Coolier - 新生・東方創想話

曖昧模糊うなお客様

2011/03/26 00:14:54
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 とうに冷めたお茶をすする。おいしいとは微塵も思えなくて、体をうちから冷やされただけであった。
 僕は今、払っても払っても自分の周りをコバエが飛びつづけているときのような鬱陶しさを感じていた。彼女――藤原妹紅が来店してから現在まで。そう、延々とだ。
 もっていた湯呑を勘定台に戻し、壁時計を見た。夕方の四時三十分すぎ。そうか、彼女が来てからもう三十分がたつのか……。ひざの上に置かれた本に視線をおとす。つまりこのページも約三十分間開かれていることになる。ときおり目に映る相手が気になってしまい、集中して本が読めないせいだ。
 どうしたものかと考えた結果、僕は彼女を見やり、思いきって質問を投げかけてみた。
「……ちょっといいかい?」
 妹紅はぱっと視線を商品棚へとうつした――来店してからずっとこんな調子なのである。商品を見るふりをして彼女はこちらを窺いつづけているのだ。僕と目が合ってもすぐに顔をそむけてしまう。最初は気のせいかとも思ったが、妹紅を見るたびに目が合い、そしてすぐに目をそらされてしまう。本を読むふりをして横目で確かめてみたときも、こちらを向いていた。店内を荒らしたり、勝手に商品をもっていかれるわけではないので安心はできるが、さすがにこれは焦れったかった。
「なにか用かい?」
 そう訊くと客はうろたえながら口籠ってしまった。できるだけ優しく問いかけたつもりだったのだが、失敗してしまったのかもしれない。
「――あ、あれだ……チョークの場所を教えてほしいんだ。慧音に頼まれたものでね」繕ったようにいう。
「チョークなら君が今いる列の一番奥、右の商品棚の上から三番目にあるよ」
「そうか、ありがとう」
 彼女はこちらに背を向け、そそくさと奥へ消えてしまった。まるで僕の視線から逃げるようでもあった。なぜだろう? やはり癪に触るようなことをしてしまったのだろうか。それとも今の自分は奇異な目で見られるほどおかしな顔をしているのだろうか。勘定台の下から手鏡を取りだし覗き込む。いつもどおりの仏頂面が映っていた。

「か、勘定を頼む」
 急ぎ足で妹紅が戻ってきた。手鏡をもとあった場所にしまい、彼女からチョークの箱を受けとる。赤色、青色、白色ひと箱ずつで計三箱。僕は慣れた手つきでそろばんをはじき、客に提示した。
「はいよ」
「――ぴったりだね。お買い上げありがとう。またのお越しを」
 もらったお金を引き出しに入れながら事務的な言葉を送る。ちょっとした解放感を味わってから僕はふたたび本を読み始めた。読み始めたのだが……。
「……」
「……」
 彼女が帰らない。横にずっといるし、視線も感じる。僕はあきらめ本にしおりをはさみ込んでから、
「まだなにか用かい?」
 と顔をあげながら訊ねた。今回は刺々しい物いいになってしまったのは自覚している。
「い、いや……そういうわけでは……」
「なにかあるならはっきりいってくれ。ずっと見られてたら落ち着いて読書もできやしない」
 慌てふためく彼女、ふたたび口籠ってしまった。頭をかきながら目を右左上下に泳がせている。当惑しているのは火を見るよりも明らかで、つづく言葉を選んでいるようであった。いいすぎたかな、と今さらながら反省する。
「……お前の顔が」
「僕の顔が?」
 小さな声だがたしかにそういった。やっぱり自分では気がつかなかっただけでおかしな顔をしているのだろうか。

「お前の顔が……私の父親に似ているんだ」
「……なに?」
 それは予想斜め上を行く応えであった。目を大きく開いて彼女を見すえる。
「君のお父さん――というと車持皇子のことかい?」 
「ああ、そのとおりだ」
 彼女は照れくさそうに笑いうなずいた。面食らってしまい言葉がつづかない。だからその嬉しそうな顔を惚けたまま眺めることしかできなかった。
 古典はあまり読まないので詳しくは知らないが、たしか車持皇子といえば、かぐや姫に求婚をして、出された無理難題を解決しようとして命をおとした――とかなり大雑把に記憶している。
「そ、そうなのか」
「ああ、そっくりだ」
 妹紅はにこにこ顔を崩さずにいった。
「どこらが似ているんだ?」
「うーん、そうだな……髪型はそうでもないけど……顔の輪郭、鼻とかのパーツ、つまり顔全体が似ているな――そうだ、ちょっと眼鏡をはずしてもらえないか?」
 こうかい、といって眼鏡をはずす。途端に視界がぼやけた。
「やっぱりだ! 眼鏡をはずすといっそう似ている! いや、もはや瓜二つだ!」
 上気した声がする。「それはよかった」といって僕は眼鏡をかけた。何度か目を瞬かせてピントを合わせる。妹紅は残念そうな顔をしていた。ちょっと困る。
 そして、僕は釈然としない気持ちでもあった。『かぐや姫』に登場した彼女の父親は、結婚するために難題をクリアしようとする。そしてありもしないものを探すのだ。それは一途な姿、とも受けとれるのだが逆に――妹紅には悪いが――恋に惑わされた愚者にも思えるのだ。だからその人に似ている、といわれても誇っていいことなのか、恥ずべきことなのかが判然としなかった。
「どうしたんだ? 暗い顔して」
「いや、なんでもない」
 だがその気持ちを彼女に告げるなんて言語道断である。誰だって自分の親を馬鹿にされたら憤るに違いない。僕はぎゅっと口をつぐんだ。
「……よっこいしょ」
「て、今度はなにをしてるんだい?」しかしつぐんだはず僕の口は自然と開いてしまった。
 いきなり、彼女は近くにあったイスを引き寄せ、勘定台をはさんだ僕の真正面に座った。
「なにって、もう少しお前の顔を眺めていくに決まっているだろ」
「それはさすがに迷惑だ」
「いいじゃないか。なに、ちょっとの間だよ」
「そのちょっとの間にお客さんが来たらどうするんだ」
「もとより閑古鳥の鳴く店だろ? じゃあ問題ないじゃないか」
 痛いところを突かれてしまった。一瞬返事に窮してしまうが、なんとか切り返す。
「僕は読書がしたいんだ。見られていては気が散ってできないよ」
「じゃあ、私と会話でもして時間をつぶせばいいだろ」
「……君はそんなに頑固者だったのかい?」
「ああ、頑固者だ」
 はあ、とお構いなしに大きなため息をつく。彼女は歯を見せて笑ったまま、手を合わせていた。
「な、頼むよ。ちょっとだから」片目を閉じながらお願いをしてくる。僕はもう一度ため息をついた。
「――わかったよ。僕が折れよう」
「おお。恩に着るよ」
 どうも自分はごり押しに弱いのだ。必ずこれで痛い目を見るのだが、今回もご多分にもれず大失敗をしてしまった。いつか治さなくてはいけないな……。
「さてと……」
 すると彼女は頬杖をついてまじまじとこちらを見つめてきた。少々気恥ずかしくなってしまい、目のやり場に困った。
「そうだな。話のタネにいくつか質問していいか?」
「ああ、ご自由に」相手の首もと辺りに視線を固定した。
「お前さんの名前は霖之助――でいいんだよな?」
「突飛な質問だね。そのとおり、僕の名前は森近霖之助だ」
 そうだよな、と楽しげに笑う。質問の意図がわからず理解に苦しんでいると、彼女は質問をつづけた。
「現在好きな人はいるか?」
「……なんだか結婚相談をしている気分だよ」
「いいからいいから」
 弾んだ声でいう。僕は頭をかきながらひざの上にある本を横の本棚に戻した。そしてまた正面を向く。
「……残念ながらいないね」
「輝夜のことはどうだ? 嫁にもらいたいなんて思わないか?」
 彼女に惚れたのは君の父親だろう――と口から出かかったが、相手の笑顔を見ていたらいうのにひどく抵抗を感じた。ごくりとその言葉を飲み込み、別の言葉を用意する。
「――あいにく彼女に恋愛感情は持ち合わせていないよ」
「当たり前だ。あいつは私の嫁だ」
 こいつはなにをいっているのだろうと真剣に思った。眉間にしわを刻みこむ。相変わらず笑っているので、今のは彼女なりのジョーク、ということにしてこの場を流す。
「他に質問は?」
「ええと……好きな食べ物は?」
「なんでも」
「嫌いな食べ物は?」
「特になし」
「よく読む本は?」
「推理小説」
「好きな言葉は?」
「商売繁盛」
「嫌いな言葉は?」
「無一文」
「尊敬している人は?」
「霧雨の父方」
「それから――」
 彼女の質問はそんなものばかりであった。身長はいくつなのか、昨日の晩御飯はなにを食べたのか、今日の朝は何時に起きたのか――聞いてもまるで意味がないことばかり訊ねてくる。たしかに質問は場つなぎ程度のおまけではあるが、もう少し内容を捻ってもいい気がした。
 でも一番の疑問は、妹紅がずっと嬉しそうな顔をしていることだった。こちらの返答ひとつひとつに相槌をうったり、興味深げな表情をしたりする。純真無垢な子供のように瞳をずうっと輝かせているのだ。なにが楽しいのか、僕には皆目見当もつかなかった。

「――あとはそうだな……人里でよく行くお店は?」
 質問をつづけて五分ぐらいがすぎた頃、彼女もネタに尽きてきたのかペースが幾分遅くなってきた。そこで今度は僕から質問をしてみることにした。
「寺小屋近くにある饅頭屋だな――なあ、妹紅? こんな質問ばかりしていて楽しいか?」
「そりゃ楽しいに決まってるだろ」
 即答であった。それにいささか気後れをしてしまう。そのせいでいいたいことはたくさんあったのに、言葉はすぐに出てこなかった。
 あまつさえ、完全にネタ切れを起こしてしまったせいで相手もまた口を閉ざしてしまった。沈黙が起こる。まるでお腹の上に重荷を乗せられてしまったような息苦しさを感じる。妹紅はただ目を細めて、僕の顔を眺めていた。
 やるせなくなった僕は視線を窓の外に逃がした。真っ赤な夕日の光が見えた。目に沁みたので目を下に向ける。真っ黒な影が二人分ができていた。
 ぼやけて人の形を成していない塊が二つ、冷たい床の上。なのに僕は、まるでそこから表情を読み取ろうとするように彼女の頭部にあたる部分を凝視していた。
 ――なにも見えない、わからない。
 彼女の影が揺らいだ。そのとき出し抜けに、最初に見せた妹紅の照れくさそうな顔を思いだした。漆黒から視線を引きはがす。
「――君は自分の父親が大好きなんだね」
「えっ?」
 彼女が驚き入った顔をする。たしかに唐突すぎたな、と思い慌てて補足する。
「ほら、僕の顔が自分の父親に似ているといったとき、君は照れくさそうに笑っていたじゃないか」
 眼鏡を指で押しあげ、すうっと息を吸う。「それに、父親に似た僕の顔を眺めていたいといったろ? だから、そう思ったんだ」
 注釈を終えると、肺に残ってしまった空気を音も出さずに吐きだした。
 妹紅が顔をしかめ腕を組む。「どうだろう?」疑問形のその言葉はどうやら自分に向けたものらしい。あごに手を当て首を傾げてしまった。
 てっきり、これまた即答されると思っていた。しかも肯定的な答えがくると予断していたのだが、彼女の表情はとても苦々しい。つのる不審感に、僕も眉を八の字にした。
 
「いや」
 ほおを緩ませた妹紅が首を横に振る。「大嫌いだったよ」屈託なくそうつけ加えた。
「そ、それは、本当なのかい?」訊かずにはいられなかった。
「ああ、もちろん。紛うことなき真実だ――だってそうだろ? いい年した既婚者が若い姉ちゃんに求婚するんだ。あまりにも馬鹿げてる。お前だってそう思うだろ?」
 あえて僕は返事をしない。彼女はつづけた。
「しかも不運なことに、そんな変人さんがお父さんなんだ。いろんな人から色眼鏡で見られたよ。だから私は父親が嫌いだし、恨んでさえもいる」
「ちょっと待ってくれよ。なら今までの辻褄が合わないじゃないか」
 憎んでいる者の顔を眺める意味がまるでわからない。では彼女はどんな気持ちで僕の顔を見ていたのだろう。
「――なあ、霖之助。お前は身近な人物を失ったことがあるか?」
 考えをめぐらし、一拍置いてから答えた。「ないよ」
「だろうな。じゃあ、きっと理解できないだろうな」
 真っ赤な夕日に照らされた妹紅の顔が、寂しそうにゆがんだ。今日はじめて見せる表情だった。
「大嫌いな人もさ、死んじゃったら会えなくなっちゃうんだ。もう二度と、会えなくなっちゃうんだ」
 会えなくなっちゃうんだ――柔らかな声色にもかかわらずやけに耳に残った。そして、どんな言葉よりも残酷に聞こえた。
「これが不思議なもんでさ。この世からいなくなっちゃうと、実はあの人いいやつだったんじゃないかな、て思い始めるんだ。いいところばかり目につくようになるんだ。まったく参るよ。そんでもって挙句の果てには、もう一度会話をしてみたいな、とも考えるようになるんだ。どんな些細なことでもいい。無意味なことでもいい。まして――顔が似てれば本人じゃなくてもいい、ともね」
「……そんな、ものなのか?」
「そんなものだよ」
 彼女がいったとおりだ。僕には理解できなかった。
 たとえ死んだとしても、もう会えないとしても、嫌っていた相手なら偲ぶことなんてないんじゃないか? むしろ、愉悦を味わうのではないだろうか? どう熟慮しても、妹紅の話に筋が通っているとは思えなかった。
 僕の心のうちを見透かした彼女はふたたび愉快そうに笑い、いった。
「いいんだ、無理に理解しようとしなくても。きっとお前も誰かを失えばわかるよ。人生の素人さん」
 皮肉めいた最後の言葉に、僕は少々むっとした。たしかに千年以上を生きてきた彼女に比べれば、僕は幼子程度かもしれない。だけど多岐にわたる経験はしてきたつもりだ。
 なのに『素人』と一蹴されるのが気に食わない。気に食わないのだが、言葉を返すことはできなかった。
 悔しい思いをしていると、ふと仮説が湧いた。
「……妹紅」
「ん? なんだ?」
「じゃあひとつ、素人論として聞いてもらってもいいかい?」
「構わないよ」
「君は本当は、自分の父親が好きなんじゃないか?」
 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。一本とれた気がした。
 だが相手は、だんだんと口元を吊りあげ超然と笑った。
「なるほど、そういう考え方もあるな」
「そうだろ? それで正否のほどは?」
「残念ながらはずれだ。さっきもいったろ? 私は自分の父親を心から憎んでいるんだ」
 体から力がすっと抜ける。「残念でした」と悪戯っ子みたいな顔でいわれた。本当に残念だった。
 無意味とわかりながらも、最後まで抵抗を見せることにした。
「――やっぱり矛盾しているよ。君は嘘をついているんじゃないか?」
「悪あがきは見苦しいだけだ。大丈夫、あんたもいずれかはわかるって」
「そういわれてもな……やはり釈然としない」
「なら、ヒントをやるよ」
「ヒント?」
 大きくうなずく。顔には相変わらず勝者の余裕がにじんでいた。それが心底腑に落ちない。
 知りたいという気持ちも、ちっぽけながら頑強なプライドも自分のなかにあったので、消え入りそうな声でさきを促した。
「ヒントは?」

「簡単なことだよ――あの人は腐っても、私の『お父さん』なんだ」
 また、表情が寂しげにゆがんでいた。



「――さて、そろそろ暇とさせてもらおうかな」
 彼女がすっと立ちあがる。それをただ目で追いかける。まるで眼鏡をかけていないときみたいに、彼女にもやがかかっているように見えた。
「もう帰るのか?」
「今さっき、そういったろ?」
 くすくすと笑う。それもそうだな。いかんせん、脳味噌にももやがかかっているみたいで意識が雲散としているのだ。僕は深い深いため息をついた。
「じゃあな」
 妹紅は顧みて、歩きだす。一方的なお別れは、来店したときと同じく僕の視線から逃げているみたいだった。
 待ってくれ――とはいわなかった。第一、彼女を止めてどうしたいとういうのか。でも自分のなかに、彼女を呼び止めたいと思う自分がいる。その意見の良否は、わからない。
「――あ、そうだ!」
 頓狂な声をあげて戻ってきた。それが嬉しいような嬉しくないような、全然はっきりとしない。
 どうやら買ったものを忘れていたらしい。勘定台のすみに置いたチョーク三箱を胸に抱える。これで本当にお別れである。僕は最後にと、相手の顔を見やった。
 彼女もこちらを見ていた。目をそらさない。僕も見返す。視線が絡まった。
「霖之助」
「なんだい?」
「最後にお願いをしていいか?」
 妹紅のほおが朱にそまる。訝しげながら返事をする。「なんだ?」
「頭を……撫でてくれないか」
 ほおの朱が濃くなる。僕は呆気にとられてしまった。
「実はさ、私、父親に頭を撫でられたことが一回だけあるんだ。だからさ……頼むよ」
 ――もしかしたら、僕が彼女を理解できる日は一生こないのかもしれない。
「いいよ」
 僕は笑ってみせた。笑うことしかできなかった。
「すまんな」
 妹紅が頭をこちらに向けて、上目づかいで僕を見る。
 そっと腕を伸ばし――途中で止める。
「どうしたんだ?」心配そうな声。
「いや、ちょっとね」
 やっぱり僕は答えなんてわからない。
 でも――素人論としてはこれが正解に思えたんだ。
 ――眼鏡をはずすといっそう似ている! いや、もはや瓜二つだ!
 眼鏡をはずし、彼女の頭を撫でる。
 視界もぼやけ、妹紅の表情がわからない。でもどうせ、視力がよかったところで彼女の本当の表情なんてわからないんだ。
 現在、外面的なものも内面的なものも、すべてのものが曖昧模糊としてぼやけた。

「……もう大丈夫だ。ありがとう」
 彼女がいった。その声に抑揚はなく、笑っているようにも怒っているようにも感じられた。
 手を頭から離す。眼鏡をかける。表情を窺おうとしたら、背を向けられてしまった。相手が扉へと歩を進める。
「妹紅」
 返事はない。そのかわり足が止まった。僕の口も止まった。
 なんで彼女を呼び止めたんだ? なにをいいたかったんだ?
 遅れながら、つづく台詞を考える。そしてようやくいえた言葉は、
「また、きてもいいよ」
 というありきたりなものだった。自分に拍子抜けしてしまう。と同時に、これでよかったんじゃないか、とも思った。
 返事はない。このまま無視かとあきらめたとき、楽しそうな笑い声が聞こえた。
「妹紅……?」
「お前は優しい奴なんだな」
 こちらは振り返らない。背中と会話している気分だった。
「でも申し訳ないんだが、その御誘いは断るよ。たぶん私がここをまた訪れることはないと思う」
「どうして?」
「これまた簡単なことだよ――」
 息を吸う音がした。

「今日みたいなことを繰り返したら、きっと私は耐えきれなくなって咽び泣いてしまう」

 透きとおった声だった。淀みも迷いもなかった。
「じゃあな」
 扉を開け放ち、外へと出る。鈴がカランカランとなった。
 真っ暗な外では、赤いもんぺはやけに目立った。夜道を帰る彼女をいつまでも見送っていたかったのだが、扉は無配慮に閉じてしまった。蓋をされたような気がした。

 僕は勘定台からふたたび手鏡を取りだした。覗く。相も変わらず僕の顔が映り込む。
 ――今日みたいなことを繰り返したら、きっと私は耐えきれなくなって咽び泣いてしまう。
 今日ゆいいつ、この言葉は理解できた。
 彼女が会いたかったのは自分の『父親』。でもここにいるのは『霖之助』。つまり、そういうことなんだと思う。
 でも、やっぱりわからないことのほうが多い。だから僕はもうわかろうとすることをやめた。まあ、その理由さえもわからないんだけどね。
 
 『霖之助』が映った手鏡――それをもつ右手には、彼女の頭を撫でたときの感触がはっきりと残っていた。
結局、死んでしまった大嫌いなやつの代わりなんて、誰にも務められないと思うのです。

書き終えてから困りました。本当はもっと明るくて、単純明快なお話にするはずだったのですが、気がついたら含みをもたせようと作品を書いていました。こいつは困ったね。
最後まで読んで下さった方々には最大限の感謝を。途中で不快に思われた方には心からお詫びを。

最後の最後に、蛇足をひとつ。
妹紅さんのお嫁はかぐや姫、かぐや姫のお嫁は妹紅さん、車持パパには悪いですがそこは譲れません。

それではお付き合いありがとうございました。
シンフー
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コメント



0.2120簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
全俺が萌えて笑って感動した


妹紅さんの表情を妄想するの余裕でしたw
3.90奇声を発する程度の能力削除
妹紅可愛いよ妹紅
5.100名前が無い程度の能力削除
序盤の挙動不振なもこたんに2828してたらいつの間にかしんみりしっとりな気持ちに
いい読後感をありがとうですよ

ただ、誤字っぽいのが
>「~会えなくなっちゃんだ。もう二度と、会えなくなっちゃんだ」
>会えなくなっちゃうだ
会えなくなっちゃうんだ、でしょうか?もし誤字でなくわざと崩しているならすみませんです
10.無評価シンフー削除
やべえです。深夜だというのに、涙が止まらねえです。
温かなコメントを読ませていただきました。皆様方、本当にありがとうございます。

そして脱字報告、感謝です。急いで修正させてもらいました。
21.90コチドリ削除
ファザコンな模糊タン可愛いよ! で終わっても何ら問題なかった。
でも、更にそこから先にある『何か』を読めた俺は幸運だ。作者様に感謝せねば。

妹紅と霖之助の会話が好き。
つまり二人の会話が大部分を占めるこの物語も好きってことですね、言うまでも無く。
地の文に散らばる叙情的な比喩表現も気に入りました。

死んだ奴は皆良い奴だ。
甘いと言われようと、そう考えられる人って尊敬するね、俺は。
30.無評価シンフー削除
コチドリ様
コメント、脱字報告ありがとうございます!
遅れながら修正させてもらいました。
33.100桜田晶削除
例え嫌いな人間でも二度と会えないからこそその思いは募る。
妹紅だからこそ説得力のある答えですね。
妹紅が父の似姿=霖之助に求めたやり取りも切ないです。
38.90名前が無い程度の能力削除
もこたんがかわいすぎる
40.90シルバー削除
ん…良かった
44.90名前が無い程度の能力削除
死別を体験した者が知る感覚だよな
もう、文句を言ってやることもできない
49.100名前が無い程度の能力削除
物悲しいけど、非常にくるものがある話だ