バイト帰りの暑い昼下がり、右肩にトートバック左手に買い物袋をぶら下げて、私は自宅のアパートに帰ってきた。
バスで虚脱しきった体を、軽いノビでほぐしながら軽金属っぽい階段をトントン上がると、日に褪せたグリーンの扉が目に入る。
この代わり映えのしない部屋が私の自宅である。
買い物袋を肘に引っ掛けてドアに鍵を突っ込む。しかし、鍵は手応えも無く回転した。どうやら既に空いていたらしい。
あっちゃー、閉め忘れてたっけ。泥棒入ってないよね……と、慌ててたら中から何か音がした。トントンと規則正しいリズムで何かが叩かれている様な音だった。ギクリとして手を止める。
泥棒?警察呼ぶ?でも違ったら面倒だし……まあ取り敢えず開けるか、と私は我ながら軽率な決断をした。ドアノブを押し下げて恐る恐る引き、半開きのドアから中を覗き込む。
屋内は廊下と一転して暗く、私はぱちくりして目を慣らそうと努めた。どうやら遮光カーテンが閉まっているらしい。
トントンという音の出元が大分近く、玄関近くのキッチン辺りからだと気付いて、思わず身をすくめる。だが私は負けじと目を凝らす。
ぼんやりと前が明るくなってくる。やはりキッチンに何者かが居た。さらに明るくなり、我が親友メリーがメランコリックな表情で野菜を切っている姿が浮かび上がってきた。
なんだ、メリーか。
力が抜けて買い物袋を取り落としそうになったが、辛うじて掴み直す。くっしゃりと音を立てて買い物袋が揺れた。
でも、今日メリーを呼んだ覚えはないし、ましてや私の家で料理をしてくれなんて頼んだ覚えも無い。
尚且つ、『悲しみを通り越してどういった顔をすればいいのか分からない人』みたいな表情をメリーがしている訳も分からない。真っ暗な中で包丁持ってるのが正直ちょっと怖い。
でも、どうしようもなく目の前に存在する伏し目がちのマエリベリー・ハーンを無視するわけにもいかないだろう。取り敢えず、コミュニケーションを取ってみることにした。
「メリー、なにしてるの?」
「……スパゲッティー作ってる」
よしコミュニケーション成功、メリーは大丈夫だ。多分。
なるほどスパゲッティーを作っているのか、黒魔術とかじゃなくってほんと良かった。では次に聞くべきはなんでここで作っているのかという問題だ。なるべく落ち着いた声音で尋ねる。
「なんで私の家で作ってるの?家のコンロ使えばいいじゃない。ガスでも止められたの?」
メリーは反応すらせずに、ひたすら目の前の野菜――小松菜を親の敵のように切刻んでいる。本当にガスでも止められたのだろうか。
どうやって入ったかは分かる、メリーとは利便性のために互いの合鍵を渡してあるから、やろうと思えばいつだって家に上がり込めるのだ。
っていうか私が時々メリーのアパートに通りがかりに勝手に入り込んで、予め入れておいたソーダ味のアイスを齧っている。しょうが無いじゃない暑いんだから。
でもメリーは私の家に勝手に上がりこむことは無い。必要が有るときは私の携帯に連絡してくる。でも今メリーは勝手に上がりこんでスパゲッティーを作っている。私たちの関係に新展開である。
とにかく何時までも突っ立って見ているわけにもいかず、靴を脱いで電気を点けに向かう。室内は外とはまた違う暑さだった、どんよりと暑い。カシャリと蛍光灯の紐を引くと部屋が一気に明るくなる。見渡すとメリーがスパゲッティーを作っている以外、いつも通りな自宅だった。傷の沢山入ったフローリングに買い物袋を置いて冷蔵庫の冷凍室を開き、ソーダアイスの箱を突っ込む。ひんやり気持ちいいい。真夏の私の精神エネルギー源だ。これが無かったら生きてけない。私のレポートの友であり、読書の友である。
「……しちゃったよ」
メリーが不意に何か呟いた。私はトートバックと帽子をソファにポイっと投げ、冷凍室を閉めて立ち上がる。メリーはというと話してなどいないというかの様に、ひたすら小松菜を刻んでる。もはやみじん切りである。ちょっと尋ねるべきかどうか考えたけど、やっぱり聞くことにした。
「メリー今なんて言ったの?」
「今朝わったしは寝坊してー、期末テっストを逃しちゃったよっ」
メリーはリズミカルに痛々しい事を語り、そして歌い続けた。声が震えている。
「遅ればせながらー、教授に聞っくとー、『再テストはやんねぇ、不可だ不可』って言われちゃったよっ」
そこまで歌い切るとメリーは、下を向いて黙った。小松菜を刻む包丁も止まる。室内だというのにやたら聞こえるクマゼミの声だけが辺りに響いている。
なるほど、そういう経緯が有ったのか。差し詰めその後、家に帰る気力が無くなって大学近くの私のアパートに来たんだろう。
そりゃ死んだ目で私の家でスパゲッティーを作ろうもんである。たぶん、朝から何も食べて無いんだろう。ここはいっちょ盛り上げるべきだ、親友として。
ヘイッ、と合いの手を入れる。
メリーの目にわずかに力が戻りまた歌い出した。
「最終的にー、今日で三コマも単位落としちゃったよっ」
トントン、トトトンと包丁のビートが刻まれる。私はそれに合わせて腰を振りながら、冷蔵庫を開けて胡椒や一味などの香辛料を取り出し、コンロの横に並べた。
置いた振り向きざまに、「もいっちょ!」と合いの手を入れる。メリーはそれに呼応するように力強く歌う。
「昨日お気に入りー、の帽子を落としちゃったよっ」
「そりゃ残念、あれ似合ってたもの!」
「交番に行ったらっ、若いお巡りさんにー『I can't speak English』って言われたよっ!」
「そりゃ悲しい!まず日本語で話せってのよね!」
私はすかさず合いの手を入れ続ける。メリーの目はもはや死んではいなかった、悲しみに立ち向かわんと小松菜を見つめる女の目だった。
メリーの辛さがひしひしと伝わってくる。分かるよ、その気持分かるよ。でも戦わなければいけない、私たち若人は悲しみと戦わなければならないんだ。
なんだろう、この溢れ出んばかりのパッションと悲しみは。触発された私のノドとお腹が声を振り絞り、それを舌と口が歌にする。
「怖そうなっ、お客さんの時に限ってー、レジ打ちがもたついちゃうよっ!」
ゴツかったり、すぐにコメカミがぴくぴくしそうなお客さん相手のレジ打ち時の私の心情は、来るであろう嵐に恐れる農民のごときモノがある。
メリーが入れ替わるように「そんで、どしたー!」と合いの手を入れ、パンパンパパパンと手を上に挙げて打ってくる。刻み終わったらしい小松菜を入れるべく、棚からグラタン皿を取り出してメリーに渡した。そして、さらにコンロの下のキャビネットから小鍋を取り出しながら歌う。
「さらに怖そうな人がっ、後ろに並んでてー、舌打ちとかされちゃうよっ!」
ダブルパンチ!と叫び、メリーはトントントトトン、スッタタンとスリッパを踏み鳴らしながら小鍋にオリーブオイルを入れ、コンロに置いて点火する。メリーの長い金髪がわっさわっさと揺れる。
私はフライパンを取り出して、水を入れてお湯を沸かす。
メリーが歌の後を継ぐ。
「トマトっ缶、はどっこですかぁっ!」
「今渡すよー!」
くるりとターンしてプラスチックのラックからトマト缶を取り出してメリーにパスする。メリーは受け取ると、コンコンコココンとシンクに打ちつけてリズムを取り、然る後にプルタブを引いてカパッとトマト缶を開けた。
私はリズムに合わせて阿波踊りをしつつ歩いて、放りっぱなしの買い物袋から豚肉細切れ200gのパックを取り出して声を張り上げる。暑い、汗が噴き出る。
「つっいでにコレも入れちゃいまっしょうっ!」
「いよっ蓮子ー!」
ビニールを外して豚肉を半分くらい小鍋に突っ込む。オリーブオイルがぱちぱちと音を立てて跳ねた。肌に当たって痛い。
その時、壁からドンと音がした。お隣さんの私大生の桜田さんが、ウルサイって壁ドンでもしたんだろう。でも今は傷心中のメリーと、溢れんばかりのエモーションに突き動かされる私が優先だ。そもそも、桜田さんはあんまり勉強もバイトもなさっていないご様子なのに、カッコ良い彼氏はいるし服も沢山持ってるしで正直妬ましいので、少しぐらい我慢していただきたい。
桜田さんの壁ドンを無視して、ヘイヘイヘヘヘイ、ヘイヘヘイとリズムを取りながら、引き出しの中の木ベラを引っ張り出して小鍋をかき混ぜる。塩を少しだけ振りかけると、まもなく豚肉に焼き色が着いてくる。
「実験でー、仲の微妙な人との時にっ、限って失敗するよっ!」
「このヘタレー!」
なんと厳しい合いの手!でも体がビートを刻んじゃう!トゥントゥンと口でリズムを刻み、ヘイっとメリーに指さしする。
それを受けてメリーは歌い出す。私は小松菜を小鍋に突っ込む。
メリーが笑ってる、私も笑ってる。
「カウンセリングの実習でー、あがっちゃってー、相談者さんに逆に心配されちゃうっ!」
「メリーもヘタレー!」
私の合いの手にメリーは「イエッフー」っと返し、突如ピースサインを突き上げながら居間に小走りで向かい、トートバックが放置されたソファに飛び込んだ。
そして、はっちゃけた様でペンペンペペペンとソファの合革を打ち付けて演奏を始める。桜田さんの二度目の壁ドンが炸裂する。部屋に微細なホコリが舞う。
私はすべてのシガラミを吹っ切ったふりして、トマト缶を小鍋に突っ込みつつ声を震わせる。
「今日肉の日だっと思ってスーパーに行ったらっ、肉の日はー昨日だったっ!」
「この生活能力皆無ー!」
だんだん合いの手が貶し合いになっているような気がするけど、そんなの関係ない、親友だもの。
そんなノリで交互に歌い、悲しみをぶつけ合い、その悲しみを吹き飛ばすべく合いの手を入れ合った。ああ、今私たちは生活の中の、小さくも大きな悲しみに立ち向かっているのだ。そう思うとより大きく喉が震えた。今ココで今まで溜め込んだ全てを吐き出そう。桜田さんの壁ドンも止まったことだし。
あらかた出来上がったソースに塩、胡椒、一味を振りかけ、隠し味の醤油を少しだけ垂らして味見をする。なかなか旨い。フライパンでお湯が沸いたから、塩をもっさりと投入。ちょっとお湯が跳ねて手に当たる。熱い。引き出しからスパゲッティーの袋を取り出す。
料理を放棄し、ソファでビートを刻み続けるドラマーと化したメリーは、そんな私をよそに歌う。
「みんな彼氏とっか居るけどー、私にゃそんな気配さらさら無っいですよぅっ!」
そんな歌声が響いた時だった。となりの桜田さんの壁ドンが再開した。だがそれは壁ドンというより、私たちが作り上げたビートそのものであった。ドンドンドドドン、ドンドドンと打ち鳴らされる。
これは……桜田さんが共鳴したということだろうか。ならば乗らなければならない。それが若人の責任だ。
「アラヨッと!」
スパゲッティーの袋を振りかざし、私はそのビートに合いの手を入れる。また、桜田さんの壁ドラムが炸裂する。ドンドンドドドン、ドンドドン。だが、そこにはためらいが有るように、まだまだ弱かった。
メリーは先程は戸惑った顔をしていたが、桜田さんに合いの手を入れる私の姿をみて、このビッグウェーブに乗ることを決めたようだ。口に手をメガホンの様にあてて叫ぶ。
「もっとデッかく!」
わかってるじゃないかメリー。一瞬の間が空いたが、より強く桜田さんの壁ドラムが響いた。空間を震わせ、カーテンが揺れる。だがまだまだ戸惑いが見える。
私は煽るように声を放つ。
「もっともっとゥ!」
腹を震わせる壁ドラムが響いた。私とメリーが歓声をあげる。フシュー、フシューと、出来もしない指笛にチャレンジする。すると、となりの部屋から駆ける音が鳴り響き、バンという音がして間もなく、私の部屋のドアが開いた。桜田さんだった。化粧もせずにスッピンで、セミロングの髪がぐちゃぐちゃであり、目元が泣きはらした様に赤く、美人の顔が少しむくんでいる上に寝間着のままだった。少し、痛々しくすらある。
あっけに取られる私たちの前で、桜田さんは手を幼子の様に手を下に握り締めて俯いていたが、すぐに顔を上げて歌い出した。
「わったしの彼氏がっ、浮気しってるのを知っちゃったよっ!」
少し、枯れた声だった。そうか、最近夜のシャワーが長くてうるさいと思ってたらそんな事が有ったのか。かける言葉を失ってしまう。絶対に今の私たちより遥かに重い悲しみだ。
だが、乗らねばならない。この大人から見れば青いだろう苦しみに、打ち勝たなければならないのだ。
「そらヨイショッ!」
私は必死に合いの手を入れ、一瞬の静寂を破った。間違いなく、今まででベストの合いの手だった。メリーはソファから立ち上がり、足でリズムを刻みながら踊り出す。
響き合うように桜田さんが声を震わせる。
「しっかも相手はっ、部の後輩でっした!」
「そりゃ辛い!」
メリーも合いの手を入れる。初対面の相手に合いの手を入れる事は、それはそれはためらう事だろう。だというのにメリーは平然とやってのけた。私はつい尊敬の眼差しをメリーに向けてしまう。
『なんてこと無いわ!』という様に、メリーは私にパッチリとウインクしてくる。そうだ、なんてこと無いのだ。私たちは同じ、悩める人なのだから。
メリーの声に負けじと桜田さんが大声で歌う。
「二年の半ばにしてっ、きっのう退部を、しまっしたよ!」
メリーは目を潤ませ、決然とした表情で語りに入った。怒涛の勢いで情熱的に言葉を並べていく。
「私達には!どうしても!悲しまなければならない、膝を付けなければならない!そんな時が来るのですよ!私は寝坊して単位を落とすし!蓮子はどうしようもないヘタレだし!あなたは彼氏に浮気されるし!でも、でも、あなたは戦っている!そんな、そんな、蓮子のお隣さんにスパゲティーどうぞー!」
「お願いします!あと、私桜田っていいます!」
「私メリーです、よろしくね!」
メリー達の言葉を受け、私はさっきまで振り回していたスパゲティーの袋を開ける。一人150グラムぐらいとして、450グラムか。消していたコンロを点火して中火にし、適当にスパゲッティーを掴んで計りにかけ、正しい重さになるまでスパゲティーを減らしたり増やしたりする。それから、袋に書かれている7分という表示から1分引いて、6分をタイマーでセットしスタートする。
フライパンの中で煮えたぎるお湯にスパゲッティーを寝かせるように投入し、長い料理箸でかき混ぜる。静かになったから、また部屋の中にクマゼミの声が響いている。
メリー達の方を見ると、ひっしと抱き合っていた。美しきかな初対面にしてこの友情。二人が離れると、桜田さんは涙を溜めた目で語りだした。
「私、窓縁に座って、人生の事考えてたんですけどっ。宇佐見さんの部屋からなんか大声がしてきて、最初私がこんなに悩んでんのに、なんでうるさくするんだって思って壁叩いたりしてたんですけど……、悩みを叫びあう馬鹿騒ぎを聞いてたらなんだか、絶望してる自分が嫌になってきて、私も仲間に入れて欲しくなって……、それで、壁でリズムをとったんです。したら、馬鹿みたいな話なんですけど、私も悩みを打ち明けたくなっちゃって……!」
桜田さんが目に手をやって、下を向いた。メリーがすっと手を伸ばし、桜田さんの手を除けた。
「ああ、泣かないで桜田さん!私も、単位落として絶望してたけど、あなたのドラミングには力を与えられたわ!なんだか、落ち込んでたのが馬鹿みたい。全然卒業には響かないってのにね。さあ、ペットボトルで悪いけど、お茶どうぞ」
「ありがとう、メリーさん……!」
うおお、すげえ勢いで仲良くなってる。回覧板回すときに軽く話す程度だった私より確実に仲良いい。これが、若さか。
二人はソファに腰掛けて棚から取り出したグラスで、私を余所にお茶をグイグイと飲んでいる。まあ、家主の私がもてなすのも当然だから、私はスパゲッティーの番をしておこう。
もうタイマーが2分を切ったから、ソースに火をかけて温め直す。ソース多めに作っておいて良かった。ソースの少ないスパゲティーほど虚しい物はないから。
二人を振り返ると、メリーは桜田さんの乱れた髪を手ぐしで整えていた。桜田さんは同年代だというのに、妹の様に目を閉じてそれを受け入れている。すん、と桜田さんの鼻が鳴った。
メリーは前々から思っていたけど、聖母かなんかだろうか。絵になるなぁ。
いい匂いを立ててくつくつと言い出したソースの火を止めると、ピリリリリとタイマーが鳴った。うるさいのでタイマーを直ぐに止める。
トングでスパゲティーを掴んで、吊り棚から取り出した網に入れていく。程なく全部取り出し、網をゆすって麺の水切りする。
メリーが既に机の上に皿やフォークの用意をしていたようなので、網と小鍋を持ってメリー達の方に向かって呼ばう。
「出来たよー。鍋敷き置いてー」
「はーい」
桜田さんが答えて木の鍋敷きを置いてくれた。ソファにパジャマ姿で膝をかかえている様は、なかなか可愛らしい。隣人の新たな一面発見である。
麺の入った網と、ソースの入った小鍋を置いて、メリーが並べた皿に麺をトングで均等によそい、ソースをお玉でかけていく。
大きめの豚肉と細切れの小松菜がてらりと輝く『豚肉と細切れ小松菜のトマトスパゲッティー』の完成だ。
二人に対面する形で、サイコロクッションを腰掛けて私は食前の挨拶をする。
「えーと、桜田さんはスプーンが要る派だったりする?」
「んーん。どっちでも良い派だったりする」
にへへ、と桜田さんが笑った。私達も、きっと仲良くなれるんだろうな。
「じゃ、いただきまーす」
いただきまーす、と口々に言って私たちはスパゲティーにフォークを絡めていく。
口に運ぶと、なんていうか、素材の味が生きてて美味しかった。まあ、手間を加えてないってことでもあるけど、美味しいにゃあ変わらない。
美味しいもん勝ちである。メリーも桜田さんも、うまいうまいと言いながら食べている。
ああ、動き回った体が暑い。皆汗まみれだ。メリーがうまそうに飲むウーロン茶の氷が、カランと音を立てた。
不意に、あれ?と疑問に思うことが出てきた。なんで、桜田さんは私たちの叫びを正確に聞き取れたんだろう。うちの壁はそんなに薄くないから、こもった音になるはず。普通だったら聞き取れないはず……
そこまで考えた時、不意に風が吹きこんでカーテンが揺れた。ちらちらと真夏の太陽が差し込んでくる。ああ、そうか、窓が空いていたのか。そりゃあ、窓辺に居た桜田さんには丸聞こえだろう。ってか、蝉の声が大きい時点で気づくべきだった。戸締りはしっかりしなきゃな。
風が、私と私の友人たちの周りの暑い空気をかっさらって行く。クマゼミの鳴き声に紛れて、どこかで古めかしい風鈴の音がした。
つまり、まあ、私たちの叫び声も辺りに丸聞こえだったというわけだ。下や、もう片方のお隣さんはこの時間居ないから騒いで良いと思い込んでいたけど、こりゃあまずかったなあ。
まあいいや、こういうのが青春だ。くるくるっとスパゲティーを絡めて、かぶり付く。
うまーい。
後日、当然のごとく私と桜田さんは、大家さんにこってりと絞られた。
でも大家さんが帰ってから私たちはちょっと笑って、それでもいいやって顔を見合わせたのだった。
バスで虚脱しきった体を、軽いノビでほぐしながら軽金属っぽい階段をトントン上がると、日に褪せたグリーンの扉が目に入る。
この代わり映えのしない部屋が私の自宅である。
買い物袋を肘に引っ掛けてドアに鍵を突っ込む。しかし、鍵は手応えも無く回転した。どうやら既に空いていたらしい。
あっちゃー、閉め忘れてたっけ。泥棒入ってないよね……と、慌ててたら中から何か音がした。トントンと規則正しいリズムで何かが叩かれている様な音だった。ギクリとして手を止める。
泥棒?警察呼ぶ?でも違ったら面倒だし……まあ取り敢えず開けるか、と私は我ながら軽率な決断をした。ドアノブを押し下げて恐る恐る引き、半開きのドアから中を覗き込む。
屋内は廊下と一転して暗く、私はぱちくりして目を慣らそうと努めた。どうやら遮光カーテンが閉まっているらしい。
トントンという音の出元が大分近く、玄関近くのキッチン辺りからだと気付いて、思わず身をすくめる。だが私は負けじと目を凝らす。
ぼんやりと前が明るくなってくる。やはりキッチンに何者かが居た。さらに明るくなり、我が親友メリーがメランコリックな表情で野菜を切っている姿が浮かび上がってきた。
なんだ、メリーか。
力が抜けて買い物袋を取り落としそうになったが、辛うじて掴み直す。くっしゃりと音を立てて買い物袋が揺れた。
でも、今日メリーを呼んだ覚えはないし、ましてや私の家で料理をしてくれなんて頼んだ覚えも無い。
尚且つ、『悲しみを通り越してどういった顔をすればいいのか分からない人』みたいな表情をメリーがしている訳も分からない。真っ暗な中で包丁持ってるのが正直ちょっと怖い。
でも、どうしようもなく目の前に存在する伏し目がちのマエリベリー・ハーンを無視するわけにもいかないだろう。取り敢えず、コミュニケーションを取ってみることにした。
「メリー、なにしてるの?」
「……スパゲッティー作ってる」
よしコミュニケーション成功、メリーは大丈夫だ。多分。
なるほどスパゲッティーを作っているのか、黒魔術とかじゃなくってほんと良かった。では次に聞くべきはなんでここで作っているのかという問題だ。なるべく落ち着いた声音で尋ねる。
「なんで私の家で作ってるの?家のコンロ使えばいいじゃない。ガスでも止められたの?」
メリーは反応すらせずに、ひたすら目の前の野菜――小松菜を親の敵のように切刻んでいる。本当にガスでも止められたのだろうか。
どうやって入ったかは分かる、メリーとは利便性のために互いの合鍵を渡してあるから、やろうと思えばいつだって家に上がり込めるのだ。
っていうか私が時々メリーのアパートに通りがかりに勝手に入り込んで、予め入れておいたソーダ味のアイスを齧っている。しょうが無いじゃない暑いんだから。
でもメリーは私の家に勝手に上がりこむことは無い。必要が有るときは私の携帯に連絡してくる。でも今メリーは勝手に上がりこんでスパゲッティーを作っている。私たちの関係に新展開である。
とにかく何時までも突っ立って見ているわけにもいかず、靴を脱いで電気を点けに向かう。室内は外とはまた違う暑さだった、どんよりと暑い。カシャリと蛍光灯の紐を引くと部屋が一気に明るくなる。見渡すとメリーがスパゲッティーを作っている以外、いつも通りな自宅だった。傷の沢山入ったフローリングに買い物袋を置いて冷蔵庫の冷凍室を開き、ソーダアイスの箱を突っ込む。ひんやり気持ちいいい。真夏の私の精神エネルギー源だ。これが無かったら生きてけない。私のレポートの友であり、読書の友である。
「……しちゃったよ」
メリーが不意に何か呟いた。私はトートバックと帽子をソファにポイっと投げ、冷凍室を閉めて立ち上がる。メリーはというと話してなどいないというかの様に、ひたすら小松菜を刻んでる。もはやみじん切りである。ちょっと尋ねるべきかどうか考えたけど、やっぱり聞くことにした。
「メリー今なんて言ったの?」
「今朝わったしは寝坊してー、期末テっストを逃しちゃったよっ」
メリーはリズミカルに痛々しい事を語り、そして歌い続けた。声が震えている。
「遅ればせながらー、教授に聞っくとー、『再テストはやんねぇ、不可だ不可』って言われちゃったよっ」
そこまで歌い切るとメリーは、下を向いて黙った。小松菜を刻む包丁も止まる。室内だというのにやたら聞こえるクマゼミの声だけが辺りに響いている。
なるほど、そういう経緯が有ったのか。差し詰めその後、家に帰る気力が無くなって大学近くの私のアパートに来たんだろう。
そりゃ死んだ目で私の家でスパゲッティーを作ろうもんである。たぶん、朝から何も食べて無いんだろう。ここはいっちょ盛り上げるべきだ、親友として。
ヘイッ、と合いの手を入れる。
メリーの目にわずかに力が戻りまた歌い出した。
「最終的にー、今日で三コマも単位落としちゃったよっ」
トントン、トトトンと包丁のビートが刻まれる。私はそれに合わせて腰を振りながら、冷蔵庫を開けて胡椒や一味などの香辛料を取り出し、コンロの横に並べた。
置いた振り向きざまに、「もいっちょ!」と合いの手を入れる。メリーはそれに呼応するように力強く歌う。
「昨日お気に入りー、の帽子を落としちゃったよっ」
「そりゃ残念、あれ似合ってたもの!」
「交番に行ったらっ、若いお巡りさんにー『I can't speak English』って言われたよっ!」
「そりゃ悲しい!まず日本語で話せってのよね!」
私はすかさず合いの手を入れ続ける。メリーの目はもはや死んではいなかった、悲しみに立ち向かわんと小松菜を見つめる女の目だった。
メリーの辛さがひしひしと伝わってくる。分かるよ、その気持分かるよ。でも戦わなければいけない、私たち若人は悲しみと戦わなければならないんだ。
なんだろう、この溢れ出んばかりのパッションと悲しみは。触発された私のノドとお腹が声を振り絞り、それを舌と口が歌にする。
「怖そうなっ、お客さんの時に限ってー、レジ打ちがもたついちゃうよっ!」
ゴツかったり、すぐにコメカミがぴくぴくしそうなお客さん相手のレジ打ち時の私の心情は、来るであろう嵐に恐れる農民のごときモノがある。
メリーが入れ替わるように「そんで、どしたー!」と合いの手を入れ、パンパンパパパンと手を上に挙げて打ってくる。刻み終わったらしい小松菜を入れるべく、棚からグラタン皿を取り出してメリーに渡した。そして、さらにコンロの下のキャビネットから小鍋を取り出しながら歌う。
「さらに怖そうな人がっ、後ろに並んでてー、舌打ちとかされちゃうよっ!」
ダブルパンチ!と叫び、メリーはトントントトトン、スッタタンとスリッパを踏み鳴らしながら小鍋にオリーブオイルを入れ、コンロに置いて点火する。メリーの長い金髪がわっさわっさと揺れる。
私はフライパンを取り出して、水を入れてお湯を沸かす。
メリーが歌の後を継ぐ。
「トマトっ缶、はどっこですかぁっ!」
「今渡すよー!」
くるりとターンしてプラスチックのラックからトマト缶を取り出してメリーにパスする。メリーは受け取ると、コンコンコココンとシンクに打ちつけてリズムを取り、然る後にプルタブを引いてカパッとトマト缶を開けた。
私はリズムに合わせて阿波踊りをしつつ歩いて、放りっぱなしの買い物袋から豚肉細切れ200gのパックを取り出して声を張り上げる。暑い、汗が噴き出る。
「つっいでにコレも入れちゃいまっしょうっ!」
「いよっ蓮子ー!」
ビニールを外して豚肉を半分くらい小鍋に突っ込む。オリーブオイルがぱちぱちと音を立てて跳ねた。肌に当たって痛い。
その時、壁からドンと音がした。お隣さんの私大生の桜田さんが、ウルサイって壁ドンでもしたんだろう。でも今は傷心中のメリーと、溢れんばかりのエモーションに突き動かされる私が優先だ。そもそも、桜田さんはあんまり勉強もバイトもなさっていないご様子なのに、カッコ良い彼氏はいるし服も沢山持ってるしで正直妬ましいので、少しぐらい我慢していただきたい。
桜田さんの壁ドンを無視して、ヘイヘイヘヘヘイ、ヘイヘヘイとリズムを取りながら、引き出しの中の木ベラを引っ張り出して小鍋をかき混ぜる。塩を少しだけ振りかけると、まもなく豚肉に焼き色が着いてくる。
「実験でー、仲の微妙な人との時にっ、限って失敗するよっ!」
「このヘタレー!」
なんと厳しい合いの手!でも体がビートを刻んじゃう!トゥントゥンと口でリズムを刻み、ヘイっとメリーに指さしする。
それを受けてメリーは歌い出す。私は小松菜を小鍋に突っ込む。
メリーが笑ってる、私も笑ってる。
「カウンセリングの実習でー、あがっちゃってー、相談者さんに逆に心配されちゃうっ!」
「メリーもヘタレー!」
私の合いの手にメリーは「イエッフー」っと返し、突如ピースサインを突き上げながら居間に小走りで向かい、トートバックが放置されたソファに飛び込んだ。
そして、はっちゃけた様でペンペンペペペンとソファの合革を打ち付けて演奏を始める。桜田さんの二度目の壁ドンが炸裂する。部屋に微細なホコリが舞う。
私はすべてのシガラミを吹っ切ったふりして、トマト缶を小鍋に突っ込みつつ声を震わせる。
「今日肉の日だっと思ってスーパーに行ったらっ、肉の日はー昨日だったっ!」
「この生活能力皆無ー!」
だんだん合いの手が貶し合いになっているような気がするけど、そんなの関係ない、親友だもの。
そんなノリで交互に歌い、悲しみをぶつけ合い、その悲しみを吹き飛ばすべく合いの手を入れ合った。ああ、今私たちは生活の中の、小さくも大きな悲しみに立ち向かっているのだ。そう思うとより大きく喉が震えた。今ココで今まで溜め込んだ全てを吐き出そう。桜田さんの壁ドンも止まったことだし。
あらかた出来上がったソースに塩、胡椒、一味を振りかけ、隠し味の醤油を少しだけ垂らして味見をする。なかなか旨い。フライパンでお湯が沸いたから、塩をもっさりと投入。ちょっとお湯が跳ねて手に当たる。熱い。引き出しからスパゲッティーの袋を取り出す。
料理を放棄し、ソファでビートを刻み続けるドラマーと化したメリーは、そんな私をよそに歌う。
「みんな彼氏とっか居るけどー、私にゃそんな気配さらさら無っいですよぅっ!」
そんな歌声が響いた時だった。となりの桜田さんの壁ドンが再開した。だがそれは壁ドンというより、私たちが作り上げたビートそのものであった。ドンドンドドドン、ドンドドンと打ち鳴らされる。
これは……桜田さんが共鳴したということだろうか。ならば乗らなければならない。それが若人の責任だ。
「アラヨッと!」
スパゲッティーの袋を振りかざし、私はそのビートに合いの手を入れる。また、桜田さんの壁ドラムが炸裂する。ドンドンドドドン、ドンドドン。だが、そこにはためらいが有るように、まだまだ弱かった。
メリーは先程は戸惑った顔をしていたが、桜田さんに合いの手を入れる私の姿をみて、このビッグウェーブに乗ることを決めたようだ。口に手をメガホンの様にあてて叫ぶ。
「もっとデッかく!」
わかってるじゃないかメリー。一瞬の間が空いたが、より強く桜田さんの壁ドラムが響いた。空間を震わせ、カーテンが揺れる。だがまだまだ戸惑いが見える。
私は煽るように声を放つ。
「もっともっとゥ!」
腹を震わせる壁ドラムが響いた。私とメリーが歓声をあげる。フシュー、フシューと、出来もしない指笛にチャレンジする。すると、となりの部屋から駆ける音が鳴り響き、バンという音がして間もなく、私の部屋のドアが開いた。桜田さんだった。化粧もせずにスッピンで、セミロングの髪がぐちゃぐちゃであり、目元が泣きはらした様に赤く、美人の顔が少しむくんでいる上に寝間着のままだった。少し、痛々しくすらある。
あっけに取られる私たちの前で、桜田さんは手を幼子の様に手を下に握り締めて俯いていたが、すぐに顔を上げて歌い出した。
「わったしの彼氏がっ、浮気しってるのを知っちゃったよっ!」
少し、枯れた声だった。そうか、最近夜のシャワーが長くてうるさいと思ってたらそんな事が有ったのか。かける言葉を失ってしまう。絶対に今の私たちより遥かに重い悲しみだ。
だが、乗らねばならない。この大人から見れば青いだろう苦しみに、打ち勝たなければならないのだ。
「そらヨイショッ!」
私は必死に合いの手を入れ、一瞬の静寂を破った。間違いなく、今まででベストの合いの手だった。メリーはソファから立ち上がり、足でリズムを刻みながら踊り出す。
響き合うように桜田さんが声を震わせる。
「しっかも相手はっ、部の後輩でっした!」
「そりゃ辛い!」
メリーも合いの手を入れる。初対面の相手に合いの手を入れる事は、それはそれはためらう事だろう。だというのにメリーは平然とやってのけた。私はつい尊敬の眼差しをメリーに向けてしまう。
『なんてこと無いわ!』という様に、メリーは私にパッチリとウインクしてくる。そうだ、なんてこと無いのだ。私たちは同じ、悩める人なのだから。
メリーの声に負けじと桜田さんが大声で歌う。
「二年の半ばにしてっ、きっのう退部を、しまっしたよ!」
メリーは目を潤ませ、決然とした表情で語りに入った。怒涛の勢いで情熱的に言葉を並べていく。
「私達には!どうしても!悲しまなければならない、膝を付けなければならない!そんな時が来るのですよ!私は寝坊して単位を落とすし!蓮子はどうしようもないヘタレだし!あなたは彼氏に浮気されるし!でも、でも、あなたは戦っている!そんな、そんな、蓮子のお隣さんにスパゲティーどうぞー!」
「お願いします!あと、私桜田っていいます!」
「私メリーです、よろしくね!」
メリー達の言葉を受け、私はさっきまで振り回していたスパゲティーの袋を開ける。一人150グラムぐらいとして、450グラムか。消していたコンロを点火して中火にし、適当にスパゲッティーを掴んで計りにかけ、正しい重さになるまでスパゲティーを減らしたり増やしたりする。それから、袋に書かれている7分という表示から1分引いて、6分をタイマーでセットしスタートする。
フライパンの中で煮えたぎるお湯にスパゲッティーを寝かせるように投入し、長い料理箸でかき混ぜる。静かになったから、また部屋の中にクマゼミの声が響いている。
メリー達の方を見ると、ひっしと抱き合っていた。美しきかな初対面にしてこの友情。二人が離れると、桜田さんは涙を溜めた目で語りだした。
「私、窓縁に座って、人生の事考えてたんですけどっ。宇佐見さんの部屋からなんか大声がしてきて、最初私がこんなに悩んでんのに、なんでうるさくするんだって思って壁叩いたりしてたんですけど……、悩みを叫びあう馬鹿騒ぎを聞いてたらなんだか、絶望してる自分が嫌になってきて、私も仲間に入れて欲しくなって……、それで、壁でリズムをとったんです。したら、馬鹿みたいな話なんですけど、私も悩みを打ち明けたくなっちゃって……!」
桜田さんが目に手をやって、下を向いた。メリーがすっと手を伸ばし、桜田さんの手を除けた。
「ああ、泣かないで桜田さん!私も、単位落として絶望してたけど、あなたのドラミングには力を与えられたわ!なんだか、落ち込んでたのが馬鹿みたい。全然卒業には響かないってのにね。さあ、ペットボトルで悪いけど、お茶どうぞ」
「ありがとう、メリーさん……!」
うおお、すげえ勢いで仲良くなってる。回覧板回すときに軽く話す程度だった私より確実に仲良いい。これが、若さか。
二人はソファに腰掛けて棚から取り出したグラスで、私を余所にお茶をグイグイと飲んでいる。まあ、家主の私がもてなすのも当然だから、私はスパゲッティーの番をしておこう。
もうタイマーが2分を切ったから、ソースに火をかけて温め直す。ソース多めに作っておいて良かった。ソースの少ないスパゲティーほど虚しい物はないから。
二人を振り返ると、メリーは桜田さんの乱れた髪を手ぐしで整えていた。桜田さんは同年代だというのに、妹の様に目を閉じてそれを受け入れている。すん、と桜田さんの鼻が鳴った。
メリーは前々から思っていたけど、聖母かなんかだろうか。絵になるなぁ。
いい匂いを立ててくつくつと言い出したソースの火を止めると、ピリリリリとタイマーが鳴った。うるさいのでタイマーを直ぐに止める。
トングでスパゲティーを掴んで、吊り棚から取り出した網に入れていく。程なく全部取り出し、網をゆすって麺の水切りする。
メリーが既に机の上に皿やフォークの用意をしていたようなので、網と小鍋を持ってメリー達の方に向かって呼ばう。
「出来たよー。鍋敷き置いてー」
「はーい」
桜田さんが答えて木の鍋敷きを置いてくれた。ソファにパジャマ姿で膝をかかえている様は、なかなか可愛らしい。隣人の新たな一面発見である。
麺の入った網と、ソースの入った小鍋を置いて、メリーが並べた皿に麺をトングで均等によそい、ソースをお玉でかけていく。
大きめの豚肉と細切れの小松菜がてらりと輝く『豚肉と細切れ小松菜のトマトスパゲッティー』の完成だ。
二人に対面する形で、サイコロクッションを腰掛けて私は食前の挨拶をする。
「えーと、桜田さんはスプーンが要る派だったりする?」
「んーん。どっちでも良い派だったりする」
にへへ、と桜田さんが笑った。私達も、きっと仲良くなれるんだろうな。
「じゃ、いただきまーす」
いただきまーす、と口々に言って私たちはスパゲティーにフォークを絡めていく。
口に運ぶと、なんていうか、素材の味が生きてて美味しかった。まあ、手間を加えてないってことでもあるけど、美味しいにゃあ変わらない。
美味しいもん勝ちである。メリーも桜田さんも、うまいうまいと言いながら食べている。
ああ、動き回った体が暑い。皆汗まみれだ。メリーがうまそうに飲むウーロン茶の氷が、カランと音を立てた。
不意に、あれ?と疑問に思うことが出てきた。なんで、桜田さんは私たちの叫びを正確に聞き取れたんだろう。うちの壁はそんなに薄くないから、こもった音になるはず。普通だったら聞き取れないはず……
そこまで考えた時、不意に風が吹きこんでカーテンが揺れた。ちらちらと真夏の太陽が差し込んでくる。ああ、そうか、窓が空いていたのか。そりゃあ、窓辺に居た桜田さんには丸聞こえだろう。ってか、蝉の声が大きい時点で気づくべきだった。戸締りはしっかりしなきゃな。
風が、私と私の友人たちの周りの暑い空気をかっさらって行く。クマゼミの鳴き声に紛れて、どこかで古めかしい風鈴の音がした。
つまり、まあ、私たちの叫び声も辺りに丸聞こえだったというわけだ。下や、もう片方のお隣さんはこの時間居ないから騒いで良いと思い込んでいたけど、こりゃあまずかったなあ。
まあいいや、こういうのが青春だ。くるくるっとスパゲティーを絡めて、かぶり付く。
うまーい。
後日、当然のごとく私と桜田さんは、大家さんにこってりと絞られた。
でも大家さんが帰ってから私たちはちょっと笑って、それでもいいやって顔を見合わせたのだった。
テンポが良すぎるww
最初、ホラーか何かかな?とか思って、読み進めて、合いの手出した所でやられた。何やってんだこいつら。
何か、負けたと思いました。この二人に。いや、三人に。
>袋に書かれている7分という表示から1分引いて、6分をタイマーでセットしスタートする。
ですよねーっ。
この気持ちのやり場がないから、私も壁ドンでビート刻むよ!
歌詞みたいに読んでいける
みんなノリノリだね。
なんかほろりと来つつも笑いがあふれてきますw
全ての悩める少女達と桜田さんに幸あれ!!
就活って問題もあるけどな!
こーれーがー青春さー
非常に可愛かったです。
他の作品にはない日常感、独特な雰囲気をかもち出している作品です。
この学生のノリは懐かしくもあこがれます。THE 大学生みたいな感じで
私は好きですし、楽しませて読ませてもらいました。
今後とも頑張ってください。
>一人150グラムぐらいとして
普通は一人100グラムじゃない? 女の子なのに結構食べるのね
だがそれがいい
ビバ! 青春!!
単位落とすのは最初リアルにヘコんだな…それまでの出席が全て無駄になった時のあの徒労感。段々学年上がると麻痺してくよね。
爽快感のある良い話でした。
確かに単位の悲しみって、年々麻痺してきたなぁw
発想の斬新さだけでなく、人物の動きが目に浮かぶようなしっかりした文章力も素晴らしいです。
は、おいといて
文章が読みやすく、キャラのノリも良くてスイスイ読めるSSだった
桜庭一樹をなんとなく思い出しました。
でも外に人がいて辞めた
この(私の)ヘタレ―っ
テンポが良すぎてこの中に混じりたいと思ってしまった
似たものを感じたな
テンポ良くて面白い良い作品でした
蓮子の家行きたい!
メリーのスパゲッティ食べたい!
蓮メリ普通に酒飲んでなかったけ?まあいいや!ビバ青春!
有難うございます、何か吹っ切れました。
私も若人の熱さと馬鹿騒ぎをする元気を持ち続けられるように頑張りたいです。
特別面白いわけではないけど最高に楽しかった
貴重なSSだな
>>104 泣いた
私は三年生の時が好き過ぎてもう一年延長したよ!
割とどうでもいーねっ!
俺も大学生だが酒があっても騒げないぜ……
俺のヘタレー!
すげえ面白かった!
……どんだけ……バカなんだおれは……。
楽し過ぎでしょう!
とても面白かったです!!
ビートを刻むのが若人だッ!!
私もメリーと共鳴したのでこの点を。
面白かったぜへいへへい!