Coolier - 新生・東方創想話

紅い月は銀色の時計を照らす

2011/04/13 01:04:56
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古びた街角の奥の奥に彼女は『あった』

闇の中に溶けてしまいそうな漆黒の衣をまとい、身じろぎひとつせず死んだかのように座り込んでいる。
覚めるような銀色の髪はくすみ、明るく輝くはずの瞳もよどみ、まるでその少女が闇になることを望んでいるかのよう感じる。
そのなかで唯一、蓋のついた銀色に輝く懐中時計は彼女の手の中で静かに光を放っていた。

「お前が、そうか?」

そんな誰も見向きもしない闇の中に、一人の男が立ち入ってきた。
声をかけられても少女はやはり、動くことはしなかった。
男は少女の身なり、そして手元の時計をちらりと見ると、
「ふむ、黒衣に銀の時計、そしてこの場所。偶然ではあるまい」
勝手に納得したかのように頷き、改めて一言こう言った。

「依頼だ」

とたん、少女の瞳がひかり、顔をあげた。・・・そして、銀の時計が開かれた。
まるで、スイッチが入ったかのように
「聞きましょう」
男はもう一度、時計に目をやってから、少女と目を合わせ、手短に用件を伝える。
そして、袋を手渡した。
しかし、少女は中を確かめもしない。懐に袋を収めると、時計の蓋を閉じた。
「よろしく頼む」
「承知いたしました。それでは」
そして、闇の奥へと消えていった。

「しかし、得体のしれない奴だ」
終始、人形を相手にしているようだった。
元々、話を聞いた時からおかしいことだとは思っていた。
最初に必ず『依頼だ』と言い、そして最後に『よろしく頼む』と必ず言え・・・そう教えられてきた。
その言い方ではまるで、その言葉を言わねば話が始まらず、終わらないと言うようではないか。
とはいえ、いつまでも少女のことを考えているわけにはいかない。
この場所を紹介された時、依頼が終わった後はすぐ忘れるように、と言われていた。この手のことをおぼえていても良いことは無い、と。
「しかし、あの時計はなかなか忘れることが出来そうにないな」
男は少女の持っていた時計を思い出しつつ、一人、つぶやいた。
なぜなら、その時計には、数字が一から二十四まで刻まれていたのだから・・・




(いつも通りだ)
彼女は思う。口になど出さない。出したところで聞かせる相手などいない。
(今回は・・・吸血鬼)
名など無い。あったところで呼ぶ者などいない。自分が何かもわからない。
(どうってことはない。いつも通り)
記憶などない。あったところで何が変わるだろうか。
記憶があれば・・・
そこまでで思考を断ち切る。今まで何回と繰り返した思考。考えたところで、最初からないものが生まれるわけなどないから。

何かを・・・人以外の何かを狩る時だけ、彼女は意思を持つ。
理由など、彼女も知らない。強いて言うなれば、本能。
(だから、私はただ狩るだけ)
そんな、思索ともいえない堂々巡りを繰り返しつつ、彼女はとある街角に・・・彼女が最初居た場所と、場所こそ違うが似た雰囲気の場所に・・・たどり着く。
「・・・・」
懐から先ほど受け取った袋を取り出し、おもむろに放り出す。そして、興味を失ったように踵を返し、歩き出した。
否、もとよりその袋に興味などありはしない。
後ろから、何か声が聞こえる。「ありがとう」とか、「またきてね」という音の羅列だが、彼女の耳には、はいらない。
彼女は目的をくれる者が、なぜだかよこしてくる袋を、いつも同じ場所で捨てているだけなのだ。


彼女はただ、自分を保つために、狩る。人でない者を、狩る。自分が何時からあって、何かということもわからない。持っていたのは、何本かのナイフと時計。
そのうち、ナイフは何かを狩るために使えることがわかった。
時計は、何か解らなかったが、自分に力を与えているのは解った。
最初は手近なものを狩っていた。そのうち、狩るものがいなくなった。
「お願いが、あるのですが」
どうしようもなく、闇の中で己を失わぬように、と抵抗する日々が何日か続いたのち、そのようなことを言う者が現われた。その者は彼女が狩る様を偶然見かけ、彼女に遠く離れた故郷の魔物の討伐を依頼しに来たのだ。
彼女は最初、何を言っているかわからなかったが、その者についていくと、狩る対象を見つけることができた。
当然、狩る。
その者は喜び、袋を彼女に渡して去って行った。
当然だろう。その者からすれば、彼女は彼の依頼にのっとり、非人の存在を倒してくれたのだから。
それを機に、彼女へと非人の存在の討伐を依頼する者が現れ出した。
彼女も、狩るものに困らなくなった。

しだい、人と触れる機会が増えたためか、彼女にもある程度自我というやつが生まれた。
思い出すかのように、少しは話が解るようになった。
自分は何なのか、と考えることが出来るようになった。
だが、出来るようになっただけだ。答えなど、出ない。思い出すこともできない。
故に、彼女は今日もただ、本能に従い、己を保つため、狩る。
(そうしないと、いけないから)
何かに・・・言うなれば、運命というやつに、突き動かされながら。





数日後。
空に浮かぶ月が大きな円を描き、こうこうと、紅い輝きを放っていた。
そして、今、彼女の目の前には、深紅の、今宵の月よりもさらに紅い、巨大な館がそびえていた。
(着いた)
今回教えられた場所はここだろう。
彼女は、衣の中に隠されたナイフと時計を確かめる。いつも通り、狩るために。
他人が少しでも境遇を理解すれば、理不尽だと言うに違いない運命に逆らうことなく。

・・・開かれた時計はちょうど、頂点を指し示していた。




「いらっしゃい。今宵は客人なんて呼んでないのだけれど、何の御用かしら?」
入口を突き破り、中へ入るとそんな声が聞こえてきた。
振り返ると、壊したはずの扉が消え失せていた。空間でもいじっていたのだろうか。それどころか今いる部屋には扉も、窓もない。
吸血鬼は悠然と、玉座のようにこしらえられた椅子に座っていた。
「あなたを狩りに」
彼女は、声を出す。相手がいるから。彼女と声を交わすは・・・相手と認識されるのは、何の皮肉か、人以外の存在しかいない。
「あら、それは大変ね。でも私、今日はそんな気分じゃないの。明日にしない?」
吸血鬼は余裕を見せるかのように、椅子から立ち上がりながら受け答えする。何をしているわけでもないのに、圧倒的な力があふれ出ているようだった。
だが、狩る対象に幾度も言葉を交わす必要もない。
・・・・会話すれば、彼女に解らない何かが解るかもしれないのに。

彼女は懐の、銀のナイフを二本投擲する。
「全く物騒ね。名ぐらい名乗ればいいのに」
吸血鬼はこともないようにそれを、身をよじって避ける。
瞬間、いつのまにか吸血鬼の背後に立っていた彼女が首を狙い、三本目のナイフで切り裂く。
今までも多くの魔物を狩りとってきた一撃。確実に刃は吸血鬼の首をはねる軌道を描いたはずだった。しかし、吸血鬼は生きている。まるで、刃が自ら避けていったかのように、吸血鬼の首のすぐそばをかすめるに留まっていた。

「あら、いつのまにそんなに近くに来たのかしら。・・・いえ、何時、というのも無粋な話なのかしら」
声を放っている間に、少女は元の場所に戻っている。人に可能な動きではない。しかし、その顔には・・・ほんのわずかではあるが・・・驚きの表情が浮かんでいた。
「私はレミリア。レミリア・スカーレットというのだけれど、あなたの名は何と言うのかしら?」
「・・・・」
「ふぅん、だんまりなの。それにしても時間を止める、何て少し卑怯ね。そう思わない?」
じり、と少女は身構える。時計が彼女に与える力を、時間を操る力を、今まで見破られたことがないわけではない。むしろ強い魔物はほぼ全員が気付いていたと言っていい。しかし、それは全て、首をはねられる直前、または直後の、果てるまでのわずかな時間での話だった。首のつながっている、そして自分の力を知っている相手と、対峙するのは初めてのことだった。

「・・・あなたは、何?」
少女は口を開く。初めて、自分から口を開く。
「何と言われても、吸血鬼よ。紅くて幼い、かわいい、かわいい吸血鬼の女の子。そういうあなたの名前はなあに?」
「・・・無い」
「ナイ?ナイというのかしら。・・・ふふ、冗談よ。まぁ、名が無いなんて、そう珍しいことではないけど。でも人間では珍しい方かしら」
人間、という言葉に少女が反応する。
「私は・・・人間?」
ふっ、と吸血鬼が・・・レミリアが笑う。
「私から見ればどう見ても人間ね。人間の、十年と少し生きた女。・・・へぇ、でも、ふぅん・・・」
レミリアの紅い瞳が少女を見つめ、しかし少女ではない遠くを見ているかのように目を細める。
「へぇ・・・なかなか面白い『運命』を持っているみたいね。面白い・・・紅い月の日にはいいことがあるものね。ふふふふっ・・・」
「何を言っている?」
少女には何を言っているか解らない。
しかし、レミリアは楽しそうに笑い続ける。

「ふふふ、いいわ、いいじゃない。ずっと退屈していたの。いろんな運命を見てきたけど、こんなに愉快な運命は初めて。こんなに、本気を出してみようと思ったのは初めて」
「・・・・」
少女は改めて構える。左手にナイフを、右手に時計を。レミリアとかいう吸血鬼が何を言っているかは解らない。解らなくていい。彼女は狩るだけだ。・・・何かに決められたように、狩るだけだ。
「ふふふっ、いいわ、来なさい。つきあってあげるわ。あなたの運命に。つきあって、引き裂いて、捻じ曲げてあげる」
レミリアは手を大きく広げる。小さいはずの体が、驚くほど大きく見えた。

「・・・こんなにも月が紅いから・・・」
本気で殺すわよ。
声も終わらぬうちに、銀の刃が、真紅の月に躍りかかった。







長い時間がたった。
否、止め、早め、遅らせている今、時間の感覚などない。どれほどの時間がたったのか解りはしない。
「・・・・・っ!」
時計を握りしめ、時の流れを止める。そして何度も繰り返したように隠し持っていたナイフを投げる・・・投げる。手元を離れた途端、停止するが、構わない。時を動かせば、すぐさま的を貫くために飛んでゆく。決して避けられない量のナイフを放ち終わると共に
「・・・・やっ!」
縛り付けていた時を開放する。無数の銀のナイフが的を、レミリアをめがけて飛んでいく。
しかし、当たらない。レミリアは身動き一つしない。万に一つも外れるわけもない量のナイフが、自らレミリアを避けていく。幾度となく繰り返した。どれも確実にレミリアに当たるはずの軌跡。だが、今まで、一回たりともレミリアにかすることはなかった。
「今の攻撃は七万五千分の一・・・ってところかしら。まだまだどうってことはないわね」
こともなげに言う。周りには自分を狙った無数のナイフが散らばっているというのに、そんなことは全く意に介さない。・・・ナイフは瞬きするうちに消え去った。
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・」
少女は目に見えて疲労していた。しかしレミリアは平然としている。それどころか、戦いが始まった時から一歩たりとも足を動かしていない。

「全く、時間を止めてはナイフを投げて、また時間を止めて拾って。ご苦労様なことね」
「・・・・・」
少女は、息を落ち着かせながら、考える。今まですることのなかった、思考を巡らせる。
(解らない、なんで当たらない)
あいつが、レミリアが何を言っているかもわからない。
(七万五千分の一が、どうした。それではまるで)

それではまるで、万に一つも避けられない攻撃を七万五千回繰り返した結果避けているようではないか。

「運命に絶対なんて無いのよ」
レミリアは語り出す。少女はナイフを放つ。当たらない。
「繰り返せば・・・実際は繰り返すことなんてできないけど・・・そのたびに違う結果が返ってくる。絶対にそうなる、なんてそうなる可能性が高いというだけ」
時を止め、近づき、斬りかかる。しかし届かない。
「万に一つも起こらない、なんて一万回やれば一回起きるってことでしょ?その程度で絶対なんて、くだらないわね」
少女はいったん距離をとる。しかしレミリアは目の前に立っていた。
「繰り返せない、一つの結果。それが『運命』。でも私は、繰り返せる。自分の望む『運命』が顔を出すまで、何回でも。万に一つであろうと、億に一つであろうと、それが起きる可能性があるなら、私はそれを引き出せる。それが」
少女は改めて距離をとる。・・・今度はちゃんと出来た。
「運命を操る能力、よ」
悠然と、尊大に、紅い吸血鬼は言い放った。


「・・・・・」
無理だ。
この吸血鬼には、勝てない。狩れない。
絶対に当たる攻撃を出来れば倒せるかもしれないが、今まででわかった。絶対に当たる攻撃なんて、出来ない。逃げようにも、道が無い。
(死・・・)
それも良いかもしれない。消えるのは嫌だが、なぜだか死ぬことへ嫌悪は無い。それは・・・自らが人間であると、生き物であるとはっきりさせられるからだろうか。
「でもね、あなたも解ると思うけど、無い可能性はひっぱりだせないの」
彼女は続ける。残念そうな顔をしているが、声音からは喜びが感じられる。
「私は、どんな運命でも操ることができる。人だろうと、物だろうと。でもね・・・」
再び、レミリアは少女の前に立つ。
「どうやら、あなたの運命は操ることができないみたい」
「・・・・!」
この吸血鬼が操ることが出来ないそれはつまり
「あなたは今、少しの揺るぎもなく、ひたすらにたった一つの『運命』をたどっている。なぜなのかしらね?」
(知ったことか)
そんなこと、考えたこともない。考えない。
そして、ついにレミリアが自分から攻撃にうつった。両手に紅い炎が宿り、それを少女へと放つ。
少女は時を止めて、回避する・・・成功。

(成功?)
反射的に攻撃を避けた少女は、瞬間、疑問を感じる。敵は運命を操ることが出来る。ならば何故・・・
(私は攻撃をかわせた?)
「ね、言ったでしょ。あなたの運命は操れない」
「・・・・」
だからどうした、と彼女は思う。退路は無い。彼女の攻撃は、ナイフの『運命』でも操っているのか、レミリア自身の『運命』を操っているのか、決して当たらない。ならいずれ、能力など関係なく自力で攻撃の当たる『運命』をひっぱりだせばいいだけの話だ。
「どうしたの?もう抵抗しないのかしら?」
少女がナイフと時計をおろしたのを見て、レミリアはそう言った。
「無駄じゃないか」
「無駄、ねぇ」
クスクスとレミリアは笑う。
「じゃあ、私もあなたを殺さないわ」
「・・・何?」
「だって無駄じゃない。私を襲ってこない人間を殺すなんて。血なら足りているのよ」
彼女は、どこからか現れたグラスから真っ赤な液体を・・・ワインではないだろう・・・を飲みながら言った。
「・・・・」
彼女は構えなおす。殺されるなら、良い。だが消えるのは、狩らないことで己の存在が消えるのは、許し難かった。
「あら、まだやる気があるのね。いいわ。来なさいよ。あなたがやる気ならいくらでも相手をしてあげるわ」
再び、少女はナイフを放った。レミリアは文字通り、そのナイフを無視し、一直線に突っ込んでいって、その爪で少女の首を狩ろうとする。
少女は、再度時を止め、攻撃をかわしていた。

「ふふ、避けるのね。死にたいんじゃなかったの?」
彼女自身も理解できなかった。避けなければ、死ぬことが出来ていたのに。消えることなく、死ぬことが。
レミリアは炎を放ち、少女はそれを避け続ける。
(なぜ私はかわしているのだろう)
時を止め、安全な場所に動きながら、考える。
「ふふふっ、どうやらあなたも死にたくないみたいじゃない!」
殺そうとしている者が、愉快そうに叫ぶ。
「それでこそ、殺しがいがあるというものよ!」
炎が、レミリアの手の中で槍の形をとる。躊躇なく、少女へとその炎の槍を投擲した。
少女は再度、身をかわす。そして、レミリアの言葉を、考える。
(死にたくない?そうか、私は死にたくないのか)
自分で行動の理由を理解する。今までの行動を自分で『考えて』理解する。それまで、考えることをしなかった少女が。

「あら、良い感じになってきたかしら?」
小さな声で呟いたレミリアの声は、少女には聞こえない。
「おい、吸血鬼」
「レミリアと呼んでもらえるかしら?この館にはもう一人吸血鬼がいるの。そっちと間違えちゃうかもしれないわ」
「・・・レミリア、ここから出るにはどうすればいい」
「そうねぇ」
レミリアはわざとらしく、小首を傾げ、手を頬にあてて考えるしぐさをする。
「私を倒せば、出られるんじゃないかしら?」
「・・・・」
まぁ、その通りだろう。と少女は納得する。ナイフを改めて構え、再度・・・
「あ、やっぱり無理かもね」
「なにっ?」
ぴくっ、と少女は反応し、動きを止める。
「うーん、出られるかもしれないしー出られるかもしれない。どっちかしらね?」
「そんなもの、お前にしかわからないだろう!」
この段階にいたって、彼女はレミリアがまともに答える気が無いことに気がついた。そして、同時に彼女の中に今まで感じたことのない何かを感じた。
「そんなことないわよ、あなたにだって解るかもしれないわよ?」
「ふざけるな!」
感じたままをそのままに、知らないはずの言葉をぶつける。ナイフを両手に持ち、感情のままに突撃する。

「いいわよ、その調子、その調子」
「何を、言って、いる!」
避けられるはずだろうに、レミリアはあえて、再び炎から創りだした槍で、正面から受け止める。
少女の連撃を、受け止め、捌き、受け流す。
「ところで、こちらからも質問。なんであなたは死にたくないのかしら?」
レミリアは余裕の表情でそんな言葉を投げかける。
「そんなこと、決まっているだろう!」
もはや、少女のなかに生れたものは止まらなかった。少女も、それをおさえることをしなかった。
「怖いからだ、死にたく、ないからだ!」
それは、人として当然のこと。怒り、恐怖する、感情。
(どうすればいい?ここから、抜け出すには、どうすれば・・・)
生きるため、考える、思考。
失っていたものを取り返すように、彼女は人であることを始めていた。
「ふふふっ、あはは、あはははは!」
レミリアは笑う。笑いながら、槍を振るう。いつのまにか攻守は逆転していた。
少女は攻撃をうけながら、ここから逃げることを考え続けていた。
何かを思い出したわけはない。いまだ、記憶はない。この時計も、ナイフも、何故持っていたか解らない。それを考えるためにも、彼女は今を考え続ける。攻撃を恐怖し、それから逃れるために考える。


「やっと、生きている感じがしてきたわよ!」
ひたすらに、生きるために。



そして、槍が少女を切り裂いた。



「普通なら運命なんて、他の誰かに決められるものじゃないのよ」
少女は生きていた。確かに肩から大きく袈裟がけに切り裂かれている。
しかし血は出ていない。ぴったりと何かに封じられるように滲みもしなかった。

「私も神様じゃないから、昔のあなたに何があったかなんて知らないわ」
神のごとき力を発揮しておきながら瓢々とそんなことをいう。少女は、気を失うのが当然の傷をおっておきながら、はっきりとその声を聞いていた。
「でも、あなたがさっきみたいな、考えない、感じないなんてことになっていたのは間違いなく、あなた自身がそうなることを望んだから、というのは断言してあげる」
何があったらああなるのかしらね、などとレミリアはクスクス笑いながら言った。
「そして、考えもしないし、なーんにも感じない奴は、どんなことがあっても一つの行動しかしないものよ。場に流されるっていう行動しかね。結果が一つしかないなら、私の能力は意味がないもの」
少女は口を開く・・・もはや傷は消えうせていた。レミリアが『斬らなかった』可能性でも引きずり出したとでもいうのか。

「なんで、私を・・・?」
少女には、この吸血鬼が、自分を殺しに来た相手を助けたようにしか思えなかった。
「あら、何を勘違いしているのかしら?」
レミリアは笑みを浮かべながら言う。
悠然と、尊大に、・・・圧倒的な力を秘めた笑みを浮かべながら、言う。
「私は、運命を操ることのできない奴がいるのが、ただ癪に障っただけよ」
「・・・・」
レミリアは、嘘は言っていない。何故だかそれが解った。

しかし、だからこそ・・・
(私は、こいつには、この人には、敵わない)
「でもまぁ、どんな理由にせよ、能力の通用しない人間なんて、初めてみたからね。それなりに気に入っているの」
しかし、そんなことは関係ない。もう、狩る必要は、無い。
「あなた、私についてくる気は無いかしら?」
体は動く。もう、自分で考えて感じた通り、行動できる。もう人形ではない。
少女は、吸血鬼の前に、
銀の時計を携えた少女は、紅い月を従える吸血鬼の前に、
跪いた。

「ふふふ、いいわ。ところで、あなた・・・生き物に必要なものはなんだか、解るかしら?」
少女は首をかしげた。
自慢ではないが、彼女が生き物になったのは、ついさっきだ。
「いいえ、まだあなたは生き物になってない」
レミリアは少女に告げる。
「私が生き物に必要だと思うのは三つ。思考、感情、そして・・・」
立てた三本の指を折りながら、続ける。
「そして、名前、よ」
紅い吸血鬼は、言った。
「名前があるということは、存在すること。名前を知るということは、認識すること。名前なくしては名乗ることもできない」
そこまで聞けば、少女にもレミリアが次に何を言うかが解った。

「あなたに、名前を与えましょう」
名を、授かる。
どうやら自分は昔人間だったらしい。ならば昔の名前もあるだろう。しかし、そんな思い出せない名前など必要ない。
今、己が、己自身で仕えると決めた主に名を授かる。
これ程嬉しいことが、あるだろうか。
「そうね・・・今宵は満月だから・・・あら?」
レミリアは、少女の傍らに落ちていた、銀の時計に目をやった。
「まぁ・・・」
その時計の針は・・・ちょうど頂点を、指し示していた。
「あらら・・・気がついたら丸一日戦っていたのね。健康に悪いわ」
クスクスと彼女は笑みを浮かべる。
「それじゃ、今は満月の次の夜。十六夜と言ったかしら?それじゃ、そうね・・・」
レミリアは少し考え、そして
「決めたわ、あなたの名は・・・いざよい・・」











「さくや!」
はっ、と意識を戻す。
ここは紅魔館のテラスの日傘の下。今はお嬢様の日課の三時のお茶の時間だ。
懐の銀の時計は十五時五分を指している。
いけない、ぼんやりしていたようだ。お嬢様のメイドとして、情けない。
「咲夜ぁー今日のお菓子はなにー?」
「はい、本日のお茶菓子は苺のショートケーキでございます」
手際良くお茶の準備をする。遅れを取り戻さないと。
「人間の里で、きれいな赤色の苺が出来まして。それを使っております。」
「へぇ、おいしそうじゃない。それではいただこうかしら」
「はい、どうぞお召し上がりください」
準備を終え、一歩下がって、一礼。うん、取り戻せた。

「ところで咲夜」
お茶も中ほどまで進んだところで、お嬢様から声をかけられた。
ケーキはほとんど食べ終わっているのに、紅茶はずいぶん残っている。今日の茶葉はとっておきなのに、残念。
「なんでしょうか、お嬢様」
「さっきは何を考えていたのかしら?」
「うっ」
言葉に詰まる。気づかれていた。それはそうか。お嬢様の声で気がついたのだから。
「・・・少し、昔を思い出しておりました」
隠してもしようがないので、正直に言う。
なんで今さらあの時のことを思い出したかは、自分でも解らないけど。
「ふぅん、昔、ね」
・・・若干はぐらかしたのだが、気づかれているらしい。本当に、お嬢様には敵わない。
お嬢様は紅茶を口に運ぶ。あ、少し顔をしかめた。そんなに口に合わなかったかしら。

「ねぇ、咲夜・・・」
お嬢様が、口を開く。運命をつかさどる吸血鬼。過去は解らないと言ったけど、今と未来全てを見通しているに違いない、私の主が、私に語りかけてくる。
「あなたは、よかったのかしら?」
漠然とした質問。普通の人なら理解できないだろう。でも、お嬢様の質問だ。主である、レミリア・スカーレットの質問だ。メイドたる私は完璧に受け止め、完璧に答えなければならない。
私は、質問の意味を感じ、自分で考え、自らの名を添えて、答えた。

「私は、十六夜咲夜は、よかったと、そう思います」
「そっか」
お嬢様は、笑みを浮かべた。私も微笑んでいたように思う。
銀の時計が指すのは、十五時二十分。






今宵の夜に浮かぶ月は、満月。
初投稿です。

ここまで読んでいただきありがとうございます
レミリアと咲夜の出会い話を妄想したものを形にしてみました。
レミリアの能力に関しては、詳細な設定が無いことをいいことに好き勝手にやってしまいました。

楽しんでいただけたなら幸いです。
まきがみ
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コメント



0.710簡易評価
5.80奇声を発する程度の能力削除
良い過去のお話でした
9.80ずわいがに削除
この、厨二病患者めっ(褒め言葉
作者様の気合が感じられる作品でした

咲夜さんは自分の報酬を毎回孤児たちか何かにあげてたってことですか。クール過ぎっぞ!
しかしそれでよく生き延びてこれたなぁ……

あぁ、レミさん。カリスマスイッチ凄いです
わしにも名前を下さいな!