Coolier - 新生・東方創想話

レイジー・レニー・デイ

2011/03/23 00:41:18
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 お昼を回る頃、幻想郷に、雨が降り出しました。

 始めはしとしと。気付けばざあざあと。
 みんながあわてて家へ逃げ込む頃には、重たい雲が空一面にのしかかっていました。
 久しぶりの大雨です。

「じゃあね、にとり。また晴れた日に遊ぼうよ」
「うん。またね」

 野原に集って遊んでいた妖怪たちも、慌てて解散します。
 ぬかるみはじめた土の上に、いくつもの足跡が、家路を指して残されていきました。

 そんな中、河童の子にとりは、ただ一人、濁り始めた川に流されながら、ぷかぷか仰向けに浮かんでいました。
 降りそそぐ銀色の水は、髪やほっぺをつたって、灰色の川へと流れて行きます。
 見上げる曇天は、四方果てしなく続いていました。
 眼を閉じれば、相変わらずざぁざぁという水の音。そして感じるのは、身体を浸した川の冷たさ。なめらかさ。
 彼女は、僅かな光を透かす空に向かって、小さなてのひらを伸ばし、呟きました。

「雨の日は、つまんない」

 なおも雨足は強まり、幻想郷を灰色に塗りつぶしていきます。
 それは段々と、肌を打つほどの強さになり始めてしまいました。
 騒がしい雨音の響く中、これは大変と、あるものは箒の速度を上げ、あるものは暖炉に火をくべました。

 幻想郷に訪れた、気だるくて退屈な、ホントに何も無い一日。


 lazy rainy day.





◇◇◇





 雨の博麗神社。

 雨粒は、石畳の参道に跳ね返って、心地よくせわしい音を立てています。
 物言わぬ狛犬たちは雨に濡れ、さながらその魂を癒しているかのようでした。

「大変だ、かなり本気の雨だよ。こりゃ魔理沙降られたな」

 博麗霊夢は、障子窓から外を眺めて言いました。

「やっぱり、のんびりしないで早く帰れば良かったんだよ」

 萃香が返事をしました。みかんを山積みにした藤のかごを、部屋の向こうから両手で運んできます。

「それで全部?」

 霊夢は振り返って尋ねました。

「多分ね。ちゃんと見てこなかった。みかんの山をこんなにお供えなんて、律儀な人間もいるんだね」
「裏の村の青島みかんは、今が収穫期だから」

 山積みのみかんは、色の褪せたこたつの上に、どかっと置かれました。
 霊夢は、そのうず高さを見て、ひとつため息をつきます。

「カビちゃう前に消費しなきゃね」

 ……雨のせいか、部屋の薄ら寒さは、指先を冷やす程になり始めました。
 萃香と霊夢は、いそいそとおコタに足を隠して、暖かさのメモリをめいっぱい強くしました。



 『 小鬼と巫女とおコタ様 』



 風の無い境内に、土砂降りの音が響き続けます。
 しばらくの間、霊夢と萃香の二人は、ただ黙々とみかんを食べていました。
 一つ一つ剥くごとに、指先の甘酸っぱい匂いが増していくばかりです。
 なおも続く無言のみかん退治。はしゃぎ盛りの小鬼には、なんとも退屈に感じられました。

「ねえ、霊夢」
「なによ」
「つまんない」
「そう。私は凄く、はしゃいでるけど」
「嘘つけ」

 ひたすらにみかんを剥く巫女の様は、さながら無我の境地でした。

「ねー、なんかして遊ぼうよ」

 萃香が駄々をこねだすのも、無理はありません。

「遊んでるじゃない今。みかんの山を消費する遊び」
「聞くもいよいよ作業だよ……微塵の盛り上がりも無いよ?」
「劇場版・ミカンVSスイカ」
「いや、語感だけ演出されても。なにその果物戦記」
「何が不満なのよ。あなた自身、息を飲むエキサイティングな死闘を繰り広げているじゃない」
「繰り広がらないよ! おのれが狭まる一方だよ!」
「命を賭したみかんの散り様を見届けてやりなさい」
「賭してないよー。もはや献上してるよ」

 萃香はうなだれました。剥かれた皮のなかで、実の詰まった果肉が「どうぞ」と言わんばかりに整列しています。

「ねーえー霊夢。あそぼーよー」
「うるさいなぁ。わかったわよ」
「わ、やった!」

 あまりにしつこいので、霊夢はしぶしぶ承諾しました。

「ねぇ霊夢。何して遊ぼっか」
「うーん。大したのやる気が無いけど」

 霊夢は考えながら、手のひらをお尻に敷きました。
 なるべく疲れない、さっさと終わる遊びは無いものかと、ぼんやり考えています。
 そしてふと、何を探りあてたやら、にやにやしながら言いました。

「アレだ。こたつインベーダーでもやるか」
「えちょ、何ソレ」
「こたつの宇宙戦争よ」
「こたつで宇宙戦争なの!?」

 大方の予想に反して、凄いのが来ました。
 もちろん萃香は聞いたことがありません。霊夢は、机のへりを、ぽんぽんと手で示しました。

「自分の端から、相手の端にみかんを転がすの。敵のみかんは手で触っちゃ駄目。落ちた分がポイントになる勝負」
「わー、何それ! やるやる!」
「ルールはそれだけよ。手持ちは20コね」
「うん、わかった! よーし、負けないぞ!」

 存外、萃香はわくわくしてきました。勝負事というが、鬼の琴線に触れたのでしょう。
 何より、今の退屈を吹き飛ばせるものなら、なんだっていいのでした。

 それぞれにみかんを分けた後、藤かごを畳みに退けておきます。
 ふたりは、こたつを挟んで相対しました。
 とは言っても、敵陣に熱い睨みをきかしているのは、萃香ばかりです。
 霊夢はだるそうに、開戦の合図を出しました。

「はいそれじゃあ。レディー、ごー」
「うおりゃあ!」

 と、先手必勝。
 ごーの合図と同時に、萃香は勢いよく、縦にしたみかんを押し出しました。
 ころころころ……

「あ、あれ?むずかしいなこれ」

 萃香はえい、えい、と立て続けに転がしてみますが、なかなか反対にはとどきません。
 みかんはでこぼこでまっすぐ転がってくれない上に、力の加減が案外難しいようです。
 萃香はいよいよ燃えてきました。

「5個とも届かなかった……巻き返さなきゃ」

 はて。ふと霊夢を見ると、こたつの端に、一列にみかんを並べているではありませんか。

「む、あれは防御かな?なるほど、その手があったか」

 霊夢側の陣営に、みかんのカタフラクトがそびえ始めていました。
 なるほど。あれならば相手の得点を防げる上に、壁を崩して連撃に転ずることも出来ます。
 まさに攻守一体の布陣。さすが霊夢といったところでしょうか。

「手持ちの弾を減らしてしまった私は、冷静に連撃を相殺するしかない!」

 萃香が白熱します。
 そうこうする内に、霊夢はみかんをすべて並べ終わりました。
 するとどうした事か、そのままこたつの端をがしっと掴んで、

「えいっ」

 と立ち上がりました。
 ごろごろごろごろごろごろごろごろ……

「うわーっ!?」

 みかんのなだれが萃香を襲撃しました。
 彼女はたまらず、仰向けに倒れてしまいました。
 
「はい、私の勝ち」

 勝負あり。
 霊夢が、立ったまま悠々と勝どきを上げました。
 はてさて、萃香も黙ってはいません。

「異議あり!」
「異議を却下します」
「こんなのズルいよぉ!」
「ルールはそれだけって言ったでしょ」

 霊夢は、早々とこたつに入り直します。その顔は「してやったり」と言っていました。
 とどめにこんなことまで言い出す始末です。

「うちゅうの ほうそくが みだれる という歴とした技よ」
「技? じゃないよこんなの! ……うああっ! おもしろくない!」

 萃香は乱暴な足バタで抗議しました。うっかり足の指を高熱の金網にぶつけましたが、そこは我慢しました。
 霊夢はだるそうでしたが、根強く粘る萃香を御しきれそうにはありません。

「しょうがないなぁ。ゲーム変えようか」
「そうしよう。今のは封印しよう」

 萃香も大賛成です。今度は自分の意見も提案しました。

「もっとユニバーサルデザインな遊びにしようよ。単純で、勝ち負けに納得のいくやつ」

 霊夢は少し考えました。(少しって本当に少しです。)

「じゃ、かくれんぼ」
「それそれ! そーうゆーポピュラーなのがあるじゃん」
「いいのね。じゃ、鬼が鬼やりなさい」
「巫女は隠れなさい! よーし、仕切りなおすぞ!」

 二人はそれぞれ、むりやりテンションを起こしました。
 とにかく萃香は、一旦こたつとみかんから頭を切り替えさせて欲しいのです。
 鬼に指名された萃香は、そのままこたつに伏して、愛らしく10数え始めました。


「いーち」

「にーい」

「さーん」

「しーい」

「ごーお」

「ろーく」

「しーち」フフッ

「はーち」

「きゅーう」

 そして、

「じゅう!」


 の掛け声と共に、ドーン! と、こたつを「一徹返し」しました。

「うおっ。さぶっ」

 霊夢確保。(こたつ内)

「んもー!」
 
 ぼこすか。ぼこすか。

「やめっ、痛ッ、痛いって! 加減しなさいよ」
「霊夢のバカーっ! なんでそんなにつれないの!?」
「ごめん。ごめんってば。痛っ、折れる!」
「ああ! あのね、もうじゃあ、もう百歩譲って、コタツに隠れたのは許すわ私」
「あ、許す?」
「で、なに笑ってんの!? 途中で」
「いや、ちょっとガマンできなくて」

 霊夢は⑦で失笑していました。

「もう私ね、③くらいで、足元のモゾモゾに気が付いて、あ、これ来たなって思ったの正直」
「あ、バレてた?」
「ナニ肝心なとこ笑ってんだよ! 自らオチ台無しだよ!」

 萃香は怒りのあまり、矛先が変な方向に向いてしまいました。
 とは言え、なおもぷんぷんと怒っています。
 そんな彼女を尻目に、霊夢は何事も無かったようにこたつを起こしました。

「わーったわーったよ萃香。じゃあ、今度はアレやろう」
「いや、聞こうよ! 何さ、次から次へと」
「コタツ・ギア・ソリッド」
「ぶふっ。ゴメンちょっといい?」

 くだらな過ぎて、こらえられなくなってきました。

「コタツ……何?」
「コタツギア、ソリッド」

 霊夢もくっくっと肩をゆらしています。

「何、それは」
「コタツを頭からかぶって、敵から身を隠すゲーム」
「今のといっしょじゃん! もおぉぉー!」

 もちろん怒り心頭です。
 業を煮やした萃香は、力まかせに、こたつのコードをブチっと抜いてしまいました。

「あ、ちょっと萃香、何するのよ」
「没収!」

 そう言うと、ひょいっ、と片手のもとにこたつを持ち上げてしまいました。

「あ、こら萃香! 返しなさい!」
「やだぷー。捕まえてみろーこの落第巫女ー」
「わ、ちょっと! 待ちなさい!」

 間一髪、霊夢の脇をすり抜けて、萃香は廊下へ逃げて行きました。霊夢も慌てて後を追います。
 薄暗く寂しい神社の廊下は、たちまちドタバタ追いかけっこの舞台となってしまうのでした。


◇◇◇


 ~ ぶれいく (without her) ~

 大地をひた打つ銀色の雨雫。
 ふと見上げれば、疾風と駆ける不穏な翼一つ。

「フフフ……。勘を頼りに張り込んだ甲斐がありました」

 八重雲のシルエット。頬を吊り上げる鴉天狗。

「コタツに汗ばむ巫女の生腋。我ながらナイスショットです!」

 独り言。奇跡の一枚。

「やはり、スクープは勘と運だ。次刊の後ろから2ページ目くらいの記事はこれで決まりよ!」

 噛み締める勝利。妙にリアルな枠取り。
 そこへ。

「あやや?」

 眼下に広がる魔法の森。
 眼の端に捉えた、見慣れた人影。

「あれは、霧雨魔理沙じゃないか。傘もささずに、この大雨に降られたんだな」

 彼女の駆け込む家から迎える、もう一人の姿。

「アリス・マーガトロイド! そうか、雨宿りしていくつもりなのね」

 ずぶぬれの乙女。迎え入れる家主の薄い微笑。

 疑惑の、二人。

「これは……バンキシャ魂が止められない!」

 霧に紛れ、こっそりと降り立つ不穏な翼一つ。
 その情熱に休む暇は無い。

 ……なんとも馬鹿馬鹿しい。



◇◇◇



「まいったぜ。突然この雨だもんなぁ」

 魔理沙はつい、ぼやきました。この雨の中、お気に入りのとんがり帽子を落っことして、しばらく森をさまよっていたのです。
 玄関で一息つく彼女は、髪や服から、ぼたぼたと大粒の雫をこぼしています。
 アリスは、黄色いバスタオルを投げてよこしました。

「早く拭きなさい。風邪引くわよ」
「悪かったなぁ。突然押しかけて」
「いいのよ。お互い様だから」

 雨は激しくなる一方です。目の前の木立が霞むほどに、その勢いは増していきます。
 けれども、ひとたび木造りの戸を閉めれば、その静寂が、不思議な居心地のよさを演出してくれるのでした。



 『 キュート と パーソナル に対するいくつかの考察 』



「とりあえず座りなさい」

 アリスは言いながら、煉瓦色の肘掛椅子を暖炉まで運びました。

「え、いいよそんな。私、けっこうずぶ濡れだぜ?」
「遠慮しなくていいのよ。乾燥してるし、ちょうどやかんでも置こうと思ってたから」
「ちくしょー、誰がずん胴だ。惜しみなく座ってやるぜ」

 魔理沙は横柄な態度で、ドカっと椅子に沈みます。
 そしてニッと笑って、

「ありがとな」

 と言いました。

 部屋の中は少々空気がこもっていましたが、そのぶん、贅沢な暖かみに満ちていました。。
 アリスは、散らかった机を挟んで、魔理沙の反対に座ると、部屋の隅に、ひょい、と手をかざしました。
 すると合わせて、机の上に寝ていた上海人形が、手のかざされた方へとふわふわ飛んで行きます。
 魔理沙があちこち拭き終える頃には、湯気と甘い香りをふんだんに醸して、銀の紅茶の盆を持ってきたのでした。

「お、ありがとう。上海」

 舌を焼かない熱さ。魔理沙はぐい、と飲み干して、身体を温めました。

「朝から曇ってたのに、どこに出かけたの?」

 アリスは尋ねました。

「神社だよ。なんか、みかんが溢れて困ってるとかで、少しもらいに行ったんだ」

 言うや否や、魔理沙は手持ちの袋をひっくり返して、机の上にみかんを撒きました。

「宿代に収めてくれ。そう言うアリスは何かしてたのか?」
「上海の修繕よ。もう終わったけれど」

 主人にティーカップを届けた上海人形は、操り主の四指のさす方へと納まりました。
 アリスは満足そうに頷きます。

「この子、こないだの喧嘩の時に酷くほつれちゃったのよ。でももう大丈夫そう」
「良かったな。それで机の上に針やら糸やら置いてあるのか」
「そうね」
「へぇ」

 魔理沙は乱雑な机の上を眺めながら、ティーカップの仄かな暖かみを手に馴染ませました。
 
「なぁアリス」

 ふと、思い付いたように言い出します。

「私って、お前が人形作ってるところ、見たことないよな」
「多分ね。まぁ人に見せる物でもないし」
「だよな。今日もう、やる事ないんだろ?」
「ええ、別段」

 アリスは質問の意味を窺いかねます。

「なに、見たいの?」
「見たいねぇ」

 魔理沙は軽く、身を乗り出しました。

「アリスが一から人形を作る様を見たいね」
「別にいいけど……まぁ確かに、暇でもなんだからね」

 アリスは承諾してくれました。
 彼女は改めて腰を落ち着かせると、ごちゃごちゃした机の上から、度の強そうな眼鏡を取り上げました。

「さっそく面白いな。眼鏡なんか掛けてるのかよ」
「最初の糸通しだけね」
「ぐらつくのか? クスリを止めろ」
「やかましい」

 家主はぴしゃりと言い放ちました。
 大きさの違う二つの針に糸を通すと、イメチェンな眼鏡は早速取り外されてしまいました。
 次にアリスは、綿の袋をマントルピースの上から取り出しました。その中身を適当に抜き出しながら尋ねます。

「なんかリクエストあるかしら」
「え、言ったら作ってくれんの」
「かまわないわよ」
「うわぁーマジか」

 魔理沙は素直に顔をほころばせました。

「うーん。んーそうだなー」
「……嬉しそうね」
「どうしよう。可愛くてさー、私らしいのがいいよなー」

 魔理沙の眼の輝きは、無垢な子供のようです。
 こういう時だけはホントに乙女だな。とアリスは思うのでした。

「可愛くて魔理沙らしいって言われてもね」
「可愛くて個性的……あ、そうだ」
「ん?」

 何か思いついたようです。
 何がおかしいのか、魔理沙はクスクスと笑いました。

「犬とサル作ってさ、二人で持とうぜ」
「えぇ……」
「えぇって!」

 思わずアリスは渋りました。なんとも突拍子も無いアイディアです。
 表情に出てしまう彼女は、微妙な顔で「微妙だよ」と思いました。

「なんで駄目!?」
「なんで駄目ってか、なんだソレって感じなんだけど」
「いいじゃん、可愛いじゃん」
「犬猿の仲にちなんで?」
「そうだよ。アリスが、好きなほう選んで持っていいから」
「サル渡したら失礼じゃない」

 アリスは浮かない顔で、綿をもみもみしています。
 魔理沙としては中々のアイディアだったのですが、アリスにはどうもピンとこないようです。

「だいたい私、人形専門なのよ? 四つ足じゃん」
「宍に挑め。アリス」
「宍には挑まない」
「なんだよー。気分的に二本足な感じで行けばいいだろー?」
「意味がわかんないし。ていうか、もはや人形じゃ無いじゃん。イヌ形じゃん」
「なんだよ……イヌ形って」

 魔理沙は椅子にもたれかかりました。

「イヌを頭からいっぱいかぶる修行かよ」
「滝行じゃ無いよ馬鹿」

 すっかり呆れたアリスは、皮肉な顔で皮肉を言いました。

「それにどうせなら、イヌよりネコかぶった方がモテるわよ」
「おお、上手い」

 魔理沙は感心したようですが、言った本人は微妙な顔で「微妙だよ」と思いました。
 アリスは癖っぽくため息をつきました。一向に作業に入れないためでしょう。

「もっと人っぽいのでお願い」

 魔理沙は唸りました。

「じゃあ最悪、豊臣秀吉と前田利家で」
「最悪だ」

 ※ サルとイヌ千代

「魔理沙、あなたヒゲのおっさん二人を部屋の隅に据えるつもり?」
「いや、箒にぶらさげて私らしさを演出しようと」
「可愛さはどこに溶けた」
「ちぇ、ムリか。私にはいい考えだと思ったんだけどなー」
「駄目だそれは。私にいい考えがある、て感じ」
「?」

 魔理沙にはわかりませんでしたが、アリスは人形に精通する人だけに伝わるネタを呟きました。

「じゃあ、もう無いよ」

 魔理沙はあっさり諦めました。

「えぇ、コンテンツ少なっ」
「アリスのインスピレーションで頼むよ。ただ見てるから」
「張り合い無いなぁ」

 よほどイヌとサルを気に入っていたのでしょうか。
 アリスのモチベーションはだいぶ緩んでしまいました。
 とは言え、当の魔理沙としては、人形の出来るまでを見ることが出来ればいいのです。

 二杯目の紅茶が淹れられる頃には、寒さと暖かさの織り成す独特な気だるさの中、二人とも黙ってお互いの作業を見ていました。
 黙々と、一方は人形を作り、一方はみかんを減らします。

 午後はまだまだ長いようです。(続く)


◇◇◇

  ~ ぶれいく (cat & fox in the cats & dogs.) ~


 ○がつ×にち くもり のち おおあめ


 きょうは、あめで すごく ひまだったので
 ゆかりさま と らんさま といっしょに、れいむ のじんじゃに あそびに いった。 

 でも、れいむは ばか なので、 こたつを こわして しまっていた。
 じんじゃは、 さむくて あそびたくない くらい さむかった。
 こおに は、あばれて つかれて ねてた。

 らんさまは 「だれかに なおして もらわないと」 といった。
 ゆかりさまは、 「こころあたりが あるわ」 といって、こたつをもって どこかえ いった。

 まっているあいだ、 れいむと らんさまと、『たたみいんべーだ』 という げーむで あそんだ。
 しばらくして こたつが かえってきて、 れいむは かっぱに おれいを いった。

 ゆかりさまに 「たべもので あそぶな」 と おこられて、 はんせいした。
 たのしかった。


「書けたよー藍さま!」
「そうかそうか。ところで橙」
「にゃ?」
「また顔を洗いに行くのかい」
「うーん。なんか昨日から今日にかけて、無性に顔を洗いたいんですよ」

 日記をほっぽって、橙は台所へ。

「はぁ、明日も雨か。はたまた私の嫁入りか」



◇◇◇


 ―― 上 ――

 八雲紫さんが、私のラボに現れたのは、ある大雨の落ち着いた午後だった。

「ごきげんよう、にとり。ちょっと直してもらいたい物があるのだけれど」
「おや、お久しぶりです。紫さん」

 私の機械いじり場所、鉄かべ作りのラボは、妖怪の山の滝の隣に隠してある。
 入り口に張ったスクリーンカーテンで、表から見ればただの岸壁のようにみえる仕組みになっている。
 けれどこの、八雲紫という不思議なお姉さんは、どうやってか直接、私の居場所をつきとめてしまった。
 私はこの人を見るたびに、「科学にできない事は沢山ある」なんていう、鼻高の哲学を思い出してしまう。

「そのスキマ移動術は、こんな雨の日には実に便利ですね」
「まったくだわ。か弱い私にだって、この通り大荷物が楽々で運べるもの」

 何が壊れたかと思えば、単純な型のこたつじゃないか。この私にお任せあれ。

 ラボの壁に、普段は聞こえない滝の轟音が、反響して響く。
 風が無いせいか、山の空気はしっとりとした重みに満ちていた。
 なんだかいつもと違う、少しわくわくする雨の日だった。



 『 "山吹や 蛙とびこむ 水の音” 』



 私はまずショートを調べた。
 ふむむ。しばらく掃除していない感じを除いたら、いたって故障は無いみたいだ。
 総とっかえは、しなくても大丈夫だろう。
 私があちこちいじっていると、紫さんは呆れ顔で話してくれた。

「霊夢のところの小鬼が振り回して壊したらしいわ。治るかしら」
「破損部分もすぐに見つかるでしょう。ちゃちゃっと部品取り替えれば直りそうですよ」

 そう聞いて、紫さんは微笑んだ。人に頼もしいと感じてもらえるのは、なかなかいいものだ。
 彼女はしばらく、私の作業を見たり、周りの工具類を眺めたりしていた。
 けれど、飽きてしまったのだろう。のそのそとラボの入り口まで歩いて、擬態用のカーテンを手でのけた。

「やっぱり、機械はおもしろくありませんか?」

 私は尋ねた。

「あら、ごめんなさいね。退屈してるわけじゃないのだけど」
「いいんですよ。わからない人が見てもガラクタでしょうし」
「そんな事は無いけど、せっかくだから山の景色を見ておこうと思ってね」

 そう言うとしばらく、そこから動かなかった。
 私の場所からは、外の景色と紫さんの表情を、いっぺんに見ることが出来た。
 山は裸木ばかりな上に、雨で靄がかったせいで、大した景色は見えないはずだった。
 けれど、紫さんには何となく、感に堪えないものがあったようだ。

「染む木々や……」

 ふと、麗しい声で呟いた。

「いのち満ちなん 春時雨。ちゃんちゃん」
「おや、一句ですか?」

 尋ねる私に、紫さんは首を振った。

「とってもイマイチだわ」

 詠んではみたものの、どうも納得がいかないらしい。
 そのあともう一度、「染む木々や 息吹満ちなん 春時雨」と詠み直した。
 と、今度は頭を抱えてしまった。

「うーん。酷い出来」
「そんなことありませんよ。すらすらと思いつけて、すごいなぁと思いますよ」
「あぁ、そう? ありがとう」

 紫さんのお礼は、なんだか上の空だった。
 いつもの紫さんのキャラクターとは違和感のある、なんとも謙虚な態度だった。
 けれど私には、その謙虚さの意味がわかる気がした。

 それはきっと彼女が、いつでも芸術家だからだろう。
 私だって、メカニックの腕を褒められた時に、そんな事ない。酷い出来だ。と言うことがある。
「自分にはもっとできるはずだ」というナルシストな自信がある。
「目指す先人達には全然とどいてない」と思う、譲れないこだわりもある。
 だから、褒められても謙虚な姿勢を取ってしまう。

 それは私の中でも、純粋に謙虚であって、決して謙遜では無かった。
 私の工作にかける気持ちは、このときの紫さんにそのまま当てはまるんだろう。
 そんな事を、勝手に思った。

 紫さんはその後も、ぼんやりと外を見ながら、独り言のように語った。

「いのちで読むと、力強い感じにはなるのよね。けれど語感が悪いわ」
「そうなんですか?」
「いのちみちなん。なんだかなぁ。すってんころりんって感じ」
「なるほど」
「息吹で詠むと、柔らかくて優しい感じに聞こえるのよ」
「ふむふむ」
「でも、ついに春だぞっていう活気が無いし、ともすれば意味不明で安っぽいわ」
「そうでしょうか」
「どっちがいいかしら。どっちも駄目かしら」

 紫さんはそこまで言って、ふと我に返ったように、くるりと私を振り返った。
 なんだかちょっとはにかんで見える。柄にも無く恥ずかしがったみたいだ。

「ごめんなさいね。つまらないお話ししちゃって」
「謝ってばかりで、どうかしてますよ。私、とっても楽しいですよ」
「……そうね、ちょっと変。雨のせいでセンチになっちゃうなんて、らしくないわ」

 紫さんは寂しそうに笑った。



 ―― 中 ――

 雨音がまた少し、なだらかになった。

 けれど、見た目には大して変わらない。
 相変わらず、景色をそのままこぼしたみたいな雨が、微かな冷たさで山の木々を打っていた。
 ラボの中の私と紫さんは、修理中も延々、他愛の無い事をお喋りした。

「見てください。プラグ近くでコードが断絶してました。きっと、おもいきり引っ張りでもしたんでしょう」
「あらやだ、危ないじゃない。持ってきてよかった」

 けれどまた、そうした会話にちょっとでも間が空くと、また紫さんの独り言は、「いのち」と「息吹」の間を右往左往していた。
 しばらくすると我に返って、また、ごめんなさいと言った。その寂しそうな顔は、毎回おんなじだった。
 私は、その八の字まゆの切ない笑顔を、どこかで見たことがあるような気がした。

 私がもっと幼い頃、大好きだったおじいちゃんが、拾ったテレビを直しながら、語って聞かせてくれたことがある。

 にとりや。
 人間も河童も不思議なもんだ。何かを思ったら、それを言わずにはいられないんだよ。
 命令や名前を伝達しているだけじゃ、晴れやかになれないんだ。
 誰だって、何かを見たり聞いたりした時に、感情よりも欲よりも、早く動く心の部分がある。
 それを、お喋りせずにはいられないんだ。
 それがお母さん達のおしゃべりになったり、旅の土産話になったり、歌になったり詩になったりするんだよ。

 聞くほうも聞くほうで、ただ「うんうん」と相槌を打つのが大好きなんだ。
 そうすると、何か思って、何か喋ったほうは、その「うんうん」を見て、いっそう心が晴れるんだよ。

 人間も河童も、それは一緒だ。
 だから、人間と河童は、いつかもっと仲良くなれるんだよ。

 それを聞いていた私は、確かごろごろと床に転がっていた気がする。
 また長話だ。つまんない。とか言って。
 今にして思えば、随分な孫だなぁ。

 おじいちゃんはそんな私を見ながら、
 そんなんじゃあ、おじいちゃん何時までも晴れないぞ。
 なんて言ってたっけ。
 その時の八の字眉毛は、今の紫さんにそっくりだった。

 そうなんだ。
 自分のすごく伝えたい事が伝えられないから、寂しい顔をするんだ。
 私に「うんうん」と言わせたくて、頭を悩ませているんだ。
 悪気は無いのだけど、いつだって私のリアクションは素直だった。

 今、紫さんは、雨に濡れた木を見たときの感動を、何とかして伝えたくて、二つの言葉を行ったり来たりしている。
 でも伝わらない。おじいちゃんも紫さんも、そんなもやもやがやりきれない時、あんな風に微笑むんだ。

 ぼんやりした回想には紛らわされず、私の手は、あっという間にコードを付け替えた。
 そのあと私は、紫さんに「せっかくだから新品みたいに綺麗にしたい」と提案した。
 バラした部品をとめる前に、私の力作、ピカピカウォッシャー君を使って、サビや汚れを綺麗にできるのだ。
 要は、濡れても大丈夫な部品に、水をおもいっきりぶっかけるだけの機械なんだけれど。
 紫さんは、嬉しそうにと頷いた。10分もすれば、こたつは買いたてみたいに生まれ変わるだろう。


 ―― 下 ――

「紫さん。雨の散歩の楽しさをご存知ですか?」

 私は唐突に切り出した。

「雨の散歩?」
「山の中を、雨に濡れながら延々と歩くんです。濡れた木の香ばしい香りや、河の轟々とした音を楽しみながら」
「そうね、あなたはどんなに濡れても風邪ひかなそうだものね」

 紫さんはクスクスと笑った。
 ウォッシャー君の、ごうんごうんという音が、雨の音といっしょに部屋に響いていた。
 心なしか、その勢いはもう一度増してきたようだった。
 不思議と、なんだか気だるく、眠くなる。二人とものんびりと、木の板や金網が洗われるのを見ていた。

「素敵なお散歩ね。今日はいかないの?」
「最近は行ってません」

 私は少しムスッとした風に答えた。

「友達はみんな雨が嫌いなんです。濡れると風邪引くから、家に帰っちゃいます」
「河童のお友達は?」
「ここぞとばかりに、室内でゲーム三昧ですよ」
「ふふ。なるほどね」

 うんうんと納得する紫さん。
 それを見て、私は少し、寂しい気持ちを慰められた。

「でも紫さん。今日は楽しかったです。お話しできて」
「あら、そうかしら」
「紫さんみたいに、雨を楽しめて、一緒に遊べる人は初めてです。とっても楽しかった」
「そう、ありがとう」

 なんだか、いつもの身勝手風な態度と違って、紫さんはとても優しかった。
 胸の内の少し恥ずかしい部分を交わすのは、腹を割るってことだ。

「さしずめ、雨友達ってところかしらね。にとり」
「素敵な響きです」

 雨友達、か。確かに、ずっと欲しかった。

 ぴぴーぴぴー、と、洗浄完了の合図が鳴った。
 よけておいた部品も持ってきて、最後の仕上げにかかる。
 つなぎ止めたパーツは微塵のサビも無く、木目にニスを塗った台も、赤い掛け布も、洗いざらしのピカピカだ。
 私の仕事は終わった。

 紫さんが帰り支度をする間に、スキマの向こうから博麗霊夢が顔を出して、飄々と礼を言った。
 その上、お駄賃だとか言って、みかんを大きな一箱よこした。食べきったと思ったら、もう二箱見つけたとかなんとか言っていた。
 そんな霊夢のおでこをひっぱたいて、紫さんは、もっとちゃんとお礼しろと咎めた。私は笑った。

「どう、にとり。あなたもこっちで遊ばない?」
「ちょっと紫。何、勝手に人の家に招待してんのよ」
「いいじゃない霊夢。どうせ暇なんだから」

 嬉しかったけれど、私は断った。

「やっぱり、一人でも雨の中を散歩したくなりました。せっかっくの散歩日和ですから」
「そう」

 頷く紫さん。霊夢だけが不思議そうな顔をしていた。

「じゃあね、にとり。また次の雨の日に遊びましょう」
「うん。さよなら」

 私は手を振って、スキマの向こうの二人を見送った。
 心持、ちょっと寂しくなった雨音に向かって、私は出かける準備を始めたのだった。

 すると、後ろから、あわただしく紫さんの戻ってくる声がした。私を呼んでいる。

「忘れ物ですか?」
「いいえ。降りてきたわ」

 何が降りてきたんだろう。
 少しもったいぶった紫さんは、一際麗しい声でこう言った。



   木々染めて 滲むる命や 春時雨   



 私はしばらく、冴え冴えとする空気を飲んだ。

 再び雨音に気付いた時、私はしんしんと心に響くものを感じた。
 紫さんは、それ以上何も言わずに、ただ、眉も目もにっこりと笑って、スキマの向こうへと消えていった。

 あぁ、これがそうか。
 凄いとか、褒めようとか思う前に、私の心は動いた。

 きっと私が、一句読めるような大人びた河童だったら、今の気持ちを俳句にして、誰かに聞かせたがっただろう。
 でも、私にそんな句は詠めない。今は聞かせる相手もいない。
 私は、私の中でしばしばと弾けている何かに興奮して、抑えられなかった。
 初めて泳げたとき。初めて工作が出来たとき。そんなのに似た気持ちだった。

 耐えられなくなって、私は思い切り走りながら、ざんざんと降りしきる雨の中へ飛び込んでいった。
 川を打つ甲高い雨音は、私の中の興奮を滲ませたように、山の遥か向こうまで響いていた。


◇◇◇


 ~ ぶれいく (a head(笑)) ~

 屋根からはみ出た真っ黒の翼に、大粒の雫を滴らせて、射命丸は興奮を押さえ殺した。

 ――ついに――ついに霧雨魔理沙がバスルームへと誘われた!

 アリスの方は、相変わらずもくもくと机に向かって、編み物らしき事をしている。
 この長い間、ブン屋はスキャンダル目当てに、延々と窓の外に張り込んでいたのだ。

 犬猿の仲と評されながら、たびたび一緒にいる疑惑の二人。
 このロマンチックな閉鎖感の中、ひと情事無いわけがない。
 彼女の根拠の無い確証は、分毎に胸の中で膨らんでいった。

 ふと、アリスが大きく伸びをしたので、ブン屋はビクっと首をちぢこめた。
 驚いた。何か完成したようだ。
 閉じきれていないカーテンの隙間から、彼女はアリスの手に握られた作品を覗き込んだ。

 見れば、世にも奇妙な風体の一個の人形である。
 可愛らしいサイズにデフォルメされた人の身体。りりしく縫われた細い眉毛を見るに、どうやら男の子である。
 長髪を後ろで結い、腰には刀を差した武者のような姿。額には、日の丸のはちまきが巻かれている。
 そして、なんとなく見覚えのある「日本一」の旗。

 その瞬間、稲妻のような衝撃が、射命丸を襲った。
 ――あれは……桃太郎!?
 桃太郎といえば、お供のイヌサルキジ。
 イヌとサルは中の二人。
 ……そして……記事キジ!?

 バ、馬鹿な!
 あの女、私の存在に気が付いている!?
 二人のアバンチュールに水を差すパパラッチの存在に気付いている!
 あまつさえ、あの人形によって、雰囲気を壊さないようにして、私に、

「気付いてるぞ。帰れ!」

 という警告を送っている!

 お……恐ろしい。なんという女だ。
 見破られたというのか、この私が。ゴシップに命を賭けて来た、この私の尾行能力が!

 射命丸はよろよろと、その場からあとずさった。
 その瞳には光る物があったが、この雨の中では、その正体は如何とも付かない。

「……れてやる」

 彼女は、雨音に掻き消えるほどの声で呟いた、と、突然叫びだす。

「濡れてやる! 濡れてやるぞお! うわああああああああああああああああああああああ! うわあああああああああああ!」

 気でも違えたのか、降りしきる雨粒のカーテンへと身を躍らせて、馬鹿馬鹿しい感傷と共に飛んでいった、哀れな鴉天狗。

 下人の行方は誰も知らない。



◇◇◇



 何でしょう。
 アリスは雨音に混じって、落雷のような叫び声を聞きました。
 おどろいてカーテンを開けてみても、霧がかった景色のせいで、外の様子が窺えません。
 空耳でも聞いたのでしょうか。

「おーい、上がったぞ。いい湯だった」
「あら、お粗末様」

 お風呂からあがった魔理沙は、金髪にほこほこと湯気を立てて現れました。
 アリスに借りた部屋着をまとっていましたが、お前のは華奢すぎる。と少しからかいました。


『 めいど・ふぉあ 』


「そうそう、できたわよ。人形」
「え、できちゃったのか?仕上がる所も見たかったのに」
「悪いわね。作り出すとつい夢中になっちゃって、そうゆうの忘れちゃうの」

 アリスは肩を回しながら言いました。

「で、結局どんなのにしたんだ?」

 魔理沙が尋ねると、アリスはぐい、と人形を差し出しました。
 それは、りりしい顔の美男子の人形でした。背中にくっついた「日本一」の旗を見るに、童話の主人公であるようです。

「桃太郎?」
「そう、桃太郎」

 アリスは淡々と答えます。

「どうして桃太郎?」

 魔理沙の疑問ももっともです。
 アリスは、利き手で髪を掻きあげながら言いました。

「ほら、それがあったら、イヌとサルも仲良くできるかなー。みたいな、ね」

 ほのかにキザな笑みで、悠々と手を腰にあてます。

 魔理沙はどうしたのか、少しの間、わなわなと震えていました。
 と、感極まったのでしょうか。

「アリスぅ!」

 と叫んで、人形の作り主にとびつきました。

「あー、はは……はいはい」

 アリスはやれやれという顔で、まだ少し濡れた魔理沙のネコっ毛を撫でました。

「なんだおい! お前はにくいヤツだなぁ。いいやつだなっ。このこのっ」
「んー、そうかそうか。よしよし」
「なーなー。気に入ったかどうか、とか聞かないの? なーなー」
「そうね。気に入ったかしら、魔理沙」
「気に入ったぞー! うりうりーこのやろーっ」
「わっはっは。どぅどぅ」

 魔理沙の腕はなおも、アリスのみぞおち辺りをぐいぐいと締め付けます。
 妹をあやすようにして、アリスはその好意を、ぽんぽんとなだめました。
 抱きつかれたまま、アリスは言いました。

「ま、キジが足んないんだけどね」

 魔理沙は顔を上げて答えました。

「気にしないさ! 今度こそ動物人形をつくるんでもいいしな」

 そう言うと、やっと手を離します。
 アリスは少しの間考えていましたが、なにか納得したように頷くと、マントルピースの上に再び手を伸ばしました。

「それじゃ、あなたの箒の飾りにでも、キジ形に挑んでみるか」
ぐらいでぃーあGood idea!」

 親指をぐっと立てる魔理沙の笑顔は、太陽のようにきらめいていました。

 魔法の森中の水溜りを繋げて、雨はなお、夕刻まで降り続けました。
 二人の魔法使いは、今度は肩を寄せ合いながら、ああでもない、こうでもないと、新たな試みに、時間を忘れて暖まるのでした。



◇◇◇



 幻想郷を包み込むその雲は、段々と視界へ降りてくるようでした。
 その向こうで、見えない夕日が落ちていくのがわかります。
 妖怪の山は、早々と暮れの暗闇に蝕まれていきました。
 このままいくならば、この雨は明日までやむことはないでしょう。
 明日もまたやって来る、気だるくて退屈な、ホントに何も無い一日。



 『 break in the lazy rain 』



「大丈夫ですよ。そういえば修行中は、毎日雨や滝にうたれたものです」

 ずぶ濡れの射命丸は、手で顔を拭うことも無く答えました。

「だけど河童とはちがうじゃん。風邪引いちゃうよ」

 にとりは背の高い射命丸の顔を覗き込みました。なんだか、どこまでも無表情です。
 二人の目の前で、濁った川は轟音と共に流れていました。
 空からまっすぐに降りてくる雨粒は、佇む二人の少女を飽きもせず濡らし続けました。

「あなたこそ、こんな雨の中、何をしていたの? にとり」
「えっと……散歩」
「えぇ」
「引かないでよ。あなたも同じようなものでしょ」
「私は、その、帰り道ですよ」
「何の……それなら、なおさら早くお家に入りなよ」

 にとりは一心に、射命丸の体を心配しているのです。
 けれども射命丸は、そんな言葉だけを器用に無視して言いました。

「たまには、雨に濡れるのもいいものです」

 彼女は敬語と口語が、言ったり来たりしています。
 にとりはもう一度、射命丸の顔をのぞきました。閉じたまぶたに、前髪から滴った雨粒が流れていました。

「いろんな事忘れられます。仕事の事とか、悲しい事とか」
「そう、思う?」
「ちっぽけな色んなことが、どうでも良くなりますね。それに――」

 射命丸は大きなくしゃみをしました。

「……それに、とても寒いです」
「あぁ、ほら」
「うう。そうですね。そろそろ引き上げる事にします」

 口ではそういいながら、なおも射命丸は、身じろぎすらためらっているようでした。
 彼女もまた、この音に魅入り、この身体を這う心地よさに、催眠のように浸っていました。
 にとりにも、それが窺えたのでしょう。おずおずと尋ねます。

「雨は、好き?」

 射命丸は、ゆっくりとまぶたを開けて言いました。

「そうね。今日、好きになれた気がする」

 彼女のうつろな眼に、少しずつ目の前の川の濁りが鮮明に映ってきました。
 そして、うんとめいっぱい羽を広げると、自分でもおどろくほど長く、ほっ、とした息を吐きました。
 まるで、彼女の底に長く長く溜まっていた疲れが、心地よい音色の向こうに溶けていくようでした。

「雨の好きな鴉天狗さん。よかったら、家においでな」

 にとりは、童話から引用したように、おどけた丁寧さで言いました。

「あなたの家に?」
「こたつインベーダーでもやろうよ」
「えぇ、ナニそれ!?」
「はやりなんだよ」

 晴れやかなにとりの笑顔に、射命丸は、思わず頬がゆるみました。

「そう。じゃ、お邪魔しましょうかしら」

 暗がりの広がる中にも、二人は、お互いの顔に浮かんだ笑いを見ることができました。
 うすぼらけな残りの照明を、しぶきが仄かにきらめかせて、夜の訪れを告げています。
 にとりは体ごと射命丸に向くと、いたずらっぽい仕草でこう言いました。

「でも、ひとつだけ条件があるよ」
「なにかしら? 雨の好きな河童さん」
「帰り道、私の散歩に付き合って、ね?」

 にとりは手のひらをさしだしました。

「なるほど。ご一緒しましょう」

 射命丸は、姫をエスコートするように、その手を優しく握りました。

 薄明かりが残り僅かに、妖怪の山を彷徨っています。
 二人のびしょびしょの妖怪は、あちこちの面白いものを指差して教えあいながら、のんびりとぬかるみを踏みしめて行きました。
 振り返ってみれば、冷たい風も、やかましい落雷も無い、ただ、寂しげな雨ばかりの降る一日でした。
 心地よい疲れと気だるさに癒されて、人も妖怪も、今日はいつもより早く、暖かい布団にくるまれることに決めました。

 春霖雨の中、うすもやは、幻想郷のついた長いため息のように、野山と空とを、どこまでも覆っているのでした。
 書き終わって、幼少の頃に見た「雨に唄えば」の有名なシーンを思い出しました。
 あれって、パブリックドメインなんですね。記憶は何もかも飛んでますけど、「I'm singing in the rain」のくだりは不思議と口ずさめました。
 今度、じっくりみたいなぁなんて思います。

 どうも、龍宮城です。こんにちは、こんばんは。そしてこの場で、多くの方にお悔やみ申し上げます。
 友達が岩手にいたもんで。無事に帰って来たときはほっとしました。
 日本にも、ほっと一息つける日が、早くきて欲しいと思います。つか実家は横浜なのに物無すぎてやばい。買いだめやめてね。



 ・作品解説

『小鬼と巫女とおコタ様』←コントです
『キュートとパーソナルに対するいくつかの考察』←漫才です
『山吹や 蛙飛び込む 水の音』←小説です
『めいど・ふぉあ』←萌え萌えきゅんです
『break なんたら』←ハッピーエンドです   以上。

 前回は考えすぎで(ないしは誤字脱字で)大すべりしたので、何も考えないのが今回のテーマです。
 どうでしょうか。「雨が好き」と言うとナルシストと思われがちなんですけど、そんなことも無くないですかね。
 
 やってる間に、オムニバスコントライブの気分になってきたので、ラーメンズへのオマージュとか入ってますね。
 それとなく楽しんでいただければ、これ幸い。

 追記、早速修正おば。さっきこの辺に書いたことはあっさり撤回な方向で。
 さらに追記。ご指摘通りの布陣に組みなおしました。ご指摘感謝です。丞相。
 さらに。大掃除しました。ご指摘ありがとうございます。また、こたつインベーダーが予想外の好評を頂いてるみたいなのでタグに追加しました。多分、検索の役には立ちません。
 それでは、是非また。
龍宮城
[email protected]
http://twitter.com/#!/ryugujo
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コメント



0.1420簡易評価
1.100奇声を発する程度の能力削除
これ好きだぁ!!!最初の部分読んで直感しました、これ自分の大好きな部類のお話だと
そして凄いなぁ…一つ一つのお話がスムーズに繋がっていて、お話に凄くのめり込んでいきました
読み進めて行く内にもっとこの物語が続けば良いなぁという願望も出てきたりw
後、こたつインベーダー…これは流行るな!(何
4.100名前が無い程度の能力削除
いやー面白かったです!
ほんわかほのぼのしたり、コメディテイストのノリに思わずくすっとさせられました。
他にも言いたいことは色々ありますが、ボキャ貧の私は上手く言葉に出来ません。
本当、とにかく面白かったです!
良い作品をありがとうございました。
5.100名前が無い程度の能力削除
しみじみと、染みいるお話でした。
魔理沙とアリスの関係がとても素敵で! いいですねー仲良しいいですよねえ!
すばらしい作品をありがとうございます!

こたつインベーダー、早速実践してみたところ最終的にプレイヤー同士のみかん弾幕が飛び交う大惨事に。楽しかったです。
7.100愚迂多良童子削除
すごい和んだ。
ちょっと湿っぽい紫が印象的ですね。
10.100名前が無い程度の能力削除
Rainy day,rainy day,how are you...
ああ、いいなぁこう言うの。萃香可愛い。
雨の日ってどうしても鬱々としがちですけど、みんなが楽しそうで何よりです。

あと、誤字報告を。
『カタクラフト』じゃなくて『カタフラクト』ですよ。
12.100名前が無い程度の能力削除
こんな素敵な雨の日を過ごしてみたい・・・
15.100名前が無い程度の能力削除
素敵です、大好きです、クリティカルでした。
今度、友人とこたつインベーダに興じてみようと思います。

紫の俳句も雅でした。
18.90コチドリ削除
まず導入部分が素晴らしい。三回読み直しました。
登場人物達が皆『らしい』。原作らしいと言う訳ではなく、そう自然に思わせた作者様の腕が見事だ。

このお話の主役はにとり、そして雨だと個人的には思っております。
作者様とは気が合いそうだ。私もかの名画を思い浮かべながら物語を読み進めていました。
「うんうん」と頷きながらね。

幻想郷の住人達からしてみれば何も無い一日。
でも、そんな一日を積み重ねて優しくしっとりとした、
それでいて心が浮き立つようなお話を紡いでくれた作者様に感謝です。
20.100名前が無い程度の能力削除
春の雨は濡れて行くもの
実に粋なお話でした
にとりをはじめどのキャラも素敵でした
そして随所にちりばめられてる小ネタもうまい
そしてコタツインベーダ、これははやる
25.100名前が無い程度の能力削除
ぐらいでぃーあ!!
28.90名前が無い程度の能力削除
全体的に収まった感じが良かったです。
物語として見るなら、投げっぱなしのようにも読めますが、ありふれた日常の一つ
としてなら何事にもオチは必要ありませんしね。
紫さんとにとりのお話が真ん中にあるのがうまいな、と思いました。

最後に一つ。コタツインベーダーしようぜ。
30.90名前が無い程度の能力削除
いい雰囲気でした。
32.100名前が無い程度の能力削除
いい空気だーこれ大好きです。
桃太郎のくだりうまいなーちょっと感動(?)した。
33.100今無ヅイ削除
素晴らしい作品をありがとうでした。
ラーメンズ好きな私にはもう惚れぼれする作品でございました。
39.100名前が無い程度の能力削除
実に良かった!次もお願いします。
42.90sas削除
しみじみと染み入る、いいお話たちでございました
45.100アン・シャーリー削除
ずっと読んでいたかったでござるよ
47.100名前が無い程度の能力削除
すごい良かった!
何回も読み返したくなる面白さです