寒い。
早苗が箒片手に境内に出た時、最初に思ったことがそれだった。
それもそのはず、外はしんしんと雪が降っていたのだ。
昨晩から降っていたのか、雪は少なからず辺りに積もり始め、また、頂上からから見下ろす山の景色もすっかり白くなっていた。
秋にこの場所に来て初めて目にした紅葉は本当に見事なもので、そういうのに特別興味のなかった自分も思わず感動して感嘆の声を上げるほどだったのを覚えている。
季節はかわり冬になると、紅葉の景色は枯れ、木の枝ばかりが寂しく広がるばかりの景色に落胆したことも覚えている。
しかし幻想郷に来て1年たつ今年はそうでもなかった。
こうして枯れ木に積もる雪の華がまた景色を彩ることを知っていたからだ。
雪化粧とはよく言ったものである。こんなに綺麗なのに、その本質は無骨な枯れ木だというのだから恐れいる。人によってはこれにも美しさを見出すのかもしれないが。
人の化粧も、上手い人がすれば劇的に変わる。自分も外の世界では当然化粧くらいしていたが、幻想郷にはまず化粧という物がほとんど知られておらず、使う人はごくわずかで、そのくせ誰もかれも綺麗な容姿を惜しげもなく披露していたのがどこかシャクだったので化粧用品全般は捨てた。意地でも使うもんか。
さて、境内の掃除が終わると、とたんに退屈になった。
今なら霊夢の気持ちも少しわかる気がする。なにせ、平和なのだ。
かつて宝船の異変時、もとい初めての妖怪退治の時は、妖怪退治という物の楽しさに心躍らせてはいたもののいざ普通の日常に戻ってみれば妖怪騒ぎなんてめったにありゃしない。
というか、人間と妖怪が共に暮らしているという話は、最初こそメルヘンですごく興味をそそられたが、巫女の仕事の基本が妖怪退治である以上それは(不謹慎なのは承知だが)つまらない話である。
しかもだ。湖ごと引っ越す都合上仕方ないとは思うが守矢神社は山の中に引っ越してきた。それも山奥も山奥、頂上だ。
そして妖怪は山に住んでいる。それも当然だと思う。妖怪が人間と同じように集落を持って畑を耕してたら、なんかいやだ。
そう、仕方のないことと言うのは分かっている。だが、どうしてこうも人気のない場所に神社が建ったのか。
妖怪からも信仰を集めるためと言っていたが、じゃあ妖怪退治がしたい私はどうすればいいんだと。
そう聞いたら神奈子様は「まあ悪い妖怪が出た時は頼むよ」と言った
簡単に言ってくれるな!力の弱い妖怪だったら里の自警団で何とかするし、力の強い妖怪が出ても信頼と実績のある博麗神社に持ち込まれるし!
そもそも妖怪騒ぎに困ってるのにわざわざ妖怪の山を登ってくるわけないじゃん!!
私だって漫画やゲームで育ったバリバリの現代っ子である。弱い人々を悪い奴から守る正義のヒーローにくらい憧れる。
あえてカミングアウトするが、私は小学校低学年の頃、将来の夢がセーラー○ーンだった。
だが、誰だってそんな時代あっただろう!?奇跡的にも私はその夢を叶えたのだ!セーラー○ーンでこそ無いものの、私は間違いなく力なき人間達を悪逆非道の限りを尽くす妖怪軍団から守る正義のヒーロー"美少女巫女ミラクルサナエ"になれたはずなのだ!
だがこれがヒーローの現実だった。妖怪騒ぎに慣れるどころか妖怪と交友関係を持つようになった人間は所謂妖術や魔法が進歩し、自警団もすっかり逞しくなった。
ひょっとしたら霊夢が苦戦するほどの妖怪があらわれて自分と共闘する形で立ち向かうというシナリオも考えたが、その考えはすぐに否定された。
以前無理を言って霊夢が呼ばれた妖怪退治の御供として着いて行った事があったが、本当に自分は何もできなかったのだ。というか、幻想郷一番の人外は霊夢だと思う。
その妖怪が何をトチ狂ったのか麻雀勝負を仕掛けてきたときの事である。
何を言っているんだこいつらと思って問答無用かと思ったら霊夢が二つ返事で了承したのにも驚いたが、一局目一巡目にトリプル役満で全員ハコにした時は他ならぬ私が麻雀台をひっくり返したくなった。
後から八雲紫さんから聞いた話だが「普通に麻雀をしていれば普通に霊夢が勝っていたけど、相手が魔法を使ったイカサマで無理に勝ちに行こうとしたから霊夢にも無茶苦茶な補正がかかった」らしい。まったくもって意味不明である。
とまぁ、私の体験談は置いといて。
これほど雄大で綺麗な妖怪の山には実は人里の人間を超えるほどの量の妖怪が居る。
そんだけいればどいつか一人くらい問題を起こすだろうと思ったがそうもいかない。
妖怪の山は人間と同じく一つの社会が築かれており、そこに人間社会のような犯罪者が現れないのも、法が力によって行使されているためである。早い話、強いから偉くて、弱いから逆らえない。離反した行為をしたものはすぐさま上から力で抑えつけられ、下手すれば現行犯で死刑執行である。そりゃ犯罪も起きないわ。
ただし、妖怪の山のコミュニティは基本的に天狗と河童で構成されており、その他の野良妖怪はその枠に入らない。自由である。もちろんそれによって妖怪の山に不利益が生まれた場合は容赦なく制裁が下るだろうが、ともあれ、妖怪の山にはそういった野良妖怪が少なからずいる。
「うらめしやああああああああああああああ!!」
そして彼女がその一人である。
「こんにちわ。今日も頑張っていますね」
「貴女はその頑張りを容赦なく踏みにじるね……」
「頑張りが足りないのです」
お世辞にもダサイとしか言えない傘を持ったから傘の妖怪。彼女は多々良小傘という。
人間を驚かすのが生きがいであり、主食らしい。
なるほど、食べることが生きがいか。
それはどれだけ魅力的なことだろう。私も太ることさえ考えなければ31でトリプルを毎日食べるのに。
妖怪は太らないんだろうか。驚かすことが主食というのはよくわからないが、曰く、妖怪とは精神の生き物らしいので主食も精神なのか。物理的に摂取するのでないならば、文字どおりに腹が膨れることは無いだろう。うらやましい限りだ。
精神を食べると言う事はつまり、私がここで驚くふりをしたところで彼女が味わう食事は病院の栄養食のように味気ないものだろう。
病院の栄養食。これほどまずい食べ物は他にイギリスにくらいしかないんじゃないだろうか。私にとっては半ばトラウマにも等しい食べ物である。
それは私が中学生くらいの頃、交通事故で入院した時に「学校休めるんだ。ラッキー」なんて考えて少し得した気分にあった私を一口で超ダウナーにしたものだ。
しかも看護婦はしつこい程に「ちゃんと食べなさい」と言ってくる。親まで言ってくる。しぶしぶ食べる。
こんな毎日が続くくらいなら学校行って授業中寝ている方がマシだと思い、二度と病院には行くまいと心に誓ったのだ。
信号を渡るとき、右見て左見てを高校入っても実行していたのは私くらいなものだろう。
まぁそれはそれとして。
「それで、何か用でしょうか」
「え、いや、用はもう済んだんだけど」
「……はぁ」
「え、なんで溜息!?」
「いえ、なんだか負けた気がしまして」
「わお!やった!巫女に勝った!気がした!…………で、何に?」
「何と言いましょうか、私、今すごくイケてないと思うのです」
「生けてない?ドライフラワー?」
「枯れてもなお美しいですか……あの木々のように」
妖怪の山を見下ろした。雪化粧をした枯れ木が綺麗である。
だが、例え枯れた姿が美しくても私はまだ枯れる時期ではない
当然化粧などするものか。見よ、このから傘を。
幻想郷は山に住んでるから傘でさえこんなに可愛らしいのだ。傘を除いて。
どうして文化によって繁栄しているはずの人間がこの様なのだ
「というか枯れてません。私はまだまだピチピチです。ピチピチなのにこの様です……」
「なんか憂鬱だね。何かあったの?五月病?」
「早すぎるでしょう。何もないから困っているのですよ。」
「あるじゃん。雪が降ってるし、景色は綺麗だし、これで誰かが驚いてくれれば最高だわ!うらめしや~!」
「はいはい表は蕎麦屋」
「はぁ……ひもじい……」
「ほんとにね。寒くなってきました。から傘さんは寒くないんですか、そんなミニスカで、裸足で。というか長袖の服なのにスカートだけ短めですよね。暑いのやら寒いのやら」
「んー昔に偉い妖怪さんが「から傘は足が命」って言ってたから」
「何の妖怪ですか。足フェチの妖怪ですか」
自分と彼女の足を見比べてみる。心なしか彼女の方がスレンダーに見える。
隣の芝生効果というやつだろう。そう信じる。信じれば、成る。それが信仰というものである。
信仰は儚き人間の為に。
「はぁ、それにしても退屈ですね。妖怪退治がしたいです」
「それ妖怪の前で言う?」
「どこかでから傘の妖怪が人間に襲いかかってたりしないものでしょうか」
「え、もしかして私にふってるの?」
「ふってます。ふってますから、絶対に襲ったりしないでくださいね?絶対にですよ?」
「どっちなの……。まぁなんにしても嫌だよ。私は人間を驚かすけど襲いはしないよ」
「なんでですか?」
「殺したら驚いてもらえないじゃん」
「なるほど。そっちが優先ですか」
「もちろん」
張り合いが無いなぁ、と思わざるを得ない。理に適ってはいるが
それでも幻想郷の妖怪は平和ボケしていると言っても差し支えないんじゃないだろうか。
それとも、妖怪ってそんなもん?人を襲い食べる化け物というのは外の世界のイメージに過ぎないのだろうか。
でもネズミは人を食うらしいし、人里で人が食われたという話も無かった訳じゃない。
ただ、私の目の前にいるこのから傘は食わないらしい。
それが、どうにも退屈で。
「はぁ~……聖輦船騒動の頃が懐かしい……正義をかざして悪をくじくあの快感をもう一度……」
「凄く悪い台詞……」
「確かに偽善者な悪役が吐いたりする台詞ではあるものの、その正義がぶれていなければ問題ないのです」
「十分ぶれてると思うけど」
「ああもう、寒いし、暇だわ。どうすればいいと思います?」
「……うらめしや?」
「それしか知らないんですか」
「これだけで今日まで食べてきたのよ、最近食べてないけど。お腹すいたな~。うらめしや~」
「何度言っても裏が飯屋なら表は蕎麦屋なのです。うん、ところでなんだか蕎麦が食べたくなりましたね」
「……。はぁぁぁ……ひもじいなぁ…………」
今さらだが、この妖怪は本当に驚かす気があるのだろうか。
私がいままで体験した3大ビックリは、麦茶と思ったらめんつゆだった時、友達と体育祭りの打ち上げに行った時に目を離した隙に抹茶アイスにワサビを仕込まれてるの気付かず食べた時、あるフラッシュでウォーリーを探していた次の瞬間、である。特に最後の奴は半ばトラウマである。
こういった出来ごとに共通しているのは……不意打ち?
というか、うらめしやーではインパクトに欠けるのだ。もっとこう、「おきのどくですが」とかなら心臓も凍りつくのに。
あとは言葉だけじゃ足りない。もっと行動も派手にするべきだ。「かゆうま」と書き残してロッカーから出てきたり、廊下の窓から飛び込んできたり。こういうのが一番効くのだ。
と、時刻はそろそろ12時。ぼやいたりから傘と喋ってるうちにすっかり時間が立ってしまったようだ。
お腹がすいたな……。
人里はいつも人間で賑わっている。
賑わう、というのはただ人が多いという訳じゃない。豊かに、栄えているのである。
そこに携帯をいじり歩いている者はおらず、何か疲れたようにうつむいている者も、忙しげに人ごみを避けるように駆けずり回る者もいない。
今ここにいる里の人々すべてが、今ここにいる里の人々と繋がっている。というのはさすがに言いすぎかもしれないが、とにかく違うのである。外の世界の街とは。
歩いているだけで新鮮な魚が入ったばかりだ、この野菜が今旬だ、と声をかけられる。その逞しさに最初は圧倒されたものだ。
「お、山の巫女さんじゃないかい!生きのいいのがとれてるんだがどうだい?おじさんかわいい子にはおまけしちゃうよ!」
うん。かわいいと言われるのは素直にうれしい。
と、いつもはついつい買ってしまうのだが。
「えへへ、ありがとうございます。でも今日は買い物じゃないので、また今度生きのいいのがとれたらお願いします」
「おう、じゃあまた気合い入れて釣ってくるから楽しみにしててくれよ!で、そっちの傘持ったお姉さんはどうだい?」
「え、あ、私はいいです」
「そうかい、時間とって悪かったな!今後ともごひいきに」
「いえいえ、こちらこそ~」
軽く頭を下げてその場を離れる。
ああ、やっぱり来てよかったなぁ幻想郷。暖かいなぁ。寒いから蕎麦食べに行くんだけど。
で、えっと蕎麦屋は……と……。
「ねぇ」
「なんですか?」
「なんで私も一緒?」
なんとなく成り行きで着いて来させた小傘が周りの視線を気にしながら尋ねてきた。
「一人で食べに行くのとかなんか嫌じゃないですか」
「神様達は?」
「天狗さん達と会議があるらしいです。なにを話し合うんでしょうね。知ってますか?」
「いや、知らないけど」
「でしょうねぇ。まぁどうでもいいんですけど」
「いいんだ。というか、いいなら聞かないでみたいな」
「おや、てっきり会話が弾まなくて暇をしていたのかと」
間があって。
「……人が多いところはちょっと苦手だなぁ」
「その茄子みたいな傘が目立つからですよ」
「別に目立つから苦手とかじゃなくてさ、人が多いと驚かせにくいじゃん?いや、目立ってたらそれはそれで驚かせなくて困るんだけど」
「驚かすことにどんだけ人生かけてるんですか……」
「3人分くらい?」
「なんか二人ほど巻き込まれてますね」
「何かに犠牲は付き物だよ」
「犠牲になったのですね……」
小傘ェ……。
「それにしても神奈子様や諏訪子様以外の方と一緒に食事なんて久しぶりです」
「そうなの。前は誰と行ったの?」
「友達とですね」
「友達かぁ。居たのね」
「今すごく失礼なこと言いませんでした?」
「いや?そう聞こえるだけだよ、きっと」
「……貴女には居ないんですか?」
「わかんない。つるんでる子ならいるけど」
「じゃあ、居るんじゃないんですか?」
「でも一緒にご飯は食べないなぁ」
「食べてるものが違うんですよ、きっと」
「いや、おおよそ一緒なんだけど、いつも先に獲物をとられちゃうから」
「……えーと」
なんと言っていいのやら。
妖怪の言うつるむってそういうもんなのか。
と言っている間に蕎麦屋が見えてきた。
蕎麦はいい。蕎麦は素朴で、されど力強く、和を感じる一品。
ラーメンとは違うのだよ、ラーメンとは。
と、小傘がその看板を見て呟いた。
「私はうどん派なんだけどね」
「おや香川の方でしたか、これは失礼しました」
「いやうどん好きだから香川出身な訳じゃないよ」
「そうなんですか?いやぁ安心しました、香川の方に蕎麦を誘うのはものすごい失礼だと聞きましたから」
「え、そうなの?」
「そうなんです。だから、小傘さんも絶対そんな真似してはいけませんよ」
「いや、ここはあえてうどん屋と見せかけて蕎麦を出したら驚いてもらえるはず!」
「殺されますよ?」
「えええええ……香川怖い……」
まぁそれは香川の人じゃなくても嫌がらせレベルだと思うが。
店内は注文を承るカウンターと調理場があるのみである。そりゃそうだ。ここは立ち食い蕎麦の店なのだから。
「やはり蕎麦は立ち食いですよね」
「私ものを食べるとき立って食べたことしかないや」
「……小傘さんと話していると疲れます」
「え!?なんで!?」
妖怪と友達気分で話そうというのが間違っているのかもしれない。
ここは相手の食いつきそうな話で振るというのも大人だ。
「おいしい人間ってどういう人間なんですか?」
「だから私は人間食べないってば」
「……はぁ」
「なんでため息つくの!?」
「人間と妖怪の馴れ合いなんて無理だと思いまして」
「なんか悟った!?」
「所詮人間と妖怪の絆なんてそんなもんです。あっさり裏切られるんです」
「そんなことないよ幻想郷では人間と妖怪で互いに手を取り合い生きていけるよ!」
「はて?小傘さんは人間から何か得られましたか?」
「はっ!?そういえば人間は私に何もくれない!驚いてくれない!」
「そうです。人間なんてそんなものです。貴女のことなんかみんな心底どうでもいいんですよ」
「ううう、おのれ人間!私の好物をよくも!から傘の怖さを思い知らせてやる!」
「出ましたね!悪しき妖怪!退治してくれます!」
「誘導されてた!?待って今の嘘!嘘だから!」
妖怪は思考が単純で乗せやすいようだ。慣れると扱いやすい。
と、少々大きい音量で漫才をしているうちに順番が回ってきた。
基本の蕎麦になんのトッピングをつけるか選ぶタイプの店だ。
「厚揚げと温玉、天かす増し増しで」
「私はざるそばでいいよ」
立ち食い蕎麦屋にざるそばがあるかっ!
古来蕎麦とは箸で引き上げた蕎麦を一口で啜りきることこそ粋というものだったらしい。
もちろん私もそれに習って、江戸っ子の心意気というものを感じたいと思うところがある。
しかし、それは勢い余って蕎麦の端から飛び散るつゆで服を汚してしまう確率が大きい。それは格好悪い。
粋とは難しいのだ。
そんな葛藤をよそにとなりのから傘は気持ちいい音を立てて勢いよく蕎麦を啜っていた。
しかもまだ二口目にも関わらず服に染みが付いている。
「服汚れてますよ」
「早苗知らないの?これが江戸っ子の食べ方さ」
流石に服を汚しながら食べるのは違うと思う。
「江戸っ子ってのは己の身の綺麗さなんて気にしない。ありのままの姿で魅せるのが粋ってもんさ。てやんでい」
「そのキャラ作ってるでしょ?」
「江戸っ子は野生的だよ」
この傘、明らかに江戸っ子をとり間違えている。
というか、から傘の妖怪なんだから江戸時代生きてたろうに。
……でも忘れ傘といえば電車だよなぁ。案外最近の妖怪?
「まぁ、貴女は野生のから傘ですが」
「捕まえる?」
「おどろかすしか覚えていないんでしょう?」
ズルズルと、蕎麦を啜る。
なるべく汁をとばさないように、されど噛みちぎらないように。
結果的に少しずつ口に運ぶというどこか情けない姿になっていた。江戸っ子の道は遠い。てやんでい。
「ふぅ、久々の蕎麦はおいしいね。まぁ人間を驚かした方がおいしいんだけど」
「どれくらいおいしいんですかそれ。というか、味覚?」
「味覚じゃないけど……なんて言うんだろ、快感?えくすたしー?」
「はぁ。なんかよくわかりませんが、どらくらいの快感?」
「例えば大声を上げて逃げていくくらいの驚きっぷりなら……セーラー服で機関銃ぶっ放したときくらい?」
「やったことあるんですか」
「ない」
「……私ちょっと憧れてたりしてましたね、あれ」
「さでずむ?」
「ふふ、どんな人間でも心のどこかに嗜虐を好む心があるものです」
「人間って怖いなぁ」
「そうです。人間は怖いんです。にもかかわらず最近の人間は嘗められっぱなしなのが私はとても気に入らないのですよ。ねずみとか、傘とか」
「私は人間を舐めてなんかいないよ。いや、舐めたら驚いてくれるかな?」
「あー……たしかにそんなキモイ傘のキモイ舌で舐められたら全身に鳥肌様総立ちですね。」
「具体的にどこを舐めたら驚いてくれるかな」
「それは小傘さんが自分で色々試してください。私は人間の味方ですから人間の弱点を教えるわけにはいきませんよ」
「ケチ。私はただご馳走にありつきたいだけなのに」
と、話している間に蕎麦は無くなっていた。
私は浮いている天かすを一つ一つ摘んで食べて、容器を店に返却した。
新しい驚かし方を試したい小傘は一度山に戻り、仲間と意見交換をしたいそうだ。たくましいな。
まぁ、彼女の食事が成功することが増えたならいずれ被害報告として上がってくることだろう。そうなればそのうち自分の出番もくるはずだ。
その時を楽しみにしつつ、私は小傘を見送った。
ああ、人が多い所に連れて行けばなんか起こすかなと思ったが、結局食うだけ食って別れてしまった。さも、それが当然の事のように。
実際それが当然の事なのだ。この世界においては。
人間と妖怪の絆。それは確かにあるのだ。それはなんて幻想的な話だろう。
けど妖怪退治はしたい。妖怪の友達がいるのもいいけど、妖怪は退治したい。それはそれで楽しいし。
しかし私も外道ではない。友好的で無抵抗な妖怪を退治という大義名分の下で一方的に攻撃するのは流石に人間性を疑うというものだ。
そう、私は正義のヒロイン美少女巫女ミラクル☆さなえなのだ。それにふさわしき正義を持つべきだ。
「あら早苗じゃない」
今まさに帰ろうとした時、人里はずれの森の方から霊夢が現れた。
その右手には、ポケステ。懐かしい。
確かに自分が外にいた頃からすっかり見なくなっていたが幻想入りしていたのか。
「霊夢さん、それ」
「これ?なんか妖怪が珍しい物触ってたから退治してかっぱらってきたのよ。香霖堂で売れないかと思って」
「……」
チンピラじゃねーか。
こういうのを人里にばらまいていけば評判が落ちてこっちに依頼が回ってきたりしないものか。
……いや、まだ会って一年とはいえ霊夢が隠れてこういうことをするタイプではないのを知っている。彼女は素でこうなのであって、それも考慮してもなにぶん実力が確かすぎるから支持を受けていると考えても何もおかしくない。
やっぱり仕事は当分こないか……。
いや、逆に考えるんだ。博麗の巫女がこうなら自分もこうでいいやと、そう考えるんだ。
ほら、最近のライトノベルの主人公ってダークヒーロー取り違えてただの外道と化してる奴とかいるじゃん。まぁそういう奴に限って面白くないんだけど、この幻想郷では常識にとらわれてはいけない。
そうだ、この際あのから傘に今度会ったらカツアゲの一つでもやってやろうか。
して何をとるか……。
(むしろ何持ってるの……?)
茄子傘を強奪したあげく「こんなキモイ傘ww」とか言いながら地面にたたきつける自分の姿を妄想して流石に「お前人間じゃねぇ!」とか言われても仕方ないだろと自省しつつ霊夢と別れた。
その帰り道、持っていたネオジオポケット目当てに河童を退治したら神奈子様にこっぴどく怒られた。そういえば一応自分たちも妖怪の山の組織の一員なのだった。
でも正直不公平だと思ったのであった。
頻出する現代的なガジェットやネタがそれをさらに強めてるようにも……
とりあえず早苗さん自重しろ
実際、最近まで外の世界にいたんだから、こんな会話してそう。
誤字報告
立って→経って
どらくらい→どれくらい
面白かったです。
こういうテンションも好き。
あぁ、蕎麦食いてぇ。