Coolier - 新生・東方創想話

不老少女 シニカル☆もこたん

2011/03/25 01:56:40
最終更新
サイズ
19.03KB
ページ数
1
閲覧数
1585
評価数
15/65
POINT
3550
Rate
10.83

分類タグ


 私は何度目になるのか分からない「死」を迎えた。
 抜け殻の肉体が崩れ落ちていくのを、魂となった私は冷ややかに見ていた。
 やがて死体は激しく燃え上がり始め、その全てが燃え尽きる。
 そして蘇生が始まる。
 滑らかな肌、艶やかな髪、瑞々しい少女の裸体が新しくこの世に生れ落ちる。
 これが蓬莱の薬の効果。
 永劫不滅の魂は何度肉体が滅びても、炎を浴びて新しい肉体と共に何度でもこの世に帰ってくる。
 だが、新しく瑞々しい肉体に包まれた私の魂は古く乾いたままだった。
 ――私の魂も燃え尽きてしまえばよかったのに。

 ※※※

 流しの妖怪退治屋を自称している私は、周りの退治屋からは変人扱いされている。
 それはまだ良い方で、中には私のことを妖怪だの忍者だのと思っている奴もいるらしい。
 世を忍ぶ必要の有る私は、私なりに目立たないように常識的に振舞ってるつもりなのに、
 どうして悪目立ちするのだろうか。やはり私は古い人間なのだろうかと思わずにはいられない。
 今回私がとある妖怪退治の依頼を受けた時も、こいつ正気なのかみたいな反応をされた。
 報酬のためなら死んでもいいのかよと言っている奴もいた。
 むしろ死ぬためなら報酬を払ってもいいと思っているのだが。

 今回の依頼は辺鄙な農村に出現した妖怪の討伐依頼。
 村の近くの山に住み着いた妖怪の群れが村を襲って家畜を、
 時には人を食らい、攫って行くのだという。
 既に何回か退治屋が討伐隊を組んで討伐に行ったが、
 ある者は討伐を諦めて帰還し、ある者は帰ってこなかった。
 そういう事情があったので命知らずの退治屋でもこの依頼には二の足を踏んでいた。
 人間同士の戦いに忙しい朝廷は辺境の村に討伐軍を回すことは無いだろう。 
 その村は事実上見捨てられていた。

 ※※※

 数週の歩き旅の末に私はその村に辿り着いた。
 村はどんよりとした重い空気に覆われていて、
 死んだ目をした村人は私の姿を見ると目線を外してこそこそと去っていった。
 私はまず依頼主である村長の家に行くことにした。
 そこで契約内容の細部の確認をして私が依頼書に判をつけば契約は成立だ。

 村長は家を訪れた私が事情を説明すると怪訝な顔をして、私が依頼書を出すと驚いた顔をした。

「貴方一人でいらっしゃったのですか」
「そうだよ 群れるのは苦手でね」
「この依頼を受けてくださる気になったのは嬉しいのですが、
貴方一人ではあの妖怪の群れを相手にするのは無理です」
「そんなこと言わないでさ、とりあえず試してみればいいじゃないか。
私が上手くやれば村は救われるし、しくじれば私が死ぬから報酬は払わなくても良い。 
どっちに転んでも貴方に損は無いじゃないか」
「我々はこの村から出ては生きていけない者です。
もうこの村と運命を共にする覚悟はできています。どうか貴方だけでもお帰りください」

 埒が開かない。
 私は村長の手から依頼書をひったくると乱暴に自分の指を噛み、べたっと血判を押した。
「契約成立ということで」
 私は血を流しながら笑顔で言った。

 ※※※

 人間と妖怪の能力差は圧倒的だ。
 妖怪は長い寿命、打たれ強い肉体、強力な筋力、優れた五感を持ち、
 素早い動き、鋭い反射、様々な術の行使ができる。
 中には世の理すら簡単に覆す者もいると聞く。
 ――それでも人間の方が強い。
 人間は古来から妖怪の習性、有用な武器、有効な戦術を研究し共有し研鑽してきた。
 この蓄積は、生まれ持った暴力を振るうしか能の無い妖怪には無いものだ。
 加えて妖怪は存在価値に縛られる。
 人間を食らい脅かすことが根本的な存在価値である妖怪は、
 人間に恐れられている限りは強力な力を発揮できるが、
 恐れられなくなれば発揮できる力は小さいものとなる。
 また、妖怪が人間に恐れを抱けば妖怪はその力を大きく失う。
 存在価値を失った妖怪など脆弱で哀れなものだ。
 詰まる所、上手く戦えば私一人で妖怪の群れを相手にすることは十分に可能だ。

 村長宅を出た後、私は歩き回って情報を集めることにした。
 村人の話を聞く、襲撃現場を調べる、周囲を歩いて地形を把握する――

 妖怪退治は情報が命だ。
 相手が鬼なら豆を、狐なら煙草を猫ならマタタビを持って行き、相手の行動を十分に調べた上で
 毒を盛り、罠を仕掛け、住処を焼き討ち、待ち伏せ、奇襲を掛けるのが妖怪退治の基本だ。
 それも相手に関する情報があればこそできる話であり、
 それが無ければ正面から正々堂々と妖怪と戦うことになる。それは概ね敗北を意味する。
 その点、今回は僥倖だった。
 村人の私に対する態度は冷ややかだったが十分な話が聞けた。
 それと現場の状況を加えて、件の妖怪の正体は容易に特定できた。
 待ち伏せや罠を仕掛けるのに適当な場所も豊富に有る。

 妖怪の正体は山犬の化生だろう。
 一匹一匹は筋力も生命力もたいしたことはなく特殊な能力も持たないが、
 優れた運動能力と嗅覚を持ち、何より群れで襲ってくるので数が脅威になる。
 また、その首領格の個体は巨体を誇り強大な力を持つという。
 加えて妖怪は村人の恐怖を吸ってその力を増している。
 敵の数を削ること、華々しい戦果を上げて村人の恐怖を拭う事が課題だ。
 そのためには奇襲をかけて雑魚を殲滅するのが適当か。

 ※※※

 私は奇襲をかけるための下準備をしていた。
 村に襲撃をかけるなら山と村の間にあるこの道を確実に通るはずだ。
 まずは道に罠を仕掛ける。
 慎重に臭いを消した呪符やトラバサミの類を地中に埋めた。
 こんな物では妖怪に傷は付けられないが、一瞬でも気を逸らせればそれで良い。
 そして私が待ち伏せる。
 全身に泥を塗って臭いを誤魔化し、道の傍の藪の中に隠れてじっと妖怪が来るのを待つ。
 待つ。待つ。飲食もろくにせずにひたすら待つ。

 ……こうも暇だとつまらないことを考えてしまう。
 何故私はこんな慈善事業紛いの妖怪退治などやっているのだろうかと。
 妖怪から人々を救いたいという善意があるのは事実だ。
 が、私の犯した罪を善行を積むことで帳消しにしたいという卑しい気持ちがあるのもまた事実。
 後者の方が遥かに強い。
 命の恩人を無慈悲に殺した私の罪は消えない。
 罪を償う方法は本人に謝罪して許してもらうしかないが、その本人は私の手で殺した。
 次善の方法があるとするならば彼の遺族に私の罪を洗いざらい白状して、
 どんな罰でも甘んじて受けて許してもらうしかない。
 だが、弱い私が罪を受け止められず放浪している間に彼の遺族は皆この世を去った。
 話によれば、蓬莱の薬を破棄する役目を負った彼が帰ってこなかったので
 兵士を富士山に送った所、彼に同伴した兵士の死体だけが見つかったので、
 彼は不老不死に目が眩んで兵士を皆殺しにして逐電したものとみなされたらしい。
 そうして彼の一族は全員死罪になった。
 馬鹿な昔の私は永遠の命があるならいつか罪を償うこともできるものだと思っていたが、
 もはや罪を償う手段を永遠に失った。
 今の私は、断罪してくる内なる私から逃れるために善行を積んで誤魔化しているだけだ。
 私を蝕む自己への憎悪を妖怪にぶつけて痛みを肩代わりさせているだけだ。
 こんな気持ちで行われる善行は善行でありはしない。
 これでは神仏も私を救ってはくれないだろう。
 大妖怪ならば秘術で私をこの世から消してくれるかもしれないという淡い望みもあった。
 が、今まで戦った誰も私を救ってはくれなかった。
 いっそ思うがままに悪事の限りを尽くして生きられればいいのにそれもできない。
 人を殺してまで生を望んだ私はいつしか切実に死を望むようになっていた。

 ※※※

 下らない思考の堂々巡りを何百回も繰り返したところで仕掛けた呪符が妖怪の接近を感知した。
 数は十……二十……三十弱という所か。
 殺し合いの時間だ。体中の血が滾り、思考が澄んでいくのをのを私は感じた。
 結局の所、これを求めているのかもしれない。殺し合っている間は余計なことを考えずに済む。

 現れた集団は見た目こそ山犬と大差ないが、
 放たれる妖気は間違いなく妖怪であることを示していた。
 妖怪共は目論見通り私の仕掛けた罠に掛かってくれた。
 発動した呪符が轟音を響かせ、閃光を発し、強烈な臭いを出す。
 なまじ優秀な感覚を持つばかりに奴等は一時的に感覚を完全に潰された。
 すぐに立ち直るだろうがこれは致命的な隙だった。
 私は藪の中から飛び出しながら服に貼り付けてあった呪符を剥がすと、
 呪力を込めて口訣を唱え、威力だけは優秀な火炎の術を放つ。
 無駄に巨大な火の玉が自らの威勢を誇示しながら奴等の群れに突き進み、飛び散る。
 奴等の半数が、通常なら余裕で避けられるであろう術の直撃を受けて消し炭と化した。
 運良く直撃を免れた半数は、立ち直った者から順に襲い掛かってきた。

 最初の一匹は人間如きがと目に激怒を浮かべながら私との距離を爆発的に詰めてくる。
 その俊敏な動作を私はまともに肉眼で捉えることができないが、
 視線の位置、放たれる殺気、四肢の収縮等で私のどこをいつ攻撃してくるのかは大体分かった。
 私を間合いに捉えた妖怪が飛びかかると同時に、私はその未来位置に懐から短刀をスッと出した。
 一瞬の後、重い手応えと共に短刀は奴の額に吸い込まれる。
 自分から刃物に刺さりに来るとは。お前も自殺志願者か。

 次の一匹はやや慎重だった。
 私の隙を伺いながらじりじりと距離を詰めてくる。
 私がわざと左に隙を作ってやると大喜びでそっちへ向かう。
 そして、そこに仕掛けておいたトラバサミを踏む。
 動きが止まったところで私は術を撃ち込んで奴を焦げカスにしてやった。
 その馬鹿さ加減に苛立ちすら覚えた。

 次の一匹はいつの間に回りこんだのか、背後から奇襲をかけてきた。
 私はとっさに牙を左腕で受け止めて致命傷を避けると、
 使い物にならなくなった左腕ごと奴を灰にした。
 最後の食事である私の腕は美味かったのだろうか。

 そうして私が哀れな妖怪共を次々と血祭りに上げていると、
 生き残った奴等は一度集合すると散開して四方から襲い掛かってきた。
 こうなってしまえば戦力差は明確だ。
 間合いまで寄られてしまえば四方から襲い掛かってくる敵を防ぐことなど不可能。
 これだけ敵の数が多ければ間合いに寄られる前に全滅させることも不可能だ。
 そもそも、高速で動く敵を狙って術を放っても滅多に当たらない。
 ――敵を狙っても当たらないならばどうすれば良いのか?
 などと考えている間に私の間合いは侵され、
 私の全身は散々に牙で噛み裂かれ爪で引き裂かれた。

 ――答えは簡単だった。私を狙って撃てば良い。
 妖怪が私の体に噛み付いた所で、私は私を狙って最大威力の術を放つ。
 過たず私に着弾した術は私を燃やし尽くし、そのついでに周囲の妖怪共を燃やし尽くし、
 後には黒い塊しか残らなかった。

 蘇生した私は延焼した火の始末をし、続いて死体の検分を始める。死体の検分には骨が折れた。
 私の術の直撃を受けた死体は原型を留めていなかったし、
 蘇生時の炎に巻き込まれた死体は完全に焼失して一片たりとも痕跡が残っていなかった。
 何より殺し合いが終わった後の虚脱感は酷い。
 普段私の中で荒れ狂う衝動を吐き出した後の私の中には殆ど何も残っていなかった。
 比較的損壊の少ない死体を何とか見繕って首を短刀で切り取る。
 この中に首領格の個体はいなかったようだ。

 首級を手土産に村に凱旋した私は英雄だった。
 今まで退治屋がまともな戦果を挙げられなかった相手を一人で何匹も屠った。
 しかも蘇生したばかりの私は無傷だ。偉業を無傷で苦も無く成し遂げたことになる。
 村人の目には生気が戻り、子供の目には私に対する憧憬があった。
 私は退治の様子を嘘で塗り固めて語った。本当の退治の様子など言えるはずが無い。
 村人を勇気付けるために私の力の強大さを、私の意志の高潔さを強調する。
 邪悪な妖怪は残りあと僅かだ。正義の味方の私がいればもう大丈夫だ、と。
 村人は素直に感動していて、少しくすぐったさを覚えたが、その度に胸が痛んだ。


 ※※※

 私は宿屋でぼけーっと味噌汁を啜っていた。
 私は村や町に滞在しているときも基本的に野宿しているのだが、
 村の英雄にそんなことはさせられないと半ば強制的に宿屋に押し込まれた。
 せめて宿代を払わせてくれと私は懇願したが却下された。
 私は久しぶりに屋根も有るし害虫も出てこない空間に住み、
 美味い料理を口にし、温かい湯に浸かり、清潔な寝具で寝ていた。
 のみならず暇を持て余した私はよせばいいのに子供達に読み書きや算術を教えていた。
 今では妖怪退治屋というよりは寺子屋の教師と自称した方が合ってるのかもしれない。
 私の元には私の武勇伝を聞きたがる村人が集まり、
 その武勇伝には尾鰭が付いて私の英雄像を作り上げていく。
 村の子供は皆私のような人間になりたがってるらしい。やめてくれ。
 
 私は村の一員となっていた。
 それは紛れも無い幸福な暮らしなのだが、どこか居心地の悪さを感じていた。
 あの後、妖怪の襲撃は無い。
 何度か待ち伏せてみたが来る気配が全く無い。仕方無いから私はここで呆けた日々を送っている。
 少々派手に戦果を上げすぎたのかもしれない。相手は私を警戒して山に篭って出てこない。
 このままさっさとどこかへ去ってくれれば良いのだが、
 絶好の狩場であるこの村を簡単には諦めないだろう。きっと私が去ればまた襲ってくる。
 ならば私がずっとこの村に住んで村人を守り続けるのか?
 この村に定住したいといえば村人は私を受け入れてくれるだろう。
 村の英雄などという重荷はさっさと捨てて、農地を分けてもらって、
 皆と一緒に鍬を振るおう、家畜を育てよう、子供に学問を教えよう、皆と一緒に笑って泣こう。
 無意味な私の人生にも少しは意味が出てくるし、そうすれば……。
 
 ――そんなことできるわけが無かった。
 私は不老不死だ。数年ならまだ誤魔化せるが、十年も経てばもう誤魔化せなくなる。
 そんな人間を受け入れられる者などいない。
 出て行けとは言われないだろうが、私と村人との間に埋めようの無い溝ができていくのは明白だ。
 ……私は幸せになることは無いし、その資格も無い人間だ。
 そんな人間と一緒にいては皆不幸になる。
 不幸な人間が増える前に、この依頼は早く片付けて他所に行くことにしよう。
 私は手早く食事を終えてしまうと荷物を纏めだした。

 ※※※

 私は妖怪の本拠地の山に踏み入った。
 本来なら、それはとんでもない愚策だ。
 人間は小細工をして初めて妖怪と戦える。
 が、妖怪の本拠地に踏み込むということは妖怪だけが小細工を使える状況ということだ。
 それは武器を持った大人に子供が素手で挑むに等しかった。
 そして案の定、瘴気を纏う霧が立ち込めてきた。
 瘴気は人間に害を為し、妖怪の力を高める。
 私は激しく咳き込み、顔を上げると――。
 妖怪に包囲されていた。
  
 

 死ぬわけにはいかなかった。
 策も何も無い状況で必死に戦う。
 妖怪は村人からの恐怖が無くなったことで動きは鈍くなっていたが、
 瘴気によって再生力は高くなっていた。
 喉笛を切り裂いても、心臓を突いても、首の骨を折っても、術で大火傷を負わせても
 死体を完全に焼却しない限りいくらでも立ち上がってきた。
 私は知り得る限りの武術と呪術を使い、力の限り短刀を振るい術を使う。
 過剰な筋力の行使で筋肉が悲鳴を上げ、過剰な呪力の行使で脳が悲鳴を上げた。
 私は苦悶とも悲鳴とも怒号ともつかない、人間のものではない声を上げながら戦う。
 血臭と肉の焼ける悪臭が混じりあい、化け物の声と肉体が壊れる音が響くそこは地獄だった。

 ※※※

 ふと気が付くと立っている者は私だけになっていた。
 自分の血と妖怪の返り血とそれ以外の様々な液体が付着した髪が気持ち悪い。
 それに触ろうとして、もう右腕が無いことに気付いた。他にも色々と体の部位が足りない。
 そこに地響きを立てて丸太が振ってきた。
 
 その丸太はよく見ると獣の足のような形をしていた。
 見上げれば冗談みたいな大きさの山犬の頭が血走った目で私を見下ろしていた。
 こいつが間違いなく妖怪の親玉だろう。
 妖怪は私を叩き潰さんと右足をゆっくり振りかぶる。
 私はもうとっくに限界を超えた力をさらに振り絞って術を放つ。 
 妖怪は馬鹿にした目で私を見て、避ける素振りすら見せない。
 私の術は右足に着弾しその大半を消し炭にしたが、
 次の瞬間には骨が生え、肉が盛り上がり、皮が張り変わっていた。
 妖怪は右足を振り下ろす。
 私は避けようとするが、足がもつれて転ぶ。足の腱が切れていた。
 妖怪の右足は私の背中に強烈に叩きつけられ、私は背中からくの字に折れて真っ二つになった。

 ※※※

 村人は悲嘆に暮れていた。
 村の英雄のあまりにも無惨な姿での帰還。
 そして恐怖と絶望に包まれていた。
 雲突く様な巨大な妖怪が英雄の死骸を運んできて投げ捨てたからだ。
 誰もが死を実感し、恐怖で動けなかった。
 そして眷族を皆殺しにされて怒りに燃える妖怪は村人を生かしておく気は無かった。
 以前そうしたように右足を振りかぶり――。
 突如として現れた巨大な火柱が天地を貫き、、
 妖怪は以前そうされたように右足を消し炭にされた。

 火柱を放ったのは他でもない彼女だった。
 無惨な死体はいつの間にか消え去り、
 そこには白い布に裸身を包んだ、銀髪に赤い目の少女が精悍な表情で妖怪を睨み付けていた
 手には髪飾りにして巻いていた呪符を握っている。
 彼女以外の誰もが何が起こったのか分からなかった。

 ※※※

 ここまでは妹紅の予定通りだった。
 相手が山に篭っている以上、山で戦うか、どうにかして山から引き摺り出すしかない。
 山で戦えばまず勝てない。相手に有利な状況で妖怪を討ち滅ぼすのは難しい。
 不死の妹紅は厳密に言えば負けることは無いのだが、
 いくら殺してもキリが無いとバレてしまえば相手は逃げてしまう。そうなれば計画は御破算だ。
 
 詰まる所、山から引き摺り出す以外に方法は無い。
 そのためには村に妹紅がもう居ないことを知らせる必要があり、
 親玉が山から出るだけの動機を与える必要が有り、
 敵の親玉を討ち滅ぼすにあたり邪魔な雑魚を殲滅しておく必要があった。
 1回も死なずに親玉の眷属を殲滅した後に親玉に殺され、
 親玉を村まで誘導するが計画の概要。死体は村に晒されるだろうからそこで蘇生して討ち滅ぼす。
 村まで引きずり出せば事前に仕掛けておいた罠が使えるし、勝ち目もかなり出てくる。
 もう一つの狙いもあった。
 そしてこれからが大詰め。

 ※※※

 生きていた妹紅を見て妖怪は混乱したが、すぐに戦意を取り戻して攻撃を始めた。
 消し炭になった右足は既に生え変わっていた。
 妖怪と妹紅の戦力差は圧倒的だ。
 妹紅の術では巨大な妖怪に致命的な損傷を与えられず、与えた損傷もすぐに回復されてしまう。
 逆に妖怪の一撃はかすっただけでも妹紅にとっては致命的だ。

 妖怪が妹紅を踏み潰す。
 臓物を撒き散らした妹紅の死体は燃え上がり始め、炎に巻き込まれた妖怪の足は焼失する。
 妖怪の鋭い爪の一撃が妹紅の首を刎ねる。
 妹紅の死体は二箇所で燃え上がり始め、蘇った妹紅は何事も無かったかのように戦いを続ける。
 妖怪の一撃を避けた妹紅が真空波でズタズタになる。
 血反吐を吐いて妹紅は虫の息となる。妹紅は死を迎えるのを待ちきれず、自害して即座に蘇る。
 妖怪が猛毒の息を吐く。
 妹紅は首を切って血と共に毒を抜く。しばらく戦った後失血死してまた蘇る。
 妖怪が妹紅を殺す。妹紅が蘇る。妖怪が妹紅を殺す。妹紅が蘇る。
 妖怪が妹紅を殺す。妹紅が蘇る。妖怪が妹紅を殺す。妹紅が蘇る。
 妖怪が妹紅を殺す。妹紅が蘇る。妖怪が妹紅を殺す。妹紅が蘇る。

 ※※※

 既にそれは戦いとは言えない。処刑だった。小柄な少女が巨大な妖怪を圧倒し痛めつける。
 妖怪は、死を恐れないどころか死を利用して何度でも立ち上がってくる妹紅に恐怖を覚えていた。
 ――こいつは自分なんぞは比較にもならない本当の化け物だ。
 こいつにはどんな理屈も通用しない。逃げなければ死んでしまう、と。
 その恐怖は妖怪から急速に力を奪っていき、強大な筋力も強靭な生命力も奪っていった。
 妖怪は機を見て妹紅の足を傷付けると一目散に逃げだした。
 妹紅は足が使い物にならないと見るや即座に自害し、その後を追った。

 ※※※

 妖怪は村外れに私が仕掛けておいた結界に囚われていた。
 並の妖怪なら容易に破れるような結界に囚われて無様にもがいている。
 私を見るとその瞳は恐怖に歪んだ。この化け物めと訴えてくる。

 そうだ。私は化物だ。人間でも妖怪でもない化物だ。
 生きる糧にするために殺すのではない、身を守るために殺すのでもない、
 憎いから殺すのでもない。単に自分の享楽のために人間も妖怪も殺す鬼畜生だ。

 私は何発も何発も術を妖怪に叩きつける。死体になっても叩きつける。
 私は妖怪というものを憎んでいない。私を傷付けた残虐な人食いの妖怪でも憎悪などしていない。
 今妖怪の死体を執拗に焼き尽くしているのも、単なる八つ当たりだ。
 妖怪の死体は燃え尽きて後には何も残らない。ただ虚しさだけが残った。

 ※※※

 顛末の報告をするために村に戻る。
 私を見る村人の顔は皆強張っている。言葉にしなくても雄弁に物語っていた。化け物だ、と。
 敵の攻撃で血を肉片を臓物を撒き散らし、時には自害しながらも
 何度でも蘇って戦い続ける人間を見たらそう反応するのが正常だろう。
 そう、それで良い。私は村の英雄なんかじゃない。

「そうさ! 私は化け物だ! 人間の振りをして村に潜り込み、
みんな化け物にしてやるつもりだったのだ!
まずは妖怪を退治して信用を勝ち取るつもりだったのだ!
せっかく妖怪共は皆殺しにしたというのに、正体がばれてしまって!
嗚呼、残念だ! 口惜しい!」

 そう叫んで私は逃げるように村を走り去っていく。
 振り向くことはできなかった。

 ※※※

 結局の所落ち着くところに落ち着いたと言うべきなのだろう。
 村は救われたし、私は色々なものを吐き出して少しすっきりした。
 それ以上を望むのは贅沢というものだろう。私を受け入れてくれる場所など、無いものねだりだ。

 ふと、あの女の名前が浮かぶ。輝夜。私の父を誑かし、辱めた女だ。
 私の最愛の父を侮辱したのは許せないし、あの女がいなければ私はこんな目に会わなくて済んだ。
 逆恨みと自覚しつつもあの女だけは本気で憎い。
 あの女のことを考えると体が熱くなる。
 もしあの女と相見えることができ、
 あの女への憎悪で全身を滾らせてそれをぶつけることができるのならば、
 あるいは私は救われるのかもしれない。生の喜びを得ることができるのかもしれない。
 だがそれも儚い希望だ。
 方々訪ねて回ったが、あの女の消息はようとして知れない。月に帰ってしまったとも聞く。

 今日も明日も、永遠に私はただ生き続ける。
奇跡とか魔法とかよく分からないんですけど、
ポップなタイトルで視聴者を釣って
少女がろくでもない目に合う話を見せるのが最近のトレンドと聞いて、
矢も盾もたまらず初めてSSとか書いてみました。
何人もキャラを書き分ける技量は無いので、
何回死んでも大丈夫なもこたんには頑張ってもらいました。
SSにも創想話にも不慣れなので色々指摘してもらえると励みになります。
根古間りさ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.2230簡易評価
1.無評価名前が無い程度の能力削除
正直、後書きがなければかなり良かった。残念
7.80名前が無い程度の能力削除
作者名をどこかで見た事があるような……まあいいか。ニャー

色々感想はありますけど、一つだけ。
もこたん、真っ裸だと風邪引くよー
12.60名前が無い程度の能力削除
遠慮せずもっとがちがちのハードボイルドにしてくれてたら、尚、好みだったぜ
14.100名前が無い程度の能力削除
ダメなトレンドに便乗しないでwww
しかしなんとも生き汚いというか、死にたがりなもこたん。 荒みきって濁った目をしてるんでしょうな。
16.70奇声を発する程度の能力削除
この妹紅カッコイイ
17.100名前が無い程度の能力削除
終始ハードな展開で素敵。
幻想郷まではあと何百年でしょうか
18.70名前が無い程度の能力削除
後書きが無ければ100点でした。
19.90名前が無い程度の能力削除
うーん、良いですねぇ
妹紅の心情がわかる文章でした

タイトルが狙いすぎだったんで見る前からわかりましたが…w
22.90コチドリ削除
初投稿おめでとうございます。
しかも処女作? こいつはたまげた。

幸運にも私は今まで死を望む心境に至ったことはありません。故に死が堪らなく恐ろしい。
この作品の妹紅のように、命に対する価値観が大きく異なる者も又、まぎれもなく恐怖の対象です。

なので、彼女にはさっさと己に匹敵するヘンテコな存在が跋扈する世界に御退場願いたい。
そこに隠れ住まう同質の存在によって渇きを癒し、
自他共に認める真の寺子屋教師によって潤いを与えられればいいのさ。ザマミロ!
28.100名前が無い程度の能力削除
個人的に、こういうのはとても好みです
31.100名前が無い程度の能力削除
最後の台詞があれか……

もこたんは化け物なんかじゃない、僕の嫁だ!
37.100名前が無い程度の能力削除
引き込まれました。とても面白かったです。
42.100愚迂多良童子削除
このあと慧音と出会って、自分がひとりでないことを知った妹紅が
「もうなにも怖くない」ってなるんですね。
47.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
54.100名前が無い程度の能力削除
いいね、ハードボイルドだ
60.60名前が無い程度の能力削除
面白かったけど後一歩足りないと言うか
妹紅が去った後の村の描写が数行でもあればなあ