八雲紫。
かつて、その名を知る妖怪は鬼の大将や天狗の頭、または古の神々など、一握りの存在だけであった。
しかも、その強者達の間でさえ、禁忌と謎を交えて語られる摩訶不思議な幻影であった。
妖怪、人間社会を問わず、歴史の裏舞台で暗躍し、それらの因果や運命の行く末を都合良くねじ曲げていく謀略の大家。
時に戦を未然に防ぎ、時に誘発させ、それでいて正体も目的も一切不明の大妖怪。
いってみれば、科学が浸透する以前の人間は化け物を恐れ、化け物達の長はそれと同じようにして、八雲紫という傑物を恐れたのである。
そしてまだ京に都ができてからまもない頃のこと。
そんな彼女が、純血である九尾の妖狐の生き残りを手に入れたという情報が、ごく一部の妖怪達の間で流れた。
おそらく式神として用いるのではないか。九尾、それもあのスキマの怪物が選んだのだから、さぞかし恐ろしい魔獣に違いない。
この世のどこに潜み、何を企んでいるのか。再び世界を騒乱へと導くべく、今も陰謀を練っているのではないか。
彼女の謀が表に出る日を、妖怪の長達は毎晩のように恐れ、身構えていたのであった。
○○○
八雲紫は自宅で料理をしていた。
ごく普通のお勝手に立ち、ごく普通に炊事をしている。
生け捕りにした陰陽師を膾切りにしているとか、さらってきた唐の皇帝を火あぶりにしているとか、そういうことではない。
金髪を背中でひとまとめに結び、白い道服の上に、大きなハートマークのついた前掛けをしている。
鼻歌まじりに包丁を捌き、小鍋の中をすくって味見。外見は妖艶な女性であるものの、所作だけなら町の下女に近い。
しかし所帯じみてはいるが、まぎれもない本物の大妖怪である。もちろん世間の大妖怪が皆こんなことをしているわけではないが。
料理を盛りつけた器がほとんど用意できたころで、紫の鼻歌が止んだ。
彼女の視線の先のまな板には、わずかに黄色がかった白くて柔らかそうな直方体、水気を切った上質の豆腐がある。
八雲紫は、その豆腐と火口の上に置かれたお盆状の鉄鍋を見比べ、さてどうしたものか、と思案していた。
するとそこに遠くから、とてとて、と廊下を歩く軽やかな足音が近づいてきた。
紫は慌てて後ろに声をかける。
「藍ー? どうしたのー?」
「おはこびおてつだいしますー」
「まだできていないから、もう少し経ったらまた来てちょうだいな。それまで居間でお勉強してなさい」
「は~い。……あれ、ゆかりさま」
不安そうな声に、ぎくっと紫は身を僅かによじった。
「あぶらあげのにおいがしません……」
「こ、これからお豆腐を揚げるところよ。余計な心配してないで、お行儀よく待ってなさい」
「は~い、ごめんなさ~い」
一転して明るい調子で、「あっぶりゃ~げ♪ あっぶりゃ~げ♪」という歌声が遠ざかっていく。
紫は笑みを消して、ふぅ、と小さくため息を吐き、鍋に油を引いて準備を始めた。
○○○
半時が過ぎ、八雲家の居間にお膳が二つ並んでいた。
漆塗りの上等な食器が八つずつ。
献立は炊きたての白米に温かい味噌汁。焼いた茸の盛り合わせに、鮭の香草蒸し。
箸休めに茄子と瓜の漬け物。その他こってりした中華風野菜炒め、甘酸っぱい地中海の果物……。
世界各地の食材を集めた贅沢な手料理である。時代の食糧事情を完璧に無視しているといってよい。
料理とは対照的に質素な造りの六畳間で、紫ともう一人、この家の同居者が向かい合って食事をしていた。
年の頃は五つか六つ。金の色はよく似ているが、紫と違って肩で切りそろえた真っ直ぐな髪の少女である。
しかし、その間からは尖った狐の耳が生えており、絹の服を着た背後には体に不釣り合いな尻尾が九つ。
器用に箸を使って食事する妖獣に、紫は一言忠告した。
「藍、よく噛んで食べなさいね」
「はい、よくかみます」
「ちゃんと噛むのはいいけど、口に物を入れて返事しないの。品も身につけなきゃだめよ」
「もぐもぐもぐ……」
幼い九尾の妖狐、藍は閉じた口を細かく動かしながら、うなずく。
そしてちゃんと飲み込んでから「おいしいです」と微笑んだ。
「ゆかりさま、明日もおでかけですか?」
「ええ。夜には帰るから、貴方はいつも通り、家で留守番してなさいね」
「はい……」
「ちゃんとお勉強を終えていたら、明後日はどこか遊びに連れていってあげるわ」
「はいっ」
明るい声で藍は返事をする。
その笑顔ときたら、糖蜜に芥子の実を混ぜたようで、誰かに見せびらかしてやりたいほどの可愛さ……。
と、紫は正気に戻って、自分の顔をそれとなく撫でた。ご飯粒がついていたわけではない。
食事が進み、藍が味噌汁の中に潜む、とっておきの好物に箸を伸ばし始めた。
「ふふ……あぶりゃ~げ♪ あぶりゃ~げ♪」
「藍。食事の時に歌うのは……」
「ゆかりさまは今日歌ってくれないんですか?」
「あぶりゃ~げ♪ あぶりゃ~げ♪ ゆかりんが作る、あぶりゃ~げ~♪」
紫が急いで歌ってあげると、藍は尻尾を振って大いに喜びながら、
「らんもゆかりさまみたいに、綺麗でお歌が上手な妖怪になりたいです~」
「ふふふ、ありがとう」
と言ってから、また紫は自分の顔をきつく撫で、緩む頬をつまんで何とかした。
世間を騒がすスキマ妖怪にしては、ずいぶんとほのぼのとした光景であるが、別段珍しいことではなく、八雲家では毎度おなじみのありさまであった。
時間通りに留守から帰ってきた紫が、藍のために手早く料理をし、夕餉に彼女との会話を楽しみ、尻尾を毛布代わりに借りて就寝。
そんな私生活を他の妖怪連中に見られてしまったのなら、これまで築いた名声は地に落ち、それ以上に溜め込んだ悪評が残らず嘲笑と侮蔑に変わるだろう。
しかし、
「きゅ~、おいしー♪」
可愛いのだから仕方ない、と八雲紫は心中で言い訳した。
そもそも三年前、紫がこの九尾の生き残りを手に入れたのは、半分は気まぐれで、半分は優秀な道具がほしいから、ということであった。
初めは「エサを獲ってくるのが大変かしらねぇ」「落とし物の始末とかしないといけないのかしら」程度にしか考えていなかったのだが。
しかし藍と名付けた幼い九尾の狐は、すでに紫にとって手放せない存在となっていた。
非常に素直で賢く、大人しく、同じ家で生活するのに申し分ない逸材なのだが、それだけにとどまらない。
器量のよい顔立ちの一方で、尻尾の一つ一つで感情を表したりと動物らしい仕草が混ざっていて、親と飼い主の楽しみが一片に味わえる希有な存在だった。
傾国の美女という言葉があるが、この九尾の娘も紫を堕とすのに時間はさほどかからなかったわけだ。
何を食べさせればよいのか、どのようにしつけるのがよいのか。この家に藍を連れてきてから、紫は今日まであらゆる方面を通じて情報を集めたものであった。能力の無駄遣いといわれても気にしない。紫が彼女から受け取る活力は、それを大きく上回っていたのだから。
しかし、普段と変わらぬ幸せな食卓にも関わらず、今日の紫は箸があまり進まなかった。
というのも最近はずっとこんな感じで、秘かな悩み事が胸につっかえているのである。
京の都に混乱を招き、妖怪達の滋養とする計画ではない。
紫の活動を執拗に妨害し、抵抗運動を続ける妖怪達を攻め滅ぼす作戦でもない。
山奥に結界を引いて、妖怪達の楽園を創ろうという理想についてですらない。
それよりも何十段階も前に存在する、もっと身近な、ある腹立たしい問題である。
「おいしそ~……」
藍がそう囁いて、また箸を上手に使い、おかずの一品を持ち上げた。
本日の趣向、半熟卵をつめた、作りたての油揚げである。
幼い狐はそれをじーっと見つめ、ぱくりと口に入れて、「きゅ~」と喉を鳴らして言いつけ通りによく噛んでから、ごっくんして……。
紫はまた乱暴に自らの頬をつねりながら、心中で舌打ちした。
問題とはこのことである。
数ヶ月前、いざこざに巻き込まれて帰宅が遅れた紫は、お腹を空かせてぐずつく藍に、思いつきで豆腐の油揚げを作ってあげたのだ。
生まれて初めてそれを口にした彼女は、瞼をいっぱいに開き、主人にこの「あぶりゃーげ」がいかに革命的な味なのかを少ない語彙で伝えようとしてきた。
てっきり肉や魚が好みなのだろうと思っていたために意外だったものの、藍が喜ぶのを見るのは本望だったので、それからの紫は油揚げ料理に目覚めることとなった。油揚げチーズ。油揚げ餅。香辛料を利かした油揚げいため。人間界ではまだお預けとなっている稲荷寿司についても、紫はすでに『発明』していた。
今日のお膳にも、半熟卵とじだけではなく、味噌汁の中に入れてあげたのだが、幼い式にはやはり大好評の様である。
しかし、しかしだ。
近頃、次々に豆腐を揚げて食卓で消費していく内に、段々と不満が溜まる状況が続くようになったのだ。
というのも、藍が一番喜んでいる仕草を見せるのが、油揚げを食べる時ばかりというのが、どうも紫の中で引っかかるのである。
今ではむしろ、藍の感情が紫よりも油揚げの方に向いているのではないか、という疑念すらあった。
「ゆかりさま。ゆかりさまはあぶらあげ食べないんですか?」
「え? いや食べるわよもちろん」
「明日も作ってくださいね。らんはおすしがいいです! ゆかりんのおいしいあぶりゃーげ!」
「……ええ」
儚い笑みで紫は承諾した。
褒めてくれるのは嬉しいが、さすがにこれだけ油揚げを与えるのも問題がある気がしていた。
何しろ今では毎日、朝昼晩の三食油揚げを用意してやっているのだから、調理法も色々変えているとはいえ、いくらなんでも食べ過ぎな感がある。
そういう過去の紫は今の藍とは比べものにならない偏食家ではあったのだが、だからといってこの娘に同じことを許すつもりはなかった。
栄養的な問題だけでなく、なんというか、愛情的な問題なのだが。
――何よ? 親馬鹿ですって? 心配性にも程があるですって? じゃああれをご覧なさい。
紫は幻想のギャラリーに向かって示す。
箸でつまんだ油揚げを見つめる、幼い式の姿。
頬を桃色に染め、艶のある流し目でそれをしばらく見つめ、そっと口をつけてから舌で中に運んで……。
紫は背中が泡立つのを覚えた。
なんということであろう。九尾についてはよからぬ噂も耳にするが、この年にして色気を身につけているとは。
将来が全くもって心配である。油揚げと結婚したいです、なんて言いだしたらどうすればいいのか。さすがにそれはないか。
思考を止めずに、紫は味噌汁をすする。その間も、薄目で藍の観察を怠らない。
旧知の鬼にこんなことで動揺している自分を知られたら、間違いなく山が揺らぐほどの勢いで笑われることになるだろう。
というか、何が悲しゅうて八雲紫とあろうものが、油揚げに嫉妬しなくてはならないのか。おのれ、憎たらしい茶色の大豆食品め!
膨張する苛立ちにたまりかねた大妖怪は、思い切って尋ねてみた。
「ねぇ藍、私と油揚げ、どっちが好き?」
いかにも次元の低い質問であったが。
「ゆかりさまですー」
しかし、ふんわり笑顔の狐からは、すぐに答えが返ってきた。
一瞬の迷いすらない。紫はその歯切れの良さに実に満足し、大妖怪としての落ち着きを取り戻した。
穏やかな声でさらに聞く。
「そう。藍は私のどんなところが好き?」
「えーと、えーと、いっぱいあります。えーと……」
幼い九尾はお茶碗を持ったまま、視線をくるくる移動させて一生懸命考えている。
これはつまり、一つ選ぶのが困難なほど、たくさんの魅力があるのだろう。
紫はいよいよ、まんざらでもない気分で彼女の選ぶ答えを待った。
「あっ。あぶらあげでおいしいごはんを作ってくれるところが好きです!」
がすっ、とスキマ妖怪の箸が、自分の分の油揚げに突き刺さった。
○○○
やがて食事が終わり、お膳が全てスキマによって片付けられてからのこと。
「藍。座りなさい」
「はーい、ゆかりさま。……よいしょ」
「私の膝じゃなくて、ちゃんと前に座りなさい。こっち見て正座なさい」
何の疑問もなく乗っかってきた小さなお尻を、紫は尻尾ごとどける。
いつもと違う様子だったためか、藍は不思議そうな顔をしつつも、神妙な態度でちょこんと正座した。
殺風景な六畳間は、照明と座布団を除き、主人と狐だけになっている。会話の邪魔になるようなものは全くない。
紫は閉じた扇を指先でいじりながら、彼女に言った。
「藍、できれば私は、貴方をいずれ式神にしようと考えているの。私の理想と遠大な計画のためには、優秀な助けが必要だから。このことは前にも話したわよね」
「はい。らんは、ちゃんと覚えてます」
「じゃあ式神がどういうものか、わかっているかしら?」
「……『なんらかの目的を達成するために、主人の術式を与えられた霊的な媒体。術式と媒体の相互作用によって、能力が決定する。主人は特別な呪を用いて命令を伝達することにより、あらかじめ術式を与えられた式神を働かせることができる』」
藍は虚空を見ながら、つっかえることなく唱えた。
これは日頃の教育の成果である。
「優等生的な答えね。間違ってはいないわ。しかし噛み砕いていうなら、『式』というのは主の命令に従うことで効力を発揮するものなの。つまり、主人のことを第一に考えないと意味がないわけ」
「らんは、いつもゆかりさまが一番ですけど……」
「油揚げよりも?」
紫は早速一つめのかまをかけてみた。
目の前の狐の反応を油断無く見張りながら。
だが藍は質問に対し動揺のそぶりを見せず、むしろ主人の意図が計れぬ様子で獣耳をぴくぴく動かす。
「はい。らんは、ゆかりさまが一番です」
「じゃあ仮に私の敵が、貴方に五つ油揚げを作ってあげたとしたら、貴方はどちらの言うことを聞くのかしら」
紫は再びかまをかける。
少しでも藍がうろたえるようならば、これからの教育を考え直そう、とも思っていた。
しかし幼い妖狐は、あっけらかんとした笑顔で、
「ゆかりさまは、きっと六つ作ってくれるはずです!」
がくっ、とスキマ妖怪は畳に頭をぶつけそうになった。
どうやら質問の趣旨がきちんと通じていなかったらしい。
紫はあえて期待を裏切ってやることにした。
「いいえ、私は四つしか作らないわ」
「えっ!」
はじめて藍が驚いた顔をする。
「おとうふが足りなかったんですか?」
がっくり、と紫はうなだれた。
何と危機感のない答えだろうか。これが殷や月氏で暴れ回った九尾の血を引く仔なのだから恐れ入る。
顔を扇で冷やしながら、紫はもう一度念を押した。
「とにかく、貴方は私が一番なのね? 藍」
「はい! ゆかりさまが一番好きです!」
藍は笑顔になるだけでなく、尻尾をもふもふと動かし、座布団の上で小さく跳ねる。
思わずその場で抱きしめて頬ずりしたくなるが、紫はそこをぐっとこらえた。
扇を閉じ、毅然とした態度で、彼女に言い放つ。
「じゃあこれからはしばらく、油揚げを作らない日を設けることにするから、そのつもりでいなさいね」
数秒後、比喩的な意味で、藍が爆発した。
○○○
次の日のこと。
黄昏空の下、八雲紫は妖怪の居城の一つである霊山から我が家を目指して、ゆらゆらと飛んでいた。
縄張りを拡張しようとしていた鬼の集団と交渉し、種族ごと滅ぼしてやろうかと脅してやった帰りである。
後の未来のために必要な威圧だったことは確かだが、半分は昨日から続く苛立ちの八つ当たりだったかもしれない。
苛立ちというのは言うまでもなく、家で留守番させている藍のことであった。
油揚げ禁止令。それを告げると、幼い式は案の定泣いて懇願してきた。
それも大泣きであった。食べ過ぎは体に悪い、主の言うことが聞けないのか。
紫がいくら説き伏せても、藍は泣きわめくばかりであった。ほとんど別離の哀哭と言ってもよく、それがますます紫の嫉妬心を煽る結果となった。
――むげなるべし。ゆかりさま、ゆるしたまへ。
――ゆるすまじ。など、かうこころなしはあるぞ。いと見ぐるしきこと。
――かのやうなことやはあしからぬ。いみじう愛しきあぶりゃーげ。
――あな、口惜しや。いとわろき子なり。汝が尻を打つべきなり。
――あなや、あなや。
こんな感じで、久々にお仕置きをしなければいけなかったのである。
布団に入ってからも藍はまだぐずつき、朝の枕もだいぶ湿っていた。
自分を送り出す「いってらっしゃい」の声もしょぼくれており、睨みこそしなかったものの、最後まで捨て犬のような目でこちらを見つめていた。
――しばらく説得に手間取りそうね……。
西の空には見事な夕焼け空が広がっていたが、紫はいつものように眺めを楽しむ余裕はなく、頭は九本の尾を全て垂れ下げた式のことでいっぱいだった。
スキマを使わずに帰ることにしたのは考え事のためだったのだが、いい案がなかなか浮かばずに、ため息だけが増える。
まるで恋人との仲を引き裂いた親のようで、不愉快極まりない。妖怪相手の謀略の方が遙かに楽な作業だった。
紫にとってもショックが大きいのは、ここ一年藍の教育が順調にいきすぎていたせいもあるかもしれない。
動物と変わらない状態から育て、粗相をするたびに叱った最初の一年に比べれば、今の藍の利発さは格段の進歩といってもよい。
成長した九尾となった彼女が、後の自分を助ける未来が、今から楽しみでならなかった。
故に無論、油揚げ云々が理由で彼女を『式』にする道を諦めるつもりなど毛頭ない。
一方で、共に生活するうちに、今では違う感情も芽生えていることに気付いていた。
紫にとって、あの狐はただの道具に貶めてしまうのは勿体ないほどの力がある。
そのことが、敵だらけの一匹妖怪にとってどれほど危険なことなのかを知っていても、最近ではそういう未来があってもいいかもしれない、と考えることすらあるのだ。そして二つの未来は、矛盾するとは限らないということも。
しかしいずれにせよ、甘やかすだけでは『式』としても『家族』としても歪みを生ずることになるのも摂理である。
将来のため、彼女の真価を存分に引き出すためには、この機会に主人の命令には逆らえないということ、そして望めば何でも手に入るわけではないということを、しっかりと学ばせる必要があった。
と紫はきちんと考えてるのだが、
「これはさすがに可哀想だったかしら……」
独り言を呟きながら、手に持った籠の中を覗く。
今日手に入れてきた食材の中に、ちゃっかり木綿豆腐が混じっていた。
最近は全て油で揚げてばかりだったので、冷や奴や湯豆腐の味が恋しくなり、ついつい手が伸びてしまったのである。
しかし揚げていない豆腐を見て、藍がいよいよぐれてしまう可能性もあったが……。
――このお豆腐は内緒で食べるとして、あの子をどう宥めるかは、帰って話してみてから考えようかしらね。
紫はそう結論を出して、自宅の結界へと入り込んだ。
○○○
「おかえりなさい、ゆかりさま」
――おや。
と、玄関の戸を開けた紫は意外に思った。
帰宅途中の読みは外れ、藍は今朝のように、泣いていたりふてくされていたりしてなかった。
かといって、いつものように廊下の向こうから駆けてきて、飛び付いてくるようなこともしない。
床にきちんと正座し、三つ指をついて頭を下げ、主人である紫を迎えたのである。
「おかえりなさい、ゆかりさま」
「ただいま……」
奇妙に思いつつ、紫は頭を下げたままの式に返事して、靴を脱いで上がる。
すると足裏の感触に、また違和感があった。
廊下が妙にすっきりしている。埃の一つも落ちておらず、丁寧に磨き上げられていた。
ちらりと藍の方を横目で確認してみると、彼女は何やら期待するような眼差しで、こちらの様子を窺っていた。
もしやと思い、居間に入ってみると、やはり物は整頓され、部屋の隅々まで掃除の手が行き届いていた。炊事場もお便所も。お風呂場まで綺麗にされている。
それだけではなく、紫の部屋には洗濯された衣服がきちんと畳んであった。
試しに一つ服を広げて、皺が残ってないか確かめていると、
「らんは、ちゃんとおるすばんしてました」
「……そのようね。宿題は」
「はい。お勉強もちゃんとおわりましたよ」
振り向けば、にーっ、と得意げに笑顔を見せている狐がいた。
紫は彼女の両耳の間に手を置き、優しく撫でてやる。
「そう。それは偉かったわね藍」
「えへ」
「でも油揚げは作らないわよ」
「ひっ……!?」
藍の笑みが引きつった。
対する紫は鉄面皮を保っていたが、内心では高らかに哄笑していた。
どうやら昨晩の様子から、ただ頼むだけで主を説得することはできない、とこの小さな狐は悟ったらしい。
点数稼ぎのために、言いつけ以上のことを一生懸命するとは小気味よい。
が、その手は食わない。
「で、でも、らんはちゃんと……」
「へぇ。庭の掃き掃除までやってくれたの。頑張ったわね藍」
「そ、そうです。らんはがんばりましたっ」
「でも別に頑張ったら油揚げを作るなんて約束した覚えはないわね」
「ひぐぅ」
藍は鼻をすすり、口元をわななかせる。
しかし、こういう泣き顔も、紫にとってはとてもとても愛しいものであるということに、式は気付いていない。
「覚えておきなさいね藍。亀がいくら地面を歩いても、月にはたどりつけない。努力の方向が正しくなければ、望む物は手に入らないのよ」
「ほーっほっほっほ!」とはさすがに笑わないものの、傲然と見下ろす紫の気分は、完全に勝利を手にした悪役である。
対して主人を甘く見ていた狐は、短くしゃくり上げながら、決壊寸前の様子であった。
だがその時、半べそをかいていた両眼が鋭い光を放つ。
「……ゆかりさま! おとうふのにおいがします!」
しまった、と紫は咄嗟に、手に持っていた籠の中にスキマを作る。
そして何食わぬ顔で、手に入れてきた食材を見せてやった。
「お豆腐なんて持ってないわよ。ほら」
「うそです! きっとかごのなかに、スキマを作ったんです! ゆかりさまは、わざとらんにイジワルしてるんです! ずるい!」
なんという洞察力と食い意地か、と紫は内心で舌を巻く。
だが詭弁に関しては百戦錬磨のスキマ妖怪である。決して怯んだ様子を見せることはない。
「昨日のお豆腐の香りが残ってたんでしょう」
「いいえ! しんせんなおとうふのにおいでした!」
「藍が食べたい食べたいって思ったから、きっと幻のにおいでも嗅いだんでしょうよ」
「わたしのはなはごまかせません! ゆかりさまはいつも、らんのはなはいい、ってほめてくれます!」
「その紫様が、嘘をついているとでも言いたいわけ?」
「うっ……」
「主を嘘つき呼ばわりする悪い子が、この家にいるのかしら?」
わざと凄んでみせると、藍は怯えて縮こまり、「ごめんなさい……」と蚊の鳴くような声で言った。
さすがに主人に逆らうほどの根性はないらしい。
紫は長大なため息をつき、もう一度式にきちんと説く。
「いいこと? 藍。昨日も話したでしょう。私は意地悪をしているわけじゃなくて、貴方のことを考えて、油揚げを食べない日を作ることにしたのよ。主人の命令を聞けない子供は、この家には置いておけないわ。それでもいい?」
「い、いやです」
「貴方は私よりも賢いのかしら? それなら私の考えが浅いのかもしれないわね」
「いいえ……」
「貴方は私よりも強いのかしら? それなら私は逆らうことができないわね」
「いいえ……でもらんは、あぶらあげが好きです。ゆかりさまよりも」
「なんですって!?」
「あっ、ちがいます! そういういみじゃなくて、ゆかりさまがあぶらあげが好きなよりも、らんはあぶらあげが好きです」
当たり前である。
得意料理とはいえ、紫には油揚げ信仰など全くない。つまり藍の気持ちなど露程もわからない。
「そういえば、藍がなんで油揚げがそんなに好きなのか、聞いたことなかったわね。どうしてなの?」
「えーと、えーと、いっぱいあります。えーと……」
嬉しそうに考え始める狐に、紫は答えを聞く前から渋い顔になった。
尻尾を細かく揺らし、指を頬に当てて、視線をくるくる回すのは、昨晩の食卓でも見た仕草だったから。
一体あの食べ物のどこに、スキマの大妖怪と比較できるほどの価値が秘められているというのか。
とそこで、紫は藍の仕草を見るうちに、あることを閃いた。
まだ幼い狐の我が儘を矯正し、主人の命令の重大さを骨に刻ませる、とんでもない悪戯。
「そうね。どうしても藍が油揚げが食べたいっていうなら……」
「えっ!?」
「お豆腐を使わない油揚げができるわ。でも本物と同じくらい美味しい油揚げよ。それでもいい?」
「はい! がまんします!」
藍は両拳を握り、鼻息を荒くして小刻みにうなずく。
「仕方ないわね。それじゃあ、支度するから、適当に待ってなさいな」
「はーい!」
妖狐の娘は尻尾を揺らして、「あっぶりゃ~げ♪ あっぶりゃ~げ♪」と跳ねながら去っていった。
その後ろ姿を見送るスキマ妖怪は、ニヤリ、とあくどい笑みを頬に浮かべた。
○○○
三十分後、いつものように、夕餉の膳の皿には油揚げ料理が用意されていた。
お豆腐を使わない油揚げ、と聞いて藍は実際に見るまでは少々おっかなびっくりであったが、まずは見た目が全く普通の物と変わらないことに安堵したらしかった。そしていざ食事が始まり、早速箸で巾着をつまんでにおいを嗅ぎ、ちょっと食べてみて、
「……おいしい!」
その後は口に入れる度に頬を挟んで、幸せ一杯の表情を浮かべていた。
紫は小言を挟むことなく、油揚げを次々と頬張る妖獣を、微笑んで見守った。
「さて藍。ちょっといいかしら」
そう紫が話を切り出したのは、二人の食事が済んで「ごちそうさまでした」と手を合わせてからである。
「今日の油揚げ、美味しかった?」
「はい! なんだか、いつもよりもっとおいしい気がしました」
「それはよかったわね」
「明日もつくってくれますか?」
「それは貴方次第だわ」
紫はわざと、持って回った言い方をする。
不思議そうに藍は瞬きしてから、慌てて自分のお膳を持ち上げ、
「こ、これらんがかたづけますし、あらいます」
「いいえ、お手伝いの話じゃないわ。昔話をしてあげようと思ってね」
昔話と聞いて、藍は一転期待のこもった表情になった。
寝る前に紫が語る物語は、この幼い狐のお気に入りなのである。
「これは今から少し昔のこと。そうね、二百年くらい前に聞いた話」
「二百年……つるがおじいさんとおばあさんにおんがえしする話と、どっちが昔の話ですか?」
「さあて、どちらだったかしら。でもこれは鶴の話じゃないの。ある狐の主と式の話よ」
紫は古今東西の妖怪、そして人の物語を、藍にも伝えやすいよう何かの動物に例えることが多かった。
今回も目論見通り、狐と聞いて彼女の興味はさらに増したようである。
紫はしめやかに語り始めた。
「狐の主従は山奥で、二人っきりで暮らしていました。式の方の狐はとても油揚げが好きでした。油揚げを食べない日はないと言っていいくらい、とてもとても好きでした」
藍はうんうん、と話の中の狐に同調するように何度もうなずく。
「そして主の方も、そんな式の喜ぶ姿を見るのが好きでした。そうね、私みたいに」
「ふふっ」
藍は可笑しそうに小さく笑い声を漏らす。
紫も微笑んで、話を続けた。
「ただし、ある時どうしても油揚げが手に入らないことがあったの」
「え? どうしても? どうしてですか」
「どうしてもは、どうしてもよ。とにかく主の狐は、油揚げをその日用意することができなかったのです。当然式の方は悲しくて泣いて、我がままを言って困らせました。そうね。昨日の誰かさんのように」
そう言うと、うぅ、と誰かさんは怯んで、自分の袖をつかみ、恥ずかしそうに答える。
「で、でもゆかりさまは、ちゃんとかわりのざいりょうで、あぶらあげをつくってくれました」
「そうね。その狐の主も、かわりの材料がないか探したわ。そして、あるものをかわりに使って、油揚げを用意してあげました。式が悲しむ姿が見たくなくて、喜ぶ姿が見たかったから……」
「あるもの……もしかして、ゆかりさまが使ったのも」
「その通りよ。この話を思い出したから、試しにやってみたのだけど上手くいったわね」
「はい、とてもおいしかったです。おとうふじゃなくて、何だったんですか?」
「あら、藍はまだ気付いてないのね」
ふふふ、と紫は含み笑いをした。
対する藍は眉根をちょっと寄せて、主人の話の続きを聞く。
「式の狐は大喜びで、主の作った油揚げを食べ、機嫌を取りもどしました。主の方も微笑んでその様子を見つめていました。けれどもね……」
声の調子を一段と下げて、紫は言った。
「狐の式は気付いてしまったの。主の金色の『尻尾』が無くなっていたことに……」
しん、と部屋から音がなくなり、冷たい空気が流れる。
紫は一呼吸おいてから、目元を指でぬぐい、布を取り出して悲劇調で続けた。
「……狐の主は自らの尻尾を使って、油揚げを作ったのね。でも彼女にとって式の笑顔は、大事な尻尾以上の価値があったの。式はそれを知って、主の愛に深く感動し、同時に深く恥じ入り、これからはけっして我が儘を言わないことを誓ったのでした。めでたしめでたし……」
紫は物語を締めくくり、ちらり、と目を拭く布の奥から聞き手の様子を盗み見する。
はたして藍は、感動とも悲嘆とも異なる、蒼白な顔つきになっていた。
「……ゆかりさま……ゆかりさまに、しっぽはなかったですよね?」
「ええ、私は持ってないわ」
胡散臭い笑みで、紫は答える。
突然、藍は電気が走ったかのように、びくっと身を震わせた。
そして、慌てて自分の尻尾を動かして、数を数えはじめた。
一、二、三、四、五。
六、七、八…………。
……藍は首を振って、もう一度数え直す。
一、二、三、四、五。
六……七…………八…………………………。
ついに藍はでんぐり返しをして、自分の目で確かめはじめた。
わざわざ声にだして、「いーち、にーぃ、さーん」とゆっくり数える。
しかし、彼女の望む数字には、何度やっても到達できなかった。
震える声で、幼い『八尾』の狐は、主人に尋ねる。
「ゆ……ゆかりさま。さっきのあぶらあげって……」
紫は引き続き、悪魔の笑みで尋ね返してやった。
「美味しかった? 貴方の尻尾」
『ぴぇー』と、やかんの湯が沸騰したかのような悲鳴が上がった。
藍は半狂乱となって、畳の上を七転八倒した後、紫にしがみつく。
「ゆ、ゆ、ゆかりさま! しっぽ! しっぽかえして!」
「何言ってるの。貴方が食べちゃったんでしょ」
「だって、だって、らんのしっぽだなんておもいません! しっぽだってしってたら、たべませんでした!」
「何が何でもあぶらあげが食べたい。昨晩そう言って騒いだのは藍、貴方よ」
「でも! しっぽはいや! しっぽはいやですぅ!!」
「九本もあるんだから一本くらい減ったって構わないんじゃないかしら」
「いやです! しっぽ! らんのしっぽかえしてぇ……」
必死に服の端を掴みながら泣きじゃくる式を、紫はぺしんと振り払った。
「あー、うるさい! ぐだぐだ言ってると、もう一本引っこ抜くわよ! 今度は厚揚げにしちゃおうかしら!?」
「うぇーん!!」
結局、油揚げをたらふく食べたのに、昨日に続いて藍は大泣きしてしまったのであった。
○○○
次の日の朝は珍しく、天井が穏やかな水音で鳴っていた。
幾十の結界の中に存在する八雲邸も、外と変わらず雨が降る。
布団の中で目を覚ました紫は、藍の姿がないことを横目で確認した。
残された枕は、昨日に引き続き湿っていた。
縁側に一匹の妖狐が座って、じっと動かずに庭を眺めている。
沈んだ色の瞳は、庭の石を打つ雨音にも、足元を跳ねていく蛙にも、反応する様子がない。
金髪の間から生えた獣の耳は力無く寝ており、尻尾がいずれも萎んでいるのも、湿気だけのせいとは言えそうになかった。
ただ一房、尾を胸元で大事そうに抱きしめている。
そんな狐の後ろ姿を、紫は影からこっそり観察していた。
珍しいことに、まだ今朝から一言も藍から話しかけられていない。一昨日、二人でどこかに遊びに出かける約束をしたことも忘れているらしい。
やはり、自分の大事な尻尾の一つを失ったことは、幼い狐にとって相当な衝撃だったようである。
主人が調理して、油揚げにして食べてしまったとなれば、尚更であろう。
――それにしても……。
紫は思わず物陰で苦笑した。
本当に尻尾から油揚げができるとか、そもそもそれが理由で藍の尻尾を切ったりするような主だと信じられてしまうとは。
それだけ彼女が主のことを疑わない素直な子だということなのだろうけど、少々心外であった。
頃合いとみて、紫は彼女の元に歩み、話しかける。
「藍」
ぴん、と寝ていた耳が立つ。
紫が隣に座ると、藍はいつもとは逆の行動をする。すなわち、主人から距離を置いて座り直したのだ。
「まだ許してくれないのね」
「………………」
「私が嫌いになったかしら?」
尻尾を抱えた藍は、紫の方を見ずにふるふると首を動かす。
「夢から醒めても変わらない。悲しいけど泣き疲れた。怒りたいけど怒れない。寂しいけど私に甘えられない。色んな気持ちがぐちゃぐちゃで、わからない。……違う?」
返事はなかった。
ただし、黙り込む藍の気配の微細な変化を、紫は漏れなく察知していた。
「藍。私が貴方の我が儘だけが理由でお仕置きしたと思わないでね。私は貴方にもう一つ、大切なことを教えたかったの」
「……………………」
「この家に一緒に住んでもう三年になるけど、貴方は本当に優秀だと思っているわ。真面目で従順で、能力も期待がもてる。けれども私の式になるには、少し甘くて優しすぎるかしら」
そう言うと、充血した小さな目が二つ、紫の方に向けられた。
「優しいのがいいことだと思っている? 厳しいのはよくないことかしら? でも外の世界はね。何かを失わなくては、何かを手に入れることができない。そんなルールで動いている。しかも等価ですらない。小さな貴方からも容赦なく大切なものを奪い去っていく、そういう恐い世界が広がっているの」
「………………」
藍は唇をわずかに噛み、反論したいそぶりを見せる。
彼女の無言の訴えに、紫はうなずいた。
「確かに悲しい話よね。幼い貴方が逆らいたくなる気持ちもわかるわ。けど悲しいことや不条理なことで一々立ち止まっていては進めない。私の目的は、永遠の油揚げを手に入れるよりも難しいことなのだから。これから何百年、何千年かかるかわからない……」
そう言って、おもむろに手を伸ばしても、藍は避けなかった。
「貴方も私の『式』になるなら、その厳しさを知ってもらいたかった。何を失っても、動じない強さを持ってほしかったわけ」
優しく頭を撫でながら、紫は彼女に尋ねる。
「じゃあ藍。今度は貴方の答えを聞かせてちょうだい」
「……ゆかりさまも……いつかいなくなっちゃうんですか……?」
それは紫にとって、全く予想していない問いだった。
しかもその質問は、孤高に生きるスキマ妖怪の急所を捉えていた。
「……どうしてそう思うのかしら?」
「なんとなく……こわくなったから。まえに、ゆかりさまがおそくまでかえってこなかった時も、そんな気がしたから」
「…………あの時の…………そう…………そうだったの」
紫は絶句する他なかった。
藍がどうしてあそこまで油揚げに心酔することになったのかを、きちんと確かめなかったばかりに、気付いてあげられなかったのだ。
初めて油揚げを作ってあげたあの日。
あの晩は確かに、妖怪同士の抗争に巻き込まれたという事情があって、帰宅がいつもよりも遅れてしまったのだが……。
藍は紫の方に近づき、体を寄せてくる。
「らんは、しっぽがもっとなくなっても、あぶらあげが食べられなくなっても、がまんできます。でも、ゆかりさまがいなかったら、らんは生きていけません……」
しくしく、と紫の懐が涙で濡れていく。
あの晩もそうであった。ようやく帰ってきてみると、出迎えるはずの藍の姿がいない。
お腹を空かした彼女は、台所で食べ物を探って泣いており、こちらに気付くなり、矢のように胸に飛び込んできた。
あの日の出来事が全てのきっかけだったのだ。
あの時初めて知った食べ物は、彼女にとってまさしく平穏の味あり、主が確かに存在するという証になっていたのだ。
油揚げに対する強い信仰は、主人を恋しく思う気持ちの裏返しだったのである。
しっかりとその温もりを抱きしめ、紫は伝えた。
「……ごめんね藍。不安にさせて。貴方は間違いなく私の式よ。主の私は、貴方からいなくなったりしない。約束するわ」
それは覚悟の誓いでもあった。幾多の不条理の中に存在する、確かな手応え。
彼女に必要とされる自分と、彼女が必要な自分。その繋がりがもたらす、ほんのわずかな灯火が、八雲紫にとって新たな道標となった。
そして紫が、昨晩操っていた境界、藍の二つの尻尾を一つに見せていた術を解いてあげようと思った、その時である。
「……あ、ゆかりさま」
「なにかしら?」
式は顔を上げ、涙で光った目でこちらを見つめて、
「もしかして、あぶらあげいっぱい食べたら、またしっぽはえてきますか?」
「………………」
八雲紫の計算力をもってしても、すぐに答えることはできなかった。
(おしまい)
ただ、最後に述べる紫の油揚げ禁止令の真意がうさんくさすぎるw前半を読むに九割以上油揚げへの嫉妬が原因でしょうw
とても良かったです
おもしろかったです。
油揚げに嫉妬する紫さまに、終始ニヤニヤが抑えられませんでしたw大変おもしろかったです。
そのとき紫はにやにやしながら眺めてそうですけどっ。
しかし、幼いら藍しゃまはかわええなぁ
あれもそうでしたが、泣き喚く藍さまのかわいさったら。
藍様にデレデレな母性あふれる紫様も可愛すぎです!
二人が笑顔で仲良く食卓を囲む姿が鮮明に浮かんでニヤニヤがとまりませんでしたw
とても幸せな時間を頂いてどうもありがとうございました!
また何度も読み直させて頂きますw
日曜の午後にソーセージを頬張りながらパソコンに向かってニヤニヤする。
端から見たら異様でしょう。そう、異様なのです。
そして、その原因はPNSさん、あなたである!
誠に暖かく、八雲一家である! いざ、ありがとうございましたァー!
藍様本当にかわいいなあ
あと、"あなや"は飛び道具ですねw
いやお寿司食べたいっつってたから。
現代の様式の寿司って結構近代に出来たジャンクフードじゃん?
あなた様の描くお馬鹿な藍さまも凛々しい藍さまも、好きすぎて困る