Coolier - 新生・東方創想話

稗田阿求は動かない 十六夜咲夜編

2011/03/17 23:35:49
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 おはよう、こんにちは、こんばんわ。本日は稗田邸へようこそ。
 私は九代目阿礼乙女、稗田阿求と申します。普段は幻想郷縁起や、シリーズものの官の……もとい純愛小説を執筆しております。 
 どちらも絶賛発売中なので、お近くの書店でお求めください。なお、純愛小説の方はあまりにも純な内容ですので、子供の心を忘れてしまった成人の方にオススメいたします。 
 そして今ならなんと、書店で本を御受け取りの際

 あっきゅきゅんきゅん、あっきゅんきゅん!

 と叫べば、店員さんからの慈愛に満ちた視線、およびに阿求倶楽部の会員カードとすくーる水着なるものを身にまとった私のマル秘ブロマイド写真がついてきます。
 
 げきれあ写真なので、大事にして下さいね。

 すくーる水着とは何かって?う~ん、あれは確か眼鏡をかけた店を営む半妖の殿方から半ば強制的に送られてきたものなので、その殿方を訪ねて見ると良いと思います。 
 まあ、与太話はここらへんにしておきましょう。
 せっかくお客さまもいらっしゃったことですし、ちょっとした小話でも披露すると致しましょうか。

 えー、こほんっ。
 本日は、幻想郷に住む個性的な主に遣える、素晴らしき従者達のとある一日を話していきたいと思います。

 悪魔に遣える瀟洒なメイド、賢者に遣える九尾の式神、冥界の管理人に遣える迷い断つ剣士、月の頭脳に遣える人を狂わす兎。
 
 誰から語るかは非常に迷う所ですが、やはりここは彼女から始めましょうか。

 
 それでは、九代目阿礼乙女、稗田阿求による幻想郷小話のはじまりはじまり――


―――――――――――――
従者達の日常、十六夜咲夜編
―――――――――――――

 

 紅魔館のメイド長である彼女、十六夜咲夜の朝は早く、空が白み出し朝日が顔を覗かせるころには紅魔館メンバーの服をいれたかごを何個も持って1階にある洗濯所に向かっていた。
 向かっていた、といっていても傍からは存在を視認することはできない。何故なら、彼女は時を止めて動いているからだ。

「ふう、ふう……意外とこれ、重いのよね」 

 とすっ。と一旦かごを置き、一休みしてから担ぎ直しまたも洗濯所へ向かい始める。
 その額には点々と球のような汗が浮かんでおり、なめらかな白い肌がほんのりとうすく朱に染まる。(化粧は落ちないのだろうか?と思ったが、時を操れるのだから心配は無用か)

「でも、洗濯できるんだからそんなことは言ってられないわよね。ふふ、楽しみ」

 そう彼女は呟き、にへら。と、だらしなく頬をゆるませ微笑む。(可愛い)
 
 普段の彼女を知る者からすれば無防備すぎる表情ではあるが、これも時が止まった彼女の世界ならではの表情なのだろう。
 洗濯所についた彼女は、汗を常備しているハンケチで拭い、きっちりと乱れた髪を整えてから止めていた時を戻す。
 朝が早いからなのか洗濯所には誰もいなかったので、これ幸いとばかりに洗濯を開始した。

「洗濯っていうのわね、なんというか一人で、豊かで、静かで、救われてなきゃ駄目なのよ。至福の時間なんだから……」

 とろん、と目の焦点が定まらない恍惚の表情を浮かべ独り言を呟きながらも(もちろん呟く時は時を止めている)彼女は――

 門番のブラジャー、魔法使いの紐パンツ、その使い魔のTバック、敬愛する主のドロワ、その妹君の縞パンツをよどみなく洗っていく(洗濯が下着に集中している気がする?そんなことはない。きっと気のせいである) 
 しっかりと、そう、必要以上にしっかりと手揉みで汚れを落とし下着の洗濯を終えた彼女は、名残惜しそうにそれらを近くにある物干しざおにかける。
 
 ずらりと並んだ水が滴る下着達は、えも言えぬ魅力を放ち彼女の気持ちをゆらゆらと揺さぶり、惑わせる。
 すると、下着達の魅力にあてられたのか、彼女はまるで影を縫いつけられたかのように微動だにしなくなった。 

 そして十秒、百秒、いや、万秒だったか(まあいい)の時が経過した頃(時の止まった中で時が経過したというのも変な話だが)不意に彼女の耳に何かが聞こえてきた。 

「今日一日ここに居ようよ」
「咲夜さんが行っちゃうなんて寂しいよ」
「もっと私達を見て」

 その声は異様に澄んでいて、まるでこの世のものではないかのようであった。
 それもそのはずである、何故ならその声は下着のある方向から聞こえてきたのだから。

「まさかっ!?」

 そう、そのまさか、なんと下着が喋っていたのだ。
 普通なら、こんな状況に陥ってしまったのなら恐怖し、慄き、畏れ、その場から逃げ去るものだ。(だれだってそうする。私だってそうする)
 しかし彼女は、紅魔館のメイド長、十六夜咲夜は一味違った。

「や、やったわ。下着を懇切丁寧に洗い続けて××年! ついに声をかけられるようになったなんて!」 

 なんと彼女は、その事実に驚愕しながらも受け止めつつあったのだ。というよりむしろその現実を甘受していた。
 無論、下着は言葉を発しない。だが彼女には聞こえるのだろう、聞こえてしまうのだろう。下着達の悲痛な叫びが!(もちろん私には聞こえない。というか聞こえるわけがない) 

「行かないで、行かないで!」
「もっと一緒に居ようよ!」
「咲夜さん。咲夜さん……!」
 
 彼女は考える。

 ここから出ていってしまっていいのだろうか。こんな助けを求める下着達をないがしろにしてまでやることがあるのだろうか。と。

「しかし私は紅魔館のメイド長、十六夜咲夜! 私にはお嬢様や紅魔館の皆を世話するという使命がある! もちろん私だって、貴女達を残していきたくなんてない。でも、心を鬼にしなきゃいけないの! わかってちょうだい!」

 一息に叫んだ彼女は(もちろん時は止めている)、もう言うことは何もなしと言わんばかりにくるりと踵を返し、悲しげに彼女を見つめる(見つめる?)下着達の視線を背に受けつつも断腸の思いで洗濯所から出る。

「ごめんね皆。でも、もう時間だから私は次の仕事をしに行かなければいけないの。ごめんね」

 洗濯所から遠ざかっていく背中には、哀愁が漂っていた――。




 廊下を掃除し、すれ違う妖精メイド達に瀟洒スマイルをふりまきながら主の扉の前にやってきた彼女は、緊張しているのか心を落ち着かせるために何回か深呼吸をしたり素数を数えだしたりした。(もちろん時は止めている)

「うう、毎度のことだけど緊張するわ。だって、だって昨日なんかほぼ裸でしたし……!」

 もわ~ん。とその時の主の姿を思い出し、彼女は赤面する。
 下着も着ないではだけたキャミソールしか装備していないお嬢様の姿を前にして「お召し物を着ないと風邪をひいてしまわれますよ」と澄ました顔で服を着せるのにどれだけ力を使ったことか!


 まあ、時を止めて十時間ほど視姦したあとでしたがね!(駄目だこのメイド、はやくなんとかしないと)


 何故か誇らしげにグッとガッツポーズをした後、彼女は気が落ち着いたのか昂ったのか、どこか晴れやかな表情で主の部屋をノックした――






「……まさか入れてもらえないだなんて」
 
 涼しい顔をしつつも心の中では血の涙を流す彼女は、紅魔館をパトロールしながらも先程起こった出来事を思い出す。   




 ルンルン気分(もうこれは死語であろうか)で扉をノックした彼女は、今すぐ部屋へ突撃したい衝動を抑えて、直立不動で返事を待つ。

「咲夜。おはよう」
「お嬢様、おはようございます。定時になりましたので参上いたしました。中へ入ってもよろしいでしょうか?」

 ああ、早く入りたい入りたい。そんな様子が傍からでもわかるようにウキウキそわそわしていた彼女だが、投げかけられたのは非情な言葉であった。

「んー、駄目よ。というより、今日は私のお世話をしなくていいわ。夜までちょっと出かけてくるから」

 ピシ、と一瞬表情が強張るがそこはパーフェクトメイド十六夜咲夜、瞬時に表情を戻しあくまでも冷静に問いかける。

「了解、しました。本日はどちらへお出かけになられるのでしょうか?」
「迷いの森……いや、博霊神社に行ってくるわ。たまには霊夢と遊ぼうと思ってね。一応言うけど、ついて来ちゃだめよ」
「心得ております」
「うむ、よろしい。それじゃ行ってくるわ」
「行ってらっしゃいませ。お気をつけて」

 姿は見えずとも、彼女は恭しく頭を下げる。するとそれが合図だったかのように、扉の向こうでキィっと窓が開くような音がした。
 行ってしまったのか。それともまだいらっしゃるのか。入ろうか。入るまいか。
 彼女はそんなことは少したりとも考えなかった。主人の命令は絶対である。入ってはいけないと言われたら入らないのである。
 日の照る中出かけてしまった主が心配でないかと言えば嘘になるが、ついて行くなんていう野暮なことなどは決してしない。
 彼女は十六夜咲夜という個人である前に、一人の主に遣えるメイドなのだから――


    

「でも、やっぱり淋しいわ。お嬢様、早く帰ってこないかしら」

 時は戻って現在、彼女は憂い顔をしつつ、なんとなしに窓の外を見る。
 すると何かを見つけたのか、彼女はにやりと愉しそうに笑みを浮かべる(美人はズルイ、どんな表情をしても画になるなんて)


「まったく、まだお昼にもなってないっていうのに」

「いつもいつも、しょうがない娘ね」

 
 言葉に多少の怒気を孕みながらも、門へ向かう彼女の表情は活き活きと輝いていた。   
 
 

 
「うおー! さあ来い太歳星君め! 幻想郷の平和は私が守る!」
「騒がしいわね。まったく、本当に寝てるのかしら」
「んっ、あっ。くすぐったいぞ! その程度の攻撃で私を倒せると思うなよ!」

 鼻ちょうちんを膨らませながら叫んでる様は奇妙という他ないが、ぺちぺちと数回太腿を触っても起きないところを見ると、どうやら本当に眠っているらしい。

「それならば」

 いざ、私の世界へ。

 彼女がそう呟くと、全ての生物は活動を止め、世界は静止する。もちろんそれは門番も例外でなく、彼女もまた正拳突きの構えをしたまま止まっていた。

「それにしても、いつもはこんな時間帯に寝てないのに。美鈴ったら、最近ちょっとなまけてるわね」

 朝っぱらから寝てるんだから。襲われちゃってもしょうがないわよね。
 彼女はわきわきと手を動かし門番に近づく。(手の動きが非常に卑猥である)
 
「まずは胸を百モミモミね。そして次に太腿を五十スリスリ。今日も愉しませてもらうわ」(補足だが、モミモミは揉みの複数形なので二度揉むことになり、百モミモミは二百回揉むことになる。スリスリも同じ考え方でよいだろう)

 モミモミモミモミモミモミモミモミモミモミモミモミモミモミモミモミモミモミモミモミ

 スリスリスリスリスリスリスリスリスリスリ

 彼女は門番の胸を一心不乱に揉み、太腿を愛撫した。その言葉に出来ぬ素晴らしき感触と、相手の体を思うがままにする征服感。
 それは先程から感じている寂しさを紛らわせるのにもってこいであり、彼女はじっくりと門番の体を触る。
 彼女の胸は決して小さくはなく、太腿も張りが悪いわけではない。だが、人は自分の持たざる者を欲するものであり、彼女もまた同じであった。(私は別に胸や太腿なんていらない。着物が似合わなくなるから別に欲しくなんて、ない)
 それから数時間後、門番の躰を堪能し尽くした彼女はやっと時の静止を解除した。そして何事もなかったかのようにペチっと軽くデコピンをして門番を起こす。

「こら、そんな所で寝ていちゃ駄目よ。侵入者が来たらどうするの」
「んッ……あっ、ささっ、咲夜さん!? す、すいません! 寝ちゃってました! 何卒、何卒ご勘弁を~」
 
 門番は彼女に気付くや否や素早い動きで土下座をする。それはとても滑らかな動きで、何度も土下座をした者にのみできる素晴らしい土下座であった。(素晴らしい土下座ってなんなのだろうか)

「別に何もしないわよ。というかもうしたしね」

 彼女はふんわりとほほ笑む。門番はそれを見て安心したのか、ほっと息をつく。 

「そ、それにしても咲夜さん。き、今日はどうしたんですか? いっ、いつもならお嬢様の所へ行ってるはずじゃっ……」
「今日は何故か暇をもらったの。だから何をしようかなって思ってた時に館の中から幸せそうに眠っている貴女が見えたから様子を見に来たのよ」
「うう、寝ちゃっててすいません」
「ええ、以後気をつけるように」
「はい!」

 びっし!と元気よく敬礼する門番をその場に残し、彼女はまたパトロールを再開する。

 
「ふう、行っちゃいましたか。それにしても咲夜さん」

「今日が何の日か覚えてないのかな?」
  

 
 時刻は昼過ぎ、彼女は悪魔の妹こと、フランドール・スカーレットに三時のおやつを持っていくべくバスケット持参で地下へ降りていると、階下から2つの影が現れた。
 とっさに侵入者かと思い彼女は身構えたが、すぐにそれは誤解だったことに気づく。

「あっ、咲夜さん。みょん所で会うなんて奇遇ですね」
「確かに、まさか貴女とひょんな所で会うなんて。ほんと奇遇ね」
「まったくです。こんな所でパチュリー様と小悪魔さんに出会うなんて奇遇ですね。お二人とも、地下に何かご用でも?」  
 
 地下からやってきた二人は、主の友人である魔法使いパチュリー・ノーレッジと、その遣い魔の小悪魔であった。

「小悪魔さんはともかく、パチュリー様も図書館を離れてるだなんて意外ですね。地下で何かしてらしたのですか?」    
「ええ、ちょっとフランに作って欲しいものがあるって言われてね。プレゼントしてきたところなの」
「そうなんですよ。あれをあげた時の妹様の顔といったら、もう私ったら欲情してしまいましたよっ!」
「まったく、何をのたまってるかしらこの子は」

 魔法使いは変態発言をする遣い魔に肘鉄を喰らわせる。相当な強さで叩いたのか、遣い魔はガクッっと腹部を押さえて前かがみになった。

「ぐはっ! パチュリー様の肘鉄、気持ちいいですぅ」


「…………」
「…………」

 恍惚の表情を浮かべる遣い魔のせいで、その場にはなんとも言えぬ微妙な空気が流れた。(ちなみにとあるメイドが心の底で良いなぁとか思ってたのは内緒である) 

「あ、あのーなんというか、その、肘鉄で私の間違いを律してくれたパチュリー様の心が気持ち良かった。って意味ですからね!? 誤解しないでくださいねっ」
「大丈夫よ小悪魔。咲夜は貴女の見苦しい言い訳を聞くまでもなく貴女がそういう娘だということは知ってるわ」
「そ、そんな~」

 よよよ。と泣き真似をして小悪魔さんはべったりとパチュリー様に抱きつく。混乱に乗じて主人に抱きつくだなんて、流石小悪魔さんは格が違いますね。

「やめなさい。暑苦しいわ」
「そうですよ小悪魔さん。パチュリー様が嫌がってるらっしゃいます。そこらでおやめになった方がよろしいのでは」
「パチュリー様だけでなく咲夜さんにまで叱られるなんて! 私はもう、幸せです~」

 とろん、と半ば意識がトンでるような目をする遣い魔は、傍から見ても完全に人(人?)として終わっていた。
 しかし主に叱られる場面を想像すると、このような表情をしてしまわない自信がない彼女は、遣い魔について触れずに話を戻す。

「それにしても、妹様からお願いなんて久しぶりですね。妹様はあまり物を欲しがらない方ですのに」
「ええ、私も驚いたわ。まあ、あの娘もあの娘で何か考えあってのおねだりなんでしょう。ま、頼られて悪い気はしないわね」
「そうですね。頼られることは素晴らしいことです」

 魔法使いはふっ、と口角を少しだけ上げて微笑む。それは微かな感情表現であったが、彼女には魔法使いが心の底から喜んでることが感じ取れた。      

「ああパチュリー様、可愛いです」
「うっさいわね。ほら、早く図書館に戻るわよ。今日は色々と調べものがあるんだから」
「はいですっ」
「あ、でしたら後で紅茶を淹れに参りましょうか? もうそろそろ三時ですし」
「うふふ、大丈夫ですよ~。だって今日はさ――ぐほっ!」

 何かを口走りそうになった遣い魔に、魔法使いは裏拳を喰らわせ昏倒させる。鮮やかな手際である。
 
  
「いえ、何もないわ。今日は図書館で調べものがあるから、紅茶は淹れに来なくていいわ。今の内に今日の晩餐の献立でも考えておいて頂戴」
「あ、はぁ。了解しました」
 
 魔法使いは呆然としている彼女にそれだけ言うと、ワイルドに遣い魔を担ぎながら去っていった。(喘息持ちなのに無茶をする)
 
「ん、こうしては居られません。早くお菓子を届けなければ」

 嵐のようにやってきて、去っていった二人に呆気にとられていた彼女だったが、我に返り悪魔の妹のいる部屋へ急いだ。 


 
 世間では妹様は狂ってるだとか、情緒不安定だと言われているが、私は妹様をそんな風には認識したことなど一度もなかった。

 確かに妹様はコミュニケーションが少し苦手で、ことあるごとに弾幕を放ってきたり遊んでる玩具を片っ端から破壊してしまうが、それでも私には妹様がまだ理解できていた。つもりだった。

「でも、一体これは何がおきたんでしょうか」

 妹様の部屋を覗くと、赤い粉とビリビリに千切れた紙が床にまるで絨毯の用に散乱していた。足の踏み場もないほどに、だ。

 その部屋は決して大きいとは言えないが狭いわけでもなく、およそ十五畳ほどの大きさであった。そしてその十五畳分のスペースが全て赤い粉と紙で埋め尽くされていたのである。
 この異様な光景に彼女はしばしの間、茫然としていたが気を取り直してこちらに背を向け机に向かっている部屋の主に声をかける。

「三時になりましたので、スイートを持ってまいりました。本日はアップルパイでございます」
「ん、うわあ! 咲夜来てたの!? それならノックしてくれればよかったのにぃ」

 今まで彼女の存在に気づいてなかったのか、声をかけられて悪魔の妹はびっくりしたように振り返る。

「一応しましたが、何かに熱中されてたようで聞こえなかったものかと思われます」
「あ、そう? ごめんね気付かなくて。ふう、でも間一髪だったよぉ。もう少しで……」 
「何かしてらしたんですか?」
「…………ふふ、秘密だよぉ」

 悪魔の妹は彼女の質問には答えず、可愛らしく笑みを浮かべるだけであった。

 そんな様子を彼女は訝しく思いながらも、あえて何をやっているかの詮索はせず、いつもの瀟洒スマイルを返しつつお菓子を手渡す。しつこいメイドは嫌われるのである。(詮索屋は総じて嫌われる) 

 しかし少し気になったのでちらり、と机の上を見ると、そこにはなにやら厳重に魔法で保護されてると思しき二十五センチ四方の箱があった。おそらくアレが先程魔法遣いの言っていたプレゼントであろう。

 流石に中身は見えない作りになっていたが、見えないということは見せたくないものを入れているのだろうと解釈した彼女は、それについては触れなかった。

「妹様、床いっぱいに散らばっているこれら、掃除いたしましょうか?」
「ん、いやそのままにしておいて」
「ですが、このままだとお部屋が」
「そのままに、しておいて?」
「…………はい」

 言葉に潜む抗えぬ圧力を感じ、彼女は大人しく部屋を去った。


 その時は悪魔の妹が何を考えているかなど、彼女には知る由もなかった――




 部屋を出た彼女は、密かに時を止めて覗いていた妖精メイドおよびに紅魔館メンバーたちのパンツやドロワの色を思い返したり(もちろん瀟洒な彼女はすれ違う妖精メイドの下着確認も怠らない)今度部屋に連れ込もうとしている妖精メイドについて考えたり、晩餐の献立を考えたりしていた。
 そしてそんなこんなで時間は過ぎ、日は沈み始め、朝から出かけていた館の主も帰ってきた。
 彼女が張りきって晩餐の準備に取り掛かろうとした時、調理場に一人の可愛らしい妖精メイドがやってきた。

「どうしたの。私に何か用かしら?」
「あ、あのっ! レミリア・スカーレット様から伝言を預かってるので、伝えにきました」
「お嬢様から」

 彼女は朝のことを思い出しながらも表面上は冷静に尋ねる。すると妖精メイドはこほんっと咳払いをして応えた。


「『食事が終わったら、私の部屋に来ること』だそうです」 


「わ、わかったわ。伝言ありがとう。今度一緒に私の部屋でお茶でもしない?」 
「えっ、あ、ありがとうございます! 是非ともご一緒させてください!」
「ええ、じゃあ明日の夜にでも――」


 ぱあっと表情を輝かせる妖精メイドの顔を見て和みつつ(ちゃっかり部屋に連れ込もうとしつつ)も、彼女はその伝言の真意を計りかねていた。

 
 もうすぐ、夜がやってくる――  、  



 晩餐は紅魔館メンバー全員で食べることが紅魔館でのきまりであり、食堂には館の主、レミリア・スカーレットを筆頭に、悪魔の妹、彼女、魔法使い、その遣い魔、門番、妖精メイドが一同に会していた。

「うん、やっぱり咲夜の作る料理は美味しいわ。流石は私のメイドね」
「うんうん、このチーズハンバーグ、ブラッディソース添えも最高。咲夜は料理の天才だよぉ」
「美味しいわ」
「咲夜さんの美味しい料理でお腹を満たせて、皆さんの顔を見て心を満たせてっ! もうここは極楽です!」 
「この瞬間の為に一日を生きてると言っても過言ではないです。うおおおおおおお! 気が高まる!」
「いつか私もこんな美味しい料理が作れるようなメイドになりたい。メイド長に、私はなる!」

 いつも以上に食事は盛り上がり、食堂はてんやわんやの大騒ぎであった。
  
 館の主とその妹は食事の取りあいを始め、門番は彼女の名前を延々と叫びながら食べ物を貪り、遣い魔はメンバーの顔を見ては悶え狂い、妖精メイドは食堂を飛び回っていた。

 そして彼女はというと、主の『私のメイド』発言でもう顔が破顔しっぱなしであった。(もちろん時は止めている)

「ハンバーグはお姉様には渡さないっ」
「うー。それは元々私のよっ。返しなさいフラン!」
「咲夜さん咲夜さん咲夜さん咲夜さん。うおおおおおおおおいしいいいなああああ」
「ああっ、皆可愛い過ぎで料理も美味し過ぎで……! 私はどうすればいいんですかあああ」(笑えばいいと思う)
「えっ、明日メイド長の部屋に行くの? いいなあ~。私も行きたい」
「お嬢様が、お嬢様が私のこと、私がっ、私のっ!」(もちろん時は止めている)
  
 各々が思い思いに騒ぎ暴走している中、魔法使いだけがゆったりと食事を続けていた。


「はあ、もっと静かに食事はできないのかしら。というか――」

「少し散らかし過ぎでしょ、コレ」


 そう呟き床に散らばりに散らばった食器や食べ物を見て、魔法使いは深いため息をついたのだった。
 


 食事が終わったら皆疲れ果ててしまったのか、それぞれ自分の部屋へ帰っていった。
 彼女も心身ともにへとへとに疲れており、すぐにでも自分の部屋に行きたかったが、ふと先程聞いた伝言を思い出して思いとどまる。

『食事が終わったら、私の部屋に来ること』

 自然、早足になる。何故なら既に皆は寝入っているだろうから、現在この館で起きてるのは館の主と彼女だけということになるからだ。
 もしかしたらキャッキャウフフでいけない展開へ突入するかもしれない。そんな期待を胸にして彼女は主の部屋の前に到着する。

 コンコン。控えめに扉をノックすると音も立てずに扉は開かれ、彼女の目と鼻の先に館の主人が仁王立ちしていた。

「ふふ、私の言いつけを守ってちゃんと来たようね」
「もちろんでございます」
「流石私のメイドね。さて、何で呼ばれたか用件はわかってるかしら?」
「誠に申し訳ありませんが、存じておりません」

 またも私のメイドと言われて貧血気味になりかけた彼女だが、なんとか耐えて応える。 

「ふふ、やっぱりね。咲夜、こっちへ来てかがみなさい」
「?」

 彼女は何だろうと思いながらも主に近寄りかがみこんで視線を合わせると――


 キスされた。ほっぺに。

「っ!?」    

 あまりの出来ごとに彼女は真っ赤になり、声にならない声をあげる。時を止めている暇などなかった。

「ふふ、やっぱり貴女のそういう表情は可愛いわね」
「なん、なん! いきなり何をっ!?」

 抗議の声を上げようとした彼女の唇にぽんっと指を置いて静かにさせてから、館の主は話し始める。

「最初に言っておくわ。咲夜、おめでとう。今日私の部屋に呼んだのは貴女をお祝いしたかったの」

「え?」

「今日が何の日かわかる? わからないかもしれないわね。実は今日は、貴女が紅魔館に初めて仕えるようになった日なの。だから皆でプレゼントをあげようって思ったの」
「あ……」

 途端、当時の事を思い出す。紅魔館に彼女が仕えるようになった日、紅魔館では大きな歓迎会が開かれたことを。
 そして歓迎会の終わり際に主が「ようし決めたわっ。今日は記念日よ。来年も祝ってあげるから楽しみにしてなさい」と言ったことを。
 その時はどうせ私も日にちを忘れてしまうだろうし、お嬢様や皆さんも覚えて下さらないだろうなあと彼女は思っていたのだが――

「覚えて、下さってたんですか?」
「当たり前じゃない。部下をねぎらうのも君主の務めなのよ」

 そう言って主は得意げに胸を張る。彼女は自分のことを主人が、そして皆が祝ってくれると思うだけで目頭が熱くなったが、なんとか泣くことは堪えた。
 泣いてはいけない。自分は瀟洒なメイドなんだ。例え主人で会っても弱いところを見せちゃいけない!

「皆で渡す予定だったんだけど、予想以上にハシャぎすぎちゃって眠っちゃったから、私が代表して全部渡そうと思うわ」

 そうして部屋の中に仕舞っていたのか、大きな袋をどこからか取り出すと、がさごそと中を探って一つずつ彼女に手渡した。

「これは美鈴からのプレゼントで、マフラー。一週間ぐらい徹夜して今日できたらしいわ。それで、これはパチェと小悪魔からのプレゼントでお肌の若さを保つ健康法が載ってる本とリラックスする398の方法っていう本ね。図書館から良いのを探したんじゃないかしら。で、これはフランからのプレゼント」

 一息に喋り手編み感満載な赤と緑のマフラーと本を彼女に手渡した後、何やら厳重に魔法で保護されてると思しき二十五センチ四方の箱を取り出す。

「見かけは保護されてるように見えるけど、パチェが言うにはもう鍵は解除されてるらしいから、開けて見なさい」
「では、お言葉に甘えまして」

 彼女は促されるままに箱を開けると、そこには一枚の紙が入っていた。


 紙には彼女を中心とした紅魔館のメンバーと思しきがクレヨンで描かれていて、端っこには「咲夜、いつもお世話してくれてありがとう!」と書かれていた。

「ふふ、流石我が妹。赤いクレヨンを選ぶなんてわかっているわね」


 そう、『赤い』クレヨンで描かれてたのである。


 聡い彼女はそこで今日起こったことの奇妙な出来事を全て理解すると同時に、言いようのない感謝の気持ちがこみ上げてきた。
 まだ駄目!泣くのは全部終わって自分の部屋に帰ってからだ!そう思いつつも、涙が意志に反するようにこみ上げてくる。

「で、最後にこれが私からのプレゼントのリボンよ。森に住んでる魔法使いに作ってもらったの」
「ありがたく、頂戴します」 

 彼女は両手で差しだされた二つのリボンを受け取る。するとカサリ、とリボンの間から小さな紙が零れた。

 なんだろう?と思って紙を見ると、そこには『一日私を好きにしていいわよ券』と書いてあった。

 いきなりの紙の出現に驚いて(私はネーミングセンスに驚いた)彼女は主の方を見ると、主は優しく微笑む。 

「バレてないと思っていると思うのだけど、貴女が瀟洒なメイドという肩書のせいで自分を隠してることはもう私にはわかってるの。他の人は気付いてないと思うけど、常に仕えてくれてるメイドが何を思ってるかわからないほど私は馬鹿じゃないわ」
「あ、そのっ。別に私は自分を隠してなんか――」
「確かに外でそんなに自分をさらけ出されたら困るのだけど、ここ紅魔館でならいくらでも自分を出したり、甘えたりしてもいいのよ? だって貴女は私の大切なファミリーなんですから」  
「あ、うう」
「それとも何? 私は貴女の事を大切に思っていたけど、貴女はそう思ってなかったのかしら?」
「そんな言い方、ずるいです。私が、お嬢様を大切に思ってないわけっ、ないじゃないですか」

 がくりっ。っと膝を落とし彼女はしなだれるように主に抱きつく。主も確かな力でぎゅっと抱き返す。まるでもう放さないと言うかのように。



「ひっく、うっく……」

 そこでとうとう涙をこらえることができず、彼女は泣きだしてしまう。

「おや、『瀟洒なメイド』ともあろうものが泣いてるの?」
「な、泣いてなんかっ、いませんよ……それにっ」
「それに?」
「今の私は、『瀟洒なメイド』なんかじゃなくて、『お嬢様のファミリー』ですから」 
「ふふ、そうだったわね」 

 
 そうして暫くの間、二人は何を言うこともなく抱き合っていた―― 




 従者達の日常、十六夜咲夜編   了
あとがたり

 さてお客様、わたくし稗田阿求による幻想郷小話、いかがでしたでしょうか?少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
 本日の主人公は十六夜咲夜さん。常に瀟洒であり続けねばいられぬという圧力から本当の自分を出せずに、毎度時を止めてもんもんしていました。
 周りから見たら完璧で隙がない瀟洒なメイドですが、実際はとてもはっちゃけたお方でした。
 今回のお話では一面を見るだけではわからないようなことが多々ありました。
 朝っぱらから昼寝する門番、床にちらばる紙や赤い粉末。などなど。さて、お客様はいくつお気づきになられたでしょうか?
 人や物事は一面から判断するのは難しいものです。人当たりが良くて完璧に見える人でも、何か人に言えない秘密を持っているかもしれません。
 お客様の身近にいる友人、両親、恋人にももしかしたら意外な一面というものがあるかもしれませんね。 
 
 さて次にお客様と出逢えるのはいつの日になるのでしょうか。

 そして次に話すお話は誰のお話になるのでしょうか。気になる所ですね。

 それでは、ここまでお付き合いして下さりありがとうございました。わたくしはこれにて失礼させて頂きます。

 最後に一言     あっきゅきゅんきゅん、あっきゅんきゅん!  
  
  
>誤字の指摘ありがとうございます。
 わたくしも読み間違えてしまうとはまだまだ修行が足りませんね。精進いたします
 
まんた
[email protected]
http://com.nicovideo.jp/community/co457495
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コメント



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2.無評価名前が無い程度の能力削除
>幻想卿
幻想郷
3.100名前が無い程度の能力削除
序盤の咲夜さんが変態すぎるw
フランは相変わらずいい子だなぁ・・・

あっきゅきゅんきゅん、あっきゅんきゅん!  
5.80奇声を発する程度の能力削除
清々しい変態ですね
7.70名前が無い程度の能力削除
あっきゅきゅんきゅん、あっきゅんきゅん!!