※藍さまがエロい目に遭います。
「・・・ということで、この数式で成り立つのよ」
「成る程。でも、私の先ほど言ったやり方の方が確実ではないですか?」
「確かにそれでもいいのだけども、構成に時間がかかる上に耐用性を考えると一月も持たないのよ。藍、貴女ももうちょっと複数の式を同時進行でこなすことを覚えないと、今以上に強い結界は作れないわよ?」
「はあ。やはりそこに行き着くわけですね。精進します。そうそう、この間調べておけと仰られていた魔法の森の結界なんですけども・・・」
夕食の後に行われているのは紫による藍への講義。結界をただ修復するだけではなく、より丈夫に、従来のものと反発しあわないよう、日々改良を重ねて構築されている。その内容はおよそ人間に理解できるものではなく、改めてこの2人の知識の深さの一端を感じることが出来るだろう。
そんな2人のやり取りを同じ空間にいながら全く理解できていない者がいた。橙である。まだ幼く、子供程度の知識しかないので仕方が無い。最近になってようやく分数の除法について少し理解できたところなのだ。背丈が同じくらいの子供の中では抜群に頭が良いといえるのだろうが、その程度では到底理解の仕様が無い。ちなみに藍の教育方針としてまず式神としての力を身につけるために教えていることが数式に偏っており、他の分野、例えば国語力や歴史的知識に関してはお世辞にも詳しいとはいえない。普段の生活で身につくだろうし、後々でも良い、と考えているようだ。
最初は2人のやり取りがわからないなりにもすごいことを話しているなあ、とぼんやりと考えていたのだが、この2人、話し込んで既に軽く半刻ほど経過している。それでもなお結界についての話題は尽きることなく、むしろ盛り上がっているように見える。その間全く相手にされておらず、放置されていた橙に少しずつだが、ちりちりと不満が出てきた。
…今日は藍さまと一緒にお風呂に入るはずだったのに!その後毛繕いをしてくれるって言ってたのに!
紫様だっていつもみたいにひざの上に座らせてもらって外の世界のお話をしてくれる約束だったのに!
真面目で大事な話をしているということは頭の中で理解は出来ている。ただ、感情としてそれを納得させることが出来るほどまだ橙は大人ではなかった。無意識のうちに大きく膨らんだ2本の尻尾をぶんぶんと振り回す。畳張りの床にばしばし、と何度も打ち付けているが紫も藍も話題に気をとられていて全く橙に気づく様子は無い。
さらにもう半刻、まだまだ2人の話は尽きそうにない。話の所々で紫が藍を褒め、藍は言葉の上では慎ましやかに礼を述べていたが、彼女の体を覆うほどの大きな九尾は感情を隠しきれず、わずかにだが、ゆさゆさ、と左右に揺れている。藍としても、成長した今となっても主から褒められるということは格別に嬉しいもののだ。家事や買い物、普段の紫の我侭の対応でではなく、妖怪の賢者の従者であり、肩を並べることが出来るようにまで日々努力している彼女にとって紫から藍自身の成長について直接賞賛を受けるというのは滅多に無いことだ。喜びを隠しきれるはずも無い。
そんな上機嫌の藍をよそに橙は反比例するかのように不機嫌オーラ全開となっており、恨めしそうに主たちを見つめている。大好きな2人に無視され、しかも目の前で仲良くされる、という光景に我慢できず、炬燵の上に顔を乗せながら半目になって拗ねているのが良くわかる。このままでは話が終わるまでずっと何も出来ず、機嫌の悪いままマヨヒガに戻ることになる。こんな気分ではとてもじゃないが寝れないし、そもそも泊まる気にもなれない。
この状況を打開するにはどうすればいいか、橙は必死に考える。主達のように権謀策術に長ける訳ではない上、口達者でもない。元々あまり深く物事を考えたことも無く、猫そのままに生きてきた彼女にとってあまりにも難題であることは明白であった。解かりやすく言えばどうすれば黒白魔法使いの蒐集癖をやめさせることができるか、そして今まで借りてきた、と自称してきたものを即座に返還させることが出来るか、というくらいに難しいものだった。
いくら考えても埒が明かない、結局は当然といえば当然の結論に達した橙は、しかし、1つの行動に出ることにした。
―――もしかしたら後で藍さまにちょっとだけ怒られるかも。でもしょうがないよね。私は猫だから。陽だまりに憧れて誘われるのが猫の性だから。そこが大好きな人のひざの上なんだもん。
すっと立ち上がると、おもむろに藍の元へ近づいていく橙。すると、彼女の膝元にごろんと頭を乗せ、すりすり、と頭を擦り付けながら、喉を鳴らし始めた。
「藍さま、藍しゃまぁ~」
今までずっと我慢してきたものが噴き出してきたのか、まともな言葉遣いが出来ていない。身体の内側から湧き出る感情そのままに、駄々甘えを敢行することにしたのだった。
あまりにも策も無く単純で、ストレートな行動。しかし、それが長い時を重ねて何度も推敲した策よりも絶大な結果を生み出すことがある。今回のそれが、まさしくその通りになった。
「ち、橙・・・?」
紫との講義に夢中になっていたあまり、いきなり出てきた橙に一瞬反応が遅れる藍。猫撫で声で自分の名を呼んでいる。実際、猫ではあるが。しかし、そんなことはすぐにどうでもよくなった。ごろごろと喉を鳴らしながら自身の名を呼び、頭をひざに擦り付けてくる愛らしい自らの式に、いけない考えが浮上してきた。
……もしかしたらこんなに甘えてくる今の橙にはナニをシテモユルサレルノデハナイカ?
ひざに頭をのせ、いわゆる服従のポーズのような体勢で手招きをしながら期待に眼を輝かせている自らの式の服に手をかけようとしたとき、隣から声が聞こえてきた。
「あらあら、今まで放っておかれて寂しかったのね、橙、こちらにいらっしゃい」
あとほんの少しで、橙の凹凸は小さいものの健康的な肌が露になりそうだ、というところで彼女たちの主が声を掛ける。藍の暴走をいち早く察した彼女は、とりあえず橙を自らの元へ保護することを選んだ。夜も更けてきたところだからといって、簡単に全年齢を超えるようなことがあってはならない。
「紫さま!」
半ばダイブするように、嬉しそうに紫の胸元へ飛びつく橙。むにゅむにゅと大きな胸に顔を擦り付ける橙。周りは藍が橙を溺愛しているというイメージがあるが、実際のところ、紫もまた同じくらいにこの猫のことを可愛がっているのだ。藍と橙の間には主従関係があるものの、紫と橙の間には主の主ということにはなっているが、直接的な主従関係は無く、ただただ娘のように可愛がっていた。頭にぴょこんと生えているふさふさした耳の裏を優しく掻いてやると嬉しそうに喉を鳴らす。
そんな2人を見て、半ば置いてけぼりにされたような形となった藍は、少しだけ寂しさを覚える。橙に伸ばした手も結局は虚しく空を切る形となった。心の奥底ではいつものようにじゃれてくる橙を甘やかしたいという思いと、あんなに主に甘えることが出来る橙を羨ましく思う。心なしか尻尾は縮み、凛々しく上を向いている大きな耳もへにゃり、と下を向く。
そんな素直な感情を出している藍を見逃す紫ではなかった。久しぶりにあんなに寂しそうにしょげた姿を見かけたのだ。これは精一杯弄らせて貰おうではないか。いつもまじめな顔をして、あまり感情も表に出さない式神もたまには心行くまで恥ずかしさに頬を染めさせるのもいいだろう。
相変わらず胸元で幸せそうに身を預けている子猫を相手にしながらも、紫はそんなことを考えていた。もちろん、今の藍に紫が悪戯を練っているところだなんて思いもしない。ただひたすらに、ただ健気に2人のやり取りを平静を装って見ているだけだった。そんな藍を見て紫はやはり私の式神が1番可愛いと思う。いつも周りのことを気にかけていて、自分のことは後回し。そんないじらしさ、主への一途さに愛おしささえ感じてはいるものの、やはり自らの幸せも追いかけて欲しいと思っているのだ。今だって、一声掛けてくれさえすれば、この輪の中に入れるのに。
ま、そんなところがあの子らしいわね、と心の中で結論付けて、作戦に入る。ここからはこの場の中心はあの奥手な可愛い藍のものになるのだから。
優しく橙の顔を両手で包み、片方の耳にそっと何かをつぶやく。橙は最初は気持ちよさそうにくすぐったがっていたが、紫が何かを伝えようとしているのだと気づき、耳を澄ます。藍には何を話しているのかは分からないが、橙にちらちらとこちらを見られて、なんとなく落ち着かない気分になる。
(紫様は何を話されているんだろう・・・ああ、それにしても、2人ともあんなに顔を近づけているなんて・・・)
紫の話を理解した橙は、ほんの少し名残惜しそうにしながらも紫から離れ、次の瞬間には藍のほうを向くやいなや、そのまま笑顔で飛び込んできた。
「藍さまーーー!!」
いきなりの飛び込みに驚きながらも橙を迎え入れようとする。しかし、そのまま正面に来ると思った藍とは裏腹に、藍の後ろに周ったかと思うと、自らの身を隠すほどの大きな九尾の中へ潜っていった。
「橙?橙?!」
理解できない自らの式の行動に戸惑いを覚える。確かによく尻尾の中でぬくぬくとされていることが多いが、今はそういうタイミングじゃない。とにかく当然尻尾はお尻に生えているので、振り返ってみても一体何をしているのかは確認できない。もぞもぞと動くその動きに、異変を感じた。
(もしかしたら、もう既に紫様のお遊びに巻き込まれているんじゃないか・・・?)
そう察したときには、既に遅し。何かしら対策を練ろうとしたときに背中に電気が走った。
「ひゃっ?!ううっ、橙、な、何を・・・?」
紫は橙にこう囁いたのである。
「藍は尻尾の根元を掻いてもらうと気持ちいいって言ってたわよ。早速、試して御覧なさい?」
勿論、嘘である。しかし、そんなことは夢にも思わない橙は素直にすぐさま実行に移した。この純真さが橙の良いところだと、紫は思う。これから藍で遊ぶときは、たまには橙も一緒に入れてあげるのもいいかもしれない。
そして、さらに当然というべきか、紫もその輪に加わる。まずどうにかして橙を尻尾から引き剥がそうとしている藍の正面に紫が近づく。藍が気づいたときには、これもまた遅い。目の前に紫が満面の笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
しまった、と思ってももう遅い。両手にそれぞれスキマを作ったかと思うと、ゆっくりと両手をその中に埋めていく。どこに繋げたのか、と思った瞬間、服の中にひんやりとした感触が走る。
「あっゆ、紫様・・・っ!」
「ふふ、藍も素直じゃないわねぇ。貴女もこういう風に私に甘やかされたかったんでしょう?ほらほら、今日は好きなだけ昔みたいに甘えてもいいのよ?」
遠い昔のことを引き合いに出して自由自在に藍の身体のあちこちを撫で回す紫。まるで幼かったころからの成長を確かめるようにゆっくりと、やさしく、それでいてしっかりと身体のラインを指先でなぞるように撫で付けていく。
「あう、紫さまっ・・・やめ、やめてくださ・・・」
「あらまあ、藍もすっかり成長したのねぇ、あんなに小さかったのにいつのまにかこんなに大きくなっちゃって・・・立派に育ってくれて私も本当に嬉しいわ」
惚けるような表情で話しかけてくる紫。先ほどよりも顔が近づき、吐息が頬にかかる。相変わらず後ろでは橙が夢中で尻尾を弄くりまわしているので身を引くことも出来ない。そもそも橙がそうであるように、尻尾を持つものは総じて根元は弱いのだ。藍の場合、それが九本もあるので尚更のこと。すぐに気づくはずだが、生憎この式の式は疑うということをあまりにも知らなさ過ぎた。
紫はというと、じっくり撫で回すのをやめたかと思うと、今度はその瑞々しい肌に触れるか触れないか、というぎりぎりのところで指先を這わせる。さしたる抵抗も出来ずにされるがままになっていたので、体中が敏感になっているかのようだ。触れていないのに触れられている、そんな感覚がさらに藍の羞恥心を加速させていった。時折肌に指が当たると、電気が走ったかのように身体が跳ねる。
目の前の紫の絡めとるようなじっとりとした熱い視線にたまらず顔だけでも逸らそうとする。この視線だけでも危ない。もはや顔は真っ赤になっていていつもの楚々とした雰囲気はどこへやらだ。
そこまで追い詰められている藍に、紫はまだここでも畳み掛ける。
「藍、藍。私の可愛い藍。私だけの愛おしい藍。こんなに名前を呼んでいるのに私の方を見てはくれないのかしら?寂しいわ、こっちを向いて、ねえ、藍?」
「うう・・・!」
頭の内側に侵食するかのような甘い声。男も女も、人間だろうが妖怪だろうが関係なく虜にしてしまいそうな呟きが繰り返される。何度も呼びかけながらもあくまで言葉でのみ訴えかけてくる紫。そういいながらも、未だに両手は藍の服の中を這いずり回っている。彼女としては羞恥に耐えながらも自らの意思だけでこっちを向いて欲しいのだ。ぷるぷると震えながらもようやく眼だけでもこちらを向いたかと思うと、視線が絡まりあった瞬間、また恥ずかしそうにきゅっと眼を閉じてしまう。そしてまた藍の名を呼び、頑張ってこちらを向こうとして、また眼を逸らす。眼を閉じてしまう。だんだん話しかけてきても喋ることすら適わなくなってきた。呼吸するのも精一杯なのか、震えるように細かく、喘ぐように息をしている。
「うぅ、や、め…ゆ、かり…さまぁ」
もちろん藍としても紫のことを心の奥底から尊敬している。しかし、尻尾の付け根を橙にいじくられ、スキマ経由で体中を撫で回されている今は別だ。そもそもこんな状態でまともに主の顔を見れるはずも無い。今この場に橙がいなければ大妖怪としての矜持を維持することも出来ず、紫の手に堕ちてしまっていただろう。
今、藍が出来ることといえば、後ろの橙と今やお互いの鼻がつきそうなほどに近づいている紫からの愛情表現?に必死に耐えるしかなかった。身体は時折びくっと跳ね、眼には涙が溜まっている。しかし、その顔にはどこか幸せそうな顔があった。
どれだけの時間が経っただろうか。2人の攻めからようやく解放され、ぐったりとその身を横たえる藍。意識はあるのか無いのか分からないが肩で激しく息を切らせ、いつもは透き通るような白い肌をしているが、頬はほんのりと紅く染まっている。彼女のゆったりとした導師服は自身の汗で肌に張り付き、その艶かしい肢体をくっきりとあらわしており、なんとも扇情的な光景といえる。
そんな中、橙は藍の尻尾の中で眠っており、下半身だけが藍の尻尾からはみ出ている。彼女がもぞもぞと動くたび、藍はびくん、と身体を震わせて身悶える。
一方、紫はといえば、久しぶりに心ゆくまで藍の身体と可愛らしい反応を受けて、いつもより肌がつやつやと、てかてかとしており、満足そうにお茶をすすっていた。
「・・・ということで、この数式で成り立つのよ」
「成る程。でも、私の先ほど言ったやり方の方が確実ではないですか?」
「確かにそれでもいいのだけども、構成に時間がかかる上に耐用性を考えると一月も持たないのよ。藍、貴女ももうちょっと複数の式を同時進行でこなすことを覚えないと、今以上に強い結界は作れないわよ?」
「はあ。やはりそこに行き着くわけですね。精進します。そうそう、この間調べておけと仰られていた魔法の森の結界なんですけども・・・」
夕食の後に行われているのは紫による藍への講義。結界をただ修復するだけではなく、より丈夫に、従来のものと反発しあわないよう、日々改良を重ねて構築されている。その内容はおよそ人間に理解できるものではなく、改めてこの2人の知識の深さの一端を感じることが出来るだろう。
そんな2人のやり取りを同じ空間にいながら全く理解できていない者がいた。橙である。まだ幼く、子供程度の知識しかないので仕方が無い。最近になってようやく分数の除法について少し理解できたところなのだ。背丈が同じくらいの子供の中では抜群に頭が良いといえるのだろうが、その程度では到底理解の仕様が無い。ちなみに藍の教育方針としてまず式神としての力を身につけるために教えていることが数式に偏っており、他の分野、例えば国語力や歴史的知識に関してはお世辞にも詳しいとはいえない。普段の生活で身につくだろうし、後々でも良い、と考えているようだ。
最初は2人のやり取りがわからないなりにもすごいことを話しているなあ、とぼんやりと考えていたのだが、この2人、話し込んで既に軽く半刻ほど経過している。それでもなお結界についての話題は尽きることなく、むしろ盛り上がっているように見える。その間全く相手にされておらず、放置されていた橙に少しずつだが、ちりちりと不満が出てきた。
…今日は藍さまと一緒にお風呂に入るはずだったのに!その後毛繕いをしてくれるって言ってたのに!
紫様だっていつもみたいにひざの上に座らせてもらって外の世界のお話をしてくれる約束だったのに!
真面目で大事な話をしているということは頭の中で理解は出来ている。ただ、感情としてそれを納得させることが出来るほどまだ橙は大人ではなかった。無意識のうちに大きく膨らんだ2本の尻尾をぶんぶんと振り回す。畳張りの床にばしばし、と何度も打ち付けているが紫も藍も話題に気をとられていて全く橙に気づく様子は無い。
さらにもう半刻、まだまだ2人の話は尽きそうにない。話の所々で紫が藍を褒め、藍は言葉の上では慎ましやかに礼を述べていたが、彼女の体を覆うほどの大きな九尾は感情を隠しきれず、わずかにだが、ゆさゆさ、と左右に揺れている。藍としても、成長した今となっても主から褒められるということは格別に嬉しいもののだ。家事や買い物、普段の紫の我侭の対応でではなく、妖怪の賢者の従者であり、肩を並べることが出来るようにまで日々努力している彼女にとって紫から藍自身の成長について直接賞賛を受けるというのは滅多に無いことだ。喜びを隠しきれるはずも無い。
そんな上機嫌の藍をよそに橙は反比例するかのように不機嫌オーラ全開となっており、恨めしそうに主たちを見つめている。大好きな2人に無視され、しかも目の前で仲良くされる、という光景に我慢できず、炬燵の上に顔を乗せながら半目になって拗ねているのが良くわかる。このままでは話が終わるまでずっと何も出来ず、機嫌の悪いままマヨヒガに戻ることになる。こんな気分ではとてもじゃないが寝れないし、そもそも泊まる気にもなれない。
この状況を打開するにはどうすればいいか、橙は必死に考える。主達のように権謀策術に長ける訳ではない上、口達者でもない。元々あまり深く物事を考えたことも無く、猫そのままに生きてきた彼女にとってあまりにも難題であることは明白であった。解かりやすく言えばどうすれば黒白魔法使いの蒐集癖をやめさせることができるか、そして今まで借りてきた、と自称してきたものを即座に返還させることが出来るか、というくらいに難しいものだった。
いくら考えても埒が明かない、結局は当然といえば当然の結論に達した橙は、しかし、1つの行動に出ることにした。
―――もしかしたら後で藍さまにちょっとだけ怒られるかも。でもしょうがないよね。私は猫だから。陽だまりに憧れて誘われるのが猫の性だから。そこが大好きな人のひざの上なんだもん。
すっと立ち上がると、おもむろに藍の元へ近づいていく橙。すると、彼女の膝元にごろんと頭を乗せ、すりすり、と頭を擦り付けながら、喉を鳴らし始めた。
「藍さま、藍しゃまぁ~」
今までずっと我慢してきたものが噴き出してきたのか、まともな言葉遣いが出来ていない。身体の内側から湧き出る感情そのままに、駄々甘えを敢行することにしたのだった。
あまりにも策も無く単純で、ストレートな行動。しかし、それが長い時を重ねて何度も推敲した策よりも絶大な結果を生み出すことがある。今回のそれが、まさしくその通りになった。
「ち、橙・・・?」
紫との講義に夢中になっていたあまり、いきなり出てきた橙に一瞬反応が遅れる藍。猫撫で声で自分の名を呼んでいる。実際、猫ではあるが。しかし、そんなことはすぐにどうでもよくなった。ごろごろと喉を鳴らしながら自身の名を呼び、頭をひざに擦り付けてくる愛らしい自らの式に、いけない考えが浮上してきた。
……もしかしたらこんなに甘えてくる今の橙にはナニをシテモユルサレルノデハナイカ?
ひざに頭をのせ、いわゆる服従のポーズのような体勢で手招きをしながら期待に眼を輝かせている自らの式の服に手をかけようとしたとき、隣から声が聞こえてきた。
「あらあら、今まで放っておかれて寂しかったのね、橙、こちらにいらっしゃい」
あとほんの少しで、橙の凹凸は小さいものの健康的な肌が露になりそうだ、というところで彼女たちの主が声を掛ける。藍の暴走をいち早く察した彼女は、とりあえず橙を自らの元へ保護することを選んだ。夜も更けてきたところだからといって、簡単に全年齢を超えるようなことがあってはならない。
「紫さま!」
半ばダイブするように、嬉しそうに紫の胸元へ飛びつく橙。むにゅむにゅと大きな胸に顔を擦り付ける橙。周りは藍が橙を溺愛しているというイメージがあるが、実際のところ、紫もまた同じくらいにこの猫のことを可愛がっているのだ。藍と橙の間には主従関係があるものの、紫と橙の間には主の主ということにはなっているが、直接的な主従関係は無く、ただただ娘のように可愛がっていた。頭にぴょこんと生えているふさふさした耳の裏を優しく掻いてやると嬉しそうに喉を鳴らす。
そんな2人を見て、半ば置いてけぼりにされたような形となった藍は、少しだけ寂しさを覚える。橙に伸ばした手も結局は虚しく空を切る形となった。心の奥底ではいつものようにじゃれてくる橙を甘やかしたいという思いと、あんなに主に甘えることが出来る橙を羨ましく思う。心なしか尻尾は縮み、凛々しく上を向いている大きな耳もへにゃり、と下を向く。
そんな素直な感情を出している藍を見逃す紫ではなかった。久しぶりにあんなに寂しそうにしょげた姿を見かけたのだ。これは精一杯弄らせて貰おうではないか。いつもまじめな顔をして、あまり感情も表に出さない式神もたまには心行くまで恥ずかしさに頬を染めさせるのもいいだろう。
相変わらず胸元で幸せそうに身を預けている子猫を相手にしながらも、紫はそんなことを考えていた。もちろん、今の藍に紫が悪戯を練っているところだなんて思いもしない。ただひたすらに、ただ健気に2人のやり取りを平静を装って見ているだけだった。そんな藍を見て紫はやはり私の式神が1番可愛いと思う。いつも周りのことを気にかけていて、自分のことは後回し。そんないじらしさ、主への一途さに愛おしささえ感じてはいるものの、やはり自らの幸せも追いかけて欲しいと思っているのだ。今だって、一声掛けてくれさえすれば、この輪の中に入れるのに。
ま、そんなところがあの子らしいわね、と心の中で結論付けて、作戦に入る。ここからはこの場の中心はあの奥手な可愛い藍のものになるのだから。
優しく橙の顔を両手で包み、片方の耳にそっと何かをつぶやく。橙は最初は気持ちよさそうにくすぐったがっていたが、紫が何かを伝えようとしているのだと気づき、耳を澄ます。藍には何を話しているのかは分からないが、橙にちらちらとこちらを見られて、なんとなく落ち着かない気分になる。
(紫様は何を話されているんだろう・・・ああ、それにしても、2人ともあんなに顔を近づけているなんて・・・)
紫の話を理解した橙は、ほんの少し名残惜しそうにしながらも紫から離れ、次の瞬間には藍のほうを向くやいなや、そのまま笑顔で飛び込んできた。
「藍さまーーー!!」
いきなりの飛び込みに驚きながらも橙を迎え入れようとする。しかし、そのまま正面に来ると思った藍とは裏腹に、藍の後ろに周ったかと思うと、自らの身を隠すほどの大きな九尾の中へ潜っていった。
「橙?橙?!」
理解できない自らの式の行動に戸惑いを覚える。確かによく尻尾の中でぬくぬくとされていることが多いが、今はそういうタイミングじゃない。とにかく当然尻尾はお尻に生えているので、振り返ってみても一体何をしているのかは確認できない。もぞもぞと動くその動きに、異変を感じた。
(もしかしたら、もう既に紫様のお遊びに巻き込まれているんじゃないか・・・?)
そう察したときには、既に遅し。何かしら対策を練ろうとしたときに背中に電気が走った。
「ひゃっ?!ううっ、橙、な、何を・・・?」
紫は橙にこう囁いたのである。
「藍は尻尾の根元を掻いてもらうと気持ちいいって言ってたわよ。早速、試して御覧なさい?」
勿論、嘘である。しかし、そんなことは夢にも思わない橙は素直にすぐさま実行に移した。この純真さが橙の良いところだと、紫は思う。これから藍で遊ぶときは、たまには橙も一緒に入れてあげるのもいいかもしれない。
そして、さらに当然というべきか、紫もその輪に加わる。まずどうにかして橙を尻尾から引き剥がそうとしている藍の正面に紫が近づく。藍が気づいたときには、これもまた遅い。目の前に紫が満面の笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
しまった、と思ってももう遅い。両手にそれぞれスキマを作ったかと思うと、ゆっくりと両手をその中に埋めていく。どこに繋げたのか、と思った瞬間、服の中にひんやりとした感触が走る。
「あっゆ、紫様・・・っ!」
「ふふ、藍も素直じゃないわねぇ。貴女もこういう風に私に甘やかされたかったんでしょう?ほらほら、今日は好きなだけ昔みたいに甘えてもいいのよ?」
遠い昔のことを引き合いに出して自由自在に藍の身体のあちこちを撫で回す紫。まるで幼かったころからの成長を確かめるようにゆっくりと、やさしく、それでいてしっかりと身体のラインを指先でなぞるように撫で付けていく。
「あう、紫さまっ・・・やめ、やめてくださ・・・」
「あらまあ、藍もすっかり成長したのねぇ、あんなに小さかったのにいつのまにかこんなに大きくなっちゃって・・・立派に育ってくれて私も本当に嬉しいわ」
惚けるような表情で話しかけてくる紫。先ほどよりも顔が近づき、吐息が頬にかかる。相変わらず後ろでは橙が夢中で尻尾を弄くりまわしているので身を引くことも出来ない。そもそも橙がそうであるように、尻尾を持つものは総じて根元は弱いのだ。藍の場合、それが九本もあるので尚更のこと。すぐに気づくはずだが、生憎この式の式は疑うということをあまりにも知らなさ過ぎた。
紫はというと、じっくり撫で回すのをやめたかと思うと、今度はその瑞々しい肌に触れるか触れないか、というぎりぎりのところで指先を這わせる。さしたる抵抗も出来ずにされるがままになっていたので、体中が敏感になっているかのようだ。触れていないのに触れられている、そんな感覚がさらに藍の羞恥心を加速させていった。時折肌に指が当たると、電気が走ったかのように身体が跳ねる。
目の前の紫の絡めとるようなじっとりとした熱い視線にたまらず顔だけでも逸らそうとする。この視線だけでも危ない。もはや顔は真っ赤になっていていつもの楚々とした雰囲気はどこへやらだ。
そこまで追い詰められている藍に、紫はまだここでも畳み掛ける。
「藍、藍。私の可愛い藍。私だけの愛おしい藍。こんなに名前を呼んでいるのに私の方を見てはくれないのかしら?寂しいわ、こっちを向いて、ねえ、藍?」
「うう・・・!」
頭の内側に侵食するかのような甘い声。男も女も、人間だろうが妖怪だろうが関係なく虜にしてしまいそうな呟きが繰り返される。何度も呼びかけながらもあくまで言葉でのみ訴えかけてくる紫。そういいながらも、未だに両手は藍の服の中を這いずり回っている。彼女としては羞恥に耐えながらも自らの意思だけでこっちを向いて欲しいのだ。ぷるぷると震えながらもようやく眼だけでもこちらを向いたかと思うと、視線が絡まりあった瞬間、また恥ずかしそうにきゅっと眼を閉じてしまう。そしてまた藍の名を呼び、頑張ってこちらを向こうとして、また眼を逸らす。眼を閉じてしまう。だんだん話しかけてきても喋ることすら適わなくなってきた。呼吸するのも精一杯なのか、震えるように細かく、喘ぐように息をしている。
「うぅ、や、め…ゆ、かり…さまぁ」
もちろん藍としても紫のことを心の奥底から尊敬している。しかし、尻尾の付け根を橙にいじくられ、スキマ経由で体中を撫で回されている今は別だ。そもそもこんな状態でまともに主の顔を見れるはずも無い。今この場に橙がいなければ大妖怪としての矜持を維持することも出来ず、紫の手に堕ちてしまっていただろう。
今、藍が出来ることといえば、後ろの橙と今やお互いの鼻がつきそうなほどに近づいている紫からの愛情表現?に必死に耐えるしかなかった。身体は時折びくっと跳ね、眼には涙が溜まっている。しかし、その顔にはどこか幸せそうな顔があった。
どれだけの時間が経っただろうか。2人の攻めからようやく解放され、ぐったりとその身を横たえる藍。意識はあるのか無いのか分からないが肩で激しく息を切らせ、いつもは透き通るような白い肌をしているが、頬はほんのりと紅く染まっている。彼女のゆったりとした導師服は自身の汗で肌に張り付き、その艶かしい肢体をくっきりとあらわしており、なんとも扇情的な光景といえる。
そんな中、橙は藍の尻尾の中で眠っており、下半身だけが藍の尻尾からはみ出ている。彼女がもぞもぞと動くたび、藍はびくん、と身体を震わせて身悶える。
一方、紫はといえば、久しぶりに心ゆくまで藍の身体と可愛らしい反応を受けて、いつもより肌がつやつやと、てかてかとしており、満足そうにお茶をすすっていた。
>>格別に嬉しいもののだ
もののようだ、ですかね?