紅い館の一室。
屹立する書棚の中心。
座り心地の良い椅子に腰掛け、分厚い書物に没頭する魔女。
パチュリー・ノーレッジ。
飽きる事なく知識を貪り続ける生粋の魔女は、ちょっとやそっとのことでは頁を捲る手を止めはしない。
「パチェ」
「……」
「ぱーちぇー」
「…………」
続く沈黙と合わない視線に溜息を吐き出すはこの館の主。
レミリア・スカーレット。
紅い悪魔。
吸血鬼。
夜の王。
「……この私を無視するなんて、いい度胸ね」
机をはさみ、パチュリーの正面の席に腰掛け、頬杖を付いた体勢で、レミリアは眉をハの字にして微笑んだ。
呆れたように、面白そうに、しかしどこか腹立たしげに。
そう、呆れるが面白いとも思うし、同時にそれらを上回るほど腹立たしいとも感じるのだ。
だって、この魔女は知っている。
自分が許されることを。
恐れられてしかるべき夜の王が、本気で自分に牙を突き立てることはないと知っているのだ。
なにより腹立たしいのは、何故許すのか、その理由さえも正確に理解しているということ。
理解した上で、こういった態度を平気でとるのだから、憎たらしいとしか言えない。
……それさえも、許してしまうのだけど。
これでは、まるで慈悲深い神のようだと、追加の溜息一つ。
「……まったく」
くくっ、と喉を震わせて小さく笑うと、椅子から立ち上がる。
正直、当主としての責務をまっとうする為に必要な書物には目を通し、一通りの知識は身に付けたが、読書はあまり好きではない。
……漫画は読むけど、ここには置いてないし。
だからといって、このままおとなしく自室に帰るのはなんだか悔しい。
結果、思いついた行動は一つだった。
「よっ、と」
ごろん、と並べた椅子の上に寝転がる。
頭は柔らかな腿の上。
温かくて、気持ちがいい。
「……レミィ?」
流石に無視出来なかったか。
パチュリーはやっと本から視線を外し、自らの膝の上に頭を据えたレミリアの顔を見下ろした。
紫水晶の瞳には、僅かばかりの困惑。
それを見て、細められる紅玉の瞳。
「だって、パチェったら本にお熱で私のことかまってくれないんだもの。ここは永遠に幼い私としては、不貞寝を決め込むしかないんじゃない?」
悪戯が成功した子供のような顔をしているレミリアに、パチュリーは数瞬呆気にとられた後、柔らかな笑みを浮べた。
「そんなこと言う時点で、貴女はずるい大人よ。レミィ」
「ならば年長者を敬いなさい、パチェ。夜の王は貴女の膝枕でのお昼寝をご所望よ」
我侭な王様ね、と囁くような言葉も柔らかく。
そう、本当はレミリアだって知っているのだ。
パチュリーが自分を許す事を。
その理由が、自分と同じであることも。
「ねえ、パチェ」
「なあに、レミィ」
「おやすみの前には、しなければいけないことがあるでしょう?」
「……歯磨きかしら?」
「惚けないでよ」
レミリアは左手でパチュリーの結わえた髪の一房を軽く引っ張り、右手の人差し指で自らの唇を指差した。
レミリアの楽しげな笑みに、確かな愛情が多分に含まれているのは誰が見たって一目瞭然であろう。
溢れんばかりの愛情を、こんなふうに見せられたなら。
零れんばかりの愛情で、返すしかないだろう。
――愛し合っているのだから。
「……本当に、我侭な王様だわ」
近付く顔。
数秒だけ重なる唇。
その数秒が、世界でもっとも優しい数秒なのだと気付いたのは、もう随分昔のことだ。
見下ろしてくる顔の、頬の赤さに、また一つ愛しさが募っていくのを感じながら。
「おやすみ」
夢の中で彼女に会えたなら、すぐに抱き締めて口付けを交わそうと決めた。
屹立する書棚の中心。
座り心地の良い椅子に腰掛け、分厚い書物に没頭する魔女。
パチュリー・ノーレッジ。
飽きる事なく知識を貪り続ける生粋の魔女は、ちょっとやそっとのことでは頁を捲る手を止めはしない。
「パチェ」
「……」
「ぱーちぇー」
「…………」
続く沈黙と合わない視線に溜息を吐き出すはこの館の主。
レミリア・スカーレット。
紅い悪魔。
吸血鬼。
夜の王。
「……この私を無視するなんて、いい度胸ね」
机をはさみ、パチュリーの正面の席に腰掛け、頬杖を付いた体勢で、レミリアは眉をハの字にして微笑んだ。
呆れたように、面白そうに、しかしどこか腹立たしげに。
そう、呆れるが面白いとも思うし、同時にそれらを上回るほど腹立たしいとも感じるのだ。
だって、この魔女は知っている。
自分が許されることを。
恐れられてしかるべき夜の王が、本気で自分に牙を突き立てることはないと知っているのだ。
なにより腹立たしいのは、何故許すのか、その理由さえも正確に理解しているということ。
理解した上で、こういった態度を平気でとるのだから、憎たらしいとしか言えない。
……それさえも、許してしまうのだけど。
これでは、まるで慈悲深い神のようだと、追加の溜息一つ。
「……まったく」
くくっ、と喉を震わせて小さく笑うと、椅子から立ち上がる。
正直、当主としての責務をまっとうする為に必要な書物には目を通し、一通りの知識は身に付けたが、読書はあまり好きではない。
……漫画は読むけど、ここには置いてないし。
だからといって、このままおとなしく自室に帰るのはなんだか悔しい。
結果、思いついた行動は一つだった。
「よっ、と」
ごろん、と並べた椅子の上に寝転がる。
頭は柔らかな腿の上。
温かくて、気持ちがいい。
「……レミィ?」
流石に無視出来なかったか。
パチュリーはやっと本から視線を外し、自らの膝の上に頭を据えたレミリアの顔を見下ろした。
紫水晶の瞳には、僅かばかりの困惑。
それを見て、細められる紅玉の瞳。
「だって、パチェったら本にお熱で私のことかまってくれないんだもの。ここは永遠に幼い私としては、不貞寝を決め込むしかないんじゃない?」
悪戯が成功した子供のような顔をしているレミリアに、パチュリーは数瞬呆気にとられた後、柔らかな笑みを浮べた。
「そんなこと言う時点で、貴女はずるい大人よ。レミィ」
「ならば年長者を敬いなさい、パチェ。夜の王は貴女の膝枕でのお昼寝をご所望よ」
我侭な王様ね、と囁くような言葉も柔らかく。
そう、本当はレミリアだって知っているのだ。
パチュリーが自分を許す事を。
その理由が、自分と同じであることも。
「ねえ、パチェ」
「なあに、レミィ」
「おやすみの前には、しなければいけないことがあるでしょう?」
「……歯磨きかしら?」
「惚けないでよ」
レミリアは左手でパチュリーの結わえた髪の一房を軽く引っ張り、右手の人差し指で自らの唇を指差した。
レミリアの楽しげな笑みに、確かな愛情が多分に含まれているのは誰が見たって一目瞭然であろう。
溢れんばかりの愛情を、こんなふうに見せられたなら。
零れんばかりの愛情で、返すしかないだろう。
――愛し合っているのだから。
「……本当に、我侭な王様だわ」
近付く顔。
数秒だけ重なる唇。
その数秒が、世界でもっとも優しい数秒なのだと気付いたのは、もう随分昔のことだ。
見下ろしてくる顔の、頬の赤さに、また一つ愛しさが募っていくのを感じながら。
「おやすみ」
夢の中で彼女に会えたなら、すぐに抱き締めて口付けを交わそうと決めた。
また書いてくれると嬉しいですわ
それゆえに少々短すぎると感じてしまいました。
若干短かった気もしますが、良い雰囲気の素敵なお話でした!
甘々万歳!