Coolier - 新生・東方創想話

テニスの王女様達へ3

2011/04/10 00:16:52
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 いよいよ大会の日を迎えた。初戦の相手は妹紅や咲夜をはじめとした
幻想郷でも実力者の集まりだが魔界一同の顔に一片の恐れはない。むしろ早く暴れたいという感情を
顔に出している者までいるぐらいだ。彼女らが試合を行うのは竹林の傍のテニスコート。大会のために即行で
作られたもので、紫や聖らが手掛けたおかげで相当頑丈に作られている。ちょっとやそっとではコートに穴も開かず、柵を破ることもないという折り込み付きだ。今回出番のないアリスは柵の外からみんなの試合を観戦することになっている。

 「アリスのお姉さん達ってどれぐらい強いの?」
 応援に来てくれたメディスンの問いかけにアリスは少し考えてから答えた。
 「みんな、私が憧れて目標にしているの。強く、優しいお姉ちゃん達よ。見てればわかるわ」
 
 「第一試合シングルス1、サラ選手対妹紅選手の試合を開始します!」
 上下をジャージに包んだ、ピンクのツインテールの少女が叫ぶ。今回、特別に将来の閻魔候補生達を
映姫が審判として呼んでいる。こういった経験もいずれはきっと生かされると真剣に語っていた映姫であるが、
彼女は彼女でこれを楽しんでいるようにもみえる。
 コイントスを終え、ネットを挟んで向かい合う二人が握手を終て下がっていく。サーバーは妹紅のようだ。何度かボールを跳ねさせ、動作を止める。
 
 (魔界人ねぇ……まずは小手調べといこうか)
 ボールを上げ、ラケットを持つ腕に力を込める。次第にその腕は熱を帯び、やがて赤く燃え上がる。
 「炎!?」
 サラが一瞬目を奪われた。その一瞬。
 「はぁっ!」
 ガットの中心に吸い込まれ、打ち出されるボール。飛んでくる打球から段々と煙が立ち込めてきて、
やがて紅蓮の炎に包まれて唸り声に近い音を立ててサービスラインの中央に吸い込まれていく。
 「……くっ!」
 火球となったボールに気を取られたわずかな時間が命取り。慌てて打ち返しに入るがボールを捉えるよりも早く
ボールは柵へと突き刺さる。妹紅のサービスエースだ。
 「15-0!」
 審判の声が響き、相手ベンチから歓声が沸く。サラは妹紅を一瞥し、構え直す。ベンチからは誰も微動だにしない。この試合はあくまでもサラに一存するというのだろう。
 再び炎の灯ったサーブが放たれるが今度はサラも照準を合わせ、フォアハンドで打ち返し、コート中央に素早く移動して腰を落とす。
 「たぁっ!」
 右方向へ打たれた打球に再び炎が灯る。打つ打球には全て炎がつくのか、とサラは小さく舌打ちをし、さっきよりも力を込めて打ち返した。
 (――熱っ!)
 先ほどよりも明らかにボールの熱が上がっている。常人ならばまず炎の熱さで打ち返すこともできないだろう。
 そして同時に、長期戦は危険だと感じた。
 「……おい、マイ。これは……」
 「ああ。ラリーを続けるとサラが不利になる」
 ユキとマイの不安は的中し、サラが打ち返す度、ラリーが続いていく妹紅の打つボールの炎は大きくなり、熱、そして重みが増す。打ち返すラケット、そしてサラの腕にも当然負担がかかり、次第に表情が歪んでいく。
 「そらっ!」
 頃合いと判断したのか。妹紅はラケットを炎をラケットに込め、ガットを燃やし、フルパワーでサラめがけて打ち返した。
 「――っ!!」
 打ち返そうと回り込み、腕を振ろうとするサラだったがラリーを続けて負担を重ねた腕は思うよりも動きが鈍り、結果的にボールを捉えることができず決められてしまう。
 「30-0!」
 その後も容赦なく炎のサーブを放つ妹紅を見て、ルイズが呟く。
 「不死鳥……か」
 何度息の根を止めても蘇り、その度に炎を燃え上がらせて敵を震え上がらせる不死の鳥。アリスの話を聞く限りなら、これはとんでもない存在がいるものだと内心舌を巻く。
 その後も妹紅の猛攻は続き、サラが1ポイントも取れずにあっさりと2ゲームを取られてしまう。
 「ね、ねえアリス。このままだと……」
 メディスンが不安げに見つめてくるが、アリスには不安よりも疑問の感情が先に到来していた。確かに妹紅は強い。火球の炎はますます威力を増し、コートのあちこちにも軽い焦げた跡ができている。この程度の損害で済むほどのコートの頑丈さ(ネットに至っては無傷)驚くが、何も声をかけない自分のベンチにも何を考えているのかわからない。と思っているとそこでようやく神綺が立ち上がる。ちょうど、3ゲーム目を取られたところであった。

 「……サラちゃん、あんまりアリスちゃんを心配させるものではないわ。それにあなたも火傷とかしたら悲しいもの」
 ハラハラした様子で見守るアリスに聞こえないように小声で注意を促し、サラも頭を下げた。
 「いや、ごめん。でもあいつが予想以上に強くて戸惑った面もあって……なあに、ここから魔界の斉天大聖と呼ばれた私の本気を――」
 「誰が呼んだっつーの」
 マイが唇をとがらせて悪態をつく。アリスをチラチラ見ている素振りから、神綺も言った「アリスを心配させるな」を訴えているようでもある。
 「それに斉天大聖とは天にも等しい大聖者という意味よ。我々魔界人には見当違いな称号ね。大方意味は知らないでかっこいいからなんとなくつけてみただけなんでしょうけど」
 ルイズの言葉に頭を掻いて小さく唸るサラ。図星のようだ。これにユキが手を叩いて大笑いし、マイも意地の悪い笑みで返す。
 「だーっ! わかったわかった! もう様子見は終わり、いってきます!」
 顔を真っ赤にしてそそくさと逃げるようにベンチを離れていく。会話が聞こえなかったアリスにはみんなのやりとりがよくわからず、メディスン共々首を傾げるばかりであった。

 サーバーはサラ。すー、はーと息を整え、まっすぐ妹紅を見据える。相手は少し肩を上下させながらも、どこか余裕を漂わせている。
 「――?」
 そこでアリスが違和感に気づく。わずかだが肩で息をする妹紅。そして汗ひとつかいていないサラ。確かに強烈なショットやサーブ等を多発はしているが……サラにしたって、1ポイントも取れずに3ゲーム取られているにも関わらず表情に焦りはない。
 「まさか……?」
 「さ、いこーか」
 自分に言い聞かせるように言葉を放った後、ボールを放り、サーブを叩き込む。そしてすぐにコート中央に移動して身構える。小刻みに足をステップさせ、相手のレシーブを待つ。妹紅はこれまで同様に火球ショットで返そうと腕に力を込めて打ち返すが、その顔が僅かに歪んだ。
 「くっ!」
 サーブの威力が増している。前半はわざと弱めていたのか? 一方的な展開でほんのわずかにできていた心の隙を狙い澄ましたかのようなサーブ、
なんとか打ち返したが力に押されて結果的に打球はフラフラと宙に舞い絶好のロブを上げてしまう。サラが素早く反応し、地を蹴ってスマッシュの態勢に入り、強烈なスマッシュを妹紅の後方に叩き込んだ。
 「0-15!」
 ここでようやくサラがポイントを取ると、ベンチも安堵したように小さく頷き合っている。
 「見ていなさい、アリス」
 サラの試合を見守りながら、外にいるアリスにルイズが声をかけた。
 「ここからがあの子の――サラの本領発揮よ」

 サラの弾幕の腕前は正直言えば大したことはない。もしも弾幕ごっこの勝負であったら数分も経たないうちに敗北していたことだろう。実際、アリスは弾幕を覚えたらあっさりと追い抜いていた。弾幕の腕だけを見るのならば、どうしてそのような者を門番に配置したのだろうと言う者も出てくるだろう。
 だが、門番とは何も弾幕だけで決められるものではない。それは身体能力だ。
 「……単純な運動神経、体力は私でも敵わない」
 魔界一の実力者、夢子も認めている。そもそも彼女ら魔界人はそれぞれの得意不得意を埋めるように特性が違っているのだ。
サラは何日も不眠不休で門の前に立ち、見張りをこなせる。彼女曰くその気になれば10年はずっと仁王立ち。していられるとのこと。
 つまりは圧倒的なスタミナとタフネスさが彼女の武器。その証拠に、息が上がっていく妹紅とは正反対にサラの動きは活性化し、どんなショット、スマッシュにも追いつき、打ち返してくる。長引けば長引くほど疲労が募るのを恐れて一気に決めようと力むと打球が逸れてアウトになって逆に
自滅していく。なまじ序盤に果敢に攻めていったものだから疲労の蓄積は予想よりも早く、妹紅の動きを鈍らせていた。蓬莱人で不死といっても、体力まで無限にあるわけではない。むしろテニスは殺し合いではないのでリザレクションなどできず、彼女の最大のアドバンテージ自体がそもそも機能していないのだ。
 「ゲームサラ! 5-3!」
 試合も完全に逆転し、とうとうあと1ゲーム取ればサラの勝利というところまで来た。それでもサラの顔に疲労の色はない。対する妹紅は疲労困憊の様子で、勝敗は目に見えて明らかであった。しかし、彼女の目はまだ死んでいない。キッと鋭くサラを見据え、ボールを上げる。ジャンピングサーブ? いや、それだけではない。体中から燃え盛る炎、両腕は翼の如く広がり、ラケットが嘴のように尖りだし、徐々に彼女の姿も変貌していく。死の淵から何度も蘇り、羽ばたく。まさに鳳凰。起死回生を狙うとっておきの必殺技をお見舞いするつもりか。スタミナ配分は一切考えず、ただこの一打に全てを込める。
 「――いいわ、来なさい」
 だからこそサラも正面から受け止めるつもりだ。高く舞った鳳凰の嘴がボールに触れると、妹紅の体からボールへと乗り移り、一直線にサラへと飛んでいく。
 「サラお姉ちゃんっ!」
 アリスが網を乱暴に掴み叫ぶ。あれほどの炎を正面から受けるなんて危険だ。それにゲーム差もあるし相手はもう遮二無二打ちに行くしかないから打たせるだけ打たせてスタミナ切れを狙うのが安全な勝ち方だ。だがルイズが左手を伸ばしアリスを制す。
 「いいのよアリス。サラを信じなさい」
 
 サラはじり、と後方に下がり、鳳凰と対峙。紅蓮の火鳥がラインへ向かうのに合わせて走り出し、走ったまま打つ体制に入る。そしてぐるんとラケットを持つ右腕を回転させると構えを取り、そのままレシーブに入った。
 「……!?」
 サーブを終え着地した妹紅は目を疑った。サラが腕を回転させながら打ち返しに入ると、大人の人間ほどの大きさはあった鳳凰がみるみる炎を弱めていく。頭身、羽根とみるみるかき消されていき、遂に普通のボールへと姿を戻してしまったのだ。呆気に取られている彼女を尻目にサラは勢いを無くしたボールを横に切るように打ち、打球をスライスさせコートに決め込んだ。スイングに回転の勢いを付けることにより打ち返す力が増し、なおかつ回転が巻き起こした風により炎を消した。これによりこの試合の雌雄は完全に決した。
 「ゲームセット! 6-3、サラ!」
 慧音にタオルをかけられ肩を落としながら歩く妹紅。
 大きく息を吐き、右腕を高く掲げてみんなのもとに帰るサラ。
 こうして第一試合はサラが制した。



 ベンチに戻ったサラに一同が声をかける。ユキやマイは軽口を言い、ルイズと夢子が普通にねぎらいの言葉を。
 「お疲れ様、サラちゃん。どこか火傷してない?」
 そう言う神綺の横にはさっきまで置いていなかった救急箱が。いつの間にか用意してきたのだろう、顔は穏やかに微笑んでいるが内心は心配で仕方がないのが見てわかり、サラは笑顔で問題ないと答えた。そして最後にアリスへ向けてガッツポーズをし、アピール。姉の無事な姿を見て、ようやくアリスもほっと胸を撫で下ろしたようだ。そこへ第二試合の始まりを主人が唱え、ユキとマイがコートを向いた。
 「アリス、五色の魔法は覚えているよな?」
 背中越しに届くユキの言葉。
 「うん。二人に教えられたんだもの、忘れるわけがないわ」
 青の魔法、赤の魔法、紫の魔法、黄の魔法、緑の魔法。かつてこの二人に教え込まれた五つの色の魔法。これをはじめとして様々な魔法の基礎はこの二人によって徹底的に叩き込まれ、それにより人形を駆使した魔法もうまく使えるようになっている。いわばアリスの魔法の師匠といって過言ではない。そんな二人が次のダブルスに臨む。
 アリスの言葉を受け、二人がふっと微笑んだ。マイに至っては軽く鼻をすすっている。姉としてこれ以上ない幸福感に包まれているのだろうということがベンチの誰もが察知していた。
 「アリス」
 マイが声を震わせる。振り向いてしまえばきっと今にも泣きそうな顔をアリスに見られてしまう。だからユキも彼女に合わせて黙って背中を向けた。
 「この大会中に……教えきれなかった全てを見せる」
 「マイお姉ちゃん……」
 「よっしゃ、見てな。まだまだ私達も現役だってこと見せてやるぜ!」
 マイが拳を振り上げ、コートへと進んでいく。メディスンがアリスの顔をそっと覗きこむ。嬉しい、わくわくしているとか、そういった感情をごちゃ混ぜにしたような、とにかく敬意の眼差しで、胸のあたりで両手を握り、二人の背中を追っている。大抵の連中は
いつも冷静なアリスがここまでときめいた様子を見せたら驚くであろう。だがメディスンは違う。この表情のアリスを知っている。故郷の家族の思い出を話している時、ずっとこのような笑みを浮かべて嬉しそうに話し続けていたから。
 (よかったね、アリス。大好きな家族のみんなといられて……)
 すっかり盛り上がっている相手陣地、試合相手を見て鈴仙がぽつり。
 「……私達完全に引き立て役よね?」
 これに妖夢は首を振る。
 「……いえ、むしろ空気になりつつありますよ」
 試合になれば本気で臨む。しかし、少々逃げ出したくなる二人であった。
 しかし無情にも試合開始のコールが叫ばれ、ユキ・マイと鈴仙・妖夢によるダブルスの試合はスタートしたのであった。

 「いっくぜー!」
 気合一閃、ユキがファーストサーブをぶち込み、一気に前へ走り出す。それなりの速度ではあるが、この程度なら打ち返せる、と妖夢が打ち返そうとラケットを振ろうとする……が。
 「……っ!?」
 ボールが左右にくねり出す。そして軌道は本来打ち返すであろうコースから右に逸れ、妖夢のラケットが
空を切った。
 「15-0!」
 「うしっ!」
 ユキが小さくガッツポーズ。相手の気合を削ぐようなサービスエースだ。本来ならもっと威力のある魔法も扱える彼女達だが、こういったしたたかさも兼ね備えている。
 「なっ? ああいう単純そうなのには真っ直ぐより変化球だって言っただろ?」
 相手側に聞こえないように、マイが耳打ちした。相手ペアの特徴についてはアリスから話を聞いていて、妖夢か鈴仙どちらが先にレシーバーになるかでファーストサーブをどうするかを試合前に打ち合わせしていたのだ。普段は正反対の性格でことあるごとに意見の対立で衝突しがちな二人だが、いざコンビを組めば恐ろしいまでの連携を発揮する。アリスは幻想郷に来て魔理沙やパチュリー、聖といった魔法使い達を見てきたが、彼女らと比較しても二人は引けを取らないと確信している。
 「まだまだ私はお姉ちゃん達に敵わないわ」
 二人の背中を見つめながら、アリスには幼い頃、魔導書を抱えて胸を高鳴らせながら二人のある時には派手で、またある時は念密に練りこまれた完成度の高い魔法を見ていた自分の姿を思い浮かべていた。
 そこへユキの声が響いた。
 「アリス、今のはどの魔法を使ったと思う?」
 心なしか、幼少期のような、ちょっとした先生気取りのような自慢げな口調。神綺がクスクスと笑う。脳裏に姉妹の微笑ましいやりとりが浮かんでいるのだろう。
 「……黄の魔法」
 テニスの試合用に仕上げたのだろうが、左右に動き出すのは五色の魔法では黄のみだ。最初の軌道だけなら難なく打ち返せるであろう
スピードのサーブだから当然打ち返すのに力が入る。その乗り気をおちょくるように左右に揺れ動き、そして打ち返すポイントから逸れる。
 肩透かしを食らわせるのには十分なサーブだ。二人の思惑通り相手ペアは渋い顔を浮かべ、頭を掻いている。これで次のレシーブ時にはあのサーブも頭に入り、狙いが絞りづらくなるはずだ。ユキが帽子をかぶり直し、マイがリボンのズレを直した。無言の正解。
 「どんどん行かせてもらおうかい」
 今度はマイがサーバー。さっきのユキと同じ軌道のサーブだ。
 (また……左右に揺れている。スピードはそこまでじゃない、しっかりボールを見極めれば――)
 先ほどのサーブのイメージが脳裏に浮かぶ。だがこれこそが二人の狙い。サーブが入る瞬間にボールが薄らと青く光った。
すると、不意にスピードが上がり、まっすぐにコートに突き刺さり、鈴仙は反応できずに見送ってしまった。
 「30-0!」
 「凄い……。最初は黄の魔法を使ったのに。途中で青の魔法に切り替えている。二つの――」
 「魔法を完全に使い分けている、ということね」
 アリスが続けようとした言葉を、背後の何者かが引き継いだ。驚き振り向くと、本を片手に目を細くするパチュリーと、日傘を差して佇むレミリアの姿が。確か、二人のチームはそれぞれシードを引き当てたから試合はない。なるほど、敵情視察ということか。
 「そうよ。私に魔法を教え込んでくれたお姉ちゃん達ですもの、まだまだこんなものではないわ」
 むきゅ、と唸るパチュリー。そこへメディスンが口を挟んだ。
 「でも鈴仙、どうして狂気の瞳を発動させないのかしら? 何か策でも――」
 いいや、とレミリアが首を振る。
 「使ってるよ。おそらくはずっと前から」
 今度はアリス達が驚く番であった。
 「えっ?」

 (どうして……?)
 どうにかラリーを続けながら、鈴仙は焦っていた。何度も目が合った。その都度力を発動させた。相手の波長を狂わせ、平常心を奪い、動きさえも制限してしまう。――はずなのに。この二人は全く意に介した様子もなく、次々と打ちこんでくる。
 複数の色の魔法を混ぜた複雑な軌道のボールは妖夢の優れた瞬発力をも惑わし、ラケットが空を切ったり、タイミングを外されて強力なショットが打てず、イージーショットになったりロブを上げてしまうのだ。完全に自分達の長所が封じられ、相手のペースにはまっている。
 「魔界のみんなは狂気に耐性がついているのかしら?」
 メディスンの疑問にもアリスは答えるのに躊躇した。そういう話は聞いたことがない。
 もう一度、サーブを打つ前に鈴仙はレシーバーのマイを見つめ、瞳の力を発動させる。今度こそは――と集中力を高め、一心に。……それを知っているように、マイがニヤッと笑った。
 「あっ――」
 そこでハッとする。レミリアとパチュリーも一瞬目を見開く。メディスン以外、みんな気づいたようである。鈴仙と視線が合った瞬間、わずかであるがマイから魔力が発せられたのだ。それも、見たことのない……白い光。教えられた五色の魔法とはどれも似つかぬ魔法。アリスも初めて見る魔法だ。
 「うーん、やっぱり魔界じゃないと完全には使途できないみたいね。それでも気づいたのは見事よ」
 ルイズがアリス達の方へ振り向く。含んだ笑いを浮かべて――いや、彼女は割といつもこんな顔であるが。しかし今回はおふざけはなさそうである。
 「あれがマイのとっておきの魔法、『白の魔法』。一時的にあらゆる異常に対して耐性がつき、無効化する。あらゆるものを白く溶かして自らの体を毒されない――純白のままであり続けられる魔法。あの鈴仙って子の能力を聞いた時点でマイはこれを使うのを視野に置いていた。相手に悟られないようにほんの一瞬だけ発動させてたみたいだけど、やっぱりユキの分にまで魔力を回していたから完全に悟らせないのは至難の業だったみたい」
 そういえば、ユキが鈴仙と自然が合う瞬間、マイがちらりと横目で見ていた。そして小さく口を動かしていたかもしれない。もしやあれはスペルを詠唱していたのだろうか? しかしそれでも一瞬の時間、タイミングだ。
 「魔力もさることながら、相手とパートナーに対する視野の広さ。即行で詠唱できるセンス。どれも抜きんでている。それに相手ペアも決して弱くはない二人。……もしかしたらパートナーの方も彼女が魔法を発動させるタイミングに合わせて視線を合わせている
のかもしれないわね」
 帽子のズレを直しながらパチュリーがそれっぽく解説する。伊達に百年ほど魔女はやっていない、魔法使いとしての経験はアリスよりも上なだけに説得力もある。
 「ちなみにあれはマイのみが使える魔法。ユキには使えない。しかしその逆も然り」
 サラが補足する。
 「二人の服装を見てみな。白と黒、だろ? 当然白い魔法があるのなら逆の……黒の魔法も存在するわけさ」
 「――ということはあのペアはまだまだ本気ではないわけか」
 ふむ、と傘くるくる回しながらレミリアがぼやく。それほど関心がなさそうに見えるし、わざとにも見える素振り、早い話心情が読めない。しかし一言。
 「まあ私が興味あるのは次の試合なんだけどね。咲夜と……夢子っていう赤いメイドだっけ? 実はうちのメイド達にちょっとしたファンクラブのような集まりができちゃって、どんな子なのか気になったんだよ」
 メイド達に留守を頼むのに少々骨が折れた……と、ちょっぴり苦笑い気味に話した。噂のメイドと自分達のメイド長が顔を合わせるなんて夢のような光景、今頃仕事中も気になって皿の五枚は割っているかもしれないな……とも付け加えて。

 結局その後、1ゲーム取られたものの6-1でユキ・マイペアが圧勝した。「最後までかませだった……」と嘆く妖夢達の言葉が空しく響き渡る。しかしその嘆きも最後の試合の対戦カードによって完全に埋もれ去ったのだった。
 「お姉ちゃん達、お疲れ様。凄かった……」
 「アリス、まだまだだぜ。この大会中に、私達の全てをお前に見せてやる」
 意味深なユキの言葉に疑問を投げかける前に、周囲の歓声に視線がコートに向かう。最後の試合に臨む両者が早くも対峙していたからである。
 「……夢子様ですね? 紅魔館のメイド長、十六夜咲夜と申します。先日はうちのメイド達に色々と親切な言葉をかけていただいたようで……」
 「……いい目をしてるわね」
 深々と頭を下げる咲夜に、夢子が呟いた。思わず顔を上げる咲夜。まさか自分が褒められるとは想定外だったのだろう。しかし夢子本人の表情はいたって真剣そのものなのでさらにたじろいでしまう。いやいや、まだ戦う前から物怖じしてはいけない。
 「ありがとうございます。胸を借りるつもりで挑ませてもらいますわ」
 背中を向けてベースラインまで下がる咲夜の姿を見て、人間の身で、しかも若いのによくぞあそこまでの気品と風格を身に着けたものだ、と夢子は内心で拍手を送っていた。ならばその全力を正面から受けなければ。
 「いよいよ、ね」
 レミリアの目つきが変わる。果たして噂で聞いた魔界の強いメイドとはどんなものなのか。咲夜はその相手にどこまでやれるのか。楽しみやら心配やらがごちゃ混ぜになったような感情を胸に押し込めながら、じっと見守る。それはアリスも同じだった。他の姉妹達も何も
言わないではいるが、アリスが一番追いかけていた目標が夢子なのはわかっていたので、この試合の重要性を知っている。
 「それは夢子ちゃんも同じなんでしょうけど。……ふふ」

 夢子のサーブを咲夜が難なくレシーブし、夢子もお返しとばかりに勢いを増して咲夜に返す。それをクロスボールで返し、抜けたかと一部の観客が騒ぎ出す。――が。
 あっさりと夢子は追いつくと、ストレートに返し先制する。次もしばらくラリーを続けた後にアングルボレーを決めた。ここで咲夜が必殺技に出る。
 30-0で迎え、レシーブを夢子が打ち返した瞬間、素早く回り込みバックハンドで鋭いナイフのような……いや、見る者によっては弾道がナイフに見えるショットで打ち返し、夢子の脇を抜け後方に決まる。
 「……」
 鋭いバックショット。鋭利な刃物のようなキレを持ち、実際に触れるとナイフで切られたような傷ができる。それはまるで人々を恐怖に陥れた殺人鬼、切り裂きジャックがナイフを振るったかのごとく。
 「ジャックナイフ……なんてね」
 弾道を見たレミリアがそう名付ける。誰もつっこむ者はいない。その後もジャックナイフでポイントを連取し、あっさりと同点に追いついた。だが夢子に焦りはない。
 「いいショットを打つ」
 「……どうも」
 再びジャックナイフを放つ咲夜。今度はライン後方を狙いに定めて振りぬく――寸前。
 ぞくり、と背中に冷たいものが走る。それは殺人鬼に――いや、もっと恐ろしい、殺意の塊に睨みつけられたかのような恐怖。それでもどうにか狙い通りのコースに打つが――そこにはまるで最初からそこにいたように、夢子が構えて待っていた。
 (いつの間に――!?)
 立ちふさがるものを貫かんばかりに鋭く迫るボールにも夢子は動じず、正面から打ち返す。咲夜のジャックナイフよりも鋭く、空気さえも切り裂くのではないかという打球が咲夜を横切り、コートに突き刺さった。
 「切り裂きジャックとは……何とも恐ろしい響きだわね。でも所詮はその殺人鬼も人間。うちの夢子は魔の世界で一番の戦闘力を持つ子よ?」
 ルイズが言う。普通に挑んでいてはあの鋭さでガットも切られてしまう可能性が高い。だが夢子ほどの強さならばこちらも鋭くなるように打ち返すことでガットを守り、なおかつさらに鋭い打球を返すことが可能だ。身体能力での差は歴然、その後も夢子が怒涛のように攻め、4ゲームを摂取。さしずめ咲夜がナイフなら夢子は大剣、パワーも切れ味も格段に違い、観戦していたレミリアの表情にも余裕が消える。テニスでの動きとはいえ、
夢子の強さの片鱗が嫌というほど身に染みてきている証拠だ。
 (……咲夜)
 「はあ、はぁ……格上とは思ってましたが……ここまでとは……」
 肩を上下させ、息を吐く。最初に顔を合わせた瞬間から風格は感じていた。部下のメイド達がなぜあそこまで憧れを抱いたのかもわかる。ボールを追う姿、捉える姿、サーブの姿勢、打つ体勢……どれを見ても乱れがない優雅な振る舞い。凛とした瞳。自分もこういう形でなかったら紅茶を飲みながらメイド談義を交わして彼女の話に耳を傾けていたかった。
 しかしだからこそ、この人に全てをぶつけてみたい。そうも思う。
 「ゲーム夢子、5-0!」
 
 とうとうあと1ゲームで試合が決まる場面まで来た。だがレミリアとパチュリーは顔を伏せようとはしない。最後まで彼女の戦いぶりを見届ける。それが務めだという自負。
 ちらりと横目でレミリアを窺う咲夜。ここまで一方的にやられている姿を見せてしまい申し訳ないという気持が湧くが、それよりも今は目の前のこのメイドとしての大先輩に自分の全てを見せて、ぶつけたいという昂ぶりが勝っていた。まだまだ自分も未熟だな、と思いながらも。
 夢子がサーブを入れる。予めやや後方に下がっていたのでこれを前進しながら打ち返す。ネットプレーに移行するために前進しながら打つ、アプローチショットでもある。
 当然夢子は走り出す咲夜の逆のコースを狙いショットを打った、しかし。
 完全に届かないコースを狙ったはずなのに、なぜか咲夜がそこにいた。そして打ち返す。すると今度は自分の後方にボールが叩きつけられる音が聞こえて、ポイントを取られていた。今度はスピードとパワーを増したサーブを放つが、それも気づかぬうちに返され、手の届かないコースへとボールが飛んでいく。瞬間移動? いいや違う。まるで――。
 (テニスの試合で時間を止める――スポーツ的に考えれば非道この上ないでしょうね。でも――)
 自分の持てる力、精神を注ぎ込み能力を発動させる。たとえここで1ゲーム取れたとしても、逆転する前に力尽きるであろう。それでも止めない。
 「0-30!」
 もう一度決めれば1ゲーム取れる。今まで以上に集中力が増し、全神経が夢子の動きに注がれる。サーブが決まる。打ち返す。夢子が中央目がけて打ち込む。ボールがコートに入った瞬間に時間を止める。この間だけは自分だけの世界が展開される。死角を探す。ベースラインの右端。
 宙で停止したままのボールをそこに目がけ、全力のジャックナイフで狙い撃つ。そして時間は動き出す。
 「――なっ!?」
 動き出した世界で、夢子はジャックナイフを正面に見据えるように佇んでいた。まさに瞬間移動と見紛うほどの高速移動。
 「さすが夢子姉さんだ。もう相手の技に慣れた」
 サラの言葉通りだ。相手の能力。そしてボールが決まるまでの時間。咲夜の能力が解けると同時に瞬時に移動し、がっちりとボールを捉える。乾いた音とともに呆気にとられる咲夜の横をボールが過ぎていく。
 「15-30!」
 (時間を止めても、それ以上に素早く動いて対応するなんて……)
 意気消沈する咲夜をよそに、試合は無情にも続いてくる。今度はサーブを連続で決められあっさりと同点に追いつかれ、デュース後にも1ポイント取られてとうとう夢子のマッチポイントを迎えてしまう。

 「咲夜!」
 自分の能力を破られ、完全に意気消沈していた咲夜がびくっと震えた。レミリアだ。
 「全部をぶつけるんじゃなかったのか? そんなヤワな子をメイド長にした覚えはないぞ」
 「お嬢様……」
 夢子との試合が決まった時、全てをぶつけていきたいと言った自分に「思い切りやってこい」と言った主。多くのメイド達の中心に立ち、そして紅魔館の主であるレミリアの従者としてしなければならないこと……自分で勝手に限界を作り、諦めてしまうなんてあるまじき姿であった。
 (今だけは……瀟洒でなくてもいい。お嬢様達を失望させないために……紅魔館の名を汚すような、無様な姿だけは見せてはならないわ)
 夢子も咲夜の変化に気づき、一瞬だけ目を止めた。そこで改めて咲夜に敬意を感じつつ、サーブをぶち込む。
 「はぁっ!」
 声を上げながらジャックナイフで返す。今までのよりもさらに切れが増しているのがわかる。返した夢子はラケットを持つ右手に痺れを感じて初めて顔を歪ませた。返したボールにも勢いはなく、力負けしていることは明白。続けざまに夢子に向けて鋭いショットを返し、すると夢子がラケットを左手に持ち替えた。
 「夢子が本気を!?」
 ルイズが声を上げる。パワーを込めやすい左でのショットは右で打つのに比べるとコントロールが下がり、なおかつ負担も増すので強者と認めた相手にしか披露することはない。つまり、夢子は認めたのだ、咲夜を。だからこそ全力で潰す。
 先ほどよりも速く、重いショット。しかしもう能力を発動させている余力はない。それでも咲夜はボールに向かい駆け出す。
 「まだまだ――っ!」
 体を宙に投げ出し、ボールに飛びつくようにラケットを伸ばす。あと少し――!
 ガッ。
 ラケットの先端にボールが当たるが、そのまま勢いを止めることなく通り抜ける。足やら腕が痛い。当然だ、
飛び込んだのだから。しかし、妙にすっきりとしていた。
 「ゲームセット! 6-0、夢子!」
 ゲームセットが告げられ、コート中が大歓声に包まれる。夢子は咲夜のもとへ駆け寄り、そっと引き起こした。
 「大丈夫?」
 試合の時とは打って変わり、本当に心配そうな表情を浮かべているというギャップが妙に可笑しくて、
くすっと笑う。
 「はい、大丈夫です。……もしよろしければ一回コーチに来てくれませんか? みんなも喜ぶでしょうし、
夢子様のお話、色々と聞いてみたいのです」
 「ええ。その時はあなたの淹れたとっておきの紅茶をご馳走になるわ」
 柔和に微笑む夢子と咲夜。少し拗ねたように頬を膨らますレミリアをよそに、いつまでも歓声と拍手の音は止まなかった。










 舞台は変わり、妖怪の山付近のテニスコートにて。秋穣子、静葉の姉妹はメラメラと背中に炎を燃やしていた(あくまでもイメージです)。
 この日のために辛い特訓をこなしてきた。地味’Sという不名誉な称号で呼ばれるのにも耐え忍び、ダブルスの完成度を磨き上げた。秋でなくてもやれるもんはやれるのだというところを見せて改めて自分達は凄いんだぞと世間を見返すのに絶好の機会。
 「さあ、今日から始まる私達の栄光のロードの最初の踏み台になるのはどこのどいつだ―?」

 「それではこれより秋穣子・静葉ペアと霊烏路空・星熊勇儀ペアの試合を始めます!」

 「行くわよ穣子、特訓の成果を見せるわ!」
 「がってんお姉ちゃん! うおっしゃー!」
 「うにゅ……何かあの二人すごい気合を感じるー」
 「ふふん、いいじゃないか。むしろ臨むところさね」
 両ペアがネット前で互いを見つめ合う。戦地に赴くような勇敢な瞳を光らせる秋姉妹に相手ペアだけでなく
両方のチームも感嘆の声を上げていた。
 ――この試合、もしかしたら荒れるかもしれない。
 誰もが注目する中、静葉がゆっくりと口を開いた。








































 「すみません、棄権します。お腹が痛いので――」








































          おまけ ギャラリー
 ・どんな絵かはみなさんの想像力にかなり委ねます


         『秋の心はデンジャラス』
 銀華中のユニ姿で秋の夕日の下、畑に座り汗を拭く秋姉妹。個人的に秋姉妹は好き。銀華ぐらいに。


         『憧れの先輩』
 夢子にお姫様抱っこされて顔を真っ赤にする乙女な咲夜さん。背景では妖精メイド達が黄色い声を上げて、
美鈴とレミリアが横で腕を組んで唸っています。いつか夢子さんと咲夜さんで一本書いてみたいです。


         『これが魔界姉妹なのだ!』
 青学ジャージ姿で集合する魔界姉妹。あえてアリスにリョーマの帽子を被らせ、不敵に笑わせてみました。
ロリスの性格のまま成長したら案外リョーマみたいな生意気で自信家になってたかもしれないね。


         『メディスンの恋の抑止力』
 鈴蘭畑をバックにパスの制服姿で指でハートマークを作りかわいらしく微笑むメディスン。
この曲とPV見て聞いた瞬間にこの絵が思いつきました。「恋を知ったメディスン」を想像して脳内で振付までマスターさせている自分キモイです。「めーでぃ! めーでぃ!」という弾幕とともにメディスンにゆかりのあるキャラ達が叫ぶのも浮かんだけど完全なギャグ仕様という罠。


         『世界を変える出会い』
 アリス邸にて、ソファーで肩を並べるアリスとメディスンだが途中でアリスの肩にもたれて眠るメディに優しく微笑みながら頭を撫でるアリス。世界といっても幻想郷とか外の世界や魔界に影響があるわけでなく、あくまで彼女達二人の世界のことである。
 互いの出会いがそれぞれにどんな影響をもたらしたのか? そこから彼女たちはどんな道を歩んでいくのだろうか? この二人に関しては全く書いてて飽きないですね。
    

 
 

 
完全に月1ペースですね。ルールとかがもし間違ってたらごめんなさい。
おまけは『恋の抑止力』聴きながら作成してたので途中で思いつきました。この曲が似合う乙女な
メディスンも書いてみたいっすね。
テツ
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コメント



0.280簡易評価
4.50名前が無い程度の能力削除
なんというか・・・旧作無双だな
試合が圧倒的過ぎてつまらない
これじゃwin版のキャラがただの噛ませ犬だぜ・・・
9.60名前が無い程度の能力削除
悪くはないんだけど・・・確かに無双すぎるかな
13.70名前が無い程度の能力削除
夢子さんと咲夜さんで一本書いてみたいです――これ読んでみたいです。