Coolier - 新生・東方創想話

たましいの眠る場所

2011/04/03 11:43:23
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 たまに、ごくたまにだけど、何もかもが嫌になる時がある。
 そんな時は、決まって帰りたいな、と心の中で呟いている。
 酷い時は、帰りたい帰りたいと呟いてしまう。勿論、誰もいない時に、だけど。
 それでも収まりがつかない時は、時を止めて叫ぶ。ああ、帰りたい! と。
 帰る場所なんて、ここしか――紅魔館しか――ないのに、一体どこに帰ろうと言うのか。
 自分で自分に突っ込んでしまうけれど、私が至った結論は、そこはこの世界のどこかというよりは「魂の眠る場所」である、というものだ。
 帰りたいと思う時に頭に浮かぶイメージはいつも、遥か遠く、行き着く事が出来ない暗く静かな場所のようにも、すぐ近く、自分の胸の内側のようにも思う。目には見えず、おぼろげで曖昧で、それでも安心出来て、だから何となく、「魂の眠る場所」と言うのがしっくりくるのだ。
 ただ、そう結論づけたところで、そんなところに帰れるわけもない。この世にはないし、死んだって死後の世界、地獄やら何やらが待っているみたいだから、そこに行ける希望もない。そこに行くにはきっと私の世界に入り込むしかないんだろうけど、そんな力は私にはない。
 だから、嫌になった時は、それを模した安心出来る場所に逃げ込む。
 四角く区切られた、私の部屋。カーテンを閉めて、靴を脱ぎ捨ててベッドに横になる。
 光が遮られ薄暗くなった天井を見つめて、一息つく。外と隔絶した世界に満足し、そこでようやく安堵する。
 区切りのしっかりとした空間というのは良いものだ。他者と隔絶する事で初めて私は自分の居場所を認識出来る。
 時を止めて引きこもらない理由はそれで、時が止まった世界は確かに私だけの世界だけど、そこにはどこまで行っても他者がいない。自分だけでは、他者と自分を線引きする事が出来ない。何かから隔絶するためには隔絶する対象が必要なのだ。それに、他者のいない広大な世界は自分の居場所としては広すぎて、とても「居場所」とは思えない。寝転がれば、部屋の天井が見渡せるくらいの大きさがあれば良い。
 そこで私はしばし目をつむり、沈んだ心を癒す。
 ……今回も、そう。
 何となく、心に不穏なもやつきを感じ始めた矢先、お嬢様にお出しする紅茶を持つ手が一瞬震えて、危うく中身をこぼしそうになった。波打つ紅茶を見て、ひやりとしてしまった。珍しそうに、少しの気遣いを窺わせながら見つめてくるお嬢様を見て、あぁ、帰りたいと強く思った。
 仕事終わり、誰にも動揺を悟られぬように平静を装って部屋に帰り、鍵をかける。それから朝日が降り注ぐ窓へ向かい、部屋の空気の入れ替えもせずに濃紺の遮光カーテンを閉めた。閉める間際、動く人影が目に入り、思わず開け戻す。
 ――美鈴だ……。
 金色に光る庭園を、足取りも軽く見て回っている。オレンジ色のひなげしの花の前で立ち止り、熱心に眺め始めた。
 そういえば、もうひなげしなんて咲く季節になったのね、と思う。
 紅魔館の庭園には、ひなげしがたくさん植えられている。ひなげしは美鈴の好きな花の一つで、春も本格的になると、華奢な花が庭園の至るところに見られる。生命力が強い花なんですよ、こう見えても。と、前に聞いた事がある。
 だから、零れ落ちて運ばれた種が、至るところで芽吹くんですよ、と。
 ぼんやりと庭園を見下ろしながら、ああ、ここは美鈴の世界なのね、と思う。
 美鈴はこの世界に自分の居場所を作り、花を愛で、ああして楽しそうに笑っている。
 ここが、美鈴の中心、私の言うところの帰る場所なのだとしたら、それは私とは真逆の世界だ。
 この光溢れる庭園を、深く静かな闇で閉ざしてしまいたい。全てを同じ色に染め上げてしまいたい。白いレースにじわじわと黒いインクを滲ませるように。そうしたらきっと、私は酷く満たされるだろう。
 初めて、彼女に興味が湧いた。何だかとても愉快だ。面白い。
 窓を開けて、美鈴、と呼びかけると、驚いたように顔を上げた。続いて、咲夜さん! と屈託なく笑う。
 それが私には、自分の世界を背にして、誇らしげに笑ったように見えた。
 ……そうね、確かに貴女の世界は美しいと思うけれど。

「咲夜さん、おはようございます!」
「いえ、どちらかと言うと、おやすみのほうがふさわしいわ」
「あ、仕事終わりでしたか。すみません」
「いや、別に良いわよ。ひなげし、咲いたのね」
「ああ、そうなんですよ。結構色々なところでぽつぽつと。切りましょうか?」
「ああいいわよ、大丈夫」

 貴女前に、ひなげしは開花日数が短い、って言ったでしょう。だから、あまり切り花には向かないかもしれませんって、部屋に飾ろうと花をもらいに来た私に。試しに飾ってみたら、確かに薄く華奢な花びらがものの数日で色褪せ、しおれてしまったのを覚えている。あれは、去年の春だったかしら? それよりもっと前? 貴女はもう忘れてしまったかもしれないけれど。

「私がそっちに行くわ。そこで見る」
「え? でも、寝なくて良いんですか?」
「少し見たら戻るわよ」
「そうですか、じゃあ、お待ちしています」

 お待ちしていますなんて、貴女の世界に土足で踏み入ろうとしている私に……? と意地悪く思う。
 例えば、私がそこでひなげしを踏みつけようものなら、それだけでその美しい世界にはひびが入るんでしょうに。
 そうしたら貴女は悲しむかしら。怒るかしら。でも、どちらにしても、自分の世界を開けっ広げにしているからよ、と私は言うだろう。私のようにしまっていないから、誰だって壊す事が出来る。壊そうと、思いもしないだけで。
 ああ、帰りたい、とまた少し思ったけれど、あの美しい世界をほんの少しだけ踏みにじってやりたくなったから、ぐっと堪えた。もちろん、実際に花を踏んだり庭園を滅茶苦茶にしたりはしないけれど、私が一歩足を踏み入れれば、そこから世界がじわじわと同心円状に黒く染まっていくような気がする。染まってしまえば良いのに、と思う。
 ずっと薄暗い室内にいたからか、外に出ると光が強くて、目がくらんだ。
 ああもう、目の前に広がる庭園を黒く塗りつぶしてしまえたら良いのに。どうしてこんなにも色が溢れているんだろう。溢れている必要があるんだろう。眩しくて仕方ないのよ。妬みとか無いモノねだりとか彼女の世界が羨ましいとかではなくて、ただ純粋に開け放たれた世界を壊したいと思う。黒いクレヨンでぐしゃぐしゃに塗りつぶしてしまいたい。
 そして、絶望に打ちひしがれたあの子に手を差し伸べたい。……さあ、一緒に行きましょう、と。

「ああ、そうか……」

 光に馴染んだ目で美鈴を捉えながら、ようやく気付いた。
 暗くおぼろげな魂の眠る場所へ、私は誰かと一緒に帰りたいのだと。
 そして、世界を見せたいのだと。上手く可視化出来ない、私の世界を。
 別に理解してもらえなくても良い。ただ見てもらいたい。

「咲夜さん!」

 屈託のない笑顔で声をかけられ、やんわりと微笑み返す。
 区切りのない、開けっ広げな世界で笑う彼女を連れ去るのは、とても容易な事のように思えた。
 ねえ、もし、あの部屋の本質を知ったら、貴女はどう感じるかしら。
 華奢なひなげしのように、瞬く間に枯れてしまう?

「……ねえ、美鈴。やっぱりひなげし少しもらえる?」
「え? 良いですけど」
「ありがとう。それでね、私の部屋まで持って来て欲しいの。そこで寝る前の一杯に付き合ってよ」
「ええ!? 持っていくのは良いですけど、私これから仕事なので、お酒はまずいですよ」
「当たり前でしょ。違うわよ、紅茶を淹れるの」
「あ、ああ何だ……それなら大丈夫ですね。でも、良いんですか? お邪魔しても」
「ええ、部屋は片付いているから心配しないで」
「あ、そういう心配ではなく……私が行くと、気が乱れると言うか、雰囲気が壊れると言うか……」
「え? ああ、そう。そういえば貴女、そういうのに聡かったわね」

 私の部屋の空気の質に、彼女は気付いている。
 そしてそれが自分と異なる事にも気付いて、戸惑っている。
 面白い。ますます興味が湧いて来た。

「平気よ。貴女に乱されるような、そんな底の浅い空気じゃないから」
「……そ、それはそれで、ちょっと怖いですね」
「気を使う妖怪が何を言っているの」
「あ、はは……では、一杯だけ」

 でも、咲夜さんは空間を支配するからなぁ……と、不安げな表情になる美鈴に、さっさと花を用意するよう指示した。
 ここでは、分が悪いから。それに、ここにいたらこの世界を黒く塗りつぶしてしまいそうだから。
 早く、暗く静かな私の居場所へ。その世界で貴女は、そのまましおれずにいてくれる?

 ――さあ、一緒に帰りましょう。

 帰りたいの代わりに、そうして貴女に手を伸ばす。
 
 沈んだ気持ちの会社帰り、電車の中でポチポチと携帯で書き始めました。
 どうにもこうにもいかなくなった時、自分は割と引きこもり派です。
 でも同じところにいても浮上しないので、適度に外に出ないとですよね(何の決意だろう・笑)
月夜野かな
http://moonwaxes.oboroduki.com/
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コメント



0.1360簡易評価
17.100名前が無い程度の能力削除
雰囲気がいいねぇ。
27.100名前が無い程度の能力削除
こういう雰囲気の作品もいいねぇ・・