甲高い悲鳴が、フランドール・スカーレットの耳に届く。
その声に聞き覚えのあったフランドールは、その意外な人物の悲鳴と言うものに目を瞬かせた。
一体何があったのか。そんなことを思いながら、丁度通りがかった部屋のドアを開けて中を確認する。
すると、めったに見られない十六夜咲夜の恐怖に引きつった表情が視界に映ったのであった。
「どうしたの、咲夜?」
「い、妹様!? や、奴が……奴が!」
「奴ぅ?」
はて、一体何のことかと首をかしげながら、咲夜が向けていた視線を追っていく。
その先に存在した黒い物体に、フランドールは「あぁ」とどこか納得したような声をこぼしたのだった。
「咲夜、ゴキブリ駄目なの?」
「うぐぅ……」
どうやら図星らしかった。いや、この状況では図星も何もないかもしれないが。
咲夜も人の子だねぇ。なんて微笑ましく思いながら、とりあえず能力を使ってゴキブリを爆殺。
ぱらぱらと砕け散る残骸に視線もくれず、フランドールはポンポンと半泣き気味な咲夜の頭を撫でてあげる。
身長差のせいでかなり背伸びした形になったが、フランドール自身は咲夜の意外な一面を見れて満足げであった。
「よーしよし、もう大丈夫だよ」
「も、もう大丈夫です妹様! お見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした!」
「いいよいいよ、むしろ、咲夜のああいうところ見たことなかったから新鮮だったなァ。うん、可愛かった」
「うぅ……できれば忘れていただくとありがたいのですけど」
「だーめ」
クスクスと笑みをこぼして言葉にすれば、咲夜は一層困った様子でおろおろとするばかり。
普段、天然の気があるものの、すまし顔でそつなく仕事をこなす咲夜のこんな表情が、フランドールには新鮮で、なんだか嬉しかった。
顔を真っ赤にしておろおろする今の彼女は、こんなにも人間味に溢れていて、これはこれで愛くるしい。
いつものナイフのような鋭い印象の彼女しか知らないからこそ、こういった表情が見れて嬉しいのだ。
「は! そういえばお嬢様は!?」
「へ、お姉様? この部屋に入ったときには咲夜しか居なかっ――……」
紡ごうとした言葉が、不意に途切れてしまう。
咲夜の言葉に辺りを見回し始めたフランドールの視界に、不可解なものが映ったからである。
その不可解なものと言うのが、年代物のツボの中に頭を突っ込んでいる、己の姉――レミリア・スカーレットでなければ、フランドールも頭痛をおぼえることはなかったのかもしれない。
頭かくして尻隠さずとはこのことだろうか。大股を開きスカートがめくれはしたなくドロワを晒すその様、まさしく犬○家である。
「……何してるの、お姉様」
フランドールが声をかければ、器用にもツボの中で反転して顔を出すレミリア。
バッチリと妹と視線が絡み合い、今までの自分の醜態を目撃されたのだと察したらしい。
恥ずかしそうにコホンと息をつき、レミリアはいたって真顔で、そして言葉を紡ぐ。
「いや、その、……ネバーランドへの入り口が……」
「ねーよ」
そして一言でバッサリと切り捨てられた。
この妹、ことツッコミに関しちゃ一片たりとも容赦がねぇのである。
「ち、違うからね!? べ、別に奴が怖いとか、奴が恐ろしいとか、そんなんじゃないんだからね!!? 本当だぞ!? 怖くないんだぞ!!?」
「お姉様、そう思うんならツボから出て話そうか」
「違うんだってば!!? 本当に私は怖くなんか――」
「あ、ツボにゴキブリが」
瞬間、レミリアは跳んだ。
そのフォルムは美しく、「デュアッ!!」と光の巨人の如き掛け声で少女はツボから跳躍し。
「おごぉっ!!?」
『あ』
足がツボの縁にひっかかり、勢いのままに顔面から床にキスをする羽目になったのであった。
ゴロゴロとその場でのた打ち回るレミリアを見やり、フランドールは疲れたように盛大なため息を一つつく。
咲夜は苦笑しながらレミリアに駆け寄り、よしよしと頭を撫でていたりするが、そんなことはフランドールにとっては瑣末ごとである。
「まぁ咲夜は仕方ないにしてもさ、吸血鬼のお姉様がゴキブリ苦手って……どうなの?」
「な、フランは奴らを甘く見すぎているのよ!? 目を覚ましたときに目と鼻の先で奴がうねうねと触覚を動かしていたときの私の気持ち、あなたにわかるの!!?」
「いや、それはまぁ……同情するけどさ」
だとしても、とフランドールは思う。
人間の咲夜はまぁゴキブリを気持ち悪く思うのは仕方ないのかもしれないが、吸血鬼がゴキブリを苦手なのは正直どうかと思うのだ。
フランドールだってゴキブリは嫌いだが、いくらなんでも姉のように過剰反応したりしない。
そんな時である。「こぁーっこぁっこぁっこぁっこぁ!!」などというお馴染みの高笑いが聞こえてきたのは。
「話は聞かせてもらいましたよ皆さん!!」
「もうなんか……どこでも出てくるね、小悪魔」
クローゼットから登場した小悪魔に、げんなりとした様子でため息をつくフランドール。
そんな彼女の言葉を気にすることもなく、クツクツと怪しい笑みを浮かべながら小悪魔はクローゼットから出て、ビシッとレミリアと咲夜を指差した。
「お嬢様と咲夜さんがゴキブリを嫌う根本の理由、それは未知への恐怖です!!」
「なん……だと?」
小悪魔の指摘に、某死神バトル漫画のごとく驚きを露にするレミリア。
そんな彼女に満足したのか、小悪魔はウンウンと頷いてピンッと人差し指を立てる。
その様は取り出してかけたメガネもあいまって、まるで学校の先生のようだった。
「そう、太古の時代から人々が恐れたのは未知への恐怖! 人は知らないから恐れ、理解できないから理解できないものを排除する!
お嬢様や咲夜さんがゴキブリが嫌いなのは、それはゴキブリのことを知らないからなのです!!」
「いや、普通知りたくも無いと思うんだけど」
「しかーし!」とフランドールの言葉も聞く耳持たずで話を続ける小悪魔。
ちょっとイラッとした気持ちを覚えたフランドールだったが何とか押さえ、しょうがないんで小悪魔の言葉に耳を傾けることにした。
「それはつまり、相手のことを知れば全て解決します! 未知への恐怖がなくなれば自然とゴキブリとも折り合いが付けられましょう!!」
「……な、なるほど!」
「そーかなぁ……」
レミリアは納得した様子だったが、フランドールはと言うと胡散臭げである。
というのも、小悪魔がこんなことを言い出した日には大抵ろくなことが起こってないのだから、無理もないのかもしれないが。
咲夜はと言うと、フランドールと同じで半信半疑といった様子である。
「で、どうやってゴキブリのことを知れって? 図鑑とかで調べるの?」
「ノンノンノン、図鑑で調べただけでは種族を知っただけでゴキブリ本人を知ったことにはなりません。まず、相手を知るには話し合いが一番です!」
「どーやってゴキブリと会話しろって言うのよ。妖怪化したゴキブリでも探せって?」
それもそれで実に嫌な話ではあるが。
誰が好き好んで嫌いな虫の妖怪を探さなければいけないのやらと、フランドールはため息を一つ。
しかし、そんな彼女の様子を見ても小悪魔は笑みを崩さない。
「心配要りません。私の魔法にかかればゴキブリを擬人化するなんて余裕です!」
「何、その無駄な超魔法。そんな魔法作るぐらいならもっと有意義な魔法をつくろうよ」
「ふふーん、考えてみてください妹様。虫とお話できるなんて、ロマンチックじゃないですか!」
「いや、虫にもよるでしょうそれ!? 蝶とかなら判らんでもないけどよりにもよってゴキブリだよ!!? 全人類の嫌いな生物ベスト5に入る逸材だよ!?」
実にもっともなフランドールの指摘である。
ゴキブリと会話できたところで、一体どこの世界の誰が得をするというのか。
ウンウンと咲夜とレミリアが頷く中、そんなフランドールの指摘などなかったかのように「ちちんぷいぷーい!」などと気の抜けた呪文を唱えた小悪魔。
もう既に嫌な予感しなかったフランドールは、ふと、異様な気配に気がついて其方に視線を向けると。
――ベッドの下に、恨めしそうにこちらに視線を向ける女性の姿を見つけてしまったのであった。
その異様な姿をなんと評せばいいのだろうか。
恨めしそうな視線に覇気はなく、ぬめりと粘つくような視線が薄気味悪い。漆黒のワンピースに身を包み、濡れた黒い長髪は方目を隠し不気味さを倍増させていた。
そんな女性が、ベッドの下からこちらを伺っているのである。気味がわるいったらありゃしない。まるで黒い貞子である。
「……小悪魔、もしかしてアレ」
「はい、ゴキブリさんです」
嫌な予感が的中した瞬間だった。
不意に覚えた頭痛を紛らわすようにこめかみを押さえ、フランドールは小さくため息を一つ。
ちらりと横目でレミリアと咲夜に視線を向けてみれば、姉は従者に隠れてガクブルと震えておいでだった。
まぁ、気持ちはわからなくもないのだが。
「さぁ、レッツ話し合いです! ゴキブリさーん、何もしませんから出てきてくださーい!」
「え、何、マジでアレと話し合うの?」
どんな悪夢だよ。と、フランドール、レミリア、咲夜が思った瞬間だった。
そんな三人の見事なシンクロなど露知らず、小悪魔は人懐っこい笑みを浮かべてニコニコとゴキブリに言葉をかけている。
字面だけ見るとゴキブリに話しかける頭おかしい人に見えなくもないが、一応人間の姿になってるんでギリギリセーフだと思いたい。
なにやら会話をしていた小悪魔とゴキブリだが、一応の折り合いがついたのか小悪魔がグッと親指を立てたが、三人は「余計なことしやがって」とポツリと呟いた。
その次の瞬間である。
――カサカサカサカサカサカサッ!!
『うおわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?』
超高速で女性が這ってきたもんだから、思わず壁際まで飛び退く三人。
三人の行動が心底信じられないといった様子で、きょとんと首をかしげる小悪魔と女性。
「どうして逃げるんですか?」
「ゴキブリの姿の時より怖いよ!! どこのホラー映画!!? 夢に見るわ!!?」
フランドールの言葉に、無言でウンウンと頷くレミリアと咲夜。
その様子にようやく得心が言ったようで「あぁ」と言葉をこぼす小悪魔が、「ついうっかり☆」なんて舌を出して自分で頭をこつく。
その仕草に、イラッときた三人に殺意が芽生えそうだったのは間違いあるまい。
▼
かくして、話し合いの席は設けられた。
テーブルに座る三人の対面には、件の擬人化したゴキブリが座っている。
座っていてもその異様なオーラは健在で、薄気味悪さが虫だったときの比ではない。
何も話すことを思いつけないまま、話し合いに参加する咲夜の代わりにと小悪魔が紅茶を人数分配り始める。
「えーっと、ご趣味はなんでしょうか?」
どこの合コンだよ。レミリアの言葉にそんなことをフランドールは思ったがしかし、今それを口にする勇気はない。
だって、今もずっと目の前の女性は恨みに濡れた視線をこちらに向けてきているのである。
不気味すぎる。不気味以前にそんな視線を向けられる理由がさっぱりわからない。
「お嬢様、ここは私にお任せください。えぇッと、お名前はなんと言うのでしょう?」
「……呉鬼(ゴキ)……鰤子(ブリコ)」
親御さん方名前をつける気がないにも程がある。三人が心を一つにした瞬間である。
そんなツッコミどころ満載な名前をぼそぼそと言葉にした女性に冷や汗を流しながらも、笑顔で接することが出来る咲夜はやっぱりメイドの鏡かもしんない。
「そうですか。鰤子さん、ご家族の方はどなたかいらっしゃるのですか? 例えばお母さんとか」
「……さっき、そいつに……爆破された」
重苦しい沈黙が部屋に満ちる。
女性が指をさした先、そこにいるのは他でもない悪魔の妹ことフランドール・スカーレット。
つまり、彼女が冒頭で爆破したゴキブリこそが、目の前の女性の親だったというのである。
へたに擬人化したせいでフランドールが極悪人のようだった。
え、何。コレ私が悪いの? なんて冷や汗流し始めたフランドールを見かねてか、小悪魔が仲裁に入る。
「まぁまぁ、過去の遺恨はこの際水に流しましょう。ね?」
「いや小悪魔、無茶言ったら駄目だって」
「……わかった」
「わかったの!!? どんだけ薄情なのさ!!? 親を殺されといてそれでいいの!!?」
「……強ければ生き、弱ければ死ぬ。……それだけのことよ」
「なにその弱肉強食理論!?」
しかし冷静に考えたら相手はゴキブリである。そんな思考回路でもおかしくはない。
何しろ、しぶとさにかけては皆も知っての通り。太古から生き残り続けてきた彼女たちらしい考えかもしれない。
疲れたようにため息を一つついたフランドールは、椅子に背を預けて目の前の女性に視線を向け、言葉をかけようとした次の瞬間。
ボンッと、空気が弾ける音がして女性の姿が煙の中に消えた。
「あ、時間切れですね」
『短ッ!!?』
小悪魔のそんな一言に、三人のツッコミが上がった。
一体今までの時間はなんだったというのか。釈然としない気持ちを抱きながら、三人は小悪魔に視線を向ける。
だって、これじゃ無意味に時間を浪費しただけである。恐怖の感じ損だった。
だがしかし、相変わらずニコニコな小悪魔にげんなりとため息をついた三人は、疲れたようにテーブルから離れる。
「結局、何もわかんなかったわね」
「何も解決してないよね、コレ」
「お嬢様と妹様の言うとおり。時間の無駄でしたわ」
「まぁまぁ、ロマンチックな時間だったじゃないですか!」
『だから虫にもよるだろ』
もっともなツッコミにも小悪魔は動じない。
その辺、色々と諦めが肝心なのはよく知っているレミリアたちなので、深々とため息をつくだけにとどめた。
なんだか、ドッと疲れがたまったような気がする。そんな思考を振り払うように、レミリアはブンブンと首を振ると咲夜に視線を向けた。
「ま、前向きに考えましょう。たまにはこういう珍妙な時間も……いや、やっぱ無理」
「絞まらないなァ」
顔を青くしてのたまう姉に、フランドールはおかしそうにくすくすと笑う。
咲夜も同じ気持ちだったのか、優しそうな微笑を浮かべてフランドールと視線を合わせていた。
レミリアから「わーらーうーなー!」と抗議の声が上がったが、二人を余計に笑顔を浮かべるだけ。
小悪魔も楽しそうにクスクスと苦笑している辺り、彼女もこの状況を楽しんでいるらしかった。
コホンッと、レミリアは気を取り直すように息を一つつくと、腕を組んでフランドールと咲夜に視線を向ける。
「ともかく、気分直しに美味しいものをお願いね、咲夜」
「かしこまりましたわ、お嬢様」
礼儀正しく会釈をして、咲夜はフッと姿を消した。
時間を止めて厨房に向かったのだろうと考えて、彼女らしいなァなんてフランは思う。
ふと、姉に視線を向けてみると、今だ赤い顔を誤魔化すようにテーブルに向かって。
グシャッと、なんか凄まじく嫌な音が響き渡った。
ピタリと、レミリアはおろかフランドールと小悪魔さえもが硬直して微動だにしない。
冷や汗をだらだらと流し始めたレミリアは、恐る恐るといった様子で音の発生源である片足を上げた。
あぁ、思えば考えて然るべきだったのだ。
あの女性は小悪魔の魔法で擬人化されたゴキブリで、決して魔法による幻ではなかったことに。
魔法が解けたとき、あの女性はどうなるのか、どこにいるのかということを。
そう、レミリアが片足を上げた、その先に見たものは――。
「……もう、何も怖くない」
「お姉様がぶっ倒れたぁー!!? ていうかそれ死亡フラグゥゥゥ!!?」
とても記すことの出来ない惨状に、意味不明な台詞をのたまって気絶したレミリア。
そしてそんな彼女の慌てて駆け寄るフランドールと、掃除道具をそそくさと用意する小悪魔。
そんなフランドールの悲鳴を聞きつけ、メイド長がご帰還なさるまであと数十秒。
今日も今日とて、紅魔館は騒がしいがいつもどおりの平常運転なのであった。マル。
その声に聞き覚えのあったフランドールは、その意外な人物の悲鳴と言うものに目を瞬かせた。
一体何があったのか。そんなことを思いながら、丁度通りがかった部屋のドアを開けて中を確認する。
すると、めったに見られない十六夜咲夜の恐怖に引きつった表情が視界に映ったのであった。
「どうしたの、咲夜?」
「い、妹様!? や、奴が……奴が!」
「奴ぅ?」
はて、一体何のことかと首をかしげながら、咲夜が向けていた視線を追っていく。
その先に存在した黒い物体に、フランドールは「あぁ」とどこか納得したような声をこぼしたのだった。
「咲夜、ゴキブリ駄目なの?」
「うぐぅ……」
どうやら図星らしかった。いや、この状況では図星も何もないかもしれないが。
咲夜も人の子だねぇ。なんて微笑ましく思いながら、とりあえず能力を使ってゴキブリを爆殺。
ぱらぱらと砕け散る残骸に視線もくれず、フランドールはポンポンと半泣き気味な咲夜の頭を撫でてあげる。
身長差のせいでかなり背伸びした形になったが、フランドール自身は咲夜の意外な一面を見れて満足げであった。
「よーしよし、もう大丈夫だよ」
「も、もう大丈夫です妹様! お見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした!」
「いいよいいよ、むしろ、咲夜のああいうところ見たことなかったから新鮮だったなァ。うん、可愛かった」
「うぅ……できれば忘れていただくとありがたいのですけど」
「だーめ」
クスクスと笑みをこぼして言葉にすれば、咲夜は一層困った様子でおろおろとするばかり。
普段、天然の気があるものの、すまし顔でそつなく仕事をこなす咲夜のこんな表情が、フランドールには新鮮で、なんだか嬉しかった。
顔を真っ赤にしておろおろする今の彼女は、こんなにも人間味に溢れていて、これはこれで愛くるしい。
いつものナイフのような鋭い印象の彼女しか知らないからこそ、こういった表情が見れて嬉しいのだ。
「は! そういえばお嬢様は!?」
「へ、お姉様? この部屋に入ったときには咲夜しか居なかっ――……」
紡ごうとした言葉が、不意に途切れてしまう。
咲夜の言葉に辺りを見回し始めたフランドールの視界に、不可解なものが映ったからである。
その不可解なものと言うのが、年代物のツボの中に頭を突っ込んでいる、己の姉――レミリア・スカーレットでなければ、フランドールも頭痛をおぼえることはなかったのかもしれない。
頭かくして尻隠さずとはこのことだろうか。大股を開きスカートがめくれはしたなくドロワを晒すその様、まさしく犬○家である。
「……何してるの、お姉様」
フランドールが声をかければ、器用にもツボの中で反転して顔を出すレミリア。
バッチリと妹と視線が絡み合い、今までの自分の醜態を目撃されたのだと察したらしい。
恥ずかしそうにコホンと息をつき、レミリアはいたって真顔で、そして言葉を紡ぐ。
「いや、その、……ネバーランドへの入り口が……」
「ねーよ」
そして一言でバッサリと切り捨てられた。
この妹、ことツッコミに関しちゃ一片たりとも容赦がねぇのである。
「ち、違うからね!? べ、別に奴が怖いとか、奴が恐ろしいとか、そんなんじゃないんだからね!!? 本当だぞ!? 怖くないんだぞ!!?」
「お姉様、そう思うんならツボから出て話そうか」
「違うんだってば!!? 本当に私は怖くなんか――」
「あ、ツボにゴキブリが」
瞬間、レミリアは跳んだ。
そのフォルムは美しく、「デュアッ!!」と光の巨人の如き掛け声で少女はツボから跳躍し。
「おごぉっ!!?」
『あ』
足がツボの縁にひっかかり、勢いのままに顔面から床にキスをする羽目になったのであった。
ゴロゴロとその場でのた打ち回るレミリアを見やり、フランドールは疲れたように盛大なため息を一つつく。
咲夜は苦笑しながらレミリアに駆け寄り、よしよしと頭を撫でていたりするが、そんなことはフランドールにとっては瑣末ごとである。
「まぁ咲夜は仕方ないにしてもさ、吸血鬼のお姉様がゴキブリ苦手って……どうなの?」
「な、フランは奴らを甘く見すぎているのよ!? 目を覚ましたときに目と鼻の先で奴がうねうねと触覚を動かしていたときの私の気持ち、あなたにわかるの!!?」
「いや、それはまぁ……同情するけどさ」
だとしても、とフランドールは思う。
人間の咲夜はまぁゴキブリを気持ち悪く思うのは仕方ないのかもしれないが、吸血鬼がゴキブリを苦手なのは正直どうかと思うのだ。
フランドールだってゴキブリは嫌いだが、いくらなんでも姉のように過剰反応したりしない。
そんな時である。「こぁーっこぁっこぁっこぁっこぁ!!」などというお馴染みの高笑いが聞こえてきたのは。
「話は聞かせてもらいましたよ皆さん!!」
「もうなんか……どこでも出てくるね、小悪魔」
クローゼットから登場した小悪魔に、げんなりとした様子でため息をつくフランドール。
そんな彼女の言葉を気にすることもなく、クツクツと怪しい笑みを浮かべながら小悪魔はクローゼットから出て、ビシッとレミリアと咲夜を指差した。
「お嬢様と咲夜さんがゴキブリを嫌う根本の理由、それは未知への恐怖です!!」
「なん……だと?」
小悪魔の指摘に、某死神バトル漫画のごとく驚きを露にするレミリア。
そんな彼女に満足したのか、小悪魔はウンウンと頷いてピンッと人差し指を立てる。
その様は取り出してかけたメガネもあいまって、まるで学校の先生のようだった。
「そう、太古の時代から人々が恐れたのは未知への恐怖! 人は知らないから恐れ、理解できないから理解できないものを排除する!
お嬢様や咲夜さんがゴキブリが嫌いなのは、それはゴキブリのことを知らないからなのです!!」
「いや、普通知りたくも無いと思うんだけど」
「しかーし!」とフランドールの言葉も聞く耳持たずで話を続ける小悪魔。
ちょっとイラッとした気持ちを覚えたフランドールだったが何とか押さえ、しょうがないんで小悪魔の言葉に耳を傾けることにした。
「それはつまり、相手のことを知れば全て解決します! 未知への恐怖がなくなれば自然とゴキブリとも折り合いが付けられましょう!!」
「……な、なるほど!」
「そーかなぁ……」
レミリアは納得した様子だったが、フランドールはと言うと胡散臭げである。
というのも、小悪魔がこんなことを言い出した日には大抵ろくなことが起こってないのだから、無理もないのかもしれないが。
咲夜はと言うと、フランドールと同じで半信半疑といった様子である。
「で、どうやってゴキブリのことを知れって? 図鑑とかで調べるの?」
「ノンノンノン、図鑑で調べただけでは種族を知っただけでゴキブリ本人を知ったことにはなりません。まず、相手を知るには話し合いが一番です!」
「どーやってゴキブリと会話しろって言うのよ。妖怪化したゴキブリでも探せって?」
それもそれで実に嫌な話ではあるが。
誰が好き好んで嫌いな虫の妖怪を探さなければいけないのやらと、フランドールはため息を一つ。
しかし、そんな彼女の様子を見ても小悪魔は笑みを崩さない。
「心配要りません。私の魔法にかかればゴキブリを擬人化するなんて余裕です!」
「何、その無駄な超魔法。そんな魔法作るぐらいならもっと有意義な魔法をつくろうよ」
「ふふーん、考えてみてください妹様。虫とお話できるなんて、ロマンチックじゃないですか!」
「いや、虫にもよるでしょうそれ!? 蝶とかなら判らんでもないけどよりにもよってゴキブリだよ!!? 全人類の嫌いな生物ベスト5に入る逸材だよ!?」
実にもっともなフランドールの指摘である。
ゴキブリと会話できたところで、一体どこの世界の誰が得をするというのか。
ウンウンと咲夜とレミリアが頷く中、そんなフランドールの指摘などなかったかのように「ちちんぷいぷーい!」などと気の抜けた呪文を唱えた小悪魔。
もう既に嫌な予感しなかったフランドールは、ふと、異様な気配に気がついて其方に視線を向けると。
――ベッドの下に、恨めしそうにこちらに視線を向ける女性の姿を見つけてしまったのであった。
その異様な姿をなんと評せばいいのだろうか。
恨めしそうな視線に覇気はなく、ぬめりと粘つくような視線が薄気味悪い。漆黒のワンピースに身を包み、濡れた黒い長髪は方目を隠し不気味さを倍増させていた。
そんな女性が、ベッドの下からこちらを伺っているのである。気味がわるいったらありゃしない。まるで黒い貞子である。
「……小悪魔、もしかしてアレ」
「はい、ゴキブリさんです」
嫌な予感が的中した瞬間だった。
不意に覚えた頭痛を紛らわすようにこめかみを押さえ、フランドールは小さくため息を一つ。
ちらりと横目でレミリアと咲夜に視線を向けてみれば、姉は従者に隠れてガクブルと震えておいでだった。
まぁ、気持ちはわからなくもないのだが。
「さぁ、レッツ話し合いです! ゴキブリさーん、何もしませんから出てきてくださーい!」
「え、何、マジでアレと話し合うの?」
どんな悪夢だよ。と、フランドール、レミリア、咲夜が思った瞬間だった。
そんな三人の見事なシンクロなど露知らず、小悪魔は人懐っこい笑みを浮かべてニコニコとゴキブリに言葉をかけている。
字面だけ見るとゴキブリに話しかける頭おかしい人に見えなくもないが、一応人間の姿になってるんでギリギリセーフだと思いたい。
なにやら会話をしていた小悪魔とゴキブリだが、一応の折り合いがついたのか小悪魔がグッと親指を立てたが、三人は「余計なことしやがって」とポツリと呟いた。
その次の瞬間である。
――カサカサカサカサカサカサッ!!
『うおわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?』
超高速で女性が這ってきたもんだから、思わず壁際まで飛び退く三人。
三人の行動が心底信じられないといった様子で、きょとんと首をかしげる小悪魔と女性。
「どうして逃げるんですか?」
「ゴキブリの姿の時より怖いよ!! どこのホラー映画!!? 夢に見るわ!!?」
フランドールの言葉に、無言でウンウンと頷くレミリアと咲夜。
その様子にようやく得心が言ったようで「あぁ」と言葉をこぼす小悪魔が、「ついうっかり☆」なんて舌を出して自分で頭をこつく。
その仕草に、イラッときた三人に殺意が芽生えそうだったのは間違いあるまい。
▼
かくして、話し合いの席は設けられた。
テーブルに座る三人の対面には、件の擬人化したゴキブリが座っている。
座っていてもその異様なオーラは健在で、薄気味悪さが虫だったときの比ではない。
何も話すことを思いつけないまま、話し合いに参加する咲夜の代わりにと小悪魔が紅茶を人数分配り始める。
「えーっと、ご趣味はなんでしょうか?」
どこの合コンだよ。レミリアの言葉にそんなことをフランドールは思ったがしかし、今それを口にする勇気はない。
だって、今もずっと目の前の女性は恨みに濡れた視線をこちらに向けてきているのである。
不気味すぎる。不気味以前にそんな視線を向けられる理由がさっぱりわからない。
「お嬢様、ここは私にお任せください。えぇッと、お名前はなんと言うのでしょう?」
「……呉鬼(ゴキ)……鰤子(ブリコ)」
親御さん方名前をつける気がないにも程がある。三人が心を一つにした瞬間である。
そんなツッコミどころ満載な名前をぼそぼそと言葉にした女性に冷や汗を流しながらも、笑顔で接することが出来る咲夜はやっぱりメイドの鏡かもしんない。
「そうですか。鰤子さん、ご家族の方はどなたかいらっしゃるのですか? 例えばお母さんとか」
「……さっき、そいつに……爆破された」
重苦しい沈黙が部屋に満ちる。
女性が指をさした先、そこにいるのは他でもない悪魔の妹ことフランドール・スカーレット。
つまり、彼女が冒頭で爆破したゴキブリこそが、目の前の女性の親だったというのである。
へたに擬人化したせいでフランドールが極悪人のようだった。
え、何。コレ私が悪いの? なんて冷や汗流し始めたフランドールを見かねてか、小悪魔が仲裁に入る。
「まぁまぁ、過去の遺恨はこの際水に流しましょう。ね?」
「いや小悪魔、無茶言ったら駄目だって」
「……わかった」
「わかったの!!? どんだけ薄情なのさ!!? 親を殺されといてそれでいいの!!?」
「……強ければ生き、弱ければ死ぬ。……それだけのことよ」
「なにその弱肉強食理論!?」
しかし冷静に考えたら相手はゴキブリである。そんな思考回路でもおかしくはない。
何しろ、しぶとさにかけては皆も知っての通り。太古から生き残り続けてきた彼女たちらしい考えかもしれない。
疲れたようにため息を一つついたフランドールは、椅子に背を預けて目の前の女性に視線を向け、言葉をかけようとした次の瞬間。
ボンッと、空気が弾ける音がして女性の姿が煙の中に消えた。
「あ、時間切れですね」
『短ッ!!?』
小悪魔のそんな一言に、三人のツッコミが上がった。
一体今までの時間はなんだったというのか。釈然としない気持ちを抱きながら、三人は小悪魔に視線を向ける。
だって、これじゃ無意味に時間を浪費しただけである。恐怖の感じ損だった。
だがしかし、相変わらずニコニコな小悪魔にげんなりとため息をついた三人は、疲れたようにテーブルから離れる。
「結局、何もわかんなかったわね」
「何も解決してないよね、コレ」
「お嬢様と妹様の言うとおり。時間の無駄でしたわ」
「まぁまぁ、ロマンチックな時間だったじゃないですか!」
『だから虫にもよるだろ』
もっともなツッコミにも小悪魔は動じない。
その辺、色々と諦めが肝心なのはよく知っているレミリアたちなので、深々とため息をつくだけにとどめた。
なんだか、ドッと疲れがたまったような気がする。そんな思考を振り払うように、レミリアはブンブンと首を振ると咲夜に視線を向けた。
「ま、前向きに考えましょう。たまにはこういう珍妙な時間も……いや、やっぱ無理」
「絞まらないなァ」
顔を青くしてのたまう姉に、フランドールはおかしそうにくすくすと笑う。
咲夜も同じ気持ちだったのか、優しそうな微笑を浮かべてフランドールと視線を合わせていた。
レミリアから「わーらーうーなー!」と抗議の声が上がったが、二人を余計に笑顔を浮かべるだけ。
小悪魔も楽しそうにクスクスと苦笑している辺り、彼女もこの状況を楽しんでいるらしかった。
コホンッと、レミリアは気を取り直すように息を一つつくと、腕を組んでフランドールと咲夜に視線を向ける。
「ともかく、気分直しに美味しいものをお願いね、咲夜」
「かしこまりましたわ、お嬢様」
礼儀正しく会釈をして、咲夜はフッと姿を消した。
時間を止めて厨房に向かったのだろうと考えて、彼女らしいなァなんてフランは思う。
ふと、姉に視線を向けてみると、今だ赤い顔を誤魔化すようにテーブルに向かって。
グシャッと、なんか凄まじく嫌な音が響き渡った。
ピタリと、レミリアはおろかフランドールと小悪魔さえもが硬直して微動だにしない。
冷や汗をだらだらと流し始めたレミリアは、恐る恐るといった様子で音の発生源である片足を上げた。
あぁ、思えば考えて然るべきだったのだ。
あの女性は小悪魔の魔法で擬人化されたゴキブリで、決して魔法による幻ではなかったことに。
魔法が解けたとき、あの女性はどうなるのか、どこにいるのかということを。
そう、レミリアが片足を上げた、その先に見たものは――。
「……もう、何も怖くない」
「お姉様がぶっ倒れたぁー!!? ていうかそれ死亡フラグゥゥゥ!!?」
とても記すことの出来ない惨状に、意味不明な台詞をのたまって気絶したレミリア。
そしてそんな彼女の慌てて駆け寄るフランドールと、掃除道具をそそくさと用意する小悪魔。
そんなフランドールの悲鳴を聞きつけ、メイド長がご帰還なさるまであと数十秒。
今日も今日とて、紅魔館は騒がしいがいつもどおりの平常運転なのであった。マル。
……うん、良いSSだったよ
小悪魔は変わらずでホッとした。
奴は存在自体が脅威の塊だから。
トイレや風呂に入っている最中に出た時は、例えようが無い恐怖が……
あれはさりげなくすごく嫌だったなぁ、殺虫剤効かないゴキとか……
ある外国であった話、屋台でスープを売っていました、その鍋の中にぽとりと落ちるゴキ!
それを店主も見ていて、鍋を覗き込んだかと思ったら何事も無かったかのように混ぜてしまったのです
平然と味見をする店主が恐ろしくてなりません
私は蜘蛛とかの方が苦手なのでGには抵抗ないんですが
ねーよww
まあ、ね?
そういう反応をするのは生きる者として当然な訳で。
寧ろ小悪魔がイカr(撲殺殴殺轢殺
エメラルドグリーンの綺麗なゴキもいるにはいるんだけど、やっぱゴキはニガテだ。
夏場になると夜中に台所のど真ん中にいるのは勘弁してほしい。
ホントに。
どうしてこうなった……
まあ擬人化してもあの破壊力はハンパじゃないので。
ソロソロホ○ホイ○んが幻想入りしてGと弾幕戦を繰り広げる日も近いかも。
数億年前からほとんど姿の変わっていない
生物進化の究極系の一つだと聞いた事がある。
くやしい・・・でも・・・ビクンビクン