今日も一艘の舟が浮かんでいた。
この舟は三途の川を渡り、霊を彼岸へと誘っている。静かで荘厳な雰囲気で、霊出なくとも気が落ち込んでしまうだろう。
そのような重々しい空気が流れている中で、気品の欠片も感じれらない陽気な声が響いていた。
「さて、これで最後の運航か。今日はまた客が多かったものだ。こんな働いても、うちの閻魔様は給料を上げる気配が無い。まったく、船頭は割に合わないな」
そう嘆くのはこの舟の船頭を務める小野塚小町。独り言にしてはやけに豪勢で、乗り込む客も皆聞こえないふりをしている。
ここでの霊は言うまでも無く死者であり、これから対岸へ向かおうとしている存在だ。他人よりも自分、この先の事を案じているため耳を傾けている余裕など無い。それでも、よく響く小町の声は嫌でも耳に入ってしまうのだが。
「よしよし、全員乗ったな。うーん、最終便ともあって人は少ないな、よしよし」
なぜ最初と最後に「よしよし」と言ったのか霊達は思ったが、変わっている死神だという噂も聞いたことがあるからと、そういうものなのだと気には留めなかった。
乗客である霊は四人。一人ずつ順番にゆっくりと乗船した。
「それじゃ出るから、しっかり掴まっておけよ」
小町は櫂を岸に押しつけ、その反動で舟を川へと流す。慣れた手つきではあるがやや乱暴で、そのせいで舟が揺れて乗客の手にも力が入った。
「っと、ちょっと揺らしちゃったな、すまんすまん。まぁ長くなると思うからゆっくりしてってくれ」
そう言って小町は手にした櫂を水面に落とし、舟を漕ぎ始めた。
◆
舟の運航距離は小町の気分に影響する。
というのも、小町にとって霊との会話が仕事中の楽しみであり、満足できるまではその距離はいくらでも伸びることになる。距離を操るのは小町の能力でもある。
「いつもはあんた達から話を聞くんだが、今回はあたいが話を提供しよう。滅多に無い事だから運が良い時に来たと思ってくれてもいい。退屈するかしないか……それは話してみないと分からないがね」
小町の言う通り、霊達が持つ話題がこの舟の運賃ともいえるのだが、今回は彼女の方から提供してくれるようだ。
小町はその陽気な性格を持って、誰とでも気さくに話をする。そのためこの川を渡ろうとする霊には人気がある死神である。
船尾で櫂を巧みに操りながら、小町は饒舌に語り始めた。
「ある旅人がいたんだ。町から町への移動中だったんだが、食糧が尽きてしまって腹が減ってしまっていた。今は森の中。けもの道はあるものの、次の町まで後どのくらいかかるか皆目見当もつかない状態だった」
まるで噺家のように小町は口を回している。今まで聞こえていた水の音がかき消されるくらいだった。四人の霊はみな船首を向いていたが、小町が話を始めると後ろを振り返って耳を傾けている。
「空腹に耐えながら進んでいた旅人であったが、その道中でキノコを見つけた。腹を膨らませるには申し分ない大きさだが、その見た目は奇妙で、いかにも毒が含まれているような色をしているんだ」
小町はわざわざ手を止め、櫂を脇に挟み、ジェスチャーを加えてキノコの大きさを表した。手の形を変えながら、具体的なキノコの形態まで表現している。それをした所で話にはあまり関係なく、霊達の気を引く為の行動だった。
その効果はあったのか、霊のうち三人が手を胸部まで上げ、小町の手の動きをまねていた。
「さて、ここで一つ質問をしよう。もしあんた達がその旅人だったら、そのキノコを食べるかどうか。単純に二択で答えてくれ」
少し考えてみてくれ、とは口に出さなかったものの、その時間を設ける為に小町は黙って舟を漕ぎ出した。霊はうーんと小声で唸りながら頭を悩ませている。いきなりの心理ゲームじみた質問に少し戸惑ってしまっていた。
「直感でもいいし、考えてからでもいい。それは任せるが、あいにく考える時間はここで終わりだ。さて、それでは食べるという人は手を上げてくれ」
小町は半ば強引に思考時間を終了させ、四人に是非を問いかける。すると、三つの手が申し訳なさそうに上がった。
「ふむ。と言う事は、残り一人は食べないっていう事でいいかな」
小町は残る一人と徐に目を合わせた。その人は、首を小さく縦に動かしながらすっと手を上げた。先の三人に比べると、やや自信ありげな表情だった。
「あぁまず言っておくと、別に正解があるわけではない。ちょっと考えてもらってみただけさ。今回は三対一だったが、そんな時もある。この後にある裁判で閻魔様の判断が変わる訳でもないから安心してくれな」
少数派になった一人を擁護するように、なだめるような調子で注釈を加えた。
小町自信も話に集中してしまっていたようで、いつのまにか舟の速度は緩んでいた。依然として状況を掴めていない四人であったが、ひょうきんな船頭は事も無げに話を続けている。
「さて、ここで聞いてみよう。そこのあんた、なぜ食べるという選択をしたんだい?」
最初に手を上げた三人のうち、船尾側に座っていた人に小町は理由を聞いた。
あてられた人は、少し戸惑いながらも答えた。
「えっと……た、食べないと死んでしまうかもしれないし、次の町までどのくらいあるか分からないですよね。それなら、目の前にあるキノコを食べる方に賭けた方がいいかなっと思いまして……」
「他の二人も同じ意見?」
小町は首を少しずらしながら、残りの二人と顔を見合わせた。
その二人も小さく「あぁ」と答えた。
「ふむ。そしてあんた、何故食べないという選択を?」
質問を受ける事を見越していたのか、意見の食い違ったその人は小さく息を吸った後ではっきりと話し始めた。
「はい、やはり私はキノコを食べるという危険性はかなり高いと思います。もし毒が含まれているのならその場で死んでしまいますし」
両者の口調に差はあったものの、意見の内容から見ると綺麗に正反対に別れている。
そしてこの二つの意見は小町にとっては予想していた範疇だった。
「お互いの意見は良く分かった。ならば質問をもう一つ増やしてみよう」
川の流れが少し変わってきたようだ。しかし乗客はそれに気づいてはいないようで、今では熱心に小町の話を傾聴している。
「あたいが提示した選択肢以外に、この旅人のとる行動として思いついたものがあれば聞かせてもらいたい。必ず答える必要は無い、何かある人だけでいいからな」
四人は再び目を泳がせながら頭を抱えていた。それを眺める小町は、なにやら少し笑みを浮かべている。自分の話を聞いてくれている事が嬉しいのだろう。
その喜びに浸る余裕は無く、一人の手がすっと上がった。しっかりと腕を伸ばしたその人は、前回の質問で少数派になってしまった人だった。
「お、何か良い案でもあるかい?」
同じように小さく息を吸い口火を切った。
「良いかどうかはわからないですけど……えーっと、そこが森なら周りには少なからず動物がいますよね。その動物にキノコを食べさせて、毒があるか確認してみてはどうでしょうか。かなりご都合主義な意見ですが」
その話を聞いた瞬間、他の乗客は目を丸くして呆然としていた。そして、小町も同様の反応を示している。そして高らかに笑い声を上げた。舟が少し揺れている。
「はっはっは! 成程! それは良い案かもしれないな。周りの動物に毒味をさせる。安全なら食べればいいし、毒があったら諦める。少々強引な気もするが、あたいは良い考えだと思うぞ。あぁすまない、決して馬鹿にしているわけじゃないんだ。その意見は初めて聞いたものでつい」
いつもより口が回っているなと、小町は自分でも感じていた。お酒を飲んだ時くらいではないだろうか。
やがて冷静さを取り戻した小町は他の意見を募ったが、その後は何も意見は生まれなかった。あれだけ船頭が気に入る意見が出た後では言いづらいだろう。中には考える事を辞めたのか、ただ水面を眺めている霊もいる。
不気味な静けさと、静かな水流の音を取り戻した舟の上。
三途の川は此岸と彼岸を隔てており、時折見える賽の河原には彷徨い続ける迷いの霊魂が石を積み上げていると言われている。小町に言わせると、そのような辛気臭い場所は彼女の性には合わないらしい。
そしてその雰囲気は、舟の上でも漂っていた。
「よし、こんなものかね。今日はあたいの可笑しな話に付き合わせてしまって悪かったね。十分に楽しめたし、岸に着くまでは私も黙っている事にするよ」
苦し紛れともとれる発言だが、小町も負い目を感じている。いつもなら話題は霊からもらい、それを面白おかしく盛り上げている。しかし今回は自らが発端となったのだが、どうやら霊にはあまり興味の無いものだったようだ。
「あまり慣れない事をするものじゃないな」
舟は進む。
果たしてどのくらいの距離を進んだのか。
何処へ向かって進んでいるのか。
霊にとっては知る由も無く、只それを知るのは船頭ただ一人である。
◆
「随分と遅かったですね。今日は珍しく真面目に仕事をしていたので報酬を考えていたのですが」
「本当ですか映姫様!ありがとうございます!」
仕事を終えた小町は、その報告をするため上司である四季映姫の前にいた。
閻魔である映姫は、小町が運んだ霊達の裁判を行っている。つまり小町の仕事が滞ると、それだけ映姫の仕事終了時間も伸びるという事だ。
「何を喜んでいるのですか貴方は。私がそう思っていたのはもう過去の話です。またどうしてそういう面倒な事をしたんですか?」
「な、何の話ですか映姫様。今日のあたいは昼寝もしてないし、博打もしてない、それに河原の石を崩してもいませんよ」
「河原の件は初耳ですね。どういう事ですか?」
「ああ、いや、それは……その……」
小町はよく仕事をさぼっている。さらに悪気がほとんど無いというのが上司である映姫の悩みの種である。困った部下を持ってしまったと映姫は常日頃から思っているが、小町がそれを感じ取ってくれるはずもない。
「いいでしょう、河原の件はまた今度にします。それより、今日はまたなぜ遅くなったのですか?いつもの倍以上はかかっています。霊もだいぶ疲れていた様子でした」
「えーっと…………話が盛り上がっちゃって。いやー、あのまま霊にしておくのはもったいな」
「小町」
小町が長く言葉を詰まらせている時は、嘘を考えている時であると映姫は知っている。長い間面倒を見てきた上司は、部下の考えている事はお見通しなのである。
「言いなさい」
「……えっとですね映姫様、実は――」
正直に話せば映姫様も許してくれるかもしれないと思ったが小町だったが、それも見透かされそうだと感じ、素直に訳を話し始めた。
◆
小町の小話も終わり、舟をゆっくりと水を分けて進んでいる。
船上ではしばらく無言の空間が流れており、小町にとっては気まずい空気だった。
しかしその不穏とは裏腹に、小町にはある「楽しみ」を目論んでいた。
(さてどう転ぶか……)
此岸から舟を出してどのくらいの刻がたっただろう。上空は常に灰色の雲が浮かんでおり、陽の傾きを計算することはできない。霧も立ち込めており余計に間隔を鈍らせている。
霧がもやに変わり、視界も少しずつ広がってきた。その時、舟の進行方向にうっすらと影が現れた。しばらくして、小町はそれが岸であると気がついた。だんだんと近づき、やがて霊達にも確認できる程度にまではっきりと見えるようになった。
「さて、そろそろ着くから降りる準備をしていてくれな」
小町のその言葉に、横になっていた霊は上体を起こし、眠っていた霊は目をこすり、体が固まっていたのか伸びをする霊もいた。
「おっとその前に。申し訳ないが準備をするのは一人だけでいい。あんただけさ」
しっかしりと岸は確認できるのに、降りる準備はするなという。その唐突な指示に、霊達が困るのは当然の反応だ。
小町は一人の霊と目を合わせる。視線の先には、先刻の「旅人のキノコ談義」で、二つ目の質問に唯一答えていた人だった。周りに比べると比較的冷静ではいるようだが、やはり困惑の色は隠せないようだ。
面を食らった霊達を尻目に、小町は再び語り始めた。
「その前にまず言っておく。ここは彼岸じゃない。此岸だ。分からないようにUターンをしていたんだ。大変だったよ。ばれないように進路を変えるのは」
小町はどこか楽しげな表情を浮かべている。
「あんたには、此岸へ降りて現世へ帰る権利をあげよう。ただし条件付きだ。あんたが現世へ行く事を選択した場合、残りの霊三人は地獄へ行くこととなる」
「なっ!?」
地獄へ行くと言われた瞬間、霊達は思わず声を漏らした。困惑と迷走が入り混じる中で混乱してしまい、この死神がどういうつもりか検討もつかなかった。
「さっきの旅人の話の時。私の質問に、動物に食べさせてみると言った。仮にそれが毒キノコだったら動物は犠牲になったことになる。それを今からやってみようと思うんだ」
腑に落ちない権利を与えられた霊は、体を依然と膠着させている。周りの霊も、何が始まるのかと固唾を飲んでいた。
「つまり、あんたが此岸に足を付けた時この舟は地獄行きとなるが、逆に現世へ行く権利を破棄すればこの三人は地獄へ行く事は無い。……あぁそれともう一つ。現世に返っても人間に戻れるかどうかは保証できない。さて、どうする?」
死神からの一方的な交換条件であるため、何を言っても無駄だろう。ましてや、その死神の中でも変わった存在である小野塚小町が相手では一を言っても十が返ってくるかもしれない。
しかし不満である事は間違いなく、霊は反論をした。
「お言葉ですけど、それとこれとでは話が違うのではないですか?さっきの話は作り話ですし、他の方はまったく関係ありません」
「それは森の動物も同じだろう。動物も全く関係ない。それなのに、犠牲にしてまで自分が助かろうとした。合理的だが利己的だ。その性格が少なからずあんたにはある。このまま彼岸に送るのはもったいないくらい面白いと思ってね。こういうイベントを設けてみたんだ」
抵抗を示そうと思い切って口を開いたのだが、思った通りに十の意見が返ってきた。
「ま、待ってくれ! 俺らはまったく関係ない! もしその人が現世に行く事を選んでも、俺は全力で止めるからな!」
「そうだ!納得がいかない!」
「何を考えているんだ!」
地獄へいくかもしれない三人の霊は、怒気を露わにして言い放った。しかし小町には塵ほどに考えを変えるつもりはなく、いつのまにか取り出していた大鎌を振り上げた。
「申し訳ないが、あたいはあんた達の抵抗に負けるつもりはない。何なら、今からこの川へと落としてやってもいいんだ」
不敵な笑みを浮かべる小町。その眼光と鎌の鋭さも相まって、天秤にかけられて霊達は言葉を詰まらせる事しかできなかった。
「なに、あんたが彼岸を選択したら、地獄へ行くという可能性は無くなる。不利になる事は無いはずだ」
それを言いながら小町は腰を低くし胡坐をかいた。右脇で抱えるようにして立てられている大鎌には微かに水面が映し出されている。
「早めに決めておくれよ、でないとあたいはとある人に叱られてしまうからな」
左の手に顎を乗せ、傍若無人な態度をとっている。渦中の霊は反論する言葉は無く、巻き込まれた霊達もただ怯えた顔を浮かばせていた。
「ほんの余興さ。言っただろ? あんた達は運が良い時に来たってね」
辺りはもやから再び霧へと切り替わった。
それは理不尽な選択を迫られている霊達の心境を映し出しているのか。
それとも迷惑な興を講じる気まぐれな死神の気分を映し出しているのだろうか。
◆
小町は事情を説明した。
それを聞いた映姫は叱るような表情はせず、怒りを通り越してむしろ呆れた様子だった。
「まったく貴方という人は。よくそんな事思いつきますね」
「褒め言葉としてとっておきますよ」
会話に冗談が混じってしまうのは小町の本能と言っても過言では無く、その気質には映姫も半ば諦めている。
しかしその小町も今回ばかりは反省しているらしく謙虚にふるまおうとしていたようだが、能天気な言葉がついつい口に出てしまう。
「まったく、最近は真面目にやっていると思ったらこれですか。同じような事を何度も言っているでしょう? それとも、私の管理能力が少ないのでしょうか」
「いえいえ、そんな事は無いですよ。映姫様は優秀な上司です」
「それは何ですか、皮肉ですか?」
「い、いえ、そんな気は痛っ」
言うを遮り、映姫は持っていた悔悟棒を小町の頭に振りおろした。手加減されているとはいえ、小町の発言を止めるには十分な痛さだ。
「ところで小町、今の話にはおかしな箇所が三つ程ありますよ」
「えっ、ど、どこですか。というかお咎めは無しですか?」
「それはまた後で」
頭を抱えながら痛みを和らげている小町は。今回は何回叩かれるのかと思っていたのだが、意外にも作り話への駄目出しを受けて小町は内心驚いていた。
そんな疑問を抱いている暇も無く、映姫は指摘を始めた。
「まず一つ。旅人の作り話と、貴方の交換条件は必ずしも同じ内容ではありません」
「それはどういう事ですか?」
「二つの話の中でそれぞれ【キノコを動物に食べさせる】【現世に戻る】という選択をしたとしましょう。しかし、前者ではまだ犠牲が出るかは分からない。しかし、強者の場合はこの時点で犠牲者が出る事が決定してしまします。」
こういう論理的な事を考えるのは小町の性分ではないのだが、それでも無い頭を絞って思考を巡らせている。しかし小町には集中力も足りなかったようだ。
「それはどういう事ですか?」
「同じ質問は無しです。後は自分で考えて下さい。次に二つ目です」
小町は頭を抱えて悩みに悩み始めた。
その様子を気にかける事は無く、映姫は持論を続ける。
「貴方も分かっていると思いますけど、白黒を判断するのは私です。死神である貴方には決定権はありません。その説明が全体的に無かったでしょう? たまたま何も言われなかったようですが」
「それは確かにそうですね……あたいもまだまだでした」
二つ目は理解できたようで、小町はわざわざ筆と手帖を取り出して何やらメモをしている。
わざわざネタ帳を用意しているのだろうか、天狗ではあるまいしと映姫は思ったが、問い質してもまた面倒になりそうなので、何も見なかったふりをした。
「あのですね小町、そういう事ではないんですよ。金輪際こういう余興はしないでもらいたいのです。こちらとしても迷惑ですし」
「分かりました映姫様。今回はさすがにやりすぎたと反省しています」
「それに、人の心を弄ぶ事は死神の風上にも置けません。存在として最悪です」
「重々承知しております」
「貴方がここまで外道とは思いませんでした」
「はい、あたいはどうしようもない死神です」
いつになく殊勝な小町に、映姫はわずかに不信感を覚えた。
「それでは三つ目です」
「はい、何でしょうか映姫様」
「今回の貴方は黒です。どんなに誠実になっても減給には変わりありませんので。むしろ、その気持ち悪さでさらに罰を考えますよ」
「ちょっと! それどういう事ですか! ちゃんと謝ったじゃないですか!」
減給という二文字を聞いた瞬間に小町の態度は一変し、いつものお調子者の態度になった。素直になれば罰は免れようとしたが、無意味に終わったようだ。
「反省して下さい。貴方さっき自分で言ったでしょう?」
「うっ……」
発言をさらに逆手に取られて、小町はぐぅの音も出なくなってしまった。
◆
小町自身、今回はやりすぎたと思っていた。
昼寝だとか博打なら、映姫様以外の人に迷惑はかかっていない。
しかし今回は話が違う。関係の無い霊達を巻き込んで楽しみを得ようとしたのだから、いつもより咎められて当然だろう。今回の悪ふざけに関して、小町は真摯に受け止めた。
「だからあたいは給料上がらないんだなぁ。割に合わないのはあたいの方だったって事かな」
あの後場所を変えて説教をひとしきり受けた小町は、ある場所へと向かっていた。そこには裁判を終えた霊達が集められている。映姫に言われ、霊達に謝りに行くためだ。
しかし流石の小町にも応えたようで、映姫に言われるまでも無く行くつもりではあったようだ。
到着した小町は中へと入る。そこにいたのは、小町が最後にのせた霊達だった。
「えーっと、その……悪かった。流石のあたいも反省したよ。今日乗って来たあんた達は運が悪かったって事になってしまったな。って、これも失言だったな。すまない」
小町はその場で頭を深く下げた。その場に映姫がいたら笑われてしまうだろう。小町にとってこれまでに無いくらい謝罪の言葉を並べている。
すると、霊の一人が口を開けた。小町が目をつけていた霊である。
「いえ、最初はやはり驚きましたけど、なんだかんだで楽しかったです。成仏する前にいい思い出ができました」
するともう一人の霊も思いを告げた。
「俺も中々楽しかったよ。まぁあれはやりすぎだと思うが、これからもその調子で霊を楽しませてくれよ。俺達は船頭があんたで運が良かったさ」
他の霊も首を縦に振っており、許している様子だった。
それを見た小町は眼を逸らし、頭を掻きながら「えっと」と呟きながら言葉に困っている。
「そうだな。しんみりするのはあたいらしく無い。あんた達、元気でな」
小町はもう一度、慣れない礼をした。
「それともう一つ。キノコは焼いてから食べた方がうまいからな」
顔を上げた前には、呆れたように笑う四人の霊がいた。