私のお姉ちゃんであるところの古明地さとりはどうしようもないレベルの悪趣味野郎である。
と最近の私は思うようになってきたのだが、いざ字に起こしてみると心の中でお姉ちゃんへのそんな尋常ならざる罵倒を行うこいしちゃんAに対して「そんなことないもん!」と異常な憤怒をこみ上げさせるこいしちゃんBが泣き喚きながら暴れ出すのだ。
こいしちゃんBはお姉ちゃん大好きっ子だった。
それはこいしちゃん(本体)にとっても真実だった。
「クッ、静まれ私のこいしちゃんB……!」
なんとはなしに右腕を押さえる。
なんてことだ、こいしちゃんBは右腕に宿っていたのか。
(何を馬鹿なことを言っているのよ。AもBも無いでしょ。古明地こいしの人格はこの世にたった一つしかないわ。そして私のお姉ちゃんは悪趣味クソ野郎よ)
そう訴えてくるのはこいしちゃんC。
こいしちゃんCは冷静な人格である。
彼女の言うことは大体正しいのでこれを採り、こいしちゃん会議ではお姉ちゃんは悪趣味であることが決定した。
しかしその意見を採用するとこいしちゃんAもこいしちゃんBももちろんこいしちゃんCだっていないことになるので先刻の心の訴えは一体なんだったのかという疑問が生じてくるのだがそもそもここまでの心情描写に全く意味はない。
結局私はその悪趣味なお姉ちゃんが好きだという着地点に落ち着くことを色々装飾してみたかっただけである。
自演乙。
自らの内に異なるこいしちゃんを作り出してすぐさま殺すのが最近のマイブームなのでした。
…………。
「うわー、いたーい! 超いたいぞ私ー!」
なんだか無性にいたたまれなくなってきて地霊殿のホールのステンドグラス床にのた打ち回る私。
じたばたじたばたじたばた。
超ひんやりつめてー。
つーかお姉ちゃんセンスわりー。
なんだってこの家はこんな悪趣味の塊みたいな造詣をしているのか。
一度お姉ちゃんに小一時間問いただしてみたい。
「そう思ったら即行動だ……ぜ!」
よっしゃー、お姉ちゃんの部屋に乗り込めー。
行動に脈絡もクソもないのが古明地こいしというナマモノの古明地こいしたる所以なのです。
最近お姉ちゃんとめっきりコミュニケーション取ってないから寂しかったとかいう真の理由はさておいて。
「そろそろお姉ちゃん攻略に踏み切っちゃう、かなー」
おっとなんか無意識が漏出した。
→→→
「なんだってお姉ちゃんはこんな悪趣味の塊みたいな存在なのか」
「……普段は呼んでも出て来ないのにたまに現れたと思ったら随分な物言いねこいし」
「んー、なんか質問の内容が微妙に違ってる気がしなくもないけどまあいいか。そんな瑣末事でお姉ちゃんが悪趣味極まるクソ野郎だという事実は何も変わらないのだから」
とりあえず暴言吐きまくってみた。
ツンデレってみればお姉ちゃんもきっと私にイチコロのはずだという目測はしかし。
「そう。私に喧嘩売りに来たのね貴方は」
「まーまー。そんなに怒らないでよお姉ちゃん。たかがこいしちゃんのやったことじゃない」
「……ねえ貴方の相手、するの疲れるからもう寝ていい? 気力のあるときじゃないと正直きついのだけれど」
なんか失敗くさかった。
なんでだろう。
お姉ちゃんはもっとハードな属性がお好みなのか。
ヤンデレとか好きなアブノーマルなのか。
「えー、お話しようよー」
「いやよ」
寝ぼけ眼を擦りながら、あからさまに怒気を孕ませた声色で答えるお姉ちゃん。
んもー、擦るとか孕ませるとかお姉ちゃんのエッチ。
しかしなんだかお姉ちゃんは露骨に不機嫌なご様子。
まあ現在時刻は深夜も深夜、超深夜。
すやすや寝ているところを叩き起こしたわけだからそれも致し方ないのだが。
ちなみにお姉ちゃんの部屋はこれまた悪趣味だった。
床天井壁面全てがステンドグラス張りという謎仕様の部屋本体に加え、天蓋付きの馬鹿でかいベッド。
戸棚には今にもケタケタ笑い出しそうなアンティークっぽい西洋人形どもがぎっしりと。
……少女趣味も進化に進化を重ねて極まるとこうもグロテスクになるものなのか。
まあこれに関しては部屋に死体飾ってる私がとやかく言えることではないかー。
そういや最近窓際に打ち付けてあったドロシー(私が名付けた)が凄まじい異臭を放ち始めたのでそろそろポイしちゃわないと。
「しかしお姉ちゃんマジ趣味わりー」
「ネクロフィリアの貴方に言われたくはないわ。あと今日はもう眠いからお話なら今度にしてちょうだい」
くぁ、と大あくびをするお姉ちゃん。
布団を剥ぎ取られてベビードール姿を惜しげもなく私に晒すお姉ちゃんやばいえろい。
肌白ーい。
死体みたーい。
手足細ーい。
死体みたーい。
そして胸ねー。
悲しいくらいに微塵もねー。
私みたーい……。
「ぐっ。これがあれか。私達が姉妹であるという確固たる証明的なアレなのか! 神よこんな証明は要らなかった!」
「お願いだからせめて会話を成立させてくれないかしら……」
「仕方ない、応じてやろう。感謝するがいい下郎」
「何その口調……一体何様のつもりなのかしら」
「妹様」
「…………」
ドヤ顔でそう答える私だが、おっとそれは別キャラだった。
狂気系妹キャラ同士彼女とはいつか決着を付けねばなるまい。
うぬぬう。
「ともかく。今日はもう寝るから……」
あ、いかん。
お姉ちゃんが布団をかぶりなおして横になろうとしている!
このままじゃ折角来たのにお姉ちゃんが寝ちゃって相手してくれなくて半ベソ掻きながら自室へトボトボ帰ることになる。
そして気を逸した私は気まずくて二度とお姉ちゃんと口を利くことなくその短い生涯を終えることになるのです。
……とまあ、そんなこいしちゃんはとてもじゃないが見ていられないと思う他でもないこいしちゃんなのです。
ノーモア孤独死!
いやこいしちゃんまだ一回も死んでない。
じゃあモアってなんだ?
かつてあったゲーセンさ!(緑色の巫女談)
このままお姉ちゃんを寝させるものか!
「とーぅ!」
「きゃ……!」
ズザザー、と全力で頭からお姉ちゃんのベッドに滑り込む私。
こいしかつてないスライディング。
めり込んだら反確だけど先端当て成功により有利状況を形成。
やだ、めり込むとか先端とかこいしちゃんのエッチ。
挙句の果てにせいk……ゲフンゲフン。
とにもかくにも、見事お姉ちゃんのベッドに潜り込んだこいしちゃんだった。
「ふぅ」
「……これは一体なんのつもりかしらこいし」
「んー? んんー」
後先考えないのはいつものことだ。
正直勢いだけの行動だったがなに、理由なんて後からいくらでも付いてくる。
「これはですねー、そのー、えーと」
お姉ちゃんも私の珍行動(略して……いやなんでもない)には慣れたものなのか生暖かい眼差しでこちらを見つめ、私が言葉を紡ぐのを待っている。
やめろよぅ。
そんな視線で私を見んなよぅ……。
こいしちゃんは確かにほんのちょっぴりおかしな子だけれど、それでも恥ずかしがり屋の一美少女であることに変わりはないんだぜ?
「ピ、ピロー……」
「ピロー?」
「私とピロートーク……しようぜ!」
「―――はい?」
ぬうう、小洒落た言い方じゃノーカンだとでもいうのか。
古明地さとりという姉は一体どこまで可愛い妹をいじめれば気が済むのか。
「お姉ちゃんと一緒に寝たい、な……な!」
→→→
「えへー。えへへへへー」
「急になんですか気持ち悪い。言っておくけどあまり騒ぐようなら部屋に連れ戻させますからね?」
「んー? そんなおイタはしないよー? ただ久し振りにお姉ちゃんと一緒に寝られるのが嬉しくてテンション上がってるだけー」
「はぁ……」
豪奢なベッドの上、私のすぐ横で深い溜息を吐くお姉ちゃん。
自然お姉ちゃんの吐息が私にかかる形になってやばい、どきどきする。
まさか恋か。
これが恋なのか。
参ったなー。
こいしちゃんの閉じた恋の瞳ここで開いちゃうかー。
インセストっちゃうかー。
「言っておくけど私は妹とそういう行為に及ぶつもりはないから」
「NA★ZE★DA!」
馬鹿な、どうして口にしていないのにバレるのだ。
お姉ちゃんは私の心は読めないという設定カムバック!
「いや、そんな不自然に手をワキワキさせてたらそりゃあ……というかその腰をセクシャルな感じにクネクネさせるのをやめなさい。引くから」
グァァァ!
無意識が漏れ出ていたァァァ!
まだフラグ立ってなかったァァァ!
「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
「うるさい」
「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
「うるさい!」
「ごめんなさい……」
怒られてしまった。
でもこいしちゃん諦めない。
とりあえず今日は好感度上げに努めよう。
クッ、静まれ私のこいしちゃんD(リビドー担当)……!
「ふぅ」
「? やけに聞き分けがいいのね。力に任せて襲い掛かってくるものだと身構えていたのだけれど。私はどうあっても貴方には勝てないし」
「まー、私にも色々考えがあるのですよ。恋に恋し始めた恋愛一年生たるこいしちゃんにはそういう暴力的な手段はまだ些か時期尚早なのではないか思ったりー、思わなかったりー」
「恋? 紅白がスキマ妖怪に抱いてたり黒白が人形遣いに抱いてたり吸血鬼とメイドが想い合ってたりするああいうやつ?」
「あー、うん。まあそういうやつなんだけど。ただお姉ちゃんあんまり人の恋愛感情覗き見るのはあまり褒められたものじゃないと思いました。まる」
「仕方ないじゃない。見えてしまうんだから。まあそれはともかく。てっきり私を襲おうとしたのは第三の眼を閉じたことで無意識に身体が支配されてとかそんなのだと思っていたわ」
「いやいや。心を閉じたらエロ増大とか嫌過ぎる」
「というか貴方、私のことが好きだったの?」
ストレートに聞いてくるお姉ちゃん。
マジか。
それを私の口から言わせるのか。
全く……この姉はひどいやつだ。
人の心は読めるくせして。
心無いにも、程がある。
「うん、そりゃあね。生まれた時から私にはお姉ちゃんしかいなかったし。心を閉じた後も私のことを大切に想ってくれてるってわかったし。だから私はそんなお姉ちゃんが大好きだよ」
「そうですか」
「…………」
「…………」
「…………」
「? どうしたのですかこいし。そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔して」
いや。
いやいや。
いやいやいやいや!
そうですか、ってお前!
私がそれなりに精神に負荷かけまくって絞り出した告白に対する感想がそれか!
それだけか!
その上なんのリアクションもなしか!
「あんまりだ! 淡白過ぎる! もっとこう頬を紅潮させたりとかそういう乙女的な反応はないのか!」
「そんなこと言われても、別段思うことなんて何もないのだから仕方ないじゃない」
「――――――」
極めて無機質に。
お姉ちゃんは感情の籠らない声でそう言った。
「あー。そっか……そうだよね。そう、なるよね」
「こいし―――?」
正直これは応える。
心が読めることが当たり前。
人の内心を流し読んで読み捨てるのがお姉ちゃんにとっての日常だった。
空気のように触れ続けて来たが故に、古明地さとりはありとあらゆる心情を無価値に感じる存在に成り果てた。
私の恋慕の吐露も、お姉ちゃんにとってはまるで価値がないのだ。
人の心は読めるくせして、心無いにも程がある。
「うううううう。だがこんなことで挫けるこいしちゃんではないのであった。うう、やっぱりダメだ。心折れそう……」
「どうしたのこいし。お姉ちゃん、なにかまずいこと言ったかしら」
「いや、言ったからね。途轍もないレベルのハートブレイクアタック……がふぁぁぁっ!」
「こいしーっ!」
妖怪には肉体的なダメージよりも精神的なダメージの方が有効という話をたまに耳にするが、この日私はそれを身を以て知ることとなった。
私はお姉ちゃんから与えられたスピリチュアルアタックに耐え切れず、体中のありとあらゆる場所から大出血した。
そして二秒で止血した。
妖怪すげえ!
「こいし? もう大丈夫なの? それ」
「ふふふ。いつまでうろたえてるのお姉ちゃん。こんなの二秒で切り返してくださいよ」
「いや耳とか鼻とか目とか……出ちゃいけないところから血が噴出しまくりだったけど」
「や。本当に大丈夫だから。むしろ安心したというか」
「安心?」
「ほら、なんだかんだでお姉ちゃん私のこと心配してくれてるんだなー、って思ってさ。お姉ちゃんが私のこと大切に想ってるってのが勘違いじゃなくて良かった」
「当たり前でしょう。貴方は私のたった一人の妹なのですから」
「んー、あれだなー。やっぱりそこがなー」
「そこ?」
「いや、お姉ちゃんはまだわかんなくていーんだけどさー」
お姉ちゃんの心の病理については少しずつなんとかしていこう。
とりあえずこれからは毎日会って、毎日一緒に寝よう。
くだらないこととかくだらなくないこととか、私の恋の話とか他の連中の恋の話とかしてじゃれ合おう。
他人の心を見続けてきたことでああなったのなら、心の見えない私と触れ続けることが何らかの良い結果をもたらすかもしれないから。
私が第三の眼を閉じたのはお姉ちゃんのためだった、なんて都合の良過ぎることを言うつもりはさらさらないけれど。
それでもそれがお姉ちゃんのためになるのなら、そういうことにしてもいいと思ったのでした。
口を利くことなその~
口を利くことなく?
全体的に早足感がありましたが読みやすくて楽しかったです
そして物語のなかにちょちょく漂うダークな雰囲気がたまらなく好きです!
そしてなんかいつの間にかイイハナシダナー