私は恋をしている。
とんとん、と。
その家のドアをノックすると、すぐに反応があった。
ぱたぱた、と。
彼女がこちらへ近づいてくるその音を聞いているだけで、私の心臓は高鳴った。
「は~い、どなたかしら?」
扉を開けてメディスンが姿を現す。
「どうも~、また来ちゃった!」
「あら、また小傘なの?」
メディスンにあきれ顔が浮かんでいるが、彼女はいつも笑っている事を私は知っている。
勝手知ったる様子で家へ入り、リビングに置いてあるソファへと腰掛ける。
メディスンは「もう~っ!」と表面上怒りながらも、お茶の準備をするためにキッチンへと引っ込む。
その間、私はずっと彼女の背中を眺めていた。
彼女を見ているだけで私は満足だった。特に行動を起こすようなマネはしない。関係が壊れるのを恐れるという事もあるが、結局のところ、今の関係が一番好きな事が理由だろう。
離れずくっつかず、そんな形が私の望むもの。
「あれ? お花で細工をしていたの?」
持ち上げて眺める。
鈴蘭で編み上げた花の冠。たくさんの白い花がこの王冠を豪華に、そして美しく見せている。嗅ぐといい匂いがした。人間にとってこの花は有毒らしいが、彼女と同じく私にとっては毒なんて関係ない。
「触らないでよ? まだ完成してないんだから」
メディスンの言葉にあわてて元の場所へ戻した。
その際、白い花弁が1枚千切れてしまった。1枚だけなら気づかれる心配もないと思うのだが、一応花弁を足の下に隠しておく。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
メディスンに渡された紅茶を口に含む。
いい香りだ。この香りはハーブティーだろう。メディスンは鈴蘭畑だけを管理していると思われがちだが、その他の花々も栽培している。この紅茶に使われているハーブもその1つである。自家栽培のハーブを使っているのだから、他の場所で入れた紅茶に比べてもずっと香り高い。
でも、鈴蘭には負けると思う。
鈴蘭は彼女の大切な花で、だからこそ私にとっても大切な花なのだから。
「で、なんでいきなり訪ねてきたの?」
メディスンも自身が入れたハーブティーを飲みながら聞いてくる。
聞いてくる言葉には関係ない。私はずっと彼女だけを見ていた。
「ん~、ちょっと暇になったからかな」
「また人間を驚かせられなかったのね」
「うっ……」
紅茶が器官に詰まり、ごほごほっと咳をした。
それを心配したメディスンがタオルを渡した。
「図星でしょ?」
「なんで分かるの?」
「だって、あなた、落ち込んだ時には毎回私のところへ来るじゃない」
「そうかな~?」
「そうよ。3日前だっておんなじ理由で来たじゃない」
「今回の作戦は上手くいくと思ったんだけどな~」
今回の作戦について思い出してみる。
標的は緑色の髪をした巫女。前回こてんぱにやられたので、そのリベンジ戦だった。
作戦内容はこんな感じ。
巫女の通る道を予め調べておき、その道のど真ん中に岩を置く。
それに気づいた巫女が岩に近づいたところで、巫女の頭上を狙って石を真上に投げる。
巫女の関心が空中に向いたところで、即座に巫女の反対側に移動。
最後に巫女が振り返ったところで「うらめしや♪」
心理的な罠をいくつも張り巡らし、さらには目の前に置いてある岩や真上に投げた石など視覚的な罠も用意した完璧な作戦なはずだった。
だが、実際のところは……。
最後の瞬間までは上手くいっていた。後は「うらめしや♪」さえ言えれば完璧だった。
しかし、巫女が振り返ると同時になぜか裏拳が飛んできて、それが見事顔面にクリーンヒット。その拳の衝撃は思った以上にすさまじく、吹き飛ばされた勢いで設置した岩に後頭部をぶつけるという最悪の事態だった。頭からはヒヨコが「ぴよぴよ」と踊る古典的な表現まで見えた。
巫女からは「だ、大丈夫ですか!?」と本気で心配したらしい声を頂けたが、私が欲しいのは心配ではなく、驚きだった。
その後、巫女に神社まで連れてってもらい看病されるという屈辱付き。その屈辱に情けなくなって、家に帰ってから散々泣き、ようやく立ち直ってメディスンの家を訪れたというわけである。
「どうしたらいいのかな~?」
「そんなの私に言われても知らないわよ。自分で考えなさいよ」
メディスンはいつもそんな事を言う。
それがメディスンなりの励まし方なのは言うまでもないだろう。この言葉を聞くために毎回この家を訪れているに違いない。
「ねぇねぇ、メディはさ、いつもどういう気持ちで鈴蘭を栽培しているの?」
「は? 何を言い出すの、いきなり」
「だって、私がみんなを驚かす事とかメディが鈴蘭畑を管理している事とかってさ、言ってみれば周りから望まれていない行為なわけでしょ?
それって、時々寂しい気持ちになったりしないの?」
「はぁ~っ、そんな事?」
メディスンが盛大にため息をつく。
そして、彼女が再びにこりと笑う。
その笑顔で、私は次に言うべき言葉というのを予測する事ができた。
「私はスーさんが大好きだからお世話しているの。
周りの人なんか関係ないよ。私は私のやりたいようにやるだけ」
「そういうものなのかなぁ……?」
「じゃあ逆に聞くけどね、人間はなんのために存在していると思う?」
メディスンの突然の問いに腕を組んで考える。
「ん~、なんのためなんだろうね。私達妖怪を退治するためじゃないよね?
でも、逆に妖怪が人間を驚かせるためでもない。
聞かれると分からなくなってくるなぁ……」
「それで正しいのよ」
「え?」
「人間の存在意義なんてその人にとってしか分からない。同様にその人の存在意義を他の人が知るわけもないし、知ろうしてもきっと理解できない。
妖怪もおんなじ。
私がスーさんをお世話している理由は私にしか分からないし、他の妖怪――例えばあなたに理解してもらいたいとも思わない。
だから、私が勝手にやるだけ」
「う~ん……」
分かったような分からないような……。
でも、一部だけ分かったような気がした。
たとえば、私が彼女を好きである事。
これはきっと誰にも理解できない事なのだと思うし、私は彼女が好きな事を誰にも話したりしないと思う。
誰にでも理解できない事を、私はただやりたいからやっているのだ。
メディスンが言いたかった事はそういう事だろう。
「それに、あなたってたしか驚かせる事でお腹を満たしているんでしょ? 他人の事を考えて――他人が望んでいないから驚かせる事をやめちゃって、その結果あなたが死んでしまったら、それこそ本末転倒じゃない?
あなたは他人が望んだから驚かせるの? 違うでしょ? あなたが生きるために――それは他人から見たら理解できない理由なんだろうけど――あなたが勝手にやっている事でしょ?」
「じゃあ、別に望まなくても望まれても変える必要はないって事なのかな?」
「そういう事ね。望む望まないは関係ないの。ただやるだけよ。自分がやりたいから」
「うん、なんだか分かったような気がするよ」
そこで立ち上がる。
気づくと、手元のカップの紅茶はすでに空になっていた。道理で先ほどからハーブティーの香りがなくなったわけだ。
「また来るね」
「二度と来ないで」
メディはこちらを見ずに言った。
「ううん、メディと話すのは楽しいし、メディも私と話していて楽しそうにしてるし、それ以上にメディの肩に乗ってるスーさんも楽しそうに笑みを浮かべてるから、また来るよ」
その言葉に、メディは顔を若干赤らめながらもこちらを見た。
でも見たのは一瞬だけですぐに視線を反らせた。
「スーさんが望んでいるなら仕方ないわね」
そうして、私と彼女との邂逅は終わりを告げた。
彼女の鈴蘭の香りを少しの間嗅げなくなる事は、実は寂しい。
また驚かすのに失敗したら、彼女に会いに来れるのかな……。
――考えて、こんな事を小傘に言ったら怒られるな、と私は一人で苦笑した。
小傘の望んでいる事は私の望んでいる事。
だから、きっと私が彼女を好きなように、小傘もメディスンの事が好きな事だろう。
そう。
私、唐傘はスーさんに恋をしている。
おしまい。
普通に100点でも良かったのですが、それでは感想として面白くないので気になった点をいくつか。
まず小傘の早苗を驚かせる作戦の所が、そこまで詳細に書く必要があったのかなということ。最初から読み進めていて、そこだけテンポが悪く感じました。
あと
>「二度と来ないで」
「ううん、メディと話すのは楽しいし、メディも私と話していて楽しそうにしてるし、それ以上にメディの肩に乗ってるスーさんも楽しそうに笑みを浮かべてるから、また来るよ」
「スーさんが望んでいるなら仕方ないわね」(本文より)
「二度と来ないで」と「スーさんが望んでいるなら仕方ないわね」の間に少し間をあけるともっと雰囲気が出ると思います。
最後に、本当に個人的なものですがオチいらなかったんじゃ…
まあ各ー3点で90点を付けさせていただきました。
たぶん、他に誰もやらんでしょう、このカップリングは。
フロンティアスピリットに敬意を表してやっぱり90点で。
誰がなんと言おうとメディこがです!