この物語は独自解釈、妄想、捏造、オマージュ、パロ、微グロ、その他を含むお話です。
それでも良いという方はこの先へおすすみください。
人を襲い、恐れを喰らう。
妖怪とはそのようにある存在。
暗闇のなか人を喰らい。
生き血を啜り、その身を紅く染める。
数え上げればきりがない。
親から子へ、子から孫へと人里で伝えられてきた百物語。
そのような怪異に会うことのなきように。
そのような妖の犠牲にならないようにと。
物心つく前から教えられた記憶。
我が身を、生命を守る為の知恵。
危険から身を守る為の本能。
人は妖を恐怖する。
故に、妖は人を襲う。
怖れを喰らうために。
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「お腹すいた」
多々良小傘は妖である。人を驚かし、その人間の恐怖を喰らう。古典的、古式ゆかしい実に妖怪らしい妖怪だ。
その能力は『人を驚かす程度の能力』
だが、そのセンスが古いのか、時代が悪いのか、この幻想郷においてさえ彼女のようなスタンスは最早時代遅れ。ここしばらく、小傘は主食、人間の恐怖にありつけていない。あまりの空腹のため動けなくなった小傘は、大地に仰向けで倒れていた。
「お腹すいたわさ」
何度目かの独白。勿論その声にこたえるものはない。
嘗て闇の住人として、怪異の根源として世界の半分を支配していた多くの妖怪達。
妖怪の黄金期。
小傘はその時代を知らない。
闇を怖れ、畏敬の念を持っていた人間たち。しかし、人間は知恵の光で闇を照らし、怪異の正体を突き止め、それを克服してきた。その結果、外の世界では妖怪はおろか神ですら忘れられた存在と成り果てた。
(昔は良かったな)
知りもしない在りし日の幻想に想いをはせる。だが、そんなことを考えていても腹が膨れるものでもなし。
「お腹すいた、お腹すいた、お腹すいた、お腹すいた、おな、ムギュ」
地面に寝そべって、駄々っ子のように手足をばたつかせて、現状に対する大いなる不満を世界に轟かせていた小傘の断罪の声は、何者かの靴底よって中断された。
「痛い、ってなにするんだわ……申し訳ございません」
土下座する小傘。一連の流れを説明するとこうだ。何者かに顔を足蹴にされて、飛び起き、相手を非難しようとしたが、その相手を視認するやいなや土下座を敢行。
「あら、ごめんなさい」
優しく語りかかる口調。
「最近流行りの喋るカーペットかなにかと思って」
さらりと酷いことをいう。
「大丈夫かしら」
微笑んで右手を小傘に差し出す。
「大丈夫です」
ズザザザザザと土下座のまま10mは後ずさると、そのまま起き上がり反転。
「ああ、もうこんな時間。忘れ物と急用とばっちゃんの法事を思い出しました。本当にありがとうございます」
では、と傘を広げて飛び立つ。そのまま振り向き後ろを確認。追撃の気配はない。ホッと一息つく。忘れていた空腹が甦り、目が回る。
クラッ
小傘は向日葵畑へと墜落。
先ほど小傘に語りかけた声の主は、足元に落ちて気絶した彼女を見下ろし、日傘を肩に首を傾げた。
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(どうしてこうなった)
もしさとり妖怪が今の彼女の頭の中を覗いたのなら、そんな言葉がエンドレスに流れているのがわかっただろう。
「そう、今時珍しいタイプの妖怪ね」
「はあ」
すすめられるがまま出された紅茶を口にするが、緊張のあまり味なんか分からない。
「おかわりはいかが」
慣れた様子でお茶をティーカップに注ぐ。小傘は俯いたまま、その様子を上目使いで盗み見る。まともに顔をみることなどできる筈もない。
気絶して、目を覚ましたらここにいた小傘。この家の主に誘われるがままお茶会に参加。紅茶とクッキーをいただいている。
肩口で揃った緑色の髪、紅い瞳、白のブラウスと赤を基調としたチェックのスカート。そして、対峙しただけで圧倒される妖気。
美しき花の化身。
幻想郷最強の妖。
風見幽香が目の前にいた。
『私は 今 風見幽香の家で 一緒に お茶会をしている』
言葉を区切って何度も繰り返すが、実感が伴わない。
紅茶とクッキーを口にしたおかげで、空腹は少し収まっている。
「人間の恐怖が糧、ね」
倒れていた理由を訊かれ、情けない事情を話した。
「はい、人間を驚かせることがわっちの、いえ私の存在意義みたいなもんでして、でも最近それも上手くいかなくて。それでとうとう力尽きて……」
「そうなの」
俯いたまま話す小傘を前に、優雅に紅茶を味わう花の妖。
「で、あなたこれからどうするの」
「へ」
驚きのあまり顔を上げて、まじまじと花の大妖を見つめた。小傘が驚いたのも無理は無い。しがない木端妖怪に過ぎない自分を、つい先ほどまで変わったカーペットくらいにしか見ていなかった彼女が気に掛けるなどと思ってもいなかったのだ。
そして気になることがもう一つ。先ほどから小傘は胸の辺りに痛いほどの視線を感じていた。その視線が誰のものかは言うまでもない。
「ねえ、一つ提案があるのだけど」
大輪の花のような笑顔の前に、小傘は悟った、これから出る彼女の言葉がなんであれ、彼女に拒否権など存在しないということを。
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「ひぇ~」
「助けてくれ」
向日葵の丘に立つ小傘を見るなり、男達は逃げ出した。恐怖に顔を引き攣らせ、なりふり構わず走り出す。男達の投げ出された鞄から中身が地面に散らばる。太陽の畑でしかとれない希少で貴重な植物の根や葉。薬の材料、嗜好品等用途は様々だが、いずれも幻想郷ではここ以外手に入りにくいもの。
人の欲望に任せていては取りつくされて絶滅してしまう。
そうした物言わぬ植物たちの守護者として太陽の畑周辺を己が領域としている妖がいた。
四季のフラワーマスター 風見幽香
勿論、一切の植物の採取を禁止しているのではない。紳士的に話合い、必要と認めたら分けてくれる。だが、人間のなかには欲の皮が張った者も出てくる。高額な闇値に目をつけ一攫千金を画策する密猟者たち。
花盗人はこれを罰せずといわれるが、密猟者を見つけた彼女にはそんな言葉は通じない。命からがら逃げだしてきた彼らから噂は広がった。
曰く、仲間が生きたまま、素手で解体されて畑の肥料にされた。
曰く、魔界のオジギソウが手に入ったからとその苗床にされた。
これ以上はここでは危なくて書けないが、その手の話は尽きることがない。稗田阿求の著書「求聞史記」にもある。
友好度、最悪。
危険度、激高。
そんな花の大妖にまつわる話は、人里で広まり語り継がれてきた。それにも関わらず、密猟者は絶えることはない。人とは業の深い生き物だ。
最近では、密猟者同士が手を組み、密猟団として暗躍している。太陽の畑周辺に監視網を形成、幽香が出かける隙に密猟に繰り出していた。
そして、今日も幽香は出かけた、日傘をさして優雅にふわりと空を飛び。
それを確認した密猟者達が我先にと飛び込んだ太陽の畑、そこで信じられないものを目にした結果が先ほど述べた状況を生み出した。
(ふう、ご馳走様でした)
傘を肩に乗せ、両手を合わせて会釈する。本日、何組めかの恐怖と驚きの精神エネルギーを堪能。舌つづみを打つのは風見幽香の姿をした多々良小傘。
衣装は幽香本人のものを着用。髪は魔法と植物性の染料で緑に染められ、小傘のアイディンティティーの大半を占める、愛嬌のあるオンボロカラ傘は、変化の魔法で見目美しい純白の日傘へと変えられた。かろうじてオッドアイが、彼女が唐傘妖怪の小傘であると主張している。
風見幽香の提案は、今日一日彼女の影武者を小傘が務めること。幽香の姿で向日葵の世話と太陽の畑を一回りする。実に簡単な仕事のことだった。
そして、やってみて分かったが、これは小傘にとっても実に有意義な、いや、じつに美味しい仕事だった。密猟者のことは聞いた時は争いになったらどうしようかと心配もしたが、彼らは幽香の姿をした小傘を見ただけで驚いて逃げ出した。しかも、その精神エネルギーがそのまま小傘の糧となる。最初は緊張し、食べ損なった部分もあったが、一つ二つと数をこなすうちに慣れ、太陽の畑を一周するころには、普段小傘が得る実に数か月分もの精神エネルギーを喰らうことができた。
(生きているって素晴らしい)
つい数時間前、空腹のあまり世界を呪っていたのも忘れて歓喜する。
昼過ぎに出かけた幽香が戻ってくるまで、向日葵の世話をしていれば契約終了だが。
(……ちょっと出かけてもいいよね、すぐに戻れば)
小傘は近くの人里を目指し飛んだ。
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人混みと喧噪。里のメインストリートは夕飯の買い出しにきた家族連れでにぎわいを見せていた。そこに突如異変が起きた。幻想郷最強にして最凶の名高い妖怪。花の大妖が姿を現したのだ。彼女が歩を進めると、それにしたがい喧噪は止み、人垣が割れて道ができる。
(これは)
幽香の姿をした小傘。その彼女を目にした人間達に湧き上がる感情、恐怖。
(すごく……いい!)
里のメインストリートを出エジプトを果たした聖者のように人混みを割って進む。小傘は至福の時を味わっていた。日頃、小傘がいくら驚かそうとがんばっても笑いながら石を投げつけてくる悪ガキは、母親の後ろに隠れ脅えている。日頃、小傘を見ても顔色一つ変えずに畑仕事をしているおじさんは、目を合わせないよう露骨に顔を反らし足早にその場から遠ざかる。いつもは小傘のことなどなんとも思わない人間達が、そろいも揃って彼女に怖れを抱き、恐怖している。なんという優越感。小傘は傘を広げ、お澄まし顔で優雅に歩を進めていく。
ドンッ!
なにか硬い壁のようなものに胸がぶつかる。
「ちょっと、どこ見て歩いているのよ」
頭一つ低い位置から小傘の胸に顔を半分埋めて彼女を睨む少女。
あるべき凹凸のない雲の白さのワンピース。空のように青く長い髪とスカート。夕日のように赤い瞳。そして可愛い桃のアクセントがきいた帽子。
揺れぬ地震源 比那名居天子
悪名高い不良天人と小傘は、人里の往来で第一種接近遭遇を果たした。
「まあ、こっちもちょっと余所見していたから一応謝るわ、悪かったわね」
天人は半歩引いてぺこりと頭を下げる。
小傘も会釈して通り過ぎようとする。
「待ちなさいよ」
天子は回り込み小傘の行く手を遮る。
「こっちはきちんと謝ったのに、ごめんなさいの一言もないわけ」
赤い目を更に怒りで紅くして怒りを顕にする。
(拙いことになった)
平静を装いながら、内心焦りまくる小傘。
「なに、なんとか言ったらどうなの」
不良天人は怒りを更にヒートアップさせる。
「それともあんた、口がきけないの」
(「イエス アイ アム」)
何故か片仮名英語の心の声で絶叫する。
そう、彼女は今、話せない。いや、話すことができない状態なのだ。
幽香は小傘に変化の魔法をかける際、彼女にある注意を与えた。それは、変身中は絶対に口をきかないこと。もし一言でもなにか声に出したら、変身魔法は解けてしまうという。
この衆目の集まる状態で、小傘の変身が解けること。それは即ち死を意味する。想像してもらいたい、今まで散々脅えて、怖れていた相手の正体が、取るにたりない木端妖怪だと知ったときの人間の反応を。革命の前に権力を失った独裁者が圧政に苦しめられた市民にどんな報復をうけるか、 歴史が全てを物語っている。
では、謝罪の言葉を発せずに目の前の天人の怒りを収めるため、最大限のボディーランゲージを行うのはどうだろうか。
『ジャパニーズ ド・ゲ・ザ』
この場を脱することは可能だろうが、その後の惨劇は回避できない。
自分の姿で大勢の里人の前でそんな醜態を晒したことが、花の大妖の耳に入ればどのような事態が起きるか。その後の展開はコーラを飲めばゲップが出るのと同じ位、容易に想像できる。
『死か、より酷い死か』
究極の選択である。
「ふーん、そう、私なんかとは話すこともないというわけね」
小傘の沈黙をどう解釈したのか、天子は間合いを取り、腰の剣に手をかける。
天子が放つ剣呑な気があたりを包む。
『竜魚ドリル』
横合いから割って入った竜宮の使い。放つドリルが天人を吹き飛ばす。
「お待ちください総領娘さま」
「ちょっと、衣玖、なにするのよ!あとそういうセリフは人をドリルで
突っ込む前に言え」
人様の家の壁を破壊するほど吹き飛びながら、天子は平然とした様子で服についた埃を払いながら文句を言う。
「総領娘様こそなにをされているのですか」
紫色の髪。緋の瞳。瞳と同色のフリルのついたワンピースと黒のロングスカート。触覚を思わせる帽子から伸びる2本の赤いリボン。羽衣を纏った竜宮の使い、永江衣玖は涼しい顔で天子の剣幕も気にせず問い返す。
「そこの妖怪に礼儀を教えてやろうかと思ってテテテテテテテッ」
衣玖は天子の手に羽衣を絡ませると雷符を発動した。
「すみませんでした。総領娘様は博麗の巫女に頼まれた宴会の買い出し…いえ用事がありますので、これで失礼させていただきます」
竜宮の使いは小傘に軽く会釈すると、天子の手をひいて歩き出す。
「まってよ衣玖、まだ話はついてないイイイイイイイイイイイッ」
衣玖の雷撃を何度も浴びながら、不良天人は人垣の向こうに姿を消した。
(……助かった?)
立ち去る竜宮の使いと不良天人に合わせて、小傘はできる限り優雅に、そして迅速にその場を後にする。
(あの博麗の巫女も巫女です)
少し前、竜宮の使いこと永江衣玖は怒り気味に人里へ向かって飛んでいた。
宴会のため天子とともに神社を訪れた衣玖だったが、早く着きすぎたようだ。神社では縁側で巫女が呑気に茶を飲んでいた。
手土産に持参した天界の桃を切り分けるため台所を借りた衣玖が戻ってみると天子の姿が見えない。霊夢へ聞いたところ次のような返事が来た。
「ちょっとお使い頼んだ」
(何故総領娘様に頼むのか)
人里に着き、市での騒ぎを聞きつけて駆けつけると、比那名居天子がその中心にいた。天子が剣に手をかけたところで割って入り、どうにか騒動を収めることに成功。羽衣で不良天人を拘束し、電撃で抵抗力を奪いながらメモを片手に店を回った。
昔からの付き合いで、不良天人として名高い天子の起こした事件の収拾をしてきた。その数は両手の指では到底たりない。
「さあ戻りますよ、総領娘様」
ようやく買い物をすませ、すっかり大人しくなった天人を振り返る。
「そうりようむすめってなにさ」
そこには、緋色の羽衣でぐるぐる巻きにされた妖精の姿があった。
「……えーと、だれですか」
「あたい、チルノ。氷の妖精さ」
「……」
笑顔を見せる氷精の前で、衣玖はしばらく凍りついたまま動けなかった。
その氷精と竜宮の使いの様子を路地の物影から伺う影。その人は誰あろう揺れぬ地震源、比那名居天子。
天子は衣玖が苦手である。竜宮の使いとはまだ、彼女が地上にいた時分から付き合いがあった。比那名居一族が天界に上るまでの段取り、その後は世話役として竜宮の使いは働いていた。一族が天界の生活に慣れ始めると、衣玖は天子の教育係兼遊び相手として家に出入りを続けた。子供の頃を知られているせいか長い付き合いのせいなのか、衣玖の前ではどこか調子が狂う。成長しても子ども扱いをやめない密かに憧れている親戚のお姉さんを前にしたような気分におちいるのだ。成長した今では実力で衣玖を打ち負かすことも可能だろうが、どうにも頭が上がらない。
「さらばだ、明智君」
そう言って、そろりそろりとその場から離れる。
天子をあの程度で拘束できたと思ったのは衣玖の早合点。竜宮の使いは天子の電撃に対する耐性と、縄抜けの技を見誤った。なぜそのような耐性と技を身につけたかについてはここでは語らない。天子は偶然その場にいた氷精にアメちゃんを渡し、『この布で巻かれているのが最強の証よ、知らないの』と言葉巧みに騙して身代りにした。
とりあえず、巫女の用事は衣玖が済ませてくれた。今宵の宴会も無事開かれるだろう。
宴会に参加するために下界へ来た天子だったが、今の彼女の興味は他のものに移っていた。先ほどの往来でぶつかった無礼な妖怪。今更戻ったところでそこいるとも思えない。かえって衣玖に捕まる恐れもある。名前も知らない彼女をどうやって探すか。
「もし、そこのお嬢さん」
「お嬢さんって馴れ馴れしいわね、天人様とお呼びなさい」
「失礼しました、美しい天人様」
背の低い地黒の男、メガネをかけた痩身の男、色白の巨漢。いかにもチンピラですという風体の三人組が路地の暗がりから声をかけてきた。
✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿
傾きかけた日が、向日葵達の影を長く落とす。
自分より背の高い向日葵に囲まれて、小傘は幽香の帰りを待っている。
ヒュー
次第に大きくなる風切音に気づき、小傘は空を見上げる。
頭上に見えたのは、迫りくる巨大な岩石。
慌ててその場から飛び退く。
ズドーン
大きな地響き。
今まで小傘が居た場所に、注連縄が巻かれた小型トラック程の要石が突き刺さっている。
「探したわ」
要石の上に立つ人影。
「さっきは邪魔が入ったけど、ここならゆっくりかたがつけられそうね」
ヒョイと飛び降りた。
「風見幽香!」
天子は片手を腰にあてビシッ!と小傘を指さす。
「聞いたわよ、あなたの悪行の数々」
フフンと無い胸を張る。
「人々の欲する貴重な薬草類を独占し、皆を苦しめた悪行数々」
剣の柄に手をかけ。
「許し難し!」
抜刀し上段に構える。
(「そんなことしてません」)
小傘はブンブンと頭と手を振り必死に濡れ衣を否定する。
「この期に及んで言い逃れしようとは、見下げ果てたものね、いいわ、証拠を見せてあげる。来なさい、証人!」
要石のほうに声をかける。が、返事がない。
「あれ?」
天子は首を傾げて、要石に飛び乗る。
「ほら、しっかりしなさい、男でしょ」
そう声がすると、要石の上から落ちてきたのは里で天子に声をかけた三人組の男達。
「痛っ」
彼等は安全装置なしで天空からの要石フリーフォールにつき合わされ気絶していたが、落下の衝撃で気が付く。
「さあ、さっき言ったこと、もう一度いいなさい」
トンッと着地すると、天子は男に言いつける。
ぼー、としていた男の目の焦点が小傘に定まるや否や。
「ひえー、こいつです天人様」
「この極悪妖怪のせいで、里の皆が難儀しています」
「どうか天人さまのお力で退治してください」
三人組はそそくさと天子の後ろに回り込み、がくがく震えながら声を上げた。
(「いただきます」)
小傘は精神エネルギーを反射的に吸収する。
(って、こいつさっきの連中じゃない)
その味で思い出す。昼間追っ払った(勝手に逃げて行った)三人組。
「ギャラリーがいないと盛り上がらないじゃない。この天子様の妖怪退治をしっかり記録に残さなきゃ」
天子は腰より剣を抜く。よく見ると大気に触れたその刃は陽炎のように揺れている。
「さあ、もう言い逃れができないわよ。覚悟しなさい」
(「違う違う、悪者はそっち、あなた騙されているの」)
「比那名居天子、推して参る」
小傘の必死のジェスチャーにも関わらず。天子は天界の至宝、緋想の剣を上段に構え。
ザシュッ
振り下ろされた刃の先を飛び退き避ける小傘。
そのまま上空に退避。
(え?)
ガクンと失速し、地面に激突。
(掠っただけなのに)
傷口から、ごっそりと妖力をもって行かれた。
「緋想の剣は気質を纏う。この剣に纏いしは相克の気」
天子は剣を片手に小傘に歩み寄る。
「しかし、噂もあてにならないわね。花の大妖がこんな腰抜けだなんて」
(「だから、人違いです!」)
小傘は後ずさりながら弾幕を撃つが、天子の周囲に浮く大小の要石がそれを防ぐ。
「さようなら、風見さん」
緋想の剣を頭上に掲げる。
「なにか言い残すことはある?」
天子は無常に言葉を投げつける。
「…」
小さく呻く。
「なに」
天子は耳を傾ける。
『からかさ驚きフラッシュ』
小傘は手にした傘を広げスペルカードを解放。
閃光と弾幕が至近距離から天子を襲う。
爆音と爆風。
土煙が巻き起こり周囲を覆い、視界を奪う。
「やってくれたじゃない」
小傘がスペルカードを解放したのと同時に天子も『守りの要』を発動。多少直撃を受けたが、頑丈が取り柄の天人はさほどダメージは受けていない、が。
「不意打ちとはなんて卑怯なやつ」
誇り高い天人の比那名居天子は、戦いに貴卑を求める。不意打ちでこの身に傷を負うなんて、天子には許し難い失態。
高高度から特大要石で自由落下奇襲攻撃を敢行した自身の行いは棚に上げて、怒りを顕にする不良天人。
「逃げられた、か」
目の前にいた敵の姿はすでに消えていた。
「でも、緋想の剣からは逃げられないわよ」
気質の発現、それは緋想の剣の効果。斬りつけた敵の気質が薄い煙のように棚引いて本人の居場所を教えている。天子は向日葵の向こう、森の繁みを睨む。
その森の繁みに小傘は身を隠していた。最後の妖力を振り絞りスペルカードを使ったが、目くらまし程度の役目しか果たしていない。スペルカードの使用により変化の魔法は解け、本来の唐傘妖怪、多々良小傘の姿に戻っている。だからと言って天子が剣を収めるとは思えない。スペルを使い天子を攻撃したのは紛れもなく小傘自身。最初のボタンの掛け違いが、今の小傘を窮地に追い込んでいた。
「逃げなきゃ」
そっとその場を離れようとするが、体が思うように動かない。
しかも、天人は真直ぐ小傘の隠れた繁みのほうに向かってくる。
牽制の弾幕が繁みに撃ち込まれ、動けない小傘の体を弾がかすめる。
「鬼ごっこはお仕舞よ、さっさとそこから出てきなさい」
相克の気を纏う緋想の剣を手に、天子は声を張り上げた。
「まあ、おもしろそうな遊びをしているのね」
場違いなほど穏やかな、しかし存在感のある声。
天子はその声の主を見る。
白い日傘が揺れている。
その日傘の下、見間違える訳がない。
先ほどまで天子が戦っていた相手が居た。
「風見幽香」
天子は改めて声にする。
「あら、どこかでお会いしたかしら」
緋想の剣を手にした天子の間合いで立ち止まると、不思議そうに首を傾げる。
「ふざけているの、いや、馬鹿にしている」
「あら、なにかご迷惑をかけたみたいね、御免なさいね」
あっさりと謝罪の言葉を口にする花の大妖。
「今更遅いのよ、里の人々に害なす極悪妖怪。この比那名居天子が成敗してやるわ」
「里の人たちに私がいつご迷惑をおかけしたのかしら」
「惚けても無駄よ、こっちにはちゃんと証人が…」
特大要石の落下地点を指さすが、そこにいる筈の里人三人組の姿はいつのまにか消えている。
「……さっきも言ったことだからもういいわ。とにかく噂にきく花の大妖。あなたを退治します」
緋想の剣を向ける。
「そう、私と戦っていたのね」
日傘をたたみ、それを持った右手をだらりと下げる。
「一つ質問しても良いかしら」
「なに」
気圧され無いよう、天子は声を張り上げる。
「私の向日葵畑にあるあの立派な岩は、あなたが運んできたの?」
ニコリと笑顔で問う風見幽香。
「チェスト!」
気合一閃、緋想の剣を上段から振り下ろす。
天子の持てる力、全てをつぎ込んだ会心の一撃。
その突然の行動に一番驚いたのは、誰あろう天子自身。
花の大妖の笑顔を見た瞬間、無意識で斬り付けていた。
『殺気』なんてものじゃない、いうならば『死気』を感じた天子の生存本能が間髪入れず体に攻撃を命じていた。
その自身の行動を分析する間も無く、さらなる驚愕が彼女を襲う。
天人の放った必殺の斬撃は無造作に振り上げられた日傘一つで防がれた。天子は全身の力を振り絞る、しかし、幽香の右手一つで掲げられた日傘は微動だにしない。
「なぜ、日傘が剣を防げるか不思議よね」
相克の気を纏う緋想の剣は無敵の筈。
「人間でも達人ともなれば葉に気を通し、岩を切断することもできる」
日傘を妖気で覆い、それで硬度を上げている。
「戯言を!この宝剣の前にそんな技は通じない」
気質を操る緋想の剣。その前には一妖怪の妖気などなんら障害にはなり得ない。たとえ相克の気を防げたとしても一時的なこと。持久戦に及べばどちらに軍配が上がるかは自明の理。故に天子はさら力を込め、つば競り合いを続ける。
「相侮よ」
「えっ」
幽香は笑顔のまま必死で歯を喰いしばる天子にそう告げた。
次の瞬間、緋想の剣は天子の手から空高く跳ね飛ばされる。
「この」
『非想の威光』
緋色のレーザーを放ち、距離を取る天子。
白い日傘を広げ、難なく閃光を弾く花の大妖。
「これなら」
天子は無数の要石を地中より出現させ、ロケット弾のように撃ちだす。
花符『幻想郷の開花』
幽香を中心に一面の花吹雪、舞い上がる可憐な花びらが厳つい要石の弾幕を迎撃し粉砕。接近を許さない。可憐な花弁が高速で飛び交う岩石にあたり、それを粉砕する。冗談のような光景。
それを見ながら天子は考える。
幽香は相克の気を纏う緋想の剣を日傘一つで受け止めた。気質を操り相手を打ち滅ぼす無敵の剣。
五行『相侮』
相克の関係にありながら、相対する気が強すぎ反克となる現象。宝剣の効果を無効化するのにどれほどの妖気が必要か。
さらに、渾身の力を込めていたのにも関わらず幽香の日傘は剣を絡め取るように動き、天子の手から弾き飛ばした。死神を撃退し長寿を得る天人の中には剣技を極めたものも少なくない。試合においてはそれらと伍する力を持つと天子は自負していた。その彼女の手から幽香は戦闘中に剣を弾き飛ばした。数多の試合や実戦でもそのような経験は皆無。いや、知ってはいたがそれを自身が経験するとは想像すらしてなかった。幽香が使ったのは剣術の理想形の一つ。
神技『巻き上げ』
実戦において刹那を捉える幽香の戦闘センス、宝剣の効果すら無効化する出鱈目な妖力。岩を砕く非常識な美しい花の弾幕を前に天子は覚悟を決めた。
嵐の如き要石の弾幕の猛攻を防ぎきると、花吹雪は消えていく。弾幕の嵐が収まった決戦場。幽香の目には、両手を上げた天子の姿が映る。
「あら、もう降参」
洋服に着いた土埃を片手で払いながら、幽香は訊いた。
「悪かったわね、あんなところに要石を落として」
天子が乗って落ちてきた特大要石は忽然と姿を消していた。
「わかってもらえたかしら」
花の大妖は首を傾げる。
「これはお詫びの印よ!」
天子は上げていた両手を勢いよく振り下ろす。
特大要石が音速を超える速度で天空より飛来し幽香に直撃。
衝撃波、続いて重い激突音が落下地点を中心に同心円状に広がる。天子は舞い上がる土煙に口元を片腕で抑え、目を細めた。
先の異変で華麗に幻想郷デビューを果たした比那名居天子。鬼を始め幻想郷の名だたる者と連戦し、最後に巫女にやられた。そう、そこまでは想定内。
想定外だったのは八雲の大妖。
彼女の逆鱗に触れ、死ぬより酷い目にあわされた。
天子はその日より『打倒!八雲紫』を合言葉に自分磨きに励んだ。
全ての道はローマに通じる。何事も目的達成の為と退屈だった座学も自ら出向いて教えを乞うほど積極的に学び。面倒な古文書も天界にあらん限りの量を集め読み耽った。天界に居ついた鬼を相手に稽古し、それでも不足と幻想郷の名のある武芸者の元へ出稽古に赴いた。
八雲紫に勝つための数々の努力。それまで天子は修行などしたことがない。そんなことをしなくても彼女は十分に強く、聡明で付け加えるなら美しかった。
そもそも、天人にとっては天人になることこそが最終目標。輝く金剛石をより磨こうとするものがいないように、天人になってまでそれ以上を求めることなんてありえない。否、煩悩を捨てあらゆる欲から解き放たれた天人にはそのような真似はできない。
不良天人
地上に生まれ、幼いまま自ら望まずして天人となった天人、比那名居天子。彼女が例外であり、異常なのだ。天人でありながら人の心を失わず、煩悩を隠しもせず、己が欲するままに目標に向かって前進し続ける。例外的な原石は異常な行為によって瞬く間に磨き上げられ、天界においても比類なき輝きを放つまでに急成長した。
仕上げの実戦にと、適当に吸血鬼や蓬莱人に喧嘩を売るつもりで神社の宴会へ出向いた天子。巫女に頼まれたお使いにより、里の市場で恰好の標的と第一種接近遭遇を果たしたのは前述した通りである。
そして天子が使ったスペルカード
要石『天地開闢プレス・改』
改造スペルカード。要石を通常の二倍の高度まで持ち上げ、落下速度を三倍に。さらに二倍の回転をかけることにより十倍以上の威力を持たせた。このスペルを見た天界に居ついた鬼にも使用を「強敵限定、絶対人間には使うなよ」と言われた。異変前の天子には制御できない代物。
『打倒!八雲紫』
努力が実を結び、音速を超えて落下する要石を針の穴を通すほどの精密誘導ができるまでになった。
落下の際、衝撃波で生じた土煙が時間とともに収まる。
ピシ
幽香がいた場所に巨大な要石が鎮座している。
ピシッ ピシッ
土煙は消えて、視界が戻っていく。
ピシッ ピシッ ピシッ
要石と地表との接地点。
「嘘…でしょ」
天子は自身の目を疑う。
ガラ ガラ ガラ ガラ ガラ
巨大要石の縦に亀裂が入る、そこから無数の罅が走り音を立てて崩れ落ちる。
要石は粉々となって大地にもどっていく。
そこには握った拳を天に突き出し大地に立つ妖怪。
「なにを驚いているの」
幽香は右手で服についた埃を払う。
「一定のベクトルで動く物体なら、逆のベクトルに同等の力を加えれば止めることもできるのよ。まあ岩はその衝撃には耐えられなかったみたいね」
笑顔のまま天子に話しかける。
「さあ、続きを始めましょう」
花の大妖の言葉が天人の背筋が凍りつく。
「武器を捨てて降参しろ!」
森の繁みから怒鳴り声がした。
「風見幽香!この妖怪の命が欲しかったら武器を捨てな」
繁みから出てきたのは逃げた三人組の一人、地黒の背の低い男。
「こんなの非論理的です」
「もう止めようよ」
メガネの痩せと色白の巨漢もでてくる。
そして……。
「た、助けてくださ~い」
剣を突き付けられ情けない声を上げる人質は誰あろう、万年忘れ傘、多々良小傘だった。
「おまえら黙っていろ。やい花の妖怪!こっちの傘妖怪から話は聞いた。お前たちグルだろ!仲間の命が欲しかったら大人しく武器を捨てて抵抗するな」
小傘を後ろから羽交い絞めにして、彼女の喉元に手にした剣を押し付ける。
「馬鹿な真似は止めて、その剣を渡しなさい」
人質を取る男に制止の声をかけたのは、比那名居天子。
「天人の姐さん、何を言っているんだ。早くそいつを倒しな!」
地黒の男は天子に怒鳴り返す。
「いいから、早く剣を離して!さもないと」
「五月蠅い!」
更に男は剣に力を込める。狂気じみた男の力で押さえつけられ小傘は身動き一つとれない。
ただの剣や刀なら手負いの小傘といえども男を振り払い逃げることもできただろう。しかし男が手に持つのは天界の宝剣。
「お願い、緋想の剣をこっちへ渡して」
天子は声を張り上げる。
男達は森の中を走っていた。
向日葵畑に本物の幽香の姿を見た瞬間。三人組は森目がけて駆け出していた。無意識のうちに逃げ出したのだ。
ザクッ
目の前に現れた障害により急ブレーキをかけられ転倒した。三人組の前に現れたのは空より落ちてきて地面に突き刺さる光輝く宝剣。幽香に空の彼方へと弾き飛ばされた緋想の剣は、男達の逃走経路上に落ちてきたのだ。三人は顔を見合わせる。この現状が物語るのは唯一つ、天子の窮地。
「ええい、仕方ねえ」
リーダー格の地黒の男は剣を引き抜く。
「お前らはもう帰れ」
他の二人にそう伝え、元来た道を駆け足で戻る。その途中で見つけた小傘は緋想の剣を見て勝手に幽香の身代りをしていたことを自白。
直後ものすごい地響きと突風。向日葵畑を見ると案の定、蛇に睨まれたカエルの如く、幽香の前で動けない天子の姿が目に映る。
男は小傘を人質に幽香を脅す。後ろからは仲間の声がする。
(あいつ等、逃げたはずじゃなかったか)
天人の娘もなにか言っている。
(おい、俺はあんたを助けに来たんだよ)
頭に靄がかかったように思考が働かない。それなのに力だけは湧いてきて、気分は有頂天まで高揚していく。
(ああ、もうわかったよ)
耳障りな雑音。あれこれ考えるのも面倒だ、やることは分かっている。花の大妖も傘の妖怪も天人の娘も人間もみんな同じだ。同じく等しく。
(コロシテヤル)
天子の顔に焦りが見える。緋想の剣は天界の至宝。それは天人にしか使えない名剣。もし仮に普通の人間がそれを手にしたら。
「いいから、正気に戻って!」
天子の声は男に届いていない。目から光が消え、男の体から黒い気質が立ち込める。普通の人間が緋想の剣を手にしたら、間違いなく正気を失う。そして発狂し最後には死に至る。
男の手に更に力が入る、羽交い絞めにされた小傘は声にならない叫びを上げる。
「ねえ、あなたのいう武器って」
幽香は閉じられた傘を右手に持つ。
「ひょっとしてこれのこと」
そのまま軽く横に振る。
ヒュッ
地黒の男は頬に熱いものを感じた。手をやるとそこについたのは真っ赤な血。風見幽香は三間離れた距離から日傘の一振りで斬撃を飛ばしたのだ。
「ふざけた真似を!人質がどうなっても…」
痛みと怒りが男の正気を取り戻した。
「あなたに教えて欲しいの」
不思議そうに幽香は尋ねる。
「人質ってなんのこと」
ゴロン
男の足元にサッカーボール大のものが転がり落ちた。
地面に落ちたそれと男の目が合う。
ズルリッ
男の腕から力が抜けた。頭一つ分小さくなった小傘の体がずれ落ち、地面に横たわる。
「ヒッ…」
地黒の男は二歩、三歩と後ずさる。
仲間二人は声もでない。
風見幽香は三人組へと向き直る。
「く、来るな!」
地黒の男は悲鳴にも似た叫びを上げ、緋想の剣を振り回し、幽香目がけて投げつけた。それは明後日の方へ飛んで地面に突き刺さる。
「もちろん、私は行かないわ」
花の大妖は笑顔を浮かべる。
「あなた達の始末はソレがつけてくれるもの」
三人の人間はその美しい笑顔を前に戦慄する。
「ねえ、小傘」
ゆっくりと彼女の名を呼んだ
小傘の首から声がした。
三人組の視線がソレに集まる。
日が落ち薄闇に包まれた向日葵畑。
頭では見てはいけないと分かっている、金縛りにあったかのように体が動かず目を逸らすことができない。
ズズッ
倒れていた胴体部分がゆっくりと起き上がる。
それは影絵のような幻想。
地面に落ちていたもう一方の自分を拾い上げる。
それは悪夢のような現実。
その様子を見ていた男達は腰を抜かしへたり込んだ。
「コンナメニアワセテ」
声帯が上手く繋がってないのか、地を這うような低く不気味な、空まで届くような高く不安な声が響く。
「ウ・ラ・メ・シ・ヤ」
「で、でたあああぁぁぁ!」
「お助けてぇぇぇぇぇぇ!」
「おがあさあああぁぁん!」
小傘は自慢の傘を広げ、お決まりの台詞を男達に披露した瞬間。腰を抜かした三人組は四つん這いで100m走の幻想郷記録を非公式で更新して逃げ出した。
「ええ!なんで」
この時、小傘の出したBDP(ビックリドッキリ指数)は自己ベストを桁違いで更新。天子との戦いでの負傷も全快するほど最上の精神エネルギーを得た。
「もう、こんな目に合わせて酷いですよ」
元の場所に元のものを乗っけると、小傘は涙目で幽香を非難する。
「ごめんなさい、あなたの不始末もチャラにしてあげるから許してね」
幽香は小傘のほうも見ず、ゆっくり歩きながらそう応じた。
「はい、もちろんであります」
幽香の言葉で里での不始末を思い出し、小傘は大事なものを落とさないように最敬礼で答える。
「あと、あの三人を捕まえてきて、生かしたまま」
「イエス・マム」
小傘は花の大妖の言葉であわてて三人組を追って飛んでいった。
「これね」
幽香は歩みを止めて、地面に落ちていた剣を拾い上げる。
「はい、どうぞ」
緋想の剣を無造作に天子の足元に投げる。
「邪魔者はいなくなったし、これで心置きなくやれるわね」
足元の緋想の剣に目を落とし、唇を強く噛みしめる天子。
幽香はその天子の様子を笑顔で見ている。
剣を拾うとゆっくりと宙に浮く天人。
緋想の剣を両手で掲げ、そっと手を離す。
剣はその場に浮いたまま、ゆっくりと回転を始める。
天子の周囲に緋色の気が集まる。
気が集まる毎に緋想の剣の回転速度は上がっていく。
回転速度が上がるとそれに比例して、より多くの気が集まってくる。
相乗効果により急激に膨張する緋想の気質。
天子を中心として形成された緋色の球体。
(まだ、まだよ!こんなのじゃ)
制御しきれぬ緋想の気質がコロナのように吹き出る。緋色の球体の中は正しく気質の嵐。中心の 天子にかかる気質の圧は一秒ごとに跳ね上がる。
天人の全身を締め付け、四肢をねじ切ろうとする気質の嵐。意識さえ手放したくなるような苦痛。天子は血が滲むほど歯を噛み締めた。
これが彼女の真の切り札。
鬼には使用を絶対禁じられた。それは相手というより、天子自身を心配してのこと。自爆と紙一重というこの奥義を扱うには、天子には圧倒的に実戦経験が不足していた。
(なにが、実戦経験よ)
なんの覚悟もないまま、この決戦場におもむいた自身の甘さを痛感する。
ビッ
左腕に罅が入り。
ミキッ
肋骨が折れる。
いつから錯覚していた、命を賭けない戦いを実戦などと。
過去に幻想郷に戦争を仕掛けた紅い悪魔。
今も竹林でコロシアイを続ける蓬莱人。
いずれも死線を潜り抜けてきた強者。
それらに喧嘩を売ろうとしていた自分の愚かさを笑いたくなる。
喉がカラカラに乾き、肌が泡立つ。
(逃げるな)
絶体絶命、花の大妖を前に逆転の切り札を使おうとしている。
(これが、今、この場所こそが……)
『全人類の緋想天』
スペルカードの解放。
異変の時とは桁違いな緋想の気が放たれる。高エネルギー、緋色の奔流が竜の如く天へと昇る。
その数、八つ。
八首の緋竜は地上の標的に狙いを定め襲いかかる。二つは制御を離れ暴走、残り六つの緋竜。緋想の竜は幽香の目前まで迫りくる。
「飛んでもらって助かったわ」
日傘を片手に、その先端を暴れ狂う緋竜とそれを操る宙空の天子へ向ける。
「これで、この子たちを巻き込まない」
白い光が全てを搔き消した。
気が付くと地面に倒れていた。緋想の剣を杖替わりに痛む腕と肋骨を庇い立ち上がる。
幽香はその天子の様子をただ眺めていた。
「あなたのせいでお気に入りの日傘が台無しよ、また買いにいかないと
」
花の大妖はボロボロになった日傘を見て溜息をつく。
「それはご愁傷様、次はあなたも同じようにしてあげる」
天子は幽香を睨み付け、気丈にも言い放った。
「まあ、それは楽しみね」
気質は尽き、満身創痍。精神力だけで立っているような天人に、もはや戦闘の継続は不可能。
「なにが可笑しい!」
笑顔の幽香に天子は声を荒げた。
「いやね、ちょっと」
「なによ」
天子の反応に一瞬戸惑いの表情を浮かべる花の大妖。
「もしかして…あなた、ここで自分が死ぬ訳ないと思っているの?」
「えっ」
幽香は天子の反応に大輪の笑顔を見せた。
「ああ、やっぱりね」
彼女はゆっくり、ゆっくりと天人へと歩み寄る。
「……ィ」
今度こそ紛れもない感情を顕にする天子。
『竜魚ドリル 三段突き』
突然横合いから現れた永江衣玖が、天人を吹き飛ばす。
「総領娘様、神社で巫女が釣銭はどうしたと騒いでいます」
天子の頭の天辺から爪先までミイラの包帯のように、羽衣でぐるぐる巻きにした竜宮の使い。
「八雲の大妖も要石の点検について話があるようです」
羽衣巻きの天人を肩に担ぐ。
「申し訳ございません。この竜宮の使いが総領娘様を引き取らせていただきます」
永江衣玖は深々と頭を下げた。
「べつにかまわないわよ」
内心胸を撫で下ろし、衣玖は背を向けた。
「でも、一つ教えて」
突然浴びせられた妖気が衣玖の次の行動を封じた。
神社に頼まれたものを届けると、衣玖は今まで天子の行方を捜していた。しかし捜索は難航。最後に天子の使用したスペルカードでやっと居場所を掴み急行した。
そこで竜宮の使いが目にしたのは想像した中でも最悪のシュチュエーション。横合いから勝負に乱入し、ことが有耶無耶のうちに勢いでこの場から脱出したかったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
「なんでしょうか、風見様」
衣玖は背を向けたまま問い返す。
「あなたがここに来たのはどうして」
「それは総領娘様を連れて来いと…」
「そうじゃなくて」
背中からのプレッシャーが強まる。
「誰の願いなのかしら」
優しい口調、冷たい声。
「霊夢に言われて?」
衣玖は悟る。
「紫が頼んだから?」
今、自分は死地にいる。
「それとも、竜宮の使いとしての使命かしら」
正解は一つだけ。
「ここに来たのは」
覚悟を決め、静かに衣玖は振り返る。
「私自身の意思です」
想像を絶するプレッシャーの中、衣玖は幽香の目を真直ぐに見て答える。
永劫とも思える一瞬。
「そう」
くるりと幽香は背を向ける。
「もう真っ暗よ」
向日葵畑の中に消えていく幽香。
「気をつけて帰りなさい」
花の大妖の言葉に竜宮の使いは黙って頭を下げた。
✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿
天子を羽衣で包み夜空を飛ぶ竜宮の使い。羽衣で簀巻きにされた天子はくぐもった声で、戻れ、はなせと非難を続けている。
「良いですか、あの妖怪、風見幽香に剣を向ける…それはたったひとつしかない自分の命をかけるということ」
天子の非難を無視して、衣玖は小言を続ける。
「もっとも恐ろしい妖怪はその強さ恐ろしさを全く表に出しません」
衣玖は静かに続ける。
「なにか感じませんでしたか?今まで見てきた妖怪とは全く違う感覚。覚えておいてください総領娘様、この感覚こそ一番恐ろしい妖怪を相手にしたということ。絶対に剣を向けてはならない、自分よりはるかに強いことの証なのです」
風見幽香、最強の妖怪。身を以て天子はその強さを知った。力を受け流し、操り無効化する捉えどころのない、どこか胡散臭い八雲紫の強さとは違う。力に対し、より圧倒的な力を以て粉砕する花の大妖の強さ。
「それに、こんなに無茶をしていては比那名居様も心配しています」
親の名を出されモゴモゴと反論する不良天人。
「もし総領娘様に万一のことがあった時どれほど悲しみになられるか、そんなことになったら……」
天子は拘束された状態でうるさい、黙れと暴れだす。
「私も悲しいです」
急に静かになる。
「……ぅ……っ」
低く、くぐもった嗚咽が漏れる。
「ぃ、衣玖ぅ」
「はい総領娘様」
竜宮の使いは天子に優しく答える。
「悔しいよぉ」
羽衣の隙間から嗚咽は漏れ続ける。
衣玖は黙ったまま空を飛び続ける。
(大丈夫です)
敗者にかける言葉はない、今は泣きたいだけ泣けばいい。
(すぐに強くなれます)
どん底まで落ちれば、這い上がるしかないのだから。
(あなたがそう望むなら)
最強までの果てなき挑戦。天人の余りある命を以てしても到達できるかどうか不明の頂。しかし天子がそれを目指すなら、応援せずにはいられない。例え報われなくても、例えこの想いに気づかれなくても。
竜宮の使いは天人を羽衣で優しく包み、天界へと昇っていった。
✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿
人里の居酒屋、昼間からここで出来上がっている三人組。
「だから、素直にお願いすれば良いじゃないですか」
「五月蠅い、男が女に頭を下げられるか」
「でも、相手は妖怪ですよ」
「だまれ、人間様が妖怪なんかに頭を下げられるか」
天子と一緒に向日葵畑を急襲した三人組みは、昼間から酒を飲んでいた。
あのあと、唐傘妖怪に追われ捕まったのだが、その後の記憶がない。気が付いたら里の入り口で寝ていた。それから数日。恐怖を忘れようと酒浸りの日々を過ごしている。
「すまない、俺がビビったせいで失敗した」
「しかたないさ、また取りにいけば良い」
「おう、そうだ、そうだ」
そんな話を繰り返し続けているが、一向に出かける気配はない。本当は三人ともわかっている、もうあそこには近づきたくないと心底思っていることを。それを認めたくないが故に酒に逃げている。
「ごめんください」
暖簾をくぐり、店に若い男が入ってきた。
「ここにいましたか」
地黒の男に声をかけ、三人組の席まで来ると背の荷を下ろす。
「なんだ、香霖堂か、なんのようだ」
「道具屋が昼間から酒か」
地黒の男は白髪頭の道具屋店主、森近霖之助を睨む。
「それが、先日探しておられた千年蓮華がたまたま入荷しまして」
背箱から油紙に包まれた蓮華を取り出す。
「なに、本当か」
男は気色ばむ。
「ええ、それでお届けに来たのですが」
「でも、おめえ、べらぼうな値段が…」
「それが、お手頃なお値段でご用意できました」
取り出した算盤をはじく。
「おまえ、こんな値段で大丈夫か」
「私も商売ですから、利益はいただきます」
闇値なら家が建つほどの代物が、信じられない破格の安価で提示された。
「本当にこの値段で問題ないな」
「大丈夫だ、問題ない。とでもいえば満足ですか」
「いや、わかった代金はすぐ……」
慌てて懐から財布を取り出し、机の上に中身をばら撒く。
「ひいふうみ…」
数えてみるが、蓮華の代金には足りない。ここ数日の散財が響いた。すると横合いから二つの財布が逆さに振られ中身が飛び出る。
「おまえら…」
「礼なんて言うなよ」
「仲間だろう」
その中から霖之助は必要な代金を受け取ると品物を渡す。
「すまねえ、この礼は必ずする」
「いいんですよ、お客様が喜んでいただければ」
頭を下げる男達に、霖之助は笑顔でこたえる。
「これで良くなるといいですね」
「……なんのこった」
じろりと睨まれ、あわてて愛想笑いを浮かべた。
「いえなんでもないです」
里の荒くれ者が、長患いの母親のために奔走していたなどと知れては具合が悪いのかもしれない。
「これからもご贔屓に」
半妖の道具屋は荷を背負うと居酒屋をでていく。急ぐ訳ではないが、日頃誰も来ないからと言って店をいつまでも空けておくのはさすがに気が引ける。出張になったが、久しぶりに良い商売をした。以前、彼の辺鄙な道具屋までわざわざ来たお客。全く偶然とはいえ手に入った依頼の品を届けることができた。これから長い付き合いになれば尚良い。そんなことを考えながら懐具合を確認しにんまりする。
数日前、彼の店に蓮華が持ち込まれた時のことを思い出す。
「まあ、日傘一本分の代金にしては上出来だな」
そう呟いて帰路を急いだ。
✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿
「小傘っち」
「うわ」
命蓮寺の屋根の上で日向ぼっこをしていた小傘はぬえに抱きつかれ驚きの声を上げた。
「そんなにくっつかないで欲しいわさ」
「ごめんごめん、なんか小傘といると安心するっていうかホッとできて」
笑顔で謝罪する正体不明の妖怪。これも親愛の情のあらわれ、ぬえの手が胸にあたったのも単なる偶然だろうと小傘は思うことにした。
寺の居候、封獣ぬえは小傘の横に腰を下ろした。
「これからお山のほうへ遊びにいくけど、小傘っちもどう」
「わちきはやめときます」
お山のほうにはあの巫女が居ますし、と小さな声で付け加える。
「そう、じゃあ小傘っちの行きたいところにいこうよ」
「それが、これから秘密の仕事があるの」
「秘密の仕事ってなにさ」
「それはね……って、言ったら秘密じゃ無くなっちゃうでしょ」
「アハハハ、そうだね、ゴメン」
ぬえは笑って小傘に謝った。
「でもさ、その仕事、危険はないよね」
「危険なんてないわさ、……多分」
「本当に大丈夫」
ぬえは目が泳ぎまくってバタフライをしている小傘の顔を心配そうに覗きこむ。彼女は小傘のことが気に入っている。彼女だけじゃない、聖をはじめ命蓮寺の皆がそうだ。
多々良小傘は妖である。人を驚かし、その人間の恐怖を喰らう。古典的、古式ゆかしい実に妖怪らしい妖怪だ。
今の幻想郷に、そのような妖怪は殆どいない。長い年月封じられてきた聖や命蓮寺の面々にとって、小傘はノスタルジックで安心できる、どこか懐かしくて安らぎをもたらすマスコット的存在なのだ。
「もう行かなきゃ、わちきの心配してくれてありがとう。ぬえももう行ったほうがいいんじゃない」
下では修行をさぼったぬえを探す入道使いや舟幽霊の声がする。
「はは、小傘っちも気を付けてね」
ぬえは正体不明となって姿を消した。
ぬえの心配ももっともだが、小傘は今、あの仕事をやめるわけにはいかなかった。
風見幽香の影武者役という仕事。
危険は伴うが、小傘にはどうしても知らなければいけないことがあった。
何故あの日あの時あの三人は、自分をあれほどまで恐れたのか。
この答えが分かれば、これからの小傘の幻想郷ライフは安泰といって良い。しかし、どう考えても、いくら首をひねっても答えが見つからない。だからといって他の誰にも相談できない。そんなことをしたら確実に自身の存在がこの世から消える。自分で答えを見つけるまで小傘の危険なアルバイトは続くのだった。
✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿ ✿
見渡す限りの向日葵畑。
その中心で真新しい白い日傘が揺れていた。
「じゃあ、またね幽香」
「気をつけて帰りなさい」
笑顔で手を振り、鈴蘭の毒人形を見送る花の大妖。彼女の姿が見えなくなると、ゆっくりあたりを見渡す。
「待たせたかしら」
「いいえ、とんでもございませんわ」
空間が歪み、スキマが開く。
「いつから気づいていたの」
「花はあなたと違ってデリケートなの、無粋な覗き見に反応していたわ」
幻想郷の管理者、八雲紫は姿を現すとスキマに腰をかける。
「随分と後進の指導に熱心ですのね」
「この子たちと同じよ、手間暇をかけただけ成長して応えてくれる。とても楽しいわ」
幽香は向日葵を撫で、笑顔で答えた。
「そう熱心なのもいいけど、もう少し加減してもらえないかしら」
「なんのこと」
幽香は紫の厳しい視線を受け、首を傾げた。
「あの夜、結界に空いた大穴の修復作業に今までかかっていたのよ」
「それはごめんなさい。でも、あの天人の行動にはあなたにも責任があるんでしょう」
「そうよ、だからあなたを八つ裂きにしたい気持ちを我慢しているのよ」
「実力行使は大歓迎よ」
にこやかな笑顔で物騒な会話は進む。
「で、どうだった」
「そうね、まだ荒削りだけど素質は十分じゃない。私を一瞬とはいえ本気にさせたのだから」
幽香は天子との戦いを振り返る。
「近い将来、あなたや私のレベルまで昇ってくるわよ」
「そう、それはそれで心配ね」
「私は楽しみよ」
「あなたのそういうところはもう諦めているわ」
溜息をつく紫。
「紫、久しぶりに付き合わない」
「ここの管理はいいの」
「もうすぐ代わりの娘が来るのよ」
「あの唐傘妖怪のこと」
「あなた、なんでも知っているのね」
幽香は呆れた様子で言った。
「なんでもは知らないわよ。それにしても、唐傘ちゃんにご執心とは、一体どういう風の吹き回し」
「ああいうタイプの娘が珍しくて」
「人の恐怖を喰う妖怪」
紫は懐かしい目をする。
「大結界を張る際、最後まで反対していたのは彼等だった」
「そうね」
「そして最大の障害でもあったわ」
紫は昨日のことのように覚えている。
人の恐れを喰らう妖怪。
それらが人と妖怪の共存を望む訳はない。いや、望んだ瞬間、自らの存在意義の半分は消滅する。人に怖れられ、嫌われ、否定されることでこそ彼等は存在する。人に許容され、助けられ、弱体化してまで存在を続ける位なら、自ら死を選ぶことも辞さない。それは妖怪として最後の矜持。
八雲紫の幻想郷、博麗大結界は彼等にとって救いの御手ではない。引導をわたす忌むべき存在なのだ。
そして妖怪を二分する争いが起きた。
運命の日、大結界発動を阻止しようと博麗神社に押し寄せる妖怪の大群。
紫は人里や都を守る為、多くの術師や妖怪を割かねばならず。自らの為にそれらを疎かにすることを巫女も良しとしなかった。
紫自身は大結界発動時、神社を離れねばならない。
結界の巫女を護るは少数精鋭の人妖連合。
神社に仕える大亀妖怪。
鳳凰を操る白髪の符術師少女。
一宿一飯の恩を受けた槍使いの妖虎。
龍神との連絡役を担った、竜宮の使い。
誰に命じられるわけでもなし、巫女を護る為に集まった彼等は四方から押し寄せる大軍相手に一歩も引かなかった。
一騎当千、史実に記されていない壮絶な戦い。
『百鬼夜行』
妖怪のリーサルウェポン。
神霊技術の粋を集めて構築された都さえ荒廃させたその牙は、ただ一人、結界の巫女の命を取る為に向けられた。
闇から解き放たれた百鬼夜行。
その妖怪達の牙は神社の護りを、守護者達を破り、巫女の首まであと一歩まで迫り、そして……
砕け散る
人の恐れを喰らう妖怪の系譜はその夜で一度途絶えたのだ。
結界の巫女まで迫った百鬼夜行を、食い止め壊滅させた一人の妖怪。
古来、幻想郷では伝えられている。
神社には最強の妖怪が居る、と。
もう巫女の命を狙うものはない。博麗大結界の成立。スペルカードルールが制定され、巫女の安全、幻想郷の存続はより確実なものとなった。巫女の命を護るため、彼女が神社の近くに居る理由もなくなった。
「内緒だけど、あなたには感謝しているのよ」
「私には私の理由があったから。感謝される謂れはないわ」
幽香は日傘をさして背を向ける。
「ねえ、後悔はしていない」
「さて……ね」
答えをはぐらかす幽香、その背中から紫にも感情は読み取れない。
「馬鹿なことを訊いたわね」
「あなたからそれをとったら何も残らないわよ」
遠くの空に唐傘妖怪の姿が見えた。
「じゃあいつもの店でね、予約はお願い」
「わかったわ、そのかわり割り勘よ」
幽香にそう言い残すと紫はスキマの中に消えた。
太陽の光が降り注ぐ向日葵畑。
日傘を手に、幽香は一人佇む。
結界の巫女が好きだった花。大輪の花を咲かせ見守ること、それは彼女自身が勝手に決めたルール。
小傘の姿が少しづつ大きくなる。その様子を見続ける自分勝手な花の大妖。
閉じるスキマの隙間から、紫は向日葵畑を振り返る。
向日葵畑の中心で、白い日傘は優しく揺れていた。
幽香は剣聖ですかwww
まあ、確かに幽香の分身は”ミラー”っぽいですけどね。
×依玖
〝人を襲い、恐れを喰らう〟云々を冒頭とラストに持ってきているので、物語のメインテーマはこれっぽい。
ならば天子がらみのエピソードは副菜に当たるのではないかと私などは思うのですが、
どうにもメインの肉料理並みのボリュームに感じられて仕方ない。
出来れば天子は別コースでもう一丁お願いするとして、首チョンパにより大きな恐怖を感じる人間を心底不思議がる
小傘ちゃんの心情に、もう少し筆を割いて欲しかったというのが正直な感想です。
手前勝手な意見で申し訳ありません。
カリスマあふれる姿を見れて満足。
これからも頑張ってください。
それぞれのキャラも魅力的でいいものですなぁ。
新世代を育てるのは老境の楽しみってやつうわなにをするやめ(スキマ
そして天子かわいいよ天子