「お姉ちゃん、新しいペット飼いたい!」
我が妹、古明地こいしがそう言葉にしたのは、外出から帰ってきて早々のことだった。
何かと放浪癖のある妹のその言葉から察するに、地上でまた物珍しい生き物でも見つけてきたのだろう。
私の第三の目をもってしても心の読めないこいしだけれど、その表情は嬉しそうでなんだか微笑ましかった。
私の部屋にノックもなしに入り込むのもいつものこと。それでも、今は彼女のその積極的な姿勢を好ましく思う。
だって、こいしはその心を閉ざしてしまったから。
私たち覚妖怪の持つ第三の目を閉ざしてしまい、彼女は無意識の内に閉じこもってしまった。
何をしたいのか、何を考えているのか、心を読む私ですらわからない。
だから、こうやっていろんなことに興味を持つことは喜ばしいことだ。
些細なことではあるが、こういったことがいつか彼女が自身と向き合う手助けになるだろうから。
今まで楽しんでいた紅茶をテーブルに置き、にっこりと笑みを浮かべて彼女に話しかける。
「ふふ、嬉しそうねこいし。それで、あなたの見つけた子がどんな子なのか、私に会わせてくれないかしら?」
「うん! お燐、おくう、連れてきてー!!」
私の言葉に応えるは楽しそうな妹の声。
彼女の言葉を聞くに、既にお燐やおくうはこいしの連れてきたペットに会ったのだろう。
ただ気になるのは、部屋の外の二人の反応である。
おくうは新しい仲間が増えて嬉しそうなのだが、お燐の方は極度に怯えているらしい。
昔ならともかく、無意識の中で生活しているこいしだ。一体どんな子を連れてきたのやら。
虎か、獅子か、あるいは龍でも連れてきたのかもしれないと、そんな馬鹿なことを考えてクスクスと苦笑する。
そうして、ゆっくりと扉が開いているのを眺めていると。
ズドォォォンッと、盛大な轟音を立ててドアごと壁が粉砕された。
「はい?」
そんな間の抜けた声を上げた私を、はたして誰が責められようか。
想像の外をぶち抜いた展開に、ただただ呆然と目の前の光景を眺めるのみ。
隣にいるこいしがニコニコしているのも、部屋の外にいるらしいお燐が卒倒したらしいのも、今は気にすることも出来ない。
ズシン、ズシン、と地鳴りのような足音が近づいてくる。
そうして、粉砕された壁から現われた巨体が、私の眼前に晒された。
その体は暗緑色の鱗に覆われ、強靭な四肢は前足が極端に短く、何よりも特徴的なそのしゃくれ気味の顎は、乱雑に突き破った牙が生えて禍々しい。
つまり、何が言いたいのかと言うと――。
「紹介するね、お姉ちゃん。恐暴竜のジョーさん」
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
どーみてもモンスターでハントな世界の住人です本当にありがとうございました。
ギリギリと軋んだ音を鳴らしてこいしに視線を向ければ、彼女は変わらずニコニコ笑顔で可愛らしい。
普段なら抱きしめていたところだけれど、あんまりにもアレな事態に私の顔は引きつっていたことだろう。
「ねぇ、飼っていい?」
「『狩っていい?』の間違いじゃなくて?」
私の言葉に目を瞬かせ、きょとんと首をかしげるこいし。
どうやら本気で、掛け値なしに、マジであのジョーさんとやらを飼うつもりらしい。
さっき冗談で龍でもつれてきたかなんて思ったけど、何も本当につれてくることないじゃない。龍じゃなくて竜だけど。
って、いやいやいや、これおかしい。絶対おかしい。明らかに登場する場所間違えてるんですけど、あのでっかいの。
「……どこで拾ってきたの?」
「無意識のうちに拾ってた」
ちくしょう便利ですね無意識。汚いですさすが無意識汚い!!
などと現実逃避していても仕方がない。幸いにも、あのジョーさんとやらに敵意がないのは救いだったか。
それでも、私やこいしをあっさりと丸呑みできそうなほどの巨体と、ぐちゃぐちゃの細切れに出来るだろう凶悪な顎。
「こいし、少しじゃれつかれただけで頭からバックリいかれそうなのだけど?」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。頭からバックンされるのは最近の魔法少女とかでトレンドなんだって!」
「どんなトレンド!? あとどの辺が大丈夫なのそれ!? ていうか誰から聞いたのそんな情報!!?」
「フランの家の小悪魔さん」
ま・た・小・悪・魔・かッ!!?
人の家の妹を魔法少女にした挙句、いらん情報をしこたま吹き込んで!!?
今度会ったら絶対に文句言ってやります。えぇ、後悔するほどに言葉攻めにしてあげましょう!
……なんでかしら、かえって喜ばせる未来しか見えて来ないのは。
それはともかく、である。問題は目の前の巨大な竜だ。
軽くじゃれつかれただけで危険な目の前の生物を飼う許可なんて、本当なら出すべきではないのかもしれないのだが……。
「……だめ?」
「GYA?」
「うっ」
こんな風に、目を潤ませて懇願されるとどうにも断りきれない自分がいるのだ。
我ながら、妹には甘いという事を自覚する。だがそれ以上に、こいしの後ろで同じように目を潤ませて首をかしげるジョーさんとやらが恐ろしかった。
怖ぇですよ、夢に見ますよコンチクショウ!
「……好きにしなさい」
「やったー!!」
嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねるこいしは非常に可愛らしいのだけど、本当にこれでよかったのだろうかと素直に喜べないこの不思議。
「それじゃ、ジョーさんの部屋見繕ってくるね!」
そんなことをのたまって竜の背に乗るこいし。
その様はなんと表現すればいいのやら、まるでメンチを切るヤクザがガラガラ持った赤ん坊を背負っているかのごときアンバランスさ。
シュールである。果てしなくシュールなことこの上ない。
そんな複雑な心内の私のことなど知るよしもなく、こいしと竜は再び私の部屋の壁を粉砕して外に飛び出していった。
部屋に開いた二つの大きな穴が、まるで私の心を表しているようだ。などと現実逃避してみても虚しいだけだった、ふぁっきん。
とにかく、部屋をこのままにしておくわけにもいかないわけで。
「お燐、おくう」
小さくため息をつき、部屋の外で控えていた二人に声をかける。
このままでは、しばらく私の部屋は使い物にならないだろうし、二人に頼んで他のペット達と一緒に修理を頼もう。
そう思い、部屋に入ってきた二人に視線を向けたわけなのだけれど。
「……なんでアゴしゃくってるの二人とも?」
「いや、同類っぽく見えれば食われないと思いまして」
「お燐がしてたからなんとなく」
お燐、恐怖のあまりに走った奇行なのはわかりますが、それはたから見たらおちょくってるようにしか見えませんから。逆効果だから。
まるで高○名人のごとくアゴをしゃくった二人を見やり、呆れたようにため息を一つ。
なんにしても、これから大変なのは間違いあるまいと、そんなことを考えながらすっかり冷めてしまった紅茶を口に含む私だった。
▼
それからと言うもの、地霊殿は波乱万丈な生活の連続だった。
ある日の朝、ジョーさんに顔を嘗め回されて目を覚ましたり。
ある日、無断進入した魔理沙がジョーさんに追いかけられたり。
ある日、お燐がジョーさんにパクンと丸呑みされたり。
ある日、無断進入した霊夢が追いかけてきたジョーさんを拳でノックアウトしたり。
ある日、お燐がジョーさんにペロンと丸呑みにされたり。
ある日、こいしがジョーさんの背に乗って人里に買い物に行ったり。
ある日、お燐がなんやかんやでジョーさんに丸呑みにされたり。
ご覧の通り、最近はすっかりと地霊殿に馴染んだ竜は、こいしのペットとして日々を満喫していた。
……あれ、よくよく考えたら馴染んでないですよねコレ?
まぁ、多少のトラブルはあるが、地霊殿は思った以上に平和である。
いつの間にか『ティガさん』とか『レウスさん』とか『アカムさん』とか『ナルガさん』とか増えてたけど。
……我が妹はいつの間に『魔物使い』にジョブチェンジしたのだろうか。お姉ちゃんはこいしの将来が果てしなく不安です。
「さとり様、いつから地霊殿はモ○ハ○動物園になったんですか?」
「お燐、今日の紅茶は美味しいですね」
「さとり様ー、無視しないでくださいってば」
なんですかお燐、少しぐらい現実逃……紅茶を堪能してたっていいじゃないですか。
最近は私の唯一の楽しみなんですよ? 何も考えなくていいから気が楽ですし。
「さとり様、それ要するに現実逃避ですよね?」
「お燐、あなたいつの間に覚妖怪の能力を!?」
「全部さとり様の口から駄々漏れでした」
マジですか。私としたことが、油断していました。
修繕された私の部屋で、テーブルの向かい側に座るお燐は疲れたようにため息を一つ。
なんだかんだで面倒を見るお燐は、あの竜に懐かれているようなのですが、本人はそう思っていない様子。
まぁ、無理もありませんけど。
「さとり様、こいし様のペット何とかしてくださいよ。主に私を丸呑みにするの」
「懐かれてるだけですよ」
「それ頭に食料的にとかついてませんか?」
静かに首を横に振って否定するのだけれど、お燐は納得が言っていない様子で気難しげな表情を見せる。
心が読めてコミュニケーションが取れる私はともかく、それが出来ないお燐は竜の感情がわからずにいるのだろう。
まぁ確かに、あの行動で懐かれていると感じないのも無理ない話なのだが。
「おくうはどうしてますか?」
「すっかり友達感覚です。たまにあの竜と一緒に昼寝してます」
……さすがおくうと言うべきなのか、根が純粋で単純な彼女らしい。
あの子は一度打ち解けると誰とでも仲良くなれるのだが、それはおくうらしい美点だと思う。
こいしもあの竜とは非常に仲がいいし、ああやって心許せる存在が増えるのはあの子にとってもプラスのはずだ。
我ながら、こいしやおくうに対しては甘すぎるのかもしれない。
「そうですか、それは良かった」
「さとり様、私がよくありません」
「平和ですね、今日も地霊殿は」
「私が平和じゃありません」
盛大なため息を一つつき、お燐は机に突っ伏してしまう。
いつもいつも彼女には苦労をかけていますし、たまには休暇を出すのもいいかもしれません。
それに、あの竜にしつけをすることも必要かもしれませんね。そろそろお燐が不憫になってきましたし。
さて、そんなわけでお燐に一言断りを入れて部屋を出ると、すっかり我が家の一員になってしまった竜の元へ足を向ける。
基本的にあの竜のことはこいしに丸投げしていたのですが、そろそろ家主として一言きつく言うべきかもしれません。
向かう足はこいしの集めたペットの部屋へ。あの巨大な体躯の竜たちが不自由なく生活できる部屋があったとは驚きだが、あるものはあるのだから仕方がない。
そこでふと、問題の竜たちのいる部屋を知らないという事に気がつき、その場で足を止めてしまう。
しまった。ここに来て、こいしに全てを丸投げにしていたことが仇になってしまったようである。
延々と続く廊下で一人、どこに行けばいいのかと途方にくれていると、ドスンドスンという馴染みになった地鳴りが近づいてきた。
どうやら、トラブルは向こうからやってきてくれたらしい。それも超速度で。
「アハハハハハハハハハ!! お燐の猫車よりもはやーいっ!!」
そして件の竜(トラブル)の背には、我が妹が多くの青少年のトラウマをぶち抜く台詞を口走って楽しそう。
ドスンドスンと走っていた竜は私に気がついたようで、ギャリギャリギャリと廊下を削るようにブレーキをかけて立ち止まった。
あぁ、またお燐たちに頼んで修理してもらわないといけませんねーなどとちょっぴり現実逃避。
……いけない、早くも心が圧し折れそうだわ。
「あ、お姉ちゃん。こんなところでどうしたの?」
「え、えぇ。ちょっとこの子にお話があってきたのよ」
「ジョーさんに?」
きょとんと首をかしげるこいしと、同じように首をかしげる竜。
なんですかその双子も驚くシンクロ率。羨ましいじゃないですか……って、そうじゃなくて。
「えぇ。体の体温を保つために、食事が多く必要なのはわかります。食いしん坊なのもまぁ、仕方ありません。
ですが、同胞のペットまで食べようとするのは看過できません。それがたとえ、じゃれついているだけだとしてもです」
「あちゃー、やっぱりそっかぁ。お燐怒ってた?」
「怒ってはいませんが、相当まいっていましたよ。こいし、あなたが拾ってきたのですから、ちゃんと駄目なことは駄目だと教えてあげてください」
ため息を一つついてそう諭せば、こいしは「はーい」といってしゅんと項垂れた。
私の言葉は理解しているようで、竜のほうもしゅんと項垂れて反省しているらしい。
うん、何この光景。すっごいシュールなんですが。
「わかればいいのです。むやみやたらと噛み付かせてはいけませんよ」
「はーい。ごめんね、お姉ちゃん」
「私に謝るよりもお燐に謝ってあげなさい。よろしいですね」
「うん!」
元気一杯に返事をして、こいしは件の竜に言葉をかける。
にこやかな笑顔で、私が見惚れてしまいそうな、そんな笑顔で。
「はい、ジョーさんもわかったかな?」
「GYA!」
件の竜に同意を求め、そして竜は元気よく返事したかと思うと私を頭からそのデカイ口でパックンチョするのだった。
▼
「ちっともわかってないですよねぇ!!? ……って、あら?」
悲鳴にも似た声を上げて飛び起きれば、そこはいつもの見慣れた私の部屋だった。
ベッドの隣に視線を向ければ、こいしが安らかな寝顔を浮かべてすやすやと眠っている。
どうやら、夢を見ていたらしい。
我ながら素っ頓狂な夢を見るものだと苦笑して、眠る彼女の頭をそっと撫でてやる。
彼女を抱きしめるように布団に入り込み、私は静かに瞳を閉じた。
もうしばらくは、こうして妹の体温を感じていたい。そう思ってしまうのは……わがままだろうか?
大事な妹だから。大事な家族だから。だからこそ、……今はこうやって、抱きしめていたい。
そう、決して視界の隅に暗緑色のでっかい生き物が見えるような気がするとか、壁に大穴があいたあとの修復の痕跡が見られるとか、体中がやたらベトベトするとか。
その他諸々の現実から逃げてるわけではないのです。私には妹意外何も見えません聞こえません知りません現実逃避させてくださいお願いします。
「ふ、ふふふ、今回の夢は長いですねー。しぶといなー夢の奴こんちくしょー。うふ、ふふ、うふふふふふふふふふー……」
「ん、……おねえちゃぁん」
「なんですかーこいしー、私はここですよー。お姉ちゃんはここですよー?」
虚ろな声がこいしの声に応えて虚しく紡がれる。
現実は、かくも厳しいものだったのか、私はまだまだ認識が足りなかったらしい。
そうして、私は目を閉じる。現実から目を背け、夢の中へルパンダイブして深く深く眠りにつくのであった。
▼
後日、じゃれついて甘噛みしようとする竜の上顎と下顎を、己の拳と足で支える古明地さとりの姿が見られるようになるのだが、それはまた別のお話である。
我が妹、古明地こいしがそう言葉にしたのは、外出から帰ってきて早々のことだった。
何かと放浪癖のある妹のその言葉から察するに、地上でまた物珍しい生き物でも見つけてきたのだろう。
私の第三の目をもってしても心の読めないこいしだけれど、その表情は嬉しそうでなんだか微笑ましかった。
私の部屋にノックもなしに入り込むのもいつものこと。それでも、今は彼女のその積極的な姿勢を好ましく思う。
だって、こいしはその心を閉ざしてしまったから。
私たち覚妖怪の持つ第三の目を閉ざしてしまい、彼女は無意識の内に閉じこもってしまった。
何をしたいのか、何を考えているのか、心を読む私ですらわからない。
だから、こうやっていろんなことに興味を持つことは喜ばしいことだ。
些細なことではあるが、こういったことがいつか彼女が自身と向き合う手助けになるだろうから。
今まで楽しんでいた紅茶をテーブルに置き、にっこりと笑みを浮かべて彼女に話しかける。
「ふふ、嬉しそうねこいし。それで、あなたの見つけた子がどんな子なのか、私に会わせてくれないかしら?」
「うん! お燐、おくう、連れてきてー!!」
私の言葉に応えるは楽しそうな妹の声。
彼女の言葉を聞くに、既にお燐やおくうはこいしの連れてきたペットに会ったのだろう。
ただ気になるのは、部屋の外の二人の反応である。
おくうは新しい仲間が増えて嬉しそうなのだが、お燐の方は極度に怯えているらしい。
昔ならともかく、無意識の中で生活しているこいしだ。一体どんな子を連れてきたのやら。
虎か、獅子か、あるいは龍でも連れてきたのかもしれないと、そんな馬鹿なことを考えてクスクスと苦笑する。
そうして、ゆっくりと扉が開いているのを眺めていると。
ズドォォォンッと、盛大な轟音を立ててドアごと壁が粉砕された。
「はい?」
そんな間の抜けた声を上げた私を、はたして誰が責められようか。
想像の外をぶち抜いた展開に、ただただ呆然と目の前の光景を眺めるのみ。
隣にいるこいしがニコニコしているのも、部屋の外にいるらしいお燐が卒倒したらしいのも、今は気にすることも出来ない。
ズシン、ズシン、と地鳴りのような足音が近づいてくる。
そうして、粉砕された壁から現われた巨体が、私の眼前に晒された。
その体は暗緑色の鱗に覆われ、強靭な四肢は前足が極端に短く、何よりも特徴的なそのしゃくれ気味の顎は、乱雑に突き破った牙が生えて禍々しい。
つまり、何が言いたいのかと言うと――。
「紹介するね、お姉ちゃん。恐暴竜のジョーさん」
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
どーみてもモンスターでハントな世界の住人です本当にありがとうございました。
ギリギリと軋んだ音を鳴らしてこいしに視線を向ければ、彼女は変わらずニコニコ笑顔で可愛らしい。
普段なら抱きしめていたところだけれど、あんまりにもアレな事態に私の顔は引きつっていたことだろう。
「ねぇ、飼っていい?」
「『狩っていい?』の間違いじゃなくて?」
私の言葉に目を瞬かせ、きょとんと首をかしげるこいし。
どうやら本気で、掛け値なしに、マジであのジョーさんとやらを飼うつもりらしい。
さっき冗談で龍でもつれてきたかなんて思ったけど、何も本当につれてくることないじゃない。龍じゃなくて竜だけど。
って、いやいやいや、これおかしい。絶対おかしい。明らかに登場する場所間違えてるんですけど、あのでっかいの。
「……どこで拾ってきたの?」
「無意識のうちに拾ってた」
ちくしょう便利ですね無意識。汚いですさすが無意識汚い!!
などと現実逃避していても仕方がない。幸いにも、あのジョーさんとやらに敵意がないのは救いだったか。
それでも、私やこいしをあっさりと丸呑みできそうなほどの巨体と、ぐちゃぐちゃの細切れに出来るだろう凶悪な顎。
「こいし、少しじゃれつかれただけで頭からバックリいかれそうなのだけど?」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。頭からバックンされるのは最近の魔法少女とかでトレンドなんだって!」
「どんなトレンド!? あとどの辺が大丈夫なのそれ!? ていうか誰から聞いたのそんな情報!!?」
「フランの家の小悪魔さん」
ま・た・小・悪・魔・かッ!!?
人の家の妹を魔法少女にした挙句、いらん情報をしこたま吹き込んで!!?
今度会ったら絶対に文句言ってやります。えぇ、後悔するほどに言葉攻めにしてあげましょう!
……なんでかしら、かえって喜ばせる未来しか見えて来ないのは。
それはともかく、である。問題は目の前の巨大な竜だ。
軽くじゃれつかれただけで危険な目の前の生物を飼う許可なんて、本当なら出すべきではないのかもしれないのだが……。
「……だめ?」
「GYA?」
「うっ」
こんな風に、目を潤ませて懇願されるとどうにも断りきれない自分がいるのだ。
我ながら、妹には甘いという事を自覚する。だがそれ以上に、こいしの後ろで同じように目を潤ませて首をかしげるジョーさんとやらが恐ろしかった。
怖ぇですよ、夢に見ますよコンチクショウ!
「……好きにしなさい」
「やったー!!」
嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねるこいしは非常に可愛らしいのだけど、本当にこれでよかったのだろうかと素直に喜べないこの不思議。
「それじゃ、ジョーさんの部屋見繕ってくるね!」
そんなことをのたまって竜の背に乗るこいし。
その様はなんと表現すればいいのやら、まるでメンチを切るヤクザがガラガラ持った赤ん坊を背負っているかのごときアンバランスさ。
シュールである。果てしなくシュールなことこの上ない。
そんな複雑な心内の私のことなど知るよしもなく、こいしと竜は再び私の部屋の壁を粉砕して外に飛び出していった。
部屋に開いた二つの大きな穴が、まるで私の心を表しているようだ。などと現実逃避してみても虚しいだけだった、ふぁっきん。
とにかく、部屋をこのままにしておくわけにもいかないわけで。
「お燐、おくう」
小さくため息をつき、部屋の外で控えていた二人に声をかける。
このままでは、しばらく私の部屋は使い物にならないだろうし、二人に頼んで他のペット達と一緒に修理を頼もう。
そう思い、部屋に入ってきた二人に視線を向けたわけなのだけれど。
「……なんでアゴしゃくってるの二人とも?」
「いや、同類っぽく見えれば食われないと思いまして」
「お燐がしてたからなんとなく」
お燐、恐怖のあまりに走った奇行なのはわかりますが、それはたから見たらおちょくってるようにしか見えませんから。逆効果だから。
まるで高○名人のごとくアゴをしゃくった二人を見やり、呆れたようにため息を一つ。
なんにしても、これから大変なのは間違いあるまいと、そんなことを考えながらすっかり冷めてしまった紅茶を口に含む私だった。
▼
それからと言うもの、地霊殿は波乱万丈な生活の連続だった。
ある日の朝、ジョーさんに顔を嘗め回されて目を覚ましたり。
ある日、無断進入した魔理沙がジョーさんに追いかけられたり。
ある日、お燐がジョーさんにパクンと丸呑みされたり。
ある日、無断進入した霊夢が追いかけてきたジョーさんを拳でノックアウトしたり。
ある日、お燐がジョーさんにペロンと丸呑みにされたり。
ある日、こいしがジョーさんの背に乗って人里に買い物に行ったり。
ある日、お燐がなんやかんやでジョーさんに丸呑みにされたり。
ご覧の通り、最近はすっかりと地霊殿に馴染んだ竜は、こいしのペットとして日々を満喫していた。
……あれ、よくよく考えたら馴染んでないですよねコレ?
まぁ、多少のトラブルはあるが、地霊殿は思った以上に平和である。
いつの間にか『ティガさん』とか『レウスさん』とか『アカムさん』とか『ナルガさん』とか増えてたけど。
……我が妹はいつの間に『魔物使い』にジョブチェンジしたのだろうか。お姉ちゃんはこいしの将来が果てしなく不安です。
「さとり様、いつから地霊殿はモ○ハ○動物園になったんですか?」
「お燐、今日の紅茶は美味しいですね」
「さとり様ー、無視しないでくださいってば」
なんですかお燐、少しぐらい現実逃……紅茶を堪能してたっていいじゃないですか。
最近は私の唯一の楽しみなんですよ? 何も考えなくていいから気が楽ですし。
「さとり様、それ要するに現実逃避ですよね?」
「お燐、あなたいつの間に覚妖怪の能力を!?」
「全部さとり様の口から駄々漏れでした」
マジですか。私としたことが、油断していました。
修繕された私の部屋で、テーブルの向かい側に座るお燐は疲れたようにため息を一つ。
なんだかんだで面倒を見るお燐は、あの竜に懐かれているようなのですが、本人はそう思っていない様子。
まぁ、無理もありませんけど。
「さとり様、こいし様のペット何とかしてくださいよ。主に私を丸呑みにするの」
「懐かれてるだけですよ」
「それ頭に食料的にとかついてませんか?」
静かに首を横に振って否定するのだけれど、お燐は納得が言っていない様子で気難しげな表情を見せる。
心が読めてコミュニケーションが取れる私はともかく、それが出来ないお燐は竜の感情がわからずにいるのだろう。
まぁ確かに、あの行動で懐かれていると感じないのも無理ない話なのだが。
「おくうはどうしてますか?」
「すっかり友達感覚です。たまにあの竜と一緒に昼寝してます」
……さすがおくうと言うべきなのか、根が純粋で単純な彼女らしい。
あの子は一度打ち解けると誰とでも仲良くなれるのだが、それはおくうらしい美点だと思う。
こいしもあの竜とは非常に仲がいいし、ああやって心許せる存在が増えるのはあの子にとってもプラスのはずだ。
我ながら、こいしやおくうに対しては甘すぎるのかもしれない。
「そうですか、それは良かった」
「さとり様、私がよくありません」
「平和ですね、今日も地霊殿は」
「私が平和じゃありません」
盛大なため息を一つつき、お燐は机に突っ伏してしまう。
いつもいつも彼女には苦労をかけていますし、たまには休暇を出すのもいいかもしれません。
それに、あの竜にしつけをすることも必要かもしれませんね。そろそろお燐が不憫になってきましたし。
さて、そんなわけでお燐に一言断りを入れて部屋を出ると、すっかり我が家の一員になってしまった竜の元へ足を向ける。
基本的にあの竜のことはこいしに丸投げしていたのですが、そろそろ家主として一言きつく言うべきかもしれません。
向かう足はこいしの集めたペットの部屋へ。あの巨大な体躯の竜たちが不自由なく生活できる部屋があったとは驚きだが、あるものはあるのだから仕方がない。
そこでふと、問題の竜たちのいる部屋を知らないという事に気がつき、その場で足を止めてしまう。
しまった。ここに来て、こいしに全てを丸投げにしていたことが仇になってしまったようである。
延々と続く廊下で一人、どこに行けばいいのかと途方にくれていると、ドスンドスンという馴染みになった地鳴りが近づいてきた。
どうやら、トラブルは向こうからやってきてくれたらしい。それも超速度で。
「アハハハハハハハハハ!! お燐の猫車よりもはやーいっ!!」
そして件の竜(トラブル)の背には、我が妹が多くの青少年のトラウマをぶち抜く台詞を口走って楽しそう。
ドスンドスンと走っていた竜は私に気がついたようで、ギャリギャリギャリと廊下を削るようにブレーキをかけて立ち止まった。
あぁ、またお燐たちに頼んで修理してもらわないといけませんねーなどとちょっぴり現実逃避。
……いけない、早くも心が圧し折れそうだわ。
「あ、お姉ちゃん。こんなところでどうしたの?」
「え、えぇ。ちょっとこの子にお話があってきたのよ」
「ジョーさんに?」
きょとんと首をかしげるこいしと、同じように首をかしげる竜。
なんですかその双子も驚くシンクロ率。羨ましいじゃないですか……って、そうじゃなくて。
「えぇ。体の体温を保つために、食事が多く必要なのはわかります。食いしん坊なのもまぁ、仕方ありません。
ですが、同胞のペットまで食べようとするのは看過できません。それがたとえ、じゃれついているだけだとしてもです」
「あちゃー、やっぱりそっかぁ。お燐怒ってた?」
「怒ってはいませんが、相当まいっていましたよ。こいし、あなたが拾ってきたのですから、ちゃんと駄目なことは駄目だと教えてあげてください」
ため息を一つついてそう諭せば、こいしは「はーい」といってしゅんと項垂れた。
私の言葉は理解しているようで、竜のほうもしゅんと項垂れて反省しているらしい。
うん、何この光景。すっごいシュールなんですが。
「わかればいいのです。むやみやたらと噛み付かせてはいけませんよ」
「はーい。ごめんね、お姉ちゃん」
「私に謝るよりもお燐に謝ってあげなさい。よろしいですね」
「うん!」
元気一杯に返事をして、こいしは件の竜に言葉をかける。
にこやかな笑顔で、私が見惚れてしまいそうな、そんな笑顔で。
「はい、ジョーさんもわかったかな?」
「GYA!」
件の竜に同意を求め、そして竜は元気よく返事したかと思うと私を頭からそのデカイ口でパックンチョするのだった。
▼
「ちっともわかってないですよねぇ!!? ……って、あら?」
悲鳴にも似た声を上げて飛び起きれば、そこはいつもの見慣れた私の部屋だった。
ベッドの隣に視線を向ければ、こいしが安らかな寝顔を浮かべてすやすやと眠っている。
どうやら、夢を見ていたらしい。
我ながら素っ頓狂な夢を見るものだと苦笑して、眠る彼女の頭をそっと撫でてやる。
彼女を抱きしめるように布団に入り込み、私は静かに瞳を閉じた。
もうしばらくは、こうして妹の体温を感じていたい。そう思ってしまうのは……わがままだろうか?
大事な妹だから。大事な家族だから。だからこそ、……今はこうやって、抱きしめていたい。
そう、決して視界の隅に暗緑色のでっかい生き物が見えるような気がするとか、壁に大穴があいたあとの修復の痕跡が見られるとか、体中がやたらベトベトするとか。
その他諸々の現実から逃げてるわけではないのです。私には妹意外何も見えません聞こえません知りません現実逃避させてくださいお願いします。
「ふ、ふふふ、今回の夢は長いですねー。しぶといなー夢の奴こんちくしょー。うふ、ふふ、うふふふふふふふふふー……」
「ん、……おねえちゃぁん」
「なんですかーこいしー、私はここですよー。お姉ちゃんはここですよー?」
虚ろな声がこいしの声に応えて虚しく紡がれる。
現実は、かくも厳しいものだったのか、私はまだまだ認識が足りなかったらしい。
そうして、私は目を閉じる。現実から目を背け、夢の中へルパンダイブして深く深く眠りにつくのであった。
▼
後日、じゃれついて甘噛みしようとする竜の上顎と下顎を、己の拳と足で支える古明地さとりの姿が見られるようになるのだが、それはまた別のお話である。
あのジョーさんが…実際もこんな感じのジョーさんだったら良かったのに…
ほんと>>1の言う通りだわ。
ただ、それ以上に霊夢が強すぎるだろww
何と言うか、デッカイ狂暴そうな動物がマッタリとかションボリとかしてるのは可愛いですよね。
クック先生カムバ~ック。
こいし可愛い、いつもと違うさとり可愛い。
誤字報告ー
無断進入→無断侵入?
敷地内を通りすぎるだけなら誤字じゃないんですが。
ティガの突進、ナルガの攻撃、戻ってきたティガの突進、報酬が減りましたーって何度なったことか
肉体的には脆弱と言われる覚り妖怪のさとりが甘噛みとはいえ耐えうるとは・・・
そんな自分にはこいしちゃんの捕獲スキルが羨ましすぎて100点。
こいしちゃんが教官なら絶対行くからさ!
MHP3にはこいしちゃんがでるんですね…
倒した後(服を)剥ぎ取るんですね…
そうしてこいしちゃん装備を作るんですね…
スキル「無意識」とかあるんですかね…
くっ、浪人してなければすぐ買うのに!