「ナズーリン。少し手伝ってもらいたいことがあるのですが」
私を呼ぶ声に振り向けば。
「なんだい、ご主人様。また無くし物でもしたかい?」
「はい、恥ずかしながら……探しものするのを手伝ってもらえませんか?」
そこには、しゃべる宝塔があった。
~歌って踊れる宝塔~
「シャベッタアアアアアアアアア!!!」
「わ、びっくりした。いきなり大声をあげないでください」
「す、すまない……って、なに私は宝塔に謝っているんだ?」
「あ、その発言、宝塔差別ですよ。いけないんだー」
「え、えぇー? 私がいけないのか?」
「ひどいですよー」
なぜか私が悪いことにされた。
「むぅ……」
まずは落ち着いて落ち着こう。状況を整理して、冷静に今の状況を落ち着くんだ。そうすれば落ち着いて冷静になれるはずだ。だからまずは落ち着いて状況の把握の整理を冷静にだ。あぁ、だめだ。本格的に動揺してる。当たり前だ。宝塔がしゃべっているのだから。
「ええと、どちら様ですか?」
「宝塔です」
見ればわかる。
「いや、そういうことではなくてだね? つまり、なんだ。誰かが操っているとか、音声を飛ばしているとかしているのかい?」
「しゃべる宝塔は不思議ですか?」
「不思議以外の何ものでもないだろう」
「しゃべる宝塔は、嫌いですか?」
「いや、嫌いとかそういう問題じゃ」
「嫌いですか?」
「……嫌いじゃないが」
「そう……」
宝塔はそう呟いて、染まった頬を隠すように俯いた。
「……なかなか器用なことをしなさるね」
「えへへ」
「あんまり褒めてないよ」
「しゅん」
とりあえず、このあとの行動を決めよう。
まずは事態の把握が先決だろう。ご主人様に報告? あとだあと。頭が混乱したままでは上手く説明できないし、そもそもどういうことなのかわかっていない。
「そもそも、ええと……あなたは? 宝塔様は……?」
「呼びやすいのでいいですよ」
「ありがたい。それで、君はいつから言葉を発せるようになったんだ? 今までは欠片もそんな気配はなかったが。意識はこれまでもあったのかい?」
「いえ、私が目覚めたのは、つい先ほどです。今までは話すことはもちろん、意識というものもありませんでした」
「なぜ急に」
「日本には古来より、つくも神という概念が存在します。日頃、寅丸星が大切に使っているものに意識が宿っても、不思議なことではありません」
「そういうものなのか」
「そういうものです」
よく無くしているがね。とは言わないでおいた。
「しかし、なぜ今なんだ? それに、ご主人様は?」
宝塔は、声を落として言った。
「私が目覚めた、もう一つの理由。それは……寅丸星の身に何か良くないことが起こったのでしょう」
「……なんだって?」
「最初に探しものを手伝ってもらいたいと言いましたよね。あれは、寅丸星のことなんです」
そういえば、ご主人様はものを無くすことはしょっちゅうだが、何も言わずにどこかで消えるということはない。
「私を使役する者の身の危険。使い手の身の危険を誰かに知らせるため、私は目覚めたのです」
「そういうものなのか」
「そういうものです」
「何か、今のご主人様についてわかることはないかい?」
「…………」
沈黙が、良くないことを語っていた。
「……言ってくれ」
聞かねばならない。聞かなければご主人様を助けることはできないのだから。
「……わかりました」
宝塔は、意を決したようにつぶやいた。
「状況は、芳しくありません。ここは……どこでしょうか。狭く、薄暗いところに閉じ込められています」
「く、監禁か……!」
ご主人様は、あれで武芸には秀でている。相手はよほどの達人か、複数か、もしくは汚い罠にハメられたかだ。
見えぬ相手への怒りで体が震える。
「こうしてはいられない。すぐに出よう! 場所はわかるかい?」
「大体なら。よろしくお願いします」
こうして、私と宝塔はお寺を後にした。
宝塔によると、どうやらご主人様は魔法の森の方にいるらしい。
魔法の森。そこは昼間でも薄暗く、瘴気が漂っている危険な場所だ。人間は滅多に近づかない。一部、物好きな人間や魔法使いが住んではいるが、あれは例外だろう。
あそこに足を踏み入れるのは、正直あまり気乗りがしない、個人的な苦い記憶がある。
だが――
「そうも言ってられないね。ご主人様のピンチだ」
「……ありがとうございます」
宝塔はくぐもった声でお礼を言った。
「部下として当然さ。それに……」
「それに?」
気恥ずかしさゆえに、一拍。
「……大事な、家族でもある」
「ナズーリン……」
「さあ、急ごう。ところで、ご主人様が今どういう状況か、わかったりするかい?」
「え、ええ、少しなら。……意識は、あるようです。怪我もしていないようです。ただ……」
「ただ?」
「ただ……ひどく落ち込んでいます」
「落ち込んでいる?」
それはおかしい。何者かに連れ去られ、監禁されていて、落ち込んでいる? 些か表現が弱いのではないか?
「普通、誘拐されたら、恐怖とか、不安とか、そういう感情を抱くんじゃないかな」
「え、恐怖ですか? …………あ、ああ。感じているみたいです。うん、不安です不安」
「しっかりしてくれよ。君の情報が頼りなんだから」
「はい、すみません……」
「いや、いいさ」
「…………」
「…………」
一体、どうしたんだろう。
先ほどのやりとりから、どうも宝塔に元気がない。(元気いっぱいの宝塔というのも変だが)
何か、ショックなことでもあったのだろうか。そりゃあ、使い手が攫われたとあってはショックは受けるだろうが……しかし、ご主人様が攫われたと知らせてくれたのは宝塔だ。その時はここまで沈んではいなかったはずだが……。やはり、近づくにつれ、不安も膨れていくのだろうか。
「なあ」
「あ、ひゃ、はい?」
「ご主人様が心配なのはわかるが、それは私も同じだ。くよくよしていたって始まらないじゃないか。大丈夫。ご主人様は私がきっと助ける。そんなに不安そうにするもんじゃないよ」
「あぅ、あぅぅ……」
待っていてくれ、ご主人様。今行くから……!
「あ、あの……ナズーリン、実は……」
「魔法の森が見えてきた!」
「ひぇっ」
「さあ、ここからは私の本領発揮だな。ご主人様を想う心は誰にも負けない。この二本のロッドで、必ずご主人様を見つけ出し――って、あれ?」
魔法の森に差し掛かったところでロッドを構えた私だが、ロッドはすぐさま反応した。
ロッドの示す方を見ると、そこには一つの小さな家。外には雑多に珍しいものが置かれてある。
香霖堂。そう、私が個人的に魔法の森付近に近づきたくない原因である店だ。以前、宝塔を探している時、宝塔はこの店にあった。商売をする気があるのかわからない店だが、店主も一応は商売人。もちろん宝塔をただで譲ってくれるはずもなく、その闘いは熾烈を極めた。それが如何に大切なものであるか、使うものが使えば大変なことになること、自分の懐具合と相談、店主との駆け引き、交渉、妥協、挫折。精神的に相当の消費を強いられた。
またしても、私の前に憚るというのか。
「しかし、店主は小ずるいやつだったが、悪いやつではなかった。ここにご主人様がいるとなると、一体……」
「あ、あの、ナズーリン。また日を改めた方が……」
「何言ってるんだい。理由はわからないが、目の前にご主人様がいるんだよ。行かないわけにはいかないだろう。さあ、入るよ!」
「あ、ちょ、ちょっと!」
私は香霖堂の前に降り立ち、戸を叩いた。
「御免!」
「いらっしゃいませ――やあ、君はいつぞやの」
「挨拶は後だ、店主。こちらに私のご主人様がいないかい?」
「ご主人様?」
店主は目をパチクリとさせ、逡巡し、そして合点がいったように「ああ」と呟いた。
「あの虎娘のことかい? あの子は君のご主人様だったのか」
「やはり、いるんだな。店主、返答の次第では事を荒げることも止む無しだぞ。なぜこんなことをした?」
「うん? これ以上店の中で荒げられても困るんだが……とりあえず呼んでくるよ。少し待っててくれ」
そう言って店主は奥へ消えた。そして、少しすると俯いたご主人様の手を引き戻ってきた。
「ご主人様!」
慌てて駆け寄る。
「ご主人様、どこか痛いところはないかい? 何もされなかったかい? 怖くはなかったかい?」
「え、ええ。あの、ナズーリン……」
ああ、良かった。安堵に思わず膝から崩れる。
しかし、まだだ。これは終わりではない。
「店主、なぜご主人様を誘拐した」
そう、悪いやつではないと思っていた者が、こんなことをしでかすとは意外というよりも失望した。問いただす必要がある。
私はきつい視線を店主にぶつけたが、店主の口から出た言葉は、私の想像していたどの言葉にも当てはまらなかった。
「……なぜ僕が責められているのか、逆に君に問いたいね。僕は道に迷っているこの子を保護しただけだよ。お礼を言われこそすれ、非難される覚えはない」
「なんだって……?」
そんなはずはない。私は宝塔の言うことを信じてここまで来た。毘沙門天様の宝具である宝塔が嘘を吐くはずがない。
「これなるは毘沙門天様が宝塔。その言葉、人を正しく導く神の声。さあ、とくと聞くがいい」
「ほう……?」」
「…………あれぇ?」
どうしたんだ、さっきまでしゃべっていたのに。
「なあ、どうしたんだ? 犯人が目の前にいるんだぞ。何か言ったらどうなんだ?」
「あ、あの……ナズーリン……」
「む、どうしたんだい、ご主人様。少し待っててくれないか。今この宝塔でこの男のくすんだ心を清浄へと導いて――」
「ち、違うんです!」
ご主人様は私の言葉を遮って叫んだ。
「何が違うんだい?」
「あの、その宝塔の声……私、だったん、です」
「…………え?」
「森近さんの言うことが正しいんです。ごめんなさい!」
「え? え? ……え?」
混乱する頭が落ち着くには時間がかかった。
話をまとめると、こういうことか。
うっかりご主人様は迷ってしまって、うっかり眠ってしまって、目が覚めたら帰り道を忘れてしまった。助けてもらった店主の店のものをうっかり壊してしまい、うっかり財布を忘れてしまったため、弁償もできずにいた。
なるほど、明快だ。
「つまり、なんだ。ご主人様は、迎えに来てほしいがために、こんな手の込んだことをしたってわけかい?」
「さ、最初は軽い気持ちだったんです。何気なく離れた宝塔に意識を集中してみたら、なんか声が繋がっちゃって、ああこれでおうちに帰れるって思ったんですけど、なんとなく怒られそうな気がして」
「……事をここまで大事にして、かえって怒られることになるとは考えなかったのかい?」
「…………えへ♪」
笑顔で首を傾けるご主人様は、可愛らしかった。
ゆえに、イラっとくる。
「香霖堂店主と仲良くね。じゃ」
「うわぁああああん! ナズーリーン! ごめんなさいぃいいい!」
腰にしがみつくご主人様を引っぺがそうとデコを押すと、ご主人様のやわらかい髪が指をすり抜ける。その奥には、泣き腫らした瞳が見えた。罪悪感に苛まされたのだろう。
十分に反省はしているということか……。
「あーもう、わかった、わかったよ! 許してあげるから腰にひっつかないでくれ!」
「ナズーリーン! ありがとうございますぅぅう!」
「だぁあ! 嬉しくてもやっぱり泣くんかい!」
ようやくのことご主人様を引きはがし、店主に向き直る。
「そういうわけで、店主。この度は本当に迷惑をかけた。申し訳ない……」
素直に頭を下げる。悪いのはこちらだ。
「いや、直接被害を被ったのはうちの商品数点だけさ。その支払いさえしてくれれば僕から言うことは何もないよ」
「いやしかし、店主の言うことも聞かないで一方的に黒と決めつけてしまった。そこは私の失態だ。如何様にもしてくれ」
そういうと店主は困ったように指をあごにあてた。
「ふむ……。とは言ってもね。そもそもうちに来るのは、今日の君たちよりも、はるかに厄介なやつらばかりだからね。気にすることはない、というのが本当の気持ちだ。……ああ」
「なんだい? なんでも言ってくれ。できることならなんでもしよう」
「ここは道具屋です。何か買っていっていただけるとありがたいのですが」
店主は指を、ぴ、と立て言った。
これくらいならば構わないね、という控えめな要求をする店主。それは、こちらに気を遣わせないためのものでもあったのであろう。優しさが心に沁みた。
「ああ、そういうことならもちろん。ちょうどお香なども切れていたはずだ。他にも色々買っていこう」
「森近さん、本当にご迷惑をおかけしました」
「なんでもないさ」
ご主人様も頭を下げる。
あたりを優しい空気が包んだ時、私はあることに気が付いた。
「さあ、どれにいたしましょう? お香も色々取り扱っていますよ」
「わぁー、本当に色々ありますね。ナズーリン、どれにしましょう?」
「……ない」
「え?」
「お財布、忘れた」
「…………」
「…………」
店主は出した品をしまい、言った。
「台所は向こう。洗い物がまだなんだ。あと、掃除もご無沙汰だな。本の隙間の埃なんかは面倒でね。夕飯の買い物もまだで、お茶が飲みたい」
「うわぁーん!」
「やれやれ……」
宝塔がしゃべった、私の今日の一日は、「ここは幻想郷なのだな」と改めて思わせるほどに、ドタバタと慌ただしいものだった。
終わり
内容はよくある星のうっかりだけど飽きなく読めました。
また短い作品ながらも起承転結ができていて完成度の高い作品だと感じました。
もうこれから宝塔はナズーリンに預けておけww
いい話で終わったと思ったところでオチた二人の様子が目に浮かぶようで面白かったです。
こういうドタバタは大好き。星ちゃんは一人で出歩いちゃあ駄目だなw
と思ったら星かよ! 子竜かよ! ん? だがこれはこれで可愛い……のか?
でもやっぱり一番可愛かったのはナズーリン、君に決まりだ。
ところで作者様は初投稿の方なのでしょうか?
もしそうならば創想話にようこそ。そして執筆ご苦労様でした。
>一分、物好きな人間や魔法使いが住んではいるが→一部、かな?
アイデアもさることながら、ナズーリンや星が生き生きと描かれていて、サクサク読むことができました。
次は……ロッドが喋りだすとかどうでしょう(笑)
>奈緒さん
何が起こってもおかしくない幻想郷ですね。
>5
もったいない御言葉。ありがとうございます。
>ぺ・四潤さん
ありがとうございました。
管理台帳や貸出リストみたいなものが必要かもしれませんね。
>9
ハッピーセットのアレです。
こういうネタは旬なうちに消化するに限ります。
>10
全てが許せちゃうキャラクターですね。
>鈍狐さん
今後は深い作品なども作っていきたいです。
>コチドリさん
ありがとうございました。ナズーリンも好きです。
誤字指摘も併せて、ありがとうございます。修正いたしました。
>がま口さん
ありえない話ではないですね。
右のロッドはこっちに行きたい、左のロッドはこっちに行きたい。
間のナズーリンは大岡裁き。うん、いいドタバタが生まれそうです。
香霖がいい味出てますな~