Coolier - 新生・東方創想話

森とお肉と原風景

2011/04/05 13:41:03
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 【注意書き】

 地の文を可能な限り排除した、魔理沙の一人語り文章になります。
 筆力向上にと思って書いた作品ですが、口に合わなかった場合はご容赦下さい。
 少々のゴア表現、及び不潔な描写が混じっておりますので、それもご注意下さい。

***

 【博麗神社の宴会にて】

 よー、お前ら。元気に飲んでるか? 宴会幹事役の魔理沙さんが見回りに来たぜー
 酒は足りてるか? つまみは? ……なんだ、このグループには咲夜がいたのか。なら平気だな。
 レミリアの様子? 霊夢に絡み酒をしてるよ。いつもの通りだから、お前も好きにしたらええ。
 ん、私と飲み比べか? もちろん受けて立つぜ! さあ、かかって来い!

 (少女飲酒中...)

 んぐっ、んぐっ、んぐっ……ぷはぁ! 美味い! やっぱり宴会で飲む酒は格別だな!
 美味いけどもう呑めない! 参った、私の負けだ!
 ええいチクショウ、このお淑やかで、お洒落で、お上品で、お下戸な魔理沙さんに連戦を挑むとは、卑怯な奴らだぜ!
 ……突っ込み無しは辛いんだぜ? まあいいや、罰ゲームは何だ?

 過去話? 私のか? 妙な事を聞きたがる奴らだな……。
 聞いてもつまらないし、宴会の席で話すこっちゃあない。
 だからより良い宴会人生を送るためにも、もっと有意義で価値のある話をするべきだ。そう思わないか?

 ……分かった! 分かったからお前ら、その物騒な得物を引っ込めてくれ! 話すから!
 全く、幻想郷の住人は手と気が早くて困るぜ……。
 とりあえず、酒の追加だ。呑み比べに使うのじゃなくて、頭にガンッと来るキツイのを頼む。

 で、どこから話すかね。何が聞きたい?
 実家? 私の生家の事か? それに関しては、自分で見てくれ。
 里で一番でかい家具屋だから見りゃあ分かる。百聞は一見に如かずさ。
 要するに、聞きたいのは私が家を出た時の話か? それならそうと直接言えよ。
 いいぜ、話してやろう。でももう一度だけ断っておくが、本当につまらない話だからな?


 ***


 私が家を出たのは、数えで12の頃だ。
 私は遅生まれだったから、満年齢で言うと10才ちょっとってところかな。

 物覚えついた頃から、私は人一倍好奇心の強い子でな。
 読み書きこそ教えられていたが、毎日のように里の中を走り回っては、
 夜遅くに使用人や親父に見つかって、渋々家に帰る。
 そんな……まあ、ちょっと上等な、でも普通の生活をしていたんだ。
 ここら辺は割愛するぞ。一々描写してたらキリがない。
 だがまあ、自分で言うのも何だが可愛い方だったんじゃないかな。

 そんなある日、私は思い立って『魔法使いになりたい!』と思った。
 そう思った理由は沢山あるんだが……これも割愛するぞ。理由は同じだ。
 ……うるせぇ! 文句があるならまた今度の宴会で挑んで来やがれ!

 続けるぞ! ……それでその事を思い立った夜に、丁度その話になったから親父に話したんだ。
 『私は将来、魔法使いになりたい!』ってな。

 その時、私は賛成してもらえると思っていた。
 こーりんの例もあるし、付喪神やらなにやらの事を考えると、道具屋にはそっちの心得があった方がいいしな。
 憧れと実利が合わさった、良い夢だろう?
 でも、親父は激怒した。『あんな詐欺師に憧れるとは何事だ!』ってな。

 これは後から知ったんだが、どうもその時期、
 悪質な自称魔法使いが店に詐欺を働いて、結構な損害を出していたらしい。だから過敏に反応したんだろうな。
 でも、そんな事情を知らない私は、夢を頭ごなしに否定されてカチンと来た。
 そこから先は、罵詈雑言入り乱れる大喧嘩だ。いつもなら止めてくれる母親も、その時は風呂に入っていた。

 それでまあ、いつもなら空き倉庫なり押し入れなりに放り込まれて反省タイムなんだが、
 今も言った通り、親父の虫の居所はかなーり悪かった。
 私は店の前に叩き出されて、地面に叩きつけられたんだよ。
 後ろを振り返ると、扉が閉まるところだった。

 慌てて私が扉に駆け寄ると、既に中から鍵が下ろされていて、
 中から親父の怒鳴り声が聞こえてきた。
 『お前など、うちの子ではない! 出て行け、二度と戻ってくるな!』ってな。

 頭を木槌でぶん殴られたような衝撃だったよ。
 恥ずかしい話だが、一人娘だったから何やかんやと甘やかされて育ってたんだ。
 我が儘を言っても、叱られたりお仕置きを受けても最終的には通ってたんだ。

 それが、今度ばかりはマジだと思った。
 あんなに怒った親父は、初めて見た。
 今思えば単なる売り言葉に買い言葉なんだが、な。

 呆然と閉ざされた扉を見ていたんだが、そうしているうちに段々と実感がわいてきて、目からは大粒の涙がこぼれて来た。
 しゃっくり上げながら扉をドンドンと叩いて、必死に謝った。ごめんなさい、ごめんなさい! って。
 でも、扉が開くことはついに無かった。

 しばらくそのまま泣いていたが、そうしてばかりもいられなくなった。
 雪が、降って来たんだ。
 私は当てもなく、夜の人里を歩き始めた。

 着ているものは薄い部屋着と、偶々着ていたちゃんちゃんこ一枚っきりで、靴はおろか草鞋すらない裸足の状態だ。
 幸いにも風は弱かったが、その分乾燥していて、肌を切るような寒さがあった。
 お隣さんや近所の家は灯りが消えていたし、出て行けと言われた手前、早く遠くに行きたかった。
 できる事なら、そのまま消えてしまいたかった。

 友達の家に迷惑はかけたくなかったし、私は寺子屋には通っていなかった。
 だから、私はこーりんの所に行こうとしたんだ。
 悪戯をやりすぎて怒られた時、一緒に謝ってくれるのはいつもこーりんだったから、
 今回もきっと何とかしてくれるって、そう思ったんだ。

 その途中、寒さに耐えられなくなった私は、民家の玄関に置いたあった草鞋と編み笠と蓑を頂戴した。
 ごめんなさい、ごめんなさいってベソをかきながらな。
 多分、これが私の初めての……まあ、『借りた』経験だな。

 草履は子供の足には大きすぎて、足の親指と人差し指の間に挟まる縄が肉に食い込んだ。
 でも、地面から来る寒さは感じなくなった。編み笠はとても重かったが、暖かかった。

 それから私は、ひたすら歩き続けた。
 人里は狭いが、子供の足では果てから果てまでは遠い。
 その上、時々立ち止まっては未練タラタラに後ろを振り返って、
 犬の遠吠えがある度に慌てて物陰に隠れてビクビクして、泣きながら歩いてたんだ。
 そりゃあ、遅いさ。

 そうこうしているうちに、私は里の端まで到着した。
 そこから先は民家もまばらで、灯り一つ無い牧草地帯だ。
 足元も碌に見えないような田舎道を、月明かりだけを頼りに進まなけりゃこーりんの所には辿り着けない。
 頼りのお月様も、雪が降っていることから分かるように、雲間からチラチラと顔を覗かせる程度だ。
 妖怪や獣が出るとも教え込まれてたし、とてもじゃないが進む勇気が沸かない。

 そうやって躊躇していると、後ろから声が聞こえたんだ。
 『魔理沙、どこだー!』ってな。
 親父の声だった。

 親父の声を聞いてまず、安心よりも恐怖が先に立って背筋が凍りついた。
 また、叱られると思ったんだ。

 見つかったらいつものように連れ戻されて、叱られて、改めて追い出される。
 そんな風に想像したら、既に枯れていた筈の涙までぶり返してきやがった。
 その恐怖に比べたら、目の前の暗い道なんか大した事が無いように思えて来た。
 とにかく親父から離れたい。その一心で私は人里を後にした。

 お前らも、よく覚えて置けよ。
 子供にとって一番怖いのは、親に叱られることなんだ。
 それに比べれば、例えば転んで囲炉裏に突っ込んだとか、
 高いところから落ちて足を折った、なんてのは瑣末事なんだよ。
 それよりも『こんなポカをしちゃって、怒られる!』って気持ちが、大怪我を隠させるんだ。

 と、いかんいかん。無駄に場が暗くなってきやがったな。
 おい、酒の追加だ。さっきよりきついのを寄越せ!
 ……ぷはぁ! よし、続きだ! ここから先は、他言無用だからな!

 駆り立てられる兎のように、私は必死に前に前に進んだ。
 親父の持つ松明の灯りが見えなくなって、人里の灯りが見えなくなって、
 民家が無くなった辺りで漸く一息ついて……道に迷った事に、気が付いた。

 途端に怖くなった私は、とにかく森を目指す事にした。
 戻るのは有り得ないし、こーりんの所に行けば何とかなる!
 そう考えて、こんもりと黒く生い茂る森を目指して足をひたすら動かした。

 幸運なことに、私は妖怪には出会わずに魔法の森に到着する事ができた。
 しかし私の幸運はそこまでだったようで、その辺りはこーりん堂とは別の森の入り口だった。
 ほら、アリスが里に来るのに使う道があるだろう? あの辺りだよ。全然別方向だろう?
 でもまあ、当時の私にはそんな事は分からなかったからな。
 森への入り口を見つけた事で何故か安心して、森の中へと足を踏み入れてしまったんだ。

 森に入ってしばらく歩くと、あっと言う間に道を見失った。
 子供心にヤバいかなって思った時には既に遅く、道に迷っていた。当たり前だな。
 パニックになった私に、その場で朝までじっとしているとか、
 獣を避けて木に登るとかの案が考えつく筈も無く。
 なけなしの体力を消費しながら、暗闇の中を歩き続けたんだ。

 夜の森は、とても危険だ。
 木々に邪魔されて、月明かりも禄に届かないから、足元は疎か、伸ばした手の先すらまともに見えないんだ。
 それなのに地面には木の根や深い藪がビッシリと這い回っているし、小さな崖もあちこちにある。
 ちょっと歩いただけなのに、私の全身は傷だらけになっていたし、手足の先からは血が滲んだ。
 蓑と編み笠だけで寒さが防ぎきれる筈もなく、夜露に濡れて震えも止まらない。
 一条の月明かりが差し込む一角に辿り着いた瞬間、私は座り込んで泣き出してしまったよ。

 泣いて泣いて、喚いて、誰かに謝って、もう我が儘は言わないから、
 お家に帰りたいと言い出して、でも帰る家はもう無いと思い出して。
 自暴自棄になって、私は大の字に寝っ転がった。

 木々の切れ目から、お月様と星が見えたのを覚えているよ。
 とても、綺麗だった。
 手を伸ばしてみたが、全然届かなかったな。
 ああ、とても綺麗だったよ。
 綺麗だったんだ……。

 ん、こんな事はどうでもいいな。
 そうしてボンヤリしている間に、近くから音が聞こえてきたんだ。
 慌てて慌てて立ち上がってそっちを見てみると、一匹の狼がいた。

 狼と言っても小さなもので、全長は1mほどの、まあ中型サイズの狼だった。
 まあ、それでも当時の私よりはずっと大きかった。
 それが私の居た所の近くで暴れだしたんだから、その怖さと言ったら無かったな。
 逃げるとか隠れるとか、そんな考えは頭に浮かばず、腰が抜けて動けなくなってしまった。

 でも、様子がおかしい。
 同じ場所をグルグルと回って、頭をガンガンと木にぶつけて、
 しきりに前脚を打ち鳴らしたりするだけで、何もしないんだ。
 目も血走っていたし、涎もダラダラと垂れ流しだった。
 今の視点で解説すると、キノコの胞子に負けて脳が破壊されていたんだ。

 最初こそビックリしたが、襲われる様子は無さそうだ。
 そう思った瞬間、持ち前の好奇心も手伝って観察する事ができた。
 まあ、他に何もできなかっただけでもあるんだが。

 しばらく暴れていた狼だったか、次第に動かなくなって行き、ついには血の泡を噴きながら動かなくなった。
 あまりに凄惨な光景に私は呆然としてしまって、観察すらできなくなった。
 何とか深呼吸をして落ち着こうとしたが、深呼吸をする度に気分が悪くなって、吐き気を堪えるに苦労した。

 よくよく考えれば、当たり前の話だな。
 瘴気……森の毒気に何の耐性も持たない人間の子供が、夜の森にいる時点でヤバいんだ。
 それまでなんにも無かったのが奇跡に近いって言うのに、
 ストレスで過呼吸を引き起こしながら、深呼吸で大量の胞子を取り込んだんだ。
 これでヤバイと思わない奴は、この中には居ないだろう。ここに辿り着く前に死んでいる筈だからな。
 とは言え、即死しなかっただけ私には適性があったんだろうな。

 空腹と、疲労と、寒さと、瘴気酔いのせいで、私は意識を失った。

 朦朧とする意識の中で、私は夢を見た。今でも鮮明に覚えてる。
 私はいつの間にか家に帰っていて、両親とともに暖かい食卓を囲んでいるんだ。
 その食卓で私は、こーりんに会うまでのちょっとした大冒険を自慢気に話した上で、両親に謝るんだよ。
 ワガママを言って、ごめんなさいってな。

 両親はそれを笑って許してくれて、一緒に風呂に入って、同じ布団で寝るんだ。
 今思うと、私の願望を、森の魔力が夢の形で具現化させたんだろうな。
 帰りたかったんだ。私は。両親の元に。

 まあ、夢は夢だ。現実は甘くない。
 翌朝、私は酷い悪臭が目と鼻に染みて目を覚ました。
 太陽の力は偉大で、弱々しい月明かりと違って森の中でもくっきりと物が見えた。
 そこにあったのは、喉元を食いちぎられた狼の死体と、内臓と毛皮に包まれて眠る私だった。

 パニックになって立ち上がると、猛烈な吐き気とめまいが襲ってきた。
 再び四つん這いになって胃の中の物をぶちまけると、大量の血と肉と毛皮が出てきた。
 その意味する所を理解して、私は再び吐いた。

 そうさ。
 喰ったんだよ。頭をやられて死んだ狼を。無意識の私はさ。

 両親との暖かい食事は、狼のまだ暖かい新鮮な肉。
 風呂は血と臓物のプールで、布団は肉がまだ残る毛皮さ。
 種が割れれば何と言う事も無い、大した願望だよ。

 胃の中身を全部ぶちまけた後、改めて私は狼の死体を見た。
 寒かったお陰か、腐敗は進んでいない様子で、虫もたかっていなかった。
 それを見た私は……『美味しそう』と思ってしまったんだ。

 自分のそんな考えがたまらなく怖くて、慌ててその場を立ち去った。
 羽織っていた毛皮もよっぽど捨てようかと思ったんだが、これがまた暖かくてな。
 もう鼻がいかれてたから臭いも気にならなくなってたし、そのまま着ている事にした。
 これで少なくとも、寝ている間に凍え死ぬ心配は無くなった。
 毛皮の内側には肉が大量に残ってたからすっごい臭かったけど、それが腐敗する時の熱が……あー、すまんすまん。

 自分の凄惨な姿を省り見て、もうこーりんには会いたくないと思った私は、再び当ても無くさまよい始めた。
 途中で他の獣に会う事もあったが大概は頭がやられていたし、
 そうでなくともフラフラで、子供の私にも抵抗できないような奴ばかりだった。
 まあ、森の胞子は素養の無い動物には辛いからな。今でも森に行けばそう言うのが転がってるよ。

 瘴気さえ抜けば普通に食えるから、手軽に肉が食いたければ……いらない? あっ、そう。
 いや、私は食べないぜ。和食派だからな。鹿とか兎とかがいたら、保存食にするくらいかな。

 とにかく、そう言う奴がいたら私は死ぬのを待ってその場で待機した。
 意識があるうちに、死んだ獣の首筋を噛み千切ろうとしたが、それはダメだった。
 まだ脈動している血管とか、温度の残ってる肉とか……
 それに正気の状態で食らい付くのは、とにかくダメだったんだ。

 だから、夜を待った。
 夜になると私は意識を失って、朝になると食事が終わってるんだ。

 汚い話だが、慣れない食事に腹を下して一日中のた打ち回る時もあったし、
 キノコに当たって身動きが取れず、垂れ流しの糞便の悪臭立ち込める中で眠る事もあった。

 でも、次第に腹を下す回数が減ってきて、キノコの毒に耐性ができてきた。
 代わりに、昼間でも意識が無くなる事が増えてきた。
 少しの間借りるだけのつもりだった蓑は、薄汚れてもう二度と返せないような代物になっていた。

 身動きが取れずにうずくまっている獣相手には、石を持って襲い掛かった。
 怪我をする事もあったが、痛みは感じなかった。ただ空腹を満たしたかった。
 舌が痺れて言葉を話すことができなくなって、『うぅ』とか『あぁ』とかの呻き声しか出せなくなった。
 怪我が元で右手が使えなくなったから、手を使わないで食事することが増えた。
 昼間に血を啜っても、吐かなくなった。

 そんな生活を続けて、大体二週間くらいか?
 森の中で、初めて妖怪にも出会った。が、こちらに興味を示さなかった。
 そりゃそうだ、妖怪にだって食う人間を選ぶ権利くらいある。
 その時の私の格好は……まあ、ご想像にお任せする。

 森を出る機会? もちろんあったさ。何度か森の端に辿り着いた事はあったよ。
 ただ、その度に引き返した。仮に森の外に出たとしても、帰る場所なんて無かったしな。
 そのまま森の中で、今まで見てきた動物達と同じように死んで行く。
 最後には私もおかしくなって、食われて、居なくなる。
 子供心にそんな覚悟が生まれるくらいには、『死』に触れ続けたよ。

 そんな風に彷徨っていたから、森の中に家を見つけた時はもの凄く驚いた。

 一応残っていた思考に従って家の中を覗き込んでみたところ、
 誰かが暖炉に向かって作業をしている所だった。
 外まで良い匂いが立ち込めていたから、料理をしているんだと解釈した。
 悪臭には慣れても、良い匂いは分かるんだよな。
 私の頭の中は、それをどうにかして頂戴することしか考えられなくなった。

 最初は、家人に悟られないように表に回って扉を開けようとした。
 しかし、当たり前だが扉には鍵がかかっている。そこからは侵入できない。
 仕方無く周囲をウロウロしながら観察していると……何と、窓の開いた部屋があるじゃないか!
 私はそこから中に入り込むと、そっと居間に続く扉を開いた。

 料理をしていたのは女性で、非常に……脆そうに見えた。
 少なくとも、獣よりはよっぽどな。
 脳天を石で殴りつけ、首をかき切れば子供の私でも殺せるだろう。
 ここをねぐらにすれば寒くないだろうし、万々歳だ!

 そう考えた私は、すっかり愛用品となった尖った石を握り締めてじっと機会を待った。
 扉の影から、気が付かれないように、な。

 じっと身を潜めているうちに、早速機会が訪れた。
 女性が手にしていたスプーンを取り落として、しかも机の下に蹴り入れてしまったんだ。
 慌てた様子で女性は四つん這いになって、机の下に手を伸ばしている。
 つまり、頭が私の身長の所まで降りてきている。
 今だ! 私は手に持った石を大きく掲げて、女性の脳天目掛けて真っ直ぐに振り下ろした!

 グシャッと頭蓋骨の割れる感覚! ……の代わりにやってきたのは、堅い床を殴る痛みだった。
 完璧だと思っていた私の攻撃はしかし、女性には当たっていなかったんだ。

 それどころか、私の一連の行動は意に返されてすらいなかった。
 たたらを踏んだ所を後ろから掴まれて、目線の高さまで持ち上げられて、ジロジロと観察されていたんだ。
 混乱していた私は、手にした石をしっちゃかめっちゃかに振り回した……んだが、
 何故か女性には当たらずに体を素通りしてしまう。
 それでもなお暴れていると、急に手が軽くなった。
 女性の手が私の手を通り抜けて、頼りにしていた石だけを掬い取ったんだ。

 こちらの手は相手に当たらないのに、相手の手はこちらに当たる。化け物だ!
 もう訳が分からなくて、錯乱した私は呻きながら夢中で暴れた!

 しかし、そんな抵抗は無駄だった。
 女性が私の頭を強くつっついた瞬間、私の意識はプツンと途切れてしまったんだ。

 次に目を覚ましたのは、ベッドの中でだった。
 身包みは全部脱がされて、代わりに包帯でグルグル巻きにされていた。
 何か着る物は無いかと当たりを見回していたら、部屋の扉が開いてさっきの女性が入ってきた。

 その顔を見て、自分のやった事とその失敗を思い出した私は、大いに慌てた。
 そんなあたふたしている私の様子を無視して、女性は手に持っていた小瓶を私に手渡してきたんだ。

 小瓶の中には、青く光るドロッとした液体が入っていた。あからさまに妙な代物だ。
 私が渋っていると、女性は美味しそうなスープを持ってきて、私に匂いを嗅がせた。
 その素晴らしい匂いに対して、私のお腹は実に正直な反応を示した。
 女性は「その小瓶の中身を飲み干したら、こっちのスープもあげるよ」と言ってきた。

 そんな誘惑に勝てる筈も無く、私は素直に小瓶の蓋を開けると、勢い良くそれを飲み干した。
 すっげぇ甘ったるかった。

 何とか飲み終わったのだが、私がスープにありつける事は無かった。
 正確には、それどころじゃなかった。全身からぶわっと汗が吹き出て、猛烈に痛み始めたんだ。

 いや、それは汗じゃなかった。
 それは真っ黒で、光も無いのにテラテラと油のように光って、とても粘性の高い……
 私の体内を蝕んでいた、森の瘴気そのものだったんだ。
 青い薬は、私からそれを追い出すための薬だったわけだな。

 激しい苦痛が私を襲った。
 まるで、生きたまま皮膚の下の血管を引きずり出されるかのように、
 ズルズルと私の体内からドス黒い液体が滲み出てくるんだ。
 あれに比べれば、弾幕ごっこの怪我なんて痛みすら感じないレベルさ。
 私の心臓は耐えきれずに何度か止まったらしいんだが、その度に蘇生させられた。
 舌を噛み千切ろうとしたんだが、その時には既に口に布が押し込まれていた。

 ……いやまあ、私がここにいるんだから無事だったよ。
 どれくらいの時間が経ったか分からないが、気が付いた時には日が沈んでいたのは覚えている。
 苦痛が去った後には、妙に爽やかって言うか……とにかく、悪くない気分になっていた。
 言葉も話せるようになっていたし、いつの間にか右手も動くようになっていた。
 改めてスープをご馳走になって、女性に事情を話したんだ。
 話をしているうちに、やっと私は人間に戻れたんだと思った。
 女性も親身になって話を聞いてくれたよ。

 そして、最後に聞いたんだ。
 『お姉さんは、魔法使いなの? それなら私も魔法使いになれる?』ってな。
 そうしたら女性は頷いて、私を弟子にしてくれると言ってくれた。

 かくして、私は魔法使いになるための修行を開始した。
 私はその後、女性と一緒に霊夢相手に戦い挑むんだが……それはまたの機会にな。
 ご静聴、感謝する。何か質問がある奴は……はい、文。

 ああ、この話が本当かどうかって? それは好きに解釈してくれ。
 現に少しばかりの脚色をしている事を認めるのは吝かでは無いし、私は嘘つきだからな。
 特に最後の方は、女性ともう一悶着あったんだが割愛した。

 真相が知りたい? オフレコだって言っただろう、このパパラッチめ!
 とは言え、記事になんてならないだろう、こんな程度の事。普通だって、普通。

 ここにいる連中なら、大なり小なり似たような経験はしてる筈さ。文だってそうだろう?
 命名決闘法が施行される前の、昔話とか聞いてやろうか? ……睨むなよ。
 ほら、この話を突き詰めっちまうと不幸自慢大会が始まっちまう。
 だから、大した話じゃないのさ。

 それでも聞きたいってんなら……ほら、あっちで紫と話してる緑髪の足無し幽霊がいるだろう?
 あれが話に出て来た私の師匠だから、聞いてみるといい。
 ああ見えて話好きだから、脚色で隠してたエグい部分も話してくれる筈だぜ。
 さすがに、アレ以上のゴア表現は食事中にするもんじゃない。
 腕が根元から腐りかけて……はいはい、ジョークジョーク。

 次の質問は……じゃあ、天子。
 両親? 私の? いや、あれからは会って無いぜ。会う気も無い。
 どうせもう死んだと思われてるだろうし、死んだ扱いだろう。
 なら、いいさ。私は死んだ人間で、家族はペットのツチノコだけ。それでいい。
 わざわざ嫌な思い出を掘り返すのは、お互いのためにならないぜ。

 何か変な質問ばっかりだな。
 もっとこう、森の寒さとか、狼の生肉の味とか、そんなのを聞いてもいいんだぜ?
 もう、殆ど覚えてないけどな!

 じゃあ……はい、パチュリー。
 ……ふむふむ。話に出てきた、黒い粘液が気になるのか?
 まあ、森の瘴気の凝縮液だからな。魔術の触媒としての優秀さは保証するぜ。
 在庫はいくらかあるから、欲しいなら分けてやってもいい。

 ……自分で作るって?
 悪いことは言わないから、お前さんは止めておけ。体が持たないぜ。
 いや、どう言うことって言われても、そう言う事だよ。
 言っただろ、『在庫はある』って。

 ほれ、これが話に出てきた青い薬だ。
 試してみるのは構わんけど、小町の仕事を増やしてやるなよ。
 可能なら、従順な人間の子供でも手懐けて、そいつを生成役にさせるといい。
 一回やる度に魔力のキャパシティも上がるから、弟子としても優秀になるぜ。お勧めだ。

 ふぁぁ……酒が回ってきたかな。眠いぜ。
 次の質問でラストにするからなー……じゃあ、アリス。

 ……狂気? 森のか? え、違う? もっと全般に渡って?
 ……いや、すまん。何を聞かれてるのか、素で分からないんだが?
 以前泊まった時? ……あー、はいはい! 永夜異変の時の話か!
 確か永琳だったか輝夜だったかと戦った時に嘯いたあの台詞! 懐かしいな~。負けたけど楽しかったぜ。

 おう、言っただろう。『狂うのには慣れてる』って。
 一度完全に狂った経験さえあれば、リカバリーも速いってもんだよ。
 だがまぁ、真似しない方がいいとは思うぞ。都会派には難しい方法だろう。残念だったなー

 無茶って言われても、私にはこれしか無いからな。
 少しくらい無茶をしないと、お前らに付いていけないんだよ。このインチキ生物(ナマモノ)どもめ。
 見てろよ。パチュリーに本を返すまでに一度くらいは、お前ら全員に一泡吹かせてやるからな!

 ふぁう……んー……悪い、もう本格的に眠い。寝る。
 続きが聞きたい奴は、また次の機会に、私を負かすんだ……ぜ……zzz
 
 

 (了)
 ( ・3・)ぷにぅ ←この物語はフィクションであると念を押す時の顔

 エイプリル・フール(遅刻)と言う事で、過去捏造企画・第一弾を立ち上げてみました。
 第一弾ですが、続く予定は全くありません。

 ただの道具屋の娘だった魔理沙が、弾幕ごっこと言う縛りの上でとは言え、
 上級妖怪や神様、そして博麗の巫女を相手に戦えている『今』に至るまでの間には、一体何があったのでしょうか?
 それを軽く想像してみた結果がこの作品です。
 ifネタとして楽しんで頂ければ幸いです。

 子供としては大変な経験だったとは思いますが、何かと訳有りな輩の多い幻想郷です。
 魔理沙は自身の経験など大した事ではないと思っているようですが、
 それでも、本人に与えた影響はとても大きいようで。

 逞しい子に幸あれ。

~後日追記~
編集用のパスワードを(やっと)思い出したので微修整しました。
>12コチドリ様、感謝いたします。
LOS-V
簡易評価

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コメント



0.1230簡易評価
1.70奇声を発する程度の能力削除
怖ー…
4.80愚迂多良童子削除
あながち無さそうな話でもないなと思う。
7.100名前が無い程度の能力削除
はっ、気付いたら全部読み終わってた。
妖怪どもには普通の話でも、人間からしてみればこれもう殆ど人間止めちゃってますよねー。
てかきっともう、人間の子供手なづけてとか普通に言っちゃってる時点でもう。
11.90コチドリ削除
全部魔理沙のホラ話だと思うかマジモンのホラー話だと信じるか、それが問題だ。

前者ならホッと一息。でも面白さでいえば断然後者。
読者が悩むことを見越しての全編一人語りだとしたら、見事に作者様の術中に嵌ってますね、私は。
うーん、ニクイニクイ。
12.無評価コチドリ削除
ちょっと気になったところを

>そこから先は、喧々諤々の大喧嘩だ →喧々囂々と侃々諤々が混ざってますね。
>あんなに怒った親父は、始めて見た →初めて見た
>そうしているうちに段々と実感が沸いてきて →辞書的には〝実感がわいてきて〟みたいです
>でも、扉かが開くことはついに無かった →扉が開くことは
>とてもじゃないが進む勇気が沸かない →勇気が湧かない
>足元は愚か、伸ばした手の先すらまともに見えないんだ →足元は疎か
>即死しなかっただけ私には適正があったんだろうな →適性があったんだろうな
>外まで良い匂いが立ち込めていていたから →立ち込めていたから?
>目の前には、じっとこちらを見ている女性の顔があって、こちらをじっと見ている
 →じっとこちらを見ている女性の顔があるor女性の顔があって、こちらをじっと見ている。で宜しいのではないかと
13.100名前が無い程度の能力削除
面白い
もっと聞きたくなる。
14.80名前が無い程度の能力削除
魔理沙がこっち側じゃないね。
すっげー妖怪側。
でも、それが普通、なのかも
19.100名前が無い程度の能力削除
数日後、そこには元気よく蛋白源を探す霊夢の姿が……なんてばかな後日談を考えついたりして。


こういう暗い背景も、幻想郷ならあり得るかもと思わせてくれる作品ですね。
話が本当だとしたら魔理沙も完全に人外ですね。
20.100名前が無い程度の能力削除
一人語りなのに、みんなマジで聞き入っててアリスあたりはマジで心配してそうな雰囲気ww
嘘であってほしい反面本当ならそれはそれで面白そう。
隠してるが実は弾幕ごっこ抜きで最強クラスの魔理沙とかアリかも
21.100名前が無い程度の能力削除
すっかり聞き入ってしまいました。
>ほら、この話を突き詰めっちまうと不幸自慢大会が始まっちまう。
ここ大好き。幻想郷のキャラは結構ヘビーな過去持ってる方多いんですよね。ただそれを引きずってはいない。
そんな彼女らが大好きです。