Coolier - 新生・東方創想話

東方降魔録~the Scarlets~:第八話

2005/05/16 21:45:45
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星々が深々と照らす中、フランドールはふと何かの輝きをとらえた。気付いたのが不思議なくらいの、それは小さな光だった。
「?何だろ…」
先を急いでいるはずが、どう言うわけか気になって仕方なく、彼女はその場所へ舞い降りた。果たしてそこには、小さな金の鈴が落ちていた。
「これ…美鈴のつけてた…」
移動中に落ちたのだろうか。なら、進路は間違っていないと言うことだ。
彼女はそれを拾い上げてポケットに入れながら、再び空へ舞い上がった。りぃん…と澄んだ音がポケットで鳴り響いた。
その音を聞いて、フランドールはふと、美鈴が初めて地下室にやって来た日のことを思い出した。



「お姉様でも魔理沙でも霊夢でも咲夜でもないね…誰?」
「はい。門番長の紅美鈴と申します、フランドール様」
「ふーん…で、何か用なの?」
「はい、お嬢様に妹の退屈しのぎの相手をしてあげなさいと言われまして」
(黒焦げになったのに、壊れもせずに次の日にはまた来てくれたっけ。ミイラみたいに包帯だらけで、とってもおかしかった)

あれは梅雨のころ、長雨で魔理沙達があまり遊びに来てくれなくてすっかり腐っていた時のことだった。
そして、その日以来美鈴は、まるで彼女が退屈になる時を知っているかのようにタイミングよく、ちょくちょく遊びに来てくれるようになった。



「いっちじっくにんじん、さっんしょにしいたけ、ごぼう、むっかご…あっ」
「残念、外しちゃいましたね。もう一度やってみます?」
絹張りのきれいな鞠で鞠つきを教わった時には、とても単純な遊びなのに遅くまで夢中になった。
後で彼女が咲夜から聞いた所によると、それは美鈴がずっと昔に自分で絹の端切れを縫い合わせて作ったものらしかった。
(結局壊しちゃったんだっけ。すごく悲しそうに、なのに静かに笑ってた)

「聞いたことのない歌だね。不思議な響き」
「私のふるさとの歌ですから」
嫌な夢を見た明け方、来て欲しくても言い出せなかった姉の代わりに、枕元でそっと彼女の髪を撫でてくれていたこともあった。
使用人相手にちょっとみっともない気はしたが、それでもやっぱり美鈴の手は暖かかった。
(お姉様はいつも気遣ってくれているけど、自分で来てはくれないもの)

「きゃはははは、待て待てー!」
「ご、ご勘弁をフランドール様弾が、かごめが、後ろの正面にも弾幕ぅううう!」
「美鈴、あと5分堪えなさい!」
「そんな5分って無茶です咲夜さんうきゃぁあああー!」
彼女が暴れ出した時に先陣を切って相手をするのはいつだって美鈴か咲夜、あるいはその両方だった。
パチュリーの、時にはレミリアの準備が整うまで自分達の身体を張っていた。
(情けない顔がものすごくよく似合うんだよね…うふふ)

「…おっきいよね」
「え?何がです?」
「胸」
「へ?」
「あなたの胸のことじゃないの?」
「そ、そんなに大きいですかね…え、フランドール様、ちょっと待ってそんな、あ、そんな乱暴にいじったら痛って咲夜さんなんでナイフ構えてるんですか?!」
「わあ、ふかふかだー」
「…私は悪くない…悪いのは全部あなたよ、この中国が」
「うわ、目が紅いー?!」
愛しい姉以外で彼女を抱きしめてくれるのは美鈴と咲夜くらいだった。それだけの度胸と実力を兼ね備えた者自体、そうはいないのだから。
美鈴の大きな胸はとても気持ちがよくて、安らかになれた。それに、彼女にないものへの好奇心や憧れもあった。
まあ、それを言うなら彼女が地下室を出てから見て来たもの全てがそうなのだが。
(でも、なんで甘えた後はいつも美鈴の額にナイフが生えるんだろ?)



本当に色々なことがあった。でも、その中でも一番はっきりと覚えているのは、あの時の頬の痛み。



「ねえ美鈴…やっぱり私はこれからも外に出してもらえないのかな?お姉様のお荷物だし」
「?!…っ…!」
フランドールが何気なく、そう、何気なくだ…口にした瞬間、ぱぁんと高い音が鳴り響いた。何が起こったのか判らず、彼女はただ打たれた頬を押さえて呆然としていた。
美鈴は何故かぽろぽろと涙をこぼしながら、真っ赤な顔をしてまくし立てた。
「レミリア様はフランドール様を心から大事になさってます!絶対です!…お荷物だなんてそんな悲しいこと、どうか仰らないでください…」
そして、これもまた何故なのか、脅えたような、罪悪感に蝕まれたような表情で美鈴は彼女をきゅっと抱き締めた。
無礼に怒ることさえ忘れて目を瞬かせながら、彼女はただただされるがままに、胸に生まれた得体の知れない温かみに戸惑い続けていた。
耳のそばでは、「ごめんなさい」と何度も繰り返す小さな声が聞こえていた。…そう言えば、美鈴の目にはいつだってどこか翳りがあったものだ。
破壊を司るフランドールの目は、そのつもりなら、どんなに隠そうとしても隠れ蓑そのものを破壊して貫き通すことが出来た。
しかし、その翳りが何であるかを完全に理解するには、他人の観察経験が少な過ぎた。別に気にならなかったので放っておいたが…美鈴を連れ帰ったら今度聞いてみようかな、と彼女は思った。
とても一生懸命に彼女を止めようとしていた美鈴のことを思うと、今までより興味が湧いて来ていた。



…そこまで考えたところで、フランドールはふと羽を止めた。危うく飛び過ぎてしまうところだ。
「ん。地図の縮尺からすると、たぶんこの辺りだよね…うーんと?」
地図を取り出し、顔をくっつけんばかりに近づけてにらめっこし、目印を何度も確認する。
魔精の湖を右手に、日時計の丘…たぶんあの盛り上がりだろう…を左手斜めに見て、真正面に静寂の花園…目立つほど大きな花園は一つだった…方角はこれで間違っていないはずだ。
この近くに森の開けた広場があり、そのすぐ傍に美鈴がいるはずだ。
「うーん…広場…?」
降りて行ってみると、そこは凄まじい有様だった。その辺り一体が、嵐でも暴れ狂ったようになっていたからだ。
木が何本も切断されたり粉砕されて倒れ、草は抉られて無残に地肌を露出させ、黒い焦げ痕と炭が無数に残っていた。広場の跡はもはや影も形もない。
しかし、裏を返せばこの辺りで戦いが行われたわけで、この辺りに美鈴がいるのは間違いのないところだった。
他の妖怪の争いの結果かも知れない?いや、それはあるまい。妖の小競り合い程度は確かに頻繁に起こるそうだが、そもそも弾幕ごっこが主流だ。
そうでないにしても、ここまで凶暴な暴れ方をする妖などそうそういるものではない。その威力においては尚更だ。八割方は間違いないだろう。
「いた、あれだ!」
そしてその通り、フランドールの視界の端に大きな氷の塊が止まった。それは強い魔力を漂わせ、内部には紛れもない紅い人影を閉じ込めていた。
彼女はそれに駆け寄り、しげしげと観察した。美鈴は目をかっと見開き、恐ろしい表情で封じ込められていた。
その全身には恐ろしいほどの力が漲っているのが判った。封じられているとは言え氷。ずっと月の光は差し込み続けていたのだから、力のチャージは万全なのかも知れない。
フランドールは氷にそっと指をあて、しばらく何かを反芻するように目を閉じて、やがて頷いて呟いた。彼女の額で、月下の雪明りのような光がちらりと瞬いた。
「開け」
ちりん…と澄んだ音が響き渡った。



氷がまるで噴火のように弾け飛び、とっさに張った防壁を雨のように叩き付けた。赤髪の猛獣が暴風のように飛び出し、空に駆け上がって大地をも揺るがすような歓喜の雄叫びを上げた。
「…美鈴…!」
その様子には、もはや正気の欠片も見当たらなかった。そして、消耗していた力はすっかり元に戻り、それどころか刻一刻と増大しつつあるのが判る。
「…あら、フランドール様…」
声に気付いて、美鈴はゆっくりと眼下の少女へと向き直り、笑いかけた。
「…気持ちいいですよぉ、壊すの。まだまだ足りないです」

その声も、笑顔も、普段の美鈴のものだった。だからこそ、余計にそれは無惨であった。
「ですから…」
「禁弾『スターボウブレイク』っ!」
背筋に冷たいものが走り、反射的にフランドールはスペルカードを投げつけていた。と、身体中にずしんと重い衝撃が走った。まるで、力が吸い取られて行くようだった。
「…そうか…!」
彼女は愕然と首のアミュレットに思い至った。
力が押さえつけられている分、スペルカードの行使による消耗が激しいのだ。紅月の影響を差し引いても、普段の彼女と変わらないかそれ以下であろう。
しかし、兎にも角にもスペルカードは暴威を持って発動した。投げられたスペルカードは光の粉に解け、それらは無数の虹光の弾へと変わり、滝のように美鈴へと降り注いだ。普通の相手ならひとたまりもないはずの弾幕だったが…。
「壊れちゃってください」
こともなげにフランドールの目の前に立ち、美鈴は無造作に左の貫手を彼女の胸目掛けて突き出した。
カードが弾幕に変わるよりなお早く、その位置を飛び抜けていたのだ。
「っ!」
無造作なのに、それは恐ろしく鋭く、正確無比な一撃だった。しかし吸血鬼の反射能力は、考えるよりも早く右手を動かしてそれを弾いていた。
その直後、全力で背後へと飛び退る。ほぼ同時に、フランドールのいた空間を美鈴の右の拳が貫く。
左手を払われた勢いをそのまま半身を右へねじる勢いへと変え、その拳は猛威のあまりに衝撃波さえ伴っていた。
「うぐっ…!」
回避しきれずに衝撃波に全身を打たれ、フランドールは呻いた。どうにか牽制の弾幕を大量に放ち、美鈴の追撃だけは阻んだが。
「ふふ…今のを反射だけでかわすなんて凄いですね。なら、これはどうでしょうか?…幻符『華想夢葛』」
くすりと笑いながら…無邪気のみが持ち得る嫌味さをフランドールは初めて自分で味わった…美鈴は胸元から呪符を取り出した。
符は光を放ち、ぱっと弾けて七つの弾になった。そして、その一つ一つがまたぱっと弾け、同じ色の弾を七つ生み出す。
七が七倍になり、更に七倍になり、七色の無数の弾幕が蔦のように絡み合ってあたりを覆い、弾ける光はフランドールの視界を奪って行く。それどころか、ちかちかと繰り返されるパターンのない明滅は時間につれて思考までもかき乱した。
「うふ、うふふふふふふ…」
美鈴の声が八方全てから聞こえて来た。この弾幕の向こうで、周囲を旋回しながら獲物を伺っているのだろうか。
どこから攻撃が来るのか、全く予想がつかない。知覚出来ない攻撃は、反応することすらかなわない…。
「はっ?!」
本能的にフランドールは右に身を捻った。同時に鋭い痛みが左腕に走る。心臓があったはずの位置を抜け、左腕を半分、骨ごとえぐって貫手が突き抜けて行ったのだ。対応しようとそちらを向けば、美鈴の姿は既になく、また笑い声が全方位から聞こえ始めていた。
名前どおり鈴の鳴るような美しい声は、この際は余計に背筋を冷たくさせた。
「うー…」
フランドールは千切れかかった左腕を右手で押さえつつ、落ち着きなく周囲に気を配っていた。
腕の傷は大したことはない。どうせ、一分とかからずに再生するだろう。しかし、この状況を何とかしなくてはいずれ致命傷だ。
障壁で防ごうにも、攻撃の方向が判らないので全方位に全力で張らねばならず、それでは早く息切れしてしまう。
攻撃の気配に集中し続けようにも、光の明滅が邪魔なことこの上なかった。
「くっ!」
考える間にも次の攻撃が襲う。攻撃しては離れ、離れては消え。
リズムを変えながら攻撃のペースを段々と速めて行き、方位を常に変え続け、虚実を巧みに織り交ぜて、美鈴の拳や突き、蹴りや気弾が確実にフランドールの身体に傷を増やして行った。
ちまちまと続けられる一刺しに、やがて少女の頭の中で何かが盛大に切れた。
「こっ…のぉ…………いい加減にしろぉおーっ!」
気合一閃、魔力全開。レーヴァティンを振りかざし、フランドールは手当たり次第に、近づきがたいほど盛大に弾幕を切り払った。
その瞳は爛々と紅く輝き、口元からは牙が覗いていた。その時、少女の心は確かに高揚していたのだった。
やがて、弾幕が全て切り払われた後には…何も残っていなかった。美鈴の姿も、だ。しかし、フランドールは臨戦態勢を解かなかった。
「…違う…まだ」
何かが違う、と彼女は感じていた。…そうだ、手応えがなかったのだ。美鈴をもし仕留めてしまっていたならそれと判ったはずだ。
そして次の瞬間、感覚の正しさを彼女は自らの胸の痛みで思い知った。背後から伸びた腕が心臓をかすめて左胸を貫いていたのだ。
「があっ…!」
苦鳴を上げる暇もあらばこそ、貫いた腕がそのままぐっと引っ張り込まれて、引き寄せられた頭部に密着距離での掌打が打ち込まれ、腰に膝蹴りが叩き込まれて身体が浮き、その勢いのまま後ろに回転させられて、後頭部から地面に向かって投げ付けられた。二連続で脳に凄絶な衝撃が走り、意識が飛ばされそうになる。
無我夢中で、フランドールはスペルカードをかざした。同時に、雷霆の下ったような上空からの追い討ちが、小さな身体を地面ごと打ち砕いた。砕けた体は光に変わって弾け…美鈴がはっと頭上を振り仰いだ。三人のフランドールがその視線の先で一斉に杖を振り上げ、全力をこめて打ち下ろす。

そう、砕けたのはフォーオブアカインドの身代わりだった。
「これでも…食らえっ!」
無数の魔弾が眼下の地面めがけて降り注いだ。荒い息と脱力感、そして頭痛をこらえながら、夢の中のようにぼんやりとした意識の中で、フランドールはただひたすらに弾幕を撃ち込み続けた。
やがて、脱力感がピークに達し、スペルが限界に達して分身達が消えて行く。全身で息をしながら、彼女は眼下を確認した。
そこにはもはや地形は跡形もなく、穿たれた大穴の中に黒焦げの固まりがひとつ横たわっていた。構えを解き、少女はしばらく呆然とそれを見つめていた。
しかし、炭の固まりはぴくりとも動かない。どれだけ待っても、再生は始まらなかった。生命の動きはどこにも見当たらなかった。小さくフランドールの手が震え出す。
初めに彼女は何をするつもりだったのか?美鈴を連れ戻すつもりだったのだ。なのに、壊してしまったのか?
…一体どうしてこんなに恐ろしいのだろう。たくさん壊したけれど、いつだって楽しいだけだったではないか。今も楽しいのは確かだが、同時に恐ろしくてたまらない。
姉の期待に応えられなかったから?いや、そうではない。とうとう、彼女も理解していた。
「嘘…美鈴…美鈴っ!起きてよ、ねえ、目を開けてよっ!」
空を駆け下り、横たわる美鈴の変わり果てた身体に手をかけ、彼女は必死で揺さぶった。ぽろぽろと炭が崩れて行くのにも気付かずに。
それを打ち砕いて踏み躙り、勝利の笑い声を響かせたい…心の奥底から囁く紅い声があったが、それを跡形もなく掻き消すほどに恐怖と悲嘆は強かった。
いつも傍にいてくれた優しい美鈴。大事な紅魔館の家族。もう彼女の笑顔は見られないと言うのか?
それも、自分自身の手で壊してしまったがために?
姉や咲夜に合わせる顔だってない。また地下室から出してもらえなくなってしまうだろう。
「やだ、やだ、やだ、やだぁあああ!もう一人には戻りたくないの!お願いだから、美鈴…おきてぇ…」
その瞬間、必死に願う少女の祈りが天に通じたか、うつ伏せられていた美鈴の身体が動いて仰向けになった。



…その前半身には損傷はひとつもなく、顔は芽生えた微かな希望の裏をかいた邪悪で無邪気な悪戯の喜びに満ちていた。
「!!」
硬直したフランドールの無防備な顔の前に、ことさらゆっくりと呪符が突き付けられた…。
自分で書いておいて何ですが、賢し過ぎちゃったかなあ…美鈴。あと、フランドールが当初の予定より人間っぽくなり過ぎているような気もしないでもない…orz

ところで、「私は悪くない~この中国が」の台詞を思いついたの、確実に「熱いぜ熱いぜ、熱くて死ぬぜ」の影響のせいな気がしないでもありません。



ついでですが、今日もQEDで墜ちました。愛はまだまだ届きそうにないです_(。。_)
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