梅のつぼみのほころぶ折でありました。朝から外は風が強く、ずっと書斎で縁起の資料とにらめっくらをしており、あんまり長い間座っていたものですからお尻の据わりも悪くなったところに、屋根のガタと鳴る音を聞いたのです。荒天によって取材に出るにも出られず、まんじりとしていた私はこれ幸いとカタカタ震える障子を開け縁側に出、未だ雪の名残を色濃くはらんだ風に歓迎され若干くじけそうになりつつ、これしきで撤退となれば御阿礼の名折れ、エイヤと気合一閃、着物の
「アタタタ、うう、ここはどこ」
「私の邸です」
「すわ、人間!」
「そう言うあなたはどちら様でしょう」
「よくぞ聞いた!」腰をさすっていた番傘はスクと立ち上がると大見得を切るのですが、背格好はそれほど私と変わらぬ女童でありました。「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! 我こそは鉄の祖神、
「唐傘お化けさんですよね」
「……最後まで言わせてよ」
「お名前は」
「多々良小傘、って何で答えないといけないのよ」
「不法侵入」
「ふ、不可抗力ってやつでありんす」
「ありんす? まあいいでしょう、どのあたりにお住まいですかね」
「うーん、別に、雲の間をなんとなく漂ってるかな……って、あんたこそ誰よ、わちきのこと探って、怪しいやつ」
「稗田阿求と申しま、へ、」へくち、とくしゃみ。折からの風がひときわ強く私のうなじを撫でてゆきました。
「稗田? 今ひえだと申したか。あの稗田か」
「間違いなく」
「わ、私の事調べて記事にする気」
「できれば」
「困る!」
「はあ」
「あちきのことが知れ渡ったら……誰も驚かなくなるじゃない!」
「いえ、もともと……」
「恐怖にはミステリアスさが必要だって本にも書いてあったわ……謎が恐怖を呼ぶの……それがなくなるんじゃあ、私のコケンに関わるわ! というわけだ、人間、書くな。さもないと、これだぞよ……」
と、多々良小傘は傘の先を私に突きつけます。番傘にはお約束のごとくぎょろりとした一個の目が見開かれ、大きく裂けた口が真っ赤な舌をベロンとだらしなく吐いておりました。
「……怖くないですが」
「……ふ、ふふふ、気に入った、その脅迫に屈しない根性」
「いえ、ですから」
「ここは人間のたくましさに免じて、へ、へ、」へっくしょい!とくしゃみ。女童の彼女ではなくあろうことか番傘のほうが。どっちが本体なのだろう、と場違いな考えが私をよぎりましたけれども、ともかく、それが豪快なくしゃみとともに唾とその他のもろもろをまき散らしたことは事実です。
「……まだ冷え込みますからね」
「うう、今日は踏んだり蹴ったりだあ。空の上でも変な奴、空の下でも変な奴」
「ほう、詳しく」
「き、今日のところは百歩譲って退いてあげるわ人間。あちきの恐怖に震えて待つことね」
そうして多々良小傘は滑るように空へと飛び立ち、若干例の風に流されながらも雲の向こうへと去ったのであります。そのフワフワした頼りなげな後姿にどこか愛着を感じつつ見送っておりますと、
この空気、好きです。
なりましたね。
評価不能