「今日、足が爆発しましてね。大変だったんですよ」
口の中の物を飲み込みながら、おねえちゃんの言葉の意味を考える。思わずテーブルの下を覗き込んだけど、おねえちゃんの足は両方ともちゃんとついていて、義足でもないようなので、ひとまず安心した。
それにしても、おねえちゃんの足には不思議な魅力があると思う。暗がりでも白く透き通り、傷一つない。裸足の指先からすね、膝と目線を上げてたどり着くのは、チラリズムの健康的な太もも。対照的に真っ暗なスカートの中に消えていく様子が、もっと、もっと奥まで見たいと劣情を駆り立てる……って、どうしておねえちゃんの足のこと考えてるんだっけ。
そうだ、爆発したのだった。なにが。それがわからなくて困っている。ひとまず次のイカリングに箸をのばして、やっと理解した。
「ああ、イカの話ね」
「ええ。お台所が油だらけだったの、見ませんでしたか」
本当は見たのかもしれない。だけど、イカ特有の臭さに意識を取られて気が付かなかった。あれがオスの匂いだというのは本当だろうか。もし本当ならば、私は当分オスと交わらないようにしよう。そもそも、おねえちゃんがいるかぎり、そんな気はさらさらないのだけれど。
しかしまあ、さっきから話が逸れすぎだろう、私め。
軌道修正しよう。イカなんて手に入りにくい食材を使って、私の大好きなイカリングを作ってくれる、私の大好きなおねえちゃんには一つ欠点がある。それは、先ほどのように、話が急に飛んでわかりづらいこと。たぶん、自分が人の心を読めるせいで、他人も自分の心が読めるような気になっているのだと思う。いつもの気まぐれなのかなんなのか、その欠点を治してあげようと思った。
当て所もないままに、ふらふらと家を出た。そこでおねえちゃんに会いに来た憎き魔法使いと遭遇する。
「あ、恋敵!」
「おいおい、私に恋するのは勝手だが、私のために争わないでくれよ」
「私が恋しているのはおねえちゃんだけよ」
「なんだ、地底に私のハーレムが出来たわけじゃないのか」
とりあえず殴りかかりながら話しかけたのに、身をかわしつつ普通に応答してくるのだからタチが悪い。そろそろ武器でも持ち出そうかと考えたところで、両方の拳を止められた。
「まあ、なんだ。そろそろ攻撃をやめないと、お前の両手は離さないぜ」
「それならこっちだってここを通さないわ。おねえちゃんに会えなくて困るでしょう?」
「ああ、困ったな。じゃあ左手を返そうか。それでどうだ?」
「半分だけ通って良いわ。もう半分は私が殴る」
「そして半分だけあの世に行く、間違いないな」
埒が明かない上に、どちらも損ばかりしている。嫌気がさして、提案した。
「わかったわ。じゃあ、クイズに答えられたら通してあげる」
「おいおい、上から目線で話せる状況か?」
「あなたを通せば、中へ入っていく時に私を離すでしょ?」
「離すぜ」
「それで一件落着よ」
「すると、クイズをする意味は?」
「問題です。弾幕に必要なのは、」
「パワーだぜ!」
「ですが、では、会話に必要なのは?」
「ウィットだぜ!」
「うぃっと」
という訳で私は、うぃっとを探す旅に出たのだ。
†
「すいませ~ん、うぃっと一つくださ~い」
「ん? ウェットティッシュならそこだよ」
「つまらないオヤジギャグなら帰りま~す」
「いや待て、待ってくれ」
地上に出て目についたお店に入り、引き返して出ようとしたら呼び止められて、やっぱり入った。ものぐさそうな店主が、上から下まで舐めまわすように眺めてくる。しばらく無言で立っていると、ようやく口を開いた。
「すまんが、注文が聞き取れなかったんだ。もう一度言ってくれないか」
「うぃっと一つ」
「……そうか。ともあれ"珍しくも"、君は"お客様"のようだ。ゆっくり見ていくと良いよ」
人の話を『ともあれ』で流すのはどうかと思う。ともあれ、お店の中は面白そうだったので、それこそ舐めるように物色してみた。丸いのやら四角いのやら、可愛いのやら格好いいのやら、使い方がわからなくても楽しめそうな道具がそこら中に溢れていた。
それはいいのだけれど、チラチラと送られてくる店主の視線がどうにも気にかかる。店の主人と客なのだから、いっそ直視してくれれば良いのに、本と私の間を控えめに往復する目の動きに、こっちまで気恥ずかしくなってくる。これはアレか、一目惚れというやつか。私が、じゃなくて店主が、の話だけど。
「ええと、君。名前は何と言うのかな?」
ほら来た。こうやって私の名前を聞き出して、告白。付き合って、あわよくば結婚にまで至ろうって算段に違いない。そう思いつつも、言われるがままに名前を教えてみた。それも、気があるような素振りを見せつつ。何故かって、そんなの決まっている。"告白"というものを一度されてみたいからだ。本命がおねえちゃんなのは今までもこれからも変わらないけれど、おねえちゃんは身近すぎて"告白"の機会が一度もなかった。だからこそ、名前負けしないように、色々な体験をしてみたい。
「ふむ、こいし……。いい名前だね。じゃあこいし、聞きたいんだが」
『僕と付き合ってくれないか?』続く言葉を想像して、胸が高鳴った。恋ってやっぱり素晴らしい。幸せな思いに浸りながら店主の告白に対して断る言葉を考えながらおねえちゃんのことを思い出すのが背徳感でそれでもやっぱり嬉しくて複雑な思いを抱えながら店主の言葉に耳、を、
「どうしてウィットが欲しいと思ったんだい?」
「え、愛の告白は?」
「は?」
傾ける間もなく雰囲気はぶち壊される。商売のことしか考えていない店主を罵る言葉がポンポン浮かんだ。鈍チンめ。枯れ草め。精神的スケコマシめ。ぷっと頬を膨らまして、それだけで男を悩殺する表情が出来るはずなのに、店主は歯牙にもかけずに首を傾げていて、ますます相手が嫌いになった。
「もういい。それで、うぃっとはあるの、ないの」
「なんだか良くわからないが、ひとまず落ち着いて話を聞いてくれ。君がウィットを求めている理由を詳しく、」
「ないのね」
「むっ、失礼な」
なんか怒った。
「確かに、文々。新聞の読者投票において、僕が『話の面白くない人』に選ばれてしまったのは本当だ。だけど、それだけで僕にウィットが無いだなんて、無いだなんて……!」
なんか切実だった。仕方ないので話を聞いてあげた。ウィット、というのはどうやら、話の面白さ、上手さに関係する頭の良さであって、お店で売っているようなものではないらしい。そして、店主は自分にもそれがあると考えている。うーん、ノーコメント。
お返しに、私のことも話してみた。おねえちゃんの話が下手くそだから、と伝えると納得した様子。僕にはなんとも言えないが、と言いながら、ウィットに富んでいる人間や妖怪の名前を教えてくれた。その人達に聞けばいいということらしい。意外にも店主は話がわかる人だった。少なくとも、おねえちゃんよりは断然。
「ありがとう、店主」
「店主、っていうのも妙な呼び方だな。僕は森近霖之助。気兼ねしないで、名前で呼んでくれ」
「え、愛の告白?」
「……いや、違うぞ。なんだ、それはマイブームなのかい?」
「ううん違う。じゃ、ありがとね、お霖」
「おりっ……!」
ああそういえば、お霖に聞きたいことがあったんだ。固まっていないで答えてよ。
「いくらなんでもその呼び方は……。いやまあ、いいか、たまには。なんだい、聞きたいこととは?」
「さっき言ってた読者投票で、お霖は何票取って新聞に載ったの?」
「100票近かった。そこまで僕の話が嫌われていると思うと、泣けてくるよ」
「ふーん。じゃあきっと、票操作か誰かの作為的な投票ね。気にすることないと思うよ」
「僕だってそう信じてみたいさ。だが、根拠がないだろう?」
「あるってば。だって、」
天使の笑顔で。
「お霖に知り合い100人もいないでしょ?」
また固まるお霖。失礼しちゃう。私はメドゥーサじゃありません!
†
無意識のうちに、柄の悪い天狗に絡まれていた。
「あやややや」
「あや?」
「あやややややや!」
「あやややや……」
なるほど、これがウィットか。
「ちょっと待ってください。今あなたを帰らせてはいけないと、記者の勘が告げています」
柄の悪い射命丸文が肩をつかんで呼び止めてくるので、思わず動きを止めてしまった。だけど、こいつは"おべんちゃらとウィットの中間"。あと二人、"うさんくさいとウィットの中間"、"けちとウィットの中間"と合わせて三大ウィット使いと呼ばれる存在のはずだ。そう教えられたのだから。
説明する間、文はずっとうなずきながら聞いていた。
「なるほど、あの店主がそんなことを。それは是非とも、」
殴りつける動作。
「お礼参りに、」
左手でも入念に小突き回す。
「行かなければ、」
寺子屋の教師並みの頭突きを経て。
「なりませんね」
とどめになにかを蹴り上げる。ひとしきり暴れて満足したのか、けろりと平静を取り戻して尋ねてきた。
「ところでこいしさんは、どうしてあの男とそんな話をしていたんです?」
「んー、おねえちゃんのことなんだけど……」
私はもう一度最初から説明した。今朝のイカリングの話から、おねえちゃんの足の綺麗さまで含めて全て。カメラを持つ手がうずうずと震えていた以外、文は真面目に聞いてくれた。
「私が思うに」
メモ用の万年筆を指で挟んでゆらしながら、文は言う。
「あまりウィットの問題ではないような気がしますね、それ」
「えっ、ウィットは関係ないの」
その瞬間、がーんという効果音が鳴り響いて、楽しいウィット探しの旅が終わりを迎えた。よくよく考えてみれば、おねえちゃんにウィットが必要だと私に教えたのは、例の恋敵だ。はめられたのだ。私に無駄な物を探させておいて、その間に自分はおねえちゃんとイチャイチャしようという算段に違いない。居ても立ってもいられなくなって、家に戻ろうと慌ててきびすを返すと、
「ちょっと待ってください。どうしてそう結論を急ぎますか」
再び肩をつかんで止められる。
「離してよ! おねえちゃんが襲われちゃう」
「『おねえちゃんの欠点』を治す方法。私がそれを知っていると言っても、まだ暴れますか?」
「それ本当?」
移り気なのは私の悪いところかもしれない。おねえちゃんの貞操の危機に、それでも私は振り返っていた。
「清く正しい射命丸は嘘をつきませんよ。いいですか、その方法というのは……」
続く言葉を真剣に聞きすぎたせいで、その時の文の、悪代官のような表情が目に焼きついてしまった。
†
結局魔理沙はおねえちゃんに手を出していなかった。お茶をたくさん飲んで、お菓子をいっぱい食べて帰ったというのは、途中で腰が引けたからだろう。ざまあみろ、だ。
だからこそ私は、安らかにうどんを茹でていた。
「こいし、やっぱり手伝いましょうか。火傷とか……」
「大丈夫だから! おねえちゃんは居間で猫でも撫でてなよ」
全ては文に教えてもらった方法を実践するため。そのためには、おねえちゃんがキッチンに入ってきては困るのだ。
やることは単純だった。おねえちゃんのいつもの話し方を真似て、それがどれだけ伝わりにくいものか、身をもってわからせれば良いのだ。ただ、おねえちゃんの能力を考えると、その役目は私にしか出来ない。親切な文の励ましを受けて、私は作戦を立てた。苦心の末にたどり着いた、最適のアプローチがうどんだった。この長い麺の一本一本が、私とおねえちゃんの距離を埋める架け橋となってくれるのだ。
なんとなく、うどんを使ってポッキーゲームをする光景を思い浮かべながら、十分すぎるほどに茹で上げた。作戦の始まりだ。
「お、おねえちゃん!」
「どうしました!?」
「コシが、コシが……!」
パターン1、情報の欠如。なんの予備知識もないままこんな台詞を聞かされれば、慌てたおねえちゃんは救急箱の湿布を取りに行くに違いない。いつもの仕返しをしているような気分になって、ワクワクしてくる。
「ああ、それなら締めればいいですよ」
でも、予想に反しておねえちゃんは冷静だった。どういうことだろう? スカートの紐でも締めて腰の痛みを和らげる? そんなはずはない。まさか、と嫌な予感が広がって。
「どうぞ。これでシコシコ感が戻ります」
氷水の入ったボウルを目の前に突き出されて、私は敗北を悟った。おねえちゃんは、私の言葉を理解した上で、あえてわかりにくい答え方をして私を困らせたのだ。さすがに、本家本元は手ごわいらしい。怖気づいて、思わず気持ちが折れそうになった。
でも、ここで諦めるわけにはいかないと、懸命に心を奮い起こす。この山さえ越えれば、おねえちゃんとの会話をもっと楽しめるようになるんだ。たくさんの作戦を用意したのだから、一つがダメなら次へ行こう。締めなおしたうどんを引き上げて、いったんザルで水を切り、
「おねえちゃん、臭い!」
「なっ!?」
効いた! 胸の奥で力強くガッツポーズ。急に鼻をヒクヒクさせ始めたおねえちゃんを見て痛快に思いつつ、種明かしをする。
「そう思わない? 茹で上がったばかりのうどんってさ」
――イカみたいな臭いがする。
パターン2、情報の後出し。おねえちゃんは、やっと納得できたようにうなずいていた。
~
~
~
「おねえちゃん可愛いね」
「ええ、その子は毛並みがいいですよね」
パターン12、主語の錯覚も見破られた。これで一勝十一敗、意気込んでいた最初の勢いはどこへやら、おねえちゃんの強さにため息の一つもつきたくなる。
うどんを上品にすするおねえちゃんを見ながら、私は真っ白な子猫を撫でまわす。確かに可愛い。けれど、おねえちゃんだって負けてはいないと思う。さっきのパターンくらい、勝ちたかったな。
「ところで、こいし。どうして急にうどんなのですか?」
「それ、私とおねえちゃんの未来を明るくするうどんなのよ」
「なるほど、美味しいわけです」
本当にそのつもりで作ったけれど、このままでは功を奏しそうにない。おねえちゃんにほとんどダメージが無いまま、次がラストの作戦になってしまった。どうせこれも無理だろうと暗い気分をひきずりつつ、投げやりな気持ちで言った。
「ねえ、おねえちゃん。優しく、撫でて」
パターン13、目的語の錯覚。
「ってこの猫が言っ……」
ふわりとした感触が伝わって、最後まで言い切ることは叶わなかった。頭に乗せられた温かい重みが、懐かしいような、嬉しいような。
「ごちそうさまでした。美味しいおうどんを、ありがとうございました。こいし」
ぽん、ぽんとされた途端に、おねえちゃんの顔を直視できなくなってしまう。所在なくさまよわせた視線は、部屋の入り口から顔を覗かせていた黒猫の視線とかち合った。
名前も知らない、新入りの子。目が合っただけで逃げられてしまった。ただそれだけのことで、自分がどれほど地霊殿に興味を持っていなかったか実感し、とても悲しい気分になる。
「…………」
私が本当にやりたかったこととはなんだろう。考えてみれば、こうやっておねえちゃんと食卓を囲むことすら、最近まではほとんどなかったことなのだ。だからこそ、今はこんなにも、懐かしくて嬉しい。
そう気付けば、言葉は自然にあふれてきた。
「おねえちゃん」
「どうしました?」
「一緒に、お風呂入ろう」
ウィットの欠片もない会話だ、とは思いつつ。おねえちゃんが良い表情をしていたから、それで十分満足した。
「……珍しいですね。いいですよ、そうしましょう」
「それで、中でさ。久しぶりに、……しよっ!」
「何を、でしょうか?」
それを聞いちゃったら、私の作戦はもうボロボロじゃない。おねえちゃんったら、手ごわいなあ。
「……体の洗いっこ」
私はこの時、なんと答えたら良かったのだろう? どこまでならば、許してもらえたのだろう? 腕の中の白猫に問いかけてみても、答えは返ってこなかった。
†
文々。新聞 ○○月××日号
地霊殿姉妹に熱愛発覚か!? いかがわしい行為の行く末はいかに
昨晩、とある筋から次のようなタレコミがあった。古明地さとり・こいしの姉妹が、明らかに姉妹のレベルを超えた愛情でもって接しているらしい。具体的には、以下のような事実が確認された。
一,『おねえちゃん可愛いね』という妹の発言(ご周知の通り、姉妹間でこのような会話が交わされることは通常あり得ない。幻想郷においても概ねない)
一,姉が妹を撫でてやったこと(撫でる部位により、これは姉妹相応の愛情表現にも思われるが、実際の所がどうであったか、その確認は取れていない)
一,共に湯浴みをしようと、妹が姉を誘ったこと。さらにはそれに続く、『しよっ!』という意味深な発言(これは、風呂場においてなんらかの不浄な行為がなされたことを、如実に示唆しているように思われる)
ついてはさらに詳しい情況を調査すると共に、今後このような事態が再発せぬよう、風呂場に監視カメラを設置するなどの対策を検討していると、情報提供者は述べた。
なお、以上の報告は伝え聞いた証言を元に、当記者が文章へと起こした物であり、記者の勝手な妄想の類ではないことを、ここに明示しておく。
(情報提供者:とおりすがりのおりん♪ 氏)
新聞を持つ手が震えた。私に『作戦』を吹き込んだ意味も、あの時の妖しい笑みの理由もわかったからだ。文。あいつだけは絶対に許さない。それと……。記事の一番下に目が止まった。こいつもだ。
あのウスラバカ店主を、絶対に許すわけにはいかない。
新しいwww
ふわふわした感じの優しい甘さのお話でした
だがそれがいい
それにしてもお霖さんマジかわいそう
うどんのくだりの出だしのあたりに完成度の高いコメディの片鱗を見た気がする。個人的にはそっちにつっ走って欲しかったyo。でも、ほんわかハートフルな話もいいですね。
あと、ブリ大根の大根を味わおうとしたらブリ臭かった、みたいなところが(少し)あったのが残念。
森近さんと射命丸さんのファンは、頬を膨らますとおもう。
テンポの良い良作でした
後、霖之介と文の扱い?は正直全然気にならないレベルだと思いました(俺は二人とも好きですが)
寧ろファンに気を使いすぎて腫れ物に触るかの如く扱うようになるほうが憂う事かと
姉妹の愛情に乾杯を、霖之助に哀悼を。
この話のメインは古明地姉妹、サブは魔理沙と文であって霖之助はおまけみたいな扱いですし。