拙作<さと雛はやくそくされた悟り>の設定を引き継いでいます。
けれど、さとりと雛が仲良しなのかー、と思っていただければ問題なく読めます。
―――――
「………」
・
・
・
・
・
「さとり様?」
ハッ、いけない、思考が飛んでいたようだ。
「どうしたんですか? ぼーっとされちゃって」
「いえ、なんでもないんですよ」
怪訝そうな表情を浮かべるお燐。
その顔には、執務中なんだからしっかりしてくれという感情が、ちょっぴり表れている。
ここは地霊殿、地底の管理を司る、政治の中枢だ。
気を抜くことは許されない。
(雛、祭り、ですかぁ……)
「さとり様?」
「いえ、なんでもありませんよ」
「ちなみにこのやり取り、今ので軽く20回目ですからね」
やれやれといった表情で、お燐が首を振った。
溜息と、両手を開くこともセットでだ。
どうにも集中できない理由は、今日がひな祭りであることによる。
地底と地上が繋がった際に知り合い、懇意となった鍵山雛。
彼女のお祭りとあっては、いてもたってもいられない。
ああ、雛、今日はどうしているのでしょうか?
やっぱりくるくる回っているのでしょうか?
くるくる……
「………さとり様?」
「ごめんなさい、お隣」
いよいようんざりとした表情を浮かべるお燐。
心の声はいわずもがなだ。
「リア充爆発しろ」
「声に出しますか!?」
「どうせ隠せないので言いました」
しれっとした表情で応えるお燐。
そしてポンッ、と手元の書類に判子を押して、次の書類に目を通し始める。
「行っていいですよ?」
「え?」
「行っていいですよって言ったんです。雛様のところへ」
手元に視線は落としたまま、やや呆れた表情でそんなことを言うお燐。
というかいても戦力になってないですって、なんと失礼な……
「事実でしょう」
「うぅ……」
私の思惑を読んで、先手を打ってお燐が断言する。
その通りですよ、さっきから処理した案件の数は、お燐の足元にも及びませんよ。
「今日はただの書類仕事じゃないですか。緊急のことがあっても多少は対応できます。業務日誌には、地上との外交とでも書いときゃいいでしょう。だから、行っていいですよ。雛様のところに」
お燐……
私は感謝のこもった表情でお燐の方を見る。
お燐はというと、敢えてそうしているのか、相変わらずつまらなそうな表情で書類を睨んでいた。
「では、お言葉に甘えて、今日はそうさせてもらいますね。行ってきます」
そういうと私は外出の準備をするため、そそくさと私室へと向かっていった。
そうと決まれば行動は迅速に。
ああ、早く雛に会いたいですね……
パタン。
執務室のドアが閉まる。
まったく、あれであの人は一直線なところがある。
本人は巧手で皮肉屋を気取っているし、それはそれであの人の一面だが、本質は頭の固い生真面目だ。
それと決めればとまらないところがある。
「まったく、人の気も知らないで、さ」
独りごちる。
第3の目は表象をさらうだけ。
こうも長く付き合っていれば、隠し事をするコツもつかめてくる。
もちろんそれ以上に、あの人が“言葉”の意味を別に捉えているからだろうが。
「さて、仕事をするか」
けれど、能率は目に見えて落ちてくる。
それはそれで構わない程度の仕事だから、歯止めも利かない。
ああもうさ、どうしてあの人は。
「気付いてくれないんだろうねぇ……」
私のあの人への想い。
人型になる前から抱いていた親情の念は、月日を経るほどに高まって。
あの人に撫でられる心地が。
名を涼やかな声で呼ばれる耳障りが。
この胸をじんじんと締め付けるようになったのは、いつからだろう。
そして。
「雛様、ねぇ……」
突然現れた第3者。
どうしてあなたは現れた。
孤立の枷に縛られたさとり様の心を、いとも簡単に解いてしまった。
私がどれほど願っても、どれほど寄り添っても、叶えられなかったことを。
その答は、
「まあ、家族だからねえ」
家族というものは、半分は自分。
心の機微を正に負に変化させるにも、自分ではどうしようもないのと同じくらい、家族では十分ではない。
どうしても、他人の存在が必要なのだろう。
それが、特に、孤独というものに関しては。
自分が傍にいて、自分が寂しくなくなるということがないように。
「とすれば、あたいは母親に恋したマザコンってところさね」
どうしようかな。
お空でも呼ぼうか。
そろそろ午前の灼熱地獄の管理を終えて、戻ってくるはずだし。
あいつのあの能天気な表情を見ていると、本当に心が休まる。
本人にいったら怒るかな?
いや、怒りゃしないだろう。
なんたって、お空なんだから。
「出かけてきますね」
「うん、いってらっしゃいませ」
さとり様はほとんど慌てるように飛んでいった。
その姿を見てわたしは、ほんのちょっぴり怒ってしまう。
この気持ちを、さとり様は知らない。
さとり様はわたし達の気持ちを、どうにも読みきれないところがあるらしい。
さとり様にどうしてって聞いてみたら、家族ですから、投影された自己があまりに大きすぎて、合わせ鏡のようで、ノイジーな情報が多くて聞き取りにくいと言われた。
良くわからないけれど、つまりわたしの失礼な感情を知られずにすむってことで。
うん、だったらいいや。
わたしが怒っている気持ち。
それはお燐のことだ。
お燐はさとり様のことが大好きだ。
それはご主人様だからって感情だけじゃなくて、本当に大好きって気持ちの大好きだ。
さとり様としゃべっているときの、お燐の表情を見てれば分かる。
恥ずかしがったり、嬉しそうだったり、はしゃいでいたり……
なにより、雛様のお話をさとり様がするときの、哀しそうな顔だったり……
そして私も、そんなお燐の表情を見て、ぎゅうって胸が痛くなる。
お燐のこと、笑顔にしてあげたいのに、わたしだけでは駄目で。
それにはさとり様が、お燐に向かって笑いかけてなきゃだめで。
だけどさとり様は、雛様のことを考えていて。
……それでも、お燐には笑顔でいて欲しくって。
「お燐!」
「に、にゃあ……なんだ、お空かい? 脅かさないでおくれよ」
執務室に飛び込むと、お燐はお仕事をしていた。
けれど、ちょうど区切りが付いたのか、紙を束ねて机にコンコンってしてる。
表情は、………普通。
けれど、ずっとお燐の顔を見て来たわたしは、めざとくその変化を見つける。
ちょっとだけ目元が潤んでいる。
泣きそうなんだ。
泣くほどじゃないけど、悲しいんだ。
お燐、わたしも悲しいよ……
「さとり様は?」
「雛、祭りだーとか言って、どっかにすっとんでったよ」
苦笑しながら軽いことのように言うお燐。
でもね、本当は辛いんだよね。
うん、だったらさ、わたし達も、楽しくならないと。
「ねえお燐」
「なんだい、お空」
「わたし達もひな祭り、しよ」
なんだか負けちゃいけないって気がして、そんなことを、わたしは言っていた。
「はーい、並んでー」
「いやいやお空、こんなに派手にやっちゃっていいのかい」
「うん、ぜんぜん大丈夫。後で掃除するよ」
「う~ん……」
ここは地霊殿のエントランスホール。
屋敷の扉から正面に続く大きな階段に、地霊殿のペットたちがひしめいていた。
昼休憩の時間ということもあり、非番・勤務中の者に関わらず、わらわらと集まってきている。
ついでに昼食も並べられ、邸内の花瓶や壷なんかも並べられた、酷くごっちゃな雰囲気となっている。
と、厨房から何かを転がしてきたペットが、それをお空に渡す。
円柱状のガラス製のそれは。
「お、お空、酒はまずいんじゃないかい?」
「うにゅ、別にばれないよ」
「いや、ばれないからって……」
お空はもう暴走状態だ。
ああ、困ったなあ。
「悲しんでられないよね?」
お空の言葉。
私は一瞬、はっとして動作を止め、その言葉を吟味する。
ああ、そうかお空。
「あたいを、元気付けてくれてるのかい?」
「うん、お燐が笑ってくれると、わたしは嬉しいよ」
「………ありがとう」
ああそうか、さとり様が出かけたって、私には最高の親友がいる。
そうか、だったら悲しんでいるなんて、贅沢なことだね。
私は深く感謝をして、もう小言なんて言わずに、楽しむことにした。
お燐が笑っている。
ありがとう―――そして感謝の言葉。
きっとお燐は、さとり様がお燐の気持ちを知らないくらい、ぜんぜんわたしの気持ちなんて分かってないんだろうな。
けど、まあ、いっか。
こうして2人で楽しい時間が過ごせて、
お燐がさとり様のことを忘れて楽しんでくれて。
だったらさ、このわたしのひそかなたくらみだって、別に構わないよね。
「さあみんな、地霊殿のひな祭り、はじめるよ」
上がる歓声。
ドンちゃん騒ぎを始める、ひな壇のひな人形達。
その一番上に座るお内裏様は、わたしと、お燐。
「良かったの? こっちに来ちゃって」
「う……仕事はきちんと、部下に任せてきました」
「うふふ、そんなんで管理人さんはいいのかしら」
「別に休みを取る日は個人の裁量ですし、地上の視察も立派な仕事です」
私は今、雛と一緒に流し雛を川に流していた。
雛祭りの日、幻想郷の人々は人形に無病息災の願いを込め、軒先に飾る。
それを雛が厄とともに集め、川に流すのだ。
「ごめんなさいね。こんなことに付き合わせて。つまらなくない?」
「いいえ、なかなか見ない光景ですから、興味深いです。それに、雛に会いたくてわざわざ来たのですから」
「あら」
そして雛は笑うと、また流し雛を川に流す。
流す直前、その流し雛を胸に抱き、瞳を閉じて、まるでその労をいたわる様にしながら。
美しいと、純粋にそう思った。
優しさを絵に描けといわれれば、迷わずこの光景を描くだろう。
「人々が、健康で、事故なく、平和な生活を営めますように……」
そんな雛の呟きを聞きながら、私は暖かい気持ち一杯に雛を見つめていた。
ああ、お燐には悪いですが、仕事を投げてやってきたかいがありました。
そう、ひな人形を飾るでも、宴会をするでもない。
もっと大切な、これが私にとっての、雛祭り。
けれど、さとりと雛が仲良しなのかー、と思っていただければ問題なく読めます。
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「さとり様?」
ハッ、いけない、思考が飛んでいたようだ。
「どうしたんですか? ぼーっとされちゃって」
「いえ、なんでもないんですよ」
怪訝そうな表情を浮かべるお燐。
その顔には、執務中なんだからしっかりしてくれという感情が、ちょっぴり表れている。
ここは地霊殿、地底の管理を司る、政治の中枢だ。
気を抜くことは許されない。
(雛、祭り、ですかぁ……)
「さとり様?」
「いえ、なんでもありませんよ」
「ちなみにこのやり取り、今ので軽く20回目ですからね」
やれやれといった表情で、お燐が首を振った。
溜息と、両手を開くこともセットでだ。
どうにも集中できない理由は、今日がひな祭りであることによる。
地底と地上が繋がった際に知り合い、懇意となった鍵山雛。
彼女のお祭りとあっては、いてもたってもいられない。
ああ、雛、今日はどうしているのでしょうか?
やっぱりくるくる回っているのでしょうか?
くるくる……
「………さとり様?」
「ごめんなさい、お隣」
いよいようんざりとした表情を浮かべるお燐。
心の声はいわずもがなだ。
「リア充爆発しろ」
「声に出しますか!?」
「どうせ隠せないので言いました」
しれっとした表情で応えるお燐。
そしてポンッ、と手元の書類に判子を押して、次の書類に目を通し始める。
「行っていいですよ?」
「え?」
「行っていいですよって言ったんです。雛様のところへ」
手元に視線は落としたまま、やや呆れた表情でそんなことを言うお燐。
というかいても戦力になってないですって、なんと失礼な……
「事実でしょう」
「うぅ……」
私の思惑を読んで、先手を打ってお燐が断言する。
その通りですよ、さっきから処理した案件の数は、お燐の足元にも及びませんよ。
「今日はただの書類仕事じゃないですか。緊急のことがあっても多少は対応できます。業務日誌には、地上との外交とでも書いときゃいいでしょう。だから、行っていいですよ。雛様のところに」
お燐……
私は感謝のこもった表情でお燐の方を見る。
お燐はというと、敢えてそうしているのか、相変わらずつまらなそうな表情で書類を睨んでいた。
「では、お言葉に甘えて、今日はそうさせてもらいますね。行ってきます」
そういうと私は外出の準備をするため、そそくさと私室へと向かっていった。
そうと決まれば行動は迅速に。
ああ、早く雛に会いたいですね……
パタン。
執務室のドアが閉まる。
まったく、あれであの人は一直線なところがある。
本人は巧手で皮肉屋を気取っているし、それはそれであの人の一面だが、本質は頭の固い生真面目だ。
それと決めればとまらないところがある。
「まったく、人の気も知らないで、さ」
独りごちる。
第3の目は表象をさらうだけ。
こうも長く付き合っていれば、隠し事をするコツもつかめてくる。
もちろんそれ以上に、あの人が“言葉”の意味を別に捉えているからだろうが。
「さて、仕事をするか」
けれど、能率は目に見えて落ちてくる。
それはそれで構わない程度の仕事だから、歯止めも利かない。
ああもうさ、どうしてあの人は。
「気付いてくれないんだろうねぇ……」
私のあの人への想い。
人型になる前から抱いていた親情の念は、月日を経るほどに高まって。
あの人に撫でられる心地が。
名を涼やかな声で呼ばれる耳障りが。
この胸をじんじんと締め付けるようになったのは、いつからだろう。
そして。
「雛様、ねぇ……」
突然現れた第3者。
どうしてあなたは現れた。
孤立の枷に縛られたさとり様の心を、いとも簡単に解いてしまった。
私がどれほど願っても、どれほど寄り添っても、叶えられなかったことを。
その答は、
「まあ、家族だからねえ」
家族というものは、半分は自分。
心の機微を正に負に変化させるにも、自分ではどうしようもないのと同じくらい、家族では十分ではない。
どうしても、他人の存在が必要なのだろう。
それが、特に、孤独というものに関しては。
自分が傍にいて、自分が寂しくなくなるということがないように。
「とすれば、あたいは母親に恋したマザコンってところさね」
どうしようかな。
お空でも呼ぼうか。
そろそろ午前の灼熱地獄の管理を終えて、戻ってくるはずだし。
あいつのあの能天気な表情を見ていると、本当に心が休まる。
本人にいったら怒るかな?
いや、怒りゃしないだろう。
なんたって、お空なんだから。
「出かけてきますね」
「うん、いってらっしゃいませ」
さとり様はほとんど慌てるように飛んでいった。
その姿を見てわたしは、ほんのちょっぴり怒ってしまう。
この気持ちを、さとり様は知らない。
さとり様はわたし達の気持ちを、どうにも読みきれないところがあるらしい。
さとり様にどうしてって聞いてみたら、家族ですから、投影された自己があまりに大きすぎて、合わせ鏡のようで、ノイジーな情報が多くて聞き取りにくいと言われた。
良くわからないけれど、つまりわたしの失礼な感情を知られずにすむってことで。
うん、だったらいいや。
わたしが怒っている気持ち。
それはお燐のことだ。
お燐はさとり様のことが大好きだ。
それはご主人様だからって感情だけじゃなくて、本当に大好きって気持ちの大好きだ。
さとり様としゃべっているときの、お燐の表情を見てれば分かる。
恥ずかしがったり、嬉しそうだったり、はしゃいでいたり……
なにより、雛様のお話をさとり様がするときの、哀しそうな顔だったり……
そして私も、そんなお燐の表情を見て、ぎゅうって胸が痛くなる。
お燐のこと、笑顔にしてあげたいのに、わたしだけでは駄目で。
それにはさとり様が、お燐に向かって笑いかけてなきゃだめで。
だけどさとり様は、雛様のことを考えていて。
……それでも、お燐には笑顔でいて欲しくって。
「お燐!」
「に、にゃあ……なんだ、お空かい? 脅かさないでおくれよ」
執務室に飛び込むと、お燐はお仕事をしていた。
けれど、ちょうど区切りが付いたのか、紙を束ねて机にコンコンってしてる。
表情は、………普通。
けれど、ずっとお燐の顔を見て来たわたしは、めざとくその変化を見つける。
ちょっとだけ目元が潤んでいる。
泣きそうなんだ。
泣くほどじゃないけど、悲しいんだ。
お燐、わたしも悲しいよ……
「さとり様は?」
「雛、祭りだーとか言って、どっかにすっとんでったよ」
苦笑しながら軽いことのように言うお燐。
でもね、本当は辛いんだよね。
うん、だったらさ、わたし達も、楽しくならないと。
「ねえお燐」
「なんだい、お空」
「わたし達もひな祭り、しよ」
なんだか負けちゃいけないって気がして、そんなことを、わたしは言っていた。
「はーい、並んでー」
「いやいやお空、こんなに派手にやっちゃっていいのかい」
「うん、ぜんぜん大丈夫。後で掃除するよ」
「う~ん……」
ここは地霊殿のエントランスホール。
屋敷の扉から正面に続く大きな階段に、地霊殿のペットたちがひしめいていた。
昼休憩の時間ということもあり、非番・勤務中の者に関わらず、わらわらと集まってきている。
ついでに昼食も並べられ、邸内の花瓶や壷なんかも並べられた、酷くごっちゃな雰囲気となっている。
と、厨房から何かを転がしてきたペットが、それをお空に渡す。
円柱状のガラス製のそれは。
「お、お空、酒はまずいんじゃないかい?」
「うにゅ、別にばれないよ」
「いや、ばれないからって……」
お空はもう暴走状態だ。
ああ、困ったなあ。
「悲しんでられないよね?」
お空の言葉。
私は一瞬、はっとして動作を止め、その言葉を吟味する。
ああ、そうかお空。
「あたいを、元気付けてくれてるのかい?」
「うん、お燐が笑ってくれると、わたしは嬉しいよ」
「………ありがとう」
ああそうか、さとり様が出かけたって、私には最高の親友がいる。
そうか、だったら悲しんでいるなんて、贅沢なことだね。
私は深く感謝をして、もう小言なんて言わずに、楽しむことにした。
お燐が笑っている。
ありがとう―――そして感謝の言葉。
きっとお燐は、さとり様がお燐の気持ちを知らないくらい、ぜんぜんわたしの気持ちなんて分かってないんだろうな。
けど、まあ、いっか。
こうして2人で楽しい時間が過ごせて、
お燐がさとり様のことを忘れて楽しんでくれて。
だったらさ、このわたしのひそかなたくらみだって、別に構わないよね。
「さあみんな、地霊殿のひな祭り、はじめるよ」
上がる歓声。
ドンちゃん騒ぎを始める、ひな壇のひな人形達。
その一番上に座るお内裏様は、わたしと、お燐。
「良かったの? こっちに来ちゃって」
「う……仕事はきちんと、部下に任せてきました」
「うふふ、そんなんで管理人さんはいいのかしら」
「別に休みを取る日は個人の裁量ですし、地上の視察も立派な仕事です」
私は今、雛と一緒に流し雛を川に流していた。
雛祭りの日、幻想郷の人々は人形に無病息災の願いを込め、軒先に飾る。
それを雛が厄とともに集め、川に流すのだ。
「ごめんなさいね。こんなことに付き合わせて。つまらなくない?」
「いいえ、なかなか見ない光景ですから、興味深いです。それに、雛に会いたくてわざわざ来たのですから」
「あら」
そして雛は笑うと、また流し雛を川に流す。
流す直前、その流し雛を胸に抱き、瞳を閉じて、まるでその労をいたわる様にしながら。
美しいと、純粋にそう思った。
優しさを絵に描けといわれれば、迷わずこの光景を描くだろう。
「人々が、健康で、事故なく、平和な生活を営めますように……」
そんな雛の呟きを聞きながら、私は暖かい気持ち一杯に雛を見つめていた。
ああ、お燐には悪いですが、仕事を投げてやってきたかいがありました。
そう、ひな人形を飾るでも、宴会をするでもない。
もっと大切な、これが私にとっての、雛祭り。
よかったです。