1の続き
パチュリーが昔の、レミリアとの綺麗な思い出を夢に見るが
途中からその夢は、悪夢に変わり、うなされて目を覚ます。そんなところから
「レミィ!」
そう叫んで、パチュリーは起き上がり、目を覚ました。
「おっと、お目覚めか?パチュリー」
パチュリーが起き上がったと同時に目の前から声がした。
見るとそこには見知った魔法使い、霧雨魔理沙が向かいの席に座り、頬杖をついて
私を見ていた。
「おはよう、パチュリー」
にこっ、と笑いパチュリーにウィンクをする。
夢をみて混乱しているのか、今の自分の状況がよくわからない。
パチュリーは現状を把握しようと、一度目を閉じゆっくりと深呼吸をする。
そしてゆっくりと目を開け、状況を確認する。
自分の目の前には一応、頬杖をついている魔理沙が見えるものの、それを隠そうとするか
のように、テーブルには本が積まれていた。
周りに目をやると、たくさんの本棚が見える。そして、そんな本棚に囲まれた場所に設け
られてある椅子に自分は座っていて、テーブルに突っ伏して寝ていたようだった。テーブル
にはまだ触ると自分の体温が少し残っている。
「図書館・・・そうか、私はここで・・・」
自分が寝る前の、昨日のことが、ゆっくりと頭の中でよみがえってきた。
ここは紅魔館にある、ヴワル魔法図書館。
昨日は、朝からずっとパチュリーと魔理沙は、二人で魔法の研究を一緒に行っていた。
夜はレミリアが遊びに来て三人の時間もあったのだが、「明日早いから」とレミリアは
途中で退場し、そしてまた二人きりになって、黙々と作業をしているうちにパチュリーは
疲れて寝てしまったのだった。
「おい、パチュリー、大丈夫か?」
「・・・・」
そうして、状況把握をしているパチュリーの顔を覗き込む魔理沙だが、その答えに
「大丈夫よ」、と答えるように、片手で自分の顔を覆い、もうひとつのあいている手で
魔理沙に手をあげ返事をした。
パチュリーは顔を覆い、片手で魔理沙の返事に答えながら、さっきまで見ていた夢を
思い出す。
(懐かしい・・・私とレミィの大切な時間の・・・夢)
少し胸があたたかくなる。
しかし、その懐かしい夢の後に続いた悪夢を思い出し、パチュリーのあたたかくなって
いた胸は一瞬で凍りついた。
(私はレミリアにとっての一番の大好きよ?)
(違う!あなたはレミィの一番じゃない!)
心の中で、さっきまで見ていた夢の中の紅白・・・霊夢に激しく抗議する。
そのパチュリーの心を掻き乱す人物、博麗霊夢。
博麗神社に住んでいて、前にレミリアが、妖霧で幻想卿を包み込もうとした時
それを止めるため、紅魔館に殴りこみに来て、人間も妖怪も、誰もが恐れていた紅魔館
の主、レミリア・スカーレットを倒してしまった、常識はずれな人間の巫女だ。
その出来事があったあと、レミリアは霊夢に興味を持ったのか、頻繁に霊夢に会いに
行くようになった。しかも太陽が出ている時間に日傘までさして。
そこまでして神社に行き、霊夢に会うレミリアが、パチュリーはたまらなく嫌で
たまらなく悔しく、たまらなく悲しかった。
しかしパチュリーはレミリアに何も言わなかった。自分が霊夢に嫉妬をしていると
気づかれたくなかったから。自分に対するレミリアの気持ちを信じたいからだ。
「おーい、大丈夫か?今度はちょっと顔色が悪くなってるぞ」
「あ、ごめんなさい・・・」
はっと、我に返り、ちょっと心配そうにしている魔理沙に謝る。
霧雨魔理沙、霊夢の友達であり、同じくレミリアに戦いを挑んだ一人だ。
あの時、魔理沙はレミリアと戦わなかったものの、霊夢の支援に回って紅魔館の
メイド達を魔法でなぎ払っていた。そして、レミリアではなく、レミリアが人間で
唯一信頼しているメイド長、十六夜咲夜と戦い、そして勝った。
そんな魔理沙は、レミリアの妹であり、破壊力だけならレミリアよりも強いと言われている
フランドールまでも倒してしまう。今では時々そんなフランドールと遊んだりしている仲だった。
私はあの時・・・悔しいが、魔理沙ではなく・・・・霊夢に負けた・・・
魔理沙は霊夢と違って、その出来事から紅魔館によく来る様になり、「本を読みに来たぜ」
と、図書館にいる私のところへよく顔を出すようになった。時々図書館の本を勝手に
もっていってしまうのは許せなかったが、霊夢のところにレミリアが行っている間
私の所に顔を出してくれることを少し嬉しく感じた。
適当な話し相手がいれば、寂しい思いをしなくてすむから・・・
でもパチュリーは、そんな、魔理沙が来て嬉しいと思ってしまう自分が好きではない。
レミリアを裏切っているような気持ちになるからだ。
(それならレミィだって私を裏切っているじゃない)
心の中のもう一人の自分が訴えるが、それは違うと強く否定する。レミリアはただ、自分
を倒した霊夢の力に興味があるだけ。彼女の中身に興味があるはずがない。絶対にそうだ。
だけど私は魔理沙の力ではなく、魔理沙の中身に興味を持ってしまっているような気がする。
そんな自分が許せないのだ。
「パチュリー、本当に大丈夫か?」
「・・・大丈夫よ、本当にごめんなさい、魔理沙」
「いや、大丈夫ならいいんだ。それよりさっき、咲夜が朝食の支度ができたからって
呼びに来たぜ。いつまでもこうしているのもなんだし、食堂の方へ行かないか?」
問いかけにパチュリーは頷き、二人一緒に食堂へ向かった。
紅魔館は二つ食堂がある。
ひとつは部屋が広く、その広い部屋に長いテーブルが置かれていて、そのテーブルには
綺麗なテーブルクロスがかけられている。椅子はテーブルの大きさに見合わず少ない。
周りの内装は、レミリアに相応しいように紅く、そして優雅さを感じさせる。
一般的にここは、レミリアや特別な立場のもの、大事な客が招かれた時、招待する食堂だ。
あまり外からの客は来ないので、レミリアが使いたいと言わない限り、ほとんど使われない。
そしてもうひとつが、紅魔館のメイドたちが、休憩室のように使っている部屋である。
この部屋は、広さもあまりなく、大きすぎず小さすぎない丸いテーブルと椅子が、いくつ
か置いてあるだけで、あとは特に変わったところはない。
レミリアは広い食堂より、こちらの食堂をよく使う。理由はこちらの食堂の方が気を楽に
して食事をとることができるということと、丸いテーブルのため、コミュニケーションを
とったりするときは、こちらの方が話などをしやすいからである。
「おはよう、パチェ、魔理沙」
「おはようございます」
「おはよう、レミィ、咲夜」
「おはようだぜ」
食堂に二人が入ってくる姿を確認すると、レミリアと、その横に立っていたメイド長の
咲夜は二人に挨拶をした。入ってきた二人も挨拶を返す。
レミリアは二人を待ちきれなかったのか、もう食事をはじめていた。
「研究は結局どうだったの?」
「いや、だめだめだぜ。結局、私もパチュリーもお互い、いつの間にか眠ってた」
魔理沙は、やれやれといった感じで、レミリアが座っている正面の椅子に腰をかける。
「仕方がないわ。でも研究して何も得られなかったわけではないし、そう悲観的になる
こともないと思うわ」
パチュリーは魔理沙を励ましつつ、レミリアの隣の椅子に座り、三人は三角形のような
形を作りテーブルを囲んだ。
「パチュリー様も魔理沙も、研究はほどほどにしてくださいね。何かあったとき処理を
するのは私なんですから」
そんな咲夜の愚痴が聞こえたと思った、その瞬間、自分達の前に用意されてなかった
食事がテーブルの上に置かれていた。
「大丈夫だぜ。私とパチュリーの最強ペアなんだ、そんなに失敗はしないさ!」
「誰と誰が最強のペアよ・・・」
もしゃもしゃと食べながら言う魔理沙に、パチュリーは突っ込んだ。
「ふふふ。ほんと二人は仲がいいのね?」
レミリアがフォークで食事を刺しながら言う。
「おう!結構アツアツだぜ?」
そう言って魔理沙は、「な?」と目をパチュリーに向ける。
「ふざけたこと言わないで、魔理沙」
パチュリーはさっきより強く否定して、食事をゆっくりと口に入れた。
その答えにレミリアは微笑をし、魔理沙はうな垂れた。
食事を進めていくうちに、レミリアは次の話題をふってきた。
「そうだ、パチェ、魔理沙。食事が終わったら霊夢に会いに神社へ行く予定なのだけれど
一緒にどうかしら?」
レミリアが聞くと、パチュリーは、びくっと体を震わせ、食事が止めた。
パチュリーは「霊夢」という言葉を聞いて、忘れようとしていた夢を思い出してしまった。
「うーん、どうするかなー・・・」
パチュリーの方を見ながら魔理沙が考えながら言う。
「レミィ・・・今日は神社へは行かない方がいいわ」
行くか?行かないか?答えを待っていたレミリアに、パチュリーは行かない方がいいと答えた。
「あら、どうしてかしら?」
「今日はきっと雨が降るからよ。行きは降らなくても、帰ろうと思った頃にはきっと
降ってしまうから帰れなくなるわ」
そう言って、レミリアに顔を向ける。
食堂は窓がなく、今天気の状態が確認できないので、横に立って控えている咲夜に
「天気はどうなの?」と尋ねると、「確かに天気はよくありません」という答えが
返ってきた。そしてレミリアは考えているのか目を瞑る。
(レミィ、何を考えているの?雨が降るし、帰ってこれないかもしれないのよ?
行かなくていいじゃない!)
パチュリーは考えているレミリアに、心の中で叫んだ。
やっぱり声を出して止められない。止めて嫉妬をしている自分を気づかれるのも嫌だし
私がレミィを信じてないと思われるのも嫌だからだ。
(お願い・・・行かないで・・・)
「・・・きっと大丈夫よ。神社に行くわ」
横で自分を見つめているパチュリーに、レミリアは笑顔で答えた。
その答えにパチュリーは頭の中が真っ白になった。
「なんで!雨が降るのよ?本当に降るのよ?」
「大丈夫よ、なんとかなるわ、きっと」
懸命にレミリアを引きとめようとしているパチュリーに対し、レミリアは咲夜に淹れて
もらった紅茶をゆっくりと口に含む。
そうして落ち着いて紅茶を飲むレミリアを見て、パチュリーは悲しみと怒りを覚えた。
(雨が降るのに何が大丈夫なの?霊夢がいるから?いざとなったら神社に泊まれるから?)
心の中でレミリアの答えを理解しようとするが理解できない。
(私がレミリアにとっての一番大好きよ)
もう夢を見ているわけではないのに、あの聞きたくない霊夢の声が心の中に響く。
(うるさい、黙って、お願いだから出て来ないで!)
「それで、どうする?さっきの質問に戻るけれど、二人も一緒に来ないかしら?」
パチュリーが葛藤しているところに、また改めてレミリアの誘いが来た。
(・・・うるさい、うるさい・・・うるさいわよ!)
「私は行かないわ!試したい研究があるから」
パチュリーはいらいらした、ぶつけ様のない感情を殺し、食事を残して席を立った。
「そう・・・残念ね・・・」
本当に残念そうな顔をして、レミリアは、立ち上がったパチュリーに顔を向けた。
パチュリーはレミリアに「じゃあ」と、一言残し食堂から出て行った。
「というわけみたいだから、私もパチュリーと一緒に研究するから神社には行けないぜ」
残りの食事を無理に口の中に詰め込み、魔理沙は「ごちそうさま」を言って、パチュリー
を追いかけていった。
食堂から戻った後、研究などは行わず、パチュリーは図書館で本を、読まずにただ眺めていた。
レミリアは今頃、神社に着いた頃だろうか?今頃霊夢と仲良く話をしているのだろうか?
そう考えると本なんか読んでいられなかった。
(レミィ・・・もう私じゃなくて霊夢にしか興味がないの?レミィ・・・)
「おい、パチュリー」
自分をどんどん追い詰めていくパチュリーに、神社には行かず、パチュリーについてきて
隣で違う本を読んでいる魔理沙が声をかけてきた。
「お前、さっきからずっと同じページしか見てないぜ?」
「・・・・そう。ごめんなさい」
「いや、謝られても困るんだけどな」
パチュリーは目を本にやったまま魔理沙に謝り、また魔理沙も困って、読んでいた本を
読み始める・・・かと思ったが、そのままパチュリーが考えてもいなかった言葉が
魔理沙の口から出た。
「なあ・・その、なんだ。ずっと図書館っていうのもなんだし・・・パチュリーさっきから
なんかちょっと暗いしな・・・気分を変えるため、私の家に来ないか?」
「え?」
「いや、なんだ。お前私の家に来たことなかっただろう?だからどうかなと思ったんだ。
少し、部屋は汚れているけどな」
「でも・・・」
魔理沙に家に来ないかと言われ、パチュリーは戸惑った。
ここで自分が魔理沙の家に行けば、レミリアはどう思うのだろうか?
もしかしたら、嫉妬して私に振り向いてくれるかもしれない。霊夢のことを考えず
私を見てくれるかもしれない。
しかし、それは自分がレミリアを今まで信じてきた気持ちを否定して、捨てることに
なるのではないだろうか?
(いいじゃない、行けば。今頃レミィは霊夢と仲良くやっているのよ?いつまでもそんな
レミィに縛られていいの?魔理沙は私のことを心配して家に来ないかと言ってくれてるのよ)
心の中のもう一人の自分が、行けとささやく。そして私は・・・・
「いいわよ」
そう言ったのだ。
「そうか!決まりだな。じゃあ、早速行こうぜ!」
魔理沙はパチュリーの手を握って立ち上がった。そして心の中で、ここにはいない
レミリアに魔理沙は言った。
(レミリア・・・お前がパチュリーを悲しませるから悪いんだぜ)
博麗神社。ここはから見える周りの土地には、誰も住んでいる気配は無く、いつも静かで
参拝に来る者などほとんどいない、がらんとした神社。
そんな神社にも一応巫女がいて、レミリアは予定通り、その神社の巫女、博麗霊夢に会い
に来ていた。
「あんた、いつもいつも、よく飽きずにくるわね」
「あら、いいじゃない?迷惑なのかしら?」
二人は神社の中の一室、6畳くらいの畳部屋に座り、お茶をすすりながらそんな話をしていた。
「別に迷惑じゃないわよ。いつも差し入れもらってるし。それで結構、食事面は助かってるし。
暇つぶしの話し相手がいるのも悪くないしね」
ずずっと、音を立てながら霊夢はお茶を飲んで言う。
「あなたは私を倒した人間だもの。餓死なんかして、かっこ悪い終わり方をされたら困るのよ」
笑いかけて、お皿に置いてある饅頭を手に取り、大きく口を開け、饅頭を口に入れた。
「そんな言い方されたら、なんかちょっと自分が惨めになってきたわ・・・
そういえば、魔理沙が最近そっちによく顔をだしているみたいね」
「えぇ、よく図書館に来て、パチュリーと一緒に魔法の研究をしているみたいよ」
「・・・あんた、気にならないの?パチュリーと魔理沙が二人きりになっていて・・・
レミリアとパチュリーはその・・・レミリアの話を聞いた感じ、友達みたいのを越えてる
仲なんでしょう?とられちゃうとか、思わないわけ?」
「あら、あなたの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったわ」
少し心配している口振りの霊夢に、レミリアは微笑んだ。
「大丈夫よ、私とパチェはそんな簡単に崩れる仲じゃないもの。それに今日は・・・あら?」
話を途中で止め、レミリアは何かに気づいたのか、外の方へ目をやる。
霊夢もそれで気づいたのか、立ち上がって窓を開けると、外は雨がぱらぱらと降っていた。
「パチェの言うとおり、本当に降り始めちゃったわね・・・」
「これ・・・きっと今日はたぶんやまないわよ」
雨が降れば咲夜が迎えに来ても、吸血鬼であるレミリアは外には出られないので帰れない。
レミリアが静かに、霊夢が開けた窓の外の雨を見ていると、窓を開けたまま、外を見ていた。
霊夢が窓の淵に手を置き、レミリアと同じ、外の雨を見ながらこう言った。
「帰れないなら仕方がないわよね・・・今日・・泊まっていきなさいよ」
そんな霊夢とレミリアの会話の時間から少しさかのぼった時間。
魔理沙は、自分の乗る箒の、後ろの空いたスペースにパチュリーを乗せ、自分の家に向
かって飛んでいた。
少し空気が冷たかったので、魔理沙が気を遣い「大丈夫か?」、と声をかけると
後ろで魔理沙の服を掴んでいたパチュリーは頷いて答えた。
「あと少しで着くぜ、もうちょっとだけスピード出すからな、私の腰を掴んでくれ」
パチュリーは魔理沙の指示通り、飛ばされないように服ではなく、魔理沙の腰の辺りに
腕を回した。魔理沙はそれを確認してスピードを上げた。
そうして二人は、魔法の森に建っている霧雨邸についた。
ここも神社と環境が少し似ていたが、神社とは違って薄気味悪い静かさだった。
そんなところに魔理沙は住んでいる。パチュリーは魔理沙から話には聞いてはいたが
こうして魔理沙の家を見たのは初めてだった。
「さ、入ってくれ。少し散らかってるけど、そこは見逃してくれ」
そう言いながら、魔理沙がパチュリーを誘導するように家のドアを開け、一歩家に入る。
「マリサオカエリー」
「おわ!」
片言な言葉と共に、小さい人形が家の中から、入ってきた魔理沙の顔に飛びついてきた。
「な・・・上海人形!?」
驚いている魔理沙に人形は笑った。そして家の奥からもうひとつ人形とは違った、元気な
声が近づいてきた。
「こらー、上海人形!なんであなたが先に魔理沙に会いに行くのよー!」
そう言いながら、パタパタと走ってきた人物は、魔理沙と同じ、魔法の森に家を持っている
アリス・マーガロイドだった。
パチュリーは、アリスとはあまり面識は無いが、魔理沙からアリスの話はよく聞いて
それなりのことは知っていた。前は犬猿の仲だったらしく、パチュリーに愚痴を言うこと
がよくあった。しかし最近はアリスの愚痴を聞いていなかった気がする。
アリスは服の上に、エプロンをつけていた。
ちょっと地味で長いエプロン、その真ん中あたりには広いポケットがひとつあり、そこに
魔理沙とよく似た人形と、アリスとよく似た人形がちょこんと仲良く入っている。
「魔理沙、おかえりなさい。天気が悪いから心配したのよ」
ニコニコしながら近づいてきたアリスだったが、魔理沙の後ろに立っていたパチュリーを
確認すると顔から笑顔が消えた。
「パチュリー・・・なんでここに?」
「私が呼んだんだ・・・アリス、悪いけど今日はもう帰ってくれないか?」
「え・・・」
アリスは真顔で魔理沙にそう言われると固まった。
上海人形はそんなアリスと魔理沙を見て、おろおろとしていた。
「魔理沙、別にいいじゃない。アリスがいても」
「いや、だめだ。私はパチュリーと二人で過ごしたいんだ」
魔理沙のその言葉を聞いた瞬間、アリスは顔を俯かせ震えた。そして次の瞬間
「魔理沙のばか!二人きりになりたいなら勝手になればいいじゃない!」
エプロンのポケットに入っていた、魔理沙人形とアリス人形を両手にとり、それを
魔理沙に向かって投げ、家を飛び出して行った。人形は魔理沙に当たって床に落ちる。
上海人形はパチュリーを一瞬睨んで、すぐにアリスを追いかけて飛んで行ってしまった。
「魔理沙!追いかけなくていいの?」
「いいんだ。私が望んだことだしな。それに、あいつは私と仲良くなったからといって最近
勝手に上がりこんでるんだ。今回のことは良い薬になるだろう・・・」
魔理沙は床に転がった二つの人形を拾い上げて言った。
そんな魔理沙がパチュリーには悲しそうに見えた。
「おっと、すまなかったな。変な茶番につき合わせて。パチュリーは本当に何も気にしな
いでいいんだぜ。さぁ、入ってくれ」
パチュリーは、駆け出して出て行った、アリスを気にするものの、魔理沙に手を引かれ家
の中に入っていった。
魔理沙の家は、大きくなく小さくもなかった。そんな家の中には、研究室のような部屋が
あったり、くつろいだり食事をしたりする部屋など、ほぼ一般的な人間の住む家そのものだった。
紅魔館とは違って、だだっ広くなく、その雰囲気が紅魔館と違って新鮮だった。
部屋の中は、魔理沙が汚れていると言っていたわりに、綺麗に片付けられていた。
魔理沙は最初、その片付けられた部屋を見て驚いていたが、何事もなかったかのように
パチュリーをソファーに座らせ、「紅茶でも淹れてくる」と、立ち上がり台所の方へ行って
しまった。
パチュリーは、待っている間、さっきのエプロン姿のアリスを思い出す。
魔理沙の驚いていた姿を見ると、魔理沙が言っていた通り、部屋は汚れていたのだ。
だとすれば、そんな汚れている部屋を、アリスが魔理沙の帰りを楽しみにしながら、掃除
をしていたに違いない。魔理沙が帰ってきて嬉しいはずが、私がいたせいで喧嘩になり飛
び出して行ってしまった。パチュリーは胸が痛かった。
「おまたせだぜ」
考え込んでいたパチュリーに、魔理沙は両手に紅茶の入ったカップを持って、その片方を
パチュリーに差し出した。
「ありがとう」
お礼を言って、紅茶を一口飲む。魔理沙の淹れた紅茶は、咲夜の淹れる紅茶のように味わい
深い紅茶ではなかったが、咲夜と違って『想い』のようなものが紅茶から感じ取れた。
そうして紅茶を飲みながら、二人は昨日の研究の話や、これまでの研究した思い出話をした。
パチュリーはアリスが話題にでてこないように勤め、魔理沙はレミリアが話題に出て
こないように勤めた。
研究のことなどが話し終わった後は、魔理沙の家にある本を、二人で話しながら読んでいた。
そうしていると、外から雨音が聞こえ出す。
「雨・・・」
パチュリーは窓の外でぽつぽつと降り始めた、まだ弱い雨を見て呟いた。
「魔理沙、私帰るわ。本降りになれば帰りづらくなるし」
「お、おい!パチュリー。雨が降ってきてるんだぜ?」
「だから帰るのよ。今ならそこまでひどくは濡れないと思うの。魔理沙、何か適当な傘か
カッパみたいなものはないかしら?」
パチュリーは立ち上がり玄関の方へ足を運ぶ。すると後ろから突然魔理沙に抱きつかれた。
「ま、魔理沙!?」
「もう夕方だし雨も降ってるんだ・・・泊まっていかないか?」
「え・・・」
雨の音が心なしか、先ほどより大きく聞こえる。部屋も静かで、二人の胸の音も聞こえて
くるのでは?と思える静かさだった。
「レミリアはきっとまだ神社だし・・雨が降っていて帰れない。今日は神社に泊まるはずだぜ」
「・・・・」
「パチュリー、私じゃだめか?私はお前が好きで、お前はレミリアが好きなのは知っている。
だけどレミリアは霊夢のところに通い詰めで、パチュリーを傷つけてばかりじゃないか!
今だって、あいつは神社にいる!私は、レミリアみたいに絶対パチュリーを傷つけない・・・私じゃだめか?」
言い終わると、後ろからパチュリーを抱いていた魔理沙は、パチュリーの肩を掴んで
自分の向いている方へ回転させた。そして見つめあい、魔理沙の瞳がパチュリーに
近づいていく。
パチュリーは、真剣な魔理沙の瞳に吸い込まれているかのようで動けなかった。
(魔理沙は私のことを、こんなにも思ってくれている・・・)
そう考えているうちに、少しづつ魔理沙の瞳が近づいてくる。
(このまま・・・魔理沙と一緒にいたほうが私、楽だし幸せかもしれない)
パチュリーは目を瞑る。
(らく・・楽?楽だと幸せなの?・・・違う!・・私は・・・)
心の中で自問自答し叫ぶ。その瞬間レミリアとの思い出が頭の中を駆け回った。
楽しかったこと、好きだったこと、喧嘩したこと、辛かったこと、そして・・・
夢のこと・・・あれは・・・私の・・・・弱気が生んだもの!
「魔理沙!」
強く叫んで、もう本当に、顔がくっ付きそうなところで、パチュリーは魔理沙の肩を掴み
力強く引き離した。
「パチュリー?」
「ごめんなさい・・魔理沙。私はやっぱりレミィじゃないと・・・無理みたい」
「・・・なんで・・・どうしてもか?」
力強く引き離し、見たこともない、真っ直ぐな強い瞳で魔理沙を見るパチュリーに
少し驚きながら、魔理沙はパチュリーに聞いた。
「うん・・・魔理沙の言う通り辛いし苦しいけど・・・それに負けないくらい私は
レミィが好きだし・・・信じてるから」
「・・・そっか」
答えを聞き終わるとパチュリーの肩に置いていた自分の手を戻し、「あ~あ」と言いながら
帽子を少し深く被った。
「逃がした魚は大きいぜ?」
「そうかもしれないけど、逃がしたわけじゃないわよ?だって、私たち友達でしょう?」
帽子で顔を隠そうとしている魔理沙に、パチュリーは微笑んで言う。
「それに・・・私と一緒になっていたとしてもたぶん・・・私たち辛かっただけよ」
「なんだよ・・・それ」
顔を隠そうとしていた魔理沙は帽子をまたいつものポジションに戻し、パチュリーに向か
って、言った。
「魔理沙・・・アリスのこと好きでしょう?」
「な、なに言ってるんだ!?」
突然アリスが話に出てきて、とまどっている魔理沙にパチュリーは続ける。
「さっき、あなたを玄関まで迎えに来た、アリスのことを見たとき、一瞬だけど魔理沙が
嬉しそうな顔をしたような気がしたの。そして彼女が人形をあなたにぶつけて出て行った時
あなたは悲しそうだった。その気持ちが、さっき淹れてもらった紅茶にも入っていたわ」
「・・・・」
「そして私は・・・レミィのことが好き。魔理沙のことも好きだけど、きっとその好きと
は違う・・・特別な好きだから。だからお互いが違う好きを持っているのだもの。今は良くてもあとあと、辛いだけよ」
「・・・私はアリスじゃなくて、お前が一番なんだぜ?」
「ありがとう・・でも魔理沙はきっと、私の一番の大好きにはならないから・・・」
パチュリーが言い切った。魔理沙はそこでスッパリと諦めたのか、深く息を吐いた。
「パチュリーの気持ちわかったぜ。正直、振り向いてくれると思ったんだけどな。
仕方がないな・・・でもこれは仲の良い友達として忠告だぜ。今日は泊まっていけよ。
ただでさえ、体弱いんだし、雨に濡れるのは辛いだろう?それに、急いで帰ってもお前の
一番さんはきっと・・・帰ってないしな」
魔理沙は窓の外に目をやり、パチュリーに言った。
雨は先ほどより少し強くなっていた。帰ろうと思えば帰れるだろうが、帰ったところで
魔理沙の言う通り、レミリアはいないはずだ。帰っても本を読むくらいしかやることはな
いし、それなら、自分の体を濡らしてまで帰る必要はないと思った。
「・・・そうね。お言葉に甘えて泊めてもらおうかしら」
「ああ、そうするといいぜ。好きに部屋とかは使ってくれて構わないぜ。私達は・・・・親友だからな!」
「・・・・ありがとう、魔理沙」
二人はどこかスッキリしたような顔を見せ、どちらからともなく笑いあった。
一方、先ほどの神社の場面より時が進み、もう夜に近い夕方になっている博麗神社。
霊夢は入浴を済ませて、髪をタオルで、ぐしゃぐしゃと拭きながら、畳部屋で座って
何かを待っているレミリアに向かって言った。
「ねー、レミリア、そろそろ諦めたら?雨が止むのを待ってるんでしょ?
今日はもうずっとこの調子よ?泊まっても良いって言ってるでしょ・・・」
「大丈夫よ、霊夢。私は帰れる・・・そろそろ迎えがくるわ」
レミリアは笑った。
(迎えが来てもどうこうできないでしょ・・・)
霊夢がそう思っていると
「霊夢~、暇だから遊びに来たわよ~」
第三者の声が霊夢の後ろから聞こえてきた。
何事と思い、後ろを振り返ると、どこから沸いたのか、そこには八雲紫があくびをしな
がら立っていた。
まだ起きて間もないのか、目は少しうつろで、うるうるしている。
もう一回あくびが出るのか、手でそれを隠すように口を覆っている。
「待っていたわよ、八雲紫」
「あれ・・・吸血鬼、いたの?」
霊夢しか見えていなかったのか、ここではじめてレミリアの存在に気づき挨拶をする。
そんなことをレミリアは気にもせず、紫に話しかけた。
「ねぇ、お願いがあるのだけれど、あなたの力でこの神社の境界と紅魔館の境界を
繋いでくれないかしら?」
「・・・なんのために?」
「私が帰るためによ。人間を時々、幻想卿に紛れ込ませるくらいだもの。できるわよね」
「嫌よ・・・境界いじくると力使うから疲れるし・・起きたばっかりだし、やる気ないわ」
「紅魔館にある適当なお酒を何本か持っていって良いわよ」
「・・・やってみようかしら」
レミリアがお酒を渡すという形で商談が成立した。紫はぐっと、背伸びして少しシャキっとする。
「でも、境界繋いで、あなたが無事に紅魔館に帰れる保証なんてないわよ?ようはここから
あなたを神隠しさせるようなものだし」
力を使う前にレミリアに確認をする。
それを聞いて、黙って二人のやり取りを静観していた霊夢が、レミリアを止めようとする。
「レミリア、紫も結構危険だって言ってるし、やめときなさいよ。失敗したら洒落になら
ないわよ!?」
「大丈夫よ、私は無事に帰れる運命なんだから・・それに今日は帰らなくちゃいけないの」
霊夢にそういうと、紫に力を使ってという指示を出す。
紫は少しだるいと感じさせる雰囲気を出すが、目を瞑り集中すると、レミリアの目の前が
夏の空気のようにゆらゆらと揺れ始めた。
「じゃあ、帰るわね」
「ちょっと、本当に境界の揺らぎに飛び込むつもり?なんなのよ?その今日は帰らなくちゃいけない理由って?」
「今日はね、私とパチェの記念日なのよ」
その言葉を最後にレミリアは神社から姿を消した。
姿を消した後、なんなのよ?と拗ねた感じで言った霊夢を見て、紫は思った。
(私・・・お邪魔だったかしら?)と。
レミリアは気づいたときには、今日、朝使った紅魔館の食堂に立っていた。
「ほら。帰れる運命・・・っと、こうしてる暇はないわね」
紅魔館に帰ってきたレミリアは、時間が惜しいとばかりに駆け出した。
「パチェ、ただいま!」
そう言ってレミリアは扉を開けて明るい声で言う。
入ってきたレミリアはここに来る前にいろいろ寄ったのか、腕や手に袋がいっぱいか
かっていて、手がふさがっていたので、扉を足で開けた。
しかし図書館に入って最初に見たのは、パチュリーではなく小悪魔だった。
そんな、笑顔で色々なものを持っているレミリアを見て、小悪魔はとりあえず
会釈をした。
「あら、小悪魔・・・パチェはどこかしら?」
「えっと・・・魔理沙さんの所へ行くと言ったまま、まだ帰ってきていません」
「あら、魔理沙の所に行ったの?研究はどうしたのかしら・・まぁ、いいわ」
そう言って、一瞬考え込んだと思ったら、すぐ笑顔に戻り、手に持っていた荷物を
床に置いてから、袋から布巾を取って図書館のテーブルを拭き始めた。
小悪魔はその姿に驚いて、すかさず「自分が拭きます」と名乗り出るが、レミリアは
「いいのよ」と言って、そのままテーブルを拭いた。
そして、拭き終わったと思ったら、また袋をあさり、今度はテーブルクロスをテーブルに
かけはじめた。そしてその上にキャンドル立てを置き、それにキャンドルを刺し、その次は
グラスとワインを用意し始めた。
(なんでこんなに嬉しそうに・・・いつもならこういうのはメイドにやらせるのに)
そんな嬉しそうに作業するレミリアが、小悪魔はとても気になったので聞いてみることにした。
「あの・・・レミリア様?」
「何かしら?」
作業をしながら小悪魔に返事をする
「あの・・・なぜレミリア様がそのようなことを?ここで何をするのですか?もしここで
何かをするのであれば咲夜様やメイドを呼んでやらせればいいのでは・・・」
「そうね・・・確かにそうした方が早いわね・・・でもこの準備だけは譲れないのよ」
キャンドルに火をつけて、とりあえず簡単な準備は出来たのか、レミリアは椅子に座って
静かにゆらゆらと揺れるキャンドルの火を見る。
「いつもなら外でパチェと二人、お忍びでやっていたし、誰も知らないわよね」
そのまま火を見つめながら、くすっと笑いレミリアが続ける。
「教えてあげるわ。今日はね、普通の日だけど普通の日じゃない。私とパチュリーに
とっては『運命の日』なのよ」
「お二人様の運命の日・・・ですか?でもパチュリー様、今日は・・・もう・・・」
「大丈夫よ、パチェは帰ってくるわ。まだ今日という日は数時間も残っているし。
いつも十年に一回、お互い確認しないでも、こうして運命の日は夜、二人で会っていた
のだもの」
「えっと、なぜ一年に一回とかではないのですか?」
「だって、一年に一回なんてあっという間じゃない。かと言って、100年とかでは
間がありすぎだし、50年も結構長いと思って、適度に10年くらいって話になったのよ。
あと名前の発音文字数がお互い10文字ってこともあったから」
そんな楽しそうに話すレミリアを見て、小悪魔は、なんだかこちらまで嬉しくなり
そして不安になった。
今日のパチュリー様はぼんやりしていたし・・・大丈夫だろうか?
そんな不安をよそに、レミリアは「まだかしらね」と、待つのを楽しむかのように
グラスを取り、向かいに置いてあるグラスに乾杯をするように、ちんっと音を立てた。
朝には雨が止み、パチュリーは霧雨邸を後にした。
魔理沙と色々な話をして、寝たのが夜の本当に深夜だった。
そのためか少し体もだるく、あくびもでる。
そしてその話の中に、レミリアの話も出ていた。
(お前は少し、レミリアに遠慮しすぎだぜ?少しは我侭言ってみろよ)
魔理沙がそんなことを言っていたなと思い出す。パチュリーは我侭とまではいかない
が
帰ってレミリアに会ったら少し話し合おうとしていた。
(言葉にしなくちゃ、伝わらないこともあるわよね・・・)
そう思いながら紅魔館へと帰った。
帰ってきて、パチュリーは霧雨邸で図書館の本を何冊か回収したので、本を戻そうと
足を図書館の方へと運んだ。廊下を歩き図書館の扉が見えてきたと思ったら、図書館の
扉の前に着く前に扉が開いた。開いて・・・でてきたのはレミリアだった。
「・・・レミィ!帰ってたの?」
帰ってきていたことに驚きながらも、パチュリーは嬉しそうにレミリアに近づていった。
雨が降ると忠告したのに神社に行ったのは悲しかったが、雨が止んだ朝、すぐ神社から
帰ってきていたんだと思い、パチュリーは嬉しくなった。しかしそんな嬉しそうなパチュリー
とは対極的にレミリアは嬉しそうでもなく、悲しそうでもなく、何も感じさせない雰囲気
でパチュリーを見た。そして静かに喋りだす
「私を忘れるくらい・・・魔理沙のことが好きだったのね。知らなかったわ」
怒りとも悲しみともいえない、冷たい声で、近づいてくるパチュリーに言い放った。
「え?なんて・・・レミィを忘れるなんてあるはずないじゃない!」
「いい訳はいいわよ、そうならそうと早く言ってくれれば私は・・・一人浮かれて馬鹿
みたいじゃない。とんだピエロだわ」
戸惑うパチュリーを無視し、レミリアは羽根を広げ高速移動でその場から移動する。
「ま、まって!レミィ、お願い、まって!」
追いかけようと焦り、手に持っていた本を落とす。そして飛ぼうとしたが、少し疲れて
いるのか、眩暈を起こしてその場を動けなかった。
眩暈が治まり、前を見たときには当然、もうレミリアは目に映らなくなっていた。
パチュリーは考えた。私が魔理沙の家に泊まったことが原因なのか?
でも、それならレミィだって神社に泊まっているはずだ。それで私だけ非難されるのは納得
がいかない。いや、たぶん泊まったのが原因ではない、それなら私はいつも図書館で魔理沙
と二人きりになっているし、それについてレミィが何か言ってきたことはない。
だからそれくらいできっとレミィは嫉妬などしない。何より、レミィは私のことを
そんな泊まったくらいで疑うような人物ではない。私を強く信じてくれていると思って
いるし・・・・ならなんなのだ?
いろいろな思考をぐるぐるさせながら、パチュリーは本を拾い、一先ずレミリアを追いか
けるのを諦め、レミリアが開けた図書館にそのまま入った。
そしてひとつのテーブルを見てパチュリーは固まった。
そのテーブルには図書館には無い、テーブルクロスがかけられていて、蝋燭は溶けてしま
ったのか、蝋が溜まった蝋燭立てだけが残っている。そしてワインが一本と、グラスが二つテーブルの上にのっていた。
そんなテーブルの横で小悪魔が悲しそうにテーブルを見ていた。
そしてパチュリーに気づき、「パチュリー様・・・」と暗い声で挨拶をした。
「小悪魔・・・これは一体?」
そう聞いてきたパチュリーに、小悪魔は言いにくそうな素振りを見せた。
そして、小さい声で、少し声を震わせながら言った。
「あの、レミリア様が、その、昨日準備したもので、運命の日・・だからと」
「!?」
小悪魔の言ったことを聞いて、パチュリーはすぐに壁につけていたカレンダーを見る。
すると、昨日は前の運命の日から丁度10年経った日だった。
自分の血が引いていくのがわかる。
「レミィは・・・今日の朝帰ってきたんじゃないの・・・?」
「いえ、昨日の夜には紅魔館に帰っていて・・・一人でこの準備を・・・」
パチュリーは本を床に落とし、ぺたんと崩れ落ちた。
何で昨日の夜、レミィは雨が降っていたのに帰ってこれたのか?
いや、そんなことはどうでもいい。レミィは、夜、紅魔館にいて、私と運命の日を
祝うためこのテーブルの用意をしてくれていた。でも私は運命の日を忘れていて
魔理沙の所に・・・レミィはずっと図書館で夜から、さっきまで待っていた。
それなのに私は自分の、いろいろごちゃごちゃした気持ちで・・大事な日を忘れて・・・
パチュリーの目から涙がこぼれる。
「私は・・・わたしは・・・!」
そうしてパチュリーはそのまま涙が止まらなく、力なく声を出して泣き崩れた。
パチュリーが昔の、レミリアとの綺麗な思い出を夢に見るが
途中からその夢は、悪夢に変わり、うなされて目を覚ます。そんなところから
「レミィ!」
そう叫んで、パチュリーは起き上がり、目を覚ました。
「おっと、お目覚めか?パチュリー」
パチュリーが起き上がったと同時に目の前から声がした。
見るとそこには見知った魔法使い、霧雨魔理沙が向かいの席に座り、頬杖をついて
私を見ていた。
「おはよう、パチュリー」
にこっ、と笑いパチュリーにウィンクをする。
夢をみて混乱しているのか、今の自分の状況がよくわからない。
パチュリーは現状を把握しようと、一度目を閉じゆっくりと深呼吸をする。
そしてゆっくりと目を開け、状況を確認する。
自分の目の前には一応、頬杖をついている魔理沙が見えるものの、それを隠そうとするか
のように、テーブルには本が積まれていた。
周りに目をやると、たくさんの本棚が見える。そして、そんな本棚に囲まれた場所に設け
られてある椅子に自分は座っていて、テーブルに突っ伏して寝ていたようだった。テーブル
にはまだ触ると自分の体温が少し残っている。
「図書館・・・そうか、私はここで・・・」
自分が寝る前の、昨日のことが、ゆっくりと頭の中でよみがえってきた。
ここは紅魔館にある、ヴワル魔法図書館。
昨日は、朝からずっとパチュリーと魔理沙は、二人で魔法の研究を一緒に行っていた。
夜はレミリアが遊びに来て三人の時間もあったのだが、「明日早いから」とレミリアは
途中で退場し、そしてまた二人きりになって、黙々と作業をしているうちにパチュリーは
疲れて寝てしまったのだった。
「おい、パチュリー、大丈夫か?」
「・・・・」
そうして、状況把握をしているパチュリーの顔を覗き込む魔理沙だが、その答えに
「大丈夫よ」、と答えるように、片手で自分の顔を覆い、もうひとつのあいている手で
魔理沙に手をあげ返事をした。
パチュリーは顔を覆い、片手で魔理沙の返事に答えながら、さっきまで見ていた夢を
思い出す。
(懐かしい・・・私とレミィの大切な時間の・・・夢)
少し胸があたたかくなる。
しかし、その懐かしい夢の後に続いた悪夢を思い出し、パチュリーのあたたかくなって
いた胸は一瞬で凍りついた。
(私はレミリアにとっての一番の大好きよ?)
(違う!あなたはレミィの一番じゃない!)
心の中で、さっきまで見ていた夢の中の紅白・・・霊夢に激しく抗議する。
そのパチュリーの心を掻き乱す人物、博麗霊夢。
博麗神社に住んでいて、前にレミリアが、妖霧で幻想卿を包み込もうとした時
それを止めるため、紅魔館に殴りこみに来て、人間も妖怪も、誰もが恐れていた紅魔館
の主、レミリア・スカーレットを倒してしまった、常識はずれな人間の巫女だ。
その出来事があったあと、レミリアは霊夢に興味を持ったのか、頻繁に霊夢に会いに
行くようになった。しかも太陽が出ている時間に日傘までさして。
そこまでして神社に行き、霊夢に会うレミリアが、パチュリーはたまらなく嫌で
たまらなく悔しく、たまらなく悲しかった。
しかしパチュリーはレミリアに何も言わなかった。自分が霊夢に嫉妬をしていると
気づかれたくなかったから。自分に対するレミリアの気持ちを信じたいからだ。
「おーい、大丈夫か?今度はちょっと顔色が悪くなってるぞ」
「あ、ごめんなさい・・・」
はっと、我に返り、ちょっと心配そうにしている魔理沙に謝る。
霧雨魔理沙、霊夢の友達であり、同じくレミリアに戦いを挑んだ一人だ。
あの時、魔理沙はレミリアと戦わなかったものの、霊夢の支援に回って紅魔館の
メイド達を魔法でなぎ払っていた。そして、レミリアではなく、レミリアが人間で
唯一信頼しているメイド長、十六夜咲夜と戦い、そして勝った。
そんな魔理沙は、レミリアの妹であり、破壊力だけならレミリアよりも強いと言われている
フランドールまでも倒してしまう。今では時々そんなフランドールと遊んだりしている仲だった。
私はあの時・・・悔しいが、魔理沙ではなく・・・・霊夢に負けた・・・
魔理沙は霊夢と違って、その出来事から紅魔館によく来る様になり、「本を読みに来たぜ」
と、図書館にいる私のところへよく顔を出すようになった。時々図書館の本を勝手に
もっていってしまうのは許せなかったが、霊夢のところにレミリアが行っている間
私の所に顔を出してくれることを少し嬉しく感じた。
適当な話し相手がいれば、寂しい思いをしなくてすむから・・・
でもパチュリーは、そんな、魔理沙が来て嬉しいと思ってしまう自分が好きではない。
レミリアを裏切っているような気持ちになるからだ。
(それならレミィだって私を裏切っているじゃない)
心の中のもう一人の自分が訴えるが、それは違うと強く否定する。レミリアはただ、自分
を倒した霊夢の力に興味があるだけ。彼女の中身に興味があるはずがない。絶対にそうだ。
だけど私は魔理沙の力ではなく、魔理沙の中身に興味を持ってしまっているような気がする。
そんな自分が許せないのだ。
「パチュリー、本当に大丈夫か?」
「・・・大丈夫よ、本当にごめんなさい、魔理沙」
「いや、大丈夫ならいいんだ。それよりさっき、咲夜が朝食の支度ができたからって
呼びに来たぜ。いつまでもこうしているのもなんだし、食堂の方へ行かないか?」
問いかけにパチュリーは頷き、二人一緒に食堂へ向かった。
紅魔館は二つ食堂がある。
ひとつは部屋が広く、その広い部屋に長いテーブルが置かれていて、そのテーブルには
綺麗なテーブルクロスがかけられている。椅子はテーブルの大きさに見合わず少ない。
周りの内装は、レミリアに相応しいように紅く、そして優雅さを感じさせる。
一般的にここは、レミリアや特別な立場のもの、大事な客が招かれた時、招待する食堂だ。
あまり外からの客は来ないので、レミリアが使いたいと言わない限り、ほとんど使われない。
そしてもうひとつが、紅魔館のメイドたちが、休憩室のように使っている部屋である。
この部屋は、広さもあまりなく、大きすぎず小さすぎない丸いテーブルと椅子が、いくつ
か置いてあるだけで、あとは特に変わったところはない。
レミリアは広い食堂より、こちらの食堂をよく使う。理由はこちらの食堂の方が気を楽に
して食事をとることができるということと、丸いテーブルのため、コミュニケーションを
とったりするときは、こちらの方が話などをしやすいからである。
「おはよう、パチェ、魔理沙」
「おはようございます」
「おはよう、レミィ、咲夜」
「おはようだぜ」
食堂に二人が入ってくる姿を確認すると、レミリアと、その横に立っていたメイド長の
咲夜は二人に挨拶をした。入ってきた二人も挨拶を返す。
レミリアは二人を待ちきれなかったのか、もう食事をはじめていた。
「研究は結局どうだったの?」
「いや、だめだめだぜ。結局、私もパチュリーもお互い、いつの間にか眠ってた」
魔理沙は、やれやれといった感じで、レミリアが座っている正面の椅子に腰をかける。
「仕方がないわ。でも研究して何も得られなかったわけではないし、そう悲観的になる
こともないと思うわ」
パチュリーは魔理沙を励ましつつ、レミリアの隣の椅子に座り、三人は三角形のような
形を作りテーブルを囲んだ。
「パチュリー様も魔理沙も、研究はほどほどにしてくださいね。何かあったとき処理を
するのは私なんですから」
そんな咲夜の愚痴が聞こえたと思った、その瞬間、自分達の前に用意されてなかった
食事がテーブルの上に置かれていた。
「大丈夫だぜ。私とパチュリーの最強ペアなんだ、そんなに失敗はしないさ!」
「誰と誰が最強のペアよ・・・」
もしゃもしゃと食べながら言う魔理沙に、パチュリーは突っ込んだ。
「ふふふ。ほんと二人は仲がいいのね?」
レミリアがフォークで食事を刺しながら言う。
「おう!結構アツアツだぜ?」
そう言って魔理沙は、「な?」と目をパチュリーに向ける。
「ふざけたこと言わないで、魔理沙」
パチュリーはさっきより強く否定して、食事をゆっくりと口に入れた。
その答えにレミリアは微笑をし、魔理沙はうな垂れた。
食事を進めていくうちに、レミリアは次の話題をふってきた。
「そうだ、パチェ、魔理沙。食事が終わったら霊夢に会いに神社へ行く予定なのだけれど
一緒にどうかしら?」
レミリアが聞くと、パチュリーは、びくっと体を震わせ、食事が止めた。
パチュリーは「霊夢」という言葉を聞いて、忘れようとしていた夢を思い出してしまった。
「うーん、どうするかなー・・・」
パチュリーの方を見ながら魔理沙が考えながら言う。
「レミィ・・・今日は神社へは行かない方がいいわ」
行くか?行かないか?答えを待っていたレミリアに、パチュリーは行かない方がいいと答えた。
「あら、どうしてかしら?」
「今日はきっと雨が降るからよ。行きは降らなくても、帰ろうと思った頃にはきっと
降ってしまうから帰れなくなるわ」
そう言って、レミリアに顔を向ける。
食堂は窓がなく、今天気の状態が確認できないので、横に立って控えている咲夜に
「天気はどうなの?」と尋ねると、「確かに天気はよくありません」という答えが
返ってきた。そしてレミリアは考えているのか目を瞑る。
(レミィ、何を考えているの?雨が降るし、帰ってこれないかもしれないのよ?
行かなくていいじゃない!)
パチュリーは考えているレミリアに、心の中で叫んだ。
やっぱり声を出して止められない。止めて嫉妬をしている自分を気づかれるのも嫌だし
私がレミィを信じてないと思われるのも嫌だからだ。
(お願い・・・行かないで・・・)
「・・・きっと大丈夫よ。神社に行くわ」
横で自分を見つめているパチュリーに、レミリアは笑顔で答えた。
その答えにパチュリーは頭の中が真っ白になった。
「なんで!雨が降るのよ?本当に降るのよ?」
「大丈夫よ、なんとかなるわ、きっと」
懸命にレミリアを引きとめようとしているパチュリーに対し、レミリアは咲夜に淹れて
もらった紅茶をゆっくりと口に含む。
そうして落ち着いて紅茶を飲むレミリアを見て、パチュリーは悲しみと怒りを覚えた。
(雨が降るのに何が大丈夫なの?霊夢がいるから?いざとなったら神社に泊まれるから?)
心の中でレミリアの答えを理解しようとするが理解できない。
(私がレミリアにとっての一番大好きよ)
もう夢を見ているわけではないのに、あの聞きたくない霊夢の声が心の中に響く。
(うるさい、黙って、お願いだから出て来ないで!)
「それで、どうする?さっきの質問に戻るけれど、二人も一緒に来ないかしら?」
パチュリーが葛藤しているところに、また改めてレミリアの誘いが来た。
(・・・うるさい、うるさい・・・うるさいわよ!)
「私は行かないわ!試したい研究があるから」
パチュリーはいらいらした、ぶつけ様のない感情を殺し、食事を残して席を立った。
「そう・・・残念ね・・・」
本当に残念そうな顔をして、レミリアは、立ち上がったパチュリーに顔を向けた。
パチュリーはレミリアに「じゃあ」と、一言残し食堂から出て行った。
「というわけみたいだから、私もパチュリーと一緒に研究するから神社には行けないぜ」
残りの食事を無理に口の中に詰め込み、魔理沙は「ごちそうさま」を言って、パチュリー
を追いかけていった。
食堂から戻った後、研究などは行わず、パチュリーは図書館で本を、読まずにただ眺めていた。
レミリアは今頃、神社に着いた頃だろうか?今頃霊夢と仲良く話をしているのだろうか?
そう考えると本なんか読んでいられなかった。
(レミィ・・・もう私じゃなくて霊夢にしか興味がないの?レミィ・・・)
「おい、パチュリー」
自分をどんどん追い詰めていくパチュリーに、神社には行かず、パチュリーについてきて
隣で違う本を読んでいる魔理沙が声をかけてきた。
「お前、さっきからずっと同じページしか見てないぜ?」
「・・・・そう。ごめんなさい」
「いや、謝られても困るんだけどな」
パチュリーは目を本にやったまま魔理沙に謝り、また魔理沙も困って、読んでいた本を
読み始める・・・かと思ったが、そのままパチュリーが考えてもいなかった言葉が
魔理沙の口から出た。
「なあ・・その、なんだ。ずっと図書館っていうのもなんだし・・・パチュリーさっきから
なんかちょっと暗いしな・・・気分を変えるため、私の家に来ないか?」
「え?」
「いや、なんだ。お前私の家に来たことなかっただろう?だからどうかなと思ったんだ。
少し、部屋は汚れているけどな」
「でも・・・」
魔理沙に家に来ないかと言われ、パチュリーは戸惑った。
ここで自分が魔理沙の家に行けば、レミリアはどう思うのだろうか?
もしかしたら、嫉妬して私に振り向いてくれるかもしれない。霊夢のことを考えず
私を見てくれるかもしれない。
しかし、それは自分がレミリアを今まで信じてきた気持ちを否定して、捨てることに
なるのではないだろうか?
(いいじゃない、行けば。今頃レミィは霊夢と仲良くやっているのよ?いつまでもそんな
レミィに縛られていいの?魔理沙は私のことを心配して家に来ないかと言ってくれてるのよ)
心の中のもう一人の自分が、行けとささやく。そして私は・・・・
「いいわよ」
そう言ったのだ。
「そうか!決まりだな。じゃあ、早速行こうぜ!」
魔理沙はパチュリーの手を握って立ち上がった。そして心の中で、ここにはいない
レミリアに魔理沙は言った。
(レミリア・・・お前がパチュリーを悲しませるから悪いんだぜ)
博麗神社。ここはから見える周りの土地には、誰も住んでいる気配は無く、いつも静かで
参拝に来る者などほとんどいない、がらんとした神社。
そんな神社にも一応巫女がいて、レミリアは予定通り、その神社の巫女、博麗霊夢に会い
に来ていた。
「あんた、いつもいつも、よく飽きずにくるわね」
「あら、いいじゃない?迷惑なのかしら?」
二人は神社の中の一室、6畳くらいの畳部屋に座り、お茶をすすりながらそんな話をしていた。
「別に迷惑じゃないわよ。いつも差し入れもらってるし。それで結構、食事面は助かってるし。
暇つぶしの話し相手がいるのも悪くないしね」
ずずっと、音を立てながら霊夢はお茶を飲んで言う。
「あなたは私を倒した人間だもの。餓死なんかして、かっこ悪い終わり方をされたら困るのよ」
笑いかけて、お皿に置いてある饅頭を手に取り、大きく口を開け、饅頭を口に入れた。
「そんな言い方されたら、なんかちょっと自分が惨めになってきたわ・・・
そういえば、魔理沙が最近そっちによく顔をだしているみたいね」
「えぇ、よく図書館に来て、パチュリーと一緒に魔法の研究をしているみたいよ」
「・・・あんた、気にならないの?パチュリーと魔理沙が二人きりになっていて・・・
レミリアとパチュリーはその・・・レミリアの話を聞いた感じ、友達みたいのを越えてる
仲なんでしょう?とられちゃうとか、思わないわけ?」
「あら、あなたの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったわ」
少し心配している口振りの霊夢に、レミリアは微笑んだ。
「大丈夫よ、私とパチェはそんな簡単に崩れる仲じゃないもの。それに今日は・・・あら?」
話を途中で止め、レミリアは何かに気づいたのか、外の方へ目をやる。
霊夢もそれで気づいたのか、立ち上がって窓を開けると、外は雨がぱらぱらと降っていた。
「パチェの言うとおり、本当に降り始めちゃったわね・・・」
「これ・・・きっと今日はたぶんやまないわよ」
雨が降れば咲夜が迎えに来ても、吸血鬼であるレミリアは外には出られないので帰れない。
レミリアが静かに、霊夢が開けた窓の外の雨を見ていると、窓を開けたまま、外を見ていた。
霊夢が窓の淵に手を置き、レミリアと同じ、外の雨を見ながらこう言った。
「帰れないなら仕方がないわよね・・・今日・・泊まっていきなさいよ」
そんな霊夢とレミリアの会話の時間から少しさかのぼった時間。
魔理沙は、自分の乗る箒の、後ろの空いたスペースにパチュリーを乗せ、自分の家に向
かって飛んでいた。
少し空気が冷たかったので、魔理沙が気を遣い「大丈夫か?」、と声をかけると
後ろで魔理沙の服を掴んでいたパチュリーは頷いて答えた。
「あと少しで着くぜ、もうちょっとだけスピード出すからな、私の腰を掴んでくれ」
パチュリーは魔理沙の指示通り、飛ばされないように服ではなく、魔理沙の腰の辺りに
腕を回した。魔理沙はそれを確認してスピードを上げた。
そうして二人は、魔法の森に建っている霧雨邸についた。
ここも神社と環境が少し似ていたが、神社とは違って薄気味悪い静かさだった。
そんなところに魔理沙は住んでいる。パチュリーは魔理沙から話には聞いてはいたが
こうして魔理沙の家を見たのは初めてだった。
「さ、入ってくれ。少し散らかってるけど、そこは見逃してくれ」
そう言いながら、魔理沙がパチュリーを誘導するように家のドアを開け、一歩家に入る。
「マリサオカエリー」
「おわ!」
片言な言葉と共に、小さい人形が家の中から、入ってきた魔理沙の顔に飛びついてきた。
「な・・・上海人形!?」
驚いている魔理沙に人形は笑った。そして家の奥からもうひとつ人形とは違った、元気な
声が近づいてきた。
「こらー、上海人形!なんであなたが先に魔理沙に会いに行くのよー!」
そう言いながら、パタパタと走ってきた人物は、魔理沙と同じ、魔法の森に家を持っている
アリス・マーガロイドだった。
パチュリーは、アリスとはあまり面識は無いが、魔理沙からアリスの話はよく聞いて
それなりのことは知っていた。前は犬猿の仲だったらしく、パチュリーに愚痴を言うこと
がよくあった。しかし最近はアリスの愚痴を聞いていなかった気がする。
アリスは服の上に、エプロンをつけていた。
ちょっと地味で長いエプロン、その真ん中あたりには広いポケットがひとつあり、そこに
魔理沙とよく似た人形と、アリスとよく似た人形がちょこんと仲良く入っている。
「魔理沙、おかえりなさい。天気が悪いから心配したのよ」
ニコニコしながら近づいてきたアリスだったが、魔理沙の後ろに立っていたパチュリーを
確認すると顔から笑顔が消えた。
「パチュリー・・・なんでここに?」
「私が呼んだんだ・・・アリス、悪いけど今日はもう帰ってくれないか?」
「え・・・」
アリスは真顔で魔理沙にそう言われると固まった。
上海人形はそんなアリスと魔理沙を見て、おろおろとしていた。
「魔理沙、別にいいじゃない。アリスがいても」
「いや、だめだ。私はパチュリーと二人で過ごしたいんだ」
魔理沙のその言葉を聞いた瞬間、アリスは顔を俯かせ震えた。そして次の瞬間
「魔理沙のばか!二人きりになりたいなら勝手になればいいじゃない!」
エプロンのポケットに入っていた、魔理沙人形とアリス人形を両手にとり、それを
魔理沙に向かって投げ、家を飛び出して行った。人形は魔理沙に当たって床に落ちる。
上海人形はパチュリーを一瞬睨んで、すぐにアリスを追いかけて飛んで行ってしまった。
「魔理沙!追いかけなくていいの?」
「いいんだ。私が望んだことだしな。それに、あいつは私と仲良くなったからといって最近
勝手に上がりこんでるんだ。今回のことは良い薬になるだろう・・・」
魔理沙は床に転がった二つの人形を拾い上げて言った。
そんな魔理沙がパチュリーには悲しそうに見えた。
「おっと、すまなかったな。変な茶番につき合わせて。パチュリーは本当に何も気にしな
いでいいんだぜ。さぁ、入ってくれ」
パチュリーは、駆け出して出て行った、アリスを気にするものの、魔理沙に手を引かれ家
の中に入っていった。
魔理沙の家は、大きくなく小さくもなかった。そんな家の中には、研究室のような部屋が
あったり、くつろいだり食事をしたりする部屋など、ほぼ一般的な人間の住む家そのものだった。
紅魔館とは違って、だだっ広くなく、その雰囲気が紅魔館と違って新鮮だった。
部屋の中は、魔理沙が汚れていると言っていたわりに、綺麗に片付けられていた。
魔理沙は最初、その片付けられた部屋を見て驚いていたが、何事もなかったかのように
パチュリーをソファーに座らせ、「紅茶でも淹れてくる」と、立ち上がり台所の方へ行って
しまった。
パチュリーは、待っている間、さっきのエプロン姿のアリスを思い出す。
魔理沙の驚いていた姿を見ると、魔理沙が言っていた通り、部屋は汚れていたのだ。
だとすれば、そんな汚れている部屋を、アリスが魔理沙の帰りを楽しみにしながら、掃除
をしていたに違いない。魔理沙が帰ってきて嬉しいはずが、私がいたせいで喧嘩になり飛
び出して行ってしまった。パチュリーは胸が痛かった。
「おまたせだぜ」
考え込んでいたパチュリーに、魔理沙は両手に紅茶の入ったカップを持って、その片方を
パチュリーに差し出した。
「ありがとう」
お礼を言って、紅茶を一口飲む。魔理沙の淹れた紅茶は、咲夜の淹れる紅茶のように味わい
深い紅茶ではなかったが、咲夜と違って『想い』のようなものが紅茶から感じ取れた。
そうして紅茶を飲みながら、二人は昨日の研究の話や、これまでの研究した思い出話をした。
パチュリーはアリスが話題にでてこないように勤め、魔理沙はレミリアが話題に出て
こないように勤めた。
研究のことなどが話し終わった後は、魔理沙の家にある本を、二人で話しながら読んでいた。
そうしていると、外から雨音が聞こえ出す。
「雨・・・」
パチュリーは窓の外でぽつぽつと降り始めた、まだ弱い雨を見て呟いた。
「魔理沙、私帰るわ。本降りになれば帰りづらくなるし」
「お、おい!パチュリー。雨が降ってきてるんだぜ?」
「だから帰るのよ。今ならそこまでひどくは濡れないと思うの。魔理沙、何か適当な傘か
カッパみたいなものはないかしら?」
パチュリーは立ち上がり玄関の方へ足を運ぶ。すると後ろから突然魔理沙に抱きつかれた。
「ま、魔理沙!?」
「もう夕方だし雨も降ってるんだ・・・泊まっていかないか?」
「え・・・」
雨の音が心なしか、先ほどより大きく聞こえる。部屋も静かで、二人の胸の音も聞こえて
くるのでは?と思える静かさだった。
「レミリアはきっとまだ神社だし・・雨が降っていて帰れない。今日は神社に泊まるはずだぜ」
「・・・・」
「パチュリー、私じゃだめか?私はお前が好きで、お前はレミリアが好きなのは知っている。
だけどレミリアは霊夢のところに通い詰めで、パチュリーを傷つけてばかりじゃないか!
今だって、あいつは神社にいる!私は、レミリアみたいに絶対パチュリーを傷つけない・・・私じゃだめか?」
言い終わると、後ろからパチュリーを抱いていた魔理沙は、パチュリーの肩を掴んで
自分の向いている方へ回転させた。そして見つめあい、魔理沙の瞳がパチュリーに
近づいていく。
パチュリーは、真剣な魔理沙の瞳に吸い込まれているかのようで動けなかった。
(魔理沙は私のことを、こんなにも思ってくれている・・・)
そう考えているうちに、少しづつ魔理沙の瞳が近づいてくる。
(このまま・・・魔理沙と一緒にいたほうが私、楽だし幸せかもしれない)
パチュリーは目を瞑る。
(らく・・楽?楽だと幸せなの?・・・違う!・・私は・・・)
心の中で自問自答し叫ぶ。その瞬間レミリアとの思い出が頭の中を駆け回った。
楽しかったこと、好きだったこと、喧嘩したこと、辛かったこと、そして・・・
夢のこと・・・あれは・・・私の・・・・弱気が生んだもの!
「魔理沙!」
強く叫んで、もう本当に、顔がくっ付きそうなところで、パチュリーは魔理沙の肩を掴み
力強く引き離した。
「パチュリー?」
「ごめんなさい・・魔理沙。私はやっぱりレミィじゃないと・・・無理みたい」
「・・・なんで・・・どうしてもか?」
力強く引き離し、見たこともない、真っ直ぐな強い瞳で魔理沙を見るパチュリーに
少し驚きながら、魔理沙はパチュリーに聞いた。
「うん・・・魔理沙の言う通り辛いし苦しいけど・・・それに負けないくらい私は
レミィが好きだし・・・信じてるから」
「・・・そっか」
答えを聞き終わるとパチュリーの肩に置いていた自分の手を戻し、「あ~あ」と言いながら
帽子を少し深く被った。
「逃がした魚は大きいぜ?」
「そうかもしれないけど、逃がしたわけじゃないわよ?だって、私たち友達でしょう?」
帽子で顔を隠そうとしている魔理沙に、パチュリーは微笑んで言う。
「それに・・・私と一緒になっていたとしてもたぶん・・・私たち辛かっただけよ」
「なんだよ・・・それ」
顔を隠そうとしていた魔理沙は帽子をまたいつものポジションに戻し、パチュリーに向か
って、言った。
「魔理沙・・・アリスのこと好きでしょう?」
「な、なに言ってるんだ!?」
突然アリスが話に出てきて、とまどっている魔理沙にパチュリーは続ける。
「さっき、あなたを玄関まで迎えに来た、アリスのことを見たとき、一瞬だけど魔理沙が
嬉しそうな顔をしたような気がしたの。そして彼女が人形をあなたにぶつけて出て行った時
あなたは悲しそうだった。その気持ちが、さっき淹れてもらった紅茶にも入っていたわ」
「・・・・」
「そして私は・・・レミィのことが好き。魔理沙のことも好きだけど、きっとその好きと
は違う・・・特別な好きだから。だからお互いが違う好きを持っているのだもの。今は良くてもあとあと、辛いだけよ」
「・・・私はアリスじゃなくて、お前が一番なんだぜ?」
「ありがとう・・でも魔理沙はきっと、私の一番の大好きにはならないから・・・」
パチュリーが言い切った。魔理沙はそこでスッパリと諦めたのか、深く息を吐いた。
「パチュリーの気持ちわかったぜ。正直、振り向いてくれると思ったんだけどな。
仕方がないな・・・でもこれは仲の良い友達として忠告だぜ。今日は泊まっていけよ。
ただでさえ、体弱いんだし、雨に濡れるのは辛いだろう?それに、急いで帰ってもお前の
一番さんはきっと・・・帰ってないしな」
魔理沙は窓の外に目をやり、パチュリーに言った。
雨は先ほどより少し強くなっていた。帰ろうと思えば帰れるだろうが、帰ったところで
魔理沙の言う通り、レミリアはいないはずだ。帰っても本を読むくらいしかやることはな
いし、それなら、自分の体を濡らしてまで帰る必要はないと思った。
「・・・そうね。お言葉に甘えて泊めてもらおうかしら」
「ああ、そうするといいぜ。好きに部屋とかは使ってくれて構わないぜ。私達は・・・・親友だからな!」
「・・・・ありがとう、魔理沙」
二人はどこかスッキリしたような顔を見せ、どちらからともなく笑いあった。
一方、先ほどの神社の場面より時が進み、もう夜に近い夕方になっている博麗神社。
霊夢は入浴を済ませて、髪をタオルで、ぐしゃぐしゃと拭きながら、畳部屋で座って
何かを待っているレミリアに向かって言った。
「ねー、レミリア、そろそろ諦めたら?雨が止むのを待ってるんでしょ?
今日はもうずっとこの調子よ?泊まっても良いって言ってるでしょ・・・」
「大丈夫よ、霊夢。私は帰れる・・・そろそろ迎えがくるわ」
レミリアは笑った。
(迎えが来てもどうこうできないでしょ・・・)
霊夢がそう思っていると
「霊夢~、暇だから遊びに来たわよ~」
第三者の声が霊夢の後ろから聞こえてきた。
何事と思い、後ろを振り返ると、どこから沸いたのか、そこには八雲紫があくびをしな
がら立っていた。
まだ起きて間もないのか、目は少しうつろで、うるうるしている。
もう一回あくびが出るのか、手でそれを隠すように口を覆っている。
「待っていたわよ、八雲紫」
「あれ・・・吸血鬼、いたの?」
霊夢しか見えていなかったのか、ここではじめてレミリアの存在に気づき挨拶をする。
そんなことをレミリアは気にもせず、紫に話しかけた。
「ねぇ、お願いがあるのだけれど、あなたの力でこの神社の境界と紅魔館の境界を
繋いでくれないかしら?」
「・・・なんのために?」
「私が帰るためによ。人間を時々、幻想卿に紛れ込ませるくらいだもの。できるわよね」
「嫌よ・・・境界いじくると力使うから疲れるし・・起きたばっかりだし、やる気ないわ」
「紅魔館にある適当なお酒を何本か持っていって良いわよ」
「・・・やってみようかしら」
レミリアがお酒を渡すという形で商談が成立した。紫はぐっと、背伸びして少しシャキっとする。
「でも、境界繋いで、あなたが無事に紅魔館に帰れる保証なんてないわよ?ようはここから
あなたを神隠しさせるようなものだし」
力を使う前にレミリアに確認をする。
それを聞いて、黙って二人のやり取りを静観していた霊夢が、レミリアを止めようとする。
「レミリア、紫も結構危険だって言ってるし、やめときなさいよ。失敗したら洒落になら
ないわよ!?」
「大丈夫よ、私は無事に帰れる運命なんだから・・それに今日は帰らなくちゃいけないの」
霊夢にそういうと、紫に力を使ってという指示を出す。
紫は少しだるいと感じさせる雰囲気を出すが、目を瞑り集中すると、レミリアの目の前が
夏の空気のようにゆらゆらと揺れ始めた。
「じゃあ、帰るわね」
「ちょっと、本当に境界の揺らぎに飛び込むつもり?なんなのよ?その今日は帰らなくちゃいけない理由って?」
「今日はね、私とパチェの記念日なのよ」
その言葉を最後にレミリアは神社から姿を消した。
姿を消した後、なんなのよ?と拗ねた感じで言った霊夢を見て、紫は思った。
(私・・・お邪魔だったかしら?)と。
レミリアは気づいたときには、今日、朝使った紅魔館の食堂に立っていた。
「ほら。帰れる運命・・・っと、こうしてる暇はないわね」
紅魔館に帰ってきたレミリアは、時間が惜しいとばかりに駆け出した。
「パチェ、ただいま!」
そう言ってレミリアは扉を開けて明るい声で言う。
入ってきたレミリアはここに来る前にいろいろ寄ったのか、腕や手に袋がいっぱいか
かっていて、手がふさがっていたので、扉を足で開けた。
しかし図書館に入って最初に見たのは、パチュリーではなく小悪魔だった。
そんな、笑顔で色々なものを持っているレミリアを見て、小悪魔はとりあえず
会釈をした。
「あら、小悪魔・・・パチェはどこかしら?」
「えっと・・・魔理沙さんの所へ行くと言ったまま、まだ帰ってきていません」
「あら、魔理沙の所に行ったの?研究はどうしたのかしら・・まぁ、いいわ」
そう言って、一瞬考え込んだと思ったら、すぐ笑顔に戻り、手に持っていた荷物を
床に置いてから、袋から布巾を取って図書館のテーブルを拭き始めた。
小悪魔はその姿に驚いて、すかさず「自分が拭きます」と名乗り出るが、レミリアは
「いいのよ」と言って、そのままテーブルを拭いた。
そして、拭き終わったと思ったら、また袋をあさり、今度はテーブルクロスをテーブルに
かけはじめた。そしてその上にキャンドル立てを置き、それにキャンドルを刺し、その次は
グラスとワインを用意し始めた。
(なんでこんなに嬉しそうに・・・いつもならこういうのはメイドにやらせるのに)
そんな嬉しそうに作業するレミリアが、小悪魔はとても気になったので聞いてみることにした。
「あの・・・レミリア様?」
「何かしら?」
作業をしながら小悪魔に返事をする
「あの・・・なぜレミリア様がそのようなことを?ここで何をするのですか?もしここで
何かをするのであれば咲夜様やメイドを呼んでやらせればいいのでは・・・」
「そうね・・・確かにそうした方が早いわね・・・でもこの準備だけは譲れないのよ」
キャンドルに火をつけて、とりあえず簡単な準備は出来たのか、レミリアは椅子に座って
静かにゆらゆらと揺れるキャンドルの火を見る。
「いつもなら外でパチェと二人、お忍びでやっていたし、誰も知らないわよね」
そのまま火を見つめながら、くすっと笑いレミリアが続ける。
「教えてあげるわ。今日はね、普通の日だけど普通の日じゃない。私とパチュリーに
とっては『運命の日』なのよ」
「お二人様の運命の日・・・ですか?でもパチュリー様、今日は・・・もう・・・」
「大丈夫よ、パチェは帰ってくるわ。まだ今日という日は数時間も残っているし。
いつも十年に一回、お互い確認しないでも、こうして運命の日は夜、二人で会っていた
のだもの」
「えっと、なぜ一年に一回とかではないのですか?」
「だって、一年に一回なんてあっという間じゃない。かと言って、100年とかでは
間がありすぎだし、50年も結構長いと思って、適度に10年くらいって話になったのよ。
あと名前の発音文字数がお互い10文字ってこともあったから」
そんな楽しそうに話すレミリアを見て、小悪魔は、なんだかこちらまで嬉しくなり
そして不安になった。
今日のパチュリー様はぼんやりしていたし・・・大丈夫だろうか?
そんな不安をよそに、レミリアは「まだかしらね」と、待つのを楽しむかのように
グラスを取り、向かいに置いてあるグラスに乾杯をするように、ちんっと音を立てた。
朝には雨が止み、パチュリーは霧雨邸を後にした。
魔理沙と色々な話をして、寝たのが夜の本当に深夜だった。
そのためか少し体もだるく、あくびもでる。
そしてその話の中に、レミリアの話も出ていた。
(お前は少し、レミリアに遠慮しすぎだぜ?少しは我侭言ってみろよ)
魔理沙がそんなことを言っていたなと思い出す。パチュリーは我侭とまではいかない
が
帰ってレミリアに会ったら少し話し合おうとしていた。
(言葉にしなくちゃ、伝わらないこともあるわよね・・・)
そう思いながら紅魔館へと帰った。
帰ってきて、パチュリーは霧雨邸で図書館の本を何冊か回収したので、本を戻そうと
足を図書館の方へと運んだ。廊下を歩き図書館の扉が見えてきたと思ったら、図書館の
扉の前に着く前に扉が開いた。開いて・・・でてきたのはレミリアだった。
「・・・レミィ!帰ってたの?」
帰ってきていたことに驚きながらも、パチュリーは嬉しそうにレミリアに近づていった。
雨が降ると忠告したのに神社に行ったのは悲しかったが、雨が止んだ朝、すぐ神社から
帰ってきていたんだと思い、パチュリーは嬉しくなった。しかしそんな嬉しそうなパチュリー
とは対極的にレミリアは嬉しそうでもなく、悲しそうでもなく、何も感じさせない雰囲気
でパチュリーを見た。そして静かに喋りだす
「私を忘れるくらい・・・魔理沙のことが好きだったのね。知らなかったわ」
怒りとも悲しみともいえない、冷たい声で、近づいてくるパチュリーに言い放った。
「え?なんて・・・レミィを忘れるなんてあるはずないじゃない!」
「いい訳はいいわよ、そうならそうと早く言ってくれれば私は・・・一人浮かれて馬鹿
みたいじゃない。とんだピエロだわ」
戸惑うパチュリーを無視し、レミリアは羽根を広げ高速移動でその場から移動する。
「ま、まって!レミィ、お願い、まって!」
追いかけようと焦り、手に持っていた本を落とす。そして飛ぼうとしたが、少し疲れて
いるのか、眩暈を起こしてその場を動けなかった。
眩暈が治まり、前を見たときには当然、もうレミリアは目に映らなくなっていた。
パチュリーは考えた。私が魔理沙の家に泊まったことが原因なのか?
でも、それならレミィだって神社に泊まっているはずだ。それで私だけ非難されるのは納得
がいかない。いや、たぶん泊まったのが原因ではない、それなら私はいつも図書館で魔理沙
と二人きりになっているし、それについてレミィが何か言ってきたことはない。
だからそれくらいできっとレミィは嫉妬などしない。何より、レミィは私のことを
そんな泊まったくらいで疑うような人物ではない。私を強く信じてくれていると思って
いるし・・・・ならなんなのだ?
いろいろな思考をぐるぐるさせながら、パチュリーは本を拾い、一先ずレミリアを追いか
けるのを諦め、レミリアが開けた図書館にそのまま入った。
そしてひとつのテーブルを見てパチュリーは固まった。
そのテーブルには図書館には無い、テーブルクロスがかけられていて、蝋燭は溶けてしま
ったのか、蝋が溜まった蝋燭立てだけが残っている。そしてワインが一本と、グラスが二つテーブルの上にのっていた。
そんなテーブルの横で小悪魔が悲しそうにテーブルを見ていた。
そしてパチュリーに気づき、「パチュリー様・・・」と暗い声で挨拶をした。
「小悪魔・・・これは一体?」
そう聞いてきたパチュリーに、小悪魔は言いにくそうな素振りを見せた。
そして、小さい声で、少し声を震わせながら言った。
「あの、レミリア様が、その、昨日準備したもので、運命の日・・だからと」
「!?」
小悪魔の言ったことを聞いて、パチュリーはすぐに壁につけていたカレンダーを見る。
すると、昨日は前の運命の日から丁度10年経った日だった。
自分の血が引いていくのがわかる。
「レミィは・・・今日の朝帰ってきたんじゃないの・・・?」
「いえ、昨日の夜には紅魔館に帰っていて・・・一人でこの準備を・・・」
パチュリーは本を床に落とし、ぺたんと崩れ落ちた。
何で昨日の夜、レミィは雨が降っていたのに帰ってこれたのか?
いや、そんなことはどうでもいい。レミィは、夜、紅魔館にいて、私と運命の日を
祝うためこのテーブルの用意をしてくれていた。でも私は運命の日を忘れていて
魔理沙の所に・・・レミィはずっと図書館で夜から、さっきまで待っていた。
それなのに私は自分の、いろいろごちゃごちゃした気持ちで・・大事な日を忘れて・・・
パチュリーの目から涙がこぼれる。
「私は・・・わたしは・・・!」
そうしてパチュリーはそのまま涙が止まらなく、力なく声を出して泣き崩れた。
最後はどうなるか楽しみです、頑張ってください。