Coolier - 新生・東方創想話

そして彼女は一人きりで。

2011/04/06 02:54:40
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 窓の外が白いから、今日は多分曇り。
 本当は天気はどうでもいいけれど。どうせ、今日も、ここから出ない。
 ベッドの横、テーブルの上、体を起こしカメラに手を伸ばそうとして。やめた。
 あれはもう使い物にならない。私の言う事を聞かないから。
 少し前から、何を検索しても私が欲しい画像は出てこなくなった。出てくるのはいつもよく分からない風景ばかり。
 まるで何かの骨みたいに鉄の柱がいくつも組み合わさって、錆びた赤味と夕焼けの赤味が眼を焼いた。
 あまりにも強烈な赤だったから、私の眼は濁って、世界の光度は落ちていく。
 寂しい景色だった。それしか、写してくれなかった。
 だからもう、私はあのカメラには触らない。


∽∽∽∽∽



 焦燥感が嫌い。好きな人はいないと思う。
 焦ったり、不安になったり、誰かを嫌いになったり、そんな心の動きが嫌い。
 安心は最大の幸福。私のワンルームは、安心で満ちている。
 でも、たまにどうしようもなく押し潰されそうになる時があって。
 瓶入りの錠剤を二粒、つまんで口に放りこんでおやすみ。
 それが私のハルシオンデイズ。

***

 花果子念法。私が作る新聞。
 誰も彼もが口を揃えてこう言う。「まるで時代遅れ」。
 写真を見つけて、それだけじゃ何か分からない。
 関係がありそうなワードを検索して、関係がありそうな写真を見つけて。
 朧気に出来事を把握してからが、私の仕事。
 机に向かって、ペンを取って。それから写真とにらめっこ。
 うんうん唸りながら文章を捻り出す作業は、結構楽しい。
 こんなに楽しい作業を疎かにするなんて、あいつも損してるなと思うのだ。
 楽しくて、もっと考えたくて、満足した頃にはもう。
 みんな別な方向を見てる。多分、そんな感じ。

***

 「お前は何も知らないな」
 いつだったか、山犬に言われた言葉。
 そんなことはない、と私は言い返したような気がする。
 知りたいことを強く想えば、それが画面に写るのだから。
 それが私の力だから。
 「薄っぺらいのさ」
 あっそう。
 ひどくムカついたから、山犬を置いてさっさと家路に着いた。それっきり会っていない。
 もう随分昔の話だから、忘れてしまったことばかりだけど、そのやり取りだけは覚えている。
 あの山犬は死んだだろうか。それとも。


∽∽∽∽∽



 それは留まる水のように、私も、私の空間もゆっくりと腐っていく。
 黴は紫色。じくり、じくりと壁を蝕んで、光の当たらない場所を全て覆ってしまった。
 目の焦点が合わない。これは私が見ている幻か何か。
 ああ、でも。だからといって、それがどうしたというのだろう。
 紫の黴が、私の記憶をほじくり返す。
 「ただ知っているだけの情報」、はぐさりときた。
 「使っている写真が古い」。そう、やっぱり。
 「つまらない」。
 うん。
 簡単にポッキリと折れた私の心は、それはもう綺麗に真っ二つになってしまったから。
 破片を両手に持った私は、じっと割れ目を見つめたまま。動いているのは時間だけ。
 不意に、羽音が聞こえた。窓から入る光も狭くなった。
 黒だった。逆光による影ではなくて、自らが放っている純粋な色。
 鴉が窓の外から室内を覗いている。首を傾げたり、伸ばしたり、何かを探しているようだ。
 とうとう、目が合った。

 “こっ、きぃ、きぃ、きぃ、こっ。こっ、きぃ、こっ、こっ。こっ、きぃ。きぃ、こっ、こっ、こっ。きぃ、こっ、きぃ、こっ、こっ。きぃ、こっ、きぃ、きぃ、きぃ。きぃ、こっ。
 きぃ、きぃ、こっ、きぃ、きぃ。こっ、きぃ、こっ。きぃ、こっ。きぃ、こっ、こっ、こっ。きぃ、きぃ、こっ、こっ、きぃ。こっ、こっ、きぃ、こっ、こっ。きぃ、きぃ、こっ。”

 窓を嘴でつっついたりひっかいたり、やたらと忙しないアピールが続く。
 ぼんやり、私はそれを聴いていた。また羽音がするまでの、ほんの、少しの間だけ。
 窓際に誰も居なくなったのを確認した後、私は起こした体を再びベッドに沈めた。
 何だか今日は素直に眠れそうな気がする。
 眠って、今日の世界は終わりにしよう。

 瞼の裏に、鉄錆と夕焼けの赤が残った。



 多分、あの鴉は、私を笑っていたのだと思う。
逃げたい。
わおん
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コメント



0.1070簡易評価
1.100奇声を発する程度の能力削除
素敵
2.90つくし削除
よい退廃感と倦怠感であります
5.無評価名前が無い程度の能力削除
法 報
13.100名前が無い程度の能力削除
逃げたいけど、逃げたら終わる現実世界。私も逃げたい。そんな気持ちにさせられました。
14.90名前が無い程度の能力削除
逃げたくても、自分がそこに内包されているのだから、絶対に逃げ切れない。
追ってくる。折ってくる。それが怖いから、逃げたい。けれどもそこは怪物の腹の中。見たくもない現実。
全部終わりにしてしまいたいような。
けれど、それでも、地下鉄の中に敷かれたレールを走るように、逃がしてはくれない。
そんな印象を受けた。私は、逃げたい。
15.100名前が無い程度の能力削除
『安息の日々』ハルシオンデイズは睡眠薬じみた日常風景。
16.80名前が無い程度の能力削除
まるで詩のような素敵な文章で、心地良かったです
17.80名前が無い程度の能力削除
一億一千百二十二万二千百十一って紙に書いて窓から見えるように貼っときなよ
23.100名前が無い程度の能力削除
この作品好きです。
25.80名前が無い程度の能力削除
いい作品でした。