画面の左からメリーがフレームインした。
撮影用カメラは部屋の真ん中のガラステーブルの上に置かれ、ベッドの方を向いている。
画面の下三分の一にはベットの一部が映っていて、背景はホワイトの壁。メリーはぎこちない様子でそのベットに腰を下ろした。カメラは真正面からメリーをとらえている。
『えっと……ども。マエリベリー・ハーンです』
カメラ慣れしていない人間にありがちな、妙に演技がかった喋り方。
『な、何を話せばいいのかな?』
意味も無く髪の毛に触れたり、紫紺のドレスの裾を直したり。
『んっと、オカ研――オカルト研究会に所属してる友達に頼まれて、これからしばらく何日か、私の部屋を撮影する事になりました。別に私、霊感なんてないのに、やんなっちゃうわよね』
アメリカのホームドラマでやるように、両手を広げ、おどけた表情で肩をすくめる。
外人のメリーがやるとなかなか様になっているのだが、とは言え自分のそのわざとらしい仕草が恥ずかしくなったのか、ちょっぴり顔をしかめて、すぐにいずまいを正した。
『コホン……え、えーと、もし本当に何か不思議なものが映ったら、録画データと引き換えに食事をおごってもらえるそうです。まぁ何も映らなかった場合は……ていうか映らないと思うけどなぁ……録画データを消去してカメラを返します。おもしろそうだし、優しいメリーさんは、友達に協力してあげることにしました』
メリーは唐突に奇妙な半笑いのドヤ顔になると、カメラに向けてビシッと人さし指をさした。
『何千円もするスイーツを奢ってもらうからねっ。覚悟しなさいよ!』
二、三秒ほどその姿勢で固まった後、メリは照れ笑いをして立ち上がった。胸から下だけが画面内に残る。
『あはは。一人でカメラに向かって喋るのって、変な感じね』
画面外からそんなひとり言が聞こえつつ、メリーの下半身がだんだんカメラにせまってくる。紫紺色したスカートのふともも部分が画面いっぱいに広がって、それからブツンと、映像は途絶えた。
風景が変った。
今度は部屋全体を俯瞰する位置に、カメラは置かれていた。メリーの部屋を知っている人間ならば、カメラが部屋の奥のタンスの上に置かれていると分かっただろう。
画面の下には、背伸びしてカメラをタンスの上にしかけるメリーの姿がある。顔が上向いて、鼻の穴が強調されていた。
画面の奥の壁には部屋のドアとクローゼット。左手には先ほどメリーが座っていたベッドが置かれている。右手には机と本棚があり。部屋の中央のスペースには、フローリングの床にカーペットが敷かれて、その上にガラステーブルが置かれている。洋風の小奇麗な比較的広い私室だ。
カメラを設置し終って、メリーはカメラに視線を向けたまま、数歩後ずさった。この時すでにメリーの服は、外着からパジャマに変っていた。
それからカメラに手をふって、ウィンクをした。
『では、撮影開始です。おやすみ~』
そそくさとベッドにもぐりこみ、リモコンで部屋の照明を落とす。
しばらくの間は画面が真っ黒になるが、カメラは外部光量が設定された下限を下回ったのを感知して、自動で赤外線モードに切り替わる。若干緑がかった灰色の画面に、部屋の様子が浮かび上がる。
以後カメラは、視界内に動体を感知するか、もしくは何らかの音をとらえた場合、その間と前後の数秒間を記録に残す。
――深夜、メリーがもぞもぞと起き上がった。カメラは一時メモリーに保存されていた数秒間をさかのぼり、記録を開始する。
『ん……ふぅ……』
寝ぼけた吐息を漏らしつつ、ベットから立ち上がる。そのまま夢うつつな足取りで、部屋を出ていった。
視界に動くものが無くなり、カメラは一度記録を終える。が、しばらくしてまた記録を開始した。
ガチャリとドアが開いて、メリーが部屋に戻ってくる。先ほどよりも少しは意識がはっきりしているようだが、半分閉じられた瞼はまだまだ眠そうな顔をしている。
メリーはまたベッドにもぐろうとしたが、一度カメラの方を向いて、あっかんべーをした。
『えっち!』
そう毒づいた後、メリーは再び眠りについた――
――灰色の視界に、動くものはない。が、カメラは一人でに記録を開始する。
メリーは静かにベッドに横たわっている。良く観察するとかすかに布団が上下しているが、その僅かな動きはカメラの検知範囲外である。
と、その時。
カメラは確かにその音を捉えた。
プ~……プフォッ……
ブブゼラの赤ちゃんみたいな音が赤外線の闇に広がり、数秒後、カメラは人知れず記録を終えた――
『え~、最初の夜を終えました。今、映った映像を確認しました』
この時もまたメリーはベッドに腰かけていた。起きてからそう間もないのか、パジャマ姿のままだ。カメラはいつものテーブルの上からそれを映している。
メリーはちょっとふてくされた顔をして、文句を言いたげな目線でじぃっとカメラを睨んでいる。よくよく見ると、ちょっとだけ頬が赤くなっていた。
『ねぇ、ちょっとこのカメラ感度が良すぎるんじゃない? だって……お、おならの音にまで反応しちゃうなんて……』
メリーは頭を抱えた。
『あぁショック……私って寝ながらしちゃう人だったんだ……もう友達と旅行したりできないよぅ……』
うなだれたまま重い溜め息を吐いて、それからバッと顔をあげた。やけくそな羞恥の怒りが浮かんでいた。
『もし本当に何かが映りこんで、この記録が残ることになったとしても、絶対誰にも見せちゃだめだからね! 必ず編集して問題のシーンだけを見せる事! 絶対よ!? 約束をやぶったら絶交だからね!?』
ひとしきり喚き散らして、メリーはまた脱力した。
『はぁ……。こんな感じで、私が部屋にいない時や寝てる間、カメラを回します。報告終了』
メリーがやれやれと立ち上がり、なんだか気落ちした感じのその足がズームアップすると、画面はブラックアウトした。
『じゃ、大学に行ってきます』
カメラに向かって手をふり、メリーが部屋からいなくなった。
メリーが大学に行っている間もカメラは回っている。が、特におもしろいデータは残らなかった。一度、家の側を通った救急車のサイレンにカメラが反応した程度で、得たいのしれない浮遊物体が映り込こんだり、謎のラップ音が聞こえてくる事はなかった。
『ただいまー』
と呑気な声とともにメリーが部屋に戻ってくる。うっかり着替えを始めようとしたメリーは、慌ててカメラの電源を落とし、次に電源をあげたのは、就寝する直前であった。
――深夜、それは前触れもなく現れた。
ぼんやりとした暗闇が、画面奥の右手、丁度入り口のドアの辺りに現れる。強いて言えば長方形といえなくもない、濃い霧のような影。床から天井までを貫く、闇の円柱。それは僅かに濃度を薄く変化させ、また同時に幅を広げながら、右手から左手へと移動していった。影は壁をそうように移動し、ベッドに眠るメリーに近づいていった。
影は速度をやや早めながらメリーの胸の辺りにまで移動し……そしてフッと消えた。
カメラはしばらく部屋を撮影し続け、そして止まった――
いつものベッドに腰掛けたメリーの顔は、まだ少し眠そうではあったが、興奮してワクワクしているようだ。
『撮影二日目にして、早くも妖しい影が映りこみました。正直ちょっとびっくりしました』
しばらくは真剣な表情で謎の影に思いをはせていたようだが、それはすぐ苦笑いにとって変った。
『う~ん、けどこれはさぁ、ハイビームにした車が家の前を通っただけだと思うよ。その明かりに何かが影になって、よくこんな風になるもの。それに良く見ると、ほら、影が現れると同時に少し部屋が明るくなってるしね』
メリーは大きく伸びをして、体の空気をいれかえた。
『私もちょっと期待しちゃったけどね。あはは。まぁ、残念残念』
肩をちょっとだけすくめて、メリーは続けた。
『あ、それと今日は蓮子が家に遊びにきます。蓮子にはまだこのカメラの事は話してません。普通カメラは、私が部屋にいるときは切っているけれど……今日は撮影したままにしておきます。私が部屋からいなくなった時の蓮子の様子を覗き見しちゃいます。もともとカメラはぬいぐるみに偽装してあるので、気づかれないでしょう。うふふ』
メリーはイタズラっぽい笑みを浮かべて、それからカメラをタンスの上に戻すために立ち上がった。太ももがズームアップする、と、すぐにはカメラを切らずに、ひょいと画面を覗き込んだ。画面の上部に、横倒しになったメリーの顔がニュッと生える。
『もちろん隠し撮りは今日だけよ? 明日にはちゃんと蓮子に話をするんだからね?』
と、弁解をしたあと、カメラは切れた。
――カメラは、メリーと蓮子の仲の良いやりとりを記録し続けた。
二人は中央のテーブルに本やノートを並べて、一緒に学科試験の勉強をしているようだった。
しばらくして、メリーがトイレにたった。
メリーがいなくなって、蓮子が一人になった後も、カメラは忠実に部屋の様子を記録し続けた。けれど蓮子に妖しい動きは一切なく、もくもくと勉強を続けていた。
少したって一区切りついたのか、大きく伸びをした。
『ふぁぁ~っ』
その拍子であった。
ぷーっ……
控えめに奏でられたホルンの一吹きを、ピッチをあげてAMラジオで流したような、可愛らしい音。
それが響くと同時に、蓮子のお尻のあたりがビクっと震えた。そして伸びをした姿勢のまま固まる。
すんっ、と蓮子の鼻が辺りの空気を吸った。すると蓮子は慌てて立ち上がり、あたふたと窓辺に駆け寄り、ベランダの窓を全開にした。そしてテーブルにあったバインダーを掴み、全身を使って大きく部屋の空気を扇いだ。
ひとしきり暴れた後、窓枠の辺りで外の空気を吸い込んでいると、部屋のドアが開き、メリーが戻ってきた。蓮子がギクリとした。
『あら、蓮子? 何してるの?』
『や、えっと……ちょっと気分転換に外の空気を』
『ふぅん』
メリーは何も言わず、そして何かに気づく事もなく、テーブルに腰をすえた。蓮子はホッとした様子で、同じくテーブルに戻った。窓は開けたままだった――
『ついさっき蓮子は家に帰りました。さっそく記録を確認したわけですが……』
ベッドに腰掛けたメリーの顔は、体の底からわいてくる笑みを必死で押さえ込んでいるのか、口の端がひくひくと痙攣し、目元はすでに三日月型に歪んでいた。
メリーは画面外にあった枕を引っつかんで、膝の上でバフンバフンと叩いた。
『隠し撮りっておもしろい! どうしよう! 変態趣味に目覚めちゃいそうっ』
さんざんホコリを立ててから、正気に戻ったメリーは深呼吸をして、乱れた髪を整えた。それでもまだ表情筋がいくらかにやけている。
『実は……明日も一緒に勉強します。……あと一日、カメラの事は秘密にしておこうと思います! 本当に明日で最後! 次の次に蓮子に会ったら、必ず話しますので! 明日は、もっと長い時間蓮子を一人きりにしてみようと思います。 さぁ、次はどんなおもしろい姿を見せてくれるかしら。 明日が待ち遠しい!』
ニヤニヤしながらメリーが立ち上がり、またいつものように映像が途切れた。
その夜もカメラは回っていたが特に気になるデータは残らず、朝の報告記録もあっさりとしたものだった。けれど、その短い報告には、二度目の盗撮行為への期待と興奮が、ありありと見て取れるのであった。
――カメラは、誰かがスイッチを切ったりしない限り、何をも見逃さない。たんたんと真実を記録し続ける。たとえどんなにショッキングな場面が展開されようと、カメラには一切の驚きも動揺もなく、ただ目の前の事実を、淡々とメモリーに刻んでゆくのだ。
二人はテーブルに向い合って腰を下ろし、黙々と勉強をしている。
メリーが唐突に言った。
『蓮子、私マンゴーアイスが食べたい』
『え?』
『マンゴーアイスが食べたくなったので、ちょっと買ってくる』
『い、いきなりね』
『衝動的に食べたくなっちゃって。蓮子も欲しい?』
『えと、じゃあ私はチョコミント』
『了解』
『ていうか、一緒に行こうか?』
『いいのいいの。蓮子は勉強してて。さっと自転車で飛ばしてくるから、10分か15分くらいで戻るわ。じゃあいってきまーす』
『いってらー』
こうして蓮子は一人になった。
『……ふぅ』
メリーがでていって間もなく、蓮子は勉強の手を止めた。中断させられた集中力を取り戻すのに失敗したらしく、カーペットにぺたんと寝転がる。そのまま十秒近く、ボーっと天井を見上げていた。
『ヨイショ』
どことなくわざとらしい掛け声で、蓮子は立ち上がった。くるりと部屋を見渡す。
画面右手の机に目を止めた。近づいて、机の上にある写真立てを手に取った。映像では確認し辛いが、メリーと蓮子が一緒に並んで写っている。
『えへへ』
写真立てを眺める蓮子が、むず痒そうに笑った。
それから机に戻して、今度はカメラに背を向けて、画面奥のクローゼットに向かう。勝手知ったる様子で扉を開けると、メリーが冬の間よく着ていたコートを取り出した。春が近づいて、最近では役目を終えていた。
コートを広げる蓮子の背中を、カメラはジッと監視し続けている。
両手で抱えるように持ち替えて、そして蓮子は、コートに顔を埋めた。
そのまま何度か肩が大きく上下する。
蓮子の背中が囁いた。
『メリーの匂いだ』
マタタビに惚けた猫のような、そんな調子の声。
それからコートを抱えたまま、蓮子はベッドにダイブした。
もぞもぞと這って、メリーのまくらに顔を埋めた。
フーッ、フーッ、と荒い呼吸音がマイクにとらえられた。
数分ほどそれは続いた。
蓮子はむっくりと起き上がって、ベッドから足を下ろして、腰掛ける姿勢になった。先ほどまでのはしゃいだ様子は、いつのまにか無くなっていた。
『はぁ……』
溜め息だった。メリーのコートを見下ろすその様子は、どこか寂しそう。最後にもう一度だけコートに頬擦りをすると、蓮子は立ち上がり、クローゼットに元通りに直した。
それからテーブルに戻って腰を下ろし、また勉強を始めようとした。が、どこか上の空で、視線は宙をさ迷っていた。
少しして、
『ただいまー』
とメリーが戻ってきた。
『おかえりー。わーいアイスだー』
何ごともなかったかのように、蓮子はメリーを迎えた――
ベッドに腰掛けたメリーに、昨日のはしゃいだ様子はなかった。
まくらを膝に抱えて、中々口を開かず、その沈黙にはメリーの思い悩む心のうちが表れていた。
『……隠し撮りや盗撮は、やっぱりいけない事です』
ようやく語られた言葉には、どこか懺悔めいていた。
『誰にだって、人には知られたくない一面があります。それはそっとしておくべきです。イタズラにあばいて、おもしろがるべきではありません。彼女、私の親友である宇佐見蓮子は――』
メリーは申し訳なさそうに、カメラをあおいだ。
『――臭いフェチだったようです』
ふっと寂しそうに笑った。
『蓮子は私のかけがえのない友人です。それを笑ったりはしません。私だって……自分のおへそのゴマを取って、その匂いを嗅いだりします。それに……私の匂いを好きでいてくれるのは、ちょっと嬉しかった。まぁ、最初はびっくりしたけど』
再び、申し訳なさそうにカメラをみる。
『もしかすると、これ以後万一カメラに幽霊が映っても、私は記録を消去するかもしれません。友達の秘密は守らなきゃ……ごめんね。多分、蓮子にもこのカメラの事は明かしません。誰も何も知らないまま、それが一番だと思うの……』
カメラは途切れた。
友人への義理なのか、外出時や深夜には、それ以後も撮影を続けた。。
だが、何日かしてまた蓮子が部屋にやってきた時、もう隠し撮りをしたりはしなかった。
ただその日蓮子が家に泊まっていくことになって、深夜の間だけはいつものように撮影を行う事にした。蓮子がお風呂に入っている間に、こっそりとカメラを起動しておいた。
――灰色の視界がメリーの部屋をとらえている。
ベッドには、メリーと蓮子が二人並んで眠っていた。
と、蓮子がゆっくりと起き上がった。
『……メリー? 起きてる?』
そう囁きかける声を、カメラはかすかにとらえた。
メリーは仰向けになって目をつむっている。その口元にも、目元にも一切動きはない。ぐっすりと眠っているようだ。
蓮子は少しの間じっとメリーの顔を見下ろし、そしてすっと顔を近づけた。
メリーの寝顔に、蓮子の後頭部が重なる。ほんの一瞬の出来事だった。
蓮子はまたすぐに顔をあげて、
『メリー』
とつぶやくが、やはり返事はない。
『どうしたらいいのかな……』
蓮子がそっとメリーの頬に手をあてた。
が、それ以上はどうすることもできなかったのか、また、ベッドに体を横たえた。
『好きよメリー。もう何回言ったか分からないし、何度言っても伝えられないけれど。……メリーは私の99%を知ってる。誰よりも私を理解してくれてる。なのに私は、貴方に残りの1%を伝える勇気がないの。その1%を拒絶される事が何よりも恐い。私は貴方の事が好き……』
感度ギリギリの小さな声をとらえ、そしてしばらくの後、カメラは記録を終えた――
カメラはいつものように画面の下端三分の一にベッドをとらえていたが、そこにメリーの姿はなかった。
ただ、画面の外から、すすり泣くような、
『すん……すん……』
という音が聞こえていた。
いつのまにかその音が消えて、しばらく無音が続いた後、画面の左からメリーの体が現れた。
ラフな部屋着に身を包んでいる。ベッドに腰掛けると、頭の先までが画面に入った。
メリーの顔は腫れたみたいに紅潮していた。目も少し充血している。髪の毛はかろうじて整えられていたが、すっぴんのその素顔には、どこか、今にもくずれてしまいそうな雰囲気があった。
『えっと……まず初めに……蓮子は臭いフェチじゃなかったみたいです』
ずびっと鼻をすすって、メリーが話しを始める。
『それと、このカメラの記録は、返却する前に消去します。ごめんね。これからはちょっと、気持ちを落ちつかせるために利用させてもらうね』
ぺこりと頭を下げる。始めの頃にあったようなぎこちなさは、もう無かった。
『……私には、人とは違ったものが見えます。私に何かを感じていたのなら、貴方はさすがオカルト研究会の部長だわ。私はこの世界のどこかにある不思議な場所へ、旅をする事があります。そんな時いつも私の側にいてくれるのが……宇佐見蓮子。秘封倶楽部の仲間です。彼女もまた、人とは違う力を、その瞳に備えています』
メリーはそこで一度会話を切って、何度か深呼吸をした。
『蓮子は私にとって、世界でただ一人の、不思議なこの力を共有してくれる大切な親友です。それで、ええと……』
言葉を続けようとして、けれど上手く先が続かないのか、何度か口を開けては閉める。
しばらく口をつぐんで苦い表情をした後、メリーは吐き出すように言った。
『私はレズビアンではありません。けれど蓮子には、他の人には感じない、特別な思いを、たしかに抱くことがあります。ただ、それが恋だとか愛だとかの感情なのかは、良くわかりません』
メリーの瞳に涙が滲んで、ぽろりと流れた。己の頬に流れた涙に気づくと、まるでそれをきっかけにしたように、後から後から涙があふれてきた。同時に、嗚咽が始まる。
顔を両手で覆って、しばらく肩を震わせた。
発作がおさまると、顔をぬぐって、無理やりに笑みを見せた。
『あはは……なんか、びっくりしちゃて……。悲しいわけじゃないんです。蓮子の気持ちが嫌なわけでもないんです。ただなんか……本当にびっくりしちゃって、混乱して、自分でも何で泣いてるのかワケがわからなくて』
感情を落ち着かせようとしているのか、天井をあおぎ何度も口で大きく息をする。
カメラに向きなおって、弱々しい笑みを見せた。
『いったい私はどうしたらいいんでしょうか?』
メリーが立ち上がって、そして映像は切れた。
――深夜、カメラは記録を開始する。
メリーがベッドから起き上がった。階下で眠っている家族に気をつかってか、静かな足取りでそろそろと机に近づいていく。
机の上の写真立てを手にとった。じっと見つめて、それから写真にそっとキスをした。唇から離すと、今度はぎゅっと胸に抱いて、じっとたたずむ。言葉は無かったが、メリーの仕草には思いが溢れていた――
『手紙を書きました』
ベッドに腰かけたメリーは、少し寝不足の顔で、一枚の便箋を手にしていた。
『と言っても、ただのルーズリーフだけどね。直接渡す勇気は無いから……次に蓮子が来たときに、こっそり見つかるよう細工しておきたいと思います』
メリーはいとおしげな視線をその紙に落とした。
『蓮子への、素直な思いを綴った手紙です』
――『もうすぐ蓮子が部屋に来ます。ここ数日は、なんだか落ち着かない日々でした。大学で蓮子と会ってもなんだか変に意識しちゃうし……。それで、この前書いた手紙は、蓮子に借りたノートと教科書の間に挟んでおこうと思います。うっかり挟んだまま返してしまった、っていう感じを装えるといいんだけど……。どうなるか分からないので、その確認用に、カメラをセットしておきます』――
――蓮子はベッドに寝転がり、メリーはベッド自体を背もたれにして、それぞれ読書にいそしんでいた。会話はほとんど無い。
けれど蓮子はずっとチラチラとメリーの様子を伺っている。
『ねぇメリー?』
『ん?』
『何か最近、元気ないよね』
『……そう?』
『うん。そうだよ』
『別に……気のせいじゃないかしら』
『そうかな……』
メリーは一度も振り向かなかった。蓮子は言葉が途切れた後も、不安そうにメリーの後ろ姿をうかがっていた。
『ちょっと、トイレ』
メリーがすっと立ち上がっていった。
『……そうだ、蓮子に借りてた教科書とノート』
『え?』
『机の上にまとめて置いてあるからね』
と言って、机の上を指差した。
『忘れずに持って帰ってね。ありがと』
『あ、うん』
メリーはどことなく緊張した足取りで部屋からでていった。その不自然さが、また蓮子を不安にさせたようだった。
蓮子は読んでいた本を脇に置いて、仰向けになって天井を見上げた。
『絶対どこか変よ……心配だなぁ……』
星をつかもうとするように天井に手を伸ばす。意味の無い所作だろうが、答えを掴み取ろうとしている仕草にも見える。
メリーはほどなくして戻ってきた。
『おかえり』
蓮子の気の無い言葉。
メリーは一瞬だけ机に目をやって、蓮子の教科書がまだそこにあることに気づいたようだ。かといって何か言うわけでもなく、またベッドを背もたれにして、カーぺットに腰を下ろした。
蓮子のすぐ側に、メリーの肩とうなじと後頭部がある。蓮子は何か言いたげに、憂鬱な視線をそそいでいた。
と、気合のポンプでもしぼったのか、突然蓮子は表情を発奮させた。グィと自分の体を寄せて、メリーの細い首筋に、後ろから抱きついた。
『きゃ!?』
『こらメリー、白状しなさいっ』
『ちょ、ちょっと蓮子!』
『水くさいわよ! 何か心配事があるなら私に話しなさいよ』
『は、離してよ!』
背後の蓮子からは良く見えないだろうが、メリーの頬がほんのり赤くなっている。
『だ~め! 話すのはそっちでしょ! ワケを聞かせるまで私は離さないんだから』
『蓮子やめてったら!』
メリーは頬を染めながらギュッと目をつむり、肩を暴れさせて蓮子の拘束から逃れようとする。が、蓮子は中々腕をほどかず、メリーはとうとう、溜まりかねたのか悲鳴をあげた。
『お願いよ離して! 止めて!』
それはただの声が大きいだけの悲鳴ではなく、はっきりとした拒絶を含んでいた。
蓮子はハッとして腕を解いた。その拒絶は蓮子にとって予想外だったのだろう。
『メ、メリー……』
狼狽して、言葉を失っていた。
『ご、ごめん』
と言ったのはメリーだった。
『いきなりだったから、びっくりして……も、もうっ、読書の邪魔をしないでよね!』
無理に茶化して口調を軽くするが、もう場の空気は元には戻らなかった。
その後蓮子はさらに不信感を増したに違いないだろうが、今はこれ以上もう何も言えず、時折不安げな視線を送るだけだった。
『じゃあ、そろそろ帰るね』
何時の間にか、窓の外は暗くなっていた。始終無言だったわけではないが、二人ともいつもよりは格段に口数が少ない。
『あ、教科書とノート……』
『あっと、そうだったわね』
蓮子が鞄にそれらを収めるのを、メリーはじっと見ていた。
『じゃあ……』
といって蓮子は部屋を出て、見送りをするためにメリーも後に続いた。
誰もいなくなった静かな部屋を、カメラはまだしばらくの間、黙々と記録し続けている――
ベッドに腰掛けたメリーは、すでにパジャマに着替えている。湯上りなのか、肌がほてっている。長い金髪がしっとりとしておりバスタオルがあてられていた。
『ふぅ。やっと気持ちが落ちつきました。ただいま夜の10時。蓮子が帰って、3時間ほどが経過してます』
ふとももに両手を置いて、メリーはふぅと息をついた。
『やっぱり蓮子に心配をかけていたみたいです。それに……あんな態度を取っちゃうなんて。ごめんね蓮子。けどいきなり抱きついてくるから……やだ、まだ思い出すとドキドキしちゃう』
己の鼓動を静めようとしたのか、メリーは胸に手をあてて、深呼吸をする。
『けれど、ちゃんと手紙は蓮子の手に渡りました。これで……じきに私の気持ちが伝わると思います』
少し、遠い目をする。
『私のこの気持ちが、いわゆる恋なのかどうかは、まだよく分かりません。けれど……蓮子は私にとって何者にも代えがたい人です。その蓮子が喜んでくれるのなら、私のこのあやふやな気持ちを、『愛』だと決め付けてしまう事だって……できます。世界中でただ一人、蓮子だけに抱く感情ですから、それを『愛』だと思って、何がいけないのでしょう。けれど、それを伝える勇気がありません。もし気持悪いと思われて、嫌われたらと思うと、恐い。無二の親友を失いたくない。だから言えない……そういう事を、散文的に手紙に書きました。あの手紙が、蓮子の抱えている気持の助けになってくれたらと願います。……本当の臆病者は私よね。カメラで蓮子の気持ちを知っているのに、直接言えないだなんて』
言い終えると、照れ隠しのように、笑った。
『蓮子はいつ手紙に気づくかな? 読んだかどうかが気になっちゃって、またぎこちない態度になっちゃうかも。学校で顔を合わせ辛いなぁ』
その時、画面の外から、携帯の着信音が聞こえてきた。
『あっと、電話だ。パパとママかな……?』
メリーの姿が画面外に消える。ごそごそと物音が聞こえ、二つ折り携帯が開かれるパカッという音がする。
その次に聞こえてきたメリーの声は、半ば悲鳴に近かった。
『……え!? 蓮子!?』
カメラは誰もいないベッドを映し続け、着信音はまだ続いている。
『なんだろう……まさかもう手紙を見つけて、それで電話を……!?』
着信音はいつまでも続きそうだったが、とうとう、ピッと電信音がして、それはとまった。
『も、もしもし』
迷路を目隠しで恐る恐る進んでいるような、そんな声。
『……うん、うん……え? 忘れ物? そ、そうなんだ。じゃあ、明日にでも大学で渡しましょうか? ……え!? 今から家に取りに来る!? ……や、今パパとママは家にいないから、迷惑とかじゃないけど……でも、でも、今から……? …………わかった。じゃあ待ってるね。……うん……それじゃ……』
再び電子音がして、通話は終った。
それからたたらを踏んだような、不規則な慌てた足踏みが聞こえてくる。
『ど、どうしよう! 今から蓮子が家に……! 忘れものだなんて嘘に決まってるわ! 蓮子の声、ちょっと普通じゃなかったし……絶対手紙を読んだのよっ。どうしようどうしよう! まだ心の準備ができてないよっ』
足音が、あちらこちらを駆け回る。
『パジャマのままでいいのかな……もしかすると大事な話をするのかもしれないのに……。そ、そうだ、お茶とお菓子を用意しておこう! そうよね、まずはゆっくり落ちついてお話しなきゃいけないもの』
ドタドタと足音が部屋を出て行った。それからしばらくそんな騒々しさが続いたが、画面はまだなお、誰もいないベッドを映し続けている。そうしてあと5分ほどで蓮子がやってくるだろうという頃になって、そこでようやく、
『あ、そうだ』
とメリーはカメラを手にとった。画面が、部屋のあらぬ方向を上下逆さまになったりしながら映している。
『カメラどうしよ……』
しばしの思案の後、カメラは電源を切られる事なく、いつもの撮影定位置であるタンスの上に置かれた。
『本当は切っておくべきなんだろうけど、不安なの! 最後まで見守っててね!』
と、両手を伸ばしたメリーの祈るような顔がカメラの下方に映った。
メリーはいつのまにか奇麗な部屋着に着替えていて、髪にもクシを通したようだった。
家のベルがなる直前、メリーは部屋中をうろうろと落ち着き無くさ迷っていた。
ピンポーン、とどこか間の抜けた音が鳴り響くと
『来た!』
と鼻息を荒くして、メリーは部屋を飛び出していったのだった。
――メリーがまず最初に部屋に入り、ドアを押さえたまま蓮子を部屋に招きいれた。
蓮子は初めから思いつめた表情をしていた。
『どうぞ、座って』
とメリーに言われても、曖昧に返事をするだけでで、メリーの側から離れたくないようだった。
メリーは蓮子に背を向けて、丁寧にドアをしめようとした。いつもならば、ほとんど後ろを振り返りもせず片手間に閉めるドアである。やはりメリーも緊張しているのだろうか。
『……』
そのメリーの背中を、危うい表情をした蓮子が見つめていた。
パタン、とドアが閉まって、メリーが一度肩で息をしたその時だった。
『……ッ』
蓮子はまるで吸いつくかのように、メリーを後ろから抱きしめた。
『きゃっ!?』
と驚くが、メリーは暴れなかった。あるいは、そうなるかもしれないと予感していたのかもしれない。
部屋の入り口のすぐ側で、二人は無言だった。
メリーを抱きしめる蓮子の背中を、カメラは記録し続けた。
『ごめんね。忘れ物は嘘なの』
蓮子の慎重な声。メリーは黙したままだ。
『手紙、読んだよ』
『なんのこと……?』
メリーはそういう姿勢を貫こうとしたようだったが、
『わざとじゃないと? あんなの偶然にまぎれ込むわけないじゃん』
と艶やかな声で微笑む蓮子に、早くもそれを諦めたようだった。
それ以上はシラをきらずに、ただ黙り込んだ。
『ね、メリー。あの手紙に書いてあったことは本当?』
囁くように問いかける。時間の流れがぼんやりとしたように感じられる。
『嘘じゃないよね?』
再び問うと、無言のメリーの、その後ろ髪が小さく縦に揺れた。
蓮子がメリーのうなじに顔を埋める。
『嬉しい……メリーも私と同じ気持でいてくれたんだ』
蓮子の背中から力が抜けていった。体が柔らかくなって、よりいっそうメリーの体に密着していく。
『ずっと言い出せなかった。メリーに気持悪いって思われたらどうしようって、不安だった。メリーが打ち明けてくれなかったら、きっと、私はいつまでも伝えられなかった。貴方の勇気を尊敬しちゃうわ……ありがとう』
『……あ、あのね。蓮子。実は――』
メリーが何かを伝えようとして、蓮子の腕の中でモゾモゾと振り向いた、その時だった。
互いの瞳が相手をとらえた瞬間、蓮子は強引にメリーの唇を奪った。
『うむぅ!?』
メリーはくぐもった驚きの声を上げながら、反射的に離れようとする。けれど蓮子はメリーの体を逃がさず、そのままドアに押し付ける形になった。どこか男性的で、理性の欠如を思わせる乱暴さが、その姿にはある。
『ふむっ、んー!』
がた、がた、とドアが音をたてる。
蓮子の拘束から逃れた腕が、じたばたと暴れる。が、蓮子は胴体でメリーの体を壁に押し付けながら、ほどいた自分の手とメリーの手を四つでに組ませて、さら壁に押し付けて、その動きを封じた。メリーと蓮子の体は、あらゆる部分で密着していた。
『……ふぁっ、好きよメリー。大好き。ずっとメリーに伝えたかった』
呪文のように淡々とした、けれど熱の篭った、湿り気のある声。
『うぅっ、ちょっと待ってよ蓮子! 落ち着いて!』
『もうだめ、我慢できないの。やっと……やっと……!』
唇は再びふさがれ、またしばらく、メリーのくぐもった悲鳴が続く。
と、一瞬唇が離れた隙にメリーが叫んだ。
『嫌! 恐いよ蓮子!』
数時間前と同じ、拒絶の悲鳴だった。
蓮子の背中がハッとして、メリーの体を解放した。メリーはその場にしだれ落ちる。
蓮子は狼狽して、後ずさりをした。
『あ……ご、ごめん……私、また……』
メリーは俯いて両手で顔を押さえ、泣いているように見えた。
蓮子は慌ててしゃがんで、メリーの俯いた顔を覗き込もうとする。
『ご、ごめん! ほんとにごめんねメリー!』
その蓮子の声にも涙の気配が混じっている。
『どうしようもなく嬉しくて……メリーお願いよ、嫌いになっちゃやだ、優しくするから、メリーが嫌がることはもう絶対にしないから……!』
蓮子はメリーの肩につかみかかって、気が触れたかのように叫んだ。
『なんでも言う事を聞くから! お願い私を嫌いにならないで! 私の全部を理解してくれるのはメリーしかいないの、メリーがいなくなったら私また一人になっちゃう……! メリーがいない秘封倶楽部なんて、私……』
病的なまでの切迫感が、その声に混ざり始めている。
けれど顔をあげたメリーには、それを恐れたり気味悪がる様子はなかった。いつにない蓮子の様子にいくらかは驚いているようだったが、むしろ蓮子のその秘めた危うさを、愛しく思ったのかもしれない。
メリーはまるで母親のように優しく蓮子を抱きよせて、その背中をさすった。
『ごめんね。落ち着いて。私が蓮子を嫌いになるはずないじゃない。たった二人の秘封倶楽部なんだから』
『メリー……』
穏やかに、そしておごそかに抱擁を交わす。
その時二人は、まるで女の子の夢の中にだけ存在する御伽の国の住人になったかのように、ふんわりとした時間を共有した。
が、そのメリーの視線が、カメラを向いた。
現実に帰還したメリーの眉間に、皺がよった。
『蓮子、さっき言おうとした事なんだけど……』
『ふぅ?』
蓮子はまだぽわわんとしていたが、次のメリーの言葉で、それも終った。
『……これ全部カメラで撮影してるの』
『……へ?』
魔法が終ると同時に、二人の抱擁も解けた。
『い、いったい何の話?』
『ほら、あそこ……』
メリーが指をさすと、その方向に追って、蓮子が顔を向ける。
カメラと蓮子の目が合った。
『え? え? あのぬいぐるみがどうかした……?』
『ほら、おへその辺りをよく見て』
蓮子は立ち上がり、困惑した顔でカメラに近づいていく。メリーはカーペットに座ったまま、罰の悪そうな顔でその姿を眺めていた。
蓮子がカメラ――が隠されたぬいぐるみ――をつかんだ。画面が、天井や床や蓮子の体の一部など、あらぬ方向に向く。と、蓮子のどアップになった瞳が、画面いっぱいに広がった。
『な、何これ!?』
という非難めいた声が上がって、画面がまた激しく揺れた。床に放り投げられたのか、ひっくり返った机と床が見えて、後は音声のやりとりのみが意味のある情報を成した。
『どういうつもりなの!?』
『聞いて蓮子、これにはちゃんと事情とワケが……』
『じゃあ説明してよ! ……て言うかこれいつから撮影してたの!? このぬいぐるみだいぶ前からあったんじゃない!?』
『えと……に、二週間くらい前からずっとかな……』
『ずっと、て……一緒に勉強してたときも!? 私がお泊りしたときも!? い、今も!?』
『……うん』
蓮子の罵声は途切れた。そのかわりに、『がッ』とか『だッ』とか、意味を成さない声の断片が飛び交る。
そして、
『メリーッ!?!?』
あらゆる困惑と怒りと恥ずかしさがない交ぜになった、奇妙な雄たけびが響き渡った――
『ども。マエリベリー・ハーンです』
ベッドに腰掛けたメリーは、体をシュンとさせて、弱々しい声で挨拶をした。
『それとこちらが、私の友達の宇佐見蓮子さん』
その隣には、ふくれっつらをしたメリーが腕を組んでいる。見るからに不機嫌そうな様子で、そっぽを向いていた。メリーはそれを、気まずそうにチラチラと横目で伺っている。
『え、えっと、これが最後の録画になると思います。蓮子に録画していた事実を話しました。これまでに記録した映像も全部見せました。……蓮子さんはカンカンのようです』
『あたりまえでしょっ。勝手にこんな事して……メリーの変態! 屁こき女!』
『ぐっ……』
最後の言葉は、メリーに申し訳なさを忘れさせるほど、余計な一言だったようだ。それだけ気にしているのだろう。メリーは拗ねた顔をして、ぼそっと言った。
『蓮子だっておならしてたくせに……』
先ほど自分の放屁シーンをまのあたりにした時蓮子は、顔を真っ赤にしながら「今すぐ全データを消せ!」と暴れた。そして今また、
『言うなー!』
と癇癪を起こして、メリーの肩をぽかぽかと叩いた。
『もう何でもいいから消して! 早く記録を消して!』
が、メリーは抵抗した。
『やだ! 消さない!』
『はぁ!?』
『もちろん友達に返却する前にカメラのデータは削除するわ。でも、記録はコピーして残しておくの!』
『何いってんの!?』
『だって……だってこの数週間の記録は、私達にとって大切な思いでじゃない! このカメラのおかげで、私は蓮子の気持ちを知ることができた。これは特別な記録なの! 二人の想いが篭ってるの!消すことなんてできない……』
『そりゃそうかもしれないけど……』
無言で睨み合う二人。形勢はメリーに有利なようだ。
『……うー……』
メリーの真摯な訴えに怯んだ蓮子は、俯いて、頭をガジガジとかきむしった。
『絶対他の誰かに見せない?』
蓮子が苦しげに妥協の声をあげる。メリーは必死にウンウンと首を縦に振る。
『絶対だよ!? ……わかった。許してあげる』
『本当!? ありがとう蓮子!』
きゅっと、蓮子に抱きつくメリー。
蓮子はまだどこか煮え切らない顔で、はたしてこれでいいのかと、メリーの抱擁に揺られていた。
『ね、もう一つお願いがあるの。このままキスして』
『ええ? カメラの前で……?』
『だって、さっきの蓮子のキスは乱暴だった。あんなのだけ残るなんて嫌よ』
蓮子も先ほどの暴走を悔いているのだろう。それを引き合いにだされると、弱いようだった。
『わかったわよ……』
メリーの顔に、飛び跳ねる音符が見えてきそうな、チャーミングな笑みが浮かぶ。
蓮子は苦笑いしながら、メリーの頬に手を添えた。自分の顔をちょっと傾けて、目をつむって、そのままキスをする。自然に、当たり前のようにそれは行われた。
初めは軽く触れ合うだけの子犬と子猫の可愛いキスだったけれど、メリーが、
『……もっと』
と囁くと、今度は深く長いキスが始まった。
それまで瞳を閉じていたメリーが、カメラのほうに横目を向けた。その目もとが笑った。
キスは続けたまま、メリーはゆっくりとカメラに向かって片手を伸ばした。
そして――ピース!
メリーの仕草に気づいた蓮子が、そのピースに気づいて、呆れた顔をする。
けれどもう、蓮子は最後までメリーに付き合うと覚悟を決めたようだ。メリーのまねをして、カメラに向かって手を伸ばし――ピース!
『ふふふ』
喜んだメリーは、キスをしたままくぐもった笑い声をあげる。そんなメリーのほころんだ顔を間近に、蓮子はまた苦笑い。けれどやっぱり嬉しそうでもある。
二人の向けるダブルピースを、カメラは忠実に記録し続ける。0と1とで構成された永遠に色あせない幸せが、メモリーに刻まれていく。
『ねぇメリー。お願いだから変な趣味に目覚めないでね』
『変な趣味って?』
『その、ほら、二人の行いの何もかもをカメラに映したり』
『あら、お言葉ですけど、人の服の臭いをこっそり嗅ぐほうが、よほどお変態さんな行動じゃない?』
『ぐ……あああぁやっぱりデータは消させるべきだったかしら……』
『ダメっ』
~アブノーマル・アクティビティ ~
純愛編 ~おしまい~
そしてタイトル候補二つ目の英字www
あの手のガラクタ映画は、なんか心がほっこりしてなりません。愛してる。
ホラーかと思いきや…
お金はいくらでも払いますから!
是非別の場所で続k(ry
だが、それがいい。
嬉しいじゃねーか!
「あつぼったい」って紙や布が厚いって意味らしいので「あつぼったい声」ていうのにちょっと違和感ありです。
あと、フレンチキスって舌絡めることなんですけど、唇に触れるだけのと勘違いしてませんか。
しかもだいたいあってたwww
さて、その後うっかりカメラを仕掛けてうっかり二人の愛の営みを撮影してしまったビデオはまだかな。
言い値で買おうか。
そこつっこまれるとは思わなかった!
今回に関して言えば子犬=メリー、子猫=蓮子です。(キャラ設定が作品ごとに都合よく変るので)
個人的なイメージとして、子犬にしても子猫にしてもヤンチャでキャンキャンしてはいる
んだけど、もっと細かい傾向としては、子犬=大人しくて優しい子、子猫=甘がみしまくり
の元気っ子、な感じ。まぁ個人個人で変るイメージだから表現としてはダメダメかw
しかし盗撮は良くないよ!
『パラノーマル・アクティビティ』は話題になったよね~。怖いから見れてないけどww
舌を巻く表現力だね。もっと評価されていいと思うんだけどなあ~!
『クローバーフィールド』は見たけどかなりヘコんだ・・ww お嬢様
カメラの前のメリーちゃんの仕草や、操作する描写が鬼でした。
盗撮はいけませんwww でも最近の人は駅でも堂々と携帯向けてきますからね!ww血祭り
です。そして相変わらずのエロクオリティはまさにキングです。参りました。 冥途蝶
おもしろかったですね!あんまりやらしい表現が気にならなかったですね。
最後の蓮子ちんがカメラに気づくところは、むずかしいんでしょうが見事に表現できてた気が
します。いや~よかったです! 超門番
ギャグのほうもぜひお願いします。
面白かったです。
臭いフェチ編も楽しみにしています。
ビデオカメラ視点だと通常より三割増しくらいでイケナイ感じがしますねw
良いお話をありがとうございました。
これはよかった! ちゅっちゅでよかったよ!!