「アリス~、ただいま。今日はお客さんが来たよ。」 ミカが社務所の戸を開けて呼ぶ。
「あっミカおかえり~。」 聞き覚えのある声が返ってくる。
私と、奥にいた少女の目が合う。数秒間時間が止まる。水色と白のワンピース、整った顔立ち、金色の髪とそこに止められた赤いリボン、そばにいる二体のシャハーイホラーイな人形。そしてミカは彼女を『アリス』と呼んだ。
証拠そろいすぎ。
先に口を開いたのは少女だった。
「もしかして、あなた、霊夢、霊夢なの」 驚いた表情。
「アリス=マーガトロイド?」 惚けた表情で質問する私。
「会いたかったわ。」
気がつくと、この時代のアリスは滂沱の涙を流しながら私に抱きついていた。
「会えるなんて信じられなかった。」
「ちょっ、ちょっと、こんなところでいきなり。」 アリスの頭を私の胸から離そうとしたが上手くいかない。仕方が無いので、そのまま彼女の好きなようにさせてあげることにした。かなり長い時間がたった。
「どう、落ち着いたかしら。」 わたしはアリスの髪をなでながら訊いた。
「ご、ごめんなさい、でもどうしてこんなことが。」 やっと頭を離す。まだ嬉し涙を流している。
「はっはっは、無茶のし過ぎで天国から追い出され、地獄でも扱いかね、挙句、白玉楼からもさじを投げられ、この世に強制送還された博麗霊夢と、死ぬまでに偉大な業績を成し遂げ、冥界でも揺ぎ無い評価を得、再びこの世に光をもたらすため地上に遣わされた霧雨魔理沙様だぜ。」
「魔理沙も!こんな奇跡が。」
「ちょっと、事実を捏造しないの。それになによその待遇の差! この世に光って、そりゃただのマスタースパークでしょ。」
「へぇー、アリス、貴方たち知り合いだったんだ。」 ミカが驚いた。
「二人とも、どうぞあがって、ミカ、お茶をお願い、後お菓子も。」
「ここ私の家なんだけどね、けどまあいいか。久しぶりに出会ったみたいだし。」
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私の代より幾分小奇麗になった未来の博麗神社の縁側で、私と魔理沙、アリス、ミカの四人でまったりとくつろぐ。
アリスは私と魔理沙がこの世を去った後(私たち二人とも天寿を全うできたらしい)、独りで邸宅にこもりきりになり、そのまま気の遠くなるほど永い時を過ごしたのだという。
「笑えるでしょ? ずっと人形と過去の思い出だけを糧にして、さすがの引きこもりプロフェッショナルである私もこたえたわ。ぐすっ、引きこもりにプロもアマもねーよ、と独りボケ、独りツッコミを入れながら、うえっ、毎日を・・・過ごす。ふふっ、暗いったら・・・ありゃしない・・・。」
笑いながら過去のいきさつを話すアリス。だが精一杯のジョークを交えながら話していても、だんだん涙声になっていくのを止められない。どれほどの月日を寂しい気持ちで過ごしてきたのだろうか。私はその虚無の日々を想像して、柄にも無く胸が痛んだ。
「それでね、ある日、博麗神社に行けば、また霊夢と魔理沙に会える、そんな霊感がひらめいて、でも行ってみたらただの廃墟で、それでも諦めきれなくて、何十年も神社に通い続けて、それで。」
「私と出会った、というわけよ。」 ミカが締めくくった。
「まあ、人間万事塞翁が馬だな。生きていれば、どんなにつらい事があっても、きっとその埋め合わせの幸せがくるもんだぜ、たとえその幸せが続かなくても、さらに続く希望があるさ。」
「本当に?」
「ああ、これでもかつて一緒に戦った仲だろ。」
「ありがとう。」 ようやく笑顔を取り戻すアリス。
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だべっている途中でルーミアが来た、宵闇の妖怪で、人を食べる習性がある。
「ミカー、遊びに来たよー。」
「おーこんちわ、お菓子でも食べてく?」 ミカは別に驚きもせず友達のように話し掛けた。
「うーん、夕方になったら村の人がご馳走を用意してくれるから我慢する。」
「えらいね、それと、私の書いた『恋闇の妖怪る~みあ』の新しい話ができたから読んでいけば。」
「ホントに?じゃあ読んでく。」
ミカから手作りの小冊子をもらうと、ルーミアは熱心にそれを読み始めた、その瞳は年相応の少女のように輝いている。その冊子を覗いてみると、どうやらミカの書いた恋愛小説を読んでいるみたいだ。しかし何より驚いたのは、あのはらぺこの食いしん坊犯罪な妖怪が、目の前のお菓子を我慢すると言ったことである。村の人がご馳走を用意してくれるとも言っていた。なんとなく、なぜ人間と妖怪が共存できているか分かったような気がする。
「ねえミカ、さっき人間と妖怪が仲良く暮らすようになりつつある、みたいなことを言ってたけれど。」
「本来妖怪は人間を食べ、人間は妖怪を退治するはずなのに、ってことかしら?」
「そうよ。」
「だんだん豊かになってきて、人間だけでなく、妖怪の嗜好も多様になった。それで、人肉を生でかじるよりも、人間の作った料理が好きな妖怪も出てきたし、人間の娯楽に魅せられるのもでてきたの。こんな素晴らしいものを生み出せるのが人間なら、食わなきゃ良かったと考えるようになってね。そんなんだから、私たちもご馳走や娯楽をおくって妖怪をなだめすかすことにしたの。保険として行き倒れになった人は食べてもいいという約束もしてあるからね。これで人とあやかしの関係はずいぶん平和になったの。」
「要するに、お供え物をあげて荒ぶる神々を慰めようというわけね。」
すごそうな科学がちらほら見える割には、最後に行き着いた人妖間の結論は伝統的なものだった。私はほっとした気分になり、こういうバランスも満更でもないと感じた。
「まあ、それでも人妖間のトラブルは皆無ではないね。そのときはこのスペルカードの出番。いつの時代もつき物よ、問題というやつはね。」 ミカが肩をすくめる。
「ところで、『恋闇の妖怪る~みあ』ってどんなお話。?」 いたずらっぽい口調でミカに聞いてみる。
「想像のとおりよ、妖怪の女の子が人間に恋をするの。」 恥ずかしそうに答えるミカ。
「まだそんなラブストーリーが受けてるなんてな。」 魔理沙が冷やかす。さらに顔が赤くなる。
「ところで、貴方たちどこから来たの?」 無理やり話題をそらそうとするミカ。
「信じられないでしょうけど、私達、過去の時代からやって来たの。」
「そ、八雲紫という妖怪の力で、暇つぶしにな。」
「ああ、紫ね、気紛れな人(?)だあね。それで未来の感想は?」 ミカが尋ねる。
魔理沙があきれて、
「おいおい、こんな話を信じるのかよ。」 と突っ込む。
「だって、嘘をついているようには見えないし、この幻想郷、ましてあのスキマ妖怪なら何でもあり得るから。」
ミカはそう答えた。
「うーん、特にこれといった感動は無いけれど、根っこの部分はいつもの幻想郷だったから安心したわ。」
「意外と淡白なのね。」
「卵は卵白も黄身も好きよ。」
「私は濃い味が好きかな。」
「濃い、恋と言えばあの氷精はどうしてるかしら?」
「チルノちゃんだね、蛙を凍らして解凍するのが趣味で、でも五回に一回は失敗するんだって。」
「幾分進歩したのね。昔は三回に一回だったのに。」
「あっそうそう、湖の紅魔館は知ってる。」
「こうま・・・、仔馬?湖に牧場は無いけれど。」
連想するままに何気ないお喋りをを楽しんでいたんだけど、気になる反応が飛び出してきた。ミカは紅魔館を知らない。では、あの場所は今はどうなっているんだろう?