窓の外が白いから、今日は多分曇り。
本当は天気はどうでもいいけれど。どうせ、今日も、ここから出ない。
ベッドの横、テーブルの上、体を起こしカメラに手を伸ばそうとして。やめた。
あれはもう使い物にならない。私の言う事を聞かないから。
少し前から、何を検索しても私が欲しい画像は出てこなくなった。出てくるのはいつもよく分からない風景ばかり。
まるで何かの骨みたいに鉄の柱がいくつも組み合わさって、錆びた赤味と夕焼けの赤味が眼を焼いた。
あまりにも強烈な赤だったから、私の眼は濁って、世界の光度は落ちていく。
寂しい景色だった。それしか、写してくれなかった。
だからもう、私はあのカメラには触らない。
焦燥感が嫌い。好きな人はいないと思う。
焦ったり、不安になったり、誰かを嫌いになったり、そんな心の動きが嫌い。
安心は最大の幸福。私のワンルームは、安心で満ちている。
でも、たまにどうしようもなく押し潰されそうになる時があって。
瓶入りの錠剤を二粒、つまんで口に放りこんでおやすみ。
それが私のハルシオンデイズ。
***
花果子念法。私が作る新聞。
誰も彼もが口を揃えてこう言う。「まるで時代遅れ」。
写真を見つけて、それだけじゃ何か分からない。
関係がありそうなワードを検索して、関係がありそうな写真を見つけて。
朧気に出来事を把握してからが、私の仕事。
机に向かって、ペンを取って。それから写真とにらめっこ。
うんうん唸りながら文章を捻り出す作業は、結構楽しい。
こんなに楽しい作業を疎かにするなんて、あいつも損してるなと思うのだ。
楽しくて、もっと考えたくて、満足した頃にはもう。
みんな別な方向を見てる。多分、そんな感じ。
***
「お前は何も知らないな」
いつだったか、山犬に言われた言葉。
そんなことはない、と私は言い返したような気がする。
知りたいことを強く想えば、それが画面に写るのだから。
それが私の力だから。
「薄っぺらいのさ」
あっそう。
ひどくムカついたから、山犬を置いてさっさと家路に着いた。それっきり会っていない。
もう随分昔の話だから、忘れてしまったことばかりだけど、そのやり取りだけは覚えている。
あの山犬は死んだだろうか。それとも。
それは留まる水のように、私も、私の空間もゆっくりと腐っていく。
黴は紫色。じくり、じくりと壁を蝕んで、光の当たらない場所を全て覆ってしまった。
目の焦点が合わない。これは私が見ている幻か何か。
ああ、でも。だからといって、それがどうしたというのだろう。
紫の黴が、私の記憶をほじくり返す。
「ただ知っているだけの情報」、はぐさりときた。
「使っている写真が古い」。そう、やっぱり。
「つまらない」。
うん。
簡単にポッキリと折れた私の心は、それはもう綺麗に真っ二つになってしまったから。
破片を両手に持った私は、じっと割れ目を見つめたまま。動いているのは時間だけ。
不意に、羽音が聞こえた。窓から入る光も狭くなった。
黒だった。逆光による影ではなくて、自らが放っている純粋な色。
鴉が窓の外から室内を覗いている。首を傾げたり、伸ばしたり、何かを探しているようだ。
とうとう、目が合った。
“こっ、きぃ、きぃ、きぃ、こっ。こっ、きぃ、こっ、こっ。こっ、きぃ。きぃ、こっ、こっ、こっ。きぃ、こっ、きぃ、こっ、こっ。きぃ、こっ、きぃ、きぃ、きぃ。きぃ、こっ。
きぃ、きぃ、こっ、きぃ、きぃ。こっ、きぃ、こっ。きぃ、こっ。きぃ、こっ、こっ、こっ。きぃ、きぃ、こっ、こっ、きぃ。こっ、こっ、きぃ、こっ、こっ。きぃ、きぃ、こっ。”
窓を嘴でつっついたりひっかいたり、やたらと忙しないアピールが続く。
ぼんやり、私はそれを聴いていた。また羽音がするまでの、ほんの、少しの間だけ。
窓際に誰も居なくなったのを確認した後、私は起こした体を再びベッドに沈めた。
何だか今日は素直に眠れそうな気がする。
眠って、今日の世界は終わりにしよう。
瞼の裏に、鉄錆と夕焼けの赤が残った。
多分、あの鴉は、私を笑っていたのだと思う。
本当は天気はどうでもいいけれど。どうせ、今日も、ここから出ない。
ベッドの横、テーブルの上、体を起こしカメラに手を伸ばそうとして。やめた。
あれはもう使い物にならない。私の言う事を聞かないから。
少し前から、何を検索しても私が欲しい画像は出てこなくなった。出てくるのはいつもよく分からない風景ばかり。
まるで何かの骨みたいに鉄の柱がいくつも組み合わさって、錆びた赤味と夕焼けの赤味が眼を焼いた。
あまりにも強烈な赤だったから、私の眼は濁って、世界の光度は落ちていく。
寂しい景色だった。それしか、写してくれなかった。
だからもう、私はあのカメラには触らない。
∽∽∽∽∽
焦燥感が嫌い。好きな人はいないと思う。
焦ったり、不安になったり、誰かを嫌いになったり、そんな心の動きが嫌い。
安心は最大の幸福。私のワンルームは、安心で満ちている。
でも、たまにどうしようもなく押し潰されそうになる時があって。
瓶入りの錠剤を二粒、つまんで口に放りこんでおやすみ。
それが私のハルシオンデイズ。
***
花果子念法。私が作る新聞。
誰も彼もが口を揃えてこう言う。「まるで時代遅れ」。
写真を見つけて、それだけじゃ何か分からない。
関係がありそうなワードを検索して、関係がありそうな写真を見つけて。
朧気に出来事を把握してからが、私の仕事。
机に向かって、ペンを取って。それから写真とにらめっこ。
うんうん唸りながら文章を捻り出す作業は、結構楽しい。
こんなに楽しい作業を疎かにするなんて、あいつも損してるなと思うのだ。
楽しくて、もっと考えたくて、満足した頃にはもう。
みんな別な方向を見てる。多分、そんな感じ。
***
「お前は何も知らないな」
いつだったか、山犬に言われた言葉。
そんなことはない、と私は言い返したような気がする。
知りたいことを強く想えば、それが画面に写るのだから。
それが私の力だから。
「薄っぺらいのさ」
あっそう。
ひどくムカついたから、山犬を置いてさっさと家路に着いた。それっきり会っていない。
もう随分昔の話だから、忘れてしまったことばかりだけど、そのやり取りだけは覚えている。
あの山犬は死んだだろうか。それとも。
∽∽∽∽∽
それは留まる水のように、私も、私の空間もゆっくりと腐っていく。
黴は紫色。じくり、じくりと壁を蝕んで、光の当たらない場所を全て覆ってしまった。
目の焦点が合わない。これは私が見ている幻か何か。
ああ、でも。だからといって、それがどうしたというのだろう。
紫の黴が、私の記憶をほじくり返す。
「ただ知っているだけの情報」、はぐさりときた。
「使っている写真が古い」。そう、やっぱり。
「つまらない」。
うん。
簡単にポッキリと折れた私の心は、それはもう綺麗に真っ二つになってしまったから。
破片を両手に持った私は、じっと割れ目を見つめたまま。動いているのは時間だけ。
不意に、羽音が聞こえた。窓から入る光も狭くなった。
黒だった。逆光による影ではなくて、自らが放っている純粋な色。
鴉が窓の外から室内を覗いている。首を傾げたり、伸ばしたり、何かを探しているようだ。
とうとう、目が合った。
“こっ、きぃ、きぃ、きぃ、こっ。こっ、きぃ、こっ、こっ。こっ、きぃ。きぃ、こっ、こっ、こっ。きぃ、こっ、きぃ、こっ、こっ。きぃ、こっ、きぃ、きぃ、きぃ。きぃ、こっ。
きぃ、きぃ、こっ、きぃ、きぃ。こっ、きぃ、こっ。きぃ、こっ。きぃ、こっ、こっ、こっ。きぃ、きぃ、こっ、こっ、きぃ。こっ、こっ、きぃ、こっ、こっ。きぃ、きぃ、こっ。”
窓を嘴でつっついたりひっかいたり、やたらと忙しないアピールが続く。
ぼんやり、私はそれを聴いていた。また羽音がするまでの、ほんの、少しの間だけ。
窓際に誰も居なくなったのを確認した後、私は起こした体を再びベッドに沈めた。
何だか今日は素直に眠れそうな気がする。
眠って、今日の世界は終わりにしよう。
瞼の裏に、鉄錆と夕焼けの赤が残った。
多分、あの鴉は、私を笑っていたのだと思う。
追ってくる。折ってくる。それが怖いから、逃げたい。けれどもそこは怪物の腹の中。見たくもない現実。
全部終わりにしてしまいたいような。
けれど、それでも、地下鉄の中に敷かれたレールを走るように、逃がしてはくれない。
そんな印象を受けた。私は、逃げたい。