲーム内時間でも、妹紅の体感時間でも長い時間が流れる。
いつしか、妖怪とも対等に戦えるようになっていた。
ついに「妹紅」は「輝夜」と対峙する。
「勝負だ、輝夜! 私の攻撃…………八百ダメージだ!」
並の妖怪なら一撃で倒せる攻撃を放つ。
「私の耐久力は五十三万です」
「妹紅」の攻撃は「輝夜」が展開する障壁に阻まれて全くダメージを与えられない。
一方、「輝夜」の反撃で「妹紅」は即死した。
※※※
またしても「妹紅」の戦いが始まった。
月人には並大抵の力では敵わない。
あるいは境界操作、あるいは運命操作、あるいは物質破壊といった
月人に僅かでも対抗出来得る可能性を幻想郷中からひたすら掻き集める。
それらの能力は百年、二百年といった短時間で身に付くものではない。
ゲーム内時間でも妹紅の体感時間でも膨大な時間が流れる。
家に備蓄してあった食料はとっくの昔に使い果たした。
妹紅は餓死する度に蓬莱の薬の力で蘇り、輝夜もそれに付き合う。
ゲーム内時間では永遠、しかし現実時間では須臾の時間が流れ、
ついに「妹紅」は「輝夜」に対抗できる力を持って再び対峙する。
「勝負だ、輝夜! 私の攻撃………………………………
七千二百兆三千六百二十五億七千八百三十四万六千二百五十五ダメージだ!」
妹紅は膨大な回数サイコロを振って膨大なダメージを叩き出す。
しかし、その大半は「輝夜」の障壁に軽減される。
「三十四万六千二百五十五ダメージ……大ダメージですね、回復魔法を使って全回復します。
ちなみにあと、八千六百二十五万九千八百十二回くらい回復魔法が使えます」
長期戦は必至だった。
※※※
永遠の戦いにもついに決着の時が訪れる。
「私の攻撃……………………八千五百兆四千二百八十六億三千五百二十八万三千四百二十五ダメージ!
輝夜! お前の負けだ!」
戦いは妹紅の勝利で終わる。
妹紅は千年近く輝夜とTRPGをやっていた気すらしたが、現実には一時間も経過していない。
「流石ね、私の負けよ妹紅。
ところで、さっきのゲームの間に新作のゲームを作ったんだけどやってみない?」
「いや、もうTRPGは来世の分までやったような気がするから遠慮するよ」
「そんなこと言わずにさー。付き合ってよー。ねーねー」
そこへ、
「探しましたよー姫様ー。こんな所にいたんですか。永遠亭まで一緒に帰りましょう」
と、鈴仙が現れる。
「えー、やだー……そうね、帰った後に私のゲームに付き合ってくれるなら良いわ」
「サボっているのが師匠にバレると不味いんですが……分かりました、一時間だけですよ」
この兎とはもう会うことがないのだろうなと妹紅は感慨にふける。
それも不死者の宿命だと気持ちを整理すると、妹紅は去っていく二人の背を見送った。
輝夜が分厚い紙束と筆記用具、それにサイコロの類を妹紅に突きつけて謎の宣言をした。
「いや、何がそれならなんだよ。TRPGが何だか知らんが、殺り合う気が無いなら帰れ」
迷いの竹林にある家(と言ってもテントだが)に突然現れて
訳の分からないことを言い出した輝夜に、妹紅は冷たい視線を送る。
「ちょっとくらい私の暇潰しに付き合ってくれても良いじゃない。どうせあなたも暇なんだろうし」
「暇でもお前の相手なんかしない。薬師にでも兎にでも相手してもらえ」
輝夜は頬を膨らまして不平を訴えるが、取り付く島も無い。
「みんな例月祭の準備で忙しいのよ。
ねえ、いいじゃないちょっとくらい減るもんじゃないしー。ねーねー」
輝夜はねーねーを連呼しながら地面をゴロゴロと転がる。
妹紅は転がる輝夜を蹴り飛ばそうと、あるいは踏み潰そうとするが、いずれも空を切る。
それもそのはず、輝夜は一見して無防備に地面を転がってるように見えるが、
永遠の時をゴロゴロして過ごしてきた輝夜のゴロゴロは回避行動の一つの極致にまで昇華されている。
まったく隙がない。妹紅の蹴りが当たる可能性は皆無だった。
妹紅の蹴りが地面を抉り、その上を輝夜が転がって慣らすという無意味な行為が何度も繰り返された後、
ついに妹紅が折れる。
「分かったよ、一時間くらいなら付き合ってやるから、転がるのを止めろ」
「やった! 話せば分かるって本当だったのね! 言った本人はアレだったけど!」
輝夜は満面の笑みで火鼠の皮を取り出すと、泥で汚れた服を拭った。
※※※
「そもそも、TRPGって何なのさ」
妹紅は簡素な折り畳み式の机を取り出して輝夜が持ってきた一式を広げると、地面にあぐらをかく。
「物の本によると、親が用意したゲームを子がクリアできるかどうかという形式の決闘方法らしいわ
ゲームは親と子の対話形式で進めていくとか」
火鼠の皮を地面に敷いて正座した輝夜は、妹紅の家にあった漬物を勝手に摘まみながら説明をする。
「それって、クリア不可能なゲームを用意すれば絶対に親の勝ちにならないか?
それと、勝手に他人の家の物を食うな」
「それは美学に反するわ。クリア可能かつ、歯応えも有って面白いゲームを用意できるかが親の腕の見せ所よ。
そこはスペルカード戦に似てるわね。それと、この漬物は歯応えが無くて不味いわ。貴方の腕が知れるわね。」
妹紅は無言で拳を飛ばすが、輝夜は上体を反らして回避する。
「チッ。で、お前はどんなゲームを用意したんだ」
「幻想郷を舞台にしたゲームを作ってみたわ。
プレイヤーは幻想郷にやってきた外の世界の住人となって様々な活躍をするのよ」
「どうすれば勝敗が決まるんだ?」
「貴方の勝利条件はボスキャラの『蓬莱山輝夜』を倒すことね。
リアリティを重視してかなり難しいゲームになったから、特別にコンテニューは何回してもいいわ。
逆に、貴方がクリアを諦めたら私の勝ち」
「上等だ。始めよう」
※※※
「まずは貴方の分身となるキャラクターを作るキャラメイクね」
輝夜は紙束から「キャラクターシート」と書かれた紙を取り出して鉛筆で空欄を埋めていく。
「名前は藤原妹紅と。種族はこの中の何が良いかしら?」
輝夜は紙束から「種族一覧」と書かれた紙を取り出して妹紅に見せる。
「妖精、人間、妖怪、月人……色々有るな。どういう特徴が有るんだ?」
「妖精は脆く、非力で、不器用で、学習能力がなく、稗田阿求に会うと酷い目に会うわね」
「そんな種族、誰が選ぶんだよ」
「特殊な趣味の人かしら。次は人間ね。人間は平均的な能力を持つわ」
「万能型と言うやつか」
「いえ、どの能力も平均的にしょぼいわ」
「また酷い話だな」
「次は妖怪。非常に高い生命力と身体能力が特徴ね。特殊な能力を持つ者もいるわ。
弱点がいくつかあるけど、実際は有って無きが如し」
「それって、普通は妖怪選ぶだろ」
「いえ、月人の方がもっと凄いわ。全ての能力が妖怪よりも圧倒的に上回っている。
一人で幻想郷全てを素粒子分解することすら夢じゃないわ」
「ふと思ったんだが」
「何かしら?」
「普通は種族ごとに一長一短にするものじゃないのか? これじゃ種族ごとに格差が有り過ぎだろ」
「私もそう思ったのだけど、リアリティを重視することにしたわ。
月人と互角に戦う人間とか不自然過ぎるもの」
「もういいよ。人間で沢山だ」
「種族は人間と。性別は女で年齢は……実年齢だとアレだから十二としておきましょう、外見年齢的に」
「アレって、お前の方が年上だろ」
「何のことかしら。職業は……無職と」
「待て、四六時中遊び呆けてるお前にだけは無職呼ばわりされたくない」
「私は姫だから遊ぶのが仕事みたいなものよ。たまに働く気になっても永琳が止めるし。
次に貴方の能力値を決めるわ。サイコロを振って頂戴」
妹紅はキャラクターシートの指示に従ってサイコロを振り、
筋力、生命力、体格、知性、精神力、敏捷性、外見などの様々な能力の値を決めていく。
「振り終わったが、どういう結果になったんだ?」
「うーん、貴方のキャラクターは筋力や生命力や体格は極端に優れているけど、
知性や外見はボロボロね。言ってみれば筋肉バカ」
「筋肉バカの十二歳の少女って何なんだよ……」
妹紅は、暑苦しい笑顔を浮かべながらポーズを決める筋骨隆々の自分を想像して顔をしかめる。
「能力値と職業からスキルを配布してと……
とにかくキャラクターは完成したわ。早速ゲームを始めましょう」
※※※
「貴方は外の世界の人間です。少女とは思えないマッスルボディーを持つ貴方は
ある日マッチョを苦にして衝動的に自殺がしたくなって山奥に向かいますが、
そこで八雲紫に目を付けられて、妖怪の餌として幻想郷に引きずり込まれます」
シナリオが始まり、輝夜が投げやりなプロローグを語りだす。
丁寧語で喋っているのはゲームマスターの役割を演じているからなのだろう。
「幻想郷での初期位置を決めます。サイコロを振って下さい」
「はいはいと……うわ、無縁塚か。いきなり危険な場所に出たな」
「貴方は目覚めると、周りを木々に囲まれた行き止まりのような場所にいました。
周囲は暗く夜のようです。どうします?」
「長居は危険だから、早く立ち去りたいな」
「貴方はその場所から伸びる小さな道を通って立ち去ることにしました。
貴方がしばらく道を歩いていると前方からガサガサと音がします。どうしますか?」
「とりあえず脇に隠れて様子を窺う」
「『隠れ身』スキルの成功判定を行います。サイコロを振って下さい」
妹紅はサイコロを振るが、体格の大きさが足を引っ張って成功率は低い。
結果は失敗だった。
「失敗ですね。人並外れたナイスバルクな体を持つ貴方は
全身を隠しきれずに前方から来る妖怪に見つかってしまいました。
妖怪は黒い服を着て頭にリボンを巻いた金髪の幼い少女という容姿をしていて、
『貴方は食べても良い人類?』と問いかけを発しています。どうしますか?」
「まずは弱い妖怪を倒して経験を積むのか。戦ってみよう」
「貴方は幼い少女に夜道で襲い掛かることにしました。
武器は無いので素手で攻撃判定を行います。サイコロを振って下さい」
妹紅はサイコロを振って命中判定とダメージ判定を行う。
攻撃は命中。ダメージの出目もかなり良い。
「十ポイントのダメージか。私のキャラクターの耐久力が二十なのを考えると
相当なダメージを与えたんじゃないか?」
「この妖怪の耐久力は五百です。貴方の攻撃は大したダメージを与えられませんでしたが、
妖怪は気分を害したようで反撃を行ってきます。妖怪の攻撃。
攻撃判定の結果命中、ダメージ三十。貴方は死にました」
「いや、ちょっと待て。おかしいだろ」
「不正は無かったわ」
「最初の敵に瞬殺されるってどういうことなんだよ!」
妹紅はサイコロを輝夜に向かって投げつけるが、輝夜はそれを無造作にキャッチする。
「やめてよね。本気で戦ったら人間が妖怪に勝てるわけないでしょう」
「雑魚妖怪くらいなら素手でもどうにかなる」
「そんなことができるのは貴方くらいよ。だからあなたは脳筋なのよ。
戦う以外にも話し合うなり色々手段は有るでしょう?」
「筋力とか体格とかあっても無駄みたいだし、キャラクター作り直したいんだが」
「駄目。キャラクターとの出会いも一期一会よ。さあ、コンテニューしましょう」
※※※
そしてシナリオが再開される。
初期位置はまたしても無縁塚。前回と同じように再思の道を辿り、またしても妖怪と遭遇する。
「妖怪に発見されました。どうしますか?」
「話し合ってみる」
「『話術』スキルで成功判定を行います。サイコロを振って下さい」
妹紅はサイコロを振るが、知力の低さが足を引っ張って成功率は非常に低い。
当然のごとく失敗する。
「失敗ですね。『そーなのかー』と貴方の言葉は聞き流されました
妖怪の攻撃。命中。二十八ダメージ。貴方は死にました」
「おい、話し合っても駄目だったじゃないか」
「話し合いは戦闘以外の解決手段の例よ。他に何か方法が無いか想像力を働かせてみなさい」
※※※
「妖怪に発見されました。どうしますか?」
既に五人の「藤原妹紅」が妖怪の餌食になっていた。
「戦っても逃げても話し合っても駄目ならどうすればいいんだ…………
そうか、山奥に向かう途中で幻想郷に来たということは、携帯食糧の一つも持ってるだろうし、
それを渡して、そっちに気を取られている隙に逃げてしまえばいいのか」
「貴方は荷物から食料を取り出すと妖怪に差し出しました。
妖怪は外の世界の食料の不思議な味に目を輝かせています。貴方はその隙に逃げることに成功しました。
おめでとう。経験値が五、幻想値が一だけ増えました」
「経験値は分かるけど、その幻想値って何なんだ?」
「どれだけ外の世界の常識を捨てているかと言うパラメーターね。
幻想値が高いと常識に囚われない行動ができる反面、奇抜な言動を突発的に行ってしまう危険性もあるわ」
「常識に囚われないと非常識は違うと思うぞ……」
※※※
「道を歩いていると、鬱蒼と生い茂った森の前に出ました。どうしますか?」
「道を引き返してもさっきの妖怪に食われるだけだし、行くしか無いだろ」
「森の中はじめじめとしていて、茸の胞子が飛び交っています。
茸の胞子には毒性と幻覚作用が有るようです。どうしますか?」
「とにかく手早く森を抜けてしまうしかないな。森の出口を探す」
「『探索』スキルで判定を行います。サイコロ振って下さい」
妹紅はサイコロを振るが、茸の胞子の幻覚作用で成功率が大幅に下がっている。
例によって失敗した。
「失敗ですね。貴方は完全に迷子になってしまいました。
出口が見つかるかどうか再度『探索』スキルで判定を行います。サイコロを振って下さい」
妹紅はサイコロを振る。だが、失敗。
次の判定も失敗。次の次の判定も失敗。
失敗に次ぐ失敗。失敗。失敗。失敗。
「当ても無く歩き回った貴方は食料も尽き、飢え死にしてしまいそうです。
そこで食べられそうな茸の群生地を見つけました。どうしますか?」
「食うしか無いだろ」
「猛毒の茸でした。貴方は死にました」
※※※
「なんだこのゲーム」
「永琳が面白さはリアリティから生まれると言ってたから、リアリティを重視してみたわ」
「無縁塚辺りが初期位置だったらほぼクリア不可じゃないか」
「実際、そこに来た外来人が生き残るケースは殆ど無いわね。
幻想郷で生き残れるかどうかは初期位置が最も重要よ」
「どうしてこう、無縁塚にばっかり飛ばされるんだ?」
「簡単な話よ。出現位置を判定する時は重心を弄ったサイコロを渡して、
貴方が無縁塚に来るように仕向けているんだもの」
妹紅は呪符から火球を放つが、輝夜はそれを火鼠の皮で受け止める。
「こんなゲームやってられるか! もう一時間は過ぎただろう? 私の負けで良いから、とっとと帰れ」
「私の能力を忘れたのかしら? 私の能力をもってすれば須臾を永遠にできる。
私達の体感時間が一時間を超えていても、まだ現実時間では一秒も経っていないわ」
「お前、暇潰しが目的だって言ってたよな! 暇な時間を延ばしてどうする!」
※※※
「たしかに難易度が高すぎたかもしれないわね。なら、頼りになる仲間を付けましょう」
「霊夢や魔理沙が仲間になるのか?」
「松永久秀、斉藤道三、藤堂高虎の三人から仲間を選んで頂戴
個人的なお勧めは松永久秀ね。火薬を使った攻撃が強い上に、蜘蛛を撃破するのが得意よ」
「嫌だよ、そんなすぐ裏切りそうな仲間は……というか、どういう人選だよ」
「個人的に好きな殿方を選んでみたわ」
「お前、男の趣味悪いな」
「乱世をしたたかに生きる梟雄の魅力が分からないなんて……そういう貴方はどんなタイプが好みなのよ」
「それは勿論、お父……もとい、藤原不比等だな。
政治にも風流にも通じ、人格も高潔な、名前通りの比類無き傑物だ」
「職人に払う報酬をケチって悪巧みが失敗した馬鹿のどこが良いんだか。このファザコン」
妹紅は無言で立ち上がると輝夜の顔面に前蹴りを放つ。
これまでのどの攻撃よりも遥かに鋭い一撃を輝夜は顔面に直撃を受けて派手に倒れる。
「こうなったら、絶対にお前のクソゲーをクリアしてやるからな!」
「その意気よ、妹紅」
輝夜は火鼠の皮で鼻血を拭きながら何事も無かったかのように立ち上がった。
※※※
それから「妹紅」の戦いが始まった。
外来人には過酷な幻想郷で数多の「妹紅」が散っていった。
餓死し、病死し、発狂し、妖怪に捕食される。
その一方で「妹紅」は着実に強くなっていく。
経験から生き残る術を学び、人里で生きる糧を得て、
魔法使いから魔法を学び、門番から武術を学ぶ。
ゲーム内時間でも、妹紅の体感時間でも長い時間が流れる。
いつしか、妖怪とも対等に戦えるようになっていた。
ついに「妹紅」は「輝夜」と対峙する。
「勝負だ、輝夜! 私の攻撃…………八百ダメージだ!」
並の妖怪なら一撃で倒せる攻撃を放つ。
「私の耐久力は五十三万です」
「妹紅」の攻撃は「輝夜」が展開する障壁に阻まれて全くダメージを与えられない。
一方、「輝夜」の反撃で「妹紅」は即死した。
※※※
またしても「妹紅」の戦いが始まった。
月人には並大抵の力では敵わない。
あるいは境界操作、あるいは運命操作、あるいは物質破壊といった
月人に僅かでも対抗出来得る可能性を幻想郷中からひたすら掻き集める。
それらの能力は百年、二百年といった短時間で身に付くものではない。
ゲーム内時間でも妹紅の体感時間でも膨大な時間が流れる。
家に備蓄してあった食料はとっくの昔に使い果たした。
妹紅は餓死する度に蓬莱の薬の力で蘇り、輝夜もそれに付き合う。
ゲーム内時間では永遠、しかし現実時間では須臾の時間が流れ、
ついに「妹紅」は「輝夜」に対抗できる力を持って再び対峙する。
「勝負だ、輝夜! 私の攻撃………………………………
七千二百兆三千六百二十五億七千八百三十四万六千二百五十五ダメージだ!」
妹紅は膨大な回数サイコロを振って膨大なダメージを叩き出す。
しかし、その大半は「輝夜」の障壁に軽減される。
「三十四万六千二百五十五ダメージ……大ダメージですね、回復魔法を使って全回復します。
ちなみにあと、八千六百二十五万九千八百十二回くらい回復魔法が使えます」
長期戦は必至だった。
※※※
永遠の戦いにもついに決着の時が訪れる。
「私の攻撃……………………八千五百兆四千二百八十六億三千五百二十八万三千四百二十五ダメージ!
輝夜! お前の負けだ!」
戦いは妹紅の勝利で終わる。
妹紅は千年近く輝夜とTRPGをやっていた気すらしたが、現実には一時間も経過していない。
「流石ね、私の負けよ妹紅。
ところで、さっきのゲームの間に新作のゲームを作ったんだけどやってみない?」
「いや、もうTRPGは来世の分までやったような気がするから遠慮するよ」
「そんなこと言わずにさー。付き合ってよー。ねーねー」
そこへ、
「探しましたよー姫様ー。こんな所にいたんですか。永遠亭まで一緒に帰りましょう」
と、鈴仙が現れる。
「えー、やだー……そうね、帰った後に私のゲームに付き合ってくれるなら良いわ」
「サボっているのが師匠にバレると不味いんですが……分かりました、一時間だけですよ」
この兎とはもう会うことがないのだろうなと妹紅は感慨にふける。
それも不死者の宿命だと気持ちを整理すると、妹紅は去っていく二人の背を見送った。
物語の展開としては悪くないし、テンポよく読めるんですが、
中だるみしてるのと、オチが今一つ弱いのが残念でした。
武将の話は個人的な好みもあってクスっとしました。
てかこれ、最初に月人選んだら一日とかからずにクリアできたのではw
その場合は永琳が障壁になるのかな?
TRPGはやりたくても機会がないですよねー。
何と言うか、輝夜はクソGM(褒め言葉です)と罵られて良いと思います!
だってこれ、TRPGの皮をかぶったオンラインRPGですもの。
貴様はバクラ君か。ゾーク自重。
長引いたからには、しっかり落としてほしかった。
理不尽なだけで特に面白味のないゲーム展開だったというか……。
あとうどんげ可哀そう。
輝夜がダメなGMの見本のようだw
最後までつきあうもこたん、実はかなり仲良しなのでは。
当時は行動ミス一つで死亡なんて良くありました。
某赤青緑黒金箱も流石に幻想入りしちゃったかな……。
ところで作品タイトルは、南海の孤島の巨大学園なあれですね。