グーヤ グヤグヤにゃーご
モコー モコー モコーちゅー
その日、八意永琳はお疲れだった。
里で猛威を振るい始めた病原菌の特効薬を作るため、四日間の貫徹を乗り越えたのだ。
弟子である鈴仙は、数時間前に既にダウンしていた。
出来上がった薬を里の医者に渡し、ようやく眠る事ができる。
幸せな気分で布団に潜り込んだ時であった。
「永琳、ねえ永琳。退屈なの。何かして遊びましょうよ」
永遠亭の姫、蓬莱山輝夜であった。
「‥‥姫様。すみませんが、私は今猛烈に眠いんです。少しでいいので休ませてください」
「あなたもなの? 鈴仙も同じ事を言って相手にしてくれなかったのよ。つまんない。てゐはウサギ達を連れてどこかに遊びに行っちゃったし。私も連れていってもらえばよかった」
プクッと頬を膨らませる輝夜。
世の男性諸兄が見れば誰しもが魅了されるような可愛らしい仕草だったが、今の永琳には全く効果が無かった。
寝るより楽は無かりけり。
膨れっ面の輝夜を置いて、一人夢の世界へと旅立っていった。
「んもう‥‥いいもん。伊達に長い間暇を持て余してきたわけじゃないんだから」
プリプリと怒りながら、自室へ引き返す輝夜。
それにしても、てゐは全ウサギを引き連れて行ったのだろう。
長い廊下を歩く間、一匹も出くわさなかった。
「静かねえ。静かなのは嫌いじゃないけれど、少し寂しいわね。幻想郷の雰囲気に慣れちゃったのかしら」
自室へと伸びる廊下の途中、視界に入った庭園。
普段は美しく見えるその光景も、今はどことなく切なく見える。
「私も出かけようかしらね」
空は青く晴れ渡り、気持ちのいい陽気が体を包む。
いわゆる、絶好の行楽日和というやつだ。
きっと、どこもかしこも楽しい顔で溢れているに違いない。
自分もその中に混ぜてもらおうか。
しかし、輝夜は考え直す。
永琳と鈴仙は熟睡しており、ウサギ達も出払っている。
永遠亭を空っぽにして出かけてしまうのは、些か無責任というものだ。
「あーあ、つまんない‥‥誰か来ないかなぁ」
そう呟く輝夜の目が、白い物を捉えた。
「あー、退屈。里の人間は変な病気のせいで出歩かないし、慧音も忙しそうだし‥‥こんな時には、輝夜に襲撃をかけるのが一番よね」
もう一人の蓬莱人、藤原妹紅であった。
「あら? 言ってるそばから輝夜発見。あんなとこで何してんのかしら」
縁側で退屈そうにしている輝夜を見つけた妹紅は、早速近寄っていく。
「輝夜! 退屈だから殺しに来てやったわよ!」
「うわあ、よりによって妹紅がきた」
「何それ! 失礼ね!」
「ちょっと、静かにしなさいよ。怒られちゃうじゃない」
「はあ?」
状況を理解していない妹紅に、輝夜は一から説明する。
「へえ、なるほど。薬師もへにょ耳ウサギもバタンキューなわけね」
「そ。だから、出かけられないし、殺し合いの相手もできないわ」
「なるほどなるほど。つまり、嫌がらせのチャンスってわけね」
「へ? どういう‥‥」
ぽかんとする輝夜を置いて、妹紅は駆け出す。
向かうのは輝夜が先程までいた、永琳の寝室だった。
ガラガラッ!
「ちょ、ちょっと。ダメだったら。私が怒られ‥‥」
「起きろぉー! えーりーん! わーわーわーわー!」
「ふあ!? な、何事!?」
妹紅の叫び声に飛び起きる永琳。
素早く障子の後ろに隠れる妹紅。
取り残される輝夜。
「‥‥姫様。私、言いましたよね? 今は少し眠らせてくださいって」
「ち、違っ、今のは‥‥」
「問答無用です! 次に騒いだら、本気で怒りますからね!」
一方的に言い放つと、永琳は布団に潜り込む。
無論、普段であればこんな事は有り得ない。
しかし、極限まで眠いと人間理性を失ってしまうものだ。
蓬莱人とてそれは変わらない。
俗に言う「やろう、ぶっころしてやる」現象である。
「あはははは! 怒られてやんの!」
「も、妹紅! あなたねえ!」
「あらら? いいの? 起きちゃうわよ?」
「ぐぬう‥‥」
ニヤニヤしながら障子の裏から出てきた妹紅。
その卑劣な所業に輝夜は怒った。
怒ったが、騒ぐと永琳がもっと怒るのでどうにもできなかった。
「可哀想ねえ。そんなんじゃ、もし痛い目にあっても叫んだり出来ないでしょ?」
「‥‥どういう事よ」
「こういう事」
輝夜が永琳とやり取りしている間に調達してきたのだろう。
妹紅の手には、餅つき用の杵が握られていた。
輝夜が止める間も無く、杵が振り下ろされる。
間一髪で頭への直撃は免れたが、振り下ろされた凶器は輝夜の足に吸い込まれるように命中した。
「ふぐ‥‥っ!!」
口に手を当て、喉まで出かかった悲鳴をなんとか飲み込む。
だが、目は大きく見開かれ、体中が震えている。
間も無く我慢の限界が訪れるのは明らかだ。
「‥‥‥‥!」
輝夜は布団へと駆け寄ると、永琳の両耳に指を突っ込んだ。
そして。
「ィエアアアアァーーーーーッ!」
努力の甲斐があって、永琳は目を覚まさない。
一しきり叫んだ後、輝夜は妹紅を睨みつける。
が。
「ほれ輝夜。プレゼント」
妹紅は輝夜の視線を気にする事も無く、何かを投げて寄越す。
細長い筒のような形状。
その先端からは紐が伸びており、火がついている。
妹紅が何故持っているのかは知る由も無いが、何かの書で読んだダイナマイトとかいう物に違いなかった。
「んなぁ!? ふーっ! ふーっ! 火、火が‥‥消えないー!」
いくら息を吹きかけても火が消えない。
妹紅の術で生み出された炎なのだろう。
このままではダイナマイトが爆発し、凄まじい音が響き渡るのは免れない。
思案する輝夜。
導火線は後ほんの数ミリしか残っていない。
輝夜は意を決し‥‥
バクッ! ゴクン! ドカーン!
ダイナマイトを飲み込んだ。
飲み込まれたダイナマイトはすぐに爆発したが、輝夜の体が防壁となり、周囲にはあまり音が響かなかった。
しかし、その代償はあまりに大きく、黒焦げになった輝夜は床に突っ伏してしまった。
「あははは! あー、笑った笑った。それじゃ、私はそろそろ帰るわ。また今度殺しに来るわね」
腹を抱えて笑いながら帰っていく妹紅。
その後ろ姿を見送る輝夜の目には、復讐の炎が黒く燃えていた。
数日後。
妹紅は友人である上白沢慧音の家に遊びにきていた。
話によると、病への対応や生徒に出した宿題の採点に追われて、ここ数日ロクに眠っていないらしい。
そう話している最中に、机に体を伏せて眠ってしまった。
こうなってしまうと困るのは妹紅。
このままここにいても退屈だし、眠った慧音だけを置いて帰ってしまうのも無用心だ。
どうしたものかと思案していると、玄関の戸が叩かれる音がした。
「はーい。どちらさん? 慧音なら今‥‥」
ガラガラッと戸を開いた先には、輝夜が立っていた。
「あら。何してるの?」
「そっちこそ何の用?」
「うちのウサギが山菜をたくさん採ってきたから、おすそわけに来たのよ」
「ふーん。じゃあそこに置いて、さっさと帰ってよ。今、慧音が寝てるの」
「あらら」
「慧音ってば、ああ見えて寝起きが最悪だからさ。あんまりうるさいと‥‥何してるの?」
妹紅がふと気付くと、笑顔の輝夜が何かを振りかざしていた。
ドンッ!
戸を掴んでいた妹紅の手に叩きつけられるトンカチ。
「ォアァーゥッ!ホホホホーゥ!」
「妹紅! うるさいぞ! 静かにしてくれ!」
「あらあら。怒られちゃったわねえ?」
ニヤニヤと笑いながら言う輝夜。
赤く腫れ上がった指に息を吹きかける妹紅。
新たな戦いが始まろうとしていた。
時にゃ癪だし泣きたいよ
ムカムカと腹も立つ
妹紅だって生き物さ
輝夜だって生き物さ
叫び声が脳内で余裕で再生されたww
しかし見ている時はゲラゲラ笑っていたけど、冷静に読むと結構痛そー……
しかも下敷きにしたエピソードがドストライク! 一体どこまで喜ばせれば気が済むのか。
てな訳で、よお凄い作者様。
確かにあの作品を文章化するのは無茶振りにも程があると承知してました。
おつりが来るくらいの回答、ありがとうございます。そして執筆、ホントお疲れ様でした。
蛇足ではありますがこの神作品、初出は1940年。子供ながらにこう思いましたね、私は。
「そら勝てんわ。戦時中にこんな余裕ぶっこいたエンタメ創ってる国に」
ダイナマイトの爆音を打ち消せる輝夜の体マジぱねえっす。
ダイナマイト飲む?・・・そんなのフツーです
ロードランナーvsコヨーテなんてのもあったな