Coolier - 新生・東方創想話

紅い悪魔と二つ目の嘘

2011/04/02 03:04:55
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幻想郷という場所で行われる行事は、外の世界と同じようなものが多いらしい。
一年の終わりに寂れた神社で手を合わせ、一年の始まりに寂れた神社に寄付をしてやるのも、
二月の最初に私の苦手な炒った大豆を撒くことも、三月の最初にかわいい妹をお祝いしてやるのも、全ては幻想郷の伝統文化なのだ。
もともと私は西洋から来た妖怪だったが、今ではすっかり幻想郷――日本の文化に馴染んでいた。
いつの間にか日本語も完璧に扱えるようになったし、縁側で緑茶を啜るのにも幾分愉しみを感じるようになってきている。
しかしこの日本という国の文化には、まだまだ私の知らない部分がある。
つまるところ当然、私にはまだ経験のない行事もあるのだ。





三月三十一日、夕陽が沈むか沈まないかといった頃。
いつもならまだ寝ているこの時間に、不意を突いて私は目を覚ました。
不意というのは咲夜の不意。あの娘が仮眠を取っているこの時間に、私にはやらなければならないことがある。

珍しく自分でクローゼットから取り出したいつもの服に袖を通しながら、ちらりと窓の外に目をやる。
見えてくるのは何の変哲もない風景。中庭、正門、そして門番。
とりあえず美鈴と会わなくてはお話にならない。逸る気持ちを抑えながら、鏡の前でいつも通りの自分を作る。
別に咲夜に頼らなくたって、おめかしくらい自分でできるのだ。帽子をかぶれば、ほら完璧。
腰のリボンだけは身につけなかったが、すぐまたパジャマに戻るんだしこれくらいはいいだろう。決して自分で結べなかったわけではない。
準備ができたら即行動。ロビーに向かってそこから外を眺めると、まだ少し日差しが残っていた。念のため日傘を差しておく。

「お疲れ様、美鈴」
「え、あれ、お嬢様? こんな時間に珍しい」

門のところにいた美鈴に背中から声をかけると、美鈴は瞳を丸くしてぱちくりさせていた。
私が一人で美鈴に会うのは珍しいから無理もない。ついでに言えばこの時間に会うことも珍しい。

「お早いお目覚めですね、お嬢様。今日は宴会か何か、予定入ってましたっけ」
「いいや、特別予定はないよ。ちょっと寝つきが悪くてね」
「それは悪うございます。怖い夢でも見られましたか? 何なら、咲夜さんの代わりに絵本を読んであげてもいいですよ」
「ふふ、面白い冗談ね。眠れない私の代わりに永眠させてあげようか?」
「いえいえ、遠慮させて頂きます」

いつものやり取りを繰り返しながら、まずは美鈴と何の気なしに談笑する。
自然な流れで大変結構だ。今日は、いつも以上に普段通りというものが求められるから。

「……それにしても美鈴、最近は真面目に頑張ってるみたいね?」
「最近は、なんで酷いです。いつもだいたい頑張ってますよ」
「はいはい、それは失礼しました。それじゃそんな頑張り屋さんの美鈴に、たまには休暇をあげようかしら」
「えっ、お休みですか?」

頃合いを見て私がそんな風に切り出すと、これまた美鈴は瞳をぱちくりさせた。
周知の通り、紅魔館を仕切っているのは実質咲夜なので、メイドたちに門番も含めた仕事のシフトはほとんど咲夜が取り決める。
いつから黒白はフリーパスになったのかしら、なんてぼやくこともあるものの、
咲夜はなんだかんだ言って美鈴を信頼しているため、美鈴にはけっこうハードなシフトが与えられているのだ。
半日以上の休みがもらえるなんて、久しくなかったことだろう。

「ずうっと門の前に居ても退屈でしょう? たまには羽根を伸ばしてらっしゃい」
「わぁい、やったあー! と言いたいところですが、この話……咲夜さんには通してあるんですかね?」
「もちろん通してないわ」
「ええー……じゃあぬか喜びじゃないですかぁ」

驚いていた美鈴は喜びの表情を浮かべていたのに、今度はがっくりと落ち込んでしまった。
例え私が美鈴にお休みをあげたとしても、咲夜がそれを聞いたらいい顔をしないに決まっている。
不真面目そうに見えて実のところ律儀な美鈴のことだから、こういうケースでは咲夜の意志を尊重するだろう。
だが、今日に限ってはそれでは困るのだ。ここは背中を押してやる必要がある。

「安心なさい、美鈴。あの娘には明日、私が話をつけておいてあげるから。
 貴方は咲夜に黙って、こっそり遊びに出かけちゃえばいいのよ」
「うぅーん……確かに魅力的な提案ではありますが……今まさに、私の中で天使と悪魔が闘っているところです」
「悪魔は貴女の目の前にいるじゃない。天使は咲夜?」
「咲夜さんは、女神です」
「言うわね」

腕を組んだままむむむ、と唸る美鈴。ええい、頑固なやつめ。もう一押しか。

「そんなに気にしなくてもいいと思うけどねえ。それなら、ご機嫌取りにプレゼントでも用意してあげたら?」
「ぷれぜんと、ですか?」
「そう。咲夜に内緒で何処かへ出かけて、土産話といっしょにサプライズを用意するの。
 咲夜、きっと喜ぶわよ。美鈴も遊びに行けて一石二鳥」
「す、すばらしいアイデアです! それ、採用させていただきます」

ようやく美鈴が乗り気になった。そうこなくちゃ。

「う~ん、明日が楽しみになってきましたよ! 紅美鈴、今日はいつもの百二十パーセントで頑張れそうです」
「ま、あんまり張り切り過ぎないようにね。気をつけて行ってらっしゃい」
「ありがとうございます! 頑張ります」

軍隊みたいな敬礼をする美鈴に手を振りながら、一足早い見送りの挨拶を述べて美鈴と別れる。
これで美鈴は明日、咲夜に内緒でどこかへ出かけてくれるだろう。
最初の関門を突破したことに気を良くしながら、私はその足で今度は紅魔館の地下へと向かった。





私がまだ参加したことのない幻想郷の年中行事。
それは、四月一日のエイプリル・フール。
この日はなんと、どんなウソをついても許されてしまうという、とんでもない免罪符が与えられる日らしい。
もし私が外の世界に住んでいたら、こんなイベントなんて見向きもしなかっただろう。
だって、ウソをつかれるほうもウソをついていい日ということを知っているんだから、あまり突拍子のないことを言われればすぐにタネに気が付いてしまう。
それなのに私がこんなに張り切っているのには、もちろん理由がある。

「随分ご機嫌みたいね、レミィ」

美鈴と別れた私は、神出鬼没の咲夜の姿に警戒しながら図書館へとやってきた。
テーブルの上に山積みになった魔導書たちの間から、パチェが私の顔を見るなりそう言う。
いけない、無意識のうちに顔がニヤけてたかしら。

「そりゃあご機嫌にもなるわよ。パチェ、明日が何の日か知ってるの?」
「……今日って何月何日だっけ」

ロッキングチェアに座ったまま、前後に揺れつつ薄暗い図書館を見渡すパチェ。
どうやらカレンダーを探しているらしいが、あいにく近くにはないらしい。

私がエイプリルフールに目をつけた理由……それは、『幻想郷ではエイプリルフールが流行っていない』、この一点に尽きる。
私が幻想郷に来てから久しいが、そういった類の話題を振られた覚えもない。
流行っていないのかもともとそういう習慣がないのかは分からないが、いずれにしても私が先駆者になれば問題はない。
新しいものを見つけたら、それを先に取り入れたものが有利、言うなれば早い者勝ちがここのルールなのだ。
私だっていきなり咲夜が豆を撒き始めたときはなんという造反だと呆気にとられたし、サッカーという球遊びが急に始まっていたのも記憶に新しい。

「ま、パチェには関係のないことだよ。それよりさ、咲夜を見なかった?」
「咲夜ならついさっき、仮眠を取るって言って出て行ったきりだけど」
「さっきっていつよ?」
「2時間ほど前です、お嬢様」

パチェの代わりにいつの間にか現れた小悪魔がそう答える。
パチェはこういう性格だから、日付とか時間とかの感覚が相当鈍い。2時間のどこがついさっきなのか。
私も正確な時間が気になってきょろきょろ時計を探してみたが、その時計すら見当たらない。
もしかしたらパチェくらいの知識の持ち主ならエイプリルフールの存在を知っているかもしれないが、
この様子だと明日も一日本を読むことに終始しているだろう。元々パチェを騙す気はなかったが、たぶん障害にもならないと思う。
とはいえ念のため釘を刺しておこうかしら。……いや、変に勘繰られてもまずいし、やっぱり黙っておこう。

「じゃあ小悪魔、咲夜が図書館に来たら、明日の朝まで起こさないように伝えといてくれる?
 なんか変な時間に起きちゃったから、もう一度眠りなおすことにしたいからさ」
「はい、かしこまりました」

これで準備は万端だ。
明日の朝、咲夜は何も知らずに私の部屋を訪れることになる。

私がエイプリルフールというものを私が知ったのはほんの二、三日前、本当に偶然の出来事だった。
暇を持て余して外の世界からやってきたという小説を読み漁っていたときに、作中で偶然そういう描写を見かけたのだ。
タイミングよく卯月の終わりにこんな天啓をキャッチできるなんて、流石は私の運命力といったところだろう。
それから私はターゲットを咲夜に絞り、どんなウソをつくか色々と思案をめぐらせたが、出した答えはシンプルイズベスト。
美鈴を使うのが手っ取り早い。

自分の部屋に戻った私は、脱ぎ散らかしていたパジャマに着替え、いつもの服を丁寧にクローゼットへ戻した。
部屋の入り口のところに立ってみて、咲夜の気持ちになって部屋を見渡す。大丈夫、違和感なし。
あとは咲夜の来室を待つばかりだ。

「ふふふ……咲夜、どんな顔するかしらね……楽しみだわ……」

残る関門は私が咲夜を騙しきるための迫真の演技力。
明日咲夜に会ったときのシミュレーションをひたすら繰り返しながら、私は眠りに落ちるのだった。





そして、翌日。
咲夜の来室より一足早く目を覚ました私は、おもむろに部屋のカーテンを開けた。
寝室の窓は西側に作られているため、日差しが私の身を焦がすなどという馬鹿なことはない。
それでも遠く離れた山々の眩しいくらいの緑は、私に朝の訪れを告げるのには十分だった。
そして視線を下のほうへと落とすと、無人の門が目に入る。
どうやら美鈴はもう出発したらしい。
よしよし、ここまでは順調みたいね。

そんな風に私が内心ほくそ笑んでいると、見計らったかのようなタイミングでノックの音が聞こえてきた。

「入りなさい。もう起きてるわよ」
「失礼します」

ドアのところで深々と一礼をした後、咲夜が私の寝室に入ってきた。
私はそれを無言で出迎える。
何も機嫌が悪いわけではない、普段からこういうときに無駄な会話を挟まないだけだ。
今日の行動にはとりわけ自然さというものが求められる。
頑張れ私。年甲斐もなくわくわくしてきちゃったわ。

私が両手をばんざいすると、咲夜が丁寧にパジャマを脱がせてくれる。
時を止めれば一瞬で済む出来事とはいえ、なんでもかんでも能力を使えばいいというものではない。
いつの間にか服を着替えている、というのもなんだか具合が悪い。
そういう点も全て含めて、咲夜は完璧で瀟洒なのだ。
今からその瀟洒の仮面を剥がしてやるのだと考えると、なんだかうずうずしてきちゃう。

「おはようございます、お嬢様。こんなに早くから起きられるなんて、珍しいですね」
「まぁね……ちょっとやりたいことがあるのよ」

咲夜の質問を適当にあしらって、まずは相手の出方を伺う。
計画はあくまでも、いや悪魔だからこそ慎重に。
咲夜の嗅覚なら会話のほころびをすぐに見つけてしまうだろうから。

「そういえば、お嬢様……美鈴を見かけませんでしたか?」

――来た。
思ってるそばからチャンス到来。
どうやって話を切り出そうかと思っていたが、咲夜のほうから話題を振ってくれるとは好都合だ。
思わず笑いがこみ上げてきたが、そこは何とか堪える。

いつもの服に袖を通しながら、私は窓の外を眺めつつ咲夜に言った。

「ああ、美鈴には暇をあげたのよ」
「暇……ですか」
「そう、休んでくるように言ったのよ。――永遠にね」
「え……」

私のパジャマを畳んでいた咲夜の手が、まるで時間を止めたかのように静止する。

「どういうことですか、お嬢様?」
「どういうことも何も……言葉の通り、そのままの意味よ。明日から門を守らなくていいわよ、って言ってあげたの」
「それはその、休暇という形で……ですよね」
「今そう言ったばかりじゃない。永遠の休暇よ」

なるたけ無表情を装いながら、窓ガラスに映った咲夜の表情を覗う。
すると、咲夜の顔からは少なからず驚きの色が見て取れた。

私が咲夜のために用意したウソは、『美鈴をクビにしてやった』というもの。
現実的に私が言い出してもおかしくなくて、かつ咲夜の反応が面白そうなものは、正直これくらいしか思いつかなかった。
しかし実際はどうだろう。私の思っていた以上に効果は覿面なようである。

「仕方が無いじゃない、私だって居眠りばかりの門番をずっと養ってやるわけにはいかないもの。
 そうね、敢えて特別な理由を挙げるとしたら……四月になったから心機一転、ってとこかしらね」
「そ、そんな……」

ここで一気にラッシュをかける。
振り返って直接咲夜の顔を見ると、驚き半分、怒り半分といった表情で私の顔を見つめていた。
声は震えて目は虚ろ。何か言いたいことがあるのか、開きかけた口を閉じたり、また閉じた口を開いたりしている。
こんな咲夜は見たことがない。ふふ、かーわいい。

「ほら、私の着替えはもういいから仕事に戻りなさい。
 これは命令よ、咲夜」
「……」

私がめんどくさそうにそう言っても、咲夜はうつむいたままだった。
この後の咲夜の行動は大体想像がつく。
通常の業務をこなしつつも、何かと理由を作っては私の元を訪れるのだろう。
そして、美鈴の去就について進言をしにくるはずだ。
でも今日一日、美鈴が帰って来るまでは本当のことを教えてやるつもりはない。
悪いわね咲夜。タネがバレちゃうまで、存分に楽しませてもらうことにするわ。

「お嬢……様」
「あら、なぁに?」
「……申し訳ありません。そのご命令には、従い、かねます」
「ふぅん……?」

あら。
いきなり反抗してくるとは、少しだけ意外だったわ。
内心ちょっとだけ驚いた私の前で、咲夜はすがるような目つきをしている。

「お願いします、お嬢様……どうか、もう一度……考え直してもらえませんでしょうか」
「考え直す……ねぇ」
「美鈴の働きに関しては、少なからず私にも責任があります。
 それに、あの娘にも何か言い分があるはずです。
 ですから、もう一度……美鈴と私を交えて、ご一考、願えませんでしょうか」
「うーん、どうしようかなぁ」

咲夜にもう一度くるりと背を向けて、考えるフリをして別のことを考える。
どうしようか、ここはやっぱり一度突っぱねておいたほうがいいかしら。
とはいえあんまり度が過ぎるのも可哀想かな。難しいわね。
……あれ? でもちょっと待って。もし咲夜の意見にYESと答えたら、この娘はたぶん――

「とにかく、私は美鈴を捜して連れて参ります」
「え……」

それは、まずい。
美鈴が咲夜に見つかったら、私のウソがあっさりばれてしまう。

「ちょ、ちょっと待ちなさい咲夜――」
「……すぐに戻ります!」

力強い言葉を残して、咲夜はあっという間に姿を消してしまった。

「あちゃ~……」

私は思わず天を仰いだ。
一応窓の外も覗いてみたが、当然そこにも咲夜の姿はない。
恐らく時間を止めて全力で捜索に当たっているのだろう。
美鈴がどこまで行ったのかは知らないが、逃げも隠れもしないまま、咲夜の目から逃れられるとは思えない。
このまま美鈴が咲夜に見つかって、そこで私のウソがばれておしまいだろう。

「あーあ、失敗したわねぇ」

咲夜を騙すところまでは順調だったのに、まさかああいう展開になるとは思わなかった。
いつもの咲夜ならもっと冷静だと思ったんだけどな。ちょっと刺激が強かったのかしら。
こんなことなら美鈴にもウソをつけばよかったかと、私は少しだけ後悔した。
そうすれば咲夜が美鈴に会ったとしても、今日一日は楽しめたのに。
咲夜が美鈴を想う気持ちが、私の想像以上に強かったのかもしれない。
まぁ、咲夜の可愛い表情が見れたのだから、良しとしましょうか。
二人が帰ってきたときの言い訳を考えながら、私はそんな風に結論を下した。

「……?」

しかし、しばらく時間が経っても咲夜は戻ってこなかった。
美鈴の捜索に時間が掛かっているのだろうか?
もしかしたら私がウソをついたことに憤慨して、私の元へ戻ってくるのを躊躇っているのかもしれない。
そう思いながらなんとなくロビーのほうへと向かうと、偶然図書館から出てくるパチェと鉢合わせた。

「あらレミィ、咲夜は一緒じゃないの?」
「あぁ、それがね……」

この様子だと咲夜はまだ図書館にも来ていないらしい。
……ということは、未だに美鈴を捜索中ということだろうか。
なかなか美鈴が見つからないから、その辺の連中に聞き込みでもしているのかもしれない。

「パチェ、今日は何の日か知ってるかい?」
「昨日も同じようなことを言ってたわね。結局今日は何月何日なの?」
「なに、まだ確認してなかったの。今日は四月一日、エイプリルフールよ」
「ああー……そういえばそんな日もあったわね」

やっぱりパチェはエイプリルフールを知っていた。
騙そうとしなくて正解ね。とはいえ、今となってはもはやどうでもいいことだけど。

「よくそんな廃れた習慣を知ってたわね。レミィらしくもない」
「らしくもない、とは酷いじゃないか。博識キャラは私に合ってない?」
「それもそうだけど、律儀に決まりを守るなんて、レミィの柄じゃないと思ってね」
「ははっ、言ってくれるわね」

しかし、パチェの言い方には何か引っ掛かる部分がある。
『守る』って表現はおかしくない? ウソしかついちゃいけないってほど極端なルールでもあるまいし。

「長い付き合いでなくても分かるけど、レミィには嘘八百のほうが似合ってるわ。
 本当のことだけを言って過ごすだなんて、窮屈でたまらないでしょうに」
「えー、うん……あれ?」

何か、パチェと話が噛み合わない。本当のことだけってどういうことよ?
自然と傾いた私の小首。するとその様子を見て、パチェは訝しげに口を開いた。

「レミィ、エイプリルフールって何の日か知ってる?」
「……ウソをついてもいい日なんでしょ?」
「はぁ、やっぱり。それは外の世界だけの話なのに」
「ええ!? ど、どういうこと?」

そんな馬鹿な、そんな話は聞いてない。
情けないくらい動揺した私を見て、パチェは面倒くさいことになったなと言わんばかりの表情で続けた。

「いいかしら、レミィ。エイプリルフールに限らず、何か新しいイベントを積極的に広めようとするのって、誰だと思う?」
「誰って……例えば、天狗とか?」
「ご名答。新聞やらなにやらで、やたらと新しい文化を拡散しようとするのが彼らの特徴ね。
 だから昔、とある天狗がエイプリルフールを広めようとしたんだけど、とある理由で頓挫したのよ」
「理由?」
「ウソの嫌いな鬼たちの存在よ」
「ああー……」

天狗や河童たちは鬼に頭が上がらない、というのは幻想郷の常識である。
そういえば博麗神社の鬼っ子も口癖のように言っていた。鬼はウソが大嫌いなんだ、と。

「結局、ウソを推進しようとしてた天狗は鬼にこっぴどく叱られて、来年からはウソをつかない日にしろ、なんて約束させられたらしいの。
 それが幻想郷のエイプリルフールの始まり。と言ってもまるで面白くない習慣だから、そもそもほとんど流行らなかったみたいだけどね」
「……パチェ、なんでそんなに詳しいの?」
「今日の文々。新聞に書いてあったから」

開いた口が塞がらなかった。
なんと私は、外の世界でしか行われないイベントに一人で参加してしまっていたらしい。

「まさかレミィ、もうウソをついちゃったなんて言わないわよね」
「……ウソは、ダメなのよね?」
「図星なの?」
「わ、私、ちょっと散歩に行ってくる!」

どんなウソでも冗談で済まされるはずが、冗談どころではなくなってしまった。
ロビーに投げてあった日傘を引っ掴んだ私は、猛スピードで朝っぱらの幻想郷へと飛び出していくのだった。





「ううー……まさか、こういう展開になるなんて」

早朝の心地よい春の空気を台無しなスピードで切り裂きながら、私は博麗神社に向かっていた。
あそこなら美鈴もふらりと寄りたくなるかもしれないし、咲夜も真っ先に聞き込みに向かうだろう。

まさか、幻想郷のエイプリルフールがウソ禁止令にすり変わっているとは思ってもみなかった。
確かにこんな面白いイベントがどうして流行らないんだろうと疑問には感じていたが、そんな理由があったなんて。
もしも咲夜があちこちで美鈴をクビにされたと触れ回っていたとしたら、
のちのち私はエイプリルフールを勘違いしていた残念な夜の王、という最高に締まらない称号を得ることになる。
こうなったらいっそ、美鈴のクビを本当のことにしてしまうか。でもそれじゃ咲夜も美鈴も可哀想。……やっぱりダメね。
こんなことなら昨日、パチェに釘を刺すついでにエイプリルフールのことを聞いておけばよかった。
そうすればこんな面倒なことにはならなかったのに。

そんな私の思考とともに、凄まじい速さの私の周囲を凄まじい速さで視界が流れて行く。
と、いつの間にかその中で変わらない部分が一箇所だけあることに気がついた。
それは私とほとんど変わらない速さの持ち主。
偶然私の視界に飛び込んできたのは、手帖を片手にした新聞記者、射命丸 文の姿だった。

「ちょ、ちょっと!」
「あれ、レミリアさん? そんなに慌ててどうしたんですか」

あの速さの中で無謀にも手帖にメモを取っていた文は、私の呼びかけに平気な顔をして応じた。
ほとんど全速力だった私に悠々と並ぶだなんて、流石は天狗と言ったところか。
そしてコイツの足の速さは、今の私の手駒にちょうど良い。

「あのね、……えーと」
「?」

……しまった。呼び止めてから後悔した。
そういえばコイツは、そのウソを禁止にしようとしてる天狗その人ではないか。
文に私がウソをついたということがバレたらまずい。
ちゃんと私たちウソつきを撲滅してますよーという鬼へのアピールも兼ねて、私の名前が明日の新聞一面に載っかるだろう。
とはいえ、探し人をさせるという意味では文はこれ以上ない適任といえる。
頑張れ私。ウソを交えず、真実だけで文に協力を求めるのよ。

「……ちょっと、咲夜を探すのを手伝って欲しいのよ。
 ウチの門番に休暇をやったら、咲夜がクビにされたんだと勘違いして、飛び出して行っちゃって……」
「はぁ」

なんだか気のない返事だが、ちゃんと私の言いたいことが伝わっただろうか。
コイツは案外現金な性格をしている。
自分の利益にならないことは、いくら頭を下げたってやってくれないだろう。
ええい、仕方がない。

「有力な情報を手に入れたら、すぐに私に教えて頂戴。
 もしそれが本当だったら、紅魔館のメイドの数だけ貴女の新聞を取ってあげる」
「!! 本当ですか!?」

よし、食いついたわね。
なんでコイツは賢いのに単純なんだろう。

「私は博麗神社のほうを回るから……貴女は別のところを探して頂戴」
「わかりました、レミリアさん!
 必ず見つけてきますから……約束、忘れないでくださいよ!」
「頼んだわよ」

ぎらぎらと瞳に闘志を燃やしながら、文は音速の風となって私の前から姿を消した。
あの様子なら少しは期待できるかもしれない。
もちろん、文にはウソなんてついてない。新聞はちゃんと人数分取ってあげるつもりよ?
約束は約束だもの。きちんと守ってあげないと。ただし、一日限定だけどね。
定期購読するだなんて言った覚えはありません。

ブン屋と別れて程なくすると、博麗神社が見えてきた。
前方だいたい一里のところに豆粒程度の霊夢が見える。
あっちも私の存在に気がついたようだ。流石は霊夢、人間の視力じゃ見えないでしょうに。
全速力で鳥居をくぐると、霊夢の眼前でくるりと反転、羽を翻し急ブレーキを掛ける。
風圧に押された霊夢は一度目を閉じたが、すぐに何事もなかったかのように話しかけてきた。

「おはよう、レミリア。お茶なら出ないわよ」
「大丈夫、今それどころじゃないのよ。ここに咲夜か美鈴が来なかった?」
「咲夜なら来たわよ。なんか門番を探してるみたいだったけど……何かあったの?」
「ま、まぁちょっとね……」

咲夜は美鈴を探してると言っただけなのだろうか、それともクビにされたとまで言ってしまったのか。
前者ならまだセーフだが、勘の鋭い霊夢にあんまり深く聞くのは気が引ける。これ以上墓穴を掘ってたまるか。

「それで、咲夜は何て言ってた?」
「私が美鈴は見てない、って言ったらすぐにまた飛び出してったわよ。
 今度は魔理沙の家に行ってみるってさ」
「……ありがと!」

霊夢の返事を待つ前に、私は霧雨邸へ向けて博麗神社を飛び出した。
どうやらいい意味でも悪い意味でも、私の予想が当たったようだ。
咲夜はそこら辺にいる連中に手当たり次第声を掛けているらしい。
動向が掴めるというのはありがたい話だが、それと同時に私のウソが広まっていく。
いずれにせよ、早めに決着を着けてしまわなければ。
魔法の森へと向かいながら、私はそんなことを考えていた。

「よおレミリア、お前一人でうちに来るなんて珍しいじゃないか。なんだ、咲夜と鬼ごっこでもしてるのか?」
「咲夜は、もう行っちゃったかしら?」
「ああ、私の家に美鈴は来てないって伝えたら、あっという間に出て行っちゃったぜ。
 なんか目が潤んでたようにも見えたが……気のせいか?」
「さ、さぁ……」

人に会うたびいちいち心が痛む。
これは咲夜に対する罪悪感から来る痛みなのだろうか?
そうだとしたら、私にも良心ってあったのね。

「と、とにかく! 次はどこに行くか聞いてない?」
「次はアリスに聞いてみるって言ってたぜ。 ここからなら近いしな」

まあ、それしかないわよね。
美鈴は門番だから、紅魔館に来る連中とは全員知り合いということになる。
つまり咲夜が向かった先も、それだけ数があるということになるのだ。
魔理沙に一言お礼を言って、私は再び加速した。
時間を停められる咲夜に追いつけるはずもないが、今はこうして足取りを辿るのが最善だろう。

……そう思ったんだけど。

「来たわよ、咲夜……なんか今にも泣き出しそうな顔してたけど。
 一体どうしたっていうのよ?」

「ああ、あなたのお家のメイドさん? さっき妖夢と話してたみたいだけど。
 なんだか涙を拭ってたみたい。花粉の季節になったからかしら?」

「咲夜なら、ついさっき竹林のほうへ向かったぞ。
 何があったのかわからんが、泣きじゃくっていてなだめるのに時間がかかってな」

あちらこちらをたらい回しにされて、私は今人里の寺子屋前にいる。
未だに咲夜には追いつけない。ただ一つだけ判るのは、あの娘がだんだん感情的になっているということ。
早く咲夜を見付けないといけないけど、あっちはワープしてるも同然だからどうしようもない。
というか疲れた。魔法の森から冥界は遠いのよ。
咲夜もどこかで休んでくれればいいのに……。

竹林に向かったという慧音の証言からすると、咲夜は永遠亭に向かったのだろう。
これまた遠く、というか面倒くさいところに行くことにしたのね、咲夜。
しかし嘆いている暇はない、私は人目につかないよう歩いて人里を出て、そこからまたスピードを上げた。
するとすぐに一面の緑色が否応なしに視界に飛び込んでくる。
永遠亭への道程は、この迷いの竹林を抜けなければならない。
さすがの私もこの竹林を抜けるのには少々時間が掛かりそうだ。
とはいえ、いつまで経っても辿りつけないなんてことにはならないだろう。
一度行った場所なのだから、いくら面倒くさがりな私でも位置くらいは把握している。

大まかな地図を頭に描き、いざ竹林に飛び込もうとしたところで――ふと考えた。

「……待てよ」

薬の買出しに出かけることがある咲夜はともかくとして。
美鈴が自分一人で、というか誰かと一緒でも永遠亭に行くことがあっただろうか?
永遠亭から紅魔館へ兎の使いが来ることもあるから、確かに美鈴もあそこに知り合いがいるかもしれない。
しかし、その程度の理由で永遠亭の奴らと親交が深まるだろうか?
第一美鈴には休暇という名目で自由時間を与えているのだから、わざわざこんな所まで来るとは考えにくい。
気が動転している咲夜は、そこまで考えが至らなかったのかもしれない。

「……と、なると」

今更だけど、馬鹿正直に咲夜を追うより、美鈴を探したほうが効率がいい気がしてきた。
いくらなんでも永遠亭は遠すぎる。
冷静さを欠いた咲夜が竹林で迷っている、という可能性もなくはないけど……。

美鈴が行きそうな場所……。
人里に行っておいしいものを食べてるとか?
いや、それなら咲夜がすぐに美鈴を見つけるだろう。
美鈴は何が好きだっけ。
あの子の仕事は門番、門を守ること、それに……

「……あっ!」

そうだ。
美鈴には門番以外に、もう一つ仕事があった。
休暇を利用してぶらぶらしているのなら、そういう所に気を惹かれるということも大いに有り得る。
行ってみる価値は十分にあるだろう。

そうと決まれば話は早い。
私は百八十度方向転換をして、あの向日葵が咲き乱れる丘へと向かった。





美鈴は普段、紅魔館の門番の仕事に加えて、中庭の花壇でお花たちの手入れをしている。
もともとは咲夜の負担を減らしてやろうと考え付いた案だったが、美鈴は私の予想以上に花の世話が好きだったようだ。
鼻歌交じりに水やりをしている姿も今となっては珍しくもない。
武骨でガサツな美鈴だけど、その辺りは辛うじて女性らしさが残っているらしい。
咲夜にプレゼントを用意するという意味でも、あそこは美鈴のニーズにぴったりと合致する場所だ。

そうこう考えているうちに、私は太陽の畑へと辿りついた。
しかしこの広い丘を見渡してみても、どこにも向日葵の姿は見られなかった。
図書館の文献や天狗の新聞で見るおかげで向日葵のイメージが強かったが、まだそのシーズンには早すぎたようだ。
それでも、この丘が花や植物に埋め尽くされているということに間違いはない。
なぜならここには、花が大好きな妖怪が住んでいるのだから。

「探し物ですか? お嬢さん」
「ああ……ちょっとね」

風見 幽香。
いつの間に私の背後に回り込んだのか、不気味な笑顔を貼り付けて幽香が私に声を掛ける。
幻想郷のフラワーマスター、私の知っている限りでもトップクラスの強さの持ち主。
できれば関り合いになりたくない人物だが、今回は事情が事情なのだ。
別に喧嘩を売りに来たわけではないのだから、問題はない。

「私ね、今探し人をしてるの。ここにさ……中華風の妖怪がこなかった?」
「中華風……ああ、来たわね」
「本当!?」

ここにきて、ようやく手がかりが掴めた。
今まで美鈴だけは何故か目撃情報がなかったが、幽香は何かを知っているようだ。
やっぱり美鈴を探しに来て正解だった。そうよ、動揺してる咲夜よりも単純な美鈴のほうが考えが読めるに決まってる。
このまま一気に見つかるといいんだけど――

「あの子ねぇ、死んじゃったかも」
「……は?」

突然幽香が言い放った言葉に、私は間の抜けた声を出してしまった。
美鈴が、死んだ?

「いやね、あの子ったら突然私のお花畑に入ってきたのよ。
 最初はただ花を見てるだけだったんだけど……何を思ったのか、突然花を抜き始めたの。
 私に無断で、それもぶちぶちっとね。
 それがちょっと頭に来たから、思わずお仕置きしちゃった」

急な話の展開に、まるで頭がついていかない。
美鈴が、コイツに? 殺された?

「そうそう、そういえば今さっきメイドさんも来たわね。
 貴女と同じくめいりんさん? を探してたみたいだけど……
 ぼろぼろにしてその辺に捨てた、って言ったらすごく怒っちゃってね。
 いきなり私にナイフで斬り掛かってきたのよ。
 ひどいでしょ? まぁ、もちろん返り討ちにしてあげたけど」

コイツは何を、言っている?

「だからね、今頃は二人ともお花の肥料になってると思うわ。
 私は殺してまではいないけど……もし養分を吸い尽くされたとしたら、いくらなんでも――」

幽香が言い終わるのを待つ前に、私の体は無意識に動き出していた。

「二人をどこへやったッ!!」
「……従者が従者なら、主も主ね」

私が突き出した右の拳を、幽香の掌がなんなく受け止める。
その反対の腕に得体の知れない力が集まっているのを感じて、私は思わず幽香から距離を取った。

「あらあら、私が怖いのお嬢さん? さっきのメイドさんのほうがよっぽど勇気があったわね」
「……ッ!!」

蔑むような意地の悪い笑みを見せ付けられて、脳が沸騰しそうになる。
……違う。落ち着け、レミリア・スカーレット。
コイツは他人の神経を逆撫でするのが大好きなのだ。
きっと咲夜も同じ手で倒されてしまったに違いない。
幽香の言葉に乗せられていては、咲夜と美鈴が助からない。

「答えろ幽香! 二人はどこだ!」
「あははっ、貴女が私に勝てたら教えてあげてもいいわよ?」

余裕たっぷりの表情を浮かべながら、私からさらに距離を取りつつ幽香が笑う。
まるで呼吸をするようなペースで弾幕を放ちながら。
私はやむを得ず中空へと飛んだ。
咲夜と美鈴の姿が見えない以上、地上に居る私を幽香に狙わせるわけにはいかない。
幽香の口振りからして大地に伏しているであろう二人を巻き込むわけにはいかないから。
しかし空では脚が使えない。宙を蹴っても思いのほか速力は生まれず、私は幽香の格好の餌食となった。
狂気じみた花の弾幕が肌に触れるだけで、久しく見ていなかった自分の血を目にする羽目になる。

「どうしたの、お嬢さん? 随分と動きにくそうねぇ」

その上私には日光というハンディキャップがある。
ただの日傘で片手が塞がっているという時点で、私のほうが遥かに分が悪い。
私の命綱を吹き飛ばせばあっさり決着が着くというのに敢えてそれをしないということは、幽香は徹底的に私をなぶるつもりなのだろう。
正面から飛んできた弾をやむを得ず左手で弾くと、五指があらぬ方向へ曲がってしまった。

これほどの殺傷力を持った弾を、咲夜と美鈴はどれだけ浴びたのだろう。
大好きな花に襲われて、美鈴はどんな気持ちだったのだろう。
美鈴を案じていた咲夜の怒りは、どれほどのものだったのだろう。

絶対にここで、コイツに屈するわけにはいかない。
我が身を案じている場合ではない。
二人は、こんなところで死ぬ運命じゃない!

私は上空へと飛び上がり、そこから思い切り弾幕をばら撒いた。
質を考えない数だけの弾幕。すると幽香は攻撃を止め、手にした傘で私の弾幕をあっさりと防いだ。
そしてその一瞬だけ、傘に隠れた私の姿が幽香から死角になる。
太陽と私の日傘、それに私と幽香の体が一直線に重なる。
この一点に、全てを賭けて。
私は日傘を投げ捨てた。

「!」

ふわりと舞い上がった日傘の影が幽香に重なり、私の意図に幽香が気づく。
だが、もう遅い。
私は自分の体を槍にして、幽香の胸元へと思い切り飛び込んだ。

「夜王――『ドラキュラクレイドル』!!」
「……ッ!!」

勢いもそのままに幽香を押し倒し、花畑を抉りながら揉み合いになって大地を突き進む。
激しい衝撃と振動に襲われたが、それでもこの手は絶対に離さない。
そのまま何十メートル進んだだろうか、ようやく私たちの身体が止まったとき――私は花畑の中に幽香を押し倒して、馬乗りになっていた。

「答えろ幽香。二人はどこだ」
「ふふ、ふふふふふ……」
「……何が可笑しい!」
「あっはっはっはっは!」

花畑の中に半ば埋もれるような形にはなっているものの、遮り切れない日差しが私の背中をちりちりと焦がす。
笑い声をあげる幽香を見ていると、さらに心までがちりちりと熱くなってくる。
思わず拳を握り締め、私が幽香を殴りつけようとすると――不意に、幽香の笑い声が止まった。

「ウソよ」
「何がだ」
「ウソっていったらウソなのよ。ぜーんぶ、ウソ」
「全部……?」
「ええ。門番さんに会ったって話も、メイドさんが来たって話も、二人にお仕置きしたっていうのも、全部ウソ」
「……………………は?」

顎が外れるかと思った。
それほど間の抜けた顔をした私に、幽香は心底楽しそうな顔をしてみせた。

「あー、面白かった。あんたがあんな必死な顔するなんて、思ってもみなかったわ」
「え、ど、どういう事……?」
「どうもこうもないの。私はメイドさんにも、めいりんさんにも会ってません。それだけよ」
「で、でもあんた、美鈴の名前なんか知らないんじゃ……!」
「さっき天狗が私のところに来てねー。あんたが探し人をしてる、って聞いたのよ。ついでに名前もね」
「そんな……私は今急いでるのよ。そんなにぼろぼろになってまで大ウソなんかつかないでよ!」
「いいじゃないの、年に一度のウソをついてもいい日なのに。
 せっかくのエイプリル・フールなんだから、これくらいはしないとね」
「は? エイプリルフール……?」
「別名四月馬鹿。この日だけはウソをついても許されるっていう、元々は外の世界で行われていた行事よ。
 もっとも、幻想郷じゃあんまり流行ってない習慣みたいだけどね」
「ちょ、ちょっと待ってよ。幻想郷ではエイプリルフールが禁止されてるって、パチェが……」
「あら、そうなの?」
「そうよ、今日の文々。新聞にも書いてあったらしいし」
「新聞……? ぷっ……あっはっはっは」

私の言葉を聞いて幽香がまた笑い出す。
その声を聞いても、今度はさっきみたいに嫌な感情は覚えなかった。

「くくくくっ、成る程そういうこと。これはとんだお嬢様だったわね、あー面白い」
「ど、どういう意味よ」

未だに事態が把握できない私に、幽香は自分の日傘を差し出しながらこう言った。

「あんたさぁ、館の連中に担がれてるんじゃないの?」





人里の上空を通って、博麗神社の目の前を通り過ぎて、氷精のいる湖が割れんばかりの勢いで空を切り裂いて。
私は今度こそ全速力で紅魔館へと戻ってきた。
門の前に誰もいないことにやや不安を覚えながらも、勢いもそのままにロビーから地下へと突入する。
すぐに見えてきた大仰な図書館の扉、それを豪快に開け放つと――
そこには幽香に言われた通りの光景が広がっていた。

「お帰りなさい、お嬢様」

ティーポットを片手にした咲夜の姿と、テーブルについてクッキーを頬張る美鈴とパチェ。
三人は談笑なんかしちゃったりして、それはもう平和にお茶を楽しんでいた。

「お疲れレミィ。その様子だと、随分ハードなお散歩になったみたいね」
「ありがとうございますお嬢様。おかげで今日一日のんびりできました」

ほっこり笑顔の美鈴と、ニヤニヤ笑いのパチェが私をご丁寧に労ってくれる。
私はなんだか全身の力が抜けてしまって、がっくりと膝をつきくず折れた。

「じゃ、じゃあ咲夜が取り乱してたのは……」
「残念ながらウソです」
「パチェがエイプリルフールなんて無いって言ったのも?」
「もちろんウソ」
「美鈴だって休暇の話をしたら喜んでたじゃない!」
「ああ、あれは本当ですよ。まだ三十一日だったし」

幽香は文に会ったとき新聞を貰っていたらしく、私もその新聞をざっと読ませてもらった。
薄めの新聞どこを捜しても見当たらない、エイプリルフールにウソをつくなという記述。
自分が騙されたのだということに、ようやく気がついた瞬間だった。

「それにしてもレミィ、意外と帰って来るまで時間がかかったわね。やっぱり永遠亭から守矢神社は遠かったかしら?」
「でも、お嬢様の退屈凌ぎにはなったようで何よりです」
「なかなか上手くいったみたいでよかったですね。咲夜さん、おかわりお願いします」

何も知らずにこいつらは……、私の苦労は一体なんだったんだ。
お肌が裂けて指まで曲げられたというのに。もう元通りだけど。今日ばかりは吸血鬼の再生能力が憎い。

「パチェ! あんた、私の計画を知って騙したのね!?」
「昨日レミィがそわそわしてたから、咲夜にエイプリル・フールのことを教えてあげたのよ。
 でもレミィ、私を責めるのはお門違いよ? レミィを嵌めよう、って言い出したのは咲夜なんだから。
 主演が咲夜で助演は私。美鈴は仕掛け人Aってところかしらね」
「はい。もしお嬢様がウソをつかれるなら、全力を持ってそれに付き合おうと思いまして。
 パチュリー様と美鈴にも協力してもらいました」

私頑張りました、と言わんばかりにぐっと咲夜が拳を握る。
つまりはこういうことだろう。私の挙動を不審に思ったパチェが、エイプリルフールの存在に気がつく。
美鈴は咲夜にだけ内緒で出発するつもりだったから、不自然な休暇をもらったことがパチェに簡単にバレる。
それらをパチェから又聞きした咲夜が、全力でお答えしなければと意気込む。
そして見事に踊らされる私を見て、パチェが楽しむ……。
総括すると私は、人を騙しているつもりで、ずっと騙され続けていたのか。はは。
もう何もかもが馬鹿らしくなって、私はぐんにょりと赤い絨毯に身を伏した。

「お嬢様、ご気分が優れないのですか?」
「……私は」

心配そうな表情をしながらも、いけしゃあしゃあと咲夜がそう言ってのける。
ええ、そりゃ気分が優れませんよ。誰かさんのせいで。
私がどれだけ心配したと思ってるんだ。

大体咲夜はいつもこうだ。
夜の王であるこの私に対して、恐れるような態度なんて微塵も見せない。
こういう無礼講の時には必ず私に何かを仕掛けてくるし。

咲夜のせいで私の生活は本当に忙しくなってしまった。
昔のように何もなく優雅に一日を過ごす日なんて、もはや数えるほどしか存在しない。
短い命の持ち主のくせに、いつだって自分のことより私のことばかり考えて。
やっぱり咲夜は、大馬鹿者だ。

「私は――」

だから私は、こう言ってやるのだ。

「私は咲夜なんて、大っ嫌いだから」

すると咲夜は一瞬きょとんとした表情を見せたが、すぐに瀟洒な笑顔に戻ってこう答えた。

「――私もですわ、お嬢様」
そんな紅魔館のエイプリルフール。
3時間ほど遅刻してしまいましたが大目に見てやって頂ければ……。

感想等頂ければ幸いです。
goma
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コメント



0.1580簡易評価
1.100奇声を発する程度の能力削除
いやー良い!凄く良いです!!
必死に頑張るお嬢様に惚れました
2.100愚迂多良童子削除
そうか、エイプリルフールってツンデレの日なのか。
3.60名前が無い程度の能力削除
レミリアの視点から見た場合と仕掛けた側から見た場合の温度差が酷い
日傘手放して半ば命掛けてハードな散歩て・・・
良い話っぽくまとめてるがレミリアが気の毒に見えるわ

まぁ上に書いたのは個人的な思い入れですけど、それ抜きでこの点数で
8.100名前が無い程度の能力削除
面白かった!
確かに咲夜さんは率先してお嬢様を騙しそうだw
11.100名前が無い程度の能力削除
やたー
14.10名前が無い程度の能力削除
さすがにこれはお嬢様がかわいそうすぎる
妖怪同士の戦いなら殺し合いになっても問題ないわけで、もしお嬢様が死にでもしたらどうするつもりだったのかと…
正直、私としては最後の咲夜さんのセリフは嘘ではないように見えました
16.40名前が無い程度の能力削除
おぜうに同情してこの点
19.100朔盈削除
面白かったぁ~。
っていうか、めっちゃ作りが上手かった。
騙したと思ったら騙されてたなんて。
こんな感じなのは、ボクは初めてで面白かったです。
22.70即奏削除
面白かったです。
23.100名前が無い程度の能力削除
王道ですね
25.10名前が無い程度の能力削除
もやもやもや
26.90削除
途中からヤンデレソングと一緒に読んでいたけれども、どんどんずれていったという。
ところでお嬢様。あなたは本当に紅魔館の皆さんだけに騙されていたのでしょうか……?w
33.70名前が無い程度の能力削除
うーむ、話の作り自体は面白いと言うか王道なので悪くないんですが
幽香とのやり取りが必要だったかは疑問ですね
話の核心部分でもないので無駄にお嬢のファンを煽っただけのような・・・

ぶっちゃけて言えば誰でも良かった部分で無駄に命がけっぽい模写が入ってしまったのが不味かったのでしょう

それを考慮してこれで
34.80名前が無い程度の能力削除
大変面白かったです。フィクションでしかも四月馬鹿なのだから、これくらい浮き沈みが無いとエンターテイメントとして成立しませんよねw
敢えて疑問があるなら、風見幽香が「花畑が抉られてる」状態でも笑顔でいる点ですかね。私は二次創作で花に対して狂人的かな執念を持つ彼女ばかり見ていたので、新鮮でした。まぁ、あなたが書き出した彼女の方が、安心して読めます。
39.90名前が無い程度の能力削除
ああ騙されたよ
3人がグルでお嬢様の挙動を楽しんでたとこを想像して和んだw
サクっと分かりやすくてそこもまたいいね
43.70名前が無い程度の能力削除
再生能力に安直に頼ってしまうのはよくないよね。
ちょっと過激な話になるけど、大事なことだから書いておく。

パチュリーの右腕が切断されるとグロ扱いだが、レミリアやフランなら下半身が吹っ飛ばされても18禁にならない。
これっておかしくないかな。
一部だけが差別的な、それも命を危険に曝すほどの極端な扱いを受けていることが多い。
ギャグなら許されるって言うけど、度が過ぎたブラックジョークは悪趣味と解釈されうることを覚えておいてほしい。

作品と関係ないことを書いちゃったかもしれない。そこは謝るよ。
昔からそういう風潮はずっとあるんだけど、今この作品を読んで気になったから書いたんだ。