Coolier - 新生・東方創想話

舞台裏のヴィーナス達

2011/03/23 22:31:51
最終更新
サイズ
9.15KB
ページ数
1
閲覧数
1087
評価数
5/18
POINT
1100
Rate
11.84

分類タグ


幻想郷の周辺部、妖怪の山とは別の山。
その中腹辺りから、住処の方角を見渡す。
ふもとには永遠亭のある竹林、そこから川を隔てて人里、そこから森を抜け、向こう側の丘に博麗神社が見えた。
さらにその奥には妖怪の山を含む山々が、紫がかった緑色に染まっている。

「永遠亭はあの辺かな、ずいぶん遠くまで来たものね」

妖怪はヒトよりも強い身体能力を持つと言われている。
それはこの私、鈴仙・優曇華院・イナバにもそれなりに当てはまる。
しかし、そんな私にもこの重装備のリュックサックは重い。

「この辺で一休みしよ」

私は薄暗い木々の中、肩に食い込んだリュックを傍らに置き、大木の太い根っこに腰をおろす、心地よい疲労感と解放感。

姫様が焼いて下さったケーキを包みから取り出し、外界のカセットコンロと呼ぶ火起こし道具でやかんの水を沸かし、紅茶を入れて飲む。
ケーキの甘みと紅茶の渋みが疲れを癒してくれる。

「はあ、どこにいるのかなあ」

すでに陽は傾いている。後数時間で日が暮れる。
今日もキャンプすることになるだろう。熊ぐらいなら私の能力で何とかできる。
ああ、そういえば今夜は満月、例月祭の日だ。

「てゐ、ちゃんとお餅を搗いてくれているかなあ」

永琳師匠の指示で、私は今深い山奥を探索している。
目的はある妖精と接触し、その体組織を持ち帰る事。
幻想郷と外界の境界付近に生息すると言われるその妖精は、体が特殊な成分でできているらしく、研究のためそれを取って来いというものだった。
こうした探索は結構慣れている。
私が月にいた頃にも、年に一回月兎の訓練でこんな長距離行軍があった。
もっとも、ほとんどハイキング気分で、みんな依姫様の眼を盗んで休憩するテクニックばかり上達したものだったが……。

思った以上に疲れがたまっていたのか、軽くまどろんだ。
この仕事を終えたら師匠はほめてくれるだろうか。

すー すー

自分の息遣いの音が聞こえてきて、夢を見た。



(師匠、仰ったブツを手に入れました)
(鈴仙、よくやったわね、ご褒美に抱っこしてあげるわ)
(師匠、私子供じゃありませんし)
(いいのよ、ここのイナバたちは皆子供みたいなものよ)



「えへへ、ししょお~」
頭を撫でてくれる様子を想像して顔がゆるんでくる。



(あれ、何かが来る!)

こちらへ近づいてくる気配を感じ、私は素早く体を起こし、頭を切り替え、あたりを警戒する。
気配が迫って来ると同時に、奇妙な臭いがあたりに立ち込めてくる。

(何よこの臭い)

ふわふわと一体の妖精が飛んできた。
見た目の年齢はあの三月精より大人びて見え、背丈も少し高い。
透き通るような白い肌。薄紫に染められた服と翼。
幻想郷の女の子によく見られる、あいまいな笑顔。
だがその瞳はどんよりと曇り、何とも言えない暗い雰囲気を漂わせている。
これが無ければ、この妖精は師匠に匹敵する美人で通るだろう。
それより、この臭いは何だ?
人間や動物の体臭、排泄物、腐った食物、そういった臭いなら不快だがまだ理解できる。
だがこれはそのどれにも当てはまらない、このような臭気は今まで嗅いだ事がない……
いや、似たような香りなら知っている。
それは師匠が調合し、私が今学んでいる薬だ。
不快さと不可解さが4対6ぐらいの臭気の正体は、何らかの薬物か。

「あら、あなたは妖怪さんですか」

早朝の澄んだ空気に響き渡る小鳥のような声、知性的な響き

「あなたが、不思議な成分を含んだ妖精……さん?」

普段私は妖精を恐れたりはしないのだが、何となく近寄りがたい雰囲気から、思わずさん付けで呼んでしまう。
明らかにその辺を能天気に漂っている妖精ではない。

「その口ぶりからして、私を採取しに来たのかしら、ああ別に嫌じゃないわ、もうそろそろ頃合いだから、もう少し待って」
「あなたは、どうしてこんな何もない山奥にいるの? 妖精はもっとにぎやかな場所にいるものでしょう?」
「その方が皆にとって良いのよ、分かるでしょう、この臭い、不快ですよね」
「正直、あまり慣れませんが」
「当然です、毒なのですから」
「毒?」

私は、毒を操る能力を持ったひとりでに動く人形の事を思い出した。

「そうです、ああ、仲間達が来ますね」

茂みの中から、数体ほどの同じ紫色の服を着た妖精達が姿を見せた。
大きさはまちまちで、人間の14、5歳の子供ぐらいの個体から、小動物サイズの者までいる。皆一様に不快さと不可解さの入り混じった臭気を発している。

私が最初に会った妖精は、仲間の顔を見るとぱあっと笑顔を輝かせ、仲間の輪に入って行った。

「お元気ですか」
「毒を吸い取っている割にはまあまあですが、そちらは?」
「こちらも似たようなものでございます」
「まあ、それはなにより」
「みなここに集まったと言う事は、皆さんもそろそろという事ですか」
「そうですね」
「そうですね」

どの妖精も、普通の妖精のように朗らかに笑い、遊び、空を飛びまわる。
この臭気さえなければ、美しい妖精達なのにな。

所で、そろそろって何だろう。
妖精に一人がこう言った。

「あっ、八雲様が来ますわ」
「えっ?」

空から誰かが飛んでくる。白と青を基調とした道教の服? を身につけ、金色の髪と9本の尻尾を持つ妖怪が降りてきた。
私は昔この人と戦った事がある。八雲紫の式の藍だ。
彼女は私を見て、おや、と訝しげな顔をする。

「君はあの時の兎だね。そっかー、あの薬師もこの妖精に気づいたか」

藍さんはどうやらこの妖精達を知っているようだった。

「あのう、私はこの変に変わった妖精がいると聞いて、成分をもらって来いと師匠に言われたんですが……」
「ほう」彼女の眼がわずかに光る。ちょっと怖い。
「で、でもそれは許されない事なんでしょうか?」

できれば争いなんてしたくない。だが彼女は笑って承諾してくれた。

「わかった。少しなら良いよ。でもあまり良い物ではないよ」
「ありがとうございます。この妖精の事、知ってるんですか?」
「ああ、彼女らは、ある意味、幻想郷で最も尊い存在なんだ」

そう言うと、藍さんは妖精達のほうに歩いて行き、彼女達と話をする。

「八雲様、いつものように後始末をお願いします」
「分かりました、あなた達のおかげで、幻想郷は平穏で居られます。大役御苦労様です」

かなりの高位妖怪が、あろうことか妖精に敬語を使っている、なんで?

「それでは、また逢う日まで、ごきげんよう」

妖精達がスカートの端をつまんでお辞儀すると、彼女達の体から紫色の粉末がこぼれおちてくる。
その中の一人に焦点を合わせ、私ははっとなって口元を両手で押さえた。

指がぼろりと崩れ落ち、それから腕が、足が、頭が、まるで波に洗われる砂の城みたいに崩れ落ちているのだ。

藍さんもその様子を神妙な面持ちで見守っている。

「見たかい? ここ十数年、紫様の結界を無視して、幻想郷に相容れない様々な汚染物質が流れ込んできているんだ。
きっと外界の人間達が科学を乱用し、環境破壊をしているのだろう。
あの者達はね、汚染物質を吸収できるだけ吸収して、体内で分解しやすい物質に変換してくれる存在なんだ」
「そして、限界になると、ああして崩れ去ってしまうと?」
「その通り、彼女達は確かに汚く臭い。でも橙にも言い聞かせているが、最も汚い仕事が最も美しいんだよ。トイレを守る神が最も尊いようにね」
「この子たちは、どうして生まれたんですか、まさか遺伝子操作とか」
「いや、自然発生したと紫様はおっしゃっている。幻想郷を一つの生き物に例えるならば、私達生きとし生けるものは皆その細胞や器官。彼女達は幻想郷が自らを守るために生み出した免疫機構なんだろうと思うよ」

紫色の妖精達はみんな、微笑みながら砂と化してゆく。
運命を呪う感じではない。
しばらくすると妖精の姿は消え、紫色の砂山があとに残された。
砂山から、10粒ほどの蛍のような光の粒が現れ、風に揺られて周囲に散って行く。

「あれは妖精達の核、また妖精の形になり、汚染物質を吸う生涯を繰り返すらしい」
「あの妖精達、辛いと思わないんでしょうか」
「彼女達とは何度も話をしているが、苦痛は無いらしいし、体の崩壊もサイクルとして淡々と受け入れているようだった。出現時から年々数と大きさが増して行ったんだけど、最近は横ばい傾向にある、外界の人間達も徐々に反省し、自然との折り合いをつけようとしている、と信じたいね」

人目を避け、汚染物質をその身にひたすら受け止め、ボロボロに崩れ去って生涯を終え、生まれ変わり、再び汚染を受け止め続ける。
幻想郷の維持のために。
臭気には正直慣れないが、訂正しなきゃ、この臭気があっても美しい妖精達なんだと。

「幻想郷の、究極の守護者ですね」
「そう、いくら感謝してもしきれない程のね」
「あの、話は変わりますが、粉末のサンプルを少々、いただけないでしょうか」
「粉末は我々が隙間空間のある場所にまとめて管理してあるんだ。少しなら持って帰ってもいいが、絶対に周囲にまき散らさないで欲しい」
「はい、師匠にも伝えます。妖怪の賢者の警告、しかと受け取りました」

私は試験管に砂を試料として詰め、コルク栓でふたをした。
これで役目は終了となる。

「それくらいの量で良いのかい?」
「ええ、十分です、師匠は優しいお方だから、これを変な事には使わない、はず」
「おいおい、頼むよ」藍さんは苦笑した。

藍さんに挨拶をして、家路につく。
帰る前に私はもう一度、妖精達の残骸である紫色の砂山を振り返り見る。
本来マイペースで生きる妖精なのに、とてつもなく重い使命を抱えた者達。
この楽園の守り手。
すでに藍さんが片づける準備を始めている。
砂山に軽く会釈し、私はその山を去った。





永遠亭につく頃には、すっかり日が暮れ、例月祭も終わっていた。

「師匠、只今戻りました、頼まれていた物を採取できました」
「御苦労さま、片づけは他のイナバたちに任せて、今日はゆっくり休みなさい」
「おかえり鈴仙、お酒もあるよ」

私は美しい満月を眺め、仲間達との思い出にふけり、それからもう一度、あの紫色の妖精がいた山の方角を見つめた。

今の私が存在するのも、皆のおかげ。
ふと月見団子が飾られている廊下を見ると、天体の妖精三人が姿と音を消して、団子を横取りしようとしている。私の能力で見ればバレバレだ。
気がつかないふりをして、そっと近づく。

(ねえサニー、やっぱ帰ろうよ)
(情報によれば、今鈴仙さんはここには居ない、チャンスよ)
(そうよ、ルナは臆病ね)

残念でした、私は今ここにいます。
すかさず後ろから三人を抱きかかえる。

「なーにしてるのかなあ?」
「「「うひゃあ!」」」
「れれれ鈴仙さん、ごめんなさい。お団子を盗もうと言ったのはサニーです」
「ちょっとルナ、あんたも乗り気だったじゃない」
「はあ、こう言う事になると思った」
「落ち着いて。べつにとっちめるつもりはないけど、来たかったら正面から堂々と出直してきなさい。
今日だけは特別よ、ここに座って一緒にお月見しましょ」
「「「は、はい」」」

まだ夜は長い、てゐや他の兎も呼び、今日あった事をこれから話そう。
あの健気な、舞台裏のヴィーナス達の事を。
妖精達についてはある漫画の設定の真似です。
楽園を維持するのにも何らかの犠牲があるのだろうと思いましたが、それでも救いがあるように書いて見ました。
とらねこ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.600簡易評価
1.100奇声を発する程度の能力削除
優しい妖精さんの素晴らしいお話でした
9.100名前が無い程度の能力削除
『巡り巡って結局一番悪いのは人間ってか……』

『笑えないねえ』
11.100名前が無い程度の能力削除
幻想郷はすべてを受け入れる、残酷なまでに・・・
とても幻想郷らしい話だと思います。
13.100名前が無い程度の能力削除
発想が素晴らしい
14.無評価とらねこ削除
皆さん意外な高評価ありがとうございます。
この話と前の「妖精変転」「アスファルトのオアシス」は別に文明批評とか人間が悪いというよりも、
「身近にこんな幻想が息づいていたらいいな」という空想をもとにしたもので、
肩の力を抜いて、「妖精の適応能力がタフ過ぎて吹いた」ぐらいの感じで読んでいただけると嬉しいです。
私は決して技術を否定するわけではありませんが、それでも自然と調和を保つ方向に変えていったほうがいいと思いますけどね。
17.100名前が無い程度の能力削除
二度読み(もっとかも)してから100点入れます。
悲しいというより、少しだけ寂しい、読み手によって捉え方が変わるような作品ですね。
妖精って言うか、幻想郷のタフさ加減に感服!w

しかし、この妖精さんたちにも、たまにはいい目を見て欲しいな・・・