[はじめに]
・長大になってしまったので連載モノの体裁を取らせていただきます。
・不定期更新予定。
・できるだけ原作設定準拠で進めておりますが、まれに筆者の独自設定・解釈が描写されていることがあります。あらかじめご注意下さい。
・基本的にはバトルモノです。
以上の点をご了承頂いた上、ぜひ読んでいってください。
前回 G-2 I-1 J-1 K-1
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【 I-2 】
妖怪の山の麓付近。そこは乱立する木々が月光から大地を隠し、一際に夜の闇を強めている。
だが、そんな森の中において一点、ほぼ円形に切り取られたように木々が無い場所があった。遠くから見れば、そこだけぽっかりと穴が開いたように見えるだろう。
それはもちろん自然現象によるものではなく、ひとりの妖怪の仕業によるもの。
そしてその下手人は今もまだそこにいて、新しい敵を見つけて、遊んでいた。
「つまーんなーい。あんなに強そうに登場したのに、てんで弱いってどうゆうことなのー?」
木々を薙ぎ倒してこのステージを作った張本人――フランドール・スカーレットは、中空に浮き、口を尖らせていた。
地に立つチルノ、レティ、ミスティアの三人は、揃ってフランを見上げている。
なし崩し的に結成された別組混成チームではあるが、元々付き合いのあるメンツによるチームだ。互いに出来ることを知り、それを生かすことのできるこの編成は、ここまで上手く機能していると言えた。
現に、開始して数合、襲い来る天衣無縫の力を前にしながらも、彼女たちはこうして生きて大地に立っている。
個別に見た時の能力差は明らかであり、タイミングがずれ、チルノとレティの二人で戦っていたとしても、おそらく今ほどは持たなかっただろう。
つまり―――言ってしまえば、彼女たちは三対一で戦ってやっと、現状を保つことが精一杯であった。
この狂気の吸血鬼の戦闘能力とは、それほどまでに圧倒的だった。
「――――バケモノだ――――――――」
ミスティアは小さくそう呟いていた。
自身も夜雀という妖怪であり、人間から見れば化物であることに違いは無い。
だが彼女が吐き捨てたかったのは、吸血鬼の持つ圧倒的な“力”そのもの。
幻想郷で大多数を占める“妖怪”というカテゴリー。
大別した場合、その中に“吸血鬼”という幻想も含まれている。が、その直接戦闘能力だけを見た場合、その能力値は、数多の“妖怪”たちとは格が違いすぎた。
攻撃力、体力、速力、etc……どれを取っても他多数の“妖怪”たちとは隔絶している。
しかも今夜は満月。吸血鬼が最も力を発揮し――最も残忍になる夜。その力はもはや、天災に近い。
そして極め付けはこのルール。
今回の“なんでも有りルール”のせいで、最強クラスの幻想である吸血鬼に勝ちうる唯一の決闘方法――“スペルカードルール”に持ち込むことが難しい。
こちらが仮に望んでも、あちらまで合わせてくれる義理は無い。
つまり今、この“化物”を倒す術はほとんど無いし、倒せる者も、いない。
「…………………………つまーんなーい」
フランが再び動き出す気配を見せる。
そのことを三人とも瞬時に悟る―――というよりも、無理矢理“意識させられる”。
フランがその気になっただけで、大気は震え、辺りを包む空気の質が入れ替わる。否が応にも、こちらの意識も戦闘用に切替えさせられる。
「つまんないから……あなたたちと遊ぶのはもういいや…………」
目の前の三人に対象を絞り、振り撒かれていただけの殺気が指向性を持つ。
それだけで刺し殺さんばかりの鋭さを帯びた殺意とともに、吸血鬼がゆっくりと動き出す。
「――ッ!チルノ!レティ!さっきのもう一回!合わせて!!」
「おう!」
「うん!」
フランの動き出しを受けて、三人は瞬時に別々の射撃位置を取った。
ひとりは上空、ひとりは中空、ひとりはそのまま地上に残り、作戦通りスペルを発動させる。
「寒符『リンガリングコールド』!」
「鷹符っ!『イルスタードダイブ』!」
空に陣取った二人が先制にスペルを放つ。
最上空のレティのスペルから降る弾が空間を埋め、そこに中段からのミスティアの使い魔が弾をばら撒きながらフラン目掛けて突っ込んでゆく。
「チルノ!!」
「おうさっ!」
チルノは手元にスペルカードを発現、そしてそれを高らかに宣誓する。
「凍符っ!『パーフェクトフリーズ』!いっけぇぇぇぇぇ!!」
ダメ押しのチルノの弾幕は、空の二人に比べれば微々たる量だった。
丸い弾たちが無造作にバラ撒かれてゆくというものだが、空間を埋め尽くすというほどは無く、フランから遠ざかってゆく弾さえある始末だ。
しかし本当の狙いは、弾幕の追加だけではない。
パキィィィィンッ!という音とともに、周囲を飛び交う弾ひとつひとつの動きが止まる。
チルノの弾はもちろん、先行して放たれたレティの弾、さらにミスティアの使い魔とその弾までもがが――瞬時にして凍結した。
それも束の間のみ。強制的に急ブレーキを掛けられ固まっていた弾たちは、すぐに再び動き出す。
だが、その軌跡は先程までとはまるで違っていた。
最初に放たれた時点では、弾は“弾幕”と呼ぶに相応しい規則性を持っていた。
それは優れた規則性を持っているが故に、いくら一度に二人分来ようが、避けることはできないでもない。
しかし今、強制的に停止・再動をさせられた弾たちは、全てが不規則な動きしかしていない。
一瞬先の弾の軌道さえも予測のつかないこの状況では、迂闊な動きが即被弾に繋がる。無数に飛び交う紙ふぶきを躱し続けるようなものである。全てを華麗に避けきることの至難さは想像に難くない。
弾幕勝負ではないため、一発二発当たったところで終わりにはならないが、それでも相手は簡単に近寄ってはこれなくなる。
吸血鬼相手に接近されたら――その時点で自分たちがゲームオーバーなのは火を見るより明らか。彼女たちはそれを防ぐための、考えうる最善の策を打っていた。互いの持つ技の特性を把握した上で編み出された、良い連携である。
この三人のコンビネーションこそが、目の前の吸血鬼に唯一勝っている要素であり、現に彼女たちは一度、この技での足止めに成功していた。
その時も大した傷は負わせていないが、仕方ない。元々能力差のある勝負だ。こうして有効な技を使い、ジワジワとでもダメージを与えてゆくしか道はない。
だが吸血鬼は――フランの“狂気”は――そんなささやかな攻撃で止まるほど大人しくは、無かった。
フランは位置を変えないまま、目の前を飛び交う弾たちをぼんやりと見つめ、右手に持った双頭の錫杖のようなものを振り上げる。
黒一色で余計な装飾は一切無く、途中でフニャリと柔らかく曲がっているにもかかわらず硬質的な印象を与えている。
“それ”は、ただ棒と言うだけでは形容できず、強いて言えば錫杖に見えなくも無い……という不思議な棒状のナニカ。
正体も用途も不明なそれを掲げ、僅かに口を動かし、力の発現を声にする。
「禁忌……『レーヴァテイン』」
頂いた杖が炎を纏う。
いや、それはもはや、“纏う”というサイズを超えていた。
杖の長さよりもさらに長く、杖の太さよりも遥かに巨大に、そして術者本人の体よりなお大きく。轟々と紅黒い魔力が溢れんばかりに流れている。
絶えぬ火柱のような巨大な剣が、そこにあった。
彼女が手にする、“害をなす魔の杖”が振り上げられ――――
「―――――ッ!!みんな!!避けてぇぇぇぇぇ―――――っ!!!」
紅く巨大な刀身をしならせ、魔剣が振り下ろされる。
展開されていた弾幕も、直線上にある木々も、大気も、その炎熱にすり斬られてゆく。
それは厳密に言えば剣では無い。剣とは呼べない。ただの原始的な魔力の塊である。精練され、刃がついているようなことはなく、剣と呼べるほどの形は成していない。
だが、それは“ただの力”であるが故に、暴力的なまでの破壊力をもって、万物を圧倒した。
フランは『レーヴァテイン』をさらに横に凪ぐ。その一振りで彼女の周囲を遊廻する残りの弾も全て一掃されてしまう。ギリギリの範囲で生き残っていた木々も、このひと薙ぎでまた続々と力尽きていった。
葉ずれの音。幹が地面に伏せる音。遠くで音に怯む鳥の羽ばたき。近くで叫ぶ夜雀の悲鳴。
その場は、ひたすら騒然としていた。
「デタラメ過ぎでしょ!!どんだけズルければ気が済むのよ!!」
ミスティアは魔杖の一撃を間一髪で躱し、あり得ない程の力を前に心底の嫌気を口にしていた。
叫べば現状が変わる、なんてことは無いとここまでで嫌というほど理解していたが、彼女には吐き捨てる以外にできることなど無かった。
すり潰され、叩き壊された周囲の木や大地や弾幕が粉塵となって巻き上がっている。その中でどうにか自分が無事でいられたことを確かめる。
「ミスチー!無事か!?」
「なんとか!ギリギリ!」
姿がはっきりと見えないが、叫ぶようなチルノの声が聞こえてきた。
あの一撃をまとも食らっては口なんか利ける状態では無かっただろう。つまりチルノは無事だ。
あとは――――
「レティは!?レティ!!」
煙る視界の中に、残り一人の味方の安否を叫んだ。だが、声は帰ってこない。
それはつまり、そういうことだった。
「ちょっと!返事しなさいよ!ふざけてないで!ねぇ!!」
辺りは濛々と立ち上ぼる土煙に支配されている。
なぜかフランの三撃目はまだ無い。
月は土煙で見えない。鼓膜を揺らすようなざわめきもほとんど無い。
次第に土煙が晴れてゆく――――
「レティ……―――――――――ッ」
悲鳴に近い声が漏れる。
煙が晴れたそこには、地面に横たわる、友人の姿があった。
「――――ッ!」
気づけばミスティアは地面を蹴り、レティへと駆け寄っていた。
あれほどの力を受けて五体満足でいるだけ奇跡だ。なんとか保護しないと……今ミスティアの頭にあるのはそれだけだった。厳密に言えば、それも無い。ほとんど空っぽになっていた頭の判断など待たずに、身体は先に動き出していた。
ほとんど機能していないような思考は、幸いにも、吸血鬼のことさえ忘れてくれている。フランの放つ恐怖も狂気も、その一瞬だけ全て頭から消えてくれていた。
が、それは本当に、その一瞬だけだった。
レティへと駆け寄り、彼女の許にしゃがみこもうとする前――その原因たる吸血鬼が、瞬く間に目の前に割り込んできた。
紅い服。金色の髪。七色の羽。
それらが視界に入るとすぐに脇にどけていた恐怖が首をもたげ、瞬時に体が硬直した。対峙しただけで冷や汗が噴出し、瞳孔が広がる。
そんな身体の反応さえ、僅かな時間だけのことである。
なぜなら、立ち竦む彼女の体を、吸血鬼の魔杖が一瞬にして真横へと弾き飛ばしてしまったから。
「ミスチィィィ――――――!!」
バキャキャキャキャッ、という鈍い音が薙ぎ倒される木から鳴っているのか、木を薙ぎ倒している彼女から鳴っているのかはわからない。
真横から知覚出来ない速度で弾かれたミスティアは、そのまま轟音を上げて木々の合間へと消えていった。いくら少女と言える体格をしていた彼女であっても、人ひとりを吹き飛ばす力はただごとではない。
“最強のミディアン”――吸血鬼の少女は、そのことにさして感慨が湧くわけでもなく、吐き捨てるように呟いていた。
「……………やっぱり、つまんなーい」
そうして、残されたのはチルノ一人。
なぜかフランの攻めの手も止まっていた。
土煙も晴れ、月光が照らす山の中。二人は互いに間合いの内、一息に飛び込めばすぐにでも相手の目の前に入れる距離で対峙していた。
大地に立つ二人の背丈はほぼ同じくらい。だがフランの存在感は、すでに目に見える大きさとはだいぶ違っている。
「……………つまんない」
紅を纏った魔剣を携えながら、紅い服の少女は呟き、
そして――――
「つまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんないツマンナイツマンナイ!どうしてこんな簡単に動かなくなっちゃうの!?私はもっと遊びたいのに!ねぇ、なんで壊れちゃうの!?なんで!?どうして!?ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ!?」
それは紛れもない――純粋な“狂気”だった。
紅く染まり、そして全てを紅く染める、狂おしい気性。
喜怒哀楽の全てが混ざり合ったような顔をしながら満月へと叫ぶ彼女は、見る者に本能的な恐怖を感じさせる。
そういった人知の及ばない恐怖の対象を“化物”と呼ぶのであれば、フランドール・スカーレットは、人妖問わず万人が恐れる――最高級の“化物”と呼べた。
「あは……っはぁ――もういいや………………壊れちゃえ。ツマンナイおもちゃなら、壊して楽しむしかないの」
フランは顔を歪めるようにして微笑む。同じ笑顔でも、それは昼間に紅魔館で見せたものとは明らかに別物である。
無邪気さに、純真さに、朗らかさに彩られた笑顔は無い。今の彼女の目は虚ろに濁り、うっとりと潤んでいる。
戦いと破壊と狂気にその身を染めた少女だけが、そこにいた。
そんな狂気の少女を目の前にして、チルノは微動だにすることさえできなかった。
目は見開き、浅い呼吸を繰り返し、全身から冷たい汗が流れる。
幻想郷最高峰の“暴力”を前に、これは当然と反応なのだろう。吸血鬼退治の専門家でさえ、満月のフランと一対一で向かい合って正気でいられるものではない。それほどに、この吸血鬼は突出している。
チルノもそうした大半と同じように動けずにいた。
ただ違うことは、彼女の心を支配しているもの――それは恐怖ではない、ということ。
そんなチルノの様子には気づかず、フランはゆっくりと一歩を踏み出す。
焼け焦げた草木がパキリと乾いた音を立て――――
それが、引き金となる。
「う……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
チルノの中で激しく渦巻いていた感情が堰を切る。
フランがそれに気づき、飛び退くようにして空へと後退した。
彼我戦力差は明らかに優位ということが分かっているにもかかわらず、咄嗟に“退く”という選択ができる辺り、この少女の吸血鬼としての戦闘センスは計り知れない。
ただ――だとしても遅かった。
ほぼ瞬間的に、フランの右足は爪先から膝までが氷漬けにされていた。
ただ氷で覆った、という程度ではない。膝下を流れる血液まで全て凍結し、細胞はみな一様に機能を失っている。
靴や靴下などの無機物も同様。そのためそれはすでに足ではなく、氷の塊と同義であった。
そしてそれは、フランの右足だけに起こった現象ではない。
チルノを中心に半径数メートル、その局地的な範囲内のみ、絶対零度の氷結の世界になっている。
散った葉がパキパキと凍り、自壊する。
木々は根から凍りつき、枝葉はドライフラワーのようだ。
フランが己の勘に身を委ねていなければ、彼女もそこらの木々と同じ末路を辿っていただろう。
フランはその様子を眺めながらそっと右足に触れてみた。氷に覆われた足はほとんど壊死しており、すでに感覚はない。
もはや足から生えた氷柱のようになっていたそれは、自らの重さに耐えきれなかったのか、膝から下が丸ごと折れ、地面に落下する。
ガシャァンと重い音を響かせて、足だったものが砕け散った。
膝下の氷柱が落ち、思い出したように右足から血が吹き出る。
ドバドバと流れ出す血を悲鳴も上げずに見つめると、フランはおもむろに右手で傷口を覆った。
溢れる血に掌は真っ紅に染まるが、それも触れた瞬間だけ。
外へ外へと零れる血はピタリと止まり、同時にメキメキと嫌な音を立てて、千切れた足が再生してゆく。
蓬莱人の超速度再生というほどではないが――ほとんどあっという間に、消失していたはずの右足が復活していた。
新しく生やした足は当然靴など履いておらず、そのまま冷気に直接曝されている。生やした足の動作を確認するように、フランは素足の右足をプラプラと振っていた。
フランは足が千切れたことも、それを再生させたことも、興味が無いように淡々としている。
が――その顔が不意に、歪んだ。
「あは。ははは……あははははははははははははははははっ!!そう!それよ!やればできるじゃない!」
彼女は嗤う。
今夜山で見せた、初めての満面の笑み。
だがしかし、それは歓喜と狂気が混ざり合った、ひどく歪な笑顔。
「いいわ!あなた!それ!そのままよ!すぐに壊れちゃダメなんだから!!」
そう叫ぶと、フランはそのまま魔剣を一振りする。
空中で切り上げるようにして振られたそれは、魔力の余波だけで大地を焼き、燃え上がる地面が火柱を上げてチルノへ襲い掛かった。
そしてチルノの周囲、彼女の凍結範囲内へと侵入し――その炎すらも瞬く間に凍りつく。
大小様々、炎の形に造形された氷は、すぐにそのまま砕け散ってしまった。
「なにそれ?ふふ……はははっははははは!!楽しい!!こんなにメチャクチャなことされるの初めて!!あぁ――いいわ……あなたを壊したくてたまんないよぉ…………!」
自らの攻撃が効かなかったことすら愉快で仕方ないといったように、フランは嗤い続けていた。
満月の夜空に、彼女の高らかな声が響く。
おもむろに。
ここまで黙っていたチルノも口を開く。
「……………おまえなんか…………………………」
それはか細い声。
天と地とに離れているフランに、その声が届いたかもわからない。
「おまえなんか!!凍っちゃえばいいんだぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――っ!!!」
チルノの中を渦巻いていた感情が、再び爆発した。
その感情の正体――それは恐怖ではなく、一番近いもので言えば、“怒り”だった。
ほとんど思考能力さえも無くしたチルノの頭の中では、さっきまでの光景が繰り返し再生されている。
二人の友人が、ほんのちょっと前まで喋っていたはずの彼女たちが、目の前でやられてゆく光景。それは今も目の前で見ているかのように鮮明で、チルノの脳裏をチリチリと焦がす。
吸血鬼。その嗤い声。彼女の服の紅。彼女の瞳の紅。炎の紅。血の紅。レティの身体から流れていた紅。ミスティアが吹き飛ばされた瞬間に見た彼女の口から流れる紅。
チルノの目に焼き付けられたその映像は延々と頭の中をループしている。繰り返されるそれが頭の中を巡るごとに、あらゆる感情が混ざり合って渦を巻いてゆく。
そして臨界を超え――暴走する。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ!!!」
チルノの周囲に広がる極低温領域がさらに広がる。
縦に横に上に――三次元に拡大していく空間は、そこに飲み込まれた全ての物を無差別に凍らせていった。
チルノが怒りに任せて開放しているのは、大自然の力――その一端である。
一介の妖精には過ぎた力であるように見えるが、そもそも妖精とは大地の力の化身である。潜在的にこれほどの力を持っていたとしても不思議ではない。
彼女の根源事象は“氷”。五大元素のひとつから、最も近い属性。
だが、普段の彼女にこれほどの力は無い。正確には、出せない。潜在的な力はあれど、その力はまだ彼女の身の丈に合ってはいないのだ。
そんな分不相応な力を振るうとどうなるか、答えはひとつ。
制御不能――そして、自壊。
「あぁぁアぁあぁぁァあぁぁあアあぁァぁぁアアああ――――――!!」
チルノは吼える。それはもはや言葉とは言えず、ただの悲鳴に近いものだった。
その叫びに共鳴するように冷気を帯びた風が吹き荒び、彼女を中心とした凍結半径をまた広げている。
フランはまだ中空に浮き、そんな彼女を眺めていた。
そのフランの様子も、どこかおかしい。自分で自分の体を抱き締めるように抱え、震えを必死に止めようとしていた。
彼女のそれも――もちろん恐怖からではない。
「あはぁ……ダメぇ……ダメだよぉ……そんな目で……そんな声で……こっちを見ちゃあ。もう……止められなくなっちゃうっ!!あなたを壊したくて壊したくて壊したくて壊したくて壊したくて壊したくて壊したくて壊したくて壊したくて、たまらないわ!!」
体の芯から沸き起こる狂気に身を委ね、体を震えるに任せる。
ニタァッ、と狂気に染まった笑みとともに、左手に携える魔杖を一振りした。彼女の狂気に呼応するかのように、黒い杖がさらに紅い気を纏ってゆく。
纏われたスカーレットは黒を混ぜ、色調を落とし――紅色に染まる。
「いくよ行くよ往くよ征くよ逝くよ、イクよ!?イっちゃうよぉ!?」
地に降る笑い声と共に、空を裂く殺意と共に、彼女が羽根をはためかせる。
眼前の愛しい冷気を、その手で壊すために。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――――――――!!」
フランの動き出しに気づき、チルノはピクンと肩を震わせ、もはや声とも呼べない音の塊を咆哮する。
頬を一筋涙が流れ――流れたかと思った頃には凍りついてしまっていた。涙は結晶となり弾け、無数にある周囲の氷の中に交じってわからなくなった。
チルノは自分の傍に氷塊を作り出してゆく。
パキパキと音を立て、大気中にある水分で大小いくつもの弾を生み出す。
そうしてチルノが迎撃準備を済ませたところで――彼女の様子がまた変化した。
「――――ッ!?あ……がっ……ぁ…………!?」
言葉にならない声を発するところだけそのままに、彼女は急に苦しみだしていた。自らの喉に両手を当て、空気を探すようにして背中を丸めている。
飛び掛かろうとしたフランにも、間一髪その様子が伝わり、彼女は中空で急ブレーキをかけてその場に留まった。
自分の周囲には異常が無いことを確かめた後、「次は何?」と眉根を潜め、怪訝そうに目をやる。
チルノは依然として苦悶の表情を浮かべている。
そして、いくつかの断末魔のような声を上げた後――――
糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
「――――――――――――――うそ?」
チルノは返事をしない。
代わりに、彼女の周囲を浮かんでいた無数の氷塊がボトボトと地面に叩きつけられ、パリンッ、と小気味良い音を立ているのだけが、虚しく響いている。
「死んだの?うそ…………うそうそうそうそうそうそっ!なに勝手に死んじゃってるの!?」
事切れたように地面にうつ伏せるチルノは何も言わない。
彼女の魔力で無理矢理凝固されていた氷が維持する力を失い、パキン、パキン、と割れてゆく音だけが絶え間なく響き――――
そこに、別の声も混ざった。
「あー大丈夫大丈夫。とりあえず死んじゃいないハズだから」
フランはハッっとしてその声のする方を向いた。
いついたのだろう、ギリギリでフランとチルノの攻撃を受けていない生きた大樹の枝の上に、小柄な少女がちょこんと座っていた。
吸血鬼の気配探知の網に掛からないほどの相手を前に、無意識に警戒の色が濃くなる。
フランは樹の上のその少女に声を掛けてみた。
「死んじゃったんじゃないの?」
「だから死んじゃいないって。気を失ってるだけさね」
「あなたがやったの?」
「そうだよー。ちょーっとその妖精の周りの空気だけ薄くしてね。軽い酸欠にさせたのさ」
「……あなたはだぁれ?」
その言葉を待っていたかのように、彼女は、ニッ、と口の端を持ち上げた。
「やっと聞いてくれたね。私は山の四天王が一人、伊吹萃香。はじめましてだ、フラン」
そう言って萃香はヒラヒラと手を振った。左の腕を振るごとに、手首から下がった鎖がジャラジャラと音を鳴らす。
右手には瓢箪を持つこの少女には、確かに大きな角が二本生えていた。
萃香はその瓢箪をおもむろに口に運び、中に入っている液体を一口含む。
「っくはぁ~!いやぁ、間一髪とはこのことだねぇ。こんな小さな妖精がこれほどの力を使った日には、遅かれ早かれ死んじゃってたね。きっと」
良かった良かった、と言いながら口を拭う彼女の頬は薄っすらと赤く染まっている。おそらく中身は酒なのだろう。
そんな萃香を、フランは抑揚の無い瞳で眺めていた。
「…………そうなんだ。――――でもそんなの関係無いわ。だって、自分で壊れちゃう前に、私が壊してあげたんだから」
言っていることがわかっているのかいないのか、真顔でそう言い放つ。
「――ふぅん、やっぱり話に聞いていた通りの子だねぇ」
フランは何も応えない。ただ、じぃっ、と萃香の方を睨みつけているだけだった。
萃香はその意味を察し、再度瓢箪の酒を煽る。
「そんな目をしなくてもわかってるよ――邪魔した責任を取れ、ってことでしょ?」
「……わかってもらえて嬉しいわ。もちろん、あなたが私と遊んでくれるんでしょう?」
「んーまぁそうなるのかなぁ」
「せっかく楽しくなってきたのに、邪魔してくれたんだから……全然楽しくなかったら、許さないわ」
声を荒げることはない――だが、彼女の中に渦巻く怒気は狂気と混ざり、空気を伝って辺りを震わせた。
もちろんそれは相対した萃香にも伝わっている。
彼女はおもむろに座っていた枝の上に立ち上がった。
「うーん、自然の力と比べちゃあアレだけど……まぁ吸血鬼ひとり大人しくさせる分には充分な力を持ってると思うよ」
萃香は目の前の狂気の塊に怯むことなく、堂々と言ってのける。
それは過不足無く自分の実力を言っているだけだ、という絶対の自信の表れ。
「嘘つかないでね。私もう待ちきれないの」
「嘘は吐かないよ。私は鬼だからね。――百万鬼夜行の力、存分に見せてあげよう」
こうして二人は臨戦態勢を取り、向かい合った。
幻想郷内で、一、ニを争う破壊力をもった二人――ここまで出会うことのなかった二人が、奇妙な縁で出会ってしまった。
どちらともなく静かに笑う。
それが開戦の合図となる。
【 K-2 】
「――――呆気ない」
山で交わされた戦闘の一つが、長い石段の上で静かに終わりを告げていた。
そこには二人分の影。
一つは上段に立ち、もう一つは下段でうずくまっている。
二人の戦いを受け止めた狭い石段は戦いの爪痕をそこかしこに残していた。
「あぁ………今夜は本当にいい月……――」
月明りに照らされながら、上段を陣取る蓬莱山輝夜は、遠い目で空に浮かぶ月を眺めていた。
月を見る彼女の目は、遠きにありし故郷を想うように儚げでもあり、許されざる裏切り者を見るように冷たくもあった。
彼女の胸中を知る者は、いない。
「ま…………待て……………」
輝夜が立っている石段から十数段下、か細く彼女を呼び止める声がかかった。
その声に輝夜が振り返った先――妖夢が片手を地につき、なんとか、といった様子で立ち上がっていた。
彼女はすでに、一見して満身創痍とわかるほどにボロボロである。命に至るほどの傷は無さそうだが、細かなダメージが無数に見て取れる。
そしてそんな彼女とは対称的に、上段の輝夜は戦いが始まる前のように傷一つ無い。黒く艶やかな髪を物憂げにかきあげている。
それは、蓬莱の薬の力による再生――では無い。
彼女は妖夢と交わした数合、そして今に至るまで、まさに言葉通り“無傷”であった。
妖夢の持つ二刀は、その髪の毛の一筋にさえ、届きはしなかった。
「まだやるの?どう考えてもあなた一人じゃ勝てないわよ?弱い者イジメにしたって張り合いの無い…………」
「だまれっ!!」
妖夢の咆哮が山に谺し、その勢いのまま輝夜を強く睨みつける。その鋭い視線を受け、輝夜は困ったように肩を竦めてみせた。
彼女の眼光にはまだ力がある――が、それがすでに最後の悪足掻きであることを、輝夜も、そして妖夢自身もわかっていた。
妖夢は静かに息を吸う。
吐く息と共に右足に力を込め――瞬くほどの勢いで、輝夜の懐まで飛び込んだ。
一足飛びに十数段を越え、一息に喉元まで迫る。
足にまだかろうじて残っている力を総動員し、全てを突進力へと変換する。
フェイント、揺さぶり、そんなことなど頭に無いかのように、彼女はただ、愚直に突撃を続ける。
多少の減速はあれど、未だ高速と呼べる妖夢の突進。
その標的とされる輝夜は溜め息を一つ吐き、慌てることもなく右手を翳した。
その手には、スペルカードを携えて。
「―――――新難題『金閣寺の一枚天井』」
輝夜が呟くのとほぼ同時に、間合いに飛び込んだ妖夢が右手の白桜剣を振り抜いていた。
相手の息の根を止めんとばかりに襲いかかる刀はしかし、僅かな差で輝夜へ届かない。
スペルによって生まれた一枚の壁がそのまま輝夜の防壁となり、襲い来る一撃を完全に受けきっていた。
「う……あああああああああっ!!」
魔力光を上げながら刃を止める一枚天井を、妖夢は裂帛の気合をもって打ち破ろうとした。ほとんど壁にしか見えないほどの濃密な弾の群れを前に、彼女の取る選択肢は依然として変わらない。
バチバチバチッ、という、何かが小さく弾けるような音が響く。
一見した限り、彼女の気迫が壁を破るようには見えない。
だが確実に――僅かずつではあるが、確かに。
その白刃は、目の前の壁を食い破ろうとしていた。
しかし、そんな彼女の一念も――輝夜に溜め息を吐かせることしかできなかった。
「重ねて…………新難題『エイジャの赤石』」
スペルを展開中にもかかわらず、二つ目のスペルの詠唱。
妖夢がそれに気づき、後ろへと距離を離さんとする。だがもちろん、そんな暇などとうに無い。
輝夜は自ら作った防壁を自らの魔力でぶち破り、新しいスペルを射出する。
瞬く間に、紅い光が石段で煌めく。
魔力の塊を放出するこのスペルは、自らの防壁を容易く破り、目の前にいた敵を容赦なくひと飲みにした。
轟っ、と風が唸り声を上げ、周囲に乱立する木々の枝葉を揺らす。
放たれたスペルは石段などに爪痕を残すことなく、虚空へと突き進んでゆく。
周囲に傷を与えることなく空へと駆けていったそのスペルの破壊力は、誰にもわからない。
正面から被弾した、妖夢以外は。
紅い魔力塊を正面から全て浴びた妖夢は、輝夜の正面にいる。
石段の上にぼんやりと立っている。ガクガクと膝が笑っている。
両の手には刀。顔は空を仰いでいる。
そのままゆっくりと――彼女はその場に崩れ落ちた。
カシャン、と音を立てて、二振りの刀がその場を転がる。
「まったく……甘いわね。いつものスペルカードルールじゃないのよ?二重詠唱くらい可能性として考慮しないと」
反応は無い。辛うじて死んではいないようだが、輝夜の言葉が聞けているかは怪しい。
「…………ま、この騒ぎにもまだ一日あるわ」
輝夜は喋りながら妖夢へと近寄り、うつ伏せだった彼女を仰向けに寝かせ直す。倒れる彼女の傍を、妖夢の半霊が浮かんでいた。彼女の半身は無傷なように見えた。
――けど魂魄って怪我するのかしら。なる予定が無いだけに、想像つかないわねぇ。
そんなことをぼんやりと考えながら、彼女は目の前に転がる妖夢の上半身を優しく起き上がらせると、そのまま器用に背中に担いだ。
「うっ……いざやってみると結構キツい……何事も経験とはこのことね」
よいしょっ、と一声上げ、フヨフヨと浮きながら、階段脇の木陰まで運んでゆく。
そして今度は逆の手順で、適当な大樹の幹へと、彼女を預けた。
「よしっ!……じゃあ行くわね。明日のために負けたと思って、夢の中でよく考えておきなさい。――自分の立場と、取るべき選択を」
そう言って、妖夢に背を向けた。
今言った言葉が、聞こえているのかどうかは彼女にもわからない。
だが、どこか自分の屋敷の兎のことを彷彿とさせるこの庭師に、ついつい老婆心が湧き、何か声をかけずにはいられなかった。
彼女に付き従うようにして侍っている半霊にも小さく別れの言葉を述べて、半人と半霊を後にする。
輝夜は再び石段に戻り、何事も無かったかのように階段を神社への道を進みだした。
ん~、と一つ伸びをして、
「箸より重いモノ持ったのなんて久しぶりで……腕イタ…………」
肩を回しながら、呟いていた。
※
長い、長い石段もようやく終わりが見えてくる。
下から見ればまるで地平線のように、この長い階段の終着点が見えた。
もちろん、それは地平線に消える道と同じく、見えなくなっている場所で終わるわけではない。そこからもまだ道は続いている。
鳥居を潜り境内を抜けその先にある本殿と、そこに奉られている神様の所まで、一本道に続いている。
輝夜は石段の終わりを確認し、前進を止めた。
すぐ頭の上には朱塗りの大きな鳥居が、まるで門のようにそびえている。
石段は飛ばしても、鳥居だけは歩いて潜らないといけないものだろう、という小さな信仰心から、彼女は地に足を着け、鳥居を潜って守矢神社の境内へと進んでいった。
そう広くない敷地内の奥、正面に見える本殿に人影が二つあるのが、すぐに輝夜にも窺えた。
二人の方も輝夜に気づいたようだ。
慌てるでもはしゃぐでもなく、普通に客人を迎え入れるような優しい声を上げる。
「ようこそ、守矢神社へ。長い階段に疲れたでしょう」
そう笑いかける八坂神奈子と、
「まさか。永遠の住人なら永遠に続く石段でも上り続けるわよ」
軽口を叩く西行寺幽々子の二人が、そこにはいた。
二人とも手にはお酌。
妖怪の山の各地では今夜も戦いが繰り広げられているのだが、彼女たちは我関せず、月見酒を決め込んでいたようだ。
「あらあら、部下はみんな戦ってるっていうのに、イイ御身分ねぇ」
輝夜は肩を竦めながら笑う。
鳥居を潜ったまま進めた足は、もう二人の前まで来ていた。
「いやぁ~あんまりにキレイな月なもんで。戦いに出てる子たちには悪いけど、待ってるだけっていうのも退屈でね」
そうそう、と幽々子も追従する。
悪いとは言いながらも二人とも酒を置く気は無いようだ。本当に悪いと思っているかは微妙な所だろう。
「そういえば、石段の途中でなぜか妖夢に喧嘩売られちゃったわ。思わず倒してきちゃったけど、良かったかしらね?」
本来の従者の名前を出され幽々子は、あらあら、と言いながら、くぃっと酌の中に残っていた酒を一息に飲み、
「――それは迷惑をかけたわね。そう……あの子も山にね、困ったものだわ」
ほぅ、と息を吐き、ぼんやりと正面を見ていた。
その目は輝夜を越え、鳥居を潜り、石段を下った先にいる従者を見ているかのように。
「なかなか面白い子だったわ。明日あたり会ってあげなさいな」
「そうね――確かに。せっかくだものねぇ」
幽々子は相変わらずのぼんやりとした視線のまま頷き、不意に輝夜を見ると、柔らかく微笑んだ。
その反応が嬉しかったかのように、輝夜も笑顔を返す。
「まぁまぁ。立ち話もなんだし、こっちで一緒に呑らないかい?」
「もちろん、御相席させて頂くわ」
そう言いながら、輝夜は静かに縁側へと腰を落ち着ける。
頭首討論とも言える奇妙な集いが、こうしてひっそりと始められた。
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エイジャの赤石ってスペカ本当にあるんだw知らなかった。
前回の文の一例があるから、散々フラグ立てた妖夢が逆転するという俺の幻想は粉砕されましたぜちくしょう!
しかし、バトルものなのに戦わないやつが多い希ガス。
残念ながら妖夢はストレートでした。ま、また出てきますんで!
そして痛いトコを突かれました……全三日組みですので、初日・二日目はちょっとフラグ的なのの回収係が欲しかったのです。
確かにバトルと銘打ってる割にはちょいちょい薄いかも……。
むしろ、レティごとき雑魚がフランちゃんに相手してもらっただけ感謝するべき
1ボス勢も結構強そうですよね。
もしや、一枚天井って箸より軽いのか?
スペカの発動なので手はかざしてるだけ、みたいなイメージでしたが……ちょっと描写薄かったかもですね。すみません。
そんな姫なら妖夢程度を担ぐのは軽かろうと思った次第です。
一応このシリーズを書くに当たって設定の類は目を通したつもりでいますが、今回みたいに微妙に筋の通らないトコもございます。
またなんらかあった時、教えていただけたら幸いです。
>「箸より重いもの(ry」
はさすがにお嬢様描写すぎたなー。