「ぬえが心を開いてくれていない?」
それは夕暮れ時の命蓮寺での出来事だった。
いつものメンバーに対して聖白蓮が持ちかけた唐突な悩みに、ナズーリンは思わずオウムのように聞き返した。
他の命蓮寺のメンバーもまた首を傾げる中、白蓮はナズーリンに対して肯定の意を示すべく首を縦に振る。
「ええ、私が遊びに誘ってもなかなか付き合ってくれないと言いますか……例えば今日は一緒に『毘沙門天さんが転んだ』でもと誘ったのですが、断固として断られてしまいました」
「何だその不遜な遊びは」
「ええとですね、こう右腕を頭上でにょきにょきさせて腰をポールダンスのように振りながらビシャモン、ビシャモンと」
「いや、別に説明して欲しい訳じゃ……ってその動き割と本気でキモいな!」
誰がやるんだ、そんな気味の悪い遊び。
その場の誰もが頬を引きつらせるが、聖は至って真面目の極み。
真剣な表情そのままで、周囲の仲間たちに向けて問いかける。
「今挙げたのはほんの一例です。みんなもこれまで一緒に暮らしてきて、ぬえと距離を感じた事はありませんか?」
「距離……ねぇ」
「そう、例えるなら今の私と炬燵の上のみかんくらいの微妙な距離です。一見して手を伸ばせば届きそうですが、本当にギリギリ届かないと言いますか……こう、ギリギリ、あと少し……」
「取って欲しいならそう言ってくれ」
必死な様子でみかんへと伸ばされる聖人の手の上に、ナズーリンは溜息と共にみかんを一つ置いてやる。
何とも微笑ましい光景に一行は笑みを浮かべるが、ただ一人寅丸星だけはそちらには目もくれず何かを考え込んでいた。
「そういえばこの間『毘沙門天様、危機一髪ゲーム』に誘った時も、やんわりと断られた記憶が……」
「君達もう少し毘沙門天様を敬え」
「敬意故の行為です。とにかく聖の言う通り、私もぬえは最後の一線で私達に壁を作っているような様な気がします」
「まぁ、正体不明がアイデンティティだしねぇ。そもそもぬえとはまだ知り合って間もない訳で。そうすぐに馴染むのは難しいんじゃない?」
星の言葉に、村紗水蜜が続く。
確かに村紗の言う通り、幾多の苦難を乗り越え固い絆で結ばれた彼女達と違い、ぬえは先日仲間となったばかり。
除け者扱いするつもりは毛頭無いが、すぐさま互いの信頼関係を構築するのは難しいというものだ。
元々自分の内面を曝け出す事を嫌う鵺が相手では尚更である。
村紗の意見に同調するかのように、雲居一輪もゆっくりと首を横に振る。
「姐さん、こればかりは仕方ない事よ。ぬえが心を開いてくれるのを気長に待っ」
「いけません」
静かながら重みのある聖の声が、室内に響き渡る。
議論を収束に向かわせようとしていた少女達が、そのたった一言によって弾かれたように聖の方向へと顔を向ける。
それは命蓮寺のリーダー、聖白蓮の求心力だからこそ為せる業、そして聖からしてみれば、自分達の言葉を受けた彼女達の行動など、既に予想できていたのだろう。
静寂の中で双眸を閉じたまま一言一言、ゆっくりと言い聞かせるように僧侶は言葉を紡ぐ。
「今すぐにぬえと固い絆で結ばれるのは難しい事、それは重々承知しています。ですがだからと言って、相手が心を開いてくれるのをただ待っていてはいけません。今よりも私達と彼女が親しくなる為に、私達が本当の意味での仲間となる為に、何かしらの手を考えるべきだと思うんです」
そして瞼を上げ、はっきりとした口調で言い放つ。
「主にナズーリンが」
「私かよ!?」
「私が封印される前よく言っていたじゃないですか。『女の子と仲良くなりたい時は私に任せろナズー』って」
「言ってないよ! 誰そのナズーとか言う奴!?」
そんな軽い台詞を吐いた事は愚か、ナズーとか言う安易な語尾を漬けた覚えすら無い。
必死で否定するナズーリンだが、聖はまるで意に介さない、聖人と言う人種は総じて人の話を聞かない物らしい。
援護を求めようとご主人様達を頼っても、帰ってくるのはどれも残酷な笑みばかり。
「ナズーリンは世が世なら万の軍勢を縦横無尽に操る天才軍師となれたであろう妖怪。賢将の名において必ずや、私達では思い至らぬ妙案を見つけ出してくれるでしょう」
「期待しているわよ、ナズーリン」
「む、無茶ブリだ……」
こんな展開になるとはこの鼠のナズーリンをもってしても見抜けなんだ。
こうなってしまえば何か答えを出さなければ彼女達は納得しない、ナズーリンは思わずがっくりと肩を落とす。
丁度その瞬間の事である。
「無茶ブリ?」
炬燵に突っ伏すナズーリン、その横で村紗が何かに気がついたように顎に手を置いた。
無茶ブリ……ヤ無茶……ブリ大根……ダチョウ倶楽部……?
ブツブツと小声で何かを呟きながら、頭の中で引っ掛かった何かを回収に向かう。
聖輦船の船長を務める少女の的確な分析能力が、確かな答えを導き出して行く。
「それだよ、みんな!」
炬燵を平手で叩くと、村紗は勢い良くその場に立ち上がった。
必然的に周囲のメンバーの視線が村紗へと集まっていく。
「それ? 『毘沙門天様が転んだ』ですか?」
「何時まで引っ張ってんの!?」
「違う違う、無茶ブリだよ」
聖とナズーリンの漫才も軽く受け流して、村紗は言葉を続ける。
「無茶ブリって言うのは、言わば信頼関係の現われだと思うんだ。ほら、私達同士は自然と出来るけど、親しくない人に無茶ブリなんてなかなか出来ないだろう?」
「それはまぁ、確かに……」
「これまで私達は誰もぬえに対して無茶ブリをして来なかった。それは私達こそがぬえに対して『まだ出会ったばかりだから』『まだ親しくなってないから』って壁を作っていた証拠なんじゃないかな」
「むぅ」
無駄に説得力のある村紗の言葉に、一同は思わず唸ってしまう。
流石は仮にもキャプテン、聖とまでは言わなくとも中々のカリスマ性を秘めている。
村紗は周囲の反応に満足そうに頷くと、さながら演説でもするかの如く大仰な身振り手振りで言葉を紡ぐ。
「そう、つまりぬえと私達が更に仲良くなるには、ぬえに対してたくさん無茶ブリをすればいいんだよ!」
『な、なんだってー!』
「いや待てその理論はおか」
「村紗、貴女は天才ですか!?」
「落ち着け、みんな。仲良くなってるから無茶ブリが出来る訳で、無茶ブリしたら仲良くなれる訳じゃ」
「流石キャプテン! 私達に思いつかない事を平然と思いつくゥ!」
「おーぃ……」
ナズーリンの言葉は賞賛の声に掻き消され、少女達の耳には入らない。
ここまで来てしまったら聖達は止まらない、ナズーリンはただただ状況が悪化しない事だけを毘沙門天に祈るのだった。
――――――――――――
「それでは私が丁度いいタイミングを見計らって、ぬえに無茶ブリします。みんなは上手くそれに合わせてください」
『了解!』
「何かが、何かが間違っている……」
俄かに盛り上がりを見せる居間に、ナズーリンの嘆きだけが虚しく響き渡る。
対照的に村紗理論にすっかり乗せられ、命蓮寺一同すっかりやる気満々である。
今ここに前代未聞の無茶ブリ計画が、形をなそうとしていた。
概要はこうだ。
まずは何気ない会話で場を盛り上げ、聖がタイミングを見計らってぬえに対して無茶ブリを敢行、それを確認した他の少女たちはその場を盛り上げ、ぬえを聖のフリから逃れられないようにする。
そしてぬえがそのフリをこなしたら全員で賞賛、それがどれ程寒かったとしても思い切り笑って、彼女を持ち上げてやる。
そうする事によりぬえと自分達との間に仲間意識を芽生えさせる、非常に単純だが命蓮寺の絆の試されるテンプルイズベストの作戦である。
来るべき作戦開始の時に備え、少女達は入念に頭の中でシミュレートを行っていく。
丁度その時、彼女達の耳に玄関の扉が開く音が入り込んだ。
「ただいまー」
おあつらえ向きとでも言っておこうか。
今まさに命蓮寺に響きわたった声こそ、紛れも無く今回の標的である封獣ぬえのもの。
無茶ブリ計画の共有が完了して間もなくの帰宅、飛んで火にいる夏の鵺とはまさにこの事である。
居間で待つ少女達の間に静かな緊張が走る。
村紗の作戦は完璧とは言え、彼女達が下手な真似をして計画をぬえに悟られてしまえば、全ては水泡と帰してしまう。
怪しまれないように会話を盛り上げ、無茶ブリを出来るような空気に持って行くのが彼女達に課せられたミッション、言葉にするのは易いがその難易度は決して侮れない。
強靭な胆力を持つ聖こそ落ち着き払っていたが、残りの少女達はブラジル体操で心を落ちつけるのが精一杯であった。
そして、運命の時間は間もなく訪れた。
居間の障子が勢い良く開かれ、冬の冷たい風と共に封獣ぬえはその姿を彼女達の前に現したのだ。
無茶ブリ作戦、ここに開始である。
「何だ、みんなここに居たんだ。ねぇ、今日の御飯は」
「突然ですが、今からぬえがとても面白い事をやります」
(このタイミングで言うの!?)
無茶ブリ作戦、早くも佳境。
脈絡も何も無い聖の一言に、体操中の少女達に衝撃が走る。
無理もない、本来ならば場の空気を馴染ませてからの無茶ブリの筈が、まさかの無茶ブリ先制パンチ。
例えるならば『しかしまもののむれはまだこちらにきづいていない!』の状態でステテコダンスを踊ったような物である。
気付いていない相手にステテコダンスを踊って何を求めているのだこのそうりょは。
少女達の脳裏に何とも頭の悪そうな光景がよぎる。
「え、ちょ、なに?」
案の定と言うべきか、ぬえは全く状況を理解できずにキョロキョロと視線を動かしている。
その戸惑いを隠せない表情は、周りの少女達に状況の説明を求めているようであった。
明らかにきまずい空気が少女達の間に漂う。
掴みは見事に失敗、如何に軌道修正すべきか少女達は頭を悩ませるが、そう簡単に解決策は浮かんでこない。
多少のコースアウトならまだしも、スタート時点でタイヤが外れたような物だ、最早ここから無茶ブリに答えさせろと言う方が無茶ブリと言って過言ではない状況だった。
ちらりと聖に視線を向けると、彼女は温和な笑顔のまま。
恐らく自分が決定的なミスを犯したとは夢にも思っていないのだろう。
彼女に哀しい思いをさせる事だけは何としてでも避けたかった。
「ひ……」
冷え切った空気を何とか断ち切ろうとするかのように。
パシンと音を立てて己の膝を叩くと一輪は勢い良く立ち上がる。
その膝はかすかに震え、表情には限りなく薄っぺらい笑顔の仮面が張り付いていた。
「ヒャッハー! 面白いことだって! 楽しみだなー!」
「きっとぬえの事だから、物凄く面白い事言っちゃうんだろうなー!」
すかさず村紗がナイスフォロー。
ナズーリンと星もそれに続き、室内に上司とのカラオケのような偽りの盛り上がりが満ちる。
始めは呆気にとられていたぬえだが、徐々に彼女達の言いたい事が理解出来てきたらしい。
顔を真っ赤に染め、必死な形相で首をぶんぶん横に振る。
「いやいやいや、無理無理無理! 私そういうの苦手なんだって!」
「またまた、謙遜しちゃって。本当は芸人レベルの腕を持ってる癖に」
「聞いた事があります。封獣ぬえはかつて都にその名を轟かせた、平安のコメディアンだと」
「エイリアンだよ、エ・イ・リ・ア・ン!」
ぬえの必死の抵抗も虚しく、場はどんどん盛り上がりに満ちて行く。
終いにはぬえコールまで始まる始末、助けを求められる相手などそこには誰一人存在しなかった。
自分が無茶ブリに応じない限りはこの空気は終わらない、確信めいた予感がぬえの脳裏に走る。
逃げ出したかった。
本音を言えば今すぐにでも逃げ出したかったが、それが許されない行為であると言う事は誰よりもぬえ自身が理解していた。
ここで退くのは妖怪の恥、彼女にも誇り高き妖怪鵺の矜持と言う物ある。
そして嫌われ者であった自分を暖かく迎え入れてくれた、命蓮寺の面々の期待を裏切れないという気持ちも。
覚悟を決めたかのように一つ大きく溜息を吐くと、ぬえは瞼を閉じたまま右手を挙げて少女達のコールを制す。
空気が変わった。
先程までの盛り上がりが嘘のように静寂が辺りを包み、聖を始めとした少女達が緊張しながらぬえの挙動に注目する。
何せ正体不明で恐れられた彼女の事だ、どんな持ちネタを用意しているのか全くもって予想が出来ない。
作戦の成否も勿論だが、純粋に封獣ぬえと言う妖怪が果たしてどのような芸をするのかにも興味があった。
そんなギャラリー達の思惑など意に介さないように。
集中力を極限まで高めた平安のエイリアンは、自分の右手をゆっくりと左手へと近づけて行く。
第一関節を曲げたまま左親指の根元部分と右親指の指先部分を重ねた上で、人差し指で接合部分を覆ってやると、それはまるで一本の親指のように見えてくる。
そしてぬえは小さく頬を歪めると、右親指と左親指をゆっくりと離して行く……!
「うわぁ、指が抜けちゃった!」
「えっ」
「えっ」
――――――――――――
「あの日から、ぬえとの距離が一層開いてしまった気がするんです」
とても哀しそうな瞳を携え、聖は絞り出すようにそう口にした。
その言葉を耳にした少女達もまた下を俯き、命蓮寺はまるで上司の演歌を長々と聞かされている時のような何とも重苦しい雰囲気に包まれる。
無茶ブリ作戦の失敗、それは少女達の精神にそれ程までに深い傷を与えていたのだ。
「私がいけなかったんだ。世の中には無茶ブリしていい相手と駄目な相手が居る。ぬえはその後者だったんだよ。くっ、あんな事やりだすなんて始めからわかっていれば……!」
「いいえ、あれは思わず真顔で固まってしまった私の責任です。そのせいでぬえは、自分のネタを説明しだすという暴挙に……。どんなに寒いネタでも、あそこは笑ってあげなければいけなかったんです。そう、どんなに寒いネタだったとしてもです」
「私達も上手くフォロー出来なかったわ。余りのギャグの高度さに思わず思考が止まり、『おめでとう』と拍手する事しか……!」
「君達、絶対馬鹿にしているだろう」
ナズーリンのツッコミも虚しく響き渡るだけ。
少女達は皆、ぬえの一発芸の後広がった凄惨な光景を頭に浮かべ、小さく身体を震わせていた。
―――――光を失ったぬえの瞳、ただただ繰り返される気の無い『おめでとう』の賛辞と間の開いた拍手、何故か流れる『残酷な天子のベーゼ』(Vo.永江衣玖)
あの時の地獄絵図を思い出すと、普段は笑顔を崩さない聖ですら、沈痛な面持ちをもって唇を噛み締める事しか出来なくなってしまう。
「どうにかしてぬえとの距離を縮める事は出来ないのでしょうか」
何か手はないかと考える一同だが、その難問の前に中々解を導き出す事が出来ない。
相手は唯でさえ気難しい鵺と言う妖怪、しかもつい先日心のファイアウォールを展開させてしまったばかりである。
今再び変にちょっかいを出して、心にセコムを導入される事だけは避けなければならなかった。
ここはやはり少しずつ心を開いてくれるのを待つしかないのか、諦観にも似た考えが彼女達の脳裏をよぎる。
そんな時のことである。
葬式のように重苦しい空気の中、ただ一人穏やかな表情のまま右手を挙げる少女がいた。
毘沙門天の弟子、寅丸星である。
「聖、僭越ながら私に妙案があります」
「星?」
名前を呼ばれた少女はその場に立ち上がると、強い意志の込められた瞳で沈む少女達をぐるりと見渡した。
その堂々とした立ち振る舞いは彼女達の信奉する毘沙門天の如し、先程まで意気消沈していた少女達の瞳にも微かに光が灯る。
しかし、実際の案とやらを聞いてみなければ安心するには至らない。
何せこの寅、一見真面目なようで先日開かれた白玉楼短歌大会で『お腹すく 今日の御飯はハンバーグ 一杯食べるぞ ハングリータイガー(字余り)』などとやらかした天然ボケの核弾頭である。
星の言葉を待つ少女達の顔に、期待と不安がないまぜとなったような複雑な表情が浮かぶ。
そんな仲間達のリアクションは彼女にとって予想通りだったのか否か。
己の成功を一片たりとも疑っていないように、寅丸星は自信に溢れた表情のまま言葉を紡ぐ。
「拳で語るのです」
「こ、拳?」
ざわ・・ざわ・・
先程まで重苦しい静寂に満たされていた室内が、俄かに騒がしくなる。
喧騒を制するように、星はトーンを上げて言葉を続ける。
「そう、夕日の丘で二人、全力をもって拳を交えるのです。相手との距離が離れてしまった時こそ腫れ物に触るような態度ではなく、目の前の壁を壊すくらいの気持ちが大切でしょう。いくら言葉を尽くすよりも、想いを込めた拳の方が相手に気持ちを伝えられる場合もあると私は思います」
「そういう物ですかね」
「ええ、何を隠そう私とナズーリンもそうして仲良くなりました。懐かしいですね、ナズーリン。二人共に拳で語らい、貴女が『一生ご主人様に付いて行くでスリランカ』と言ってくれたあの日……」
「どう考えても私じゃないよ、ソイツ!」
一体何処の他人と殴りあったというのか、このご主人様は。
と言うか聖といい星といい『ナズー』だの『スリランカ』だの人の語尾を何だと思っているのか、このままではその内語尾に『ってナズーリンはナズーリンは言ってみたり』とか付けさせられるのではないのだろうか。
などとナズーリンが己の人生ならぬ鼠生に苦悩している中、他の少女達は星の作戦(?)に対して首を捻る。
一番初めに反論を口にしたのは一輪だった。
「そんな上手く行くとは思えないわね。普通に考えて殴り合ったら仲が悪くなるだけでしょう」
「私も一輪に賛成。余程の被虐趣味でもない限り、殴られて心を開くって事は無いんじゃないかな」
「お疑いになるのも無理はありません。しかしまずはこの外の世界の書物を読んでみて下さい。恐らく読み終わった時には考え方が変わっているでしょう」
一輪と村紗の反論にも動じず、星は懐から大量の本を取り出した。
そして数冊ずつ仲間達に手渡していくと、自身もまたその内の一冊を手に取りページを開いていく。
まずは読んでみろと言われたからには読まない訳にも行かない、一輪は怪訝そうな表情のまま手渡された本を眺めてみる。
そこには『キン肉マソ』の大きな文字が―――――
結論から言うと、一輪は泣いた。
立ち塞がる強敵達との死闘を経ての和解、かつて敵であった者達との共闘、戦う事によって形成される友情の美しさがその書物には余す事無く描かれていた。
拳を交えれば本当の仲間になれる、星の仮説を証明するだけの漢達の熱い友情パワーに一輪は大いに感動していたのだ。
かなりの数の敵キャラが普通に葬られていた気もしたが、それはそれ、脳内フィルターで華麗にスルーした。
情報の取捨選択はとても大切な事なのだ。
周囲を見渡してみると、どうやら彼女達にも戦いを経ての友情の素晴らしさが伝わったらしい。
ナズーリンを除く全員―――――聖や村紗、雲山までもが感動の余り鼻を啜っている。
「殴り愛、ですか。これこそ人と妖が手を取り合って進む為の方法なのかもしれませんね」
「姐さん、私今無性に誰かと殴り愛をしたくて堪らないわ!」
「ええ、存分に殴り合って下さい、ナズーリンと」
「嫌だよ! ええい、君達少しは冷静に物事を考えろ!」
目の前で展開される阿呆空間に、いよいよ耐え切れなくなったのか。
ただ一人、乾いた表情を浮かべ傍観を決め込んでいたナズーリンが、思い切り炬燵机を叩いて立ち上がる。
その様子は強大な敵に一人敢然と立ち向かう、武神の如き勇ましさを携えていた。
「これはただの漫画、フィクションなんだ。現実に殴り愛なんて有り得」
「一輪愛の鉄拳パンチ!」
「ひでぶ」
しかし一輪の腹パン一発で撃沈、本当ツッコミ勢は地獄である。
「そういえば幻想郷の妖怪はみんな、巫女達と一戦交えてから仲良くなったと聞いた事があります」
「確かに。私達も巫女や魔法使いと戦ってから、彼女達と親しくなってるね」
「殴り愛……必ずやぬえの作ったファイアウォールを壊す事が出来るでしょう」
畳の上に突っ伏したナズーリンをよそに、少女達は先程までの沈んだ空気が嘘のようにやんややんやと盛り上がっている。
どうやら彼女達は、最早自分達の成功に全く疑いを抱いていない模様、何ともお気楽な聖白蓮と愉快な仲間達である。
とにかくこれにて彼女達の方針は決まったらしい。
作戦を提唱した星が仲間達に向けて確認の視線を送る。
反対の意を示す者は、最早その場には存在しなかった。
「では、次の作戦は『封獣ぬえ集団フルボッコ作戦』で問題ありませんね」
「せ、せめて一対一にしようよ、そこは……」
息も絶え絶えなナズーリンのツッコミだけが、少女達の行く道を案じているかのようだった。
――――――――――――
「こんな所に呼び出して何の用、聖?」
夕日の見える丘にて、聖白蓮と封獣ぬえは向かい合う。
呼び出したのは聖、目的は勿論殴り合い……否、殴り愛で互いの絆を深める事である。
先の件の影響もあってかぬえの表情には若干の固さが残る、聖もまた表情こそ穏やかであったが初めての殴り愛に対する緊張がその身を包んでいた。
紅に染まる世界の中、二人何ともぎこちない様子で互いの瞳を見つめ続ける。
そしてそんな彼女達を少し離れた物陰から見守る四人の少女+一雲山。
「上手くいくかな」
「いきますよ、きっと」
ぬえからは聞こえないよう、小声で言葉を交わす。
果たして聖とぬえは友情パワーで結ばれる事が出来るのか、四人+一雲山の間には静かな緊張が走る。
当初は全員でぬえを襲うプランであったが、それだけはやめて欲しいというナズーリンの必死の願いで計画は見直し。
結局まずは聖とぬえのタイマンで二人の仲を深める、そのような結論へと至ったのはつい先程の事であった。
兎にも角にも、この殴り愛作戦の成否は聖白蓮の手に委ねられた。
頼りになる天然リーダーに全てを託した少女達は、固唾を飲んで二人の友情の行方を窺っていた。
「……」
「ねぇ、聖。なんで黙ってるのさ」
そんな少女達の視線の先には、不安げな表情を浮かべるぬえの姿。
どうやら聖がひたすらに沈黙を守り続ける事で、彼女の中に不安が募り始めているらしい。
もともと人を驚かす事で生きてきた妖怪、無視される事は非常に苦手なのだ。ネグレクトダメ、絶対。
沈黙に耐え切れなくなったぬえは、何度も彼女の名前を呼ぶが聖からの返答は一切無し。
一体何を考えているのか問いただそうと、ついに聖の肩に手を置こうとした、まさにその瞬間だった。
「ねぇってぶっ」
聖渾身の右ストレートがぬえの顔面を強打。
『ねぇってば』と聞くつもりが『ねぇってぶっ』と何となくネイティブっぽい言葉になってしまった。
余りに突然の聖の暴挙、そして襲い掛かる痛みに、ぬえは全く状況を理解する事が出来ない。
その間にも聖は左右の拳を容赦なくぬえへと繰り出して行く。
「え、なに……ごふっ!? 痛い! 痛いって! 何、何がしたいの……!?」
「……」
「ひぎぃっ!? ひ、聖……!」
悲鳴をあげて後ずさるぬえだが、聖はひたすらに追いかけまわし無言でその拳を振るう。
涙目で逃げ回る幼い子供と、そんな少女を無表情かつ無言のままで追いかけ、執拗に痛めつける大人。
何処からどう見ても虐待にしか思えないその行為に、物陰で見守る少女達の間にも衝撃が走る。
「な、何をやってるんだ聖は! いきなり襲い掛かるなんてあれじゃ最早通り魔じゃないか!」
「いえ、よく聞いてください。あれは毘沙門天様の得意な肉体言語……聖白蓮なりの言葉なのです。彼女は今まさに己の全ての台詞の代わりに、拳でぬえに語りかけているのです、多分」
「多分って何だ、多分って!」
ナズーリンは星に掴みかかるが、毘沙門天の弟子は動じない。
落ち着き払った様子で瞼を閉じ、聖の拳が立てる音に耳を澄ませている。
「私には聞こえます、聖の拳の声が。一撃目のストレートは『こんばんは』、二撃目のボディブローは『綺麗な夕日ですね』、今のワンツーは『毘沙門天さんが』『転んだ』です」
「全部どうでもいい台詞だよ! と言うか『毘沙門天さんが転んだ』まだ引っ張ってたの!?」
そんな物陰での騒ぎなどまるで意に介さずに。
聖は逃げ惑うぬえに対して容赦なく拳を振り下ろして行く。
このままでは二人の関係は愚か、ぬえの身体まで壊されてしまう。
これ以上の続行を危険と判断した少女達が、聖を止めるべく飛び出そうとしたその時であった。
「ああもう、そっちがそう来るなら、こっちだって考えがあるよ! 謝ってももう遅いからね!」
ぬえの咆哮と共に、その場の空気が変わる。
先程まで涙を携えていた瞳が真紅に染まり、その全身からは溢れんばかりの闘気が滲み出る。
度重なる聖の暴挙に、平安のエイリアン封獣ぬえがついに牙を剥いたのだった。
「おお、ぬえがやる気に」
「これで二人が拳を交えれば一応当初のプラン通り。ある意味結果オーライ、なのかしら」
「いや、あれを見るんだ!」
ナズーリンが指差した方向、ぬえの立ち位置とは対称な空間へと少女達は視線を向ける。
そこにあったのは先程までぬえを執拗に追い掛け回していた聖白蓮の姿、しかし今、その全身はガッシュもびっくりな金色のオーラに包まれている。
超人『聖白蓮』……通称超聖人(スーパーセイント人)。
純粋な心を持った聖人である聖白蓮だからこそ可能な、怒りとか悲しみとかなんやかんの力で己の身体能力を飛躍的に高める、だいぶアバウトな秘技であった。
「流石は聖。一切の容赦なく全力でぬえを叩き潰すつもりですね。新入りであるぬえに命蓮寺の厳しい掟を叩き込む為に」
「目的変わってない!? 仲良くなる為じゃなかったの!?」
「一方的にジェノサイドした事で生まれる友情、そんな夢物語が現実になってもいいとは……思いませんか」
「思わないよ! とにかくすぐに聖を止め―――――」
「待ってください、ナズーリン」
二人の間に割って入ろうとしたナズーリンを星が制する。
「ご主人様、どうして!?」
「今あの二人は本当に全てをさらけ出して戦おうとしています。聖はともかく、あの本当の自分を中々表に出そうとしなかったぬえが、です。ここで止めては今までの繰り返し。私はこの戦いの先にこそ真の意味での二人の信頼関係が築けるのではないかと思っているのです」
「し、しかし本気の聖と戦って、ぬえに万が一の事があったら……」
「やれやれ。心配なのはわかりますが、彼女もかつては平安のクラムボンと呼ばれた猛者なのですよ?」
「クラムボンは、かぷかぷ笑ったよ」
「クラムボンは死んだよ」
「いや、平安のエイリアンな」
「発音の違いです。ともかくぬえならば、いくら聖相手とは言えそう簡単に遅れはとりませんよ。もう少し彼女の事を信じてあげてもいいのではないですか?」
「むぅ」
そう言われると反論もしにくいと言うもの。
星にたしなめられたナズーリンは、不満げに眉を顰めながらも大人しく再び物陰へと姿を隠す。
他の二人……村紗と一輪with雲山も心配そうではあるが逸って止めには入らず、静かに息を殺して運命の時を待ち続けていた。
そんな彼女達の視線の先。
聖とぬえは二人睨み合ったまま動かない。
互いに自らの集中力を高めながら、戦いには似つかわしくない程の静寂に身を任せる。
一見すると永遠にも続きそうな均衡、しかし戦いをよく知るものならばわかる。
このような危うい均衡は決して長くは続かない、それはさながら決壊寸前のダムのような物だ。
少しでも壊れてしまえばあとは一瞬、全てを吐き出すまで収まる事はない。
そう、己の全てを曝すまで終わらない、二人の戦いの火蓋は今まさに切って落とされようとしていた。
その事を証明するかのように、物陰から見守る少女達の額には緊張で汗が流れ、その耳には本来ならば認識できない筈の音がやたらとはっきり聞こえてくる。
ジョインジョインヒジリィ
「……今何か不吉な音が聞こえた気がするんだが」
「何を言ってるんですか、ナズーリン。あれは聖の選択音ですよ」
「選択!? 何を選択したの!?」
「静かに。始まるよ」
村紗の一言で、ギャラリー一同は再び緊張感を取り戻し、聖とぬえとの対峙へと視線を向ける。
そして考えるまでも無く本能で理解した……時が来た、と。
静寂の空間にひびが入る音がやけにはっきりと響き渡る。
静から動への転換、それはまさに一瞬の出来事であった。
デデデデザタイムオブレトビューション バトーワンデッサイダデステニーナギッペシペシナギッペシペシナムサァーンナギッナムサァーンテンショーヒャクレツナギッカクゴォゲキリュウデハカテヌナギッナギッゲキリュウニゲキリュウニミヲマカセドウカナギッカクゴーナムサァーン
「止めろぉおおおおおおおっ!」
ナズーリンの叫びと共に、少女達が一斉に聖へと飛び掛る。
壁際で一方的に相手を弄ぶ、聖人と言う名の悪魔がそこには居た。
――――――――――――
「あれから、ぬえに避けられている気がするんです」
既に三度目となった『ぬえと仲良くなり隊(命名:雲山)』作戦会議。
前回の会議の録画を見ているかの如く、聖は悲しげに目を伏せながらそう呟いた。
その様子を見た賢将ナズーリンが吐くのは大きな大きな溜息。
あの状況から激流に身を任せた聖を止め、もみくちゃにされていたぬえを救出した苦労を思えば、それも無理はないと言う物である。
「何がいけなかったんでしょう。ちゃんとあの書物に書かれていた通り『お前もまさしく強敵(とも)だった』で締めくくったのに」
「何で聖だけ違う漫画なの!?」
「うっかりしてました」
どうやら星の手違いで、聖には殺してから友情が芽生える漫画が渡されていたらしい。
よりにもよって一番まずい相手にいちばんまずい漫画が渡っていたわけだが、今更悔やんだところで後の祭り。
現実に殴り愛作戦は失敗し、ぬえとの距離は近づくどころか遠ざかるばかり、ついに先日彼女の胸の部分にはセコムマークが張られるまでに至ってしまった。
ナズーリン達としてもぬえは命蓮寺の大切な仲間、彼女との関係改善は最早、聖だけでなくその場の全員が望む事であった。
しかしどうやって?
その難問に対して揃って首を捻る少女達の中、大空に咲く花こと雲居一輪が一人堂々と手を上げる。
「ここは私に任せてもらいましょう」
不適に笑うその表情から感じ取れるのは確かな自信。
これまで無残に散ってきた妙案(笑)を目にしてきて尚、自分の成功を微塵も疑っていない瞳を携えゆっくりと口を開く。
「吊り橋効果と言う物を知っているかしら」
「つりばし効果! あの糸で結んだ割り箸をぶら下げる事で、ザリガニを釣る事が出来るという」
「うん、全然違う」
聖のボケを軽く一蹴して一輪は話を続ける。
それくらいの胆力が無ければ命蓮寺の一員は勤まらないのだ。
「吊り橋効果とは極限状態や一時的な緊張状態に二人の身を置く事で、その二人の仲が深まると言う物よ。何でも危険な状態での生理的興奮が、恋している時の興奮と似ている事から、自分が相手に好意を抱いていると錯覚させるらしいわ」
「つまり、聖とぬえを危険な状態に置く事で、二人の距離を近づけようと?」
「ご明察。流石は賢将ね、ナズーリン」
「成程、そのような効果があるとは実に興味深い。しかし私は反対です。ぬえと信頼関係築くために、何も知らないぬえを危険な目に合わせると言うのは些か本末転倒ではないですか」
「ご主人様……」
お前が言うな。
命蓮寺組の心が一つになった瞬間だった。
とは言え、星が口にしたのは至極全うな意見だった。
仲間であるぬえを追い込んで傷つけて、結果的に彼女がこちらに好意をもってくれたとして、それは本当に正しい行為と言えるのだろうか。
そんな余りにも今更過ぎる真理を盾に、毘沙門天の弟子寅丸星が少女達の目の前に立ち塞がる。
この高い壁を乗り越えない限り、吊り橋効果作戦を進める事は不可能だった。
「とにかくそのような乱暴な行為、例えどのような理由があろうと私は納得できません」
「でも『私も妹紅と仲良くなる為によくやった』ってけーねが言ってたわ」
「けーねさんが言ってるなら仕方ないですね」
寅丸星、一瞬で納得。
誰だよコイツを高い壁とか言った奴、そういうキャラじゃねぇからコイツ。
兎にも角にもこれで障害は消え去った。
確認するかの如く聖の方向へと視線を向けると、彼女は一輪の案を承認するかのように小さく首を縦に振る。
「やりましょう一輪、愛の為に」
「流石姐さんは話がわかる。みんなもいいかしら」
「私は問題ありません」
「こっちも賛成ー」
「他に方法はなさそうナズー」
「一輪さんの言う事に従うっスリランカ」
「おい誰だ最後の二人」
ナズーリンの票が三票あった気がするが、ともかく賛成多数にて一輪案の施行は可決された。
危険な状況で芽生えた愛は長続きしない、と何処ぞのジャックさんも言っていた気がするが、それはそれこれはこれ。
既に危うげな物となってしまったぬえとの信頼関係を回復するには、吊り橋効果はとても魅力的な物に彼女達には映ったらしい。
しかし問題が残っていない訳ではない。
聖とぬえを吊り橋効果の現れる状況に追い込むのはいいのだが、それが本当に命懸けとなってしまっては論外である。
いくら仲良くなれたとして、二人に大怪我など負わせてしまうようでは星の言うとおり本末転倒。
そうなる可能性すら出来る限りは排除していかなければならない。
詰まる所、当事者達からは一見して危険なように見えるが、実際には安全が確保された状況を整えておく必要があるという事だ。
そんな都合のいい状況がそう簡単に用意出来るはずが―――――
「それはしっかり雲山が整えてくれるわ」
その場の全員の懸念に答えるかのように。
一輪は横に佇む己の入道に向けて小さくウインクした。
見ると普段は一切自己主張をせず、この場にいる事すら忘れられかけていた雲山も、自信満々な様子を隠そうともせずに胸(?)を張っている。
滅多に見られないその光景に、先程までの緊迫した空気は一点、命蓮寺全体が安堵の雰囲気に包まれる。
「それじゃあ次の作戦は『吊り橋作戦』で決定。早速作戦開始ナズー!」
「何で仕切ってるんだお前」
――――――――――――
「今度は何よ」
「ぬえ、来てくれたのですね」
宵闇にぽつりぽつりと星々が輝きだす日暮れ時。
聖は湖を見下ろせる高台に、再びぬえの事を呼び出した。
ぬえはと言えば、先日ボコボコにされただけあってその表情はやはり不機嫌そう、しかしそれでも聖の呼び出しに応じる辺り、彼女を嫌いになったとかそういう訳では無いようだ。
「先日は本当にすみませんでした。思わず手が滑ってあんな事になってしまいました」
「思いっきり壁コンしてたよね!? いやまぁ、反省してるならいいんだけどさ」
「ありがとう、やっぱりぬえは優しいですね」
「別にそんなんじゃ……。そ、それで、本当に何の用なの?」
「ここは幻想郷でも有数の夜景が見れる場所なのだそうです。一人で見るのも味気ないですし、この機会にぬえもお誘いしようかと思いまして」
「ふ、ふーん」
屈託の無い聖の笑みに、ぬえは気恥ずかしそうに薄く頬を染めながら顔を逸らす。
そんなぬえの可愛らしい反応に、くすくすと小さく笑いながら、聖は湖の方向へと視線を送る。
「ほら、月明かりが湖に映ってとても綺麗。まるで光の橋が架かったみたい」
「わぁ」
ムーンリバーとでも言えばいいのだろうか。
聖の指差した先でぬえが目にしたもの、それは満月の光が湖面に描く光の道筋だった。
冬の澄んだ空気と煌く星々が引き立てるその幻想的な光景に、思わずぬえは目を輝かせる。
二人寄り添い、同じ光景に目を奪われるその姿は、まるで仲のいい親子を連想させた。
先の一件の影響でもっと気まずい雰囲気になるかと思いきや、どうやら取り越し苦労だった様子。
例の如く離れた場所から二人を眺めている少女達は、ほっと胸を撫で下ろす。
「流石姐さんね。この間フルボッコにした相手と、こうも親しげな雰囲気が作り出せるなんて」
「これも聖の人徳が為せる技だねー。でも、何と言うか……」
物陰から覗く村紗が、悩ましそうに眉を顰める。
「なんか既にちょっといいムードになってない?」
「確かに、傍から見ている分には二人してもう十分仲が良さそうですね」
「むぅ、この雰囲気を壊すのは流石に少し気が引けるな」
「何言ってるのよ、ナズーリン。それじゃあ作戦の意味が無いでしょう。姐さんの為にもあの甘ったるい雰囲気に練りからしぶっこんであげないと」
「そうですよ、早くジェノサイドしましょう。ジェノサイド」
「君達軽く嫉妬含んでないかい?」
表現がだいぶ過激になって来ている二人に溜息を吐きながら、ナズーリンはささやかな密会を楽しむ聖とぬえへと視線を戻す。
そこにあったのは夜景を楽しみながら、楽しそうに笑顔で会話を続ける二人の姿。
聖は心を開いてくれていないなどと言っていたが、こうして見る限りぬえは聖に対しては十分に心を許しているように感じる。
本当にあの空間を壊してしまっていい物だろうか。
心の中に浮かんできたそんな迷いをぶつけるように、思わず雲山へとすがるような視線を送る
「なぁ、やめないか雲山。わざわざ吊り橋効果なんて狙わなくても、あの二人ならすぐに打ち解ける事だって出来るに決まっているさ。その証拠にほら、二人ともあんなに楽しそうに笑っているじゃないか」
「ナズーリン、それ雲山じゃなくてくもじいですよ」
「なんで居るの!? と言うか本物は!?」
偽者扱いされた事で不機嫌なくもじいは置いといて、ナズーリンは何処かに消えた雲山を探してキョロキョロと首を振る。
しかし何処にもその姿は無し、元々大きさを自由に変えられる上に今は夜。
宵闇に紛れられては物探しが得意なナズーリンをもってしてもそう簡単には見つける事は出来ないと言うものだ。
面白みが減るという理由で作戦の概要を伝えられていない事が不安を助長する。
今回のキーマンである筈の入道を見失った事で焦りの表情を浮かべるナズーリン、そんな彼女を安心させるかのように一輪は穏やかな笑みを携えながら彼女の肩に手を置いた。
「心配しなくても、雲山なら既に作戦の準備に入っているわ」
「それがある意味心配なんだが……それで、一体雲山は何処に?」
ナズーリンの疑問に答えるかのように、一輪は湖の方向を一直線に指差した。
目を凝らしてみるナズーリンだが雲山の姿は何処にも無し、そもそもたとえ湖の側に居たとしてこの距離では見える筈も無いと言う物だ。
「えっ」
いや、居た。
正確に言うならば現れた。
湖上空に何か白い物が現れたと思ってからほんの一瞬、一つ瞬きする間に巨大な入道雲が少女達の視界に現れていた。
その発生速度は通常の雲とは比べ物にならない、それだけで少女達にとってこれが雲山の仕業であると理解するのには十分だった。
「名付けて積乱雲山。元々大きさを変える事の出来る雲山が、夜の湖面と上空の気温差から生じる上昇気流を利用して一気に巨大化する技よ」
「あの雲、雨は降らせられるの?」
「勿論。その為に今の今までずっと湖からの湿気を溜め込んでいたのだからね。今や何時間でも降らせ放題よ、降らせ放題」
「豊穣の神が大喜びしそうな特技ですね」
是非とも農村に一つは置いておきたい入道である。
そんな感心とも呆れともつかぬ笑みを少女達が浮かべる中、巨大化した雲は風に逆らい聖とぬえの居る高台へと進路を取る。
それこそが吊り橋効果作戦の第一歩だった。
「このまま積乱雲山が姐さん達の上空に向かい、そこで雨を降らせる。それもただの雨じゃない。普通の人間や妖怪じゃ立っている事すら出来ない滝のような豪雨よ。それこそ命の危険を感じるほどの、ね」
「まさにゲリラ豪雨ならぬゲリラ雲山ですね」
「なんか嫌なフレーズだな、それ」
密林から飛び出してくる雲山の群れを想像して、ナズーリンは気分が悪くなった。
しかしそんな事を言ってはいられない、賢将は小さく咳払いをして気を持ち直す。
「つまりだ。その集中豪雨の中、二人協力して危機を乗り越える事で絆を育むという訳だ」
「ま、簡単に言うとそう言う事ね」
「でも大丈夫かなぁ。そりゃ雨なら直接怪我には繋がりにくいかもだけど、立ってられない程の豪雨なんでしょ?」
「降らせる降らせないは積乱雲山の意思だもの。危ないと思ったらすぐに止めるわよ。それにいくら豪雨とは言え降っているのは二人の上空だけ。姐さんが超人化すれば抜け出す事だって可能な筈だわ」
「冬の雨に降られて風邪とかひかないかな」
「その点もぬかりなし。ちゃんと積乱雲山が自分の体温で暖めた雨を降らしてくれるから。要は彼の汗みたいな物だと思えばいいわ」
「うん、最後の一言余計だった」
確かにそれならば身体に優しいかもしれないが、心底浴びたくないと思う少女達であった。
そうこうしている間にも、積乱雲山は見る見る内に距離を詰め、遂には聖とぬえの居る高台の目の前へと迫る。
先程まで夢中で湖を眺めていたぬえも、最早夜景などと言っている余裕はない。
眼前に広がる異常気象ここに極まれリ、と言っても過言ではない衝撃的な光景に思わず息を呑む。
「ひ、聖。何あれ……」
「多分大きな綿菓子ですよ、美味しそうですね」
「いや、大きいってレベルじゃないよ!? と言うかどう見ても綿菓子じゃないって!」
聖としてみれば、ここでぬえに逃げられてしまっては全てが水泡に帰してしまう。
多少強引でも、何とか彼女をこの場に留めようと天然ブレインを必死に働かせる。
「ねぇ、明らかにアレまずいって……は、早く逃げようよ」
「大丈夫です、ラピュタはきっとあの中にあります」
「龍の巣!? あれ龍の巣なの!?」
「いえ、リュウグウノツカイの巣です。中にはわがまま天人に振り回され、日々ストレスを抱えているOLが住んでいます」
「ごめん、意味がわからない! とにかく早くここから逃げないときっと酷い事になっちゃうよ!」
「心配しないでください、どんな困難でも私がついてます。ちゃんと離れないようにこうして、ぐちゃっと手を掴んでおいてあげますから」
「何その擬音!? って痛い痛い痛い! 強く握りすぎ! 本当にぐちゃっと行くって!」
などと言う阿呆なやり取りをしている内に、積乱雲山は二人の真上でその動きを止める。
先程までにまして視界が暗くなり、上空からはくぐもった雷鳴が少女達の耳へと入り込む。
明らかに漂う不穏な空気に逃げ出そうとするぬえだが、聖がぐっちゃり、もといがっちりと腕を掴んでいる為その場から離れる事が出来ない。
その場から離れられない上に、何が起こるかわからないのでは対処の仕様がないと言うもの。
今の彼女に出来る事は、お願いですからどうか何も起きませんように、と毘沙門天に祈る事だけだった。
しかしそんな少女の願いも虚しく。
次の瞬間、ぬえの頬にぽつりと一滴の生暖かい雫が落ちる。
そしてそれが皮切りであったかのように、積乱雲山に溜まっていた膨大な量の雨の粒が一斉に地上へと突撃を開始した。
「に゛ゃああああ!?」
バケツをひっくり返したなどと言う表現では最早生温い。
まさに一輪の表現どおり、滝と言う言葉がぴたりと当てはまる程の恐ろしい豪雨が、ぬえと聖を襲う。
その光景は雲の外側に居るナズーリン達から見れば、まるで大波に二人が飲み込まれてしまったかのようであった。
既にぬえと聖の声も姿も雨に掻き消され確認できず、彼女達が認識出来るのは積乱雲山から絶え間なく降り注ぐ巨大な滝と、それが巻き起こす爆音のみ。
目の前で起きた余りに凄まじい光景に、思わず少女達の動きが固まった。
「あれは幾らなんでもやりすぎじゃないかな……」
「おかしい。私はルナティックくらいの雨量にしてと言った筈だわ。あれじゃRMD(霊夢マストダイ)じゃない!」
「そんな難易度は無い! とにかく今ならまだ被害は少ない、早く雲山に止めさせるんだ!」
「お待ちなさい、ナズーリン!」
「! ご、ご主人様?」
突如響き渡る星の声が、焦りに我を忘れかけていたナズーリンを厳しく諌める。
慌てて振り返ると、そこにあったのは毘沙門天の弟子寅丸星の何処までも真剣な表情だった。
「雲山ではなく積乱雲山です」
「そんな事今、どうでもいいだろうがああああっ!」
極めてどうでもいい内容だった。
人の名前を間違えるなと説教を始めた天然ボケの核弾頭を放っておきながら、ナズーリンは一輪に積乱雲山を止めるよう働きかける。
一輪も流石にこのままでは危険と判断したのだろう、ナズーリンの進言に頷くと、すぐさま積乱雲山に雨を止めるようにと指示を送った。
しかし雨は止まらない。
主である一輪の指示に反するかのように、積乱雲山は先程までと同様に豪雨を降らせ続ける。
一輪の表情に驚愕と焦りの色が浮かぶ。
「雲山、どうして……?」
「まさか積乱雲山になってレベルが上がった事で、ジムリーダーバッジを持っていない一輪の言う事を聞かなくなったんじゃ」
「ちょっとニビジム襲撃してくる」
「落ち着け、タケシに一体何の罪があるというんだ」
そもそもそんな意味不明な理由である筈が無い。
こんな時にまで阿呆な流れになりそうな話を、ナズーリンが一刀両断。
天然ボケしかいないある意味地獄のような環境の中、何とか原因を突き止めようと一人頭をフル回転させる。
「あくまで仮説だが、ウュチカピ博士(1999-2001 すごくかしこい)の公式を適用するに恐らく、湖から吸い取った水分が雲山の許容量を超えてしまったんだ。その結果雲山は己の制御を失い暴走、最早自分の意思では雨を止める事も移動する事も出来なくなってしまっているのだろう」
「嘘よ……だってちゃんとメスシリンダーを使ってデシリットル単位で計測したのよ?」
「ごめん。一輪がメスシリンダーだと思ってたの、実は尿瓶なんだ。何かメスシリンダー拾ったってはしゃいでる一輪見てたら言い出せなくなっちゃって」
「そ、そんな! じゃああの目盛りは!?」
「聖が一輪の寝ている間に適当に書いただけです。メスシリンダーであんなに喜ぶ一輪を傷つけないようにって」
「そんな心遣い要らないよ姐さん! 私今まで尿瓶拾ったってみんなに自慢してたの!?」
その場に崩れ落ちる一輪だが、ナズーリンは構わず言葉を続ける。
「ともかく、原因はこれではっきりした訳だ。今や雲山にはどれだけの水分が含まれてるかわからない、手遅れになる前に何とかしなくては」
少女達は小さく頷くと、すぐさま積乱雲山が降らせる豪雨へと視線を向ける。
そして視界に映った水柱を前に瞬時に硬直。
「何とかするってどうやって?」
「キャプテン、その柄杓でどうにかしてくれ」
「いや無理無理無理。少しならまだしもあんな滝は流石に操れないって。それに私『水を操る程度の能力』じゃなくて『水難事故を引き起こす程度の能力』だし」
「あれ、今回の事件って……」
「ごめん、私のせいかもしれない。聖にメスシリンダーの件ばらさない様に頼んだの私だし」
比較的まともと思えた村紗水蜜は存在自体がトラブルメーカーだった。
悪意が無いからこそ余計に達が悪い、まさかのダークホース登場に少女達の間に何とも気まずい空気が流れる。
しかして今は彼女を攻めても仕方が無いし、それは余りにも不憫が過ぎるというもの。
努めて暗い雰囲気を出すまいとしながら、ナズーリンは少女達に言葉を掛ける。
「行こう」
「京都にですか?」
「違う、聖達を助けにだ。全力ダッシュであの滝の中を突っ切りながら二人を回収する」
「そ、それだけ? 何かもっと有効な策とかは?」
「無い。あったとしても考えている時間が無い。こうしている間にも二人はあの滝のような豪雨に曝されているんだ。一刻も早く助け出さなければ、窒息して手遅れになってしまうかもしれない。そんな結末は私は御免だ」
「ナズーリン……」
「無理だと思う者は来なくていい。その決断を決して攻めはしないさ。私は一人でも行く」
そう口にするとナズーリンは少女達に背を向け、積乱雲山を……その下で苦しんでいるであろう聖とぬえを一直線に見据える。
何があろうと助ける、その小さな背中から滲み出るのは悲壮なまでの決意。
天然で、猪突猛進で、本当にどうしようもない奴らだが、それでもナズーリンにとって聖とぬえは何よりも大切な仲間なのだ。
彼女の能力をもってしても二度と見つける事は出来ないであろう、掛け替えのない仲間なのだ。
こんな所で失っていい筈がないではないか、胸の中にある確かな想いをナズーリンは噛み締める。
そして、そんな想いを抱いているのは、決してナズーリンだけではない。
一輪、星、村紗、彼女達もまた同じだった。
三人は示し合わせたわけでもなくナズーリンの横に並ぶと、それぞれ隣の者の肩に腕を回す。
一人たりとも失わない、少女達の強い想いが腕からナズーリンへと伝わって行く。
「みんな……」
「貴女だけにいい格好はさせないわ」
「その通りだよ、ナズーリン。お手柄は皆でわけあわないと」
「ええ、この救出が終わったら、みんなで美味しい物でも食べに行きましょう」
一人露骨に死亡フラグを立てた気がするが、今の少女達には些細な事。
四人は隣同士互いに肩を組み合い、ラグビーで言うスクラムのような陣形を作る。
一人ではなく四人全員の力を合わせ、豪雨の中を突っ切ろうとしているのだ。
その光景は幾度と無く苦楽を共にした少女達の堅固な友情が具現化したかのようであった。
否応なしに少女達のテンションも高くなっていく。
「こうしていると、四人で聖を救出した時の事を思い出すね!」
「これぞあの時の再来! 私達四人が力を合わせれば不可能はありません!」
「その通りよ、みんな! 私達の友情スクラムで、あんな滝吹き飛ばしてあげましょう!」
「ああ! でも私身長差で足が浮いてるから居る意味無いよね!」
ナズーリンの言葉に三人は満面の笑みで首を縦に振ると、そのまま猛然と積乱雲山に向けて駆け出した。
一人足が付いていない為宙ぶらりん状態だが、そこはご愛嬌。
息の合った三人の全力疾走をもって、積乱雲山との距離を見る見るうちに詰めて行く。
勢い、パワー共に申し分なし、この命蓮寺の鍛えた友情スクラムに突破できぬ障害などあんまり無いに違いない。
問題は聖とぬえを上手く回収できるかだが、そこは手ぶらなナズーリンが上手く拾える事を期待しよう。
そう気張る必要は無い、一度で無理なら何度でも突撃を繰り返せばいいだけである。
大丈夫だ、問題ない。
言葉にせずとも少女達は通じ合い、その事が四人に更なる勇気を与えて行く。
最早恐れるものは何も無し、一切の速度を緩めず友情スクラムが積乱雲山の大滝へと侵入しようとした……まさにその時だった。
「ふぅ、何とか脱出出来ましたね。一時はどうなる事かと思いました」
「えっ」
なんと、これから救出しようとしていた聖が滝の中から姿を現したのだ。
身体は金色の超人オーラに包まれ、背中には目を回したぬえの姿。
どうやら気絶してしまったぬえを連れて、何とか自力で脱出することが出来たらしい。
それ自体はめでたいが、問題は今の状況である。
聖が姿を現したのはまさに友情スクラムの進路上、それもほんの目の前と言って過言の無い位置である。
このまま進めば激突は必至、すぐさまブレーキを掛けるも少女達の猛ダッシュで生まれた推進力は、最早そう簡単に消し去る事は不可能だった。
更に悪い事に聖は未だ自らに迫る危険に気付いていない、駆け寄ってくる少女達を自分の無事を祝ってくれている物だと勘違いして暢気に手を振っている始末である。
詰まる所、聖が自らの危機に気づき、地力で避けない限りは衝突事故は避けられない。
必死に聖の名を叫び、自分達の進路上から避けてくれるよう訴える少女達。
その声にようやく己の置かれた状況を理解した聖だが、最早回避などは間に合う筈も無く―――――
「超人ぱんち」
「ぎゃーす」
友情スクラムは見事に崩壊した。
――――――――――――
「ただいま戻りました」
一行が何とか無事に辿り着いた命蓮寺。
障子を開ける音と共に、皆が待つ居間へと寅丸星が姿を現した。
先程の積乱雲山事件で気を失っていたぬえの世話を任されていたのが彼女だった。
「どうしでした、ぬえの様子は」
「問題無いかと。濡れた身体は拭きましたし、特に外傷らしき物も見当たりません。今はそのまま暖かい格好で寝かせています」
「よかったぁ……」
ぬえの安否が確認できた事で、ひとまず命蓮寺一行はほっと安堵の溜息を吐く。
結果的に見れば今回の一件で大きな怪我を負った者は無し、色々あったとは言え、取りあえず全員無事に帰還できたというのは喜ばしい事だった。
しかし、それは本当に紙一重の幸運。
もし一歩でも間違えていれば、それこそどうなっていたのか考えるだけでも恐ろしい。
その事を重々理解しているからこそ、一輪と雲山は深刻な顔つきで深々と頭を下げる。
「その、姐さん。すみませんでした。私達の見通しの甘さのせいでこんな事になってしまって」
「いいのですよ、一輪、雲山。貴方達は他ならぬ私達の事を想い、全力を尽くしてくれたのですから。その結果がどうであれ私に謝る必要などはありません」
二人の心からの謝罪に対して、聖はあくまで温和な笑みを崩さないまま。
強張る一輪の頬を聖母のように優しく撫でながら、幼子をあやす母親のようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
そして逆に、顔を上げた一輪、そしてその様子を見守る少女達に向けて、今度は己の頭を静かに下げた。
「むしろこちらこそ咄嗟の事とは言え、皆さんを殴ってしまいました。本当に申し訳ございませんでした」
「な、何を言ってるの、姐さん! あの時はああするしか方法が……!」
「いえ、『超人ぱんち』の他にも恐らく選択肢はまだたくさんあった筈です。例えば『ぬえシールド』とか」
「うん、『超人ぱんち』で正解だ」
頬に拳の跡をつけたナズーリンのその言葉に、他の少女達も肯定の意を示す。
あの勢いでのタックルをぬえの華奢な身体で受けようものなら、それこそどうなってしまってもおかしくない。
あれ程の絶望的な状況から、パンチ一発もらっただけで抜け出せたと言うのだから御の字と言う物。
直接的に鉄拳を受けた自分もこうしてピンピンしているのだから言う事なしだ、とナズーリンは自分を納得させるように首を縦に振る。
一瞬三途の川で昼寝している巨乳死神が見えた気がしたが、きっと気のせいである。
その背後に鬼の形相をした緑髪の閻魔が居た気がするがそれも気のせいである。
「無理をしないで下さい、ナズーリン。『汝、右の頬を打たれたら、左の頬で瞬獄殺』と言う言葉もあります。貴女の気が済むなら、そうしてくれても構わないのですよ?
「そんな器用な事は出来ん。それに、大丈夫だとさっきも言ったろう」
「でも、そんなにはっきりと渦巻き状にコークスクリューの跡が出来て……。正直に痛いなら痛いと仰って下さい」
「くどいぞ。かなり不本意な事に君の拳を喰らうのは日常茶飯事だからね。嫌でも身体が慣れてしまっ……うん?」
しつこく心配してくる聖に苦言を呈そうと視線を向け、ナズーリンはふと気付く。
普段は姿勢正しく美しさすら感じさせる聖の正座が、ほんの僅かに歪んでいる事に。
一見すると普通に座っているようで、その実右足に体重を掛けぬよう身体の左側に力が込められている事に。
「聖、ひょっとして足を痛めたのかい?」
その声に周囲の少女達は瞬時に反応。
まるで示し合わせたかのように全員一斉に聖へと顔を向ける。
対する聖は気まずそうに笑ってごまかすが、最早賢将の目は誤魔化せない。
先程まではぬえに対する心配もあって見逃していたが、今のように注視すれば一目瞭然であった。
「隠してるつもりだろうけど、その座り方大分不自然だよ。右足に体重を乗せていられないから、そうして正座が傾いてしまっているんだろう? 君こそ正直に痛いなら痛いと言ってくれ」
そう言ってナズーリンが真剣な瞳をもって促すと、聖は観念したように正座を崩し、少女達によく見えるように右足を伸ばす。
時間が経った事で腫れが出てきたのか、左と比べて二周り程太くなった右の足首に、思わず少女達は息を飲んだ。
痛みも相当な物だろうと言うのに、この状態でぬえを背負ってあの豪雨から脱出し、今まで毅然と振舞っていたというのだから、聖の凄まじいまでの胆力が伺い知れると言う物だ。
とは言え今はそんな事に驚いている場合ではない、少女達はすぐさま氷を用意し聖の手当てにあたる。
どうやら骨が折れている訳ではなさそうだが、大分激しく足を捻ってしまったようである。
「実は雨の中、ぬかるんだ道に足を取られて転んでしまいまして。駄目ですよね、私ったら」
「駄目って、姐さん。元はと言えば全部私のせいで」
「そうではありませんよ。きっとこれは私に与えられた罰なのです」
「罰?」
罰などと言う突拍子の無い単語に、訳がわからず首を捻る少女達。
聖はそんな仲間達に言い聞かせるようゆっくりと言葉を紡いで行く。
「あの雨の中、震えるぬえを見てようやく目が覚めました。私はぬえと仲良くなる事を焦るばかりに、肝心のあの子の気持ちに全く目を向けていなかった。小手先の作戦にばかり頼り、それどころか彼女に痛みや恐怖を与えてまで、私の事を信頼させるよう誘導しようとすらした。……そんな物で築かれた信頼など所詮偽りに過ぎないと言うのに」
「聖……」
「ぬえを傷つけるような作戦を立てたのは聖ではなく私達です。罰と言うのなら、聖ではなく私達にこそ与えられるべきではないですか」
「その作戦を求めたのも採用したのも私です。私は命蓮寺のリーダーとして、冷静に物事を判断しなければいけない立場にも関わらず、こうして独りよがりな想いから大切な仲間を傷つける結果を招いてしまいました。この足の怪我はきっと、そんな私を咎める為に天が与えて下さった罰なのです」
その穏やかな口調の中に込められた聖の思いに気付かない者など、その場には居なかった。
彼女は自分自身が許せないのだ。
誰よりも仲間想いな彼女だからこそ、焦燥に駆られ、冷静さを失い、ぬえと大切な仲間達の心に傷を負わせてしまった自分が、どうしても許せないのだ。
「この痛み、重く受け止めさせて頂きます。……いえ、むしろぬえの心の痛みを想えば、これしきの怪我では全然足りないくらいですよね」
何かを思い立ったかのように突然立ち上がる聖。
足を怪我した筈の少女の予想外の行動に、場の空気に呑まれていた少女達ははっとする。
「待って、何をする気?」
「ぬえと同等の痛みを味わうには、もっと大きな痛みが……そう。少なともあと箪笥の角に小指をぶつけるくらいの痛みは必要です」
「偉く具体的な例えだな、オイ!」
「ま、まさか姐さん!?」
果たして聖がこれから何をしようとしているのか、少女達に脳裏にこれ以上ないまでの嫌な確信が駆け巡る。
注目すべきは聖の立ち位地、部屋の壁側へと視線を向ける彼女の真正面。
そこに聳え立つのは最終小指殲滅兵器TANSUの重厚なボディーであった。
その極悪なまでの破壊力を知っているからこそ、少女達は思わず息を呑む。
まさか聖は本気であの重戦車に小指一本で突貫しようと言うのか。
「止めて、聖! そんな事をしてもぬえの痛みが軽減される訳じゃ無いんだよ!?」
「いえ、これは自分への戒めです。私は重い罪を犯しました。二度とあのような過ちを犯さぬ為、私はこの小指で箪笥をシュートして自分を罰する必要があるのです」
一瞬でも気を抜けば小指が吹き飛びそうな程のプレッシャーが辺りを包む中、聖は表情を崩さずナズーリンへと向き直る。
その姿は一見すると平静を保っているようで、その実全身から滲み出るほどの自分への憤りを必死で隠し通そうとしているように見えた。
一言で言うと目がイッていた。
「ナズーリン、私のシュートに合わせてジョン・カビラ風に実況をお願いします」
「ごめん、聖が何を言っているのかわからない!」
「ならば私が『小指を箪笥の角にシュゥウウ!』と言うので、ナズーリンは『キーパー森崎君だから取れなーい!』と叫んでください」
「いや、こんな時に無茶ブリしなくていいからね!? とにかく馬鹿な真似は止すんだ! きょうびどんなドMでもそんな事しないぞ!」
「―――――それでも、聖白蓮はやるのです」
「何ちょっと格好いい事言ったみたいな顔してんの!?」
やはりと言うべきか、どうやら今の聖は怪我の痛みも相まって完全に冷静さを欠いているらしい。
ナズーリンのツッコミも無視して、少女は素早く箪笥へと向き直る。
不味い!
危険を感じた星と一輪が慌てて背後から飛び掛るが、時既に遅し。
振り上げられた聖の左足は、ギロチンの如く一直線に箪笥の角へと―――――
「小指を箪笥の角に……」
「キーパー封獣君パンチング!」
ひじりくんふっとばされた!
なんと、聖の左足が今まさに振り下ろされようとしたその瞬間、真横の障子から現れたぬえが聖の顔面に握り拳を喰らわせたのだ。
ぬえのパンチ力では超人である聖相手に大したダメージは与えられないが、今回は完全に彼女の虚をついた形での一撃だ。
予想だにしていなかった真正面からの衝撃に、聖は思わずその場に尻餅をついて目をぱちくりさせる。
どうやら未だ状況を把握しきれていないらしい。
ぽくぽくぽくぽくちーん。
空白の数秒間を経て、ようやく自分の行おうとした行為と現在おかれている状況を把握すると、目の前で青筋を立てているUMAに向けて弱々しい声で語りかける。
「あ、あの、ぬえ。どうしてここに?」
「何か騒がしいと思って盗み聞きしてみれば、誰かさんが箪笥の角に小指をぶつけるとか言い出すからさ。……本当馬鹿でしょ、アンタ」
「あぅ」
「あんな事して更に怪我とかしてみなさいよ。みんな余計に傷つくに決まってるじゃん! 全く、本当アンタってば夢中になるとすぐ周りが見えなくなるんだから」
「す、すみません。浅慮でした」
すげぇ、アイツ聖に説教してるよ。
目の前に広がる普段では絶対に見れないその光景に、少女達は呆然とその場に立ち尽くす。
一先ずぬえのナイスキーパーぶりにより、聖の小指の平和は守れた。
どうやら先程の衝撃で聖の頭も冷えた様子で、今はぬえの言う事に素直に耳を傾けている。
思わずこれにて一安心、と言いたくなってしまうほのぼの空間が目の前に広がっている訳だが、残念ながら事はそう簡単ではない。
開いた口が塞がらない少女達の中、ナズーリンはただ一人冷静に状況を分析する。
先程まで彼女達が話していたのはぬえと仲良くなる為の作戦についての反省、そしてぬえは居間での話を盗み聞きをしていたと言ったのだ。
何時から陣取って居たかによるが、場合によっては今回の『作戦』についての会話をぬえに聞かれてしまった可能性がある。
何処から聞いてきたのか、そして何処まで勘付いたのか。
それを確かめるべくナズーリンは、神妙な面持ちで背後からぬえの名前を呼ぶ。
「なぁ、ぬえ」
「聞いてたよ、全部」
「っ」
始めから聞かれる事を予想していたのだろう、ナズーリンが疑問を投げる前に、答えが返ってきた。
答えは肯定、それはつまり今回の『作戦』の存在がぬえに知られてしまったと言う事を意味していた。
先程まで呆気にとられていた少女達もそれで現実に引き戻されたのか、その表情を不安げな物に変える。
元より次を行うつもりは無かったが、先日からのぬえの不幸が全て、自分達が組織だって企てた物の結果だと知られてしまった、その次のぬえの反応が怖かった。
もしかしたら、嫌われてしまうのではないか。
そんな事を考える資格は無いと重々承知でありながら、それでもどうしようもない程に不安だった。
「なんかさ、いきなり無茶ブリしたり殴ってきたり、最近みんな様子がおかしいと思ったら、私に隠れてそんな事企んでたんだね」
憤りとも失望とも思えるトーンのぬえの声が響き渡り、思わず少女達はびくりと身体を震わせる。
下を俯き、右手で表情を隠している為正確な感情は読み取れないが、怒り狂っていようとも、憎まれていようとも全く文句の言える立場では無い。
むしろあれだけの被害を被ったのだ、印象を悪くしない方がおかしいと言うものである。
そんな彼女に対してせめて今すぐに聖達が出来る事、すべき事など論ずるまでも無い。
聖は自分が傷つけてしまった一人の少女に向けて、可能な限りの誠意を込めて深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ございませんでした。私の勝手な想いで貴女を巻き込んで、あんな危険な目にまであわせて……私のした事は到底許される事ではありません」
「聖だけじゃない、私達全員の責任だ。すまなかった、ぬえ」
ナズーリンがそう言って頭を下げると、残りの少女達もそれに続くように頭を下げる。
謝罪をすれば全て許してもらえるなどある筈も無いが、それでも謝らずにはいられなかった。
しかしそんな謝罪行為対して、当のぬえは予想外と言わんばかりに一瞬のきょとん顔。
その後呆れたような顔で小さく溜息を吐くと、聖一行の罪悪感を否定するかのように首を振る。
「そうじゃない、そうじゃないんだよ、みんな」
「え?」
想定外のぬえの返事に、思わず下げていた顔を上げてぬえの姿を仰ぎ見る。
そこにあったのは、怒りでも悲しみでもなく、恥ずかしさと困惑がないまぜとなったようなぬえの微妙な表情であった。
この状況で、一体何が彼女にそんな顔をさせるというのか。
少女達はその答えを求めるるように、ぬえの顔を凝視する。
失言だったと後悔するがもう遅い。
多角度から襲い掛かる熱視線に、ぬえは頭を抱えて観念したように大きく溜息を吐く。
その頬にはほんの少しだけ赤みがかかっていた。
「嬉しかったんだ」
消え入りそうな程に小さいぬえの言葉。
嬉しかった?
意味がわからず首を捻る少女達に、ぬえは目を逸らしてもじもじと指を絡ませながら、恐る恐る言葉を紡いでいく。
「そりゃ、殴られたり大雨降らされたりは今考えても腹が立つよ? でもさ、私ずっと嫌われ者だったから。今までいくらこっちが歩み寄ろうとしても、人も妖怪もみんな私を避けようとしてきたから。こうして命蓮寺のみんなが、私と仲良くしたいって思ってくれた事が、その……何か嬉しいんだ。自分でも上手く説明できないんだけど、心がこう、ぽわーっとなって、暖かいと言うか」
「ぬえ……」
「や、うん、違う! 今の無し! えーっと、だから……」
目の前でしどろもどろになっているぬえの姿を見ながら、少女達は命蓮寺に来る前の封獣ぬえと言う少女の事について思い出していた
かつて人からも、妖怪からも恐れられ、嫌悪された鵺と言う妖怪。
悪戯する事でしか他者と交わる事の出来なかった、一人ぼっちの少女。
他者と共に暮らしてきた者にとっては当たり前でも、彼女にとっては理解できない物などそれこそ溢れるほどあったのだろう。
そうだ、ぬえは決してこちらを避けていた訳では無かった。
ずっと一人で生きてきた彼女は、他人の愛情に対してどう接していいかわからなかったのだ。
例え近寄りたいと思っていても、それを表現する事が上手く出来なかったのだ。
痛い目に合わされた事を怒るよりも、求められていたと言う事実に歓喜している、そんな誰よりも仲間の温もりを欲していた彼女だというのに。
その喜びすら上手く表現できないほどに他者とのつながりに対して不器用で、無知。
それこそが封獣ぬえと言う少女の正体なのだ。
こうも簡単な事に、今の今まで気付けないとは。
少女達は自分達の思慮の浅さに対する後悔に、己の眉を強く顰めた。
そんな少女達の表情が、訝しんでいるように見えたのだろうか。
ぬえはゆっくりと下を俯くと、弱々しくその口を開く。
「や、やっぱり変だよね、こんなの?」
自分が異常である事を前提としたぬえの言葉。
そんな仲間の自虐を、寅丸星は優しい笑顔で否定する。
「変ではありませんよ」
「星?」
「誰だって内心では誰かに求められたいと思っているのです。その昔、誰からも必要とされなかった自分を聖が欲してくれた時、私は初めて誰かから求められる事の喜びを知りました。もっともあの時はそんな自分の感情の正体を理解する事が出来ませんでしたが……。ぬえ、貴女はまるであの時の私にそっくりです」
「私と星がそっくり?」
「ええ、今やないすばでーな私も昔はぬえのようにぺったんこでペド」
「黙れド阿呆」
真顔の星に容赦のないナズーリンのツッコミが炸裂。
なごませようとしたのか素なのかは定かでは無いが、すっかりいつもと変わらない彼女達のノリに、固かった周囲の少女達の表情に笑みが浮かぶ。
最後の星の言葉の意味がわからず一人きょとんとしているぬえに向けて、次に口を開いたのは村紗であった。
「まぁ、星がないすばでーかはともかく、私もぬえの気持ちよくわかるよ。私もかつて舟幽霊として誰からも嫌われていた時、聖が手を差し伸べてくれた事が本当に嬉しかったのを覚えてる」
「村紗も?」
「私だけじゃなくて、多分みんなも。ほら、私達ってはみ出し者の群れみたいな連中だから」
そう口にして、村紗は自分の視線をはみ出し者の群れへと向ける。
忌み嫌われた過去を乗り越え、種族の壁を壊し、何者にも壊せない固い絆で結ばれた自分の仲間達へと。
眩しい。
目の前で笑顔を浮かべている少女達の輪が、ぬえにはひたすら眩しく見えた。
そして同時に、その輪の中に入りたいとも。
「私も、その連中の一員になれるかな」
自信なさそうに小さな声で、ぬえは自分の願望を疑問として口にする。
彼女のささやかな願いを否定する者など、この場に居よう筈も無かった。
「もうとっくになってるだろう?」
「そうよ。貴女ほどのはみ出し者、まさに私達にぴったりじゃない。何だかんだでウマがあってるのよ、私達」
「みんな……」
ずっと一人ぼっちだったぬえの周囲を、今仲間達の笑顔の輪が囲む。
何故だろう。
みんなの気持ちが物凄く嬉しい筈なのに、少女達の瞳を直視する事が出来ない。
何か気の利いた事を言いたいのに、上手く言葉が出てこない。
そんなもどかしさに眉を顰めるぬえの身体を、聖は優しく包み込む。
柔らかく、そしてとても暖かい、大好きな聖の抱擁に包まれて。
艱難辛苦を経てようやく心から信じあえる仲間達を得る事の出来たぬえは、その双眸をゆっくり閉じて行く。
正体不明と恐れられたこんな自分にも、大切な居場所が出来た、掛け替えの無い仲間達が出来た。
自分の今の気持ちをみんなに伝えたい、そう思えるほどにこの輪の中は暖かかった。
けれども、そうして自分の本性を曝すのは、長年正体不明の妖怪として生きてきた彼女にとっては余りにも恥ずかしすぎて。
照れ隠しに、冗談交じりの言葉を呟くのが彼女の精一杯だった。
「UMAとウマが合う……か」
「えっ」
「えっ」
――――――――――――
「あれから、ぬえの態度がよそよそしい気がするんです」
それは夕暮れ時の命蓮寺での出来事だった。
いつものメンバーに対して聖白蓮が持ちかけた唐突な悩みに、ナズーリンは思わずオウムのように聞き返した。
他の命蓮寺のメンバーもまた首を傾げる中、白蓮はナズーリンに対して肯定の意を示すべく首を縦に振る。
「ええ、私が遊びに誘ってもなかなか付き合ってくれないと言いますか……例えば今日は一緒に『毘沙門天さんが転んだ』でもと誘ったのですが、断固として断られてしまいました」
「何だその不遜な遊びは」
「ええとですね、こう右腕を頭上でにょきにょきさせて腰をポールダンスのように振りながらビシャモン、ビシャモンと」
「いや、別に説明して欲しい訳じゃ……ってその動き割と本気でキモいな!」
誰がやるんだ、そんな気味の悪い遊び。
その場の誰もが頬を引きつらせるが、聖は至って真面目の極み。
真剣な表情そのままで、周囲の仲間たちに向けて問いかける。
「今挙げたのはほんの一例です。みんなもこれまで一緒に暮らしてきて、ぬえと距離を感じた事はありませんか?」
「距離……ねぇ」
「そう、例えるなら今の私と炬燵の上のみかんくらいの微妙な距離です。一見して手を伸ばせば届きそうですが、本当にギリギリ届かないと言いますか……こう、ギリギリ、あと少し……」
「取って欲しいならそう言ってくれ」
必死な様子でみかんへと伸ばされる聖人の手の上に、ナズーリンは溜息と共にみかんを一つ置いてやる。
何とも微笑ましい光景に一行は笑みを浮かべるが、ただ一人寅丸星だけはそちらには目もくれず何かを考え込んでいた。
「そういえばこの間『毘沙門天様、危機一髪ゲーム』に誘った時も、やんわりと断られた記憶が……」
「君達もう少し毘沙門天様を敬え」
「敬意故の行為です。とにかく聖の言う通り、私もぬえは最後の一線で私達に壁を作っているような様な気がします」
「まぁ、正体不明がアイデンティティだしねぇ。そもそもぬえとはまだ知り合って間もない訳で。そうすぐに馴染むのは難しいんじゃない?」
星の言葉に、村紗水蜜が続く。
確かに村紗の言う通り、幾多の苦難を乗り越え固い絆で結ばれた彼女達と違い、ぬえは先日仲間となったばかり。
除け者扱いするつもりは毛頭無いが、すぐさま互いの信頼関係を構築するのは難しいというものだ。
元々自分の内面を曝け出す事を嫌う鵺が相手では尚更である。
村紗の意見に同調するかのように、雲居一輪もゆっくりと首を横に振る。
「姐さん、こればかりは仕方ない事よ。ぬえが心を開いてくれるのを気長に待っ」
「いけません」
静かながら重みのある聖の声が、室内に響き渡る。
議論を収束に向かわせようとしていた少女達が、そのたった一言によって弾かれたように聖の方向へと顔を向ける。
それは命蓮寺のリーダー、聖白蓮の求心力だからこそ為せる業、そして聖からしてみれば、自分達の言葉を受けた彼女達の行動など、既に予想できていたのだろう。
静寂の中で双眸を閉じたまま一言一言、ゆっくりと言い聞かせるように僧侶は言葉を紡ぐ。
「今すぐにぬえと固い絆で結ばれるのは難しい事、それは重々承知しています。ですがだからと言って、相手が心を開いてくれるのをただ待っていてはいけません。今よりも私達と彼女が親しくなる為に、私達が本当の意味での仲間となる為に、何かしらの手を考えるべきだと思うんです」
そして瞼を上げ、はっきりとした口調で言い放つ。
「主にナズーリンが」
「私かよ!?」
「私が封印される前よく言っていたじゃないですか。『女の子と仲良くなりたい時は私に任せろナズー』って」
「言ってないよ! 誰そのナズーとか言う奴!?」
そんな軽い台詞を吐いた事は愚か、ナズーとか言う安易な語尾を漬けた覚えすら無い。
必死で否定するナズーリンだが、聖はまるで意に介さない、聖人と言う人種は総じて人の話を聞かない物らしい。
援護を求めようとご主人様達を頼っても、帰ってくるのはどれも残酷な笑みばかり。
「ナズーリンは世が世なら万の軍勢を縦横無尽に操る天才軍師となれたであろう妖怪。賢将の名において必ずや、私達では思い至らぬ妙案を見つけ出してくれるでしょう」
「期待しているわよ、ナズーリン」
「む、無茶ブリだ……」
こんな展開になるとはこの鼠のナズーリンをもってしても見抜けなんだ。
こうなってしまえば何か答えを出さなければ彼女達は納得しない、ナズーリンは思わずがっくりと肩を落とす。
丁度その瞬間の事である。
「無茶ブリ?」
炬燵に突っ伏すナズーリン、その横で村紗が何かに気がついたように顎に手を置いた。
無茶ブリ……ヤ無茶……ブリ大根……ダチョウ倶楽部……?
ブツブツと小声で何かを呟きながら、頭の中で引っ掛かった何かを回収に向かう。
聖輦船の船長を務める少女の的確な分析能力が、確かな答えを導き出して行く。
「それだよ、みんな!」
炬燵を平手で叩くと、村紗は勢い良くその場に立ち上がった。
必然的に周囲のメンバーの視線が村紗へと集まっていく。
「それ? 『毘沙門天様が転んだ』ですか?」
「何時まで引っ張ってんの!?」
「違う違う、無茶ブリだよ」
聖とナズーリンの漫才も軽く受け流して、村紗は言葉を続ける。
「無茶ブリって言うのは、言わば信頼関係の現われだと思うんだ。ほら、私達同士は自然と出来るけど、親しくない人に無茶ブリなんてなかなか出来ないだろう?」
「それはまぁ、確かに……」
「これまで私達は誰もぬえに対して無茶ブリをして来なかった。それは私達こそがぬえに対して『まだ出会ったばかりだから』『まだ親しくなってないから』って壁を作っていた証拠なんじゃないかな」
「むぅ」
無駄に説得力のある村紗の言葉に、一同は思わず唸ってしまう。
流石は仮にもキャプテン、聖とまでは言わなくとも中々のカリスマ性を秘めている。
村紗は周囲の反応に満足そうに頷くと、さながら演説でもするかの如く大仰な身振り手振りで言葉を紡ぐ。
「そう、つまりぬえと私達が更に仲良くなるには、ぬえに対してたくさん無茶ブリをすればいいんだよ!」
『な、なんだってー!』
「いや待てその理論はおか」
「村紗、貴女は天才ですか!?」
「落ち着け、みんな。仲良くなってるから無茶ブリが出来る訳で、無茶ブリしたら仲良くなれる訳じゃ」
「流石キャプテン! 私達に思いつかない事を平然と思いつくゥ!」
「おーぃ……」
ナズーリンの言葉は賞賛の声に掻き消され、少女達の耳には入らない。
ここまで来てしまったら聖達は止まらない、ナズーリンはただただ状況が悪化しない事だけを毘沙門天に祈るのだった。
――――――――――――
「それでは私が丁度いいタイミングを見計らって、ぬえに無茶ブリします。みんなは上手くそれに合わせてください」
『了解!』
「何かが、何かが間違っている……」
俄かに盛り上がりを見せる居間に、ナズーリンの嘆きだけが虚しく響き渡る。
対照的に村紗理論にすっかり乗せられ、命蓮寺一同すっかりやる気満々である。
今ここに前代未聞の無茶ブリ計画が、形をなそうとしていた。
概要はこうだ。
まずは何気ない会話で場を盛り上げ、聖がタイミングを見計らってぬえに対して無茶ブリを敢行、それを確認した他の少女たちはその場を盛り上げ、ぬえを聖のフリから逃れられないようにする。
そしてぬえがそのフリをこなしたら全員で賞賛、それがどれ程寒かったとしても思い切り笑って、彼女を持ち上げてやる。
そうする事によりぬえと自分達との間に仲間意識を芽生えさせる、非常に単純だが命蓮寺の絆の試されるテンプルイズベストの作戦である。
来るべき作戦開始の時に備え、少女達は入念に頭の中でシミュレートを行っていく。
丁度その時、彼女達の耳に玄関の扉が開く音が入り込んだ。
「ただいまー」
おあつらえ向きとでも言っておこうか。
今まさに命蓮寺に響きわたった声こそ、紛れも無く今回の標的である封獣ぬえのもの。
無茶ブリ計画の共有が完了して間もなくの帰宅、飛んで火にいる夏の鵺とはまさにこの事である。
居間で待つ少女達の間に静かな緊張が走る。
村紗の作戦は完璧とは言え、彼女達が下手な真似をして計画をぬえに悟られてしまえば、全ては水泡と帰してしまう。
怪しまれないように会話を盛り上げ、無茶ブリを出来るような空気に持って行くのが彼女達に課せられたミッション、言葉にするのは易いがその難易度は決して侮れない。
強靭な胆力を持つ聖こそ落ち着き払っていたが、残りの少女達はブラジル体操で心を落ちつけるのが精一杯であった。
そして、運命の時間は間もなく訪れた。
居間の障子が勢い良く開かれ、冬の冷たい風と共に封獣ぬえはその姿を彼女達の前に現したのだ。
無茶ブリ作戦、ここに開始である。
「何だ、みんなここに居たんだ。ねぇ、今日の御飯は」
「突然ですが、今からぬえがとても面白い事をやります」
(このタイミングで言うの!?)
無茶ブリ作戦、早くも佳境。
脈絡も何も無い聖の一言に、体操中の少女達に衝撃が走る。
無理もない、本来ならば場の空気を馴染ませてからの無茶ブリの筈が、まさかの無茶ブリ先制パンチ。
例えるならば『しかしまもののむれはまだこちらにきづいていない!』の状態でステテコダンスを踊ったような物である。
気付いていない相手にステテコダンスを踊って何を求めているのだこのそうりょは。
少女達の脳裏に何とも頭の悪そうな光景がよぎる。
「え、ちょ、なに?」
案の定と言うべきか、ぬえは全く状況を理解できずにキョロキョロと視線を動かしている。
その戸惑いを隠せない表情は、周りの少女達に状況の説明を求めているようであった。
明らかにきまずい空気が少女達の間に漂う。
掴みは見事に失敗、如何に軌道修正すべきか少女達は頭を悩ませるが、そう簡単に解決策は浮かんでこない。
多少のコースアウトならまだしも、スタート時点でタイヤが外れたような物だ、最早ここから無茶ブリに答えさせろと言う方が無茶ブリと言って過言ではない状況だった。
ちらりと聖に視線を向けると、彼女は温和な笑顔のまま。
恐らく自分が決定的なミスを犯したとは夢にも思っていないのだろう。
彼女に哀しい思いをさせる事だけは何としてでも避けたかった。
「ひ……」
冷え切った空気を何とか断ち切ろうとするかのように。
パシンと音を立てて己の膝を叩くと一輪は勢い良く立ち上がる。
その膝はかすかに震え、表情には限りなく薄っぺらい笑顔の仮面が張り付いていた。
「ヒャッハー! 面白いことだって! 楽しみだなー!」
「きっとぬえの事だから、物凄く面白い事言っちゃうんだろうなー!」
すかさず村紗がナイスフォロー。
ナズーリンと星もそれに続き、室内に上司とのカラオケのような偽りの盛り上がりが満ちる。
始めは呆気にとられていたぬえだが、徐々に彼女達の言いたい事が理解出来てきたらしい。
顔を真っ赤に染め、必死な形相で首をぶんぶん横に振る。
「いやいやいや、無理無理無理! 私そういうの苦手なんだって!」
「またまた、謙遜しちゃって。本当は芸人レベルの腕を持ってる癖に」
「聞いた事があります。封獣ぬえはかつて都にその名を轟かせた、平安のコメディアンだと」
「エイリアンだよ、エ・イ・リ・ア・ン!」
ぬえの必死の抵抗も虚しく、場はどんどん盛り上がりに満ちて行く。
終いにはぬえコールまで始まる始末、助けを求められる相手などそこには誰一人存在しなかった。
自分が無茶ブリに応じない限りはこの空気は終わらない、確信めいた予感がぬえの脳裏に走る。
逃げ出したかった。
本音を言えば今すぐにでも逃げ出したかったが、それが許されない行為であると言う事は誰よりもぬえ自身が理解していた。
ここで退くのは妖怪の恥、彼女にも誇り高き妖怪鵺の矜持と言う物ある。
そして嫌われ者であった自分を暖かく迎え入れてくれた、命蓮寺の面々の期待を裏切れないという気持ちも。
覚悟を決めたかのように一つ大きく溜息を吐くと、ぬえは瞼を閉じたまま右手を挙げて少女達のコールを制す。
空気が変わった。
先程までの盛り上がりが嘘のように静寂が辺りを包み、聖を始めとした少女達が緊張しながらぬえの挙動に注目する。
何せ正体不明で恐れられた彼女の事だ、どんな持ちネタを用意しているのか全くもって予想が出来ない。
作戦の成否も勿論だが、純粋に封獣ぬえと言う妖怪が果たしてどのような芸をするのかにも興味があった。
そんなギャラリー達の思惑など意に介さないように。
集中力を極限まで高めた平安のエイリアンは、自分の右手をゆっくりと左手へと近づけて行く。
第一関節を曲げたまま左親指の根元部分と右親指の指先部分を重ねた上で、人差し指で接合部分を覆ってやると、それはまるで一本の親指のように見えてくる。
そしてぬえは小さく頬を歪めると、右親指と左親指をゆっくりと離して行く……!
「うわぁ、指が抜けちゃった!」
「えっ」
「えっ」
――――――――――――
「あの日から、ぬえとの距離が一層開いてしまった気がするんです」
とても哀しそうな瞳を携え、聖は絞り出すようにそう口にした。
その言葉を耳にした少女達もまた下を俯き、命蓮寺はまるで上司の演歌を長々と聞かされている時のような何とも重苦しい雰囲気に包まれる。
無茶ブリ作戦の失敗、それは少女達の精神にそれ程までに深い傷を与えていたのだ。
「私がいけなかったんだ。世の中には無茶ブリしていい相手と駄目な相手が居る。ぬえはその後者だったんだよ。くっ、あんな事やりだすなんて始めからわかっていれば……!」
「いいえ、あれは思わず真顔で固まってしまった私の責任です。そのせいでぬえは、自分のネタを説明しだすという暴挙に……。どんなに寒いネタでも、あそこは笑ってあげなければいけなかったんです。そう、どんなに寒いネタだったとしてもです」
「私達も上手くフォロー出来なかったわ。余りのギャグの高度さに思わず思考が止まり、『おめでとう』と拍手する事しか……!」
「君達、絶対馬鹿にしているだろう」
ナズーリンのツッコミも虚しく響き渡るだけ。
少女達は皆、ぬえの一発芸の後広がった凄惨な光景を頭に浮かべ、小さく身体を震わせていた。
―――――光を失ったぬえの瞳、ただただ繰り返される気の無い『おめでとう』の賛辞と間の開いた拍手、何故か流れる『残酷な天子のベーゼ』(Vo.永江衣玖)
あの時の地獄絵図を思い出すと、普段は笑顔を崩さない聖ですら、沈痛な面持ちをもって唇を噛み締める事しか出来なくなってしまう。
「どうにかしてぬえとの距離を縮める事は出来ないのでしょうか」
何か手はないかと考える一同だが、その難問の前に中々解を導き出す事が出来ない。
相手は唯でさえ気難しい鵺と言う妖怪、しかもつい先日心のファイアウォールを展開させてしまったばかりである。
今再び変にちょっかいを出して、心にセコムを導入される事だけは避けなければならなかった。
ここはやはり少しずつ心を開いてくれるのを待つしかないのか、諦観にも似た考えが彼女達の脳裏をよぎる。
そんな時のことである。
葬式のように重苦しい空気の中、ただ一人穏やかな表情のまま右手を挙げる少女がいた。
毘沙門天の弟子、寅丸星である。
「聖、僭越ながら私に妙案があります」
「星?」
名前を呼ばれた少女はその場に立ち上がると、強い意志の込められた瞳で沈む少女達をぐるりと見渡した。
その堂々とした立ち振る舞いは彼女達の信奉する毘沙門天の如し、先程まで意気消沈していた少女達の瞳にも微かに光が灯る。
しかし、実際の案とやらを聞いてみなければ安心するには至らない。
何せこの寅、一見真面目なようで先日開かれた白玉楼短歌大会で『お腹すく 今日の御飯はハンバーグ 一杯食べるぞ ハングリータイガー(字余り)』などとやらかした天然ボケの核弾頭である。
星の言葉を待つ少女達の顔に、期待と不安がないまぜとなったような複雑な表情が浮かぶ。
そんな仲間達のリアクションは彼女にとって予想通りだったのか否か。
己の成功を一片たりとも疑っていないように、寅丸星は自信に溢れた表情のまま言葉を紡ぐ。
「拳で語るのです」
「こ、拳?」
ざわ・・ざわ・・
先程まで重苦しい静寂に満たされていた室内が、俄かに騒がしくなる。
喧騒を制するように、星はトーンを上げて言葉を続ける。
「そう、夕日の丘で二人、全力をもって拳を交えるのです。相手との距離が離れてしまった時こそ腫れ物に触るような態度ではなく、目の前の壁を壊すくらいの気持ちが大切でしょう。いくら言葉を尽くすよりも、想いを込めた拳の方が相手に気持ちを伝えられる場合もあると私は思います」
「そういう物ですかね」
「ええ、何を隠そう私とナズーリンもそうして仲良くなりました。懐かしいですね、ナズーリン。二人共に拳で語らい、貴女が『一生ご主人様に付いて行くでスリランカ』と言ってくれたあの日……」
「どう考えても私じゃないよ、ソイツ!」
一体何処の他人と殴りあったというのか、このご主人様は。
と言うか聖といい星といい『ナズー』だの『スリランカ』だの人の語尾を何だと思っているのか、このままではその内語尾に『ってナズーリンはナズーリンは言ってみたり』とか付けさせられるのではないのだろうか。
などとナズーリンが己の人生ならぬ鼠生に苦悩している中、他の少女達は星の作戦(?)に対して首を捻る。
一番初めに反論を口にしたのは一輪だった。
「そんな上手く行くとは思えないわね。普通に考えて殴り合ったら仲が悪くなるだけでしょう」
「私も一輪に賛成。余程の被虐趣味でもない限り、殴られて心を開くって事は無いんじゃないかな」
「お疑いになるのも無理はありません。しかしまずはこの外の世界の書物を読んでみて下さい。恐らく読み終わった時には考え方が変わっているでしょう」
一輪と村紗の反論にも動じず、星は懐から大量の本を取り出した。
そして数冊ずつ仲間達に手渡していくと、自身もまたその内の一冊を手に取りページを開いていく。
まずは読んでみろと言われたからには読まない訳にも行かない、一輪は怪訝そうな表情のまま手渡された本を眺めてみる。
そこには『キン肉マソ』の大きな文字が―――――
結論から言うと、一輪は泣いた。
立ち塞がる強敵達との死闘を経ての和解、かつて敵であった者達との共闘、戦う事によって形成される友情の美しさがその書物には余す事無く描かれていた。
拳を交えれば本当の仲間になれる、星の仮説を証明するだけの漢達の熱い友情パワーに一輪は大いに感動していたのだ。
かなりの数の敵キャラが普通に葬られていた気もしたが、それはそれ、脳内フィルターで華麗にスルーした。
情報の取捨選択はとても大切な事なのだ。
周囲を見渡してみると、どうやら彼女達にも戦いを経ての友情の素晴らしさが伝わったらしい。
ナズーリンを除く全員―――――聖や村紗、雲山までもが感動の余り鼻を啜っている。
「殴り愛、ですか。これこそ人と妖が手を取り合って進む為の方法なのかもしれませんね」
「姐さん、私今無性に誰かと殴り愛をしたくて堪らないわ!」
「ええ、存分に殴り合って下さい、ナズーリンと」
「嫌だよ! ええい、君達少しは冷静に物事を考えろ!」
目の前で展開される阿呆空間に、いよいよ耐え切れなくなったのか。
ただ一人、乾いた表情を浮かべ傍観を決め込んでいたナズーリンが、思い切り炬燵机を叩いて立ち上がる。
その様子は強大な敵に一人敢然と立ち向かう、武神の如き勇ましさを携えていた。
「これはただの漫画、フィクションなんだ。現実に殴り愛なんて有り得」
「一輪愛の鉄拳パンチ!」
「ひでぶ」
しかし一輪の腹パン一発で撃沈、本当ツッコミ勢は地獄である。
「そういえば幻想郷の妖怪はみんな、巫女達と一戦交えてから仲良くなったと聞いた事があります」
「確かに。私達も巫女や魔法使いと戦ってから、彼女達と親しくなってるね」
「殴り愛……必ずやぬえの作ったファイアウォールを壊す事が出来るでしょう」
畳の上に突っ伏したナズーリンをよそに、少女達は先程までの沈んだ空気が嘘のようにやんややんやと盛り上がっている。
どうやら彼女達は、最早自分達の成功に全く疑いを抱いていない模様、何ともお気楽な聖白蓮と愉快な仲間達である。
とにかくこれにて彼女達の方針は決まったらしい。
作戦を提唱した星が仲間達に向けて確認の視線を送る。
反対の意を示す者は、最早その場には存在しなかった。
「では、次の作戦は『封獣ぬえ集団フルボッコ作戦』で問題ありませんね」
「せ、せめて一対一にしようよ、そこは……」
息も絶え絶えなナズーリンのツッコミだけが、少女達の行く道を案じているかのようだった。
――――――――――――
「こんな所に呼び出して何の用、聖?」
夕日の見える丘にて、聖白蓮と封獣ぬえは向かい合う。
呼び出したのは聖、目的は勿論殴り合い……否、殴り愛で互いの絆を深める事である。
先の件の影響もあってかぬえの表情には若干の固さが残る、聖もまた表情こそ穏やかであったが初めての殴り愛に対する緊張がその身を包んでいた。
紅に染まる世界の中、二人何ともぎこちない様子で互いの瞳を見つめ続ける。
そしてそんな彼女達を少し離れた物陰から見守る四人の少女+一雲山。
「上手くいくかな」
「いきますよ、きっと」
ぬえからは聞こえないよう、小声で言葉を交わす。
果たして聖とぬえは友情パワーで結ばれる事が出来るのか、四人+一雲山の間には静かな緊張が走る。
当初は全員でぬえを襲うプランであったが、それだけはやめて欲しいというナズーリンの必死の願いで計画は見直し。
結局まずは聖とぬえのタイマンで二人の仲を深める、そのような結論へと至ったのはつい先程の事であった。
兎にも角にも、この殴り愛作戦の成否は聖白蓮の手に委ねられた。
頼りになる天然リーダーに全てを託した少女達は、固唾を飲んで二人の友情の行方を窺っていた。
「……」
「ねぇ、聖。なんで黙ってるのさ」
そんな少女達の視線の先には、不安げな表情を浮かべるぬえの姿。
どうやら聖がひたすらに沈黙を守り続ける事で、彼女の中に不安が募り始めているらしい。
もともと人を驚かす事で生きてきた妖怪、無視される事は非常に苦手なのだ。ネグレクトダメ、絶対。
沈黙に耐え切れなくなったぬえは、何度も彼女の名前を呼ぶが聖からの返答は一切無し。
一体何を考えているのか問いただそうと、ついに聖の肩に手を置こうとした、まさにその瞬間だった。
「ねぇってぶっ」
聖渾身の右ストレートがぬえの顔面を強打。
『ねぇってば』と聞くつもりが『ねぇってぶっ』と何となくネイティブっぽい言葉になってしまった。
余りに突然の聖の暴挙、そして襲い掛かる痛みに、ぬえは全く状況を理解する事が出来ない。
その間にも聖は左右の拳を容赦なくぬえへと繰り出して行く。
「え、なに……ごふっ!? 痛い! 痛いって! 何、何がしたいの……!?」
「……」
「ひぎぃっ!? ひ、聖……!」
悲鳴をあげて後ずさるぬえだが、聖はひたすらに追いかけまわし無言でその拳を振るう。
涙目で逃げ回る幼い子供と、そんな少女を無表情かつ無言のままで追いかけ、執拗に痛めつける大人。
何処からどう見ても虐待にしか思えないその行為に、物陰で見守る少女達の間にも衝撃が走る。
「な、何をやってるんだ聖は! いきなり襲い掛かるなんてあれじゃ最早通り魔じゃないか!」
「いえ、よく聞いてください。あれは毘沙門天様の得意な肉体言語……聖白蓮なりの言葉なのです。彼女は今まさに己の全ての台詞の代わりに、拳でぬえに語りかけているのです、多分」
「多分って何だ、多分って!」
ナズーリンは星に掴みかかるが、毘沙門天の弟子は動じない。
落ち着き払った様子で瞼を閉じ、聖の拳が立てる音に耳を澄ませている。
「私には聞こえます、聖の拳の声が。一撃目のストレートは『こんばんは』、二撃目のボディブローは『綺麗な夕日ですね』、今のワンツーは『毘沙門天さんが』『転んだ』です」
「全部どうでもいい台詞だよ! と言うか『毘沙門天さんが転んだ』まだ引っ張ってたの!?」
そんな物陰での騒ぎなどまるで意に介さずに。
聖は逃げ惑うぬえに対して容赦なく拳を振り下ろして行く。
このままでは二人の関係は愚か、ぬえの身体まで壊されてしまう。
これ以上の続行を危険と判断した少女達が、聖を止めるべく飛び出そうとしたその時であった。
「ああもう、そっちがそう来るなら、こっちだって考えがあるよ! 謝ってももう遅いからね!」
ぬえの咆哮と共に、その場の空気が変わる。
先程まで涙を携えていた瞳が真紅に染まり、その全身からは溢れんばかりの闘気が滲み出る。
度重なる聖の暴挙に、平安のエイリアン封獣ぬえがついに牙を剥いたのだった。
「おお、ぬえがやる気に」
「これで二人が拳を交えれば一応当初のプラン通り。ある意味結果オーライ、なのかしら」
「いや、あれを見るんだ!」
ナズーリンが指差した方向、ぬえの立ち位置とは対称な空間へと少女達は視線を向ける。
そこにあったのは先程までぬえを執拗に追い掛け回していた聖白蓮の姿、しかし今、その全身はガッシュもびっくりな金色のオーラに包まれている。
超人『聖白蓮』……通称超聖人(スーパーセイント人)。
純粋な心を持った聖人である聖白蓮だからこそ可能な、怒りとか悲しみとかなんやかんの力で己の身体能力を飛躍的に高める、だいぶアバウトな秘技であった。
「流石は聖。一切の容赦なく全力でぬえを叩き潰すつもりですね。新入りであるぬえに命蓮寺の厳しい掟を叩き込む為に」
「目的変わってない!? 仲良くなる為じゃなかったの!?」
「一方的にジェノサイドした事で生まれる友情、そんな夢物語が現実になってもいいとは……思いませんか」
「思わないよ! とにかくすぐに聖を止め―――――」
「待ってください、ナズーリン」
二人の間に割って入ろうとしたナズーリンを星が制する。
「ご主人様、どうして!?」
「今あの二人は本当に全てをさらけ出して戦おうとしています。聖はともかく、あの本当の自分を中々表に出そうとしなかったぬえが、です。ここで止めては今までの繰り返し。私はこの戦いの先にこそ真の意味での二人の信頼関係が築けるのではないかと思っているのです」
「し、しかし本気の聖と戦って、ぬえに万が一の事があったら……」
「やれやれ。心配なのはわかりますが、彼女もかつては平安のクラムボンと呼ばれた猛者なのですよ?」
「クラムボンは、かぷかぷ笑ったよ」
「クラムボンは死んだよ」
「いや、平安のエイリアンな」
「発音の違いです。ともかくぬえならば、いくら聖相手とは言えそう簡単に遅れはとりませんよ。もう少し彼女の事を信じてあげてもいいのではないですか?」
「むぅ」
そう言われると反論もしにくいと言うもの。
星にたしなめられたナズーリンは、不満げに眉を顰めながらも大人しく再び物陰へと姿を隠す。
他の二人……村紗と一輪with雲山も心配そうではあるが逸って止めには入らず、静かに息を殺して運命の時を待ち続けていた。
そんな彼女達の視線の先。
聖とぬえは二人睨み合ったまま動かない。
互いに自らの集中力を高めながら、戦いには似つかわしくない程の静寂に身を任せる。
一見すると永遠にも続きそうな均衡、しかし戦いをよく知るものならばわかる。
このような危うい均衡は決して長くは続かない、それはさながら決壊寸前のダムのような物だ。
少しでも壊れてしまえばあとは一瞬、全てを吐き出すまで収まる事はない。
そう、己の全てを曝すまで終わらない、二人の戦いの火蓋は今まさに切って落とされようとしていた。
その事を証明するかのように、物陰から見守る少女達の額には緊張で汗が流れ、その耳には本来ならば認識できない筈の音がやたらとはっきり聞こえてくる。
ジョインジョインヒジリィ
「……今何か不吉な音が聞こえた気がするんだが」
「何を言ってるんですか、ナズーリン。あれは聖の選択音ですよ」
「選択!? 何を選択したの!?」
「静かに。始まるよ」
村紗の一言で、ギャラリー一同は再び緊張感を取り戻し、聖とぬえとの対峙へと視線を向ける。
そして考えるまでも無く本能で理解した……時が来た、と。
静寂の空間にひびが入る音がやけにはっきりと響き渡る。
静から動への転換、それはまさに一瞬の出来事であった。
デデデデザタイムオブレトビューション バトーワンデッサイダデステニーナギッペシペシナギッペシペシナムサァーンナギッナムサァーンテンショーヒャクレツナギッカクゴォゲキリュウデハカテヌナギッナギッゲキリュウニゲキリュウニミヲマカセドウカナギッカクゴーナムサァーン
「止めろぉおおおおおおおっ!」
ナズーリンの叫びと共に、少女達が一斉に聖へと飛び掛る。
壁際で一方的に相手を弄ぶ、聖人と言う名の悪魔がそこには居た。
――――――――――――
「あれから、ぬえに避けられている気がするんです」
既に三度目となった『ぬえと仲良くなり隊(命名:雲山)』作戦会議。
前回の会議の録画を見ているかの如く、聖は悲しげに目を伏せながらそう呟いた。
その様子を見た賢将ナズーリンが吐くのは大きな大きな溜息。
あの状況から激流に身を任せた聖を止め、もみくちゃにされていたぬえを救出した苦労を思えば、それも無理はないと言う物である。
「何がいけなかったんでしょう。ちゃんとあの書物に書かれていた通り『お前もまさしく強敵(とも)だった』で締めくくったのに」
「何で聖だけ違う漫画なの!?」
「うっかりしてました」
どうやら星の手違いで、聖には殺してから友情が芽生える漫画が渡されていたらしい。
よりにもよって一番まずい相手にいちばんまずい漫画が渡っていたわけだが、今更悔やんだところで後の祭り。
現実に殴り愛作戦は失敗し、ぬえとの距離は近づくどころか遠ざかるばかり、ついに先日彼女の胸の部分にはセコムマークが張られるまでに至ってしまった。
ナズーリン達としてもぬえは命蓮寺の大切な仲間、彼女との関係改善は最早、聖だけでなくその場の全員が望む事であった。
しかしどうやって?
その難問に対して揃って首を捻る少女達の中、大空に咲く花こと雲居一輪が一人堂々と手を上げる。
「ここは私に任せてもらいましょう」
不適に笑うその表情から感じ取れるのは確かな自信。
これまで無残に散ってきた妙案(笑)を目にしてきて尚、自分の成功を微塵も疑っていない瞳を携えゆっくりと口を開く。
「吊り橋効果と言う物を知っているかしら」
「つりばし効果! あの糸で結んだ割り箸をぶら下げる事で、ザリガニを釣る事が出来るという」
「うん、全然違う」
聖のボケを軽く一蹴して一輪は話を続ける。
それくらいの胆力が無ければ命蓮寺の一員は勤まらないのだ。
「吊り橋効果とは極限状態や一時的な緊張状態に二人の身を置く事で、その二人の仲が深まると言う物よ。何でも危険な状態での生理的興奮が、恋している時の興奮と似ている事から、自分が相手に好意を抱いていると錯覚させるらしいわ」
「つまり、聖とぬえを危険な状態に置く事で、二人の距離を近づけようと?」
「ご明察。流石は賢将ね、ナズーリン」
「成程、そのような効果があるとは実に興味深い。しかし私は反対です。ぬえと信頼関係築くために、何も知らないぬえを危険な目に合わせると言うのは些か本末転倒ではないですか」
「ご主人様……」
お前が言うな。
命蓮寺組の心が一つになった瞬間だった。
とは言え、星が口にしたのは至極全うな意見だった。
仲間であるぬえを追い込んで傷つけて、結果的に彼女がこちらに好意をもってくれたとして、それは本当に正しい行為と言えるのだろうか。
そんな余りにも今更過ぎる真理を盾に、毘沙門天の弟子寅丸星が少女達の目の前に立ち塞がる。
この高い壁を乗り越えない限り、吊り橋効果作戦を進める事は不可能だった。
「とにかくそのような乱暴な行為、例えどのような理由があろうと私は納得できません」
「でも『私も妹紅と仲良くなる為によくやった』ってけーねが言ってたわ」
「けーねさんが言ってるなら仕方ないですね」
寅丸星、一瞬で納得。
誰だよコイツを高い壁とか言った奴、そういうキャラじゃねぇからコイツ。
兎にも角にもこれで障害は消え去った。
確認するかの如く聖の方向へと視線を向けると、彼女は一輪の案を承認するかのように小さく首を縦に振る。
「やりましょう一輪、愛の為に」
「流石姐さんは話がわかる。みんなもいいかしら」
「私は問題ありません」
「こっちも賛成ー」
「他に方法はなさそうナズー」
「一輪さんの言う事に従うっスリランカ」
「おい誰だ最後の二人」
ナズーリンの票が三票あった気がするが、ともかく賛成多数にて一輪案の施行は可決された。
危険な状況で芽生えた愛は長続きしない、と何処ぞのジャックさんも言っていた気がするが、それはそれこれはこれ。
既に危うげな物となってしまったぬえとの信頼関係を回復するには、吊り橋効果はとても魅力的な物に彼女達には映ったらしい。
しかし問題が残っていない訳ではない。
聖とぬえを吊り橋効果の現れる状況に追い込むのはいいのだが、それが本当に命懸けとなってしまっては論外である。
いくら仲良くなれたとして、二人に大怪我など負わせてしまうようでは星の言うとおり本末転倒。
そうなる可能性すら出来る限りは排除していかなければならない。
詰まる所、当事者達からは一見して危険なように見えるが、実際には安全が確保された状況を整えておく必要があるという事だ。
そんな都合のいい状況がそう簡単に用意出来るはずが―――――
「それはしっかり雲山が整えてくれるわ」
その場の全員の懸念に答えるかのように。
一輪は横に佇む己の入道に向けて小さくウインクした。
見ると普段は一切自己主張をせず、この場にいる事すら忘れられかけていた雲山も、自信満々な様子を隠そうともせずに胸(?)を張っている。
滅多に見られないその光景に、先程までの緊迫した空気は一点、命蓮寺全体が安堵の雰囲気に包まれる。
「それじゃあ次の作戦は『吊り橋作戦』で決定。早速作戦開始ナズー!」
「何で仕切ってるんだお前」
――――――――――――
「今度は何よ」
「ぬえ、来てくれたのですね」
宵闇にぽつりぽつりと星々が輝きだす日暮れ時。
聖は湖を見下ろせる高台に、再びぬえの事を呼び出した。
ぬえはと言えば、先日ボコボコにされただけあってその表情はやはり不機嫌そう、しかしそれでも聖の呼び出しに応じる辺り、彼女を嫌いになったとかそういう訳では無いようだ。
「先日は本当にすみませんでした。思わず手が滑ってあんな事になってしまいました」
「思いっきり壁コンしてたよね!? いやまぁ、反省してるならいいんだけどさ」
「ありがとう、やっぱりぬえは優しいですね」
「別にそんなんじゃ……。そ、それで、本当に何の用なの?」
「ここは幻想郷でも有数の夜景が見れる場所なのだそうです。一人で見るのも味気ないですし、この機会にぬえもお誘いしようかと思いまして」
「ふ、ふーん」
屈託の無い聖の笑みに、ぬえは気恥ずかしそうに薄く頬を染めながら顔を逸らす。
そんなぬえの可愛らしい反応に、くすくすと小さく笑いながら、聖は湖の方向へと視線を送る。
「ほら、月明かりが湖に映ってとても綺麗。まるで光の橋が架かったみたい」
「わぁ」
ムーンリバーとでも言えばいいのだろうか。
聖の指差した先でぬえが目にしたもの、それは満月の光が湖面に描く光の道筋だった。
冬の澄んだ空気と煌く星々が引き立てるその幻想的な光景に、思わずぬえは目を輝かせる。
二人寄り添い、同じ光景に目を奪われるその姿は、まるで仲のいい親子を連想させた。
先の一件の影響でもっと気まずい雰囲気になるかと思いきや、どうやら取り越し苦労だった様子。
例の如く離れた場所から二人を眺めている少女達は、ほっと胸を撫で下ろす。
「流石姐さんね。この間フルボッコにした相手と、こうも親しげな雰囲気が作り出せるなんて」
「これも聖の人徳が為せる技だねー。でも、何と言うか……」
物陰から覗く村紗が、悩ましそうに眉を顰める。
「なんか既にちょっといいムードになってない?」
「確かに、傍から見ている分には二人してもう十分仲が良さそうですね」
「むぅ、この雰囲気を壊すのは流石に少し気が引けるな」
「何言ってるのよ、ナズーリン。それじゃあ作戦の意味が無いでしょう。姐さんの為にもあの甘ったるい雰囲気に練りからしぶっこんであげないと」
「そうですよ、早くジェノサイドしましょう。ジェノサイド」
「君達軽く嫉妬含んでないかい?」
表現がだいぶ過激になって来ている二人に溜息を吐きながら、ナズーリンはささやかな密会を楽しむ聖とぬえへと視線を戻す。
そこにあったのは夜景を楽しみながら、楽しそうに笑顔で会話を続ける二人の姿。
聖は心を開いてくれていないなどと言っていたが、こうして見る限りぬえは聖に対しては十分に心を許しているように感じる。
本当にあの空間を壊してしまっていい物だろうか。
心の中に浮かんできたそんな迷いをぶつけるように、思わず雲山へとすがるような視線を送る
「なぁ、やめないか雲山。わざわざ吊り橋効果なんて狙わなくても、あの二人ならすぐに打ち解ける事だって出来るに決まっているさ。その証拠にほら、二人ともあんなに楽しそうに笑っているじゃないか」
「ナズーリン、それ雲山じゃなくてくもじいですよ」
「なんで居るの!? と言うか本物は!?」
偽者扱いされた事で不機嫌なくもじいは置いといて、ナズーリンは何処かに消えた雲山を探してキョロキョロと首を振る。
しかし何処にもその姿は無し、元々大きさを自由に変えられる上に今は夜。
宵闇に紛れられては物探しが得意なナズーリンをもってしてもそう簡単には見つける事は出来ないと言うものだ。
面白みが減るという理由で作戦の概要を伝えられていない事が不安を助長する。
今回のキーマンである筈の入道を見失った事で焦りの表情を浮かべるナズーリン、そんな彼女を安心させるかのように一輪は穏やかな笑みを携えながら彼女の肩に手を置いた。
「心配しなくても、雲山なら既に作戦の準備に入っているわ」
「それがある意味心配なんだが……それで、一体雲山は何処に?」
ナズーリンの疑問に答えるかのように、一輪は湖の方向を一直線に指差した。
目を凝らしてみるナズーリンだが雲山の姿は何処にも無し、そもそもたとえ湖の側に居たとしてこの距離では見える筈も無いと言う物だ。
「えっ」
いや、居た。
正確に言うならば現れた。
湖上空に何か白い物が現れたと思ってからほんの一瞬、一つ瞬きする間に巨大な入道雲が少女達の視界に現れていた。
その発生速度は通常の雲とは比べ物にならない、それだけで少女達にとってこれが雲山の仕業であると理解するのには十分だった。
「名付けて積乱雲山。元々大きさを変える事の出来る雲山が、夜の湖面と上空の気温差から生じる上昇気流を利用して一気に巨大化する技よ」
「あの雲、雨は降らせられるの?」
「勿論。その為に今の今までずっと湖からの湿気を溜め込んでいたのだからね。今や何時間でも降らせ放題よ、降らせ放題」
「豊穣の神が大喜びしそうな特技ですね」
是非とも農村に一つは置いておきたい入道である。
そんな感心とも呆れともつかぬ笑みを少女達が浮かべる中、巨大化した雲は風に逆らい聖とぬえの居る高台へと進路を取る。
それこそが吊り橋効果作戦の第一歩だった。
「このまま積乱雲山が姐さん達の上空に向かい、そこで雨を降らせる。それもただの雨じゃない。普通の人間や妖怪じゃ立っている事すら出来ない滝のような豪雨よ。それこそ命の危険を感じるほどの、ね」
「まさにゲリラ豪雨ならぬゲリラ雲山ですね」
「なんか嫌なフレーズだな、それ」
密林から飛び出してくる雲山の群れを想像して、ナズーリンは気分が悪くなった。
しかしそんな事を言ってはいられない、賢将は小さく咳払いをして気を持ち直す。
「つまりだ。その集中豪雨の中、二人協力して危機を乗り越える事で絆を育むという訳だ」
「ま、簡単に言うとそう言う事ね」
「でも大丈夫かなぁ。そりゃ雨なら直接怪我には繋がりにくいかもだけど、立ってられない程の豪雨なんでしょ?」
「降らせる降らせないは積乱雲山の意思だもの。危ないと思ったらすぐに止めるわよ。それにいくら豪雨とは言え降っているのは二人の上空だけ。姐さんが超人化すれば抜け出す事だって可能な筈だわ」
「冬の雨に降られて風邪とかひかないかな」
「その点もぬかりなし。ちゃんと積乱雲山が自分の体温で暖めた雨を降らしてくれるから。要は彼の汗みたいな物だと思えばいいわ」
「うん、最後の一言余計だった」
確かにそれならば身体に優しいかもしれないが、心底浴びたくないと思う少女達であった。
そうこうしている間にも、積乱雲山は見る見る内に距離を詰め、遂には聖とぬえの居る高台の目の前へと迫る。
先程まで夢中で湖を眺めていたぬえも、最早夜景などと言っている余裕はない。
眼前に広がる異常気象ここに極まれリ、と言っても過言ではない衝撃的な光景に思わず息を呑む。
「ひ、聖。何あれ……」
「多分大きな綿菓子ですよ、美味しそうですね」
「いや、大きいってレベルじゃないよ!? と言うかどう見ても綿菓子じゃないって!」
聖としてみれば、ここでぬえに逃げられてしまっては全てが水泡に帰してしまう。
多少強引でも、何とか彼女をこの場に留めようと天然ブレインを必死に働かせる。
「ねぇ、明らかにアレまずいって……は、早く逃げようよ」
「大丈夫です、ラピュタはきっとあの中にあります」
「龍の巣!? あれ龍の巣なの!?」
「いえ、リュウグウノツカイの巣です。中にはわがまま天人に振り回され、日々ストレスを抱えているOLが住んでいます」
「ごめん、意味がわからない! とにかく早くここから逃げないときっと酷い事になっちゃうよ!」
「心配しないでください、どんな困難でも私がついてます。ちゃんと離れないようにこうして、ぐちゃっと手を掴んでおいてあげますから」
「何その擬音!? って痛い痛い痛い! 強く握りすぎ! 本当にぐちゃっと行くって!」
などと言う阿呆なやり取りをしている内に、積乱雲山は二人の真上でその動きを止める。
先程までにまして視界が暗くなり、上空からはくぐもった雷鳴が少女達の耳へと入り込む。
明らかに漂う不穏な空気に逃げ出そうとするぬえだが、聖がぐっちゃり、もといがっちりと腕を掴んでいる為その場から離れる事が出来ない。
その場から離れられない上に、何が起こるかわからないのでは対処の仕様がないと言うもの。
今の彼女に出来る事は、お願いですからどうか何も起きませんように、と毘沙門天に祈る事だけだった。
しかしそんな少女の願いも虚しく。
次の瞬間、ぬえの頬にぽつりと一滴の生暖かい雫が落ちる。
そしてそれが皮切りであったかのように、積乱雲山に溜まっていた膨大な量の雨の粒が一斉に地上へと突撃を開始した。
「に゛ゃああああ!?」
バケツをひっくり返したなどと言う表現では最早生温い。
まさに一輪の表現どおり、滝と言う言葉がぴたりと当てはまる程の恐ろしい豪雨が、ぬえと聖を襲う。
その光景は雲の外側に居るナズーリン達から見れば、まるで大波に二人が飲み込まれてしまったかのようであった。
既にぬえと聖の声も姿も雨に掻き消され確認できず、彼女達が認識出来るのは積乱雲山から絶え間なく降り注ぐ巨大な滝と、それが巻き起こす爆音のみ。
目の前で起きた余りに凄まじい光景に、思わず少女達の動きが固まった。
「あれは幾らなんでもやりすぎじゃないかな……」
「おかしい。私はルナティックくらいの雨量にしてと言った筈だわ。あれじゃRMD(霊夢マストダイ)じゃない!」
「そんな難易度は無い! とにかく今ならまだ被害は少ない、早く雲山に止めさせるんだ!」
「お待ちなさい、ナズーリン!」
「! ご、ご主人様?」
突如響き渡る星の声が、焦りに我を忘れかけていたナズーリンを厳しく諌める。
慌てて振り返ると、そこにあったのは毘沙門天の弟子寅丸星の何処までも真剣な表情だった。
「雲山ではなく積乱雲山です」
「そんな事今、どうでもいいだろうがああああっ!」
極めてどうでもいい内容だった。
人の名前を間違えるなと説教を始めた天然ボケの核弾頭を放っておきながら、ナズーリンは一輪に積乱雲山を止めるよう働きかける。
一輪も流石にこのままでは危険と判断したのだろう、ナズーリンの進言に頷くと、すぐさま積乱雲山に雨を止めるようにと指示を送った。
しかし雨は止まらない。
主である一輪の指示に反するかのように、積乱雲山は先程までと同様に豪雨を降らせ続ける。
一輪の表情に驚愕と焦りの色が浮かぶ。
「雲山、どうして……?」
「まさか積乱雲山になってレベルが上がった事で、ジムリーダーバッジを持っていない一輪の言う事を聞かなくなったんじゃ」
「ちょっとニビジム襲撃してくる」
「落ち着け、タケシに一体何の罪があるというんだ」
そもそもそんな意味不明な理由である筈が無い。
こんな時にまで阿呆な流れになりそうな話を、ナズーリンが一刀両断。
天然ボケしかいないある意味地獄のような環境の中、何とか原因を突き止めようと一人頭をフル回転させる。
「あくまで仮説だが、ウュチカピ博士(1999-2001 すごくかしこい)の公式を適用するに恐らく、湖から吸い取った水分が雲山の許容量を超えてしまったんだ。その結果雲山は己の制御を失い暴走、最早自分の意思では雨を止める事も移動する事も出来なくなってしまっているのだろう」
「嘘よ……だってちゃんとメスシリンダーを使ってデシリットル単位で計測したのよ?」
「ごめん。一輪がメスシリンダーだと思ってたの、実は尿瓶なんだ。何かメスシリンダー拾ったってはしゃいでる一輪見てたら言い出せなくなっちゃって」
「そ、そんな! じゃああの目盛りは!?」
「聖が一輪の寝ている間に適当に書いただけです。メスシリンダーであんなに喜ぶ一輪を傷つけないようにって」
「そんな心遣い要らないよ姐さん! 私今まで尿瓶拾ったってみんなに自慢してたの!?」
その場に崩れ落ちる一輪だが、ナズーリンは構わず言葉を続ける。
「ともかく、原因はこれではっきりした訳だ。今や雲山にはどれだけの水分が含まれてるかわからない、手遅れになる前に何とかしなくては」
少女達は小さく頷くと、すぐさま積乱雲山が降らせる豪雨へと視線を向ける。
そして視界に映った水柱を前に瞬時に硬直。
「何とかするってどうやって?」
「キャプテン、その柄杓でどうにかしてくれ」
「いや無理無理無理。少しならまだしもあんな滝は流石に操れないって。それに私『水を操る程度の能力』じゃなくて『水難事故を引き起こす程度の能力』だし」
「あれ、今回の事件って……」
「ごめん、私のせいかもしれない。聖にメスシリンダーの件ばらさない様に頼んだの私だし」
比較的まともと思えた村紗水蜜は存在自体がトラブルメーカーだった。
悪意が無いからこそ余計に達が悪い、まさかのダークホース登場に少女達の間に何とも気まずい空気が流れる。
しかして今は彼女を攻めても仕方が無いし、それは余りにも不憫が過ぎるというもの。
努めて暗い雰囲気を出すまいとしながら、ナズーリンは少女達に言葉を掛ける。
「行こう」
「京都にですか?」
「違う、聖達を助けにだ。全力ダッシュであの滝の中を突っ切りながら二人を回収する」
「そ、それだけ? 何かもっと有効な策とかは?」
「無い。あったとしても考えている時間が無い。こうしている間にも二人はあの滝のような豪雨に曝されているんだ。一刻も早く助け出さなければ、窒息して手遅れになってしまうかもしれない。そんな結末は私は御免だ」
「ナズーリン……」
「無理だと思う者は来なくていい。その決断を決して攻めはしないさ。私は一人でも行く」
そう口にするとナズーリンは少女達に背を向け、積乱雲山を……その下で苦しんでいるであろう聖とぬえを一直線に見据える。
何があろうと助ける、その小さな背中から滲み出るのは悲壮なまでの決意。
天然で、猪突猛進で、本当にどうしようもない奴らだが、それでもナズーリンにとって聖とぬえは何よりも大切な仲間なのだ。
彼女の能力をもってしても二度と見つける事は出来ないであろう、掛け替えのない仲間なのだ。
こんな所で失っていい筈がないではないか、胸の中にある確かな想いをナズーリンは噛み締める。
そして、そんな想いを抱いているのは、決してナズーリンだけではない。
一輪、星、村紗、彼女達もまた同じだった。
三人は示し合わせたわけでもなくナズーリンの横に並ぶと、それぞれ隣の者の肩に腕を回す。
一人たりとも失わない、少女達の強い想いが腕からナズーリンへと伝わって行く。
「みんな……」
「貴女だけにいい格好はさせないわ」
「その通りだよ、ナズーリン。お手柄は皆でわけあわないと」
「ええ、この救出が終わったら、みんなで美味しい物でも食べに行きましょう」
一人露骨に死亡フラグを立てた気がするが、今の少女達には些細な事。
四人は隣同士互いに肩を組み合い、ラグビーで言うスクラムのような陣形を作る。
一人ではなく四人全員の力を合わせ、豪雨の中を突っ切ろうとしているのだ。
その光景は幾度と無く苦楽を共にした少女達の堅固な友情が具現化したかのようであった。
否応なしに少女達のテンションも高くなっていく。
「こうしていると、四人で聖を救出した時の事を思い出すね!」
「これぞあの時の再来! 私達四人が力を合わせれば不可能はありません!」
「その通りよ、みんな! 私達の友情スクラムで、あんな滝吹き飛ばしてあげましょう!」
「ああ! でも私身長差で足が浮いてるから居る意味無いよね!」
ナズーリンの言葉に三人は満面の笑みで首を縦に振ると、そのまま猛然と積乱雲山に向けて駆け出した。
一人足が付いていない為宙ぶらりん状態だが、そこはご愛嬌。
息の合った三人の全力疾走をもって、積乱雲山との距離を見る見るうちに詰めて行く。
勢い、パワー共に申し分なし、この命蓮寺の鍛えた友情スクラムに突破できぬ障害などあんまり無いに違いない。
問題は聖とぬえを上手く回収できるかだが、そこは手ぶらなナズーリンが上手く拾える事を期待しよう。
そう気張る必要は無い、一度で無理なら何度でも突撃を繰り返せばいいだけである。
大丈夫だ、問題ない。
言葉にせずとも少女達は通じ合い、その事が四人に更なる勇気を与えて行く。
最早恐れるものは何も無し、一切の速度を緩めず友情スクラムが積乱雲山の大滝へと侵入しようとした……まさにその時だった。
「ふぅ、何とか脱出出来ましたね。一時はどうなる事かと思いました」
「えっ」
なんと、これから救出しようとしていた聖が滝の中から姿を現したのだ。
身体は金色の超人オーラに包まれ、背中には目を回したぬえの姿。
どうやら気絶してしまったぬえを連れて、何とか自力で脱出することが出来たらしい。
それ自体はめでたいが、問題は今の状況である。
聖が姿を現したのはまさに友情スクラムの進路上、それもほんの目の前と言って過言の無い位置である。
このまま進めば激突は必至、すぐさまブレーキを掛けるも少女達の猛ダッシュで生まれた推進力は、最早そう簡単に消し去る事は不可能だった。
更に悪い事に聖は未だ自らに迫る危険に気付いていない、駆け寄ってくる少女達を自分の無事を祝ってくれている物だと勘違いして暢気に手を振っている始末である。
詰まる所、聖が自らの危機に気づき、地力で避けない限りは衝突事故は避けられない。
必死に聖の名を叫び、自分達の進路上から避けてくれるよう訴える少女達。
その声にようやく己の置かれた状況を理解した聖だが、最早回避などは間に合う筈も無く―――――
「超人ぱんち」
「ぎゃーす」
友情スクラムは見事に崩壊した。
――――――――――――
「ただいま戻りました」
一行が何とか無事に辿り着いた命蓮寺。
障子を開ける音と共に、皆が待つ居間へと寅丸星が姿を現した。
先程の積乱雲山事件で気を失っていたぬえの世話を任されていたのが彼女だった。
「どうしでした、ぬえの様子は」
「問題無いかと。濡れた身体は拭きましたし、特に外傷らしき物も見当たりません。今はそのまま暖かい格好で寝かせています」
「よかったぁ……」
ぬえの安否が確認できた事で、ひとまず命蓮寺一行はほっと安堵の溜息を吐く。
結果的に見れば今回の一件で大きな怪我を負った者は無し、色々あったとは言え、取りあえず全員無事に帰還できたというのは喜ばしい事だった。
しかし、それは本当に紙一重の幸運。
もし一歩でも間違えていれば、それこそどうなっていたのか考えるだけでも恐ろしい。
その事を重々理解しているからこそ、一輪と雲山は深刻な顔つきで深々と頭を下げる。
「その、姐さん。すみませんでした。私達の見通しの甘さのせいでこんな事になってしまって」
「いいのですよ、一輪、雲山。貴方達は他ならぬ私達の事を想い、全力を尽くしてくれたのですから。その結果がどうであれ私に謝る必要などはありません」
二人の心からの謝罪に対して、聖はあくまで温和な笑みを崩さないまま。
強張る一輪の頬を聖母のように優しく撫でながら、幼子をあやす母親のようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
そして逆に、顔を上げた一輪、そしてその様子を見守る少女達に向けて、今度は己の頭を静かに下げた。
「むしろこちらこそ咄嗟の事とは言え、皆さんを殴ってしまいました。本当に申し訳ございませんでした」
「な、何を言ってるの、姐さん! あの時はああするしか方法が……!」
「いえ、『超人ぱんち』の他にも恐らく選択肢はまだたくさんあった筈です。例えば『ぬえシールド』とか」
「うん、『超人ぱんち』で正解だ」
頬に拳の跡をつけたナズーリンのその言葉に、他の少女達も肯定の意を示す。
あの勢いでのタックルをぬえの華奢な身体で受けようものなら、それこそどうなってしまってもおかしくない。
あれ程の絶望的な状況から、パンチ一発もらっただけで抜け出せたと言うのだから御の字と言う物。
直接的に鉄拳を受けた自分もこうしてピンピンしているのだから言う事なしだ、とナズーリンは自分を納得させるように首を縦に振る。
一瞬三途の川で昼寝している巨乳死神が見えた気がしたが、きっと気のせいである。
その背後に鬼の形相をした緑髪の閻魔が居た気がするがそれも気のせいである。
「無理をしないで下さい、ナズーリン。『汝、右の頬を打たれたら、左の頬で瞬獄殺』と言う言葉もあります。貴女の気が済むなら、そうしてくれても構わないのですよ?
「そんな器用な事は出来ん。それに、大丈夫だとさっきも言ったろう」
「でも、そんなにはっきりと渦巻き状にコークスクリューの跡が出来て……。正直に痛いなら痛いと仰って下さい」
「くどいぞ。かなり不本意な事に君の拳を喰らうのは日常茶飯事だからね。嫌でも身体が慣れてしまっ……うん?」
しつこく心配してくる聖に苦言を呈そうと視線を向け、ナズーリンはふと気付く。
普段は姿勢正しく美しさすら感じさせる聖の正座が、ほんの僅かに歪んでいる事に。
一見すると普通に座っているようで、その実右足に体重を掛けぬよう身体の左側に力が込められている事に。
「聖、ひょっとして足を痛めたのかい?」
その声に周囲の少女達は瞬時に反応。
まるで示し合わせたかのように全員一斉に聖へと顔を向ける。
対する聖は気まずそうに笑ってごまかすが、最早賢将の目は誤魔化せない。
先程まではぬえに対する心配もあって見逃していたが、今のように注視すれば一目瞭然であった。
「隠してるつもりだろうけど、その座り方大分不自然だよ。右足に体重を乗せていられないから、そうして正座が傾いてしまっているんだろう? 君こそ正直に痛いなら痛いと言ってくれ」
そう言ってナズーリンが真剣な瞳をもって促すと、聖は観念したように正座を崩し、少女達によく見えるように右足を伸ばす。
時間が経った事で腫れが出てきたのか、左と比べて二周り程太くなった右の足首に、思わず少女達は息を飲んだ。
痛みも相当な物だろうと言うのに、この状態でぬえを背負ってあの豪雨から脱出し、今まで毅然と振舞っていたというのだから、聖の凄まじいまでの胆力が伺い知れると言う物だ。
とは言え今はそんな事に驚いている場合ではない、少女達はすぐさま氷を用意し聖の手当てにあたる。
どうやら骨が折れている訳ではなさそうだが、大分激しく足を捻ってしまったようである。
「実は雨の中、ぬかるんだ道に足を取られて転んでしまいまして。駄目ですよね、私ったら」
「駄目って、姐さん。元はと言えば全部私のせいで」
「そうではありませんよ。きっとこれは私に与えられた罰なのです」
「罰?」
罰などと言う突拍子の無い単語に、訳がわからず首を捻る少女達。
聖はそんな仲間達に言い聞かせるようゆっくりと言葉を紡いで行く。
「あの雨の中、震えるぬえを見てようやく目が覚めました。私はぬえと仲良くなる事を焦るばかりに、肝心のあの子の気持ちに全く目を向けていなかった。小手先の作戦にばかり頼り、それどころか彼女に痛みや恐怖を与えてまで、私の事を信頼させるよう誘導しようとすらした。……そんな物で築かれた信頼など所詮偽りに過ぎないと言うのに」
「聖……」
「ぬえを傷つけるような作戦を立てたのは聖ではなく私達です。罰と言うのなら、聖ではなく私達にこそ与えられるべきではないですか」
「その作戦を求めたのも採用したのも私です。私は命蓮寺のリーダーとして、冷静に物事を判断しなければいけない立場にも関わらず、こうして独りよがりな想いから大切な仲間を傷つける結果を招いてしまいました。この足の怪我はきっと、そんな私を咎める為に天が与えて下さった罰なのです」
その穏やかな口調の中に込められた聖の思いに気付かない者など、その場には居なかった。
彼女は自分自身が許せないのだ。
誰よりも仲間想いな彼女だからこそ、焦燥に駆られ、冷静さを失い、ぬえと大切な仲間達の心に傷を負わせてしまった自分が、どうしても許せないのだ。
「この痛み、重く受け止めさせて頂きます。……いえ、むしろぬえの心の痛みを想えば、これしきの怪我では全然足りないくらいですよね」
何かを思い立ったかのように突然立ち上がる聖。
足を怪我した筈の少女の予想外の行動に、場の空気に呑まれていた少女達ははっとする。
「待って、何をする気?」
「ぬえと同等の痛みを味わうには、もっと大きな痛みが……そう。少なともあと箪笥の角に小指をぶつけるくらいの痛みは必要です」
「偉く具体的な例えだな、オイ!」
「ま、まさか姐さん!?」
果たして聖がこれから何をしようとしているのか、少女達に脳裏にこれ以上ないまでの嫌な確信が駆け巡る。
注目すべきは聖の立ち位地、部屋の壁側へと視線を向ける彼女の真正面。
そこに聳え立つのは最終小指殲滅兵器TANSUの重厚なボディーであった。
その極悪なまでの破壊力を知っているからこそ、少女達は思わず息を呑む。
まさか聖は本気であの重戦車に小指一本で突貫しようと言うのか。
「止めて、聖! そんな事をしてもぬえの痛みが軽減される訳じゃ無いんだよ!?」
「いえ、これは自分への戒めです。私は重い罪を犯しました。二度とあのような過ちを犯さぬ為、私はこの小指で箪笥をシュートして自分を罰する必要があるのです」
一瞬でも気を抜けば小指が吹き飛びそうな程のプレッシャーが辺りを包む中、聖は表情を崩さずナズーリンへと向き直る。
その姿は一見すると平静を保っているようで、その実全身から滲み出るほどの自分への憤りを必死で隠し通そうとしているように見えた。
一言で言うと目がイッていた。
「ナズーリン、私のシュートに合わせてジョン・カビラ風に実況をお願いします」
「ごめん、聖が何を言っているのかわからない!」
「ならば私が『小指を箪笥の角にシュゥウウ!』と言うので、ナズーリンは『キーパー森崎君だから取れなーい!』と叫んでください」
「いや、こんな時に無茶ブリしなくていいからね!? とにかく馬鹿な真似は止すんだ! きょうびどんなドMでもそんな事しないぞ!」
「―――――それでも、聖白蓮はやるのです」
「何ちょっと格好いい事言ったみたいな顔してんの!?」
やはりと言うべきか、どうやら今の聖は怪我の痛みも相まって完全に冷静さを欠いているらしい。
ナズーリンのツッコミも無視して、少女は素早く箪笥へと向き直る。
不味い!
危険を感じた星と一輪が慌てて背後から飛び掛るが、時既に遅し。
振り上げられた聖の左足は、ギロチンの如く一直線に箪笥の角へと―――――
「小指を箪笥の角に……」
「キーパー封獣君パンチング!」
ひじりくんふっとばされた!
なんと、聖の左足が今まさに振り下ろされようとしたその瞬間、真横の障子から現れたぬえが聖の顔面に握り拳を喰らわせたのだ。
ぬえのパンチ力では超人である聖相手に大したダメージは与えられないが、今回は完全に彼女の虚をついた形での一撃だ。
予想だにしていなかった真正面からの衝撃に、聖は思わずその場に尻餅をついて目をぱちくりさせる。
どうやら未だ状況を把握しきれていないらしい。
ぽくぽくぽくぽくちーん。
空白の数秒間を経て、ようやく自分の行おうとした行為と現在おかれている状況を把握すると、目の前で青筋を立てているUMAに向けて弱々しい声で語りかける。
「あ、あの、ぬえ。どうしてここに?」
「何か騒がしいと思って盗み聞きしてみれば、誰かさんが箪笥の角に小指をぶつけるとか言い出すからさ。……本当馬鹿でしょ、アンタ」
「あぅ」
「あんな事して更に怪我とかしてみなさいよ。みんな余計に傷つくに決まってるじゃん! 全く、本当アンタってば夢中になるとすぐ周りが見えなくなるんだから」
「す、すみません。浅慮でした」
すげぇ、アイツ聖に説教してるよ。
目の前に広がる普段では絶対に見れないその光景に、少女達は呆然とその場に立ち尽くす。
一先ずぬえのナイスキーパーぶりにより、聖の小指の平和は守れた。
どうやら先程の衝撃で聖の頭も冷えた様子で、今はぬえの言う事に素直に耳を傾けている。
思わずこれにて一安心、と言いたくなってしまうほのぼの空間が目の前に広がっている訳だが、残念ながら事はそう簡単ではない。
開いた口が塞がらない少女達の中、ナズーリンはただ一人冷静に状況を分析する。
先程まで彼女達が話していたのはぬえと仲良くなる為の作戦についての反省、そしてぬえは居間での話を盗み聞きをしていたと言ったのだ。
何時から陣取って居たかによるが、場合によっては今回の『作戦』についての会話をぬえに聞かれてしまった可能性がある。
何処から聞いてきたのか、そして何処まで勘付いたのか。
それを確かめるべくナズーリンは、神妙な面持ちで背後からぬえの名前を呼ぶ。
「なぁ、ぬえ」
「聞いてたよ、全部」
「っ」
始めから聞かれる事を予想していたのだろう、ナズーリンが疑問を投げる前に、答えが返ってきた。
答えは肯定、それはつまり今回の『作戦』の存在がぬえに知られてしまったと言う事を意味していた。
先程まで呆気にとられていた少女達もそれで現実に引き戻されたのか、その表情を不安げな物に変える。
元より次を行うつもりは無かったが、先日からのぬえの不幸が全て、自分達が組織だって企てた物の結果だと知られてしまった、その次のぬえの反応が怖かった。
もしかしたら、嫌われてしまうのではないか。
そんな事を考える資格は無いと重々承知でありながら、それでもどうしようもない程に不安だった。
「なんかさ、いきなり無茶ブリしたり殴ってきたり、最近みんな様子がおかしいと思ったら、私に隠れてそんな事企んでたんだね」
憤りとも失望とも思えるトーンのぬえの声が響き渡り、思わず少女達はびくりと身体を震わせる。
下を俯き、右手で表情を隠している為正確な感情は読み取れないが、怒り狂っていようとも、憎まれていようとも全く文句の言える立場では無い。
むしろあれだけの被害を被ったのだ、印象を悪くしない方がおかしいと言うものである。
そんな彼女に対してせめて今すぐに聖達が出来る事、すべき事など論ずるまでも無い。
聖は自分が傷つけてしまった一人の少女に向けて、可能な限りの誠意を込めて深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ございませんでした。私の勝手な想いで貴女を巻き込んで、あんな危険な目にまであわせて……私のした事は到底許される事ではありません」
「聖だけじゃない、私達全員の責任だ。すまなかった、ぬえ」
ナズーリンがそう言って頭を下げると、残りの少女達もそれに続くように頭を下げる。
謝罪をすれば全て許してもらえるなどある筈も無いが、それでも謝らずにはいられなかった。
しかしそんな謝罪行為対して、当のぬえは予想外と言わんばかりに一瞬のきょとん顔。
その後呆れたような顔で小さく溜息を吐くと、聖一行の罪悪感を否定するかのように首を振る。
「そうじゃない、そうじゃないんだよ、みんな」
「え?」
想定外のぬえの返事に、思わず下げていた顔を上げてぬえの姿を仰ぎ見る。
そこにあったのは、怒りでも悲しみでもなく、恥ずかしさと困惑がないまぜとなったようなぬえの微妙な表情であった。
この状況で、一体何が彼女にそんな顔をさせるというのか。
少女達はその答えを求めるるように、ぬえの顔を凝視する。
失言だったと後悔するがもう遅い。
多角度から襲い掛かる熱視線に、ぬえは頭を抱えて観念したように大きく溜息を吐く。
その頬にはほんの少しだけ赤みがかかっていた。
「嬉しかったんだ」
消え入りそうな程に小さいぬえの言葉。
嬉しかった?
意味がわからず首を捻る少女達に、ぬえは目を逸らしてもじもじと指を絡ませながら、恐る恐る言葉を紡いでいく。
「そりゃ、殴られたり大雨降らされたりは今考えても腹が立つよ? でもさ、私ずっと嫌われ者だったから。今までいくらこっちが歩み寄ろうとしても、人も妖怪もみんな私を避けようとしてきたから。こうして命蓮寺のみんなが、私と仲良くしたいって思ってくれた事が、その……何か嬉しいんだ。自分でも上手く説明できないんだけど、心がこう、ぽわーっとなって、暖かいと言うか」
「ぬえ……」
「や、うん、違う! 今の無し! えーっと、だから……」
目の前でしどろもどろになっているぬえの姿を見ながら、少女達は命蓮寺に来る前の封獣ぬえと言う少女の事について思い出していた
かつて人からも、妖怪からも恐れられ、嫌悪された鵺と言う妖怪。
悪戯する事でしか他者と交わる事の出来なかった、一人ぼっちの少女。
他者と共に暮らしてきた者にとっては当たり前でも、彼女にとっては理解できない物などそれこそ溢れるほどあったのだろう。
そうだ、ぬえは決してこちらを避けていた訳では無かった。
ずっと一人で生きてきた彼女は、他人の愛情に対してどう接していいかわからなかったのだ。
例え近寄りたいと思っていても、それを表現する事が上手く出来なかったのだ。
痛い目に合わされた事を怒るよりも、求められていたと言う事実に歓喜している、そんな誰よりも仲間の温もりを欲していた彼女だというのに。
その喜びすら上手く表現できないほどに他者とのつながりに対して不器用で、無知。
それこそが封獣ぬえと言う少女の正体なのだ。
こうも簡単な事に、今の今まで気付けないとは。
少女達は自分達の思慮の浅さに対する後悔に、己の眉を強く顰めた。
そんな少女達の表情が、訝しんでいるように見えたのだろうか。
ぬえはゆっくりと下を俯くと、弱々しくその口を開く。
「や、やっぱり変だよね、こんなの?」
自分が異常である事を前提としたぬえの言葉。
そんな仲間の自虐を、寅丸星は優しい笑顔で否定する。
「変ではありませんよ」
「星?」
「誰だって内心では誰かに求められたいと思っているのです。その昔、誰からも必要とされなかった自分を聖が欲してくれた時、私は初めて誰かから求められる事の喜びを知りました。もっともあの時はそんな自分の感情の正体を理解する事が出来ませんでしたが……。ぬえ、貴女はまるであの時の私にそっくりです」
「私と星がそっくり?」
「ええ、今やないすばでーな私も昔はぬえのようにぺったんこでペド」
「黙れド阿呆」
真顔の星に容赦のないナズーリンのツッコミが炸裂。
なごませようとしたのか素なのかは定かでは無いが、すっかりいつもと変わらない彼女達のノリに、固かった周囲の少女達の表情に笑みが浮かぶ。
最後の星の言葉の意味がわからず一人きょとんとしているぬえに向けて、次に口を開いたのは村紗であった。
「まぁ、星がないすばでーかはともかく、私もぬえの気持ちよくわかるよ。私もかつて舟幽霊として誰からも嫌われていた時、聖が手を差し伸べてくれた事が本当に嬉しかったのを覚えてる」
「村紗も?」
「私だけじゃなくて、多分みんなも。ほら、私達ってはみ出し者の群れみたいな連中だから」
そう口にして、村紗は自分の視線をはみ出し者の群れへと向ける。
忌み嫌われた過去を乗り越え、種族の壁を壊し、何者にも壊せない固い絆で結ばれた自分の仲間達へと。
眩しい。
目の前で笑顔を浮かべている少女達の輪が、ぬえにはひたすら眩しく見えた。
そして同時に、その輪の中に入りたいとも。
「私も、その連中の一員になれるかな」
自信なさそうに小さな声で、ぬえは自分の願望を疑問として口にする。
彼女のささやかな願いを否定する者など、この場に居よう筈も無かった。
「もうとっくになってるだろう?」
「そうよ。貴女ほどのはみ出し者、まさに私達にぴったりじゃない。何だかんだでウマがあってるのよ、私達」
「みんな……」
ずっと一人ぼっちだったぬえの周囲を、今仲間達の笑顔の輪が囲む。
何故だろう。
みんなの気持ちが物凄く嬉しい筈なのに、少女達の瞳を直視する事が出来ない。
何か気の利いた事を言いたいのに、上手く言葉が出てこない。
そんなもどかしさに眉を顰めるぬえの身体を、聖は優しく包み込む。
柔らかく、そしてとても暖かい、大好きな聖の抱擁に包まれて。
艱難辛苦を経てようやく心から信じあえる仲間達を得る事の出来たぬえは、その双眸をゆっくり閉じて行く。
正体不明と恐れられたこんな自分にも、大切な居場所が出来た、掛け替えの無い仲間達が出来た。
自分の今の気持ちをみんなに伝えたい、そう思えるほどにこの輪の中は暖かかった。
けれども、そうして自分の本性を曝すのは、長年正体不明の妖怪として生きてきた彼女にとっては余りにも恥ずかしすぎて。
照れ隠しに、冗談交じりの言葉を呟くのが彼女の精一杯だった。
「UMAとウマが合う……か」
「えっ」
「えっ」
――――――――――――
「あれから、ぬえの態度がよそよそしい気がするんです」
つかこいつら面白すぎるだろw
超人聖とかツボすぎる
一気に読み終えてしまった
ボケが多すぎてツッコミが追いつかねえwww
胸が熱くなるな。
そのノムさんの奥さんも南無三だったら俺は百点を上げた
最初の作戦でいきなり「今からぬえがとても面白い事をやります」で爆笑してしまった、SSでこんなに笑ったのは久しぶりだw
応援してる。
自分も聖達の輪の中に入りたい!!
面白かったナズー
この発想はありましたが、あえて封印していたのにやられた…!
後星、さりげなくジェネラルのセリフ引用するなw
まず、ぬえの扱いが不憫すぎるかなと。
最終的にぬえは満足していますが、理論の破綻した仲良くする作戦で三度にわたって精神的にも身体的にも傷つけられる様は笑えるというより痛々しいものでした。
ぬえに全く非がないのも不憫さを際立たせています。
例えばよく咲夜さんに怒られたりナイフを刺される美鈴ですが、あくまで何度注意しても居眠りをやめないという理由があります。
仕事中にサボれば口頭でしかられることくらい普通ですし、妖怪の頑丈さゆえにナイフに対してダメージがないようであればナイフを刺されたとしてもそこまで美鈴を不憫に思うことはありません。
逆にいえば、いくらいじられキャラの美鈴でも理由もなくひどい目にあうような描写があれば、わけもなく非道な行いをしたキャラの株と作品の株は下がります。
同様に今作ではぬえが理不尽にひどい目にあっているわけです。
あとは、全体的に作風がギャグですが、テーマがシリアスなのが失敗しているかなと。
シリアスだと言い過ぎかも知れませんが、あらすじ、最後のシーン、聖たちとぬえの心情からこの作品のテーマは、簡単にいえば友情ではないでしょうか。
なのに聖たちがあまりに真剣さに欠けているんじゃないかと、だって現実世界で私たちが誰かと仲良くしようとしたときに、無茶ブリや拳で語り合うことや吊り橋効果に頼りますかと。
仮に、作品のテーマがくだらないものならば、その解決方法がいくらめちゃくちゃな方法だったとしても、それはギャグで済ませられるものです。
ところが今作ではぬえの、「聖たちともっと仲良くなりたい」という気持ちに対して聖たちはギャグ的な方法を用いているわけです。
おまけに今作の命蓮寺連中ときたら一回目で反省せずに三回も破綻作戦を実行しているではありませんか。
これじゃあいくら聖たちが真剣に作戦に取り組んでいるという「設定」でもキャラクターから真剣さを感じることができません。
そのせいで私は聖たちから人格、キャラクターを感じず、ギャグ作品を成り立たせるための舞台装置にしか思えませんでした。
聖たちが仮にしっかりとした人格を持っていて真剣にぬえと仲良くなりたいと思っていたならば、決して今作の行動はとらないでしょう。そこに矛盾が生じているように思えます。
普通、ギャグ作品では心情も行動もギャグなので矛盾は感じないのですが、今作では聖たちの心情「ぬえとより仲良くなりたい」に対して聖たちの行動「無茶ブリ、拳で語り合う、吊り橋効果」が矛盾してるわけです。
個人的な意見ですが、仲良くなる作戦を一回だけにしておくべきだっったのではと思います。
そうすることでぬえの不憫さが軽減されますし、あらすじが「ギャグ風な作戦でぬえを傷つける→こりずに作戦に失敗する×2→反省して和解する」から「ギャグ風な作戦でぬえを傷つける→反省して和解する」と単純にできます。
特に反省も和解もせず、こりずに同じ過ちを三回も繰り返すことが、聖たちが真剣でない印象を大きくしていますし。
真剣にずれたことや馬鹿なことをやることも多々あります。あとは、聖たちの行動をいかにも真剣にやっているけれど空回りしてしまっているように描写して、行動はギャグだけれど聖たちが本当に真剣に取り組んでいることを説得力を持ってアピールできればよかったのではと思います。
小ネタにクスリとさせられっぱなしでした。
ぬえちゃんずっと独りぼっちだったんだろうから、ギャグセンス磨かれてないのは
許したげてよぉ!
面白かったです
肝心なとこで駄々滑るぬえちゃん可愛いよぬえちゃん
息を吐かせぬネタラッシュがツボでした。こんな奴らと寝食を共にするナズの胃がストレスでどうにかなってしまわないか心配。
流石にワロタ
無茶ぶりの話が特に好き。ぬえもぬえでしょぼくて可愛いw
ありがとう
でも延々とn択せまってクソゲーする聖さんは割とだいきらいなので点数半分で
ちょっとイジメすぎだけどまあ良いや
きのたけ平等論とか無理ゲーも良いとこだろ
こちらの投コメの「全盛期の聖白蓮伝説」をこちら→sm14927512の動画で使わせていただきました。
もし問題等があったら削除します。
これに勝てるギャグは一生かかっても書けそうにありません
めちゃくちゃ笑わせてもらいました。
俺の腹筋がドリブルされたぜ…
ぬえはよく無事だったな……