寒空の中のたまの休日の夜、与えられた選択肢の中から私が選び取った物は友人の家に暖を取りに行くというものだった。なにせ私の部屋は、この豊かなエネルギー溢れる時代だというのに暖房が付いていないのだ。贅沢は言わないから、一昔前に流行ったヒートポンプ暖房なりなんなりを是非とも導入して欲しい。
「貢物はこれくらいでいいかな」
そういってすぐそこのコンビニで手に入れた袋を見る。中には数本の缶ビール。苦学生には此処までが友人に対する手土産の限界ライン。幸い雪は降っておらず風もこの頃の空模様から比べれば幾分か穏やかだった。
「それにしても今夜は冷え込むなぁ。私のアパートってば隙間が多いせいで、部屋の中にいても寒空の下に放り出されても、そんなに大差無いってのは流石に問題だと思う」
ここにはいない大家に愚痴りつつ目的の場所へと到着。少しの間を置いて、備え付けのインターホンを押した。
「おーい、来たよー」
「あら蓮子。外は寒かったでしょう?どうぞ上がって」
言うが早いか、すぐに声が、インターホンからでは無く目の前のドアから聞こえた。目線をインターホンからあげれば、さっきまで閉じきっていた質素な扉の中から私の友人の顔が覗いていた。恥ずかしながら、私はこの友人に多分特別な思いを感じている。癪だし、恥ずかしいから伝えることはないだろうけれど。こういうのは意識しなければ顔には出ないからまだばれてはいないと思う。
「御免。今日もお邪魔するよ」
「別に気にしなくてもいいわ。お相子様なんだから」
「え?」
あぁ、今度の昼食一回で貸し借りチャラ、って事かな。まったく抜け目がない。でも心のどこかでそれを喜んでいる私がいたりする。
「ほら、晩御飯もまだなんでしょう。蓮子の分もあるから一緒に食べましょう」
「えへへ、ばれていたか。だってメリーの料理は私のよりも美味しんだもん」
まぁ私が壊滅的に料理下手ってのもあるけど、それを抜きにしてもメリーの料理は凄いと思うんだ。いいお嫁さんに慣れるよメリーは。でもその隣にいるのはきっと私じゃない別の誰か。
「おだてても何も出ないわよ。さ、いらっしゃい」
「お世話になりまーす」
メリーによって温かみある家の中へと案内される。私の後ろで、装飾が控えめの扉が静かな音を立てて閉じられた。続く鍵のロック音。なんといっても戸締りは重要なのである。実はメリーが借りているこの借家も表札は宇佐見で示してあった。
友人の家に自分の名字が使われることはなんだかこそばゆかったけど、こうすることで女性の一人暮らしとは幾分か分かるまい。女学生の一人暮らしは高い防犯意識で支えられているといっても過言ではない筈。最初はこの提案に反対してたけど、内心では家に帰って速攻で飛び上がるくらいには嬉しかった。だってまるで私とメリーが……。おっと、耽りすぎて靴を脱ぎ忘れる所だった。
「はー、生き返るなー。実にぬくい」
「もう、大袈裟よ。ほら、蓮子から連絡が来た時から準備してあるからすぐに食べましょう」
「話が分かるねメリー。ごほん、それでこそ私の相棒が務まるのだよワトソンくん」
「ぷっ」
「ちょ、なんでそこで笑うのさー。なんだか恥ずかしくなるじゃない」
私のウィットとユーモア溢れた切り替えしを無下にするとは。なんという相棒か。
「ふふ、ごめんね蓮子。でもコンビニの袋を持ちながら気障に決めるんだもの。おかしくって。……ぷっ」
「あっまた笑った!メリーひどーい」
「はいはい、私が悪かったわ。これで許してくれるかしら名探偵さん」
「……今夜はベッドを所望する」
「きゃっ。蓮子ったら、積極的ね」
「ちがーう!そういう意味では無くて!単純に言葉のままっ」
「冗談に決まってるでしょ、冗談。あら、蓮子ったら顔が真っ赤になっちゃってる。可愛いー」
「うがーっっ。あー腹立つ。腹立つなーもう!」
人を玩具にするのは良くないよメリー!でもメリーの笑顔が見れたから寛大な心で許してやろう、ふふん。
「でも、それにしたって、等価な交換ではないんじゃない、蓮子?」
お遊びはここまで、という風にメリーが話の軸を戻す。そうなのだ。流石に博識でいて容姿端麗、さらには性格も完璧な友人、つまるところ、この私の為にベッドを追加で購入する程にメリーのフトコロは潤っていない。
そうなると私がメリーの所へやってくると、必然的に生まれるのが寝所争奪戦である。まぁ基本お世話される方の私がソファへと落ち着くので最近は平和なわけだが今回は危うく戦争に発展する所であった。平和も恒久的な物ではないのだ、仕方ない。ま、原因は私なんだけどね。
「いーじゃないかメリー。たまにはソファと関係を持つのもいいと思うよー。それに毎日一緒だとマンネリじゃない?」
「なんで私が交渉される側になってるの。なんだか横暴よ蓮子」
「まぁまぁ、この通り献上品も持参してきたんだからさ」
言いながら、さっき話題に出たコンビニ袋をメリーの方に見せる。
「む。しっかり私の好みを把握しているわね」
「今日だけ、ね、お願い」
可愛らしく首を傾げながら両の手をグーの形にして胸元に寄せる。私が小柄なせいで、上目使いになるのもポイントだ。これでレポートの提出期限を延ばしてくれなかった教授はいない。蓮子ちゃんの最終奥義である。
「蓮子ったらもう。……仕方ないわね、今日は蓮子に譲ってあげる」
「やたっ、メリーあいしてるぅー」
嬉しさをハグで表す。体格差が多少あるので飛びつく感じになってしまったので、危うく二人仲良く倒れそうになったが。
「もう、危ないでしょ蓮子」
「あはは、勢いつけすぎちゃった」
「罰として晩御飯の準備を命令するわ。じゃないと今日は許さないわよ?」
冗談交じりにメリーが言う。でもメリーってば結構抜けてるところがあるから本気かもしれない。そうなったら大変だ。
「ははっ、仰せのままにメリー様」
「うむ宜しい。私は少しお手洗いに行ってくるわね」
「ほーい」
トイレに向かうメリーを見送りながら、私はキッチンの方へと向かった。さっきから漂ってくるシチューの匂いが堪らんね。メリーが戻ってくる前に少し味を見ておこう。
テーブルの上に自分で盛った料理を並べていく。メリーと私、二人分だから量はそんなに多くはない。テーブルに皿を置くたびに静かな音が部屋に響く。
しかし最近の暖房は起動しているか不安になるくらい静かだ。本当に起動しているのかな?私はこの時代には珍しいくらい機械音痴だから確かめる術を知らないのだけれど。まぁそこらへんの事はメリーに一任しているから気にすることじゃないのだ。ちなみに最近まで番組録画の方法が分からなかったのは秘密。
「あら、もう全部用意されちゃってる」
「お帰りメリー。さぁ、準備は万端、後は席に着くだけだよ」
「はいはい。そうだ、蓮子はまだ寒い?」
唐突にメリーにそんな事を聞かれた。
「いや、もう大分あったまったけれど。どうかした?」
「少し火照ってきちゃったから、暖房の設定温度を下げて欲しいのだけれど」
そういって私の隣を指さす。その先にはエアコンの操作機器が転がっていた。
「もー、メリーったら嫌味なの?私こういうの苦手って知ってるでしょー」
「蓮子こそいい加減それくらいの操作は出来るようにならないとこの先、生き残れないわよ?」
「いーのいーの、私は未だに機械という奴を信用出来ないタイプの人間だから。それに私には頼れる友人がいるしさ」
「もう、すぐそんな事言うんだから。でもいいわ、なんだか蓮子と話してたら気が紛れちゃった」
そういいつつもメリーは羽織っていた服を一枚脱いだ。やっぱり少し暑かったみたいだ。
こういう、さり気無い所で自分を抑えて、相手の意見を優先出来るメリーを見ると私は彼女と知り合えて本当に良かったと感じる。ま、本人には恥ずかしくて絶対言えないし、今じゃ絶対に言えない恥ずかしい思いに変化しちゃってるけど。
「それじゃ頂きましょうか」
促されるままに椅子を引いて席に着く。私が座ったのを見てからメリーも私の隣のへと体を預けた。ここで重要なのが、何故メリーはわざわざ対面の椅子ではなく私の隣を選んだか、である。まぁ、理由としてはこの机が壁にピタリと接しているからなのだが。
初めてメリーの家にご飯を貰いに行ったときは部屋の真ん中に置いてあったのだけど、何回かお邪魔していたらいつの間にか配置が変わっていたので、驚いた記憶がある。本人に話を聞いた所、気分転換に部屋の模様替えをしたとかなんとか。その影響をこの机も御多分に漏れず受けたのであろう。しかしわざわざ壁際に机を動かさなくても、とは思う。これでは私の目の前には壁しか映らないのでなんとも妙な気分である。
それに自分の肩がメリーの肩とくっつくから、正直恥ずかしい。
「蓮子?」
「あ、あぁ御免。ちょっと考え事してたよ」
私がまるで第三者に話すようなとても説明的な回想に耽っているとメリーが不思議そうに呼びかけてきた。
「もー、しっかりしてよね蓮子」
メリーが「これだから天然は……」みたいな呆れた顔をこちらに向けてくる。
なんだよぅ、メリーだってよく大学構内で一人でアハハウフフと脳内妄想してるじゃんか、ぶー。
「わ、わたしそんな事してないわよっ!」
いきなり大声を出すメリー。
「……あれ、もしかして私口に出してた?」
「もしかしなくてもしっかり喋っていたわ!」
「おぉぅ」
いかん、天然というレッテルの汚名挽回がどんどん困難にっ!おっと違った、名誉挽回。
「蓮子の発言は私の人間としての尊厳を著しく傷つける発言だったわ。よってオカズを一品没収ね」
ひょいっ。
「ちょっ、私のハンバーグッ!」
「あら残念ね蓮子。時間があればもう少し多く用意できたのだけど、誰かが急に来訪するという旨を伝える電話を突然。と、つ、ぜ、ん受けた気がしたから時間が無かったわ。あー本当残念ねー」
「ぐぬぬ……」
なんという陰湿な攻撃。「泊めてあげる側」という強大な権力を存分に振りかざして、「無理を言って泊めてもらう側」をいぢめるなんて。その上多大な酒税を要求してこちらを締め上げるとは、極悪非道ここに極まれり、だ。くそぅ、妄想少女め!私は恐怖政治には断固反対を貫くよ。
「蓮子蓮子ー」
「なにさ、メリー?」
好物を没収された事でふてくされつつ、呼ばれた方を見ると天使も裸足で逃げ出すような笑顔と、悪魔でさえ改心する程の御言葉が私を待っていた。
「き・こ・え・て・る(はーと)」
「………………てへっ」
……育ちざかりの大切な友人の晩餐のオカズを付け合せの野菜だけにするだなんて、メリーは絶対悪魔だっ!ぐすん。
「ほら蓮子、いじけないの」
「うぅー」
さっきまで料理が乗っていた食器を一緒に洗いながら、メリーが話しかけてくる。
「……もっと食べたかった」
「そんな事言ったって、この世の終わりみたいな顔していたから結局後からオカズ、返してあげたでしょう?」
「そうだけどさぁー」
確かに、確かにメリーにはちゃんと謝って、食べさせて貰ったけど。食べさせて貰ったけど!
「全部「はい、あーん」で食べなきゃ駄目、ってのははやりすぎだよメリー!あぁ、恥ずかしくてしんじゃいたい……うぅ」
本当、恥ずかしさのあまり喉を通る気配が無かったよ。
「残念、そうなったのも自業自得よ。涙目でおねだりしてくる蓮子、可愛かったわー……」
洗い物の手を止め恍惚の表情を浮かべるメリー。なんだか危ない人に見えるのは気のせいではないだろう。
「……なんだかメリー、最近私を玩具にして遊んでない?」
「あら、別に蓮子の色々な表情が見たいだけで他意は無いわ。それこそ結果論という奴ね。友人の多面的な顔を観察する事は仲良くなるための一番の近道よ」
「そうかなー?」
まぁ、私もたまにぽけーっとしているメリーをからかっているからいいか。それこそお相子。どうせ言い合いではメリーには絶対に勝てないし、変な所をまた突っ込まれるのもなんだかだし、ここはおとなしく引き下がった方がいいだろう。場に流されずに冷静な判断を下せるとは、やはり私は天才……っ!
「もういいわ蓮子。手伝ってくれて有難う」
「えっ?まだ全部終わってないよ?」
その言葉の通り、食器は全てすすぎ終わったがまだ布巾で水気を拭き終ってはいなかった。
「いいのいいの。後は拭くだけだから。それに手が冷たいでしょう?部屋に戻って温まるといいわ」
「なんで?確かに冬場の洗い物は水が冷たいから嫌だけど、メリーと一緒だから私は平気だよ?」
「れっ蓮子……っ」
俯いたメリーの耳が、隣の私にも分かるくらいに赤くなっているのが判った。これは……どうみても照れている仕草!成程、メリーを弄るときはこんな感じに攻めていけばいいのか……。これはいいカードを引けた。今日までに受けた数多のアレな言動による屈辱、近々全てを清算してくれるっ!
「い、いいからっ、あっちいってテレビでも見ていなさい。ほらっ、もうすぐ蓮子がよく見ている国営放送の番組の時間よ」
「あっ、もうそんな時間だったっけ。じゃぁお言葉に甘えてそうさせてもらおうかな。けど」
「けど?」
途中で言葉を切った私を訝しんで、照れを隠すために俯かせていた顔をこちらに向ける。
「私はメリーと二人でお喋りする方が好きだけどナ」
我ながらくさい言葉だというのは自覚している。これで素の反応を返されればこの日の記憶はもれなく私の封印されし記憶の1ページとなるだろう。というか今だって死ぬほど恥ずかしいのだ。面白い反応が返ってこなければ、私の払った羞恥心のなんと無意味な事か。さぁ、どう切り返すメリー。
「ななな、な、何馬鹿な事言ってるのっ。ほ、ほらあっち、あっち行きなさい!」
「う、うん」
うわー、なんて判りやすいんだメリー。これ程までに初心だったとは。こんなステレオタイプな人間がこのハイテク時代にまだ存在しているなんて、常識も驚くね。しかしこんな簡単だと、そこらのキャッチセールスなんかでも簡単に引っかかりそうで怖い。
よし、今度から買い物は絶対にメリーと行こう。都会の魔の手から友人を守らねば。しかし今までこのメリーにいいように弄られていた私っていったい……。ま、まぁその関係図も今日で新しく上書きされるだろう。まことに目出度い事である!
「……うぅ……蓮子ったら……これは…………」
なにかぶつぶつ言いながらいまだに照れて足をもじもじさせているメリーを横目に、先にリビングへと戻る。
「うーむ、これは明日からが楽しみになってきたぞ。いや今日からかな?」
呟きながらメリーをおちょくる計画を練っていると視界の隅に私が持参した袋が見えた。そうだ、秘封倶楽部の力関係が塗り替えられたこの日を記念して一人勝利の美酒に酔いしれるのも悪くないのではないだろうか?
「ねーメリー。先に持ってきたビール飲んでても怒らないー?」
「別に食後に開けようと思っていたし、それくらいで気にする訳でも無いからいいけれどー、蓮子お酒飲めないんじゃ無かったかしら?」
隣接しているキッチンで、まだ後片付けをしているメリーに問いかけると、そんな答えが返ってきた。
「だいじょーぶだって!私飲めないんじゃ無くて飲まないだけだからー」
「じゃぁ私の分も取っておいてよ。それが条件ね」
「はいはーい。わかってるわかってる」
いや、前にメリーが飲んでいた洋酒を一口貰った事があったのだが、その時はまずくて遠慮したのだ。それ以来私の中では酒は不味い物として認識されていた。アルコールに関してはザルのメリーが心配するのも仕方ないとは思うが、別に嘘はついていないから問題は無い。それに今のバージョンアップされた私に飲めない物などあるものか。
「へへ、では早速――」
鼻歌なんかを交えながら袋からガサゴソとビールを取り出し、プルタブに指をかけて開ける。部屋の中にカコンっと小気味のいい音が響いた。
「では、下剋上達成を祝って乾杯!」
メリーに聞こえないように小声で音頭を取りながら、缶に満たされたソレを一息に飲もうとして。
「ぶふっ、けほっけほっ。うぇー、何これー……苦いー」
私を襲ったのは果てしない不味さだった。というか咽る。凄く咽る。洋酒は駄目でもビールならいける、と勘違いしたのはどこの誰か!是非とも責任を取らせてやりたい。
「くっ、やはり高貴な私には缶ビールは口に合わなかったか……。しかしここで飲むのを諦めてはまた昔の力関係に逆戻りの恐れが……それだけは断固回避しないとっ」
口から零れる言い訳を押しとどめ、覚悟を決める。何てことは無い。数回、味を感じる前に喉に流し込むだけでいいんだ。さぁ行け、やるんだ蓮子!
「んっ、んっ、んっ……はぁー……」
すっごく不味いという圧倒的な味覚の暴力を押さえつけ、何とか缶を空にすることに成功する。これで晴れて私の……わたしの……わたしの?
なんだか頭がふわふわする。まともに思考することもままならない。そんな思考を最後に、私の意識はここで一回断線する事になる。
「……子、蓮子……蓮子!」
「んぁ?」
なんだろう、声が聞こえる。鈴を転がしたような綺麗な声だ。あーメリーか、この声。
「もう朝?今日何曜日?講義あったっけ、どうだっけ?」
意識が混濁したまま、先程聞こえた声に曖昧な相槌を打つ。自分でも違うという確証を持ちながら返事をするというのはなんとも不思議な感じだ。
「もう、寝ぼけてるの?蓮子ったら本格的にアルコールが苦手なのね。体質によるものかしら」
「あるこーる?あぁ、そうだった……。私、一人でビールを飲んでて、それで……で?」
いつの間にかメリーが私の隣の椅子に着席しており、尚且つ知らないうちに机に突っ伏して寝ていた私を揺り起こしていた。しかし恐ろしいかな途中まではなんとか思い出せたのだがどうにもその先が出てこない。なんだこれアルコール?アルコールが原因なの?怖い超怖い。
「それで、服を着崩したまま机に体を預けてぐうぐう寝ていたのよ。まったく、風邪でも引いたら大変じゃない」
「あー、うん有難うメリー。助かったよあいしてる」
「えっ、れ、蓮子っ?」
「えへへー冗談じょうだーん」
うーむ、酔いの所為か口がよく回る。というか本来の目的であるメリー下剋上という目的はしっかりと覚えてるあたり、何とも天真爛漫かつ悪戯好きの私らしい所か。
「もっ、もう。驚くからそういうのは遠慮してよねっ」
「はーい」
口ではそういいつつも、若干満更でも頬が紅潮しているのを見るに嫌がってはいないご様子。これは……いける。今こそ積年の想いを!
「時間、どれくらい経ってる?」
「蓮子が口をつけてから5分くらいよ。いくらなんでも潰れるには早いんじゃないかしら」
「まぁ知的好奇心って奴が勝った上での犠牲は仕方が無いよメリー」
「はいはい、そう言う事にして置きましょうか」
「うむ、物事を深く考えるのは良くない事だぁね」
そこまで言って、ふと下腹部に寒気を感じた。自分の体をよくよく見てみればお腹が肌蹴ている。確かに、これじゃメリーに風邪の心配をされても仕方ないか。それにどうやら酔った勢いでビールを少し零してしまっていたようだ。その証拠と言わんばかりにおへその当たりが軽く濡れており、これが寒気の直接の原因だと思われる。何せ液体が気化する時は熱量を持っていくのだ、そりゃぁ体の体温が下がる筈だね。主に濡れているお腹近くだけれど。
「あーメリー、起こしてくれたついでで悪いんだけど何か拭くもの、そうティッシュか何か借してくれるかな」
「別に、私と蓮子との仲なんだから一々断らなくても勝手に使ってくれて構わないのよ?」
そんな事を口にしつつ、机の上のティッシュボックスへと手を伸ばすメリー。まぁ、自分で取れよ、と言われればそれまでだがご存知の通り現在の机の配置上、今も私の隣にメリーが座っており、尚且つメリー側の方にお目当てのティッシュが仰々しく鎮座していた。以上の理由により私が手を伸ばして取ると非常に面倒くさいのであった。
「あら、空になってるわ。いつの間に全部使ったのかしら。ちょっと待っててね蓮子、隣から新しい箱を出してくるから」
空な事に気が付いたメリーが席を立ちあがろうとする。
「あー、大丈夫メリー。これくらいなら手で拭えるから。わざわざ詰め替えなくてもいいよ。それよりも、ほら折角この私が用意したんだから今はまずは飲もうよー」
立ち上がりかけていたメリーを制しつつ、自分の右手で水滴が零れている辺りを乱雑に拭い取る。
「もう、蓮子は甘え上手なんだから」
「ふふー、私のこんな姿を見せるのはメリーだけなんだからね。とか言ってみたり」
「っ!」
うむむ、自分でも気が付いていなかったが私はどちらかといえばサディスティックな側に分類される気がする。だって動揺しているメリーを見ていると心がザワザワ揺れるのだ。だから酩酊している私の表情も自然、笑みが零れてしまう。自分にこんな才能があったとはね。きっちりと有効活用させて貰おうかな。
「ねーねーメリー、私眠くなっちゃったー。ベッドまで運んでくれりゅ……くれる?」
「まっ、全く友人を放っておいて好き放題やっておいて、あ、あ、揚句の果てに私を代行扱いとは随分な物ね蓮子」
「今日だけだって、今日だけ。ね?」
口では嫌々言っていても、体は実に正直じゃないのねメリー。乗り気じゃない本当の理由はずばり、この可愛い私を前にしてして照れているからだ!ふふふ、地道な甘言作戦が響いてきた様ですねメリーさん。私が素で噛んだ事すら見逃している事からも動揺していることは自明の理。だって普段のメリーなら「え?今なんて言ったの蓮子。もう一回言ってくれるかしら?」みたいに裏表無く率直に聞いてきて、ニヒルな私の心を容赦なくへし折りに来る筈だから。あれ程のボケ殺しもこうなっては赤子同前、陥落寸前の城、窓際三年目の係長にすらも劣る!
「やれやれ世話の焼ける……ほら、肩貸しなさい」
「えー、抱っこが良いなー」
「れ、蓮子っ」
あー、その恥ずかしさに震える顔、イイネ。まるで何かが爆発しそうなのを我慢してるみたいな表情。心のどこかが満たされる気がする。気がする。しかし流石にこれ以上はまずいかな。私はメリーの照れている顔が見たいのであって、怒らせようとかそういう考えは微塵も無いのだ。ここら辺が潮時か。さっきまでの事、全部謝って駅前のケーキで勘弁して貰おう。うん、それがいいかな。
「御免ねメリー、もうおふざけはお終いにするよ。許してくれるかな?今度私の空いている時間、好きにして良いからさ――ぅむっ?!」
私の拙い弁解が終わるや否やいきなりメリーが私を抱きしめてきた。柔らかな双丘に顔が埋もれて大変息苦しい。二人とも椅子に掛けているからといって座高も同じと思うことなかれ。あぁ小柄な自分よ、周囲に引け目を取らなくてもいいんだよ……。じゃなくって。
「え、えっと、メリー?メリー……さん?」
依然としてメリーは私の問いかけに反応してくれず、ふくよかな胸に抱かれたまま熱気混じりの吐息を私の耳にくれている。うぅむ、これは初めて本気で怒らせちゃったかな……。
「えっと、ごめんね。怒らせる気は無かったんだ……。ただ、私としては恥ずかしがるメリーが見たかっただけで……」
なんとかこの場を収めようと一人焦っていると、胸に半分阻まれていた目線が不意に高くなった。
いや、表現が不適切だったかもしれない。別の言い方をすると「メリーが私を捕まえたまま椅子から立ち上がった」、こうなる。
「ちょ、ちょっとメリー、肉体言語を駆使するのは危ないって!確かに今日は全面的に私が悪かったから!認めるから!ね、もっと平和的な解決方法を一緒に模索していこうよっ」
「……平和的?」
「そうそう、暴力、ダメ絶対」
今の私とは真逆に、怖いほどに落ち着いている。そんなメリーを前にして、私もほろ酔い気分なんてもうどこかへ抜けて行ってしまった。
「じゃぁ、スポーツをしましょう」
メリーが学校の教授のような、いやに落ち着いた声音で呟く。
「あー、いいねスポーツ。とても健康的だよメリー、爽やかな汗を流したらさぞや楽しいだろうね。ほら、だから一回離してくれると嬉しいなー、なんて」
忘れているかもしれないがメリーの態度の急変から今の今まで、私はメリーと密着したままである。さっきよりも腕の締め付けが強くなったのは多分気のせい。私疲れているんだと思う。メリーが寝室の方へと私共々向かおうとしているのもきっと気のせい。最近徹夜続きだったから副交感神経が麻痺してるんだね多分。多分!
「え、どうして?今から二人で気持ちよく汗を流すのでしょう?」
「い、今からだと流石に近所の方々に迷惑なんじゃないかn「心配しなくても大丈夫よ蓮子。この家、防音設計だから」
そんな言葉を聞いたかと思ったら気が付けば私は普段メリーが使っているであろうベッドに投げ出されていた。仕事が速すぎやしないかなメリー。さっきまで隣の部屋だったよね?幻想郷のメイドさんも驚愕の超スピードだよ。そこでインド人を右に。
「あ、あーそっか、今日は私がここ使って良いって約束だっけ。わざわざ運んでくれたんだ、わーありがとうめりーおやすみなさい」
見に迫る明確な危険を感じ、一息でメリーへの別れの言葉を言い切り、置いてあった低反発枕を頭の上に被って現実逃避しようとする。人間、恐怖に直面すると腰が抜けるっていうけど、どうやらあれは嘘や迷信ではなかったらしい。だって、本当に動かない。
「ふふ、急がなくても、夜は長いわ。ね、蓮子?」
猫なで声を纏わせながらメリーが覆いかぶさってきて、滑らかな動作で私の服に手をかける。きっとまだ私が寝巻に着替えてないからに違いない。わざわざ着替えさせてくれるなんてメリーは良くできた子だなー、友人として誇れるようん。
「あの、ですねメリーさん」
「なにかしら蓮子」
笑顔が素敵です。素敵すぎてもう怖いくらいです。っていうか絶対怒ってる!これ絶対根に持ってるよ。
「許してくれると嬉しい、かなーなんて……思ったりしてみちゃったり」
「うふふ、蓮子は……どっちだと思う?」
こうして私たちは家族になった。子供も二人、双子の女の子。生まれるときはおんぎゃあと私の中から元気よく飛び出して来た。今でもあの時の痛みと喜びは覚えている。
新居は買わずにメリーの家で4人暮らし。最近メリーが仕事で疲れているといっていたから労ってあげようと思う。あー、早く帰ってこないかな、メリー。
そんな月曜日の昼、今日も私は元気です。元気です。
なかった
いい雰囲気でした
宇佐見
んん?
んんん?
問題なんてなかった。
この蓮子はいじらしいw
楽しませていただきましたー
しているんですかーやったー
幸せならおk
とりあえず蓮メリちゅっちゅという事は分かったよ
不正は確かになかった
ともあれご出産おめでとうございます。
甘ぇ・・・口から砂糖が・・・
あえて細かい点を指摘するなら、会話や風景描写に少しくどく感じる部分やわかり辛い点がありました。同じようなニュアンスの言葉が重複している部分があったので、少し文章を削るか整理すれば更にテンポ良く読める気がします。
期待を込めて80点で失礼します。
どう見ても結婚してます、本当にありが……マジで結婚しやがった……
なんだ、俺がおかしいのか。
不正なんて無かったな。
>事にに気が付いた
事に気がついた
>しそうなのをを我慢してるみたいな表情
しそうなのを我慢してるみたいな表情
俺はお前らもう結婚してしまえと途中で思っていたらあいつら本当に結婚しやがった…!!
ご結婚おめでとうございます。
文脈的にここはメリーではなかろうか?
至って自然な蓮メリだ。なにもおかしなところなどない
だがどうしてこうなったwww
――いや、気のせいだった。何も問題無い。
面白かったです。
いや、何でもないんだ。不正なんてなかった。
問題なしの蓮メリちゅっちゅでした。