「あたいもいれてー」
「えー、やだよー。お前寒いんだもん。みんなーあっちであそーぼーぜ!」
「ふん、あたいの超絶氷蛙美技を見ても、同じことが果たして言えるかな……?」
◆
あたいは最強である。
しかし、最強であるあたいは何か白黒した魔法使いに、よく墜落させられる。そんで、たまに泣く。
あたいが最強であるのだから、大局的見地から見れば、それは明らかにあたいの勝利であることは疑いようのない、無二の真実であることは明白なのだが、けれども局地的見地から見ればあたいが敗北したとも言えるような言えないような、正しくそれは箱の中の猫のようにあやふやで不確かなものであり、明言することはいかなる運命や未来を見通す予言者であっても不可能であるけれど、ちょっとばかり勝ちを譲ってやった感も否めない。
でも、最強であるあたいが泣かされるのは、こう、なんか、間違っているような気がする。
本来ならば泣くのは魔理沙のほうであり、鼻水と唾液をだらだら流しながら「えーんえーん。チルノ様は最強ですう。喧嘩売ってごめんなさい、えーん」とやっているべきなのである。
でも実際は鼻水と唾液を流しているのは、だいたいあたいのほうであり、魔理沙に「なんか液っぽくなってるぞ、お前! 分かった、分かった。私の負けで良いから落ち着くんだぜ!!」と言わせるくらいである。
これは、おかしい。
あたかも最強の矛で最強の盾を突いたような問題だ。
論理的に破綻している。最強とは一体何であるのか。
だから、あたいは、この由々しき事態を解決すべく、大ちゃんに相談することにした。
大ちゃんはここらで一番頭がいいのである。
「うーん、チルノちゃん。最強とは何かと言われても抽象的すぎて、ちょっと……」
「大ちゃんでも分からないのか」
大ちゃんでも分からないとなると、この難題は迷宮入りしてしまうのだろうか。
しかし、流石は大ちゃんである。次の瞬間には答えを出してくれていた。
「そういえば、紅魔館の門番さんが、世紀末的覇者は胸に七つの傷があり、モヒカン頭で“俺は天才だー!”って叫ぶって言ってたなあ」
それだ!
あたいはその言葉に天啓を受け、上半身裸の上に革ジャンを着て、更には頭をモヒカンにしてしてみた。胸に七つの傷をつけようかと思ったけれど、痛くて涙がでたから止めた。
「汚物は消毒だー!!」
「違うよ、チルノちゃん。俺は天才だー、だよ」
「あたいは消毒だー」
「駄目だよチルノちゃん。何かクリーンなイメージになっただけだよ。言うなら、あたいは天才だー、だよ」
と、大ちゃんとの血の滲むような特訓の後、あたいは世紀末的モヒカン女郎になった。もの凄く、もさもさしたモヒカンだった。
ヒャーハーな気分だった。それはもう、ものすごくヒャーハーな気分だった。
あまりにもヒャーハーな気分だったものだから、霊夢の前で「金なんておしりをふく紙にもなりゃしね-」と言ったら、思いっきり殴られた。泣いた。後、説教された。泣いた。
お金は粗末にするな。その頭の悪い髪型は一体何だ。何で裸の上に服を着ているんだ。なにか悩み事でもあるのか。困っていることがあれば、面倒にならない範囲で聞いてやる。後、お金を粗末にするな。絶対にするな。
霊夢はそんなことを言った。そんで、その日はあたいを神社に泊めてくれた。
一緒にお風呂に入ったり、布団に入ったりして、楽しかった。モヒカンももさもさしていた。
食事は3匹のめざしと、茶碗半分の麦飯だった。
霊夢は今日は贅沢しちゃったわ、とか言っていた。あたいは泣いた。泣きながらも思った。
モヒカンは最強ではなかったらしい。くそう。
◆
「うわー、妖怪だー! 逃げろー!」
「えたーなるふぉーすぶりざーど。相手は死ぬ」
「ぎゃああああああああ」
「わー、チルノすごーい。つよーい」
◆
「チルノちゃん」
大ちゃんは言った。
「門番さんによく話しを聞いてみたら、モヒカンさんは世紀末に乗じて物資を簒奪するだけの小悪党だったよ……。ごめんね、チルノちゃん。世紀末的覇者たるチルノちゃんには、そのモヒカンは決して赦してはいけない存在だったんだよ……」
大ちゃんは申し訳なさそうな顔を浮かべ、あたいの頭を見た。
そこには立派なモヒカンがあることだろう。側頭部はつるつるで、前頭部から後頭部まで一直線に天に向かって伸びている、あたいのモヒカンがあることだろう。
きっと、今日も、もさもさしているに違いない。
責任感の強い大ちゃんだ。凄く気にしているに違いない。
だから、あたいは、そんな大ちゃんに心配かけまいと笑顔をつくった。
「大丈夫、大ちゃん。あたいのモヒカンは天を突くモヒカンだ!」
「チルノちゃん……」
潤んだ瞳であたいを見る大ちゃん。あたいったら、罪づくりな女だぜ。
「でも、絶望的に似合ってないよそれ」
大ちゃんは真顔だった。
実はあたいも、こっそりと似合ってないかも。と思っていた。
やっちゃったものはしかたないから、考えないようにしていただけだった。
「ごめんね、チルノちゃん……」
大ちゃんは再度謝る。なんだか気まずかった。
◆
「あたいも入れてー」
「いいよー、何して遊ぶ?」
「蛙を凍らせて遊ぼうよ。もしくは蛙のお尻にストローつっこんで、蛙爆弾をしよう! 誰が先に空気を送るのを断念するか、臓物飛び散るスプラッタなチキンレース!」
「さすがの俺もそれはひくけれど、この前、チルノちゃんはみんなを護ってくれたから、今日はそれで遊ぼうか! チルノちゃんは最強だから、また妖怪が襲ってきても安全だし!」
「あたいにまかせろー」
◆
モヒカンでいるくらいなら、いっそ全部剃ってしまった方がいいかもね。という大ちゃんの言葉に従い、モヒカンとおさらばした。最期まで、もさもさしたやつだった。
禿頭が風にふかれて寒かった。心なしか、心も寒かった。
あたいは一体、どういう方向に向かっているのだろうと、哲学的命題を考え始めた頃、大ちゃんが話しかけた。
「そういえばさ、なんでチルノちゃんは最強にこだわるの?」
「それは、あたいが最強だからだよ」
「別に最強じゃなくてもいいじゃん。チルノちゃんはチルノちゃんだよ」
そんなものかな、と思った。
だから、そんなものかな、と聞いたら、そんなものだよ。って返ってきた。
でも、やっぱりあたいは最強でいたかった。
「あたいが最強じゃないと、駄目なんだ」
「どうして駄目なの?」
「だって――」
遊んでもらえないもん。
あたいは答えた。大ちゃんは少し驚いた様子で、目をぱちくりさせていた。
「あたいは最強だから、みんなを護る。みんなはあたいが護るから、遊んでくれる。だからあたいは、どんな奴からもみんなを護れるように強くなきゃいけないんだ。最強でなきゃいけなんだ」
「そんなことないよ、チルノちゃん」
大ちゃんは首を横に振る。けれども、あたいはそれを信じることができなかった。
遊びにいれて、と毎回お願いしても皆は嫌だと言った。
でも、ある日、弱っちい妖怪を倒したら、皆あたいと遊んでくれるようになった。
大ちゃんだって、きっと、あたいが最強じゃなかったら、遊んでくれないと思う。
それは少しだけ哀しいことだけれど、でも、最強じゃないあたいは、ただの寒い奴なのだ。今の頭と同じように。
「みんな、チルノちゃんが大好きなんだから」
「でも、みんな、あたいと遊んでくれなかったよ――?」
大ちゃんは泣きそうな顔をした。
あたいは、こんなこと言うんじゃなかったと、胸が苦しくなって、泣きそうになった。
頭には髪の毛がなくて、なんだか落ち着かない。外気が直接触れてしまって、すーすーして寒かった。
「そんな奴、私が殴っちゃうよ! こら、チルノちゃんに意地悪するな、って」
「駄目だよ、大ちゃん。大ちゃん弱いんだし、そんなことしたら大ちゃん嫌われちゃうじゃん」
大ちゃんがあたいと同じように、ひとりぼっちで蛙を凍らせている姿を想像する。
凄く、嫌な気持ちになった。泣きそうになった。
「いいもん。嫌われたって。チルノちゃんが私のこと好きでいてくれたら、嫌われたっていいもん」
気付けば、大ちゃんは泣いていた。
「チルノちゃんが、えっぐ、ぐす……だ、だい、大好きだもん!」
あたいも泣いてしまっていた。
あたいはもしかしたら、凄く泣き虫なのかも知れなかった。
でも、泣き虫でもいいや、と思った。
ぐずぐずと泣いていて、日が暮れても泣いていて、月が高くなるくらいには、大ちゃんと抱き合って眠ってしまっていた。
だけど、あたいは一つの答えを得たと思う。
あたいは、大ちゃんと一緒にいられれば最強なのだ、と。
あと霊夢いいやつ
でもこれスキンヘッドで言ったのかw
無残に飛び散る美学ってやつ? それがあるよね、彼らには。
個人的にチルノ様にはモヒカン的なノリを最後まで貫いて欲しかったのですが
友情パワーも大切ですものね。これはこれでいいものだ。
それにしても唯一の友である黒王、……じゃねぇや大ちゃん、君って無意識に親友を翻弄してないか?